その年の冬、エッジでは風邪が大流行していた。
毎年のこと、と言ってしまえばそれまでだが、実際に感染してしまった本人やその家族からすれば一大事なわけで。
そんな一大事はセブンスへブン内でも起こっていた。

「デンゼルとマリンはもう大丈夫か?」

数日前、どこからかウイルスをもらってきた子供達は2人揃って寝込んでいたのだ。

「うん、さっき熱を計ったらもう平熱まで下がっていたから大丈夫だと思うわ」

ティファは朝が早いクラウドのため、先程子供部屋で見た2人の様子を伝えつつ朝食を作っていた。

「そうか」
「安心したね」

テーブルへ出来上がった朝食を並べつつそう言ってきたティファに笑みを返し、コーヒーを口へと運ぶ。

「やっぱり2人が元気ないと、家がどことなく静かなんだよねっ、とっ、あ!!」

ティファらしくない声と、次いで聞こえてきた食器が割れる音にクラウドは持っていたカップを置き、彼女の元へと駆け寄る。

「大丈夫か!?」
「う、うん。ちょっと失敗しちゃった」

自分の失態が恥ずかしいのか、顔を赤くしながら割れた食器の破片を拾い集めていくティファの様子に安堵のため息を漏らす。

「手伝うよ」
「大丈夫。それよりクラウド、早くご飯食べちゃわないと遅刻しちゃうよ」

彼女の言葉に時計を見てみれば、予定の時間が迫っていた。

「、すまない」
「手伝ってもらうことより、ご飯を全部食べてもらうほうが嬉しいから」

気にしないで、と言ってまた欠片を拾い集め始めたティファの言葉に甘え、クラウドは朝食を食べ始めるため、席に戻った。





「ティファも少し疲れてると思うんだ」

仕事へ向かうクラウドを送りにフェンリルが収納されているガレージまで付いてきたティファへクラウドが徐に言った言葉に、彼女は苦笑で返した。
それは自分でもそう思っていたことだから反論も出来ない、という意味だということをクラウドは正確に理解していた。
理解していたからこそ、眉間にシワが寄る。

ティファは自分を省みずに己を酷使してしまう傾向にある。
少しくらい体調が崩れていても、倒れない限りは動いてしまう。
それは彼女の数少ない欠点だ。

「うん、実はちょっと前から微熱が続いてて…」

やはり、とクラウドの眉間のしわが更に深くなっていく。
その様子を見ていたティファの苦笑も、彼の表情につられて深くなっていった。

その顔は、よく見ると薄っすらと赤い。
先程、食器を割ってしまって恥ずかしいから赤面していたのだとばかり思っていたが、どうやら熱があったらしい。
考えてみれば、彼女が食器を割ること自体が珍しい、と今になってクラウドは思い至った。


「子供達のがうつったのか?」
「う〜ん、どうかな?」

グローブを外し、彼女の赤い頬へと右手を伸ばすと、自分の手の平よりいくらか熱い体温が伝わってきた。
ティファはその温度差が心地いいのか瞼を閉じ、軽く右手に頭を傾けてくる。
そんな彼女の様子を見ながら、クラウドは「今日は早く帰れると思うから」と苦々しい口調で熱い頬を摩りつつ言葉を続けた。

「あまり無理はするなよ」
「うん」

「店は今日も休むこと」
「残念だけど、お客さんに感染したら大変だものね」

そういう意味ではないが、今は深く掘り下げている時間は無い。
クラウドは次の言葉を口にした。

「子供達の体調さえ良かったら、ティファも病院に行って来ること」
「はい」
「……本当に分ってるか?」
「大丈夫だよ」

クスクスと笑って答える彼女にクラウドもつられて苦笑し、右手を彼女の頬からゆっくりと離す。
再びグローブをその手に装備すると、その冷たさにまだ手の平に残っていた彼女の体温が奪われていった。
それがとても惜しいと感じたクラウドは、気を紛らわせるため右手を握りしめる。

「じゃ、行ってくる」
「うん、いってらっしゃい。気をつけてね」

そう言って見送ったティファの姿は、心なしか儚げにクラウドの瞳に映り、彼の脳裏に焼きついた。





「ストライフ・デリバリーサービスです」

ティファへ告げた「早く帰る」という約束を守るべく、クラウドは急く気持ちのまま配達を進めていた。

その勢いはそのままフェンリルへと伝わり、よく事故を起こさなかったものだと感心するほどのスピードを上げていたのだが、おそらく彼は気付いていないだろう。

しかしその甲斐あってか予定より大分早く配達は進み、今、目の前にある家の住人へ荷物を運べば終わりとなる。
……はずだったが、ドアベルを鳴らしてからかなり経つのにドアが開く気配が無い。

先程「今開けます」と女性の声が聞こえてきたから、留守というわけではないようだが、だったらなぜ早く出てこないのかと苛立ちが募る。

今朝方のティファの姿がずっと脳裏に残っているクラウドは舌打ちしつつ、未だ開かない扉を睨んでいた。

『ちょっと前から微熱が』と彼女は言っていた。

微熱とは言え、続くと体力は奪われていく。
けれど彼女は「微熱程度なら」と無理をして通常の家事と子供達の看病をこなしていたのだろう。
子供達は寝込み、俺は仕事へ。
多少体調が悪くても動けるのは自分だけ、と言い聞かせ無理を続けた結果、熱がいつまで経っても下がらなかったのだ。

そんな彼女の様子に気付かなかった己にも苛立ちが募り、それはそのまま顔に出ていたらしい。

ようやく扉が開き、出てきた女性が怯えたように竦んだ。

「あ、あのっお待たせしてすみませんっ!!」

頭を下げられ、クラウドはようやく正気に戻る。

「あ、いや、」

自分の表情がかなり女性を怯えさせてしまったことに対して謝ろうとした矢先、その女性は口早に言葉を続けた。

「今ちょっとつわりがひどくてっ 早く出なきゃとは思っていたんですがどうしても…」


つわり


なるほど、そういった理由があったのか、と扉が開くのが遅い原因を知った。

それと同時に理由も知らず、無闇にこの女性に対し苛立ちを募らせていた自分が恥ずかしく思えてきたクラウドは「こちらこそ」と謝罪を口にする。

「すみませんでした」
「いっ、いいえ、いいんですよっ」

頭を下げたクラウドに面食らった女性は慌てた声を出したかと思った矢先「す、みません。また……」と言うなり慌しく家の中へと戻っていった。

その言葉に頭を上げたクラウドの視線の先では、扉が再び閉まっていくところだった。





「本当に、何度もすみません」
「最初はただの風邪かと思っていたんですが、病院行ったら妊娠してるって言われて。
自覚したら途端につわりが始まってしまって…って、なに私説明してるんだろう」

恐縮しきりの女性にクラウドは苦笑しつつも、荷物を手渡し受領書にサインを求めた。

「あっはい。ここでいいんですか?」
「お願いします」

サインを書き始めた女性の顔は、幾分やつれているように見えたが、その雰囲気はとても幸せそうで。
その様子にクラウドの口から自然に「おめでとうございます」との言葉が出てくる。
女性は驚いたように顔を上げたが「ありがとうございます」と途端に嬉しそうな笑顔になった。

「いきなり妊娠してますって言われて戸惑うことも多いんですけど…。
ドラマみたいに吐いて妊娠が分るのかと思っていたのに、実際は違うから驚いたんですよ」
「…違うんですか?」

クラウドも同じように思っていたこともあり、彼にしては珍しく話につられていた。

「ええ。吐いて妊娠発覚というのはドラマの表現方法なんですって。そのほうが演出上、分りやすいから。
実際にはその前に微熱が続いたり、体調が優れなかったりで『もしかして』って気付くようです」
私は風邪かと思っていたんですけどね。


と、どこか恥ずかしそうな女性の言葉で、クラウドの脳裏に今朝のティファの様子が蘇った。

微熱続きだといっていた彼女。

まさか、と思う反面、もしかしたら との可能性も否定できない。
自分達はそういう関係なのだから。
とは言っても、将来の約束を交わしたわけではない、とても曖昧な関係だけれど。


けれどもし―――


もし彼女が実際にそうなっていたなら



俺は



そこまで考えて自分の思考がかなり飛んでいることに気付いたクラウドは一つ咳払いをして自分を落ち着かせる。

「はい、これで大丈夫ですか?」
「確かに」

受領書に書かれたサインを確認したクラウドは女性に向かい「ありがとうございました」と頭を下げて、その家を後にした。

先程の考えがどうにも頭に引っかかり、スッキリしないクラウドはフェンリルに乗るなり携帯を取り出し、ティファの携帯へと電話をかけた。

とりあえず彼女には病院に行ってもらおう。
微熱が続いているのは確かだし

もしも、…本当にもしも、の可能性もあるのだから


しかし彼女の携帯は繋がったと思った瞬間に留守電に切り替わってしまい、一瞬眉を潜めたクラウドは次いでセブンスへブンへ電話をかける。


「はい、セブンスへブンです」
「マリンか?」

電話に出たのは今朝は眠っていて話すことが出来なかったマリンだった。
ティファの話ではもう平熱にまで下がっているとのことだったが、電話越しで聞く声はいつもの元気が戻ってきているように感じ、クラウドは無意識に頬を緩ませる。

「あ、クラウドだ。どうしたの?」
「ティファはいるか?」

その質問に対し、返ってきた答えは「ティファなら病院に行ったよ」というものだった。

「…病院に?」
「うん。ティファ辛そうだったから。私とデンゼルならもう平気だから病院行ってきてって言ったら「そうしようかな」って」
お昼すぎに行ったんだよ

時計を見てみると今はちょうど午後と夕方の間の時刻をさしていた。

「……大分時間がかかってるんだな」
「でも私とデンゼルが行った時も病院はすっごい人だったし、いっぱい待ったから、今日もそうなのかも」
「そうか」

では、まだ彼女は病院なのか。
このまま病院まで行ってしまおうか、などと考えていると「ねぇ、クラウド」とマリンの沈んだ声に呼ばれ思考を止める。

「ん?」
「ティファが具合悪いのって、私達の風邪がうつったからなのかな?」
「…それは、どうかな」

不安な声で尋ねてくるマリンはそれが気に掛かっているのだろう。
自分達のせいでティファが風邪をひいてしまったのだと。
それはある意味正解なのかもしれないが、同じ家の中に住んでいるのだ。そういうこともある。
しかし、そう言ってしまえばマリンはますます沈み込んでしまうだろう。

だから彼は違う言葉を口にする。

「俺は医者じゃないから詳しいことは分らないが、マリン達と今のティファの症状は違うと思うんだ」

そう、子供達はすぐに高熱が出たのに対し、ティファは微熱が続いていると言っていた。
ということは同じウイルスではない可能性が高い。
ただの風邪かもしれないし、子供達のウイルスがうつったのかもしれない


もしかしたら  本当に   


と、またそちらに思考がいってしまい、クラウドは軽く頭を振る。

「どっちにしろ、今のティファには安静が必要だ。俺が帰るまでマリンとデンゼルがティファのこと看ててやってくれ」
「分った!今度は私達がティファを看病するね!」

戻ってきたマリンの元気な声に微笑みながら「頼むな」と言い、クラウドは通話を切った。

想像していなかったわけではない。

フェンリルを操作しながらもクラウドの思考はやはりティファの体調のこと、もしかしたらの可能性に占められていた。


ティファが妊娠
その場合、相手は俺だろう。それは間違いない。

しかし


「なんか、変な感じだな……」


別に否定的な意味ではない。
ただ……、父親となった自分を想像してみるとむず痒いような、しっくりこないような
言葉に出来ない違和感があった。
それは、多分、こんな自分が親になってもいいのかという不安なのだろうと思う。
まだ自分は全然至らない男だと、誰よりも自分自身が知っているからだ。

と、そこで携帯の振動に気付き、フェンリルを止めて携帯を確かめる。
そこにはメールの着信が1件あった。

メールを読みつつもクラウドの思考は止まらない。
そんな自分でも、もし彼女と家庭をもてたら、と想像したことは一度や二度ではなくて
そうなったら……、ではなく、そうなるよう、努力はしてきたつもりだが、まだ自分に自信が持てず、彼女との関係はずっと曖昧なままにしてきた。

中途半端な自分のまま彼女を手に入れてしまったら、きっと彼女は俺に愛想をつけて離れてしまうだろう。

それはほぼ絶対的な未来図だ。

だからもっと自分に自信を持てるように、彼女の隣に立っても恥じない男になってから
せめて彼女が安心して俺の隣で笑ってくれるようになるまで、、、と思っていたのだ。

しかし、いつの間にかそれを建前に、今の生活を享受している自分がいた。
仕事から帰れば家にはティファとデンゼル、マリンがいるこの生活は、自分にとってすでに充分幸せだから。
無理に彼女との関係を求め、万が一、今の幸せが壊れるならいっそ今のままで―――


と、いつか彼女に言われた「ズルズル ズルズル」という言葉が蘇ってきて苦笑が漏れる。


全くそのとおりだ。
あの頃も、今も。
本当に自分は誰かに背中を押してもらわないと動き出すまでに時間がかかってしょうがない。


長いため息を吐き出したクラウドは携帯を閉じ、再びフェンリルを走らせる。
さらにスピードを上げ、目的地を目指すクラウドの口角は上がっていた。

脳裏には先程読んだメールの一文

『話があります。教会で待ってる  ティファ』

予感は確信へと変わり
戸惑いは決意へと

今までの考えを投げやり、彼は彼女との新たな絆を求めて一歩進み始めた。


*** Tifa side ***


時は少し遡る―――

クラウドがセブンスへブンへ電話を掛けようとしていたその時、ティファは7番街の教会の扉を開けていた。
そこはあの時のまま、壊れた扉も壁もそのままの状態でそこにある。
長椅子の一つに座り、ティファは己の手元を見ていたが、目から入ってくる情報はことごとく脳に届かず、彼女の思考は先程医師に告げられた言葉に占められていた。


(信じられない)


医師の言葉にティファはそう思うことしかできなかった。

とりあえず落ち着こうと思い、無意識に足が選んだ場所はこの教会。
家には病み上がりの子供達が待っているのだから早く帰られなければ、と思うのだが、今は1人で考えたかった。
少しの間だけ、1人の時間を貰おうと思い、家に電話を掛けるとデンゼルが出た。

「デンゼル、私だけど…」
「ティファ?病院終わったの?どうだった?」

矢継ぎ早に問いかけてくるデンゼルに曖昧に答え、もうちょっと帰るまで時間がかかる、とだけ告げる。

「うん、俺達のことは気にしなくてもいいから。本当にもう元気だし」

その言葉に安堵し「ごめんね。ありがとう」と謝罪して通話を切ろうとした時「そういえば」とデンゼルの声がして聞き返す。

「どうしたの?」
「さっきクラウドから電話が来てたみたいなんだ。出たのはマリンだったけど」
「……クラウド から」
「もう今日の配達が終わったから、今から帰ってくるってさ」
「そう 」

彼の名前を聞いただけで、鼓動が大きく跳ねた気がした。



クラウド



そうだ、私一人で考えることじゃない。
この問題は彼と私、2人で考えなければいけない問題なのだ。

「それじゃあ、もう少しお留守番、お願いね」

電話を切り、携帯を見つめる。
僅かな逡巡の後にメール画面を開き、送信先に彼のアドレスを入力。

確かに不安はある。戸惑いもある。
けれどそれ以上に、喜びや嬉しさが込み上がってきているのも事実で。

でも今の彼と私の関係を思うと、純粋に嬉しがってばかりもいられないのが現状だ。


彼はどう思うのだろう?
迷惑がられたらどうしよう、と思うと短い文面のメールを送信する指に力が入らない。


願わくば
私達を繋ぐ新たな絆を彼も

「喜んで……くれるといいな」

無意識に呟いたその時、壊れた壁から優しい風が吹いてきて、ティファの前髪を揺らす。





だいじょぶ、だよ



どこからか親友の声が聞こえた気がした。

その声に背中を押されるように、ティファは「うん」と頷き、送信ボタンを押す指に力を入れる。



クラウドが教会に来たのは、それから30分後―――


〜END〜




なんだこれ・・・

すみません、書いてる本人がこう思うんだから読んでくださった方はさらに倍!ってくらいこう思ってることでしょう。
すみませんでしたーー!!(DO・GE・ZA☆)←もう壊れてるんです。見逃してやってください。

ええと、気を取り直して、お疲れ様でした。
今回は3万打前後賞キリ番を踏んでくださったマナフィッシュ様に捧げますー!!(>_<)
キリリク内容は『ぶっちゃけティファ妊娠だったのーー!?』です(笑)
当初の予定では、もっと、こう、甘い雰囲気のお話の予定だったのですが、どこで道を間違えたのか。。。
きっとあれだ、クラウドが1人で「もし本当にティファが妊娠してたら…」ってグルグル考えてるのが楽しいとか思ったのがいけなかったんだ。←

文中では明確に妊娠してるって言葉はあえて使わないようにしたんですが……なんかあんまり意味無かったですねorz

マナフィッシュさ〜ん!!
細かい指定までくださったのに、それを生かすことが出来ずに本当にすみませんっ(>_<)

多分…というか絶対予想外のお話になってしまったと思います!
それもこれも全て私の力量が足りず…(;;)
ううう、すみません。
せめて糖度が高ければ良かったのですが……糖度すらも足りないという…(遠い目)
もちろん返品、ゴミ箱行きOKですので!
遠慮なくどうぞ!!

こんな物しか書けない舞々ですが、どうぞこれからも見捨てずにかまってやってくださいお願いします!!(必死)

では言い訳が見苦しくなってきたので、この辺で。

お付き合い、ありがとうございましたー。

舞々


感想

もう、もう、もう〜〜!!
これって、まさに『二次小説』の域を超えた『公式でのその後』ですよね!?
クラウドのグルグル加減、ティファの不安と、不安に思いながらも期待しまう揺れ動く気持ち…。

素敵だーー!!゜+。(*´ ▽`)。+゜

ほんっとうにほんっとうに、メチャクチャなリクをありがとうございました!!
もう、これで悔い無しです、いつでも閉鎖できまsu(殴!!)

はい、ごめんなさい、ウソです。
ますます萌えです、萌え!!

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