「うわ〜!月がすっごく綺麗!!」
「本当だ〜!!へぇ…エッジで見るよりもうんと綺麗だよな〜!!」
子供達の喜ぶ声が、澄み切った夜空に高く溶け込む。
クラウドとティファは、黙ったまま笑みを交わした。
今宵の空に色づくものは…
この日、四人はエッジ郊外にある野原に来ていた。
そこで見舞われたトラックのエンジンの故障というアクシデントに、今の今まで親代わりの二人は格闘していたのだ。
もっと早い時間にエンジントラブルが起こっていれば、クラウド一人でも街に戻ってエンジニアを連れてくることが出来たのだが、生憎エンジントラブルはピクニックの帰りに起きてしまった。
つまり、夕暮れに起こったアクシデントだった為、ティファと子供達を残して街に戻る事が出来なかったのだ。
無論、ティファ一人でも子供達を守ってクラウドが帰るのを待つ事は出来ただろう…。
しかし、いくら彼女が格闘のプロとは言え、モンスターが未だに徘徊しているこのご時勢に幼い子供達二人を託し、一人で街に戻る事が出来なかった。
万が一…という事もあるではないか…。
ティファは、なら自分が街に戻ってエンジニアを連れてこようか…?とも提案したのだが、それにもクラウドは反対した。
街に戻るまでの間に、これまた万が一モンスターの群れにでも襲われたら……と断固として反対した。
ティファも頑張ったのだが結局、クラウドの意見が通り、子供達が見守る中トラックのエンジンと格闘する事になったた。
しかし、トラックには簡単な部品しか積んでいなかった為、充分な修理が不可能である事が分かってしまった。
溜め息を吐いてクラウドが携帯を取り出したのは、格闘する事一時間弱ほど経ってからの事だった…。
何とか馴染みのエンジニアに連絡を取り、明日の陽が昇ってすぐにこの野原まで来てくれる事を何とか約束してもらい、溜め息を吐いて携帯を切ったクラウドを待っていたのは、子供達の、
「「じゃあ、今夜はここで野宿だよね!!」」
と、嬉しそうな笑顔だった。
本当は、すぐにでもここよりは安全と思われるエッジに子供達だけでも帰したいところだった。
エッジは治安が良くない為、子供達を帰すのなら無論、ティファも同伴という事になるのだが…。
「え〜!折角一緒に過ごせるのに〜!」
「クラウドとティファが一緒にいる方が、エッジで留守番するよりも安全だろ!?」
と子供達が猛反対し、挙句の果てには、
「ま、たまには良いんじゃない?」
苦笑しながらもティファまでが賛成してしまった。
勿論、ティファが賛成してもしなくても、子供達をエッジに帰す方法が無い…。
いや、無理に頼めば誰かは助け舟を出してくれるとは思うのだが…。
キラキラした子供達の視線と、諦めを通り越して今では子供達と野宿するのを喜んでいるティファの表情…。
クラウドは深い溜め息を吐いた。
夕食はほんの少し残っていたお弁当。
そして、かつての旅の経験から、その辺に生えている食べられる野草、そして木の実を採り、トラックに常備していた携帯食で済ますことになった。
クラウドは育ち盛りの子供達にとって、あまり良い食事とは言えない夕食に眉を顰めて気遣ったが、当の子供達は至って元気満々。
「へぇ〜、ティファってこんな草でも美味しく料理出来るんだなぁ!」
「どうしてトラックにいっつもこんな携帯調理器があるのか不思議だったけど、二年前の旅の経験からだったのね!凄いよ、ティファ、クラウド!私、尊敬しちゃった!!」
しきりに感心する子供達に、ティファは頬を緩めてそっとクラウドに片目を瞑った。
クラウドも目を細めると、逞しい子供達にホッと胸を撫で下ろす。
こうなると、一種のキャンプになる。
子供達は、焚き火をキラキラとした顔で見つめ、必要以上に枯れ枝をくべようとする。
「あ、そんなに火を強くしたらダメよ。お鍋が火でかぶっちゃうじゃない」
「あ、そっか」
「でも、枝を入れるのって楽しい!」
大はしゃぎの子供達に、クラウドとティファは柔らかな笑みを浮かべた。
焚き火を囲んで夕食を食べ、笑い声を上げる子供達に囲まれ、クラウドとティファは心からゆったりとした気持ちでその一時を過ごした。
そして、二人の心に甦るのは、かつての旅の思い出…。
どちらからともなく、その頃の情景をポツリとこぼしたのをきっかけに、子供達が興味津々の顔をして身を乗り出してきた。
「ねぇねぇ!旅の頃って、やっぱりこうして野宿したの?」
「勿論よ。宿に泊まるよりも野宿する方が多かったんだから」
「へぇ、すっげ〜!!じゃあさ、あの頃もこうして綺麗な星とか月見ながら皆で話しとかしたんだ?」
「ああ…そうだな…」
「「すご〜い!!」」
声を合わせる子供達に、二人は笑みを浮かべたまま穏やかな眼差しを交し合った。
あの頃は、まさかこんなにも穏やかな気持ちで野宿出来る日が再び来るとは思っていなかった。
それは、勿論最大の敵、セフィロスを倒すというとてつもなく重い目的を背負っていた事と…。
自分達の大切な友人の永遠の別れがあったのだから…。
きっと、野宿をする度に…。
広大な大地の只中で、ポツンと存在する事を痛いほど感じてしまう瞬間瞬間に…。
失ってしまった大切な者を思い出してしまうだろう。
そう思っていたのだ。
思い出すという事は、失ってしまった大切な人を守れなかったと言う耐え難い事実を、突きつけられるということになる。
二人だけではない。
いつも調子の良いお元気娘も、寡黙なガンマンも、オヤジ臭いヘビースモーカーも、猪突猛進的なマリンの義父も、精神年齢よりも実年齢が本当はかなり上な赤い獣も、何故か人形を使うと方言が出てしまう切れ者も…。
言葉には出さないが、その事実・過去は、心に深い傷として今も残っているのだ。
きっと、その傷は死んでも消えないだろう。
失った友人を思い出さない日などは無かったが、こうして広大な自然に包まれるような状況に身を置く事は余りしたくなかった。
『彼女』の笑顔…。
『彼女』の笑い声…。
『彼女』の温かな眼差しが…。
大地に抱かれていると、普段思い出すよりもより鮮明に甦ってきてしまい、いなくなった事実に胸が苦しくなるから…。
そう、思っていたから。
しかし、今。
焚き火に顔を赤く彩らせ、自分達を絶大な信頼を込めて見つめてくる子供達を前に、不思議とそれまで想像していた『辛さ』がないのだ。
そして、子供達にせがまれるまま、当時の出来事を話して聞かせる事に対しても、それほど苦痛も抵抗も感じてなかった。
もっとも、子供達の質問が、
『バレットは旅の頃でも食い意地が張っていたのか?』
『ユフィはやっぱり落ち着きが無かったのか?
『ナナキの背中に乗った事はあるのか?』
『シドはタバコを沢山吸っているが、そのタバコ代は旅の資金から出してたのか?』
『ヴィンセントの寝ぼけた顔って見たことあるか?』
『ケット・シーはご飯を食べないんだろうけど、じゃ、皆が食べてる時は何をしていたのか?』
などといった、当たり障りの無いものばかりだったのだが…。
クラウドもティファも、子供達と共に笑いながら火を囲み、暖を取って夜が更けるのを感じていた。
「ねぇねぇ!こうして皆でキャンプするの、初めてだよね!!」
「キャンプ!?」
「そうじゃんか。こうやって外で焚き火しながら楽しく過ごすのってキャンプだろ?」
マリンの言葉に目を丸くしたティファを見て、デンゼルが満面の笑みで言い切った。
「そっか…うん、キャンプだね」
ティファも子供達に釣られて笑顔になるが、その表情が大層複雑なものからの笑顔への移行であったことを、クラウドは見過ごさなかった。
「クラウドはどう思う?」
「ん?…ああ、そうだな。マリンとデンゼルの言うように、キャンプだな。キャンプって言葉の方が野宿って言葉よりもしっくりするよな…こんなに楽しいんだから」
デンゼルは、クラウドの穏やかな表情と、その返答に嬉しそうに笑うと、クラウドの左の膝にちょこんと腰掛けた。
そして、にっこり笑いながらクラウドを見上げる。
「あ〜!デンゼルだけズルイ!!」
マリンがそれを見て唇を尖らせる。
「ダメダメ〜!だって、クラウド右足立ててるんだもん」
「ム〜…!!」
実に嬉しそうにそう言うデンゼルに、マリンはプックリと頬を膨らませた。
クラウドはティファと顔を見合わせると、クスリと笑みをこぼし、立てていた右足を左足同様ペタンと寝かせて胡坐をかいた。
そして、マリンに向かって右足をポンポン叩いてやる。
パッと顔を輝かせた愛娘がパタパタと駆け寄り、ちょこんと座る。
嬉しそうに微笑みながら見上げてくる娘に、クラウドは目を細めた。
「あ〜あ、俺だけの特権だったのになぁ」
「何よ〜!そんなのずるいんだから〜!」
マリンがクラウドの膝に座ったのを見て、デンゼルが拗ねた振りをして言ったのに対し、マリンも拗ねた振りをしてそれに応酬する。
二人が本当に拗ねていないのは一目瞭然だ。
仲の良い兄妹は、嬉しそうに笑い声を上げながら、クラウドのしなやかな腕にじゃれつき、普段余り出来ない父親とのスキンシップを存分に楽しんだ。
「おい…、そんなにはしゃぐとすぐに落ちちゃうぞ?」
「えへへ〜、落ちそうになったらクラウド、助けてくれるんだろ?」
「あのな…、反対にはマリンが座ってるんだから…」
「大丈夫だよ、クラウドなら!だって、いざとなったら片手で私の事抱っこしたままデンゼルが落ちないように助ける事、出来るでしょ?」
「………まぁ…出来るだろうけど…」
「カッコイイ!!俺、それ見てみたい!!!じゃ、早速…」
「ま、落ちても所詮足の上だからほとんど衝撃なんか無いだろ?助けない」
「「え〜!つまんな〜い!!」」
「……マリンまで……」
その家族の楽しそうな光景を、母親は本当に嬉しそうに微笑みながら見守っていたのだった。
そして、散々楽しく談笑した二人の子供達は今、すっかり高くなった月を見上げて草むらに寝転がっている。
「草って、何だかもっと汚れてて汚いのかと思った…」
「俺も…。でも、こうして横になると案外気にならないのな…」
「うん。それに、土と草のいい匂いがする…」
「うん。何か、安心するって言うか…」
「何かこう、『大地に抱かれる』って感じがするよね」
「するする!!エッジじゃ、こうやって草の匂いとかに包まれて寝転がれる場所なんかないしなぁ〜」
ん〜〜〜、と大きく伸びをしながらゴロゴロと横になる子供達を傍で見守っていたクラウドとティファは、自分達の子供の頃とかつての旅の頃を思い出していた。
自分達が育った村は、自然に囲まれた村だった。
当然、大自然の力をヒシヒシと感じながら、日々を送っていたものだ。
そして、かつての旅でもまた、自然の驚異と向き合いながら、時にはそれに守られ、また時にはそれに抗いながら旅を続けたのだ。
そんな自然に包まれ、生かされた経験を持つ自分達に比べ、子供達はよくよく考えると確かに自然の雄大さや美しさを知らないかもしれない。
今日はとんだハプニングに見舞われたが、思わぬ副産物があった事をクラウドとティファは喜んだ。
ふと、子供達の楽しそうな声が聞えなくなった。
それに気付いたティファが、そっと子供達の方へ近寄ると、二人共微笑を浮かべたままスースーと寝息を立てている。
穏やかな眼差しでクラウドを振り返り、人差し指を立てて口元に当てて見せる。
それだけで子供達が眠ってしまった事を悟ったクラウドは、同じくふんわりと笑みを浮かべるとデンゼルの傍らに膝をついてしゃがみこみ、そっとその小さな身体を抱き上げた。
ティファはマリンを抱きかかえる。
そして、二人して子供達をトラックに運び込むと、倒していた運転席と助手席のシートにそっと横たえた。
子供達は全く目を覚まさない。
熟睡している小さな身体に、毛布をそっとかけてやり、『お休み』のキスをそれぞれの額に贈ってドアを閉めた。
そのまま、クラウドとティファは、トラックに背を預けた形で地面に並んで腰を下ろし、子供達が先程まで見上げていた夜空を仰ぐ。
「綺麗だね…」
「…ああ、綺麗だな」
「こんなに幸せな気持ちで野宿する事が出来るなんて…思わなかったな」
「……俺もだ」
「うん…」
言葉を切って、月を眺める。
ところどころ雲の掛かった今夜の月は、大きな満月。
子供達が言った様に、エッジの街で見るよりもうんと綺麗に見えるその月は、何故か柔らかな温もりを注いでいるように見えた。
「旅してる頃はね…」
「ん?」
「月の光ってあんまり温かく感じなかったんだ…。むしろ、何だか冷たく感じてたな…」
「………」
「でも今夜の月は…ふんわりと温かな感じがする……何でかな?」
「……さあな…でも」
「でも?」
「俺も、ティファと一緒だな。旅してる頃は……色々あり過ぎて……夜空を見上げるのが逆に怖かったって気がしてた」
「……怖かった?」
「ああ…」
視線を隣に戻したティファの瞳に、クラウドの紺碧の眼差しが飛び込んできた。
真っ直ぐに注がれていたその瞳に、何度見つめられてもなれないティファは、ほんのりと頬を染めると、恥ずかしそうに視線を落とす。
そんないつまで経っても初々しい反応を見せるティファに釣られて、クラウドもほんのりと頬を赤らめると、そっとティファの手を握った。
それは、力強く…とはほど遠い、何とも頼りない手だった。
もしかしたら、ティファが恥ずかしがって振りほどいてしまうかもしれない…と、その手が言っているようだった。
ティファは、一瞬ドキッとしたものの、振りほどく事はせず手に少しの力を入れて握り返し、おずおずと顔を上げた。
その視線の先では、チラリと自分を窺っているクラウドの紺碧の瞳。
お互い、どちらからとも無く微笑を交わすと、そっと寄り添って互いの存在を感じ合う。
「こうしてると…決戦前のあの時を…思い出すね…」
「……そうだな…」
「あの時は…これで最後かもしれないって思ったけど……」
「……ああ、俺もそう思った。でも……」
「うん…。まさか、こうしてもう一度、クラウドと……可愛い子供達と一緒に大自然の真っ只中で夜を越せる火が来るなんてね」
「……ああ、おまけに、あの時よりも……」
「あの時よりも?」
言葉を切ったクラウドを、小首を傾げて覗き込む。
先程よりも顔を赤らめた青年が、ゆっくりと顔を向けた。
「あの時よりも、ティファを確かに感じていられるのが……幸せだな…って思える……かなってさ…ちょっと思ったんだ…」
カァーーッと顔が熱くなる。
ティファは、クラウドの言葉に真っ赤になったが、それでも視線を逸らせる事も、どもりながら何かを言う事もしなかった。
ただ黙って吸い込まれそうな紺碧の瞳を見つめ返し、そして、うっすらと涙を浮かべて幸せそうに微笑んだ。
互いの身体に腕を回し、ゆっくりと頬を寄せ合う。
月に照らされた二つの影が、一つに合わさったのを知っているのは…。
穏やかな光で二人を祝福していた満月と…。
夜空に煌く星々達だけ。
今宵の空に色づくものは…。
月と星に彩られた幻想的な美しさ。
その心までもが洗い流されそうな静かな光の祝福を受けるクラウドとティファを、大自然が優しく包み込んでいた。
あとがき
何となくキャンプする家族が書きたくなりました。
でも、実際は野宿(汗)。
きちんと計画したキャンプよりも、何かしらのアクシデントがあって、そのことが思わぬ幸福を呼び寄せた…みたいな感じが書きたかったのですが、いかがでしたでしょうか…。
きっと、クラウドは配達の仕事をしているのですから、たまにはこうして一人寂しく野宿する事もあるかもしれないですが……まぁ、そこは目を瞑ってやって下さい(滝汗)。
野宿と言えば、やっぱりあの旅ですよね。
そして、あの旅と言えば、亡くしてしまった大切な人のこと。
きっと、クラもティも仲間も『彼女』の事は大きな大きな思い出と共に、心に傷を残しているんだと思います。だって、助けられなかったんですから…。
でも、それが彼らだと思うんですよね。
傷を傷として受け止め、そして『彼女』を愛していっているっていうのが、彼らの素晴らしさじゃないかなぁ…と妄想が止まりません!!!
ここまでお付き合い下さい、ありがとうございました〜!!
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