俺は、手の中にある封筒に、しばらくそのまま固まってしまった。
ラブレター(クラウド視点)
その日の配達の仕事は、午後からだった。
朝起きると、いつも早起きの彼女は既にベッドにはいなくて、階下から朝食を作っている包丁の軽やかなリズムと、彼女の足音が微かに耳に届く。
目が覚めたまま、しばらくその音に耳を澄ましていると、言いようのない幸福な気持ちが胸に込上げてくる。
本当に、この家に帰って来る事が出来で、何て幸せなんだろうって。
この家を、子供達を、彼女を捨てた時の事は今でもはっきりと覚えている。
言葉に出来ない程の罪の意識、喪失感、絶望、そんなマイナスな感情のみを携えて、家を出て行った時の事。
まさか、こんな幸福を再び得る事が出来るとは、あの時は夢にも思わなかったな。
そんな事をつらつら考えながらベッドに横になっていると、どうにも気分があの当時に引きずり込まれてしまいそうになり、俺はその気分を追い払うように、反動をつけてベッドから起き上がると、手早く着替えを済ませて部屋を出た。
階段を降りると、彼女の鼻歌が料理を作る音に混ざって聞こえてきた。
そして、彼女の華奢な後姿に、再び幸福な気持ちが甦る。
― 本当に、俺は幸せ者だな ―
改めて、彼女の存在の大きさを感じる。
彼女がいなければ、とっくの昔に星に還ってただろうと、そう思う。
仮にそうでないなら、『生きたまま死んでる人生』を送ってるだろう。
今の俺は、確かに『生きた人生を』送っている。
そう、彼女が隣にいてくれて、彼女の隣にいる事が出来きるおかげで……。
俺がそんな事を思いながら、彼女が朝食を作る後姿をじっと見つめていたが、彼女は全く俺に気付く気配がない。
そんな彼女に、少しだけ悪戯心を起こしてしまった俺は、そのままそーっと彼女の真後ろに忍び寄ると、
「おはよう、ティファ」
「キャッ!!ちょ、ちょっと、クラウド!!」
急に背後から俺に抱きしめられた彼女は、びっくりして大きな声を上げ、持っていた包丁を危うく足元に落としそうになった。
その光景に、俺は自分の軽率さを呪った。危なく彼女の足に傷が出来てしまうところだった…。
「あ〜、悪い。ちょっと悪戯がしたくなったから、つい」
パッ、と彼女を解放する。彼女は、包丁を持ったまま俺に向き合うと、
「もう、『つい』じゃないでしょ!!危ないじゃない!!怪我しちゃうでしょ!?」
空いた方の手を腰に当てて目を軽く吊り上げる。
悪戯を思いついた時の高揚感は、あっという間にどこかへぶっ飛び、朝っぱらからバカをやってしまった、という情けない気持ちで一杯になる。
何で俺ってこうなんだろう…。
溜め息をつきたい気分の俺を見て、彼女は「プッ」っと吹き出すと、心底面白い物を見た!と言わんばかりに笑い出した。
「もう、クラウドったら本当に子供ね!」
そう言って、彼女は包丁をまな板の上に置くと、キュッと俺の身体に腕を巻きつけて「おはよう、クラウド」と、優しい声で言ってくれた。
それだけで、俺の情けない気持ちは掻き消され、代わりに彼女への愛しさが込上げてくる。
改めて彼女を抱きしめ、「ああ、おはよう、ティファ」と改めて朝の挨拶をする。
このままずっと、こうしていたい気分で一杯になる。
本当に彼女は俺にとって『温もり』そのものだ。
彼女にとっても、俺が彼女の『温もり』になれているのだろうか?そうだと良い…、そうであって欲しいと心から思う。
もう少しこのままでいたかったが、子供達が起きだした気配がする。
彼女と目を合わせると、どちらからともなくそっと身体を離した。
その時の彼女の瞳に、残念そうな色が見えた気がして、嬉しくなった俺は、つい咄嗟に離れた彼女を再度引き寄せると、軽くキスをした。
そして、再度身体を離したところに、実に絶妙のタイミングで子供達が、元気良く「「おはよう!」」と、下りて来た。
間一髪セーフ!だろ?と目で彼女に語って見せる。
彼女は、顔を真っ赤にさせながら、軽く睨んで見せるが、その顔もまた可愛いものでしかなく、俺はすっかり良い気分で子供達に挨拶を返した。
それからは、普段通りに朝食を皆で囲んで食べた。
食べている間、午後の配達までにフェンリルの調整をする予定だ、と話すと、デンゼルは顔を輝かせて「俺、見てて良い?」と身を乗り出した。もちろん、駄目なわけないので、「ああ、構わない」と一言返事をする。
朝食後に、早速デンゼルと共にフェンリルの置いてある倉庫へ向かい、簡単な調整をする。
その間、マリンはティファを手伝って朝食の後片付け、デンゼルは熱心に俺の作業を見つめていた。
フェンリルの調整はすぐに終わり、丁度その頃には片付けも終わっていたマリンと共に、デンゼルは近所の友達のところへ遊びに行った。
その為俺は、家に入る前に一人で店・兼・家の郵便受けを覗き込んだ。
中には、今朝の朝刊と、一通の封筒。
俺は朝刊を脇に挟んで封筒を一瞥する。
あて先は『ティファ・ロックハート様』となっており、ティファ宛のもの。
裏を返して差出人を見て、俺は固まった。
『だ、誰だ、この男!?』
差出人は、俺の知らない男の名前が書いてあった。
もう一度、封筒を表に返し、ティファ宛であることを再確認する。
そして、封筒がただの『茶封筒』ではなく、いわゆる『綺麗な』封筒である事にこの時、漸く気がついた。
そう、これは、いわゆる、あれだ…、ラブレターだ!!
ど、どうしたものか…、い、いや、もちろんこれはティファ宛なのだから、ティファに渡すべき物だ。
それは分かっている。
分かっているが、どうにも、こう、何と言うか、釈然としない気分なのだ!!
彼女はこれの存在に当然気付いていない。
破棄するか?
否、もし、この男が「例の返事、聞かせてくれない?」などと、俺の知らないところで彼女に尋ねでもしたら、直ちに俺のした事が露見してしまう!!そうなれば、きっと彼女は俺に「クラウドのバカ!!」と、怒鳴りつけた挙句、必殺技を目一杯繰り出してくる事だろう。
考えただけで背筋に悪寒が走る。
破棄する、という案は即却下となった。
そのまましばらく、突っ立っていたわけだが、どう考えても彼女に渡す以外に道はない。
俺は、新聞にその封筒を隠すようにして挟み込むと、重い足取りで家に入った。
丁度その時、彼女は店のカウンターの中でなにやら作業をしていた。
どうも、昼食の下ごしらえと、子供達のおやつか何かのようだ。
いつ、どうやって彼女に例の封筒を渡したら良いのやら…。
ちらちら、カウンターの中の彼女を盗み見つつ、俺は新聞に挟んだ封筒を恨めしげに眺めた。
何故、俺がこんなに悩まなければならないんだ!?
くそ!もう、普通に「ティファ、手紙が来てたぞ」って、渡せば良いだけの話だというのに!!
しかし、もしも彼女が、この差出人の名前を見て『嬉しそうに』したり、『頬を染め』たりしたら…。
いやいや、彼女がそんな素振りをして見せるはずがない。
彼女は俺の事を、その、あ〜、つまりだ。
『大切』に想ってくれてるはずなのだから、こんな、ラブレターに胸をときめかす、なんて事はない、はず。
しかし、俺が平然とした顔で「これ、来てたぞ」って渡したら、もしかしてそっちの方がまずいんじゃないのか!?
だって俺が、何の葛藤もなく彼女に渡したという事になって、彼女が俺に『愛されていない』何て勘違いでもしたら、それこそ『大間違い』だ!!
謙虚で自分の魅力に対してとんと無自覚、無頓着な彼女の事だから、あり得ない話ではない。
なら、どうやって渡したら良いんだ?
いっその事「この男は誰だ?」って、怒って見せればいいのか?
いや、しかし、こんな手紙一つで怒るのもな…。
それに、彼女の事を信じていない、という行為にもとれてしまうではないのか!?
この案も却下だ…。
そんな事をグルグル考えて、ふと気付くとカウンターに肘をついた彼女が、何故か額にしわを寄せたり、頭を振ったり、なにやら考え事をしている。
もしや、この封筒の件は今日届く予定になっているもので、事前に彼女自身が知っていた、というのではないだろうな!?
そして、いつまでも届かない事に、怪訝に思っているとか…!?
そこで、思い切って彼女に近づいてみるが、彼女は全く俺に気付かない。
「ティファ、さっきから何百面相してるんだ?」
「え!?」
やっと俺に気付いた彼女は、素っ頓狂な声を上げて、びっくしている。
「え、えと、別に大した事じゃないんだけど」
動揺しすぎて、あはははは、と乾いた笑いを出す彼女に、俺は逆に何も言えなくなった。
やっぱり、封筒の件で怪訝に思っているのか!?
「そうか、具合でも悪いのかと思った」と彼女に一言だけ言って、元の場所に戻る。
駄目だ、いつもなら軽くからかう事が出来るのに、とてもじゃないが今の俺には無理だ。
一体、この男は誰なんだ。
最近彼女の様子がおかしかった事があったか?
いや、ないはずだ。
彼女が困っていたとしたら、例え俺に隠していたとしても俺にはすぐに分かる。
彼女は素直だから、すぐ表情や態度にでるからな。バレバレなんだ、いつも。
しかし、困っていた様子はなかった。
と言う事は、この封筒の差出人に関して、彼女は困るような相手ではない、という事になる。
セブンスヘブンの仕入れ関係の相手なら、封筒に業者の名前があるはずだが、それがない。
という事は、この男の個人的用事での手紙=ラブレターになる、と考えて間違いではないはずだ。
いや、待て。
そもそも、彼女はこの封筒が今日届く事を知っていたのか?
朝食の時は別に、何かを待ちわびている風ではなかった。
と、いう事は俺のはやとちりになるのか?
………。
ぐるぐる同じ事を悩んでいた俺は、今日の仕事の事など、頭の片隅にも残ってはいなかった。
だから、彼女がギョッとした声で
「クラウド!!配達に出る時間とっくに過ぎてる!!!」
と、声をかけてくれた時にはとっくに出なければならない時間を30分も過ぎていた。
「早く早く!!」
「あ、ああ、すまない」
彼女が俺をせかしつつ、ゴーグルとフェンリルのキーをカウンターから放り投げてくれる。俺はは慌てて椅子から立ち上がりざまに、空中でそれらを受け取ると、そのまま扉へと走っていった。俺の後を追う様にして、彼女も急いで外へと飛び出す。
外に出てすぐ、彼女が慌て過ぎて、つんのめるように転倒しかけ、俺は危うくギリギリで受け止めた。
「ごめんなさい、慌て過ぎちゃった」
「いや、良いんだ、気にするな。それに、ボーっとして遅刻した俺の方が悪いんだし」
「ううん、それ言うなら私だって考え事してて、時間に気付かなかったんだし」
「………あのさ、ティファ…」
「え?何、忘れ物!?」
急いで身体を起こして店の方へ足を向けたティファを、俺は慌てて腕を掴んで引き止めた。
「い、いや、そうじゃないんだ。ただ、ちょっと、その、気になる事が…」
聞くなら今しかない!!
しかし、どう切り出してよいのやら………。
「クラウド、今はそんな事よりも早く仕事に行かなきゃ!!」
言葉に迷っている俺を、彼女は無理やり背中を押してフェンリルに追いやりつつ、「クラウドが仕事から帰って聞くわ!!」と、言った。
俺は結局最後まで何も言えないまま、フェンリルを走らせた。
予定の時間を過ぎている為、いつも以上にスピードを出していても、頭の中は彼女と封筒のことで一杯だ。
ついでに言えば、つまらない事で悩んでいた為、時間を過ぎたおかげで昼食を取り損ねている。
少々小腹が空いてきたのも、惨めさに拍車をかけた。
はぁ、と、フェンリルを走らせつつ溜め息をつく。
そんな俺に、携帯がメールの着信を知らせた。
直感で彼女からだと分かった。
配達の時間がとっくに過ぎている事など、関係ない。
俺はフェンリルを止めると、携帯を見た。
そこには……。
【私が心から想っている人は、ニブルヘイムで一番の捻くれ者、セブンスヘブンで一番不器用な人よ】
彼女のメールに胸が熱くなる。
結局、終始俺の勘違いだったんだ。
暗かった気分が一転、言葉に出来ない程の幸福感で一杯になる。
そして、彼女へ素直な気持ちで返信メールをした。
【俺が心から想っている人は、ニブルヘイム出身で一番の料理上手、セブンスヘブンで一番の恥ずかしがりや】
今すぐにでも戻って、彼女を思い切り抱きしめたい気分だ。
きっと、彼女は恥ずかしがりやだから、素直に行動に出せないだろう。
その分、俺が行動に出したとしても、罰は当たらないだろう?
すっかり身も心も軽くなった俺は、再びフェンリルを勢い良く走らせると、恐らく渋い顔をして配達を待っているであろう依頼主には、「モンスターに手間取って」と、言えばいいか、などと考えていた。
そして、早く仕事を終わらせ、彼女の元へ帰ることだけを考えていた為か、途中で何度か運転をミスしそうになり、ヒヤヒヤする事になる。
本当に、俺の心を生かすも殺すも、全て彼女の行動次第……。
あとがき
「ラブレター」のクラウドバージョンです。
クラウド視点、と言うことで、前作ではなかった描写を入れて、ラブラブ度UPを
図ってみたのですが……相変わらずのへたれぶりな文章ですね(汗)
その後、クラウドが無傷で無事にティファの元へ帰れたかは、
マナフィッシュにも分からないのでした(笑)
最後までお付き合い下さり、有難うございました。

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