ティファ・ロックハートは、デンゼル、マリンと一緒にフェンリルを洗っているクラウドを窓越しに見ながら満ち足りた想いに笑みを浮かべた。

 いつから、クラウドのことがこんなに愛しいと感じるようになったのだろう。
 同じ村で過ごした幼少時代、彼と接したのは本当に極々僅かな時間だったというのに。

「本当…不思議だなぁ」

 知らず声にして呟き、綻んでいるその頬を薄っすら染めた。






My Sweetheart 







 いつもどこか人を見下した目をしていた…ように思う。
 しかし、ティファの記憶の中のクラウドはとても曖昧で、唯一鮮明に覚えているのはあの約束の給水塔での一夜のみ。
 それくらい、ティファとクラウドは接点がなかった…と、ティファは思っている。
 しかし実際にはそうではなく、ティファにとってはクラウドという少年は、ほんの少し興味を持ってはいたものの、自分の周りには他に村の子供たちが沢山いたから特に『どうしても友達になりたい』と思える対象ではなかっただけの話だ。
 これがクラウドという少年の立場に立つと、ティファと言う少女は村一番の人気者で常に子供たちの憧れとしてその中心にいたので近寄りたくても近寄れないという『高嶺の花』状態だった。
 だから、クラウドはいつもティファの事を見ていたし、ずっと想っていたのでティファが幼少時代のクラウドをあまり覚えていないのとは対照的にクラウドはティファの幼い頃をとてもよく覚えていた。
 その違いにティファはあまり気づいていない。
 だから、こうして一緒に暮らし、クラウドという男をとても身近な存在として日々感じるようになると、残念で仕方ないのだ。

「…なんでもっと子どもの頃に一緒に過ごさなかったのかなぁ…」

 そうしたら、もっともっと、彼のことを理解してあげられるのに。
 過去も現在(いま)もひっくるめて彼、クラウド・ストライフなのだから。
 2年前に旅をしている頃は、ただただクラウドが本物ではないかもしれない、という不安と恐れでいっぱいだった。
 ミディールで生還してからは、本物のクラウドだったという喜びを感じながらも、セフィロスとの最終決戦がいよいよ目前となったため、その喜びは決戦への不安、恐怖、緊張の影になっていつしか消えてしまった。
 世界をオメガから救って、バレットやマリンと一緒に暮らし始めて、バレットが去って…。
 その頃には、何故かお互いギクシャクとしてしまってどうにも上手くいかなかった。
 そうして出口の見えないトンネルを歩いているような暗い毎日を送っていたある日、クラウドはデンゼルを連れて来た。

「…あの頃…なんだよね、クラウドが星痕症候群に罹ったのは…」

 原因不明、不治の病として恐れられた星痕症候群。
 クラウドがまさか罹っているとは思いもしなかった。
 もしも…。
 もしも、もっと自分がクラウドのことをちゃんと見ることが出来ていたら、彼は家を出なかっただろう…と今でもティファはそう考えて苦いものを味わっている。
 勿論、クラウド自身が当時の家出を非常に悔いているので決して話題にはしないし、ティファが後悔しているなどと知った日にはティファ以上に落ち込んで心の傷を更に深めるだろうと分かっているから絶対にバレないように気をつけてはいるが、時折フッと自責の念に駆られるのだ。
 家を出ずに済んでいたら、きっとクラウドは味わう必要などなかった寂寥感や孤独の中、日々を過ごすことなどなかったのだから。

「…ごめんね…クラウド…」

 思わずこぼれた懺悔の言葉。
 その時、淡く微笑みながらフェンリルの洗車を楽しむ子供たちを見つめていたクラウドがパッと視線を上げた。
 真っ直ぐアイスブルーの瞳がティファを見つめる。
 思わずドキッとして目を見開き息を呑んだティファにクラウドははにかんだような微笑を浮かべた。


 こっちに来ないか?


 声は聞こえない。
 しかし、唇の動きでは確かにそう言っていた。
 途端、ティファの心臓が早鐘を打ち、頬がカーッと染まる。

「あ……」

 咄嗟に笑顔を浮かべられなかったのは、クラウドが良すぎるタイミングで微笑をくれたから。
 しなくても良い懺悔を当の本人であるクラウドにしたところのお誘い。
 動揺して目を丸くするだけのティファに、クラウドの笑みが深くなった。


 なにビックリしてるんだよ。


 ほっそりした顎に指を添えておかしそうに笑うクラウドに、ティファは視線が逸らせない。
 陽の光を浴びたクラウドが、まるで一枚の絵画のようにぽっかりと浮かび上がって見える。
 それは、神々しいまでの青年の姿をした神か天使の絵のようで…。

 見惚れていた時間は本当に僅か数秒だったはずなのに、ティファが気づいたときクラウドは窓の格子に腕を預けていた。


「ティファ?なに百面相してるんだ?」

 どこかからかうように話しかけるクラウドに、ティファは「別にそんなことしてないから」と唇を尖らせつつ胸の高鳴りをごまかした。
 しかし、完全に誤魔化せなかったことはすぐに分かった。
 クラウドの紺碧の瞳がいきいきと輝いている。
 子どものように輝いているその瞳は、ティファの言葉を全然相手にしていないと充分過ぎるほど物語っていた。
 そんな顔をしたクラウドにまたもや見惚れてしまってなにも言葉が浮かばないティファだったが、突如、降ってきた冷たい水滴に「ひゃっ!」と声を上げた。
 驚いて目をぱちくりさせると、びしょ濡れになったクラウドが笑いながら子供たちを振り返っていた。

「デンゼル、マリン!」
「「 ごめんなさ~い!! 」」

 フェンリルに水をかけていたデンゼルとマリンが、うっかり手元を狂わせたらしい。
 うっかり?
 いや、もしかしなくてもわざと。

 キャーキャー笑いながら謝る子供たちにクラウドも笑いながら駆け寄り2人まとめて抱き上げた。
 まだ止まらないシャワーから水が溢れ出しているのも気にせず、3人くっついて笑っている。
 水しぶきが陽の光を受けてキラキラ輝き、まるで3人を祝福しているようだ。
 光の宝石の中、じゃれて笑っている3人はとてもとても幸せそうで、ティファはいつの間にか花の咲いたような笑顔で笑い声を上げていた。


 楽しい。
 嬉しい。
 すごく…幸せ。

 そんな時間は本当にあっという間に過ぎてしまう。
 フェンリルを洗い終わった後も、子供たちはクラウドとの時間をうんと満喫していた。
 普段、仕事で家を空けることの多いクラウドも、オフの時はその分を取り戻すかのように全身全霊をかけて子供たちとの時間を大切にしている。
 それがしっかりと伝わっているからこそ、子供たちはクラウドを無条件で愛しているのだ。

 そうティファは思っている。

「クラウド、次は何したらいい?」
「そうだな…そっちの写真をまとめてみるか」
「なぁなぁクラウド。伝票だけどさぁ、ここ、なんかおかしくない?」
「………本当だ……参ったな……」

 店のテーブルいっぱいに広がっているのはクラウドが配達の合間に撮った写真と仕事の伝票。
 伝票の整理と写真の整理。
 どっちを手伝うか…ということでデンゼルとマリンは喧嘩……しなかったのは流石だ、とティファが感心してから小一時間になる。
 マリンはクラウドの写真が殊のほか好きだった。
 デンゼルも好きは好きなのだが、伝票整理が得意だったのでそっちを手伝うことを選んでくれた。
 お陰で溜まってしまったクラウドの雑務がスムーズに片付けられていく。

「3人とも、はい、お疲れ様。少し休憩したら?」

 楽しげに作業をする3人にロールケーキを差し入れすると、子供たちの歓声とクラウドのホッとしたような笑顔が返ってきた。

「ありがとう、ティファ」

 コーヒーを目の前に置くと、当たり前のようにクラウドが『ありがとう』と言ってくれる。
 それが当たり前ではなくて、とても大切なことなんだということをティファは噛み締めつつ、
「どういたしまして」
 と微笑んだ。

 仲間に言ったらきっと『大げさだ!』と言うだろう。
 特にユフィあたりにバレたりしたら、目を丸くしたあと、ゲラゲラ笑われるに違いない、とティファは確信している。
 それでもやっぱり、クラウドがこうして目の前で子供たちと幸せそうに笑っていることは、奇跡以外のなにものでもないのだから、感謝するし特別なことなんだと思ってしまう。

 あまり甘いものを好まないクラウドだが、ティファの作ったものなら何でも文句を言わずに食べる。
 だから、差し出したロールケーキもいつもどおりに食べてくれると思ってはいたが、いつもとは違って特別な今日と言う日に込めた想い、それに気づいてくれているのかいないのか、丁寧にフォークで切り取って口へ運んだ。
 魔晄の瞳が軽く見開かれる。

「あっさりしてて美味しいな」

 顔を上げ、ティファの目を見てそう言ったクラウドに、ティファは知らず入っていた力を抜いた。
 ホッとして笑顔になる。
 クラウドがまた、少しだけ目を見開くとまるで眩しいものでも見たかのようにそっと視線を伏せた。
 綻んでいる口元へフォークを運ぶ。

「うん、美味い」
「ありがとう」
「どうしてティファがありがとう?それはこっちの台詞だろう?」
「美味しいって言ってくれたら嬉しいもん。だからありがとうだよ」
「それを言うなら、こっちは美味しいものを作ってくれてありがとう…だな」

「ありがとうって言い合えるって良いね」

 クラウドとティファのやり取りを聞いていたマリンが嬉しそうに言った。
 2人顔を見合わせて微笑みを浮かべる。
 まったくその通りだ。
 ありがとうと言い合えるなんて、本当に幸せ。
 こんなに幸せで良いんだろうか?

 幸せすぎて怖い。

 劇やドラマ、小説などでよく使われる台詞がティファの脳裏にポン…と浮かんだ。
 まさしく今の自分がそうだと思う。
 可愛い子供たちと大切な人が目の前で笑ってくれる日々。
 愛しい人たちに囲まれているだけでも幸せなのに、こうして無条件に愛情を与えてくれて…。
 もしも、この幸せが明日崩れてしまうというのなら、今、この瞬間、命が尽きて欲しいと思う。
 大げさではなく、本当にそう思う。
 幸せが怖いのではなく、この幸せがいつか消えてなくなるかもしれない、ということが怖いのだ。

 ふと、視線を感じて目をパチクリさせると、クラウドがジッと見つめていた。

「な…、なぁに、クラウド?」

 その視線にドギマギすると、クラウドは苦笑を浮かべた。

「いや、ティファの方こそ」
「え…?」

 意味が分からなくて小首を傾げる。
 クラウドは苦笑からいたずら小僧の笑みになると、身を乗り出すようにして頬杖をついた。

「ティファがあんまりにもジッと見てくるからなにか言いたいこととかあるのかと思ったんだけど」
「んな!」

 真っ赤な顔をして「見てません!」と言うと、「じゃあ無自覚なのか?」とからかわれた。
 唇を尖らせて「バカ」と言うと、「バカで結構。その分ティファがしっかりしてるからな」とまた笑われた。

「さて、じゃあ続きしようか」

 赤い顔をして心臓がバクバクしているティファに一瞬、とても優しい眼差しを向けたクラウドは、ケーキを平らげた子どもたちへ声をかけた。
 素直な2人が元気に返事をして空いた皿とカップをカウンターへ運ぶ。
 その僅かの間、クラウドはそっと屈み込むとティファの耳元へ唇を寄せた。

「ご馳走さん。今夜の料理も期待してる」

 ゾワリ、と鳥肌が立つような色っぽいその声音に、ティファの胸の奥が震える。
 顔を上げると優しい笑み。
 目が吸い寄せられるようなその笑みに釣られてティファも笑みを浮かべた。

「まかせといて」

 思わず立ち上がったティファにクラウドは喉の奥でクツクツと笑った。
 その背を見送りながらドキドキする胸を押さえ、ティファはやっぱり幸せだなぁ…と思った。

 本当によく笑うようになったと思う。
 あんなに無表情な人だったのに、なにがきっかけだったのだろう?
 考えてみるが、残念ながら思い当たらない。
 思い当たらないということは、しっかりクラウドの事を見れていなかったということではないだろうか?と思って少し落ち込む。
 しかし、ならば…と思うのだ。
 これから先、クラウドに起こる変化を見逃さないようにずっと見ていよう…と。
 これまでの変化のきっかけを見過ごしていた分、しっかりと見ていて見過ごさないようにしよう…と。
 これから先もクラウドの傍にいることは多分許されているのだから。

 だがティファは気づいていない。
 クラウドが本当に良く笑うようになったきっかけは、彼女自身なのだ…ということに。
 いつも、疲れて帰ってきても必ず穏やかな空気を彼に与えていたからこそ、クラウドの心の鎧が少しずつ少しずつ、剥がれていったのだ。
 それを知っているのは、ティファ以外の周りの人間と当の本人。
 いつも自分自身の評価が低いティファは、恐らく本人に言葉にされないと分からないだろう。

「クラウド~。伝票整理、終わったぞ~」
「クラウド、写真の整理もこんなもんでいいかなぁ?」

 は~、やれやれ肩こった、と言いながら肩を揉むデンゼルと、嬉しそうにアルバムを掲げているマリン。
 2人にクラウドはカメラの手入れ作業をの手を止めて顔を上げた。
 
「ありがとう、2人とも」

 穏やかなその横顔にカウンターで夕飯の下準備を始めていたティファの手が止まる。
 クラウドの良いところは沢山あるが、その1つが目の前で広がっていた。

 子供たちを変に子供扱いせずに真っ直ぐな瞳を注ぎ、その労を労(ねぎら)っている。

 今も、ちゃんと子供たちの仕事の成果を真正面から見て、『子ども相手なお礼』を口にしていない。
 きちんと『対等な人としての相手』としてお礼を言う。
 猫可愛がったり、子ども相手だからといって大げさに喜んだり…、そういう『子ども相手』な態度をしない。
 勿論、それが世間一般の他の子供たちにとって良い態度とは一概に言えないと分かっている。
 しかし、デンゼルとマリン相手の場合はクラウドのような態度こそが相応しい。
 幼いながらもきちんと自立した部分を持っている子供たちには、世間でいう子ども相手の態度は失礼に値するだろう。
 クラウドがきちんと『対等な相手』としての態度を持って接してくれるのが2人にはとても嬉しくて、とても誇らしいことなのだ。
 だから、2人は無条件にクラウドを愛しているし、子供たちの愛情はクラウドに真っ直ぐ届いている。

 血の繫がりを持たない3人の間に『家族』という絆をもたらせてくれている理由がここにある…とティファは思っている。
 そして、そんなクラウドの傍にずっといたい、と強く願う。

 クラウドとギクシャクしていた頃、どう接したら良いのか分からず戸惑い、苛立ち、そして寂しいと胸を痛めながらも、それでもクラウドの傍から離れることは考えられなかったのだった…と当時を振り返る。
 それが何を意味するのか、今になってようやく分かってきた。

 結局、あの頃から自分は何一つ変わっていない。
 ずっとこの人の傍にいたいというのが心の奥底に根付いている根本的な願いなのだ。
 そうしてこれから先の人生、離れることなく、辛い時には寄り添って、嬉しい時には一緒に笑って生きていきたい。
 どんな時でも、良きにつけ悪しきにつけ、彼の変化を一番最初に感じていたい。

 そこまで考えて、ティファはハッと我に返った。
 クラウドがまた、何か含みのある微笑みを浮かべて自分を見ている。
 慌てて視線を手元に戻し食材を切る作業に戻ったが、そんな自分にクラウドがおかしそうに笑っている気配がする。
 それが恥ずかしくてたまらない。
 どうもこう…、クラウドを見ているとあっという間に自分の思考の世界に引きずり込まれてしまうようだ。
 頭の中で願望やクラウドへの語りかけがどんどん湧いてきて止まらなくなる。
 恥ずかしすぎる思考を読まれているようで、これ以上視線を注いで欲しくないくせに、いざ外されるとちょっぴり寂しくて窺うようにそっと視線を上げてしまう…。

 クラウドは子供たちに強請(ねだ)られるようにして手を引っ張られていた。

「ティファ、ちょっとフェンリルで走ってくる」

 振り返り様にそう声をかけ、ティファの返事を待たずにクラウドは子供たちに引っ張られてドア向こうへと消えてしまった。
 窓へ目をやると、ほどなくしてデンゼルをフェンリルの前に乗せたクラウドが現れた。
 順番待ちをしているマリンに笑顔を向けるとアクセルを噴かせる。
 そして、ワクワクしているデンゼルに何か言うと、愛車を発進させた。
 マリンがそれを背伸びしながら見送った。

 やがて、エンジン音が徐々に大きくなったかと思うと興奮でキラキラ目を輝かせているデンゼルを乗せたフェンリルが帰ってきた。
 はしゃぐようにしてバイク上のクラウドへ駆け寄るマリンに、デンゼルをそっと地面に下ろしたクラウドが腕を伸ばした。
 そして、軽々と抱き上げフェンリルの前へ座らせる。
 満面の笑みを浮かべているデンゼルに見送られてクラウドはフェンリルを発進させた。
 その『家族』の姿に、ティファは幸せのため息を吐いた。

 本当にこんなに幸せでどうしよう?
 それなのに、まだまだ欲しい、と思ってしまう自分の欲深さに眩暈を覚える。

 もっと、彼の傍にいたい。
 もっと、彼の声を聞いていたい。
 もっともっと、その瞳を…希少価値のある彼の微笑みを独占したい。
 そう、子供たちに向けてられている笑顔ですら、ちょっぴり嫉妬してしまう…。

「ティファ?顔赤いけど大丈夫か?」
「うひゃっ!?」

 いつの間にかまた、クラウドのことを考えてボーっとしていたティファに、カウンターへ身を乗り出すようにして当の本人が少し心配そうに覗き込んでいた。
 慌てて首を振って、しどろもどろ誤魔化して、料理の続きに戻ったティファを子供たちは不思議そうに小首を傾げたが、クラウドはちょっと意地の悪い笑顔を浮かべた。
 しかし、結局そのままティファをからかうことなく子供たちを伴って2階に引き上げたのだった。
 遠ざかる足音にホッとするやら、少し寂しいやら…。

「もう…ほんっとうに私ったらバカなんだから~…」

 1人頭を振り振り、今度こそちゃんと料理に専念した。

 その気持ちの切り替えのお陰か、その日の夕食はいつも以上に好評だった。
 今日と言う日のために何日も前から考えていた夕食は、子供たちの笑顔を最大限にまで引き出し、言葉のボキャブラリーの少ないクラウドから賞賛を何度も口にさせた。


「ありがとう、ティファ。これ以上ない誕生日プレゼントだった」

 夜。
 寝室で2人並んでベッドに腰掛ける。
 それはいつも寝る前に交わしている大事な時間。

 今日、クラウドは誕生日だった。
 しかし、ティファはちょっとだけ不満…というか不安だった。
 それを感じているからなのか、クラウドがストレートに謝意を伝える。
 ティファが不安に思っている理由、それはティファと子供たちのプレゼントだ。

『モノはいらない。なにかくれるって言うなら、みんなの時間を俺にくれないか?』

 誕生日前にクラウドはそう言って、何かプレゼントしようと考えていたティファたちに釘を刺した。
 デンゼルとマリンは少ない小遣いを出し合って何かプレゼントしようと思っていたようだったので、クラウドのこの申し出に面食らいながらも喜んでいた。
 だから今日、子供たちがクラウドへしたプレゼントは『お手伝い』。
 一日中、遊びにも行かないでクラウドの傍でベッタリ張り付き、一緒に時を過ごした。
 これは、クラウドへのプレゼントと言うよりはクラウドから子供たちへのプレゼントだ。
 日頃、構ってやれない彼なりの気遣い。
 こんな風に心を配れる彼が愛しい。

 ティファのプレゼントは『手料理』。
 これはクラウドから直接要望されたことだった。
 正直、何も買わないでプレゼントをどうしたら良いのか分からなかったのでティファとしては助かっていた。
 しかし、手の込んだ料理をしたとは言え料理自体は毎日していることだからあまり特別と言う感じがしない。
 だからこそ、ティファは不安に感じている。
 クラウドが本当に喜んでくれたのか…、充分満足してくれたのか…それが気になっていた。
 しかし、その気持ちを汲んでくれたかのようにクラウドは言葉をくれた。

 ティファは本当に嬉しかった。

「でもな、ティファ。実はもう1つティファから欲しいものがあるんだ」

 ドキッとして魔晄の瞳を見つめる。
 やはり、料理だけじゃあプレゼントとして不足していたのだろう?
 しかし、どうしたら良かったのだろう、なにをしたら彼は満足してくれたのだろうか?

 不安に瞳を揺らめかせるティファに、クラウドは甘やかに微笑みながら顔を寄せた。

「ティファ、俺の好きなところ…言ってくれないか?」
「え!?」

 思わぬお願いに素っ頓狂な声が上がる。
 瞬時に真っ赤になって身体を引かせ、「そんなの無理!」と咄嗟に否定したティファに、クラウドはなおも身体をにじり寄せると、
「頼む。ティファの口から聞きたい」
 耳元で睦言を囁くような声音で強請った。
 いつの間にか彼の腕が腰に回って逃げられない。
 もう片方の手で頬に添えられ、顔もそらせない。

「どうしても…ダメか?」

 神秘的な魔晄の瞳に見つめられると、まともにものが考えられなくなる。
 抗う気持ちでさえこの瞳を前にするとスーッと溶けてしまう。

「あ……う……」

 口をパクパクさせるティファに、クラウドは口元を綻ばせたままじっと待っていた。
 だから…。

「誠実なところ…。真面目なところ…。優しくて…温かくて…傍にいるととても安心出来るところ…。約束はちゃんと守ってくれて、でも、お仕事とかでどうしても守れそうにないときはすごく謝ってくれて、私や子供たち以上に約束守れなかったことを気にしてくれるところ…」

 最初はポツポツと。
 次第に熱を帯びて…。
 枷が外れてしまうと止まらない奔流となって言葉が溢れてくる。
 だから…。

「時々私たち家族以外に見せてくれる優しい笑顔が好き。子供たちを抱き上げるときの横顔や仕事の電話を請けている時の真摯な姿が好き。仲間の皆に絡まれてちょっと困ってる顔が好き。でも一番は…」

「私と2人だけの時に見せてくれる……その顔が好き」

 息を止めてティファの言葉に聞き入っているクラウドを更に至福へと押し上げる言葉を紡ぐ。

「誰にも…見せたくないって…、私だけのものにしたいって…そう思ってる…。いつも」

 手を伸ばしてクラウドの頬に触れる。
 ピクリ…とクラウドは震えたがそのままジッとティファを見つめ続ける。
 ティファもクラウドを見つめる。
 恥ずかしさを感じているのに、それ以上に溢れてくる感情に支配され、触れずにはいられなくなる。
 この感情を表すに相応しい言葉とは…?

 そんなもの、1つしかない。


「愛してるわ…クラウド。誰よりも…本当に心から」


 魔晄の瞳が見開かれた。
 それをティファは見つめながら、溢れてくる思いが涙腺を刺激されて滲んでしまうのを勿体無い…と思っていた。


「本当に…大好き。愛してる…、愛してるの、クラウド」


 ふいに腰に回っていた腕に力が込められ、強く抱きすくめられた。
 押し付けられたクラウドの胸から彼の鼓動が聞こえる。
 早いその音にティファの胸も高鳴った。


「………もう俺、今すぐ死んでも良い」


 耳元で囁かれたその言葉は微かに掠れていて、ティファの涙腺をより一層刺激した。
 愛しくてたまらない、と言わんばかりにクラウドの手がティファの髪や背、うなじ、腰を這い回る。
 触れられるところから熱を灯され、身体の奥底から情熱が溢れてくるようだ。


「愛してる…ティファ。キミだけを…誰よりも」


 呼吸が止まりそうな告白に、ティファはいつしかクラウドの背に回していた腕に力を込めた。
 顔だけをそっと離し、吐息がかかる距離で見詰め合う。
 いつしか涙が止まり、代わりに陽の光のような笑顔を浮かべたティファをクラウドは眩しそうに見つめた。
 細められた魔晄の瞳にうっとりとするティファに、影が降りる。
 目を閉じると唇に情熱が押し付けられ、呼吸が苦しくなりそうしまたそっと顔を離す。
 そうして2人、微笑み合いながらゆっくりとシーツの波に身を委ねると、カーテンの隙間から差し込んでいた月の仄かな明かりが幻想的に寝室を彩っていることに気づいた。
 そしてまた、どちらからともなく唇を寄せ合い、熱を交わして愛を囁く。

 その宵、クラウドにとって人生最良の誕生日となったことは言うまでもない。


 愛してる。

 生まれてきてくれてありがとう。

 これからもずっと、傍にいさせて…。

 私の全てに触れて欲しいのはあなただけ…。

 だからお願い。

 あなたの全てを私に見せて…。

 あなたをこれからもずっと愛していたいから…。



 あとがき

 クラウド、お誕生日おめでとう!
 クラウドにとっての最高の誕生日って、やっぱり家族との時間だと思うんですよね。
 普段、あんまり子供たちやティファと一緒の時間って過ごせてないと思いますし。

 実は、いっそのこと『ティファと2人だけの時間が最高のプレゼント~♪』って話しにしようかなぁ…、とか思ったんですけど、やっぱり子供たちもティファに負けずとも劣らない大切な存在だと思ったので、あえてお話しはこっち方面で。
 でもでも、夜はね、やっぱりねぇ、愛しい人と2人だけで甘い時間を~…とかね~。

 なんとかクラウドの誕生日に間に合ってホッとしました(笑)
 お付き合い、感謝です!!