う〜ん…、どうしてこう、物事って初めから終わりまで全て順調に運ばないものなのかしら……。


My hero 4


 私は今、『ジョニーズへブン』というお店にいる。
 向かいの席には親友のラナが渋面で座り、本当に不味そうにコーヒーを啜っている。
 もうその表情の不機嫌さときたら、親友の私ですら目を逸らしてしまうもので、仮に全くの見ず知らずの人だと、思わず回れ右をしてその場を一目散に離れる事請け合いだ…。
 彼女の不機嫌の理由は…。

「どうだい!キレイなお姉さん達!この俺の煎れたコーヒーは!」

 ハイテンションなこの店の店主で、この店の唯一の店員さん。
 この店に一歩踏み込んだ瞬間から、ずっと私達にベッタリ付きっ切り…。
 私はかろうじて曖昧に返事をしたり、相槌を打ったりしてるけど、ラナは完全に無視を決め込んでいる。
 美人なラナが、無表情で座っている様は、空恐ろしい……。
 にも関わらず、根っから鈍感なのか、前向きなのか分からないけど、ジョニーさんは一人でしゃべりまくっている。

 ハア〜…。どうしてこうなっちゃうのかな…。

 内心で溜め息を吐きながら、私は今朝から今までの事を振り返った。



「これで良し!」
 私はトラックの助手席に荷物をしっかり固定したのを確認し、ドアを閉めた。
「それじゃ、行ってきまーす!」
「気をつけてね」
「モンスターの群れに突っ込むなよ」
「はーい!分かってるわ」
 両親が少し不安そうな目をしていたけど、それに気付かない振りをしてトラックのエンジンをかけ、私はエッジに向けて走り出した。

 今日は、久しぶりにラナと会う約束をしている。
 ラナがWROに正式に入隊して約1ヶ月。
 その間、電話やメールはしていたけど、会う事は出来なかった。

 だから、今日会えるのが本当に楽しみ!
 電話やメールだと元気そうだったけど、やっぱり心配なんだもの。
 ラナは頑張りすぎるところがあるから…。
 私はしばらく会っていない友人の事を思いながら、順調に走り続け、無事エッジに到着した。

 正直、こんなに順調にエッジに来れるとは思ってなかったわ…。
 ああ…良かった。
 たまにはこんなに順調にトラックを運転出来る日もあるのね!
 私も中々捨てたもんじゃないじゃない!?

 などと、自分を褒めていると、駐車場の入り口から、
「リリー!」
と、私に笑顔で手を振りながら、ラナが駆け寄ってきた。
「ラナ!」
「久しぶり!元気してた?」
「ラナこそ!本当に元気そうで安心した〜!」
「リリーこそ、予想以上に早く来れたからびっくりしたわ!珍しい事もあるものね〜」
「アハハ〜。私自身が驚いてる」
「アッハハハ!相変わらずの良い人振りね。普通怒るとこよ、今のは!」
「え〜、でも本当に私自身がびっくりしてるんだもん!」
「うんうん、リリーはそうでなくちゃね!ホント、リリーに会えて、心が癒されるわ〜」
「ええ?そうなの??」
「そうなの!」
「えへへ〜」

 などなど、久しぶりのラナとの会話に花を咲かせ、私は持ってきたお土産を彼女に手渡す。
 中身は、シュークリームとジャム。
 どっちも我が家が営んでいるケーキ屋の自慢の一品で、最近特に人気の高い商品だった。
 ラナは、素直にとても喜んでくれたので、あげた甲斐があったというもの。
 ちょっとお行儀悪いけど、シュークリームを二人で分け合って、歩きながら食べる。
 うん!自分で言うのもなんだけど、本当に美味しいわ!!

 そんなこんなで私達は、色々おしゃべりをしながらエッジの街中を歩いていった。
 やがて、時刻がお昼ご飯になった頃、流石に歩きっぱなしでしんどくなってきた。。
 そこで、どこか適当にお店に入って昼食を…、という事になった。
 出来れば、久しぶりの親友との会話を思いっきり楽しみたいから、長時間粘れるようなお店が理想だった。
 この意見はラナとも一致し、味はこの際仕方ない…、という事になって、あまり人気のなさそうなお店を探す事にする。
 だって、人気のあるお店だと、席を待つお客さんに気兼ねして長時間粘れないもの。
 そして、こういう考えを持ってしまったのが運の尽き…。
 明らかにガラガラで、長時間粘っても大丈夫そうなこのお店を選んでしまった…。

 そう…。ホントは一歩足を踏み入れた瞬間に、回れ右をすれば良かったのに、私達が躊躇している僅かな隙を逃さず、
「いらっしゃいませ〜!」
なんて声掛けられたら、お店を出るに出られないじゃない…。
 他にお客さんがいなかったら尚更の事だったの…。

 だって…、あまりにも、『不憫』で……。

 という具合で今に至る。
 まさか、こんなに店主が私達にベッタリ張り付くことになるとは思ってもみなかったわ…。
 これでは、いくら長時間粘れたとしても、ラナとおしゃべりする事など、いつになっても出来やしない。
 て言うか、実は既にジョニーズへブンに入って、かれこれ小一時間ほどが経過している。
 ジョニーさんは、注文したパスタとサラダのランチセット2人前を作っている間も、休む事無く話しかけて来たので、この店に入ってから私達はまともにおしゃべりしていない。
 と、言うよりも、迂闊な事を口にしたら、ジョニーさんは更に突っ込んで話を広げるような気がしてしまい、どうしても私達から口を開く事が出来なかった。
 

 ……ああ、早く出たい…。

 既に私達はお世辞にも美味しいとは言いがたい食事を終え、食後のコーヒーも無理に3杯も注がれてしまい、お腹はタプタプでこれ以上この店にいる意味が全くなかった。
 それなのに、何とか脱出の糸口を探すのだけど、なかなかジョニーさんの話が終わらない。
 ひっきりなしに話を継続する彼は、このお店よりも話す事を専門にする職に就くべきだと思う。
 きっとそう感じるのは私だけじゃない…と思う…。


 そんな哀れな私達を神様はお見捨てにはならなかった!


 急にうんざり顔のラナが、ふいと窓の外に視線をやり、ハッと立ち上がった。
 夢中で話していたジョニーさんと、話を半分以上聞いていなかった私が驚いてラナを見る。
 ラナは、バッとジョニーさんの方を見ると、
「ごめんなさい。知り合いがいたからこれでおいとまするわ。お勘定お願い」
と、やや慌てた表情をした。

 ジョニーさんは、キョトンとしていたけど、「あ、ああ、お勘定ね」と本来の仕事を思い出したようで、少し慌てながらレジに向かった。


「また来てくれよな!」
 そう言うジョニーさんの声を背に受けながら、私はラナに引っ張られて大慌てでお店を脱出する事に成功した。
「もう二度と行かないわよ!」
 小声でラナが毒づく。
 私は、無言で苦笑するしかなかった。

「それにしても、誰を見つけたの?」
 急いで人混みを歩くラナに、はぐれない様一生懸命になりながら質問する。
 すると、ラナは悪戯っぽく微笑み、
「リリーが会って幸せになれる人達」
と指差した。

 ラナの指差す方へ視線を移すと、そこには金髪でほっそりした男性と、黒髪で抜群のプロポーションを誇る女性、その左右には茶色でふわふわした髪の男の子と、髪をおさげに結い、ピンクのリボンで結んでいる女の子の後姿があった。


 パーッと濃い雲が晴れていく様に、暗かった気持ちが一気に晴れやかなものになる。

 そんな私にラナがクスクスと笑い、「ね?幸せになれるでしょ?」と言って自身もにっこりと幸せそうな顔をした。

「クラウドさん、ティファさん!」
「?」
「え?あ!お久しぶり!」
「あー!ラナお姉ちゃん!リリーお姉ちゃん!」
「あ!ラナ姉ちゃんにリリー姉ちゃん!」

 少し遠かったけど、ラナが前をのんびり歩いている四人に、良く通る声で呼び掛けた。
 私達二人に気付いた四人は立ち止まり、それぞれ笑顔を向けて明るく声を掛けてくれた。

「今日は!」
「お久しぶりです!お元気そうですね!」
「ええ!本当にお久しぶり!お二人もお元気そうで良かった!」
 ティファさんが嬉しそうに笑いかけてくれる。
 いつもお店の中でしか会った事がなかったから、こうしてお昼間に陽の光の下でティファさん達を見ると、何だかとても新鮮な感じがする。
 それに、ティファさんと並んで立っているクラウドさんは、今日もホントに素敵で…。
 うっすらと微笑を浮かべている口元、細められた紺碧の瞳…。

 ホント…素敵……。

 それに、ティファさんと並んでいる二人の姿は、もう、皆の視線を集めずにはいられない。
 まさに美男美女のカップルだもん。
 おまけに、そこらへんの美男美女カップルが醸し出している『容姿を鼻にかけた』オーラが微塵もない。
 その事で、更に『親しみやすさ』という美点が加わり、二人を輝かせている。
 もう、本当に目の保養になっちゃうんだから!

 今も、親しげに話をしている私達を、通りすがりのカップルが食い入るように見つめている。

 あ、そのまま歩き続けると…、あ〜あ、ホラぶつかった…。


「今日はお二人でお買い物?」
「いえ。買い物じゃないんです」
「私がやっと休みを取れたので、久しぶりにリリーとのんびりする予定なんですよ」
「ラナさん、今までお休み取れなかったの?」
「ううん、そうじゃないけど、休みの日には実家に帰って用事があったからね。今日は久しぶりに何にも用事のない日なの」
「ふ〜ん、大変なんだ〜」
 マリンちゃんが眉を寄せて、心底心配そうな顔をしてラナを見つめる。
 ラナは、しゃがんでマリンちゃんの目線と合わせると、
「もう、本当にマリンちゃんって可愛いわ〜!こんなに可愛かったら誰かに攫われちゃうわよ!気をつけないと駄目よ!!」
と言いながら、ギューッと抱きしめた。

 ああ、良いな。私もギューってしたい!
 などと思っていると、ちょっとはにかんだ顔でラナに抱きしめられているマリンちゃんとバッチリ視線が合った。
 にっこり笑って見せると、もう、本当に花が咲くような笑顔を見せてくれた。

 ああ、本当に可愛いわ!
 私が攫ってしまいそう…。

「お二人共、どこか行く予定がないなら、久しぶりに我が家に寄って行きません?」
「え!?」
「良いんですか!?」
「ええ!私達も丁度買い物が終わって帰るだけだから。立ち話もなんだし…。どうかしら?」

 思わぬティファさんの申し出に、私達は顔を見合わせると、そっとクラウドさんを窺った。
 クラウドさんは、私達の視線に気付いて苦笑し、
「俺の事は気にしないでくれ。この顔はもともと無愛想なんだ」
と、頬を掻いて見せた。

 私達が断る理由などこれ以上一体どこにあるというのだろう。

「「お邪魔します!」」
 声を揃えた私達に、ティファさんとマリンちゃんは嬉しそうに微笑み、クラウドさんは苦笑、デンゼル君は目を輝かせて歓迎してくれた。



「なあ、ラナ姉ちゃん!WRO隊員になって、何か面白い事あった?」
 セブンスヘブンにお邪魔させてもらい、ティファさんの煎れてくれたコーヒーを味わっていると、デンゼル君が目をキラキラさせてラナに話しかけた。
「特に面白い事っていうのはないかな〜。でも、やっぱりWROは軍隊化しつつある事だけは確かね。今まではボランティア活動が盛んだったけど、それも民間の方で何とかなるようになったから、尚更、軍隊化する傾向に拍車が掛かってるって感じよ」
「へ〜。ラナ姉ちゃんはその中でも頑張ってるんだ!すっげ〜よな!!」
「フフ、まだまだ新米だから大変な事が多いけどね」
 ラナは、ジョニーズへブンとは打って変わって、上機嫌にコーヒーを啜り、デンゼル君と話している。
 もちろん、私だってジョニーさんには気の毒だけど、ティファさんの煎れてくれたコーヒーの方がうんと美味しいし、何より話をしていてとても楽しい。
「それにしても、正規の軍隊になってしまうと、実家の方が何か言ってこないか?」
 クラウドさんが、テーブルを挟んだ向かいに腰掛け、コーヒーをカップに置きながら尋ねる。
 クラウドさんの質問は、マリンちゃんも感じていたのかやや心配そうにラナを見つめた。

 ラナは、そんな二人に苦笑して、
「ああ、その事ですか…」
と、軽く手を振って見せた。

「確かに、色々言ってくる親族はいますけど、私の両親は特には何も…。もともと放任主義なんですよ。だから、『自分の行動に責任を持って事に当たる』事を小さい頃から家訓として言われ続けてましたね」
「へ〜!『家訓』!!何か、カッコイイ響きだよな!!」
 デンゼル君が面白そうに言う。
「なあなあ、『家訓』って他にあるの?」
「あるわよ」
 ラナの顔に一瞬緊張が走ったような気がしたけど…、気のせい…かな…?
「教えて教えて!!」
 デンゼル君は、ラナの様子に全く気付かなかった様で、無邪気にせがんで見せる。
 クラウドさんとマリンちゃんをそっと窺うと、二人共何となく気まずそうな顔をしている。

 ……ラナが緊張したように感じたのは、気のせいじゃなかったって事ね…。

 ラナは、一瞬考えたようだったけど、話すことに決めたらしい。
 デンゼル君のキラキラした目を見つめて、やや苦笑をたたえた口を開いた。
「『自身の為に財を喰らうなかれ』『自身の為に家名を利用するなかれ』『自身の益の為に他者を卑しむなかれ』『己が家族を愛しむべし』『己が伴侶以外を慕うなかれ』『盗むなかれ』『殺すなかれ』それと……」
「それと?」
 すらすらと語ったラナは、最後の一言を言いにくそうに口を閉ざしたが、デンゼル君の期待に膨らんだ眼差しの前にとうとう白旗を揚げた。

「『伴侶ある者に恋慕の情を抱くなかれ』」

 どんな凄い事を言うのかと思ったけど、案外普通である事にホッとする。
 何だ、特に突飛な事じゃないのね。
 ちょっとドキドキしちゃったじゃない。

 そう思いながら、ふと目の前に視線を移すと、そこには強張った顔をしたクラウドさんとマリンちゃんが、居心地悪そうにあらぬ方へ視線を泳がせているではないか!
 デンゼル君だけは、「伴侶?」「恋慕の情?」って首を捻っていたけど…。

 な、何なの、一体!
 私が知らない間に、ラナと何かあったとでも言うのかしら!?

「リリー…、誤解してるみたいだから断っておくけど、私は何もしてないわよ…」

 私の胸中を実に正確に読み取って、ラナはスッパリ言い切った。

「え、ええっと、別に〜…」
 オロオロして言い繕うとする私を、ラナは苦笑を浮かべ、クラウドさんに向き直った。

「遅くなりましたが、先日は不肖の愚兄が大変ご迷惑をおかけしたと、従兄弟から聞きました。本当に申し訳ありませんでした」
「え!?従姉妹って、イザベラさん!?」
「違うわよ!何で私があの女と連絡取り合わなくちゃいけないのよ!!従兄弟よ!イザベラは私の遠縁!!」
「あ、そうだった」
 私の言葉に噛み付くようにしてラナが反応する光景は、いつもと逆なので、ある意味貴重な体験だったけど、それを喜べるはずもなく、私はイライラとするラナにシュンとなる。

「あー!思い出した!!あのぶっ飛ばされた兄ちゃんがラナ姉ちゃんのお兄さんだったっけ!」
 デンゼル君が、ポンと手を叩く。

 ぶっ飛ばされた……!?
 何の話よ……?

 一人、頭の中を『?』で一杯にしつつも、何となく聞いてはいけない話しの様な気がして、私は黙って冷めたコーヒーを口に運んだ。

 ああ、それなのに…。

「あら、何の話?楽しそうね」
と、洗濯物を取り込むためにこの場にいなかったティファさんが戻ってきて、『寝た子を起こす』様な発言をして下さった!!

 ああ、お願い…。
 ティファさん、デンゼル君、お願いだからそっとしておいて…。

「あ、ティファ!ホラ、この前ライ兄ちゃんにぶっ飛ばされた兄ちゃんさ、ラナ姉ちゃんのお兄さんだったんだよな!俺、今初めて思い出したよ!」
「「デンゼル!!」」
 私の願いも空しく、デンゼル君がティファさんの質問に答えてしまった…。
 クラウドさんとマリンちゃんは目を吊り上げ、小声でデンゼル君を諌める。
 デンゼル君が、「あ……」と漸く場の空気を読み、気まずそうにラナをチラッと窺った。
 でも、時既に遅し…。

 デンゼル君…。口から出た言葉は、戻ってこないんだよ………。

 デンゼル君の視線の先では、ラナが引き攣った笑みを浮かべていた。
 そう。その微笑みは、例えどんなに生まれつき鈍い人でも、一瞬で『あ、機嫌悪…!』と気付いてしまう作られた笑み。

 あ〜あ…。折角久しぶりにラナとゆっくり楽しいおしゃべりが出来ると思ってたのに…。

 すっかり落ち込んでしまった雰囲気に、内心で思い切り落胆する。
 
 クラウドさんは表情を隠す為にコーヒーを口に運び、マリンちゃんは何か言おうと口を開くものの、結局何も言わず口を閉ざしてそわそわとテーブルの下で足をブラブラさせた。
 デンゼル君に至っては、半分以上の原因が自分にある事を自覚したのか、チラチラと全員の表情を窺っている。

 そして、ティファさんは…。

「ああ、グリートさんね!そう言えば、プライアデスさんがそう紹介してくれたんだったわね!私も今思い出したわ!」

 と、全く意に介していない様子で、笑顔を見せた。

 ホント、その笑顔…。
 何て心を和らげてくれるのかしら…。

 ティファさんは、どこか気まずそうな顔をしているラナに微笑みかけた。
「そう言われてみるとお兄さんと少し似てるわね。髪の色とか、目の色とか」
「ええ。髪と目の色は血筋ですね。私の両親も茶色の髪にグレーの瞳ですから」
「そうなの、素敵ね!」
 相変わらずニコニコと笑顔を見せてくれるティファさんに、重苦しい雰囲気が明るくなる。

 ホント、ティファさんってその場の空気を変えてしまう、凄い人よね…!

 クラウドさんもマリンちゃんも、ホッとした顔で漸くまともに顔を上げる。
「ラナお姉ちゃん…、ライお兄ちゃんからどういう風にお話聞いたの?」
 マリンちゃんが恐る恐る質問する。
 ラナは、今度は不機嫌にならず、苦笑するのみで抑える事に成功した。
「イザベラの件で皆のところに謝罪に行ったら、兄さんがバカになったって聞いたわ」
「バカ?」
 首を傾げる私に、ラナは溜め息を吐いた。
「そ。本当に大バカ者よ、我が兄上は!家訓を見事に無視してくれちゃって…。話を聞いた時は、呆れてものも言えなかったわ!」
 少々憤慨気味にコーヒーを口に運ぶラナに、私とティファさんはキョトンとする。
 クラウドさんは複雑そうな顔をし、マリンちゃんとデンゼル君はクスクス笑っていた。
「でもさ。あのライ兄ちゃんって、パッと見たら全然強そうじゃないのに、ラナ姉ちゃんのお兄さんをぶっ飛ばしたんだから、凄いよな」
「うん!それに凄く綺麗な目の色してて、カッコ良かった!!」
 すると、憮然としていたラナは、子供達の評価にパッと顔を輝かせた。
「でしょう!?ライって凄いでしょ!?」
「うん!俺、クラウドの次くらいに憧れる!」
「私も!ライお兄ちゃん、また来てくれないかな〜」
「じゃあ、今度一緒に夕飯食べに来ようかな?」
「ホント!?」
「約束してくれる!?」
「するする!!絶対一緒に来るわ!」

 キャーキャーと子供達と盛り上がるラナの姿に、私とクラウドさんとティファさんは呆気に取られ、顔を見合わせた。

 何だが、ラナが急に子供返りしたみたい…。

 それに…。

 ラナのはしゃぎようを見てたら、『ライ』って人がラナにとって特別な人なんだろうな…って、簡単に想像できてしまった。
 でも、この事は口にしたらいけない気がする。
 うん、きっと黙ってないと駄目だよね。
 だって、『ライ』って人にとってもラナが特別な人なら、私が知らないはずないもん。
 きっと、ラナは私には話してくれると思う。
 だから、ラナが『ライ』って人の事を話してくれないのは……。

 何だか、そんな事を考えていると、子供達と嬉しそうに笑っているラナが、とってもいじらしく思えてきた。
 本当に、ラナは心も腕っ節も強い、素敵な女性(ひと)だと思う。
 こんな女性(ひと)を親友に持てて、私は幸せ者だと心からそう感じる。



 その後、私達はラナのお兄さんの『犯した過ち』と、お兄さんをぶっ飛ばした『ライ』さんの事や、他にお店に来た面白い常連さん達の話に花を咲かせ、楽しい一時を過ごした。

 時々、クラウドさんが物凄く複雑な顔をして、笑っているティファさんをチラチラ見ていたのが印象的だった。
 ホント、ティファさんって自分の事に関すると、少し鈍いのかも…。なんて思う一コマだった。


 そして…。

「折角なのに、お店の時間までいられないなんて残念ね」
「すみません。トラックを明日仕事で使うから、どうしても今日中に帰宅しないといけないんです」
「ううん、ぜひまた来てね。その日を楽しみにしてるから!」
「はい、ぜひ!」
「ラナ姉ちゃんも頑張ってな!」
「うん、まかせといて!私は頑丈だから!」
「二人共、体に気をつけてな」
「はい、有難うございます!クラウドさんもお仕事頑張って下さい!!」
「ああ、ありがとう」
「じゃあね!ラナお姉ちゃん、リリーお姉ちゃん!」
 店の扉の前で見送ってくれる四人に手を振り振り、私達はトラックを止めてある駐車場へ向けて歩き出した。

「本当に、今日は楽しかった!」
「ええ!ホント、セブンスヘブンの人達は温かい人ばっかりね」
「それにしても、ラナのお兄さんって私会った事ないよね。今度会わせて欲しいな」
「良いけど、ハッキリ言って期待しない方が良いわよ?」
「そんな事言うとお兄さん可哀想だよ〜?」
「良いの良いの!ホント、バカだから」
 笑いながら口ではそう言うけど、本当はお兄さんの事を大切に思っているって、ラナの全てがそう言っている事に、私はちゃんと気付いている。
 でも、これも私が口にしてはいけない事だと思うから、胸の中に大切にしまっておこう。
 何より、ラナが輝く笑顔を見せてくれたから、それだけで私は十分だもん。
 駐車場に向かう途中、弾む心を胸に抱いてラナと次に会える日取りを話し合った。

 もちろん、今度はちゃんとセブンスヘブンの開店中に遊びに行けるように!

 ティファさんの美味しい料理に舌鼓を打ち、子供達の明るい笑い声、そして、少しはにかんだ様に微笑むクラウドさんを交えた幸福の一時を持てる様に願いながら…。

あとがき

My heroも気付けば4作品目となりました。
きっと、周りから見たらクラウドとティファのカップルはかなり近寄りがたいと思うのです。
あまりにも美男美女過ぎて(笑)。でも、話をするとそうでもなく、むしろ、心癒されるカップルだと
思ってます!(いや、むしろマナフィッシュの願望…!?)。
そんな二人を描けたら…、と思ったのですが…(汗)。

最後までお付き合い下さり、有難うございました!