「ねぇねぇ、ティファちゃ〜ん!そんなつれない事言わないで一回くらい良いじゃん?」
「ふふ。ダメなものはダメです」
「え〜…そんな事言わないでさぁ〜!」
「ダメですよぉ。だって貴方には恋人がいらっしゃるでしょう?」
「いやいや、良いんだよ。あいつだって適当に遊んでるから〜!」
「それに、私にも…その……こ、こ、恋人が……いるんですから…」

 真っ赤になって恥らうティファに、栗色の髪をした美青年はムスッとした。



My heart is …




 いつものセブンスヘブン。
 彼女は常連客達皆の人気者で、酔いに任せて迫られたことなど数え切れない。
 そのうちの半数以上が冗談交じりの本気だったのだが、彼女はどれもこれも完璧にお断りしていた。
 それは、彼女の心が既に一人の男性によって占められているからであって、他の男が入り込む余地が無いからに他ならない。
 その男性が家出をした時、諦めていた男達は我先に!!と、彼女の心の隙間を突こうとした。
 しかし、誰一人それに成功した者はなく、結局その男性は彼女の元に戻ってきてしまった。

 当然、戻って来た当初は猛烈な非難の嵐が男性に向けられ、嫉妬と羨望、更には殺意まで向けられることになったのだが、彼は毅然とした態度で己の非を認め、その上で彼女を心から愛していることを宣言し、もう二度と彼女を悲しませないと言い切った。
 それはそれは、見事な宣誓。
 癖のある金髪、強い意志を取り戻した紺碧の瞳は整った顔を更に輝かせ、同性でありながらも数人は胸に鋭い疼きを覚えたのだった…。

 そんなこんなで、最近はティファに言い寄る男性はめっきり減っている。
 勿論、全く無いわけではない。
 酔っ払った戯れのように彼女に己の心を告白し、あわよくば微笑みの一つでも……そう淡い望みを抱いて話しかける男は後を絶たない。
 だが、今夜のように積極的且つ、大胆不敵に言い寄る男は珍しかった。
 周りでほろ酔いの常連客達は、久方振りに無謀な闘いに挑んでいる青年と店長を面白そうに見やるだけで、助け舟を出そうとはしなかった。
 いつもなら、小さな身体であるにも関わらず、不埒者に敢然と向かっていく子供達は、先ほど子供部屋に引っ込んでしまったところだった。
 だからこそ、この男も本性を表したわけだが…。

 子供達は何となく不穏な空気を醸し出している男に警戒心を持っていた為、クラウドが戻ってくるまで自分達は休まない!そう言ってくれていた。
 しかし、子供には睡眠が大事。
 しかも、きちんと生活のリズムをこの頃から付けておかないと子供の身体には非常によろしくない。
 夜寝るのが遅かったからといって、朝寝をする子供達でもないし…。
 無論、朝寝をすることも容認できない。
 というわけで、渋る子供達を二階に送り出し、ティファは現在孤立無援状態でこの不埒者と対峙している…というわけだ。


「そんな堅苦しいこと言ってると、そのうちその彼氏さんも息が詰まっちゃうよ?」
「え…?」


 男の「やれやれ」と言わんばかりの呆れ口調に、ティファはほんの少し眉間にシワを寄せた。
 彼が何を言っているのか分からないのだ。
 対して、男は彼女のその反応に口元を緩ませると、大仰な動作で肩をすくめた。

「ティファちゃんはさ、表現が悪くて本当に申し訳ないんだけど、恋愛感が堅苦しいんだ。『ずっと貴方だけを想ってます』って思われるのは、勿論男としてサイコーだぜ?でも、それって『ずっと貴方だけを想ってるんだから、貴方も私のことだけを想ってて』ってことになるでしょう?」

 びっくりして目を丸くするティファに、男はテーブルに両肘を着き、両手を合わせてその甲に顎を乗せた。

「それにさ、一人の人ばっかにこだわってると考え方が固まる…っていうか、周りが見えなくなって重くなる…っていうかさぁ。そのうち一緒にいる事が重荷になるんだよねぇ」

 まさかのその言葉に、ティファは目を見開いたまま固まった。
 周りの客達…ほぼ男性の常連客だが、中にはちょっと反発的に、そして中には全くその通りだ、と言わんばかりに頷いたり、そして大半が「へ〜、そうなのかぁ…」「そうかもなぁ…」と囁きあっている。

「だから、たまには他の男と軽く付き合ってみて、ちょっと恋愛感を豊かにしておくこともお互いの今後の為には必要だって。そしたら、自分の新しい面にも気付けるし、何より彼氏さんの新しい部分にも気付ける。おまけに、もしかしたら軽く付き合った男の方が合ってる…てこともあるだろうしさ。」
 ちょっと言葉を区切ってティファの反応を見る。
 ティファには衝撃的過ぎるのか、ビックリしたまま固まって動かない。

『もう一押しかな?』

 内心で男はほくそ笑むと、これまでの女性経験から得た自分に出来るサイコーの笑顔を見せた。

「な?だからティファちゃんもちょっと違う世界を…」



「必要ない」



 男の満面の笑みが固まった。
 店内の体感温度が一気に急降下する。
 店の裏口から緩慢な動作で入って来た金髪・碧眼の青年に、ゴクリ…と誰かが唾を飲み込んだ。
 対して、それまで衝撃のあまり固まっていたティファは、ビクリ、と身体を震わせると弾かれたように裏口を見た。
 そして、自然にこぼれる最高の笑顔。

「クラウド、おかえりなさい!!」
「…ただいま」

 駆け寄ったティファにクラウドはそっと片腕を回した。
 客達がいる前では絶対にしないその行動に、ティファはドキッと胸を高鳴らせ、恥ずかしげに身を捩った。
 しかし、益々力を込められて抱き寄せられる。
 顔を真っ赤にして見上げると、そこには眉間に深いしわを刻んで自分に言い寄っていた男を睨む愛しい人の横顔。
 ティファは恥ずかしさと同時に心の底から喜びが込上げてくるのを抑えられなかった。

 赤い顔をして恋人に抱き寄せられているセブンスヘブンの店長、そしてその店長の隣に立つに相応しい容姿と体躯の美青年。
 ティファに言い寄っていた男は、ソワソワと所在なげに視線を彷徨わせながら、椅子の背もたれに引っ掛けてあった上着のポケットを漁った。
 ぎこちない手つきで財布を取り出し、
「あ〜…っと、ティファちゃん、お勘定…」
 身の危険を感じてそそくさと退場しようとする。
 ティファはその声に応えるべく男の元へ行こうとしたのだが…。
「クラウド?」
 そっとティファの腰から手を離し、そのまま自分の背に隠すようにしてゆく手を遮ったクラウドに、ティファは戸惑い、周りの客達はギョッとしてクラウドを見た。
 勿論、一番ギョッとしたのは誰であるか言うまでも無い…。
 細いが筋肉のほど良くついた腕が男に向かって伸ばされる。
 男はビクッと身を竦めた。

 が…。

「え……と…、その……」
「256ギル」
「え……」

 目の前で伝票を見ながらボソリ…、と呟いたクラウドに男はビクビクしながら聞きなおす。
 それをジェノバ戦役の英雄のリーダーは、冷たい眼差しで見下ろすと…。

「勘定、256ギルだ」

 溢れる怒りを隠そうともしないで繰り返した。
 男はオタオタと慌てながら財布をひっくり返し、260ギルを置くと、
「釣りはいらないからぁ!」
 そう言い残してあたふたと店から出て行った。
 残されたのは忌々しそうにテーブルのギルを集めているクラウドと、今のやり取りを固まってみていた常連客達。
 ティファは呆気にとられて突っ立っているだけ。

「ティファ、これ」
 ズイッと差し出されたその集めたばかりのギルに、ティファはホケ〜ッとしながら受け取る。
 呆けたように見上げてくる彼女に、クラウドは少々バツが悪そうな顔をして後頭部を掻くと、
「悪い…。ちょっとシャワー浴びてくる…」
 一言言い残し、さっさと二階に上がってしまった。

 シーン。

 クラウドが去った店内を沈黙が流れる。
 客達もティファも、クラウドが去った方を向いたままボケッとしていた。

 と…。
 そのうちの一人が軽く吹き出した。
 釣られて同じテーブルに座っている客達もクスリと笑い出す。
 その笑いの輪が徐々に広がり、いつしか店内に穏やかな笑いが広がっていた。
 ただ一人、ティファだけがわけが分からずにポカンとしているのみ。

「ティファちゃん、良かったじゃん?愛されてる〜!」

 常連客の一人が代表して声を上げた。
 途端、ティファは真っ赤にその頬を染め上げると、
「な、ななな、なにを急にそんな…」
 どもりながら反論しようとする。
「照れるティファちゃんも可愛いけど、やっぱりさっきの旦那が一番良かったなぁ」
「あぁ、本当に」
「最近、店が開いてる時間に帰って来れないから余計に新鮮だったな」
「いやいや、それ以前に旦那は無表情だから良く分からないところが多すぎて今みたいなのはなんか…なぁ…」

 ニヤニヤとからかう面々に、ティファは居心地が悪そうにウロウロと視線を彷徨わせ、
「今みたいなの…って…なんですか……?」
 ボソボソと呟くように訊ねる。

 途端。

「「「旦那のヤキモチ!!」」」

 客達は声を揃えて可笑しそうにティファを見た。
 皆の期待を裏切る事無く、女店長は顔を真っ赤にして俯き、床の木目に視線を彷徨わせる。

 ティファだって分かっている。
 クラウドがヤキモチを妬いてくれたこと。
 そして、恐らく今、シャワーを浴びながら猛烈に照れているであろうことも…。
 なんとも言えない甘酸っぱい気持ちが胸いっぱいに広がり、頬が火照って仕方ない。

 そんなティファを客達の大半が温かく見守っているのだが、ほんの数人は妙に冷めた目で見やっている。
 呆れたような…、蔑むような眼差し。
 その視線は大勢の好意溢れる視線に隠され、照れているティファは気付かなかった。
 周りにいる数人の客達が僅かに顔を顰めたのみ。
 その他大勢の客達のほとんどが気付いていない。
 そんな小さな小さな冷めた空気は、温かさの漂うセブンスヘブンにはおよそ不釣合いなものであったが、喧騒溢れる雰囲気に紛れ、隠されてしまった。


 その小さな小さな不穏な空気に気付いたのは、少々湯辺り気味になったクラウド…。
 店内に一歩踏み込んだ瞬間、客達の冷やかしという温かな歓迎に混ざって向けられた剣呑な視線に頬をピクリ…と動かした。
 そっと視線を巡らせ、一番奥のテーブルを窺う。
 そのテーブルの客達を一言で表すなら…。


 ― 気に喰わない ―


 自分の事をそう思っているのがイヤでも分かる瞳の色。
 クラウドは頭の片隅にそのメンバーを置き、何も気付いていないらしいティファへ軽く笑って見せた。
 はにかんでそれに応える彼女と、ニヤニヤ笑いながらも温かく見守る顔馴染みの客達にホッと一息つく。

 チリチリ。

 うなじが逆立つような…神経を逆撫でされるような感触。
 振り返らなくても分かる。
 一番奥のテーブルから向けられる敵意。
 クラウドには……残念ながら心当たりが多すぎる。
 仕事絡み…というよりも、むしろこの店の店長絡みだろうことは容易に察しがついた。
 いや、もしかしたら『道場破り』のように、自分を倒して世に名を売ろうとしている人間かもしれない…。

『…いや、それはないか…』

 ジェノバ戦役の英雄に立ち向かうにはあまりに覇気が弱い気配に、軽く頭を振る。

「どうしたんだい、旦那?」
「今日はいつも以上に無口だなぁ…」
「なんだ?疲れたのか?」

 無口で無愛想という看板をぶら下げて歩いているようなクラウドだが、セブンスヘブンの常連客達にはその看板は全く意味を成さない。
 ある者はからかうように。
 ある者は本当に心配そうに。
 そしてある者は不思議そうに顔を覗き込む。
 カウンターの中からはティファが表情を曇らせて顔を向けた。

「いや…なんでもない…」

 ボソリ…。
 呟くように言って、何でもない風を装うべくグラスを呷った。
 そのまま特に何事もなく時間は穏やかに過ぎ、クラウドが店内で食事を始めてから小一時間ほどが過ぎた。
 既に帰宅した頃には酒の入っていた顔馴染みの客達は、すっかり、しっかり出来上がってしまい、呂律が回らず、足元もバッチリ千鳥足になってしまっていた。
 クラウドは溜め息を吐きながらも店の外まで見送りに出る。
 フラフラと、夜の街に溶け込んでいく背中をいくつも見送りながら、「やれやれ…」とこぼしつつ苦笑した。
 苦笑して……改めて自分の変化に内心で驚く。
 他人にあまり…というか全く干渉しないで生きてきた自分が、こうして客達の背中を見送って苦笑するとは。
 しかも、バカにして苦笑しているのではない。
 彼らが無事に帰宅出来るか案じつつ…、先ほどまで楽しく過ごせた時間を振り返りつつ見送っているのだ。
 驚くべき変化ではないだろうか…?
 この驚きでもあり、幸せな変化をもたらしてくれたのは…。


「ありがとうございました!また来て下さいね」
「気をつけて帰って下さいネ。奥様によろしく!」
「大丈夫ですか?明日の仕事も頑張って!」


 一人一人に丁寧な言葉を掛け、笑顔を見せる……ティファ・ロックハート。


 未だに『同居人』兼『恋人』という一線を越えていない。
 早々簡単に幸せになれない…という妙な枷をお互いはめているためか、どちらも今の関係を崩そうと行動に出していない。
 でも…。
 それも周りの第三者、特に仲間達から見たら不可思議且つ歯痒い関係で…。
 仲間達にはっきり言われたことはないが、常連客達からは何度か『いつになったらティファちゃんのドレス姿が見れるんだい?』などと言われたことがある。
 その度に、クラウドはギクッとしながらも無愛想という武器を最大限に活用してその場をごまかした。
 ティファがカウンターの中で身体をほんの少し強張らせるのを視界の端に映しながら…。


「ありがとうございました。また来て下さいね」

 ティファの明るい声が聞える。
 彼女の声は全く変わらないのに、クラウドは己に向けられた空気が変わったことに気が付いた。
 彼女……の視線ではない。
 このイヤな感じの気配は…。


「じゃあ、ご馳走さん」
「また来るわ〜」
「本当に……」

 ドアの脇に立っていたクラウドの前を通り過ぎる瞬間、意味ありげにねめつけながら言葉を切る。
 そして、今にも唾を吐きかけそうな顔になると…。

「色々と腹が一杯だぜ」
「あぁ、本当に」
「いつまでも初々しいことで…」
「いつまで続くことやらなぁ?」

 悪意の塊の台詞にティファの笑顔が凍りつく。
 魔晄の瞳が一瞬眇め(すがめ)られた。
 二人の表情を意地悪く見やりながら、その客達は店を後にした。

 残されたのは、同じく凍りついた残りの常連客達とティファ、そして……。

「………暇人だな…」
 溜め息を一つ吐いただけで肩を竦めたジェノバ戦役の英雄のリーダー。
 クルリ…と、店内に顔を戻したクラウドは、自分が店に残っている全員の視線を集めていることに軽く驚いてはた、と立ち止まった。

「……なんだ?」

 居心地悪そうにウロウロと視線を彷徨わせる。
 そんな青年からは不機嫌を感じることは出来ても、怒りは感じられない。
 客の一人が、ゴクリと唾を飲み込んで恐る恐る声をかけた。
「おい、怒らないのか…?」
「え……?」
「『え…?』じゃなくて、今の客!腹が立たないのか?」
 怪訝そうに顔を顰めたクラウドに、他の客がにじり寄る。
 至近距離で顔を近づけられ、仰け反りつつ器用に肩を上げて見せる。

「あれくらいの中傷に一々腹を立てても仕方ない」

「「「「えぇぇぇええええ!?!?」」」」

 クラウドの答えに客達は目を見開いた。
 最大限に目と口を開けて金髪の青年を凝視する。
 クラウドはギョッとして顔を僅かに引き攣らせながらティファを見た。
 が…。
 救いを求めた先には、愛しい人までもが目を丸くして驚いていた。

『なんだよ……一体……』

 口の中でボソボソと呟きながら、皆の視線を全身に突き立てたままソロソロとカウンターの定位置に戻る。
 客達とティファの顔も自然とクラウドの動きに合わせて動く。
 なんとも奇妙極まりない雰囲気に、一挙手一投足がぎこちなくなるのは……仕方ないのではないだろうか…?


「ティファまで……なんだよ……」
 思わずこぼれた愚痴は……仕方ないのではないだろうか…?
 それに対して、またもや店内は一騒動で、二階で寝ている子供達が起きてきやしないかと心配されるほど…。
 クラウドは顔を益々顰めたが、グラスを呷ってチラリと流した視線の先に戸惑って顔を向けた。
 視線の先には、クラウドの愛して止まない極上の笑み。


 女神の微笑み。


「クラウド…」
 ティファの声が少し震えている事に気付いた客達は、ニヤ〜っと笑うと、それぞれ伝票を見て計算すると、
「ご馳走さん!」
「俺、まだ死にたくないから馬に蹴られる前に帰るわ〜!」
「またな〜!」
「あ〜!俺も恋したい!」
 と、言いたいことを残してギルをテーブルに置き、帰っていった。
 それはもうあっさりと!

 ティファは感極まっているのか、気を利かせた客達に礼の一つも言えずにただただカウンターの中で微笑を浮かべ、目を潤ませている。
 クラウド一人が、
「え…?おい、ちょっと……?」
 とオロオロしながら客達の背とティファを見比べ途方に暮れていた。

「ま、今夜は色々とあったけど、やっぱりここの料理に店の連中は最高だって再確認出来たぜ。ありがとよ!」
「なるべく早く帰ってこれるようにしろよ〜?」
「そうそ!また今夜みたいなあっつ〜いバトルを見せてくれ!」

 何人かの気心が知れた客達がクラウドの背と肩をポンポンと叩きながら帰っていく。

「熱いバトル…って、なにも戦ってないじゃないか……」

 一人、わけの分からないままの本人の呟きには誰も答えず、店はあっという間に閉店となってしまった。





「はい」
「あ…すまない」

 客が全員帰ってしまい、ガランとした店内に暫く立ち尽くしていたクラウドだったが、とりあえず『閉店』の札を下げることにした。
 なにが何だか分からないが、客がいないなら開けていても仕方ないし、この時間から新たな客が来ることはもう無いと判断したからだ。(来たとしても、他の店で酒を飲んで酔っ払い状態の迷惑な人間である場合が多いことでもあるし…。)
 戻ってくると、ティファが柔らかな笑みを湛えて新しいグラスを差し出した。
 曖昧な言葉で礼をモソモソと呟き、彼女の顔を見ないようにしながらグラスに口をつける。
 だが、何となく……視線を感じて……。

 チラ…。

「…………なんだよ……さっきから……」

 案の定、幸せそうな笑みを浮かべて笑っている。

「ふふ…。クラウドは強くなったなぁ…って思って」
「は?」

 苦虫を噛み潰したような顔から一変、キョトンとする。
 ティファはクスリ…と笑うと、自分のグラスを持って隣のスツールに腰掛けた。

「だって、今夜みたいな嫌味を言われたら、前だったらもうすっごい殺気で睨みつけてたでしょ?下手したら殴りかかってたんじゃないかしら?」
 それなのにねぇ…。

 クスクスと笑う彼女に、漸く合点がいく。
 だが、まだ客達が何故早く帰ったのかが分からない。

「なに言ってんだよ…。それにしても、何で皆早く帰ったんだ…?それに、俺は今日、ティファが言った様に戦ってないんだが……熱いバトル…って……なんだ……?」

 ティファの言葉にテレながらそれをごまかすかのようにその点についてこぼす。
 ティファは再びクスリと笑うと、
「本当に分からない?」
 悪戯っぽく瞳を輝かせる。

 ドキッとせずにはいられないその笑み。
 彼女の表情一つ一つはクラウドにとって魅惑の種。
 内心の動揺を悟られまいとして、
「……悪かったな…」
 つい拗ねた口ぶりになる。
 ティファはクスクスと嬉しそうにはにかむと、「ふふ…そんなところもクラウドの良いところなんだけどね」と、独り言のように呟いた。
 その呟きにまたもや胸が躍る。

「クラウドが帰って来たときのお客さんを追い払ってくれたでしょ?」
「…あぁ…」
「その時、クラウドの完勝!って感じだったわ」
「……そうか?」
「うん!それからさっきのお客さんの嫌味!」
「…?別に何も言い返してないぞ?」
「だからよ」

 小首を傾げ、本気で不思議がっているクラウドにティファの心がどうしようもなく幸福感で満たされる。
 どうしてこの人は自分の事になるとこうも鈍くなれるのだろう?

「クラウドは全然相手にしなかったでしょ?」
「……あぁ…」
「それだけで、あのお客さん達にも完勝してるのよ」
「………?」

 眉根を寄せて今の言葉について真剣に考えている愛しい人に、これまでの思い出が蘇える。

 本当に小さい頃は喧嘩ばかりだった。
 目が合っただけで喧嘩を吹っかけ、村一番の悪がきと言われていた。
 次に再会した時は妙に気障な台詞と仕草で……戸惑った。
 それが本当の彼ではないと気づき、本当の彼を取り戻して……。
 そうして…。
 一緒に暮らし始めたけど、結局、親友達への自責の念に負けて一度は全てを捨てて逃げた弱い男(ひと)。

 それが…。

 こんなに強くなった。
 身体だけじゃなくて、何よりも心が強くなった。
 本気で自分が『強い』と評された意味が分からないほどに…。
 計算で先ほどの客達を相手にしなかったのではなく、本心から『相手にする必要のない人間』と感じたのだ。
 そう感じられるということが、一体どれほど心が強くなければ出来ないことか…。

『分かってないのね…』

 未だに不思議そうな顔をして悩んでいるクラウドに、何となく……母性本能らしきものをくすぐられる。

 そっと金糸の髪に手を伸ばして撫でてみる。
 予想通り、ビックリした顔で自分を見つめてくる。
 その顔すら愛しくて。
 少し力を入れて撫でてみる。
「おい……なんだよ……」
 顔をほんのりと赤くして照れる彼に更に愛しさが込上げて、今度は両方の手で撫でてみる。
 流石に恥ずかしいのか、手を掴んで動きを止めさせようとするクラウドに、ティファはクスクスと笑いながらいつしか立ち上がって恋人の頭を撫でていた。

「ティファ〜!」

 頬を赤くしてしっかりと手首を掴み、軽く睨むようにして見る紺碧の瞳。
 ティファの動きが止まる。
 クラウドの表情も止まる。

 お互いに相手の瞳に吸い込まれそうになって、そのままジッと見つめ合い…。

 自然と顔を寄せる。
 柔らな感触に包まれて…。
 相手の温もりに包まれて、胸の奥底から熱い思いが込上げる。
 そっと互いの背と首に腕を回してピッタリとくっ付くことの幸せ。
 洩れる溜息は幸福感で一杯。


『『 本当に… 囚われてる 』』


 同じ事を思っているとは微塵も気付かず、二人は少し身体を離すとそっと笑みを交わした。


 クラウドは彼女の幸せそうな笑みを前にして思った。

 いつか…。
 いつか、言っても良いだろうか?
 自分の心は彼女のものだと、皆の前で誓って良いだろうか?


 ティファも彼の柔らかな笑みを前にして思った。

 いつか……聖なる儀式を彼と上げても良いだろうか?
 星に還った親友と両親の前で、彼に自分の心を捧る…と……。
 既にもう捧げている…と。
 誓いの言葉と一緒に報告しても良いだろうか?


 今はまだその時期ではないけど。
 いつか…。
 いつの日か…。


 その日を互いに夢に描きつつ。
 その夢を互いに打ち明けないまま…。


 今夜もセブンスヘブンの明かりは落とされた。


 いつか…。
 誓える日を夢見る二人の手で…。




 あとがき

 拙宅の二人はまだまだ神聖な儀式を挙げることが出来ませんね…。
 DCの影響を強く受けた管理人のヘタレ具合のせいです…本当にすいません。
 頑張って甘い二人を目指したんですけど……ふふ…やっぱり玉砕(遠い目)。

 ここまでお付き合い下さってありがとうございました!!