「正しいことを言うのって…難しいんだね」

 突然そう問われたティファは、困惑しながら娘を見た。



胸を張って!




 遊びから帰って来たばかりの娘はいつもの活気が微塵もない。
 小さな肩を落としている姿は、小さい身体をさらに小さく見せた。

『あ〜…。また友達となにかあったかな…』

 娘は、今よりもうんと小さい頃から本当にしっかりとした子供だった。
 周りがちょっと『やんちゃ』な大人ばかりに囲まれて育ったせいかもしれない。
 セブンスヘブンの手伝いは物心付いた頃には既に当たり前のようにこなしていた。
 そのせいか、同年代の子供達とは考え方が一歩や二歩どころではなく先を歩いている。
 そのため、よく意見が分かれて衝突するのだ。
 その度に、小さな胸を痛めながらそれでも前を見つめて逃げないマリンを、ティファは本当に凄いと思っているし愛しく思っている。
 だからこそ、いつも明るい笑顔を見せてくれるマリンが、悲しそうに俯いている姿に胸が抉られる…。

「どうしたの?」

 しゃがみ込んで目線を合わせる。
 マリンは目を伏せたままだ。

「あのね…」
「うん」
「人の悪口を言うのは…悪いことだよね?」
「うん」
「でも、それを『悪いこと』だっていうのは皆知ってるよね…?」
「そうだね」
「それなのに…どうして悪口言うのかな……」
「…マリン」
「…それを……『ダメだよ』って…ック……言ったら……なんで…ヒック…私……『良い子ぶって!』って…エック…、言われる……ヒィ…ック…のかな……」

 小さな肩が小刻みに震え、ふっくらした可愛い頬をポロポロ涙が伝う。
 ティファはたまらなくなってギュッと抱きしめた。
 腕の中でしゃくり上げながら、それでも必死に唇を噛み締めて泣くのを堪えようとする娘が切ない。
 大声を上げて泣いたら良いのに…。
 それをひたすら我慢して…。
 既に泣いているのにも関わらず、それでも必死に我慢しているマリンが……悲しい。

 真っ直ぐ過ぎる性格は、必要以上に周りとの軋轢を生む。
 だが…。
 だからと言って、周りに流されてヘラヘラ笑っているのは…マリンじゃない。
 自分の考えを他者に押し付けるのは勿論良くない。
 だが、今回の場合はマリンの言動が友達に比べて正しいことだろう。
 その正しいことを言った時、どれだけこの小さな娘は勇気を振り絞ったことだろう。

 決して…こういうことに『ならなかった』とは思っていないはずだ。
 分かっていたはずだ。
 聡い子なのだから。
 それでも言わずにいられなかったのは、マリンの性分だ。
 悪口を言われている子供の立場に立ったのかもしれない。
 悪口を言っている子供達に、自分達の何気ない一言が人を傷つけることを知ってもらいたかったのかもしれない。
 悪口を…聞きたくなかったのかもしれない。
 あるいは、それら全部がない交ぜになって止めずにはいられなかったのかもしれない。

 マリンは…真っ直ぐな子供だから。
 妥協とか、ごまかしとかは一切通用しない。
 自分がそれで傷つくのが分かっていても…だ。

 本当にそれは、マリンの長所であり短所であると思う。
 これから少しずつ大人の階段を上っていく中で、きっとその長所であり短所であるマリンの真っ直ぐな性格は、様々なトラブルを起こすだろう。
 周りの人達に良くも悪くも大きな影響を与えるに違いない。
 その時、ティファは自分が少女の傍にいて支えてやりたいと思っている。
 今、こうして小さな娘を胸に抱きしめてその涙を拭ってやっているように…。

「マリン…偉かったね」
「ヒック……ック…」
「マリンがそう言ってくれたことで、悪口を言われている子は、きっと喜ぶと思うよ?」
「…でも…ック……その子が…いないところで……ヒック……言ってたから……その子は……フゥック……知らないもん…」
「うん、そうだね。でも、いつか分かる時がくるかもしれないでしょう?」
「……そう、かな……」
「うん。明日とか、明後日とか…、そんな短い時間では知ることはないかもしれない。でも、数年後、マリン達がもっと大きくなった時に、きっとそういうことはどうしてか本人の耳に入るもんなの」
「……そう…、なの…?」
「うん。その時にマリンがたった一人で味方になってくれた…って知ったら、その子は本当に嬉しいと思うの。それにね」
「…?…」
「マリンがお友達に『ダメ』って言ったことで、その子達もきっと、いつか分かってくれるよ」
「………ヒック」
「今は、ちょっと頭にきてるから分かってくれないと思うけど、それでもいつか…。その子達が大きくなった時には分かってくれるよ」
「…………うん」
「マリン、ほんとに偉かったね」
「…………うん!」

 大きく頷くと、マリンはようやく大声で泣き出した。
 実に子供らしく、年相応に。
 ティファはギュッと抱きしめて優しく小さな背を撫で続けた。


 やがて、マリンの涙がようやく止まり、可愛い頬っぺたが真っ赤に染まって目元をゴシゴシこすれるようになった頃…。


「ティファ、マリン知らない!?…って……あ……」

 勢い良く店のドアを押し開け、デンゼルが肩で息をしながら飛び込んできた。
 びっくりする二人を尻目に、デンゼルのクリクリした瞳は、マリンの顔にビシッと固定されて、『やっぱり…』と言わんばかりの顔になった。

「マリン…はぁ…バカだな〜…はぁ…、マリンが泣くこと…はぁ、ないのにさぁ…は〜…」

 肩で息をしながら額の汗を拭き拭き妹に苦笑する。
 ポン、とマリンの頭に手を置いて、
「マリンが言ったことは間違ってないぞ?アイツ、悪口言われてるの、前から知ってたんだ」
「え…?」
「でもさ、それを知っててずっと我慢してたんだ。だって、正面切って堂々と言われてるわけじゃないから、『やめてくれ』って言いにくかったんだってさ。だけど…」
 マリンだけではなくティファの目も丸くなる。
 デンゼルはどこか誇らしげにニッコリ笑った。
「今日マリンが『悪口は良くない』って言ってくれたってすっごく喜んでたんだぞ?」
 驚いて呆けているマリンの頭をグリグリ撫でる。
 まるで、血の繋がった兄妹のように…。
 ポカンとしたマリンの顔が、デンゼルにグリグリされる度に前後に揺れる。
 揺れるたび、ポロポロと透明の雫が宙に舞う。
 ティファの目にも薄っすらと涙が浮かんだ…。






「と言うわけなの…」
「……良い話なのは分かった…。分かったけど……」

 クラウドは固まっていた。
 疲れきっての帰宅。
 実に、五日ぶりの我が家。
 本当だったら家族水入らずで幸せな夕飯を囲んでいたはず……なのに…。


「マリ〜〜ン!!ほんっとうにマリンは父ちゃんの自慢の娘だーー!!」
「うんうん、マリンは本当に良い子だよねぇ〜!どこかの根暗とは大違い〜♪」
「おいら、尊敬するよ」
「おうよ!デン坊もえらかったぜ!流石、マリンの兄ちゃんだ!」


 ズルリ…。
 肩から荷物がずり下がる。
 本当に心の底から楽しみにしていたのだ。
 ゆっくりと子供達やティファと穏やかな時間を過ごせることを。
 それを励みに、未だに慣れない接客業をこなし、嫌味な依頼人の嘲笑に耐え、必死の思いで仕事をこなしたのだ。
 明日、明後日とゆっくりするために!
 家族の時間を過ごすために!!

 それなのに…。

「クラウドー!おめぇもそんな所に突っ立ってないでこっち来い!」
「そうだクラウド!マリンが素晴らしい子供だっていう祝いの席に、なにシケた面してやがる!!飲め、歌え、踊れー!!」
「えぇ…?それってクラウドじゃないし…」
「あっはっは〜、でもそんなクラウド見てみたいし〜!!」

 仲間達はすっかり酔っ払いと化していた。
 ナナキですら酔っている。
 そんな仲間達に囲まれ、子供達は苦笑しながらも腰が引けており、視線だけで親代わりの二人に助けを求めていた。

「……とりあえず、シャワー浴びて来て良いか…?」
「うん……ごめんね、こんな事になって…」
「いいさ…ティファのせいじゃないし…」
「でも…ついつい嬉しくて、たまたま電話をくれたバレットに話しちゃったもん…」
「……それ自体は別に問題ない…。問題なのは……」

「「「「 クラウドー!早くこっち来〜〜い!! 」」」」

「あの、非常識迷惑軍団だ……」

 深い深い溜め息を吐いて、クラウドはガックリと肩を落とし、ギャーギャー騒ぐ仲間達に汗を流すことをおざなりに伝え、二階に向かった。
 そのげんなりと力ない背中に、酔っ払い達が、
「早く帰って来ないと、エッジの街に飛び出して大騒ぎするからねー!」
「おうよ、シエラ号からお前の恥ずかしい写真をばら撒くぞ〜!」
「じゃあ、俺様はシエラ号から大声で歌ってやる〜!」
「オイラは遠吠えね〜♪」
 容赦のない脅し文句を投げかける。

 子供達とティファの顔が思い切り引き攣り、クラウドはギョッとして重い足に力を籠め、足を速めた。
 ……酔っ払いと化した仲間達が本当に凶行に出る可能性が非常に高いのを、イヤと言うほど思い知っているからだ。


 絶対に脅しじゃすまない!!


 クラウドはシャワーをゆっくりと浴びることも許されず、髪から雫をポタポタ垂らしながら慌てて地獄の宴会場に舞い戻ったことは…もう言うまでも無い…。





「どうよ!俺様の育てた娘は世界一、いや、宇宙一だろぉ〜〜!?」
「………(最近育ててるのは絶対にティファと俺だ…)」
「なんとか言えよぉ、クラウドさんよぉ〜!」
「………(うるさい、酔っ払い)」
「オラオラ、飲め飲め、めでたい日なんだからよぉ〜!!」
「………(飲むかしゃべるかどっちかにしろ!)」

 シャワーから戻ったクラウドは、感激屋のバレットにガシッと首根っこをつかまれ、無理やり隣に座らされてからずーっとこの調子で親バカぶりを聞かされている。
 シドとユフィ、そしてナナキは主に子供達からクラウドとティファの日頃の様子を聞きだして、からかいのネタにしていた。
 真っ赤になって怒っているティファの姿に、子供達が憐憫の眼差しを向けつつも…。

「んで…、ティファはクラウドが帰ってくる日になると絶対にクラウドの好きなものだけを夕飯にしたりするんだ〜」
「「「 愛だね〜!! 」」」

 心の中で詫びながらも、すっかりただの酔っ払いの希望通り、二人の日常生活の姿を吐かされている。
 デンゼルもマリンも、酔っ払いの餌食になっている親代わりに申し訳なく思いつつも…。
 実は結構楽しんでいたりする。

 小さな出来事だった。
 マリンが真っ直ぐすぎる性格の為に傷つくことなど、もう日常茶飯事と言っても過言ではない。
 そんな小さな出来事、ありふれた出来事でここまで大人が喜んでくれる。
 気にしてくれている。
 一緒になって喜んでくれている。
 それが、嬉しくないはずがない。

 まぁ…。
 バレット以外はもしかしたら、宴会のネタが欲しかっただけなのかもしれないが…。

 それでも、世界各地に散って忙しくしている英雄達が、こうして集まって笑ってくれている。
 それが…とても嬉しい。
 それに、クラウドとティファもイヤな顔をしながら、どこか寛いでいるのだ。
 一緒に住んでいるからそれが良く分かる。


「マリンはさぁ、もう少し可愛い性格になった方がラクだろうねぇ〜」

 若干呂律の回らない舌で、突然ウータイ産のハチャメチャ娘がそう言った。
 途端。

「なんだと、ユフィ〜!!!!」

 バレットがクラウドを押しのけるようにして立ち上がった。
 眉間には青筋が浮かんでいる。
 今にも義手の銃をぶっ放しそうだ。
 流石に酔っ払っているとは言え、シドとナナキはギョッとした。
 子供達に至ってはビクッと身を竦めてティファとクラウドの背中に隠れてしまっている。

 一瞬で和やかな雰囲気が壊れた……かに思えたが…。

「バッカねぇ〜、バレットは〜」
「あんだとぉ!!」

 ヘラヘラ笑いながら、バレットの逆鱗に触れた張本人は軽く手をヒラヒラ振るだけで動じない。

「落ち着け、バレット!」
「ちょっと、やめてよ、店の中で銃を撃つのは!」

 クラウドとティファが慌てていきり立つバレットを押さえつける。
 素面(しらふ)に近い英雄二人に押さえ込まれて尚、怒り心頭の巨漢はジタバタと暴れた。
 テーブルがひっくり返りそうになり、料理が踊る。
 ササッとシドとナナキ、子供達がジョッキや皿を避難させた。

 だが、そんなある意味緊迫した状況にあると言うのに、ユフィはニヤニヤ笑いをやめない。
 騒動を鎮圧すべくクラウドとティファはアイコンタクトでユフィに一言物申そうとしたその時…。


「だってさぁ、わざわざ嫌われることが分かってるのに『正しいこと』を貫き通さずにはいられないだなんて、損な性格じゃん?もっと、上手に『そうだよねぇ、私もあの子のこと、ちょっとどうかと思ってたの〜』って言えたら嫌味言われたり、苛められることなんか無いんだし〜」
「な…!ユフィ、てめぇ、マリンの事をバカにしてんのか〜!?」

 浅黒い顔を真っ赤にして顔から湯気が出る勢いのバレットに、ユフィは「ハッ。本当にバカだねぇ」と、鼻先で笑い、指を突きつけた。



「だから!大人でも『正しいこと』を貫いて周りに嫌われることを怖がってるのに、それをやってのけるマリンはエライ!って言ってんの!最後まで聞きな!!ほんっとうにバカなんだから!!」



 シーーン。
 ギャーギャー騒いでいたバレットがピタリと固まる。
 クラウドとティファも、ハラハラしていたシドとナナキも、オロオロしていた子供達も…。
 皆、一様にお元気娘を見つめていた。
 ある者はポカンとして…。
 またある者はハッとしてから…嬉しそうに笑って…。
 そしてある者は……。


「ユフィ!!そうだよな。そうなんだよなぁ!!」


 感涙に咽び、どっかと椅子に腰を下ろした。

「うんうん、おめぇのことだからてっきりバカにしてるのかと思っちまった!悪かったー!!」
「分かれば良いのよ、分かれば〜!」

 エッヘン。
 胸を反らせて偉そうに言うユフィに、バレット以外の英雄達が深いため息を吐く。
 子供達は苦笑いだ。
 だが。
 ユフィの一言がどれほど大きなことを秘めているのか、イヤでも分かる。

 人に嫌われるのは…誰でもイヤだ。
 悪いことだと分かっていても、周りがそれに流されていたら、不承不承自分もその流れに身を委ねてしまう。
 それが……一般的だろう。
 だが、マリンは違う。
 そして、マリンを理解しているデンゼルも。

「マリン、これからもアンタのその性格じゃあ色々苦労するよ。でもさ、アンタは一人じゃないからね」
 ニッと笑いながら、ちょっと潤んでいる少女の頭をグリグリ撫でつつ、どこか感動した面持ちの少年を見た。
 デンゼルがその視線に籠められた意味を察して力強く頷く。

「こんなに頼もしい仲間がいるんだから、今のマリンのまま、胸張って精一杯頑張れ!いつでもマリンの為に飛んでくるからさ!」
 あ、勿論、デンゼルのためでも飛んでくるよん♪


 最後はちょっと茶目っ気を出してそう言ったウータイの忍の頬がほんのり赤くなっているのは、酒のせいだけではないだろう。
 シドとナナキは、それぞれちょっぴりもらい泣きしそうな顔をしながら笑い、クラウドとティファは視線を絡めると微笑み合った。

 ユフィの『胸を張って精一杯頑張れ!』という言葉は、その場の全員の胸を打った。
 子供達は一瞬顔を見合わせると…。
「「 うん!! 」」
 破顔して元気良く頷いた。
 ユフィはパーッと笑い、
「良い子、良い子〜!!」
 と、ギューッと抱きしめ、頬ずりする。
 くすぐったそうに首を竦めつつも嬉しそうに笑う子供達。
 そしてそれを涙でグショグショになりながら見つめるバレット。
 ユフィに引きずり回されてここまで来ることになったシドとナナキは、うっかりもらい泣きしそうになりながら照れ臭そうに笑った。

 そんな仲間達にクラウドは今日一日の疲れがやっと消えていくのを感じた。
 そっと傍らに寄り添うように立つティファの肩に手を回す。

 視線を絡め、微笑み合うだけで相手が何を言いたいのか分かる。

『良かったね』
『良い仲間に出会えて…幸せだな…』


「ティファ、俺にもキツイのくれないか?」


 少しだけ顔を寄せたクラウドに、ティファは満面の笑みで頷いた。


 臨時休業のセブンスヘブンで明るい笑い声が深夜まで続いた。



 本当に…こんな日もたまには悪くないよな…。

 ティファ特製の酒を口に運びながらクラウドは満ちたりた思いで仲間と子供達を見つめた。
 そして、心ひそかに思う。

 自分こそ。
 今まで沢山の失敗をしてきたが、今度こそは『胸を張って』生きられるように!と…。


 さぁ。
 自分らしく、己が信念を貫いて。


 胸を張って!



 あとがき

 そもそも、FF7のキャラは皆、損な性格をしていると思います。
 自分の気持ちに真っ正直で、曲がったことが大嫌い。
 だからこそ、時には捻くれたり、周りから誤解されたり…。

 でも、それがFF7のキャラの持つ魅力ですよね。

 胸を張って生きられるように頑張るって本当に大変だと思いますが、出来れば私もそうなりたいなぁ…と思いながら書きました(^^;)