バサバサッ…! 足元に、買ったばかりのフルーツと葉類の野菜が空しく音を立てて散らばった。 そんな事にも気付かず…。 『な…………!! これは一体…!?!?』 ティファは目の前の光景に絶句した。 兄妹喧嘩(きょうだいげんか)ちょっとした買出しに出た僅かの間に、遊びに行っていた子供達が帰っていた。 それは良い。 別にいつもと変わらない。 近所の買い物に行っている間に子供達が帰宅していたことなど、これまでにもあったし、どこの家庭でも珍しくもなんとも無いだろう…。 しかし…! こんな惨状は未だかつて我が家では無かった。 セブンスヘブンの店内の床に…。 マリンのお気に入りのモーグリの人形が、綿を飛び出させて転がっている。 デンゼルのお気に入りの奇妙なお面が粉々に砕け、飛散している。 そして…。 子供達のお気に入りのマグカップまでもが粉々になって散らばっている。 そしてそのマグカップには恐らくミルクが入っていたのだろう。 白い液体が、店の床に所々飛び散り、水溜りになっていた。 「な、ななな…!!これは何事……!!!」 ティファは入り口に突っ立ったまま、あまりの事に暫く呆気に取られていた。 一瞬、強盗が入ったのかと思い、血の気が引く。 しかし、その考えも本当にほんの一瞬だけ。 何故なら…。 カウンターのスツールに腰掛けるデンゼルの後ろ姿が目に入ったからだ。 「デ、デデデ、デンゼル!?ここ、これは一体!?!?」 驚き、言葉もままならないティファに、デンゼルは振り向きもしない。 それどころか、返事すらしない。 「デ、デンゼル!?何があったの!?」 大股でカウンターへ歩み寄る。 しかし、肝心のデンゼルは、プイッとティファの視線から顔を逸らし、明らかな拒絶の意思を表すだけだった。 「ちょ、ちょっとデンゼル!何とか言いなさい!!」 顔を背けるデンゼルの肩を掴み、スツールを反転させて自分の方へ向けた。 そこでデンゼルの顔を見たティファは、デンゼルの左頬が僅かに赤く腫れているのを見て仰天した。 「な…!!どうしたのその顔!?」 そっと腫れている頬に手を伸ばすと、何とパシッとデンゼルに手を払われてしまった。 そして、そればかりか「何でもないよ!放っといて!!」と、捨て台詞まで吐かれ、足音も荒く店の奥へと駆け込まれてしまったではないか!! あのデンゼルが…! いつも優しくて、ティファとクラウド、それにマリンを大事にしているデンゼルが!! あろう事か、ティファの差し出した手を払い、捨て台詞まで吐いて拒絶するなど!! ― も、ももももしかして………反抗期!? ううん、もしかしたら反抗期なんかじゃなくて…… 不良になっちゃったんじゃ…!?!? ― 完全にパニックになったティファは、震える手で慌ただしくポケットを探るが、目当ての物が見つからず、イライラしながら二階のクラウドの事務所へ駆け上がった。 「え?何だって…ティファ、悪い。もう一回言ってくれないか?」 突然かかってきた携帯からは、これまでにない程、取り乱したティファの悲痛な声が響いてくる。 何やら必死に訴えているのだが、興奮しきっている為か彼女の言葉がどうにも理解出来ない。 『だから、デンゼルが顔を腫らしていて、お店の床がぐちゃぐちゃで、マリンのお人形がバラバラで、デンゼルのお面が綿出してるの!!』 ………。 …………。 …………ダメだ。 さっぱり分からない。 ただ、尋常ではないティファの様子だけが、キンキンと耳を通じて伝わってくるのみだ。 いつもなら、携帯を耳に押し当てて、少しでも彼女の声を聞き漏らさないようにするクラウドだったが、流石に今は携帯を耳から離して顔を顰めている。 こんなに甲高い声でパニックになっている彼女の声をまともに聞いていたら、確実に難聴になってしまうだろう…。 いやいや。 それよりも何よりも…。 考えなければならないのはそっちじゃない。 そこまでティファがパニックになっている原因を考えなければ…! しかし、生憎クラウドが今いるのはエッジとは別の大陸…コスタ地域なのだ。 ここからどう頑張っても、帰宅するのは明日の深夜になってしまう…。 しかも、それは運良くジュノン行きの船に乗れた場合…。 『困った……』 クラウドは頭を抱えた。 「とにかく……子供達はどうなんだ?デンゼルの事は分かったけど、マリンは?」 『ハッ!………プツッ……ツーツーツー…』 「おい!!」 彼女が息を呑んだ気配がしたと思ったら、一方的に電話を切られてしまった。 クラウドは大きく溜め息を吐くと、荷台に乗せている配達の荷物を恨めしげに眺めた。 まだこの大陸で三軒も回らなくてはならない。 いや、距離的にはそんなに三軒とも離れているわけではないので、フェンリルを飛ばせば問題は無いのだが…。 あの尋常ならざるティファの電話を聞いた今、仕事を放り出して今すぐにでも飛んで帰りたい。 しかし……。 「そういう訳にもいかないよなぁ…」 この仕事は信頼が第一なのだ。 一度受けた以上、やり通さなくてはならない。 おまけに、別大陸にいるのでどんなに早く船着場に到着したとしても、船が出ない事には話しにならない。 「はぁ……」 クラウドは再び溜め息を吐くと、勢い良くフェンリルのエンジンを吹かせた。 とりあえず、今の自分に出来る事は…。 この残りの荷物を配達して、今日中に何としても船に乗れるようにする事だけだ。 『それにしても……。『マリンのお人形がバラバラで、デンゼルのお面が綿出してる』っておかしくないか……?』 などと冷静に突っ込みを入れながら、クラウドは風の様に愛車を走らせるのだった。 一方、こちらはクラウドに突っ込まれているとは知らないセブンスヘブンの店長。 子供部屋にやって来たは良いが、立ち往生している。 どうやら鍵を掛けられてしまっているようで入れないのだ。 「ねぇ、本当にどうしたの?」 「…本当に何でもないからほっといてよ…」 小さな声がドアの向こうから聞えてくる。 ティファは、思わずドアを蹴り破ってやろうかとも考えたが、寸でのところで踏みとどまった。 ここまでデンゼルが自分を拒絶しているのだ。 よほどの事があったに違いない。 そう言う時に、無理に聞きだすのはあまり良い結果は生まないだろう…。 心は不安と焦燥感で一杯になりながらも、グッと唇をかみ締めて何とか胸に湧きあがってくる衝動を抑える。 「ねぇ…じゃあもう聞かないから…。せめて、マリンがどこにいるのかだけ教えて?そこにはいないんでしょ?」 「…………」 「デンゼル〜!」 泣き出しそうなティファの声に、デンゼルがドアの傍までやって来た気配がした。 しかし、ドアは閉ざされたままで、息子の声が聞える。 「マリンなら、まだ帰ってない…。って言うか……多分……ティファを探しに行ったんだと思う…」 「え?私を!?」 「……うん」 それきり、デンゼルの気配はまた部屋の奥に去って行ってしまった。 ティファは恐らくベッドに潜り込んだであろうデンゼルに、歯痒い思いをしながらも、自分を探しに行ったというマリンが帰ってくるのを待つことにした。 本当は、マリンを探しに外へ今すぐにでも飛び出したい気分だ。 しかし……。 入れ違いになる可能性のほうが高い。 何より、今から店の準備をしないと開店に間に合わない。 そこでティファはハッと気がついた。 このままだと…。 デンゼルは店の方に降りて来ないのではないだろうか? 勿論、デンゼルがいなくても店は営業していける。 そもそも、デンゼルがまだ星痕症候群の時は、マリンがデンゼルの看病をし、ティファ一人で店を営んでいたようなものなのだから…。 問題は、デンゼルの手助けが無いという事ではなく、『店の手伝いが出来ないほどの何かが起こったデンゼルをほったらかしにして、店を開店させる事』なのだ。 デンゼルをあのままにしておいて、店を開店させるなど!! 例え、今日買ってきた葉類の野菜が萎びれようとも、そんな事はほんっとうに些細な事だ。 デンゼルの方がうんと大事ではないか! そうと決まれば、今夜はユフィから貰った看板の出番!! ティファはそう決断すると、とりあえず散らかった店内の床を綺麗にしながらマリンを待つ事にした。 粉々に砕け散ったデンゼルのお面を片付け、子供達のマグカップの破片を集め、床に染みこみつつあるミルクを拭き清める。 その間も、頭の中ではデンゼルとマリンの事で一杯だ。 一体何をどうしたら、こんな事になるというのだろう? デンゼルとマリンがそれぞれ大切にしていた物が無残なことになっていた。 おまけに、いつもなら綺麗好きのデンゼルが、床に飛び散ったマグカップの破片を片付けたり、ミルクを拭き取ったりするどころか、カウンターのスツールに座り込んで何やら不貞腐れているようだった。 おまけに…!! 可愛い頬を腫らしていたという事実!!! も、もももしかして……。 マリンと派手に喧嘩でも!? で、でも…、デンゼルにマリンの事を聞いたら、あっさりと自分を探しに出て行った……と答えてくれた。 その時のデンゼルの声には、マリンに対する怒りは微塵も感じられなかった……ように思う。 いま一つ自信が無いのは、あの時の自分が激しく動揺しており、記憶が曖昧だからだ。 しかし、いつもあんなに仲の良い兄妹なのに、お互いが大切にしている物を壊したりするほどの喧嘩をするだろうか? いや、子供の事だから、例えそういう風に喧嘩をしたとしても不思議じゃないのかもしれないけど…。 でも…うちの子に限って!!(← 親バカ) そんな事をグルグル考えながら、マリンのお気に入りのぬいぐるみを繕い始めた頃…。 ようやくマリンが帰って来た。 ドアベルの音に、はじかれた様に立ち上がり、すっかり疲れ切った顔をしている娘へ駆け寄ると、ティファはマリンの両肩を抱き寄せて顔を覗き込んだ。 「あ〜、ティファ〜〜。もう、携帯くらい持って行ってよ〜〜!」 「あ……」 すっかり疲れ切ったマリンが、床にへたり込みながら言った言葉に、ティファはいつものクセでカウンターの中に携帯を置きっぱなしにしている事に気がついた。 「本当にごめんね?」 「もう……私、クタクタ…。ところで、デンゼルは?」 「そ、そうよ!デンゼルよ!!一体何があったの?」 「デンゼル…ティファに何も話して無いの?」 呆れたような顔をして溜め息を吐くマリンに、ティファは心配そうに眉を寄せたまま頷くと共に、首を傾げた。 どうも、自分が危惧していた兄妹喧嘩ではないようだ。 とりあえず、疲れ切っているマリンを椅子に座らせ、特製ミックスジュースを入れてやる。 「ありがとう…」 ティファから受け取り、それを一気に飲み干した娘を見て、どれだけ必死になって自分を探し回ったのかが分かり、申し訳ない気持ちが胸に広がる。 ジュースを飲み終えてホッと一息ついたマリンを見ながら、ティファは『臨時休業』の札を下げた。 「良いの、ティファ…?」 「良いのよ、だって家族が一大事の時にお店なんかしてられないじゃない!」 不思議そうな顔をして小首を傾げるマリンに、ティファは両手を腰に当ててキッパリと言い切った。 それに対して、マリンはどこか苦笑気味だ。 「そんな……、家族の一大事だなんて大袈裟だよ…」 「え……だって、買い物から帰って来たら、床にはマリンとデンゼルのお気に入りのマグカップが割れたままになってるし、デンゼルのお気に入りのお面は粉々になってるし、マリンの大事にしてたぬいぐるみは綿が飛び出してるし……」 マリンの落ち着いた表情を見ているうちに、言葉が段々尻すぼみになる。 マリンは、「あ〜、そうだよね。あんなのいきなり見たら、そりゃびっくりしちゃうよね」と、申し訳なさそうな…それでいてバツの悪そうな顔をした。 そして、盛大な溜め息を吐くと、ティファに目だけで付いて来る様に促し、子供部屋へと向かった。 ドンドンドン!! マリンが容赦なく子供部屋のドアを叩く。 「デンゼル!いい加減にして!!小さい子供みたいな駄々こねないでよ!!!」 「ちょ、ちょっとマリン…」 マリンの剣幕に、ティファがオドオドと声をかける。 デンゼルは今、かなりナーバスな状態にあると思えるのに、こんな風に刺激を与えるのは良くないのではないか!? そう懸念するティファには全く構わず、当のマリンは子供部屋のドアを叩き続けた。 「いい加減にしないと、ティファにドアを蹴破ってもらうわよ!?」 マリンの発言に思わずギョッとする。 確かに、デンゼルが部屋に篭った瞬間はそう思わないでもなかったが、まさかマリンの口からそんな台詞が飛び出るとは思いもしなかった…。 すると…。 ガチャリ…。 鍵の開く音がして、そっとデンゼルが顔を覗かせた。 それを、マリンは遠慮の欠片もなく、ドアを勢いよく全開にした。 部屋の入り口で項垂れているデンゼルをティファはしゃがみこんで視線を合わせた。 俯きがちな息子の左頬は、帰宅した時よりも腫れている様に見える。 「デンゼル……どうしたの?お友達と喧嘩でもしたの?」 心配で胸が張り裂けそうなティファの視線から、気まずそうに逸らすデンゼルに代わり、マリンが大きく溜め息を吐いて真相を話し始めた。 「ただいま!!」 セブンスヘブンのドアが勢い良く開けられ、今日中に帰宅出来ないはずのクラウドが駆け込んで来た。 若干息を切らしている一家の大黒柱の帰宅に、ティファと子供達は目を丸くして出迎えた。 「どうしたの!?」 「帰るの明日じゃなかったっけ!?」 「どうやって帰れたんだ!?」 呆気に取られたような顔で出迎えられたクラウドは、そんな家族の様子に逆にポカンと口を開けた。 「え……だって…、ティファが『デンゼルの一大事だ』って、パニックになりながら電話かけてきた から…、シドに無理言ってシエラ号出してもらったんだ……けど………」 クラウドが振り返ると、疲れた顔をしたシドがのそっと現れた。 「ったく…何でもねえじゃねぇか」 実に面白くなさそうな…迷惑そうな口調のシドと…。 段々怪訝そうな顔つきになるクラウドに、ティファとデンゼルは「「あ…」」と小さく声を上げると、お互い決まりの悪そうな顔をして俯いた。 マリン一人が、「やれやれ」と言わんばかりに首を振っている。 「……それで…?一体何だったんだ……?」 すっかりシラーッとした目つきになったクラウドに、ティファは決まり悪そうに…、デンゼルは申し訳なさそうに「「ごめんなさい」」と小声で謝ると頭を下げた。 夕方…。 ティファが帰宅するよりも30分ほど前に子供達は帰宅した。 何となく今朝から様子のおかしかったデンゼルに、マリンが何度か「どうしたの?」と訊ねたのだが、デンゼルは頑なに「何でもない!」と言い切っていたという。 そして…。 事件は起きた。 「デンゼル、ホットミルク飲む?」 「うん、飲む飲む!」 コンロに火をかけ、ほんの少しのお砂糖を加えたミルクを鍋に注ぐ。 飲み頃になったそのホットミルクをお盆に乗せ、マリンがテーブルに運ぶ途中で、待ちきれなくなったデンゼルがヒョイ、と自分のマグを取り上げて口に運んだ。 「もう、デンゼルったらお行儀悪いよ」 マリンが口を尖らせた瞬間、デンゼルが「あつっ!!」という声を上げてマリンのお盆に勢い良くマグを置いてしまった。 その為、バランスを崩してお盆を落っことし、見事にマグカップは二つとも大破してしまった。 「あ…ごめん、マリン…」 「良いよ、それよりもそんなに熱かった?」 申し訳なさそうにするデンゼルに、怪訝な顔をしてマリンが顔を覗き込む。 そして、気付いたのだ。 デンゼルの左頬がほんの少し、赤みを帯びて腫れている事に…。 「……デンゼル…何だか左の頬っぺたが赤く腫れてるみたいだけど……」 「え……!?そ、そんな事無いって!それよりも、これ片付けないと、ティファに怒られちゃうよ」 何やら慌てて早口で捲くし立てるように言うデンゼルに、マリンはピンときた。 「もしかして……デンゼル……」 「な、何かな〜……?」 「……口開けて」 「……な、何で!?」 「良いから!早く口開けて見せて!!」 「い、いやだ……」 「どうして!?何でもないなら開けられるでしょう!?」 「……何でもないけど…開けたくないんだ!!」 ジリジリと迫るマリンに、ジリジリと後ずさるデンゼル。 そして…。 子供達の追いかけっこが始まった。 最初は子供部屋のベッド周りをグルグルと追いかけっこしていたのだが、やがて進退窮まったデンゼルがマリンの大事なぬいぐるみを『人質』にとった。 そして、勢い良く店内に戻ると、床に零れたままになっているミルクの上にぬいぐるみをかざす。 「こ、これ以上しつこくするなら、このぬいぐるみ、ミルクの上に落っことしちゃうぞ!」 そう言われて「はい、じゃあ」と引き下がるマリンではない。 逆に、デンゼルの大事にしていたお面を持ち出し、 「その子を放さないと、お面を割っちゃうわよ!」 と、反撃に出た。 「う……汚いぞ、マリン!」 「デンゼルが先じゃない!」 「ぬいぐるみはミルクで汚れても洗ったら綺麗になるけど、そのお面は割れたら元に戻らないじゃないか!」 「ぬいぐるみだって、洗ったら変に縮んだりしておかしくなっちゃうの!」 「だったら、そのお面を返せよ!」 「最初にその子を放すのが筋ってもんでしょ!?」 ここにきて、子供達の論点はずれているのだが、真剣な二人は全くそれに気付かない。 「うう……分かったよ。じゃあ、そっちのテーブルに今から置くからな。お前もお面を置けよ?」 「分かったわよ…」 そうして、お互いにそっと近寄り、テーブルの上にそれぞれの大切な物を置こうとした時、デンゼルがマグカップの破片をうっかり踏みつけてしまったのだ。 「イッテエェェーー!!!!」 靴越しでもマグカップの破片は柔らかい足の裏には充分痛みを伴う威力を持っていた。 バランスを崩して倒れそうになるデンゼルに、マリンが慌てて手を伸ばす。 しかし、マリンはデンゼルの手を掴み損ねてぬいぐるみを掴んでしまった。 そして……。 ビリッ…! 「「ああーーー!!!!」」 子供達の叫び声が店内にこだました。 哀れな姿になってしまったぬいぐるみに、デンゼルは心底申し訳なさそうに項垂れる。 しかし、マリンはデンゼルを責めたりしなかった。 「良いよ…。ティファに後で繕ってもらうから。それよりも、デンゼル、怪我は?」 マリンがそう言ってデンゼルに近づいた時…。 バカッ!! 「「ああああーーーー!!!!!」」 再び子供達の悲鳴が店内を震わせる。 デンゼルを助けるべく咄嗟にお面をテーブルに置いたマリンだったが、置いた場所が悪かった。 テーブルの端により過ぎていたのだ。 その為、非常に不安定で暫くユラユラ舟をこいでいる状態だったのが、ついに床へ落下、哀れな事となったのだという。 その後。 マリンはとりあえず、ティファに電話をしたものの、カウンターからティファの携帯が鳴った為、仕方なく探しに店を飛び出し、デンゼルはすっかり落ち込んでカウンターのスツールに腰掛けていたのだった。 「……で?結局なんだったんだ…?」 ティファとマリンの話を聞きながら、半分呆れたような顔をするクラウドに、デンゼルが小さくなる。 ティファは盛大な溜め息を吐いた。 「虫歯だったのよ」 「「虫歯〜!?」」 クラウドとシドの呆れ返った声に、デンゼルは益々小さくなった。 「もう、ほんっとうに心配したのに、ただの虫歯だっただなんて…」 「ただのって何だよ〜!虫歯の治療ってすっげー怖いじゃんか!!」 ムキになって反論するデンゼルを、ティファはギロリと睨みつけて黙らせる。 途端に、シュンとなるデンゼルに、マリンはクスクスと忍び笑いを漏らした。 デンゼルが観念して部屋から出てきた後…。 『デンゼル、どうしたの?』 『ティファ、デンゼルは多分、虫歯なのよ』 『え……虫歯!?』 『…………』 『そうよね、デンゼル』 『そうなの、デンゼル?』 『………大した事ない』 『そんなに頬っぺた腫れてきてるのに、大した事ないわけないじゃない、ねぇ、ティファ……って、ティファ?』 『……虫歯……ね』 『『………(汗)』』 『デンゼル…』 『は、はい!』 『今すぐ、お医者様に行くわよ』 『え……いや……でも……』 『い・く・わ・よ・ね?』 『………はい』 「それで、早くティファに教えないと、歯医者さんが閉まっちゃうでしょう?だから、探しに行ってたんだ〜」 「そっか…。マリン、大変だったな」 「それにしても、デンゼルよ〜。お前も男なら根性見せろや…」 「うう……そんな事言ったって、あの『キーーン』っていう機械音……アレ聞いただけで全身に鳥肌立っちゃうんだもん…」 「まぁ、気持ちは分からんでも無いがよ〜」 苦笑いを浮かべながら、シドはティファの手料理と酒を掻っ込んだ。 「本当に、帰った時は心臓が止まるかと思ったんだからね。もう、絶対にあんな思いさせないでよ!?」 「……ごめんなさい」 すっかり落ち込んで反省している息子と、怒りながらもどこか優しさを含ませたティファ、そして終始可笑しそうにクスクス笑っている娘。 そんな三人を眺めながら『やっぱり、今日はシドに無理言って頼んだ甲斐があったな』とクラウドは内心喜んでいた。 滅多に見られない家族の一面を見る事が出来たのだから…。 こうやって、沢山色々な顔を見たい。 笑い合いたいし、時には喧嘩も良いかもしれない…。 勿論、その時はなるべく早く仲直りをして…。 そうやって、家族としての繋がりを深めたい…。 そう思う一家の大黒柱だった…。 あとがき はい。 何ともありがちなオチでごめんなさい(苦笑)。 でも、あの歯医者の『キーーン』って音。 私はあんまり経験無いのですが、自分に関係なくても鳥肌立つのは私だけでしょうか……。 少しでもデンゼルの気持ちになって頂ければ幸いです(笑) |