『こんな事…ティファにバレたら大目玉だな』
 クラウドは自嘲気味な笑みを浮かべた。



My Angel




「流石、『ジェノバ戦役の英雄様』だよな。俺なんか目じゃないってか!?」
 目の前で対峙している若い男は、クラウドが笑みを浮かべた事に対して益々怒りを募らせたらしい。
 元々狂気の色を宿していた瞳を、更に毒々しく、暗い光を発する。

 男の手に握られていたバスターソードが再び振り上げられ、クラウドに向かって振り落とされた。
 それを、難なく己のバスターソードで受け止めると、クラウドは思い切り男の鳩尾を蹴り上げた。
 両手で武器を操っていた男は、体が完全にがら空きになっていた為、もろにクラウドの蹴りを受けて後方へ吹っ飛んだ。
 土煙を上げてもんどりうって倒れる男に、クラウドは冷めた眼差しで見つめている。
 男がこれしきの事で伸びるとは思っていないからだ…。
 そして、クラウドの予想通り、その男は肩で息をしながらも、鳩尾を庇いつつ立ち上がった。


 クラウドとこの男が闘っている理由。
 それは、たった一人の女性を巡っての事。





 この日。
 クラウドは久しぶりに午前中のみの配達で済み、逸る心を抑えながら家路を急いでいた。
 午後からは、家族と一緒に過ごす約束を携帯で交わしたばかりだったのだ。
 携帯から聞えてきた愛しい人の嬉しそうな声に、思わず頬が緩む。

『じゃあ、子供達にも伝えとくわね』
「ああ、それじゃ、あとでな」

 携帯を名残惜しそうに切り、ポケットにしまう。

 自分が予定より早く帰宅出来た事を喜んでくれるであろう子供達と、愛しい人の笑顔を思い浮かべ、クラウドは幸せな気持ちが溢れてくるのを止められなかった。
 その為、周りに対していつもよりも警戒心が疎かになってしまった。
 ハッと『それ』に気付いた時、クラウドはギリギリでその『攻撃』を避けた。

 ハラリ……。

 クラウドの金髪が数本風に舞い、額から少々血が滲む。
 幸い、薄皮一枚切れただけで、全く問題はない。
 問題なのは、急に攻撃してきたのがモンスターではなく『人間』だったという事だ。
 クラウドとその『男』が対峙している場所。
 そこはエッジの街に程近い荒野。
 そんな場所で、思わぬ攻撃を人間からされるとは…。
 あまりの事に、脳がこの状況についていけない。
 そんなクラウドを待つほど『男』はお人好しではなかった。
 いきなり切りかかってくるような狂人なのだから、まぁ当然だろう。

 そのまま、なだれ込むようにして二人は剣を交えることになった。
 幾度目かの剣戟の後、クラウドは『男』をバスターソードの腹で殴り飛ばすと、自分を襲った理由を問いただした。
 狂気の光を宿した黒く暗い瞳の男は、ニヤリと口許を歪めると、毒の言葉を吐き出した。


『アンタみたいな無責任な男に、『彼女』は勿体無いんだよ!』


 クラウドはこの言葉に、肩を竦めた。

『ああ…またか…』

 これがクラウドの正直な感想。

 これまでにも様々な男達から散々聞かされた台詞。
 自分が彼女と子供達を置いて家を出た間、『彼女』の心を掴む事の出来なかった哀れな男達の負け犬の遠吠え。
 しかし、それでも彼らの言う通りなのだ。
 自分のように、彼女と子供達を置いて家を出るなどという無責任な事をする自分には、彼女……ティファは勿体無い。

 あんなに自分の事を案じてくれたのに…。
 あんなに自分の事を愛してくれているのに…。
 あんなに自分以上に良い男が沢山世の中にいるのに…。

 それでも。
 彼女は……ティファは…。

『私はクラウドが良いの。クラウド以外の人は考えられないの』

 そう言って、クラウドを責める男達にハッキリと言い切った。
 普段、照れ屋で奥手のティファが、クラウドが責められている場面に遭遇してそう断言してくれた日の事は、今でも鮮明に思い出す。

 どれほど…嬉しかったか…。
 どれほど…家を出たことを後悔したか…。
 どれほど…彼女を愛していると思い知らされたか…。

 そんなクラウドに、この目の前にいる『男』は、再び古傷を抉るような台詞を口にしている。

「彼女は……ティファは、アンタには勿体無い。何もかも捨てて逃げ出すような腑抜けにはな!!」
「アンタがいなくなってから、何度も彼女に…ティファに言い続けたんだ。『あんな奴は忘れて俺と一緒になってくれ』『子供達もちゃんと面倒見る』『あんな男みたいに、俺は逃げたりしない』ってな」
「それなのに、ティファは頑として首を縦に振らなかった。こんなにティファを愛しているのに…」
「彼女を幸せに出来るのは俺しかいないのに…!」
「アンタみたいに、現実から逃げ出すような腰抜けが……なんで彼女に愛されるんだ!!」

 男の最後の言葉に、クラウドは眉間にシワを寄せた。

『全く……同感だよ……』

 言葉にはしない、その本音。

 何故、彼女はこんなどうしようもない自分を信じて待っててくれたんだろう…。
 何故、彼女は他の男になびかなかったんだろう…。
 何故、彼女は温かく自分を迎えてくれたのだろう…。
 何故……彼女はこんな自分を愛してくれるんだろう…。

 でも、だからこそ『現在(いま)』の幸せがある。
 心から満たされた生活がある。
 それは…。
 仮に子供達が笑顔で迎えてくれたとしても…。
 仲間達が肩を抱いてくれたとしても…。
 彼女がいなければ、決して満たされないものなのだ。
 彼女がいるからこその幸せ。
 この幸せに気付いてしまったクラウドには、到底それを手放す事など出来ない。
 そんな選択肢は、クラウドの中にはもう存在しない。

 だからこそ。
 こうして彼女を自分から奪い去ろうとする輩を、クラウドは容赦出来ないのだ。
 どんなに詰られようとも。
 どんなに嘲られようとも。

 彼女が…。
 ティファが、ティファ自身の意志でクラウドから離れようとしない限りは…。

 イヤ。
 それでも、きっと、ティファがティファ自身の意志でクラウドから離れようとしたその時は、全身全霊をかけて彼女の後を追うだろう。
 そして、必ず彼女を連れ戻す……自分の元へ。
 それほど、現在(いま)のクラウドにとって、ティファは全てだった。
 ティファがいない生活…、人生など考えられない。
 自分勝手だと罵られようとも、それがクラウドにとっての真実。
 それ故、目の前に対峙する『男』に容赦など出来ない。

 恐らく、ここで手を抜いて『男』を解放してやると、必ず『男』の狂気はティファや、場合によっては子供達にまで及ぶだろう。
 ティファならそんなに心配は要らないが、子供達はそうはいかない。
 いくらクラウドが護身術を少々手ほどきしているとは言え、この目の前にいる『男』にかかっては全く意味を成さないだろう。
 狂気を瞳に宿し、殺気を全身から漲らせているこの『男』。
 認めるのは癪だが相当な腕を持っている。
 正直、自分が家出をしている間、ティファに言い寄っている時に腕ずくで事に及ぼうとしなかった事にホッとしてしまう。
 そして、子供達を人質に脅しをかけなかったことにも…。

 きっと、自分が家を出ている間は、まだここまで狂っていなかったのだろう…。
 それが、自分が家に戻り、彼女と子供達と共に幸せに生活している姿を目の当たりにして、心が壊れてしまったのだ。
 それほどまでに…。
 この『男』は、彼女に……ティファに…、想いを寄せていたのだろう…。

 そう考えると、彼への攻撃が鈍りそうになるのだが、手を抜くわけにはいかない。



 肩で息をしていた『男』が不意に大きく息を止めた。
 そして、勢い良く地面を蹴り、クラウドの頭上高く跳躍する。
 彼のその戦闘能力に、クラウドは何度目かの驚きを覚えた。
 重力と自分の腕力を合わせてクラウドの脳天を叩き斬ろうとするその攻撃を、バスターソードで弾き返し、そのままの勢いを殺さず逆に攻撃に転じる。
 クラウドの攻撃を、空中で一回転する事でかわした男は、そのまま地面にバランスを崩す事無く降り立った。
 見事な身のこなしに、内心で舌を巻く。
 彼の動きはまさに『ソルジャー』のように訓練された兵士のものだ。
 武器の扱いに攻撃の仕方。
 それに常人離れした体力に持久力。
 そのどれもが『ソルジャー』を連想させる。
 しかし、『男』の瞳は真っ暗な闇を髣髴とさせる黒い色。
 魔晄の光を浴びていない一般人だ。

『本当に……凄腕だな…』

 クラウドはバスターソードを握る手に、力を込めた。

「全く……なんで……なんでお前は……!!」
 ユラリ…と揺れながら、『男』が一歩、クラウドとの間合いを詰める。
「あの時…」
 更に一歩、歩みを進める。
 クラウドは微動だにせず、『男』の言葉に耳を傾け、全身で男の一挙手一投足に神経を尖らせた。
 しかし、次の言葉にクラウドは一瞬激しく動揺した。


「あの時、お前は死ななかったんだ…!!!」


 ナンデ、オマエハ、シナナカッタ……!!!


 クラウドの心を大きく揺さぶるその台詞。
 星痕症候群。
 それで亡くなった人々がどれほど多かったか…。
 自分が助かったのは、本当に奇跡なのだ……星に還った『彼女』のもたらしてくれた……。

 クラウドに出来た僅かな隙を、『男』は見逃さなかった。
 一瞬で間合いに入り込むと、クラウドの顔面目掛けてバスターソードを叩き付ける。
 完全に無防備になってしまっていたその一瞬を突かれた攻撃に、クラウドは一瞬視界が真っ白になった。
 次いで、激しい痛みが顔の右側面を襲う。
 刃の部分で叩き付けられたのなら完全に死んでいたであろうが、『男』はバスターソードの腹の部分で攻撃をした。
 そのお陰で、九死に一生を得る形になったクラウドだったが、それでも顔に受けたダメージは直接脳にまで達しており、頭がくらくらする。
 それでも、長年の経験から『男』の次の攻撃を読んで第二戟を紙一重でかわした。
 地面を転がりながら、勢いをつけて立ち上がったクラウドに、『男』が口笛を吹く。

「へぇ、中々やるじゃねぇか。今の攻撃、わりと効いたかと思ったのによ」
 口の中に鉄の味が広がる。
 ペッと血を吐き出すと、クラウドは右頬を軽く手の甲で拭った。
「あんたも……中々やるな」
 クラウドの言葉に、『男』はニヤついていた顔を歪める。
「あの時…素直に星痕症候群で死んでれば……ティファは俺のものだったのに…」
「…………」
「なんで、お前は死ななかったんだ……」
「…………」
「今更…、どうやってティファを諦めろって言うんだ…!?」
「…彼女は元からお前のものでもなんでもないだろう…」

 先程から『ティファ』と呼び捨てにされる事に嫌悪感を抱いていたクラウドが口を開く。
 押し殺したように低い声音は、聞くものが他にいたら青くなっていただろう。
 しかし、目の前の狂人にはクラウドの言葉はもう耳に届いていないようだ。
 うわ言のように、何度も何度も繰り返される台詞。


 アノトキ、シネバ、ヨカッタノニ…。

 ナンデ、オマエハ、シナナカッタ…?

 カノジョハ、ナンデ、オマエヲ、ユルシタ…?

 カノジョハ…ナンデ、オレヲ、ウケイレテ、クレナカッタ…?

 ナンデ…ナンデ…ナンデ…ナンデ…………。


『男』の繰り返される言葉は、クラウドの中にある疑問でもある。

 彼女はどうして自分を許してくれたんだろう…。
 でも…。
 もう今更、あの温もりを手放す事など考えられない……。


「俺は……絶対に諦めねぇ……」
「…………」
「絶対に……諦められねぇ!!」
「…………」
「彼女は……ティファは、もう俺の全てなんだ!!」

 悲痛な叫びともいえるその言葉を吐き出し、『男』はクラウドに突進した。





「おかえり……って、どうしたの、その顔!?」
 店の前で今か今かと待っていたティファと子供達が、フェンリルのエンジン音に顔を輝かせた。
 その笑顔が、フェンリルから降りたクラウドの顔を見て凍りつく。
 クラウドの端整な顔の右側面が真っ赤に腫れ、額からは血の滲んだ痕がある。
 子供達は真っ青になると、大慌てで店の中に駆け込み、手当てに必要と思われるものを片っ端から引っ張り出してきた。
 ティファも、クラウドにそっと寄り添い、店内へ促そうとした。
 そのティファを…。
 クラウドは無言で強く抱きしめた。

「ク、クラウド!?」

 驚き、身を捩るティファにクラウドは無言のまま腕に力を込める。
 ティファは、そんなクラウドに何かを感じ取ったのだろう。
 身を捩ることを止め、そっと愛しい人の背に手を回す。
「どうしたの?」
「…………」
「クラウド?」
「…………」
「ね…。何があったのか分からないし、言いたくないなら聞かないけど…」
「…………」
「これからも…こうしてね?」
「え…?」

 ティファの言葉に、思わず聞き返したクラウドに、ティファは彼の胸に顔を埋めたままそっと呟くように言った。

「クラウドに何か…辛い事とか…悲しい事とかがあって…、それを誰にも言えなくて……。そんなとても悲しい時とか辛い時は、こうして私の事、頼ってね?私のところに……来て欲しいの…」
「…………」
「こうして……いつでもクラウドの事…抱いてあげるから…」
「…………」
「こうして…クラウドを抱きしめてあげたいから…」
「…ティファ…」

 彼女の黒髪に頬を埋め、彼女の温もりに心を温められたクラウドは、そっとそのまま目を閉じた。

 どう足掻いても…彼女無しでは生きていけない…。
 彼女を手放すなど、どうして出来るだろう…?

 こんなにも愛しい存在を…。
 こんなにも温かな温もりを…。
 こんなにも幸せを与えてくれる『天使』を…。

 絶対に手放す事は出来ない。





 地面に蹲り(うずくまり)、悔し涙を流す『男』をWROに引渡したクラウドに、最後に吐き出した『男』の台詞。

『お前如きが彼女を幸せに出来るものか!絶対に…絶対に彼女はお前といるといつか不幸になる!!』


 ああ……そうかもしれない。
 彼女は、こうして沢山の幸せを与えてくれるのに…。
 自分は彼女に何を与えられるというのだろう…?

 そんな暗く、重い心を引きずって帰宅したクラウドに、ティファの言葉が温かく心に染み渡る。
「クラウド……ね?それだけは…約束してくれる?」
「ああ……分かった…」
 温かな言葉に、柄にもなく声が掠れる。
 涙がこぼれそうになる。
 そんなクラウドを、ティファは嬉しそうに回した手に力を込めた。

 店の中から子供達がクラウドを呼ぶ声が聞える。
 二人はそっと体を離すと、ティファは腫れたクラウドの頬にそっと手を添え…。
 クラウドはティファの黒髪に指を絡め…。

 そのままそっと『ただいま』と『おかえり』のキスを交わした。

 そんな二人を温かく見守るように、西日が柔らかく照らしていた…。




 あとがき

 空様からのリクエスト『ティファを好きな男とクラウドの闘い。』出来ればアクション付きで♪との事でしたvvv
 もう、このリクを受けた瞬間から書き終わるまでの早かったこと…(爆)
 物凄い妄想が……(ヤバイ奴 汗)。
 書いてて物凄く楽しかった…o(*^▽^*)o
 ちょこっとクラウドに痛い思いをさせてしまいましたが、でもそれを癒してくれる彼の天使が傍にいつもいますからね♪
 すぐに治りますよ☆
 と言うわけでした〜〜(逃避)

 空様、素敵なリク、ありがとうございました!!