それは、本当にいつもと変わらない出来事だったはずなのに…。



内緒…




 いつものように開店準備を済ませ…。
 いつものように開店した。
 そして、いつものようにお客様達をお迎えして…。
 いつものように注文を取り…、料理を作る。
 いつものように料理を運び…。
 いつものようにお客様達と談笑する。
 そう。
 幾つもの『いつものように』が重なって過ぎた時間だったのに、『彼女』が来店してから『いつものように』がガラリと音を立てて変わってしまった。


 チリンチリン…、というベルの音が新しいお客様の来店を知らせ、私はドアへ顔を向け、いつものように「いらっしゃいませ!」と言おうとして、固まった。
 私の視線の先には、ふわふわした茶色い髪の若い女性が立っていた。
 一瞬、亡き親友を重ねてしまう。
 でも、すぐに彼女ではない事に気がついた。
 当然よね。
 だって、彼女はライフストリームに還ってしまったんだもの…。
 それに、親友の瞳は新緑を髣髴とさせる生命の色。
 目の前のお客様の瞳は、明るい茶色。
 うん。
 良かった…。
 髪の色と年齢が似ている事だけでも心臓に悪いのに、それ以上に類似点があったら、ちょっと…、かなり苦しいもの…。
 私は一息大きく深呼吸して気持ちを落ち着かせると、笑顔を作って漸く、
「いらっしゃいませ」
と、接客に乗り出すことが出来た。
「何名様ですか?」
 私の質問に、彼女は黙ったまま後ろを振り向いた。
 見ると、そこにはお客様にはお連れ様がいた…金髪の若い男性が。
 男性のお客様は、薄い色のサングラスをかけていて、寡黙なタークスの彼よりも、言っちゃ悪いけど、お洒落な感じのグラスだわ。
 パッと見た感じ、二人共モデルか俳優・女優のようにカッコイイ。
 ああ、もしかしたら本当にそういう職業に就いているのかもしれない。
 最近では、世界の復興も進んできた。
 それに伴い、お洒落を楽しむ余裕が人々に中にも生まれてきたみたいで、ファッション誌なんかも良く目にするようになった。
 当然、それらの雑誌にはモデルが登場するわけだけど、この新しいお客様達二人はまさにそんなファッション誌から抜け出したような洗練された身だしなみだった。
 立ち居振る舞いも、正直、このお店に来るにはちょっと品が良すぎる気がする…。
 まぁ、このお店にはとんでもない財閥のご子息とご令嬢が気軽に遊びに来てくれてるけどね。

「ただいま満席となっておりますので、申し訳ありませんがそちらでお待ち願いますか?その間、メニューをお決めになってて下さい。お席にご案内した際、すぐにご注文をお受けいたします」
 メニューを手渡しつつ、待合用の椅子へと案内する。
 女性客と男性客は無言のまま私に着いて来て、椅子に座った。
 その動作の一つ一つが、その辺の人達にはない優雅なもので、思わず見惚れてしまう。
 すると、男性が私に唐突に声をかけた。
「なぁ、もしかしてこの店、貴女一人で?」
「え?いいえ。子供達にも手伝ってもらいながらやってます」
「え?貴女、そんなに若いのにもう子持ちなの!?」
 びっくりして女性が私を見る。
 その表情は、ちょっぴり親友に似てて私は胸がドキッとする。
「へぇ、大変ね。二年前から比べたら随分良くなったとは言え、なかなか世の中安定しないものね」
 見た目からは、ちょっと近寄りがたい雰囲気が漂っていたけど、そんな私の印象はあっという間に覆った。
 男性も女性も、本当に優しい素敵な人だと感じる。

 その事で、私は更に『いつものように』から離れてしまう。

「ティファ、注文お願い!」
「あ!は〜い、今行くわ!」
 マリンに呼ばれて、私は二人に会釈をすると、カウンターへ戻った。
 正直助かっちゃった。
 何となく離れるタイミングを逃してしまった形になってたから。
 マリンから注文を聞き、その料理に取り掛かった後でも、私の視線は気がつけば店のドア近くに吸い寄せられていた。
 そう、来たばかりの二人の新顔のお客様に…。
 遠目からだと、二人の姿は親友と『彼』に見えてくる。
 約二年前の旅でよく見かけた光景に重なって見える。

「ティファ!!焦げてる!!」
「え?キャッ!!」
 ボーっとしていたらしくて、気が付いたら私の握っていたフライパンの中では、魚のムニエルが無残な事になっていた。
 大慌てでフライパンを洗いにかかり、店内に充満しつつある焼け焦げた匂いが広がらないようにする。
「おいおい、大丈夫か?疲れてるんじゃないのか?」
「ティファちゃんが料理失敗するなんて、よっぽど具合悪いんじゃない?」
 次々と常連さん達が心配そうに声をかけてくれる。
「本当に皆さん、心配かけてごめんなさい。何だかボーっとしちゃったみたいで…」
「ティファ、今日はもう看板出す?」
 デンゼルとマリンが心配そうにカウンターに入ってきて小声で言った。

 看板を出す=閉店するという事。

 でも、まだ店の外には列を作って待ってくれている人達がいるし、何よりも私がボーっとしてしまったのは体調が悪いせいじゃないもの。
「大丈夫よ、ごめんね、心配かけて」
 子供達に謝りながらも、気になるのは新顔のお客様。
 そっとカウンターから盗み見てみるけど、こちらの騒ぎには気付いていないのか、それとも興味が無いのか、二人の会話に没頭していた。
 その光景が…。
 更に旅の頃に重なってしまう。
 そして、その頃に味わった感情に胸が支配されそうになる。

 私って馬鹿ね…。
 もう、彼女はいないのに…。
 あそこにいるのは、今夜初めて来た、ただのお客様なのに…。

『ズルズル、ズルズル』『いつまで引きずってるんだぞっと』
 私とレノの言葉が頭に響く。
 フフ、私だって十分引きずってるくせに、エラソーな事言っちゃったなぁ。
 今頃、必死になって帰宅途中にある彼を思い起こして、少し気が軽くなった感じがする。
 私は、心配そうな顔をしたままじっと私を見ている子供達と常連さん達に微笑んで見せると、
「大丈夫大丈夫!こう見えても頑丈だから!!」
と、努めて明るく笑って見せると、出来上がっていた煮物の方の料理をデンゼルに、蒸し物の料理をマリンに渡し、それぞれテーブルに運んでくれるように頼んだ。

 やがて時間は『いつものように』あっという間に過ぎ、気付けば勘定をして店を後にするお客様も出てきた。
 そうして、漸く今夜の新顔のお客様達がテーブルに着ける事となった。
 マリンが看板娘の名に恥じない笑顔でメニューを聞き、私に伝えてくる。
 それらの料理をカウンターの中で仕上げながら、自然と寄り添う二人に目が釘付けになってしまった。
 二人は、カウンターから一番離れたテーブルに着いている為、カウンターからだと当然何を話しているのか全く分からない。
 でも、とても楽しそうに話しているのだけは、顔が見えるので良く伝わってくる。


『ねぇ、クラウド。疲れたからあそこで休憩しましょうよ』
『ああ、そうだな』
『ああ!私が言った時は無視したくせに、エアリスの言う事なら聞くのかよー!!』
『お前の場合は、まだいくらも進んでなかっただろ!?』
『ふーんだ!どうせ、クラウドはエアリスに甘いんだから!ケッ、この贔屓チョコボ!!』


 唐突に、旅の時にいつも聞いていた会話が鮮明に脳裏に響いてきた。


 あの頃の私は、クラウドが本当の幼馴染のクラウドなのかな…、ていう不安もあったし、何よりも、クラウドがエアリスの花が咲くような笑顔に惹かれているのを知ってたから…。
 うまく二人の会話に飛び込むユフィを羨ましいって思ってた。
 その頃の私は、ただ話しかけられたら返答してただけ…、だった気がする。
 勿論、二人が一緒にいなくて別々の時には話し掛けることも簡単に出来たんだけど、二人が一緒にいる時は、いつも二人から数歩遅れて二人の様子をただ、見てただけ…。


「マリン、この料理、あのテーブルによろしくね」
 ボーっとしながらも、先ほどと同じ失敗をしないように注意を払い、私は例のお客様の注文を次々仕上げていった。
 料理を仕上げている間も、他のお客さん達と談笑している時も、私の意識は二人の新顔さんにどうしても向いてしまう。
 勘の鋭いマリンが、何か言いたそうな顔をしているのが分かる。
 そんなマリンに、無理に笑ったとしても逆に心配させるかもしれない。
 でも、今は仕事中。
 笑顔で接客は基本中の基本。
 だから…。
「はい、マリンはこれ、デンゼルはこっちをあそことあそこのテーブルに運んでくれる?」
 作った笑顔を子供達に見せるしかなかった…。



「ティファ、もうお休みしたら?」
「そうだよ。何か今夜のティファ、変だもん」
『いつものように』子供達を部屋に戻す時間になった時、子供達が真剣な眼差しで訴えかけた。
「大丈夫よ。ごめんね、心配かけて…」
「大丈夫じゃないから言ってるの。だって、ティファったら今夜だけで一年分くらいの失敗してるんだもん!」
「マリン、声がデカイ」
「あ…!」
 カウンターの中でひそひそと話していた声は、私の一言であっという間にいつものマリンに戻してしまった。
 思わず大きな声を出してしまい、お客様の何人かがこちらへ顔を向ける。
 そのお客様達に苦笑して見せると、私は子供達に向き直った。
「心配かけて本当にごめんね。でも、体の具合が悪いんじゃないの。ちょっと昔知ってた人に似てたから、懐かしくて…。それでボーっとしちゃったの」
 私のこの説明で、デンゼルは納得してくれたみたいだけど、マリンは中々信じられないという顔をしていた。
 
 この説明は、別に嘘じゃないよね?
 ちょっと、遠まわしに言っただけだもんね?


「さ、もうお休みなさい。明日の朝にはきっと、クラウドと一緒にご飯が食べられるわよ」
「あ!そうだったな。クラウド、今夜遅くに帰って来るんだったっけ」
「うん。明日寝坊して一緒にご飯食べられなくても知らないわよ?」
「うえ!?起こしてくれないの!」
「今ちゃんと寝た上で、寝坊したら起こしてあげる。でも、今寝ないで寝坊したら起こしてあげないわ」
「え〜!ティファ、性質悪い!」
「ホラホラ。だから、ちゃんと寝なさい。子供のうちには睡眠が大事なんだから」
「ちぇ〜!」
 デンゼルは口を尖らせながら階段に向かったけど、マリンはまだ何か言いたそうな顔をしていた。
 でも、結局デンゼルに促されて渋々子供部屋に上がって行った。

 あ〜あ、卑怯な事しちゃったな。
 クラウドの事を持ち出したら、絶対に言う事聞くって分かってたもん…。
 本当、私ったら嫌な大人ね…。
 でも、私自身が良く分からないこの感情を、子供達にどうやって説明しろと言うのかしら…?
 そんなの、無理に決まってるわよね…?


 子供達が部屋に戻ってからは、私独りで店の切り盛りをするので、ここからは本当に忙しい。
 独りで注文を聞き、料理を作り、空いた皿を下げ、洗い物をする。
 子供達が手伝ってくれてるのが、本当に大助かりだと実感する時間でもある。

 カウンターの中で半ば走り回っているような私は、何となく視線を感じてそちらをそっと窺った。
 そこには、新顔のお客さん二人が何とも言えない顔をして、私を見つめていた。
 何だか、その顔はとっても同情している様に見えて、どうにも居心地が悪くなる。
 そんな中、時間はどんどん経っていき、やがて新しいお客様が来店する事もなく、後は店内のお客様が帰られたら閉店出切る、という頃合になってきた。
 そこで私は、そっと店のドアの外側のノブに、閉店の看板を吊るした。
 これで、万が一、新しいお客様が来ようとしても、入って来る事はできない。
 いつもよりも時間は早いけど、ちょっと気疲れしちゃったから、もう休もうと思うの。
 良いよね…、たまには…。


「すみません、お勘定お願いします」
 例のお客様が席を立った。
 伝票を持ってお客様達のテーブルに向かう。
 何となく、緊張してしまうのは何故かしら…?
 ぎこちなくなりそうな自分を叱咤し、私は『いつものように』笑顔で会計を行った。
 勘定を払う時、女性がそっと私に話しかけた。
「ねぇ、貴女」
「はい?」
「この仕事、辛くない?」
「え?」
 どこか、親友を思わせるような心配している口調で、私は思わず何度目かの既視感に襲われた。
「いえ。とても楽しく働かせてもらってます」
「でもな〜」
 今度は男性が話しかけてきた。
 金髪であると言う事と、背格好がクラウドに似ている事から、ドギマギしてしまう。
「貴女はこんなに綺麗なのに、それを生かさないでこういうお酒のお店をしてるだろ?それって、物凄く勿体無いと思うんだ」
「そうよ!もっと、自分の魅力を生かせる仕事、貴女ならするべきだと思うわ」
「え…」
 彼と彼女の言葉に、私は何も言えなかった。
 言われている事は、要するに私はこの店で働かずに何か別の事をするべきだと言っているのだろう。
 でも、それって一体…、何をすれば良いって言うの?
「俺達、雑誌のモデルしてるんだけど、貴女も一緒にどう?」
 彼の言葉に、私はびっくりして目を見開いた。
 ああ、彼と彼女がモデルしてるかもしれない…、って考えた私の眼は確かだったわね。
 でも、どうして私なんかがモデルになれるって言うのかしら…。
「あはは、そんな、無理ですよ、私には」
「まぁ、何言うの!貴女くらい素敵なら、絶対に凄いモデルになれるわ!それが勿体無いのよ、こんなお店で働いているのが」

 こんなお店…。

 ああ、そうかもしれないわね…。
 確かに、治安は悪いから性質の悪いお客さんが来たりするけど、それも、得意の格闘術で何とかなってきた。
 でも、そんな事知らない人だと、『こんなところでこんな店』って思っても仕方ないわね。
 でも…。

「ごめんなさい。この店は、エッジの復興に一生懸命頑張ってる人々の憩いの場になれば…、そう思ってやってるんです。だから、私にとってとても大切なんです。これからもこの店を家族と一緒にやっていけたら…。それが私の幸せです」
 私の言葉に二人はバツの悪そうな顔をした。
「ごめんなさい、こんなお店だなんて言って…」
 申し訳なさそうに謝罪する女性の姿に、彼女が重なる。

 お願い。
 最後まで彼女と重なる事をしないで…。

「本当に申し訳ない。悪気は無かったんだ…」
 彼女の隣で、彼女の肩を抱きながら男性も頭を下げる。

 お願い。
 そんな容姿で、彼女の肩を抱いて、彼女の過ちは自分の過ち…、みたいな事をしないで…。

「いいえ。気になさらないで下さい。では、ご来店有難うございました」
 無理に営業用の笑顔を張り付かせる。
「本当にすみません。あ、でも…」
「はい?」
「失礼とは思うんですが、やっぱりモデルの件、冗談ではないんです。考えてみて下さいネ。だって、今しかないじゃないですか、モデルが出来るのって。大切なお店をこれからも大事にされる気持ちはとっても素敵だと思いますけど、もっとお洒落しましょうよ?私達、きっと年も近いでしょう…?それなのに、お洒落が出来ないっていうのが、本当に勿体無いです。そんなにお綺麗なのに…」



 お洒落しましょう…か。

 彼女の帰り際に言われた言葉を頭の中で反芻する。

 フフ、エアリスもそう言ってたな。
 本当に…。
 いやね…、私…。

 ありもしない幻想が頭から離れない。
 もしも…。
 もしも、エアリスが生きていたら…。
 今頃、私達の関係はどうなっていたんだろう…。
 私は…、二人をちゃんと祝福できていただろうか…。


 二人が帰ってから程なくして、店は閉店した。
 閉店後の片付けもノロノロとしてはかどらない。
 大きく溜め息をつくと、店の時計に目をやった。
 クラウドの帰宅予定時間まであと一時間。
 彼が帰って来るまでに、このもやもやした気持ちをどうにかしないと…。
 疲れて帰ってくる彼に、余計な心配かけたくないし…。
 それになにより…。
 こんなにも醜い感情を知られたくないもの。

 ねぇ、クラウド。
 こんなにも醜い私を知った時、あなたはどうする?
 軽蔑する、呆れる、それとも…。
 別れる?
 また家を出て行ってしまう?
 フフ、もうそんな事はしないわよね。
 そう約束してくれたものね。
 あなたは約束を必ず守る人だものね。

 クラウドが帰るまであと一時間を切ってしまった。
 早く、早く帰ってきて。
 いつもの微笑を私に見せて。
 でも、その笑顔を見る為にも、あなたが帰るまでに早くこのどす黒い気持ちを洗い流さなくっちゃ…ね。
 
 クラウド…。
 ごめんね。
 今夜の私の様子は、きっとデンゼルとマリンからあなたの耳に入るでしょう…。
 でも、絶対に教えられないわ。
 ごめんね。
 まだ、私の中であの頃の気持ちが整理出来てないの。
 これから先も、もしかしたらそんな日なんか来ないかもしれないけど…。
 それでももし、きちんと整理が出来たら、その時は言うから…。
 だから…。


 今は、内緒…。




あとがき

突発的に思いつき、勢いだけで書いた暗いお話です(汗)。
う〜ん、何となくティファって余裕が出来たら、自分をじっくり振り
返って落ち込みそうなタイプのような気がします。
周りの人の事は誰よりも理解して受入れるのに、
自分の事になると全然駄目!みたいな(苦笑)
でも、こんなティファも愛してますvvv