「もういっぺん言ってみろ!!」

 クラウドの怒鳴り声に、子供達はビクッと身をすくめ、彼の恋人は負けじと睨み返した。




想いが深ければ深いほど…





 クラウドが帰宅した時に目にした店内は…。
 別にいつもと同じ光景だった。

 酔った客がティファにしなだれかかるようにして絡み付こうとして、それを彼女は笑いながら上手にかわす。
 その様子に周りの客達がドッと笑い声を上げてはやしたてる。
 子供達も笑っている。
 ティファも……笑っている。

 いつもと変わらない光景。

 だが…。

 その時のクラウドには……。



 我慢出来ないものだった。



 必死に止めるティファを押しのけ、絡んでいた男性客を殴り飛ばした。
 それだけでは止まらず、あろうことか騒然とする客達を半ば脅すようにして追い出してしまったのだ。

 今まで見たこともないクラウドの形相に、顔馴染みの客達も背筋を凍らせ、命からがら…というようにセブンスヘブンを後にした。
 残されたのは、あまりの出来事についていけない子供達と沢山残った料理、汚れた皿。

 そして…。



 怒り狂うセブンスヘブンの店主。



「クラウド!お客様にあんなことするなんてどうかしてるわ!!」
「なに言ってる!?ティファこそどうかしてるんじゃないのか、あんなに酔っ払いに絡まれたりして…!おまけにそれを見て周りの客達は笑ってるときてる!それを止めて…、怒って…、何が悪い!?」
「何が悪いって……本気で言ってるの!?見てたでしょ?あんな酔っ払った人くらいで私がどうこうなるわけないじゃない!それを他のお客様も分かってるから笑ってたんでしょう!?」
「分かってるから笑ってた…だと…?じゃあなにか?ティファは『腕っ節が強いから、酔っ払いに絡まれても安心して見ていられる見世物』ってことか!?」
「な…!!見世物!?」
「見世物じゃなけりゃ、酔っ払いが絡んできてもそれを笑って上手くあしらう『娼婦』ってところか!!」
「!! クラウド!!!!」

 パァンッ!!

 乾いた平手打ちの音に、ビクビクと二人のやり取りを見ていた子供達がビクッと身を竦ませた。
 クラウドの上体が微かに右へ揺れる。
 ティファがハッと我に返って自分の右手を押さえ、目を見開いてクラウドを見上げる。
 クラウドの前髪がハラリ…と揺れて表情を隠した。

 ティファは自分がしてしまったことに、酷く衝撃を受けていた。
 まさか、引っ叩く(ひっぱたく)とは自分で自分が信じられない。
 咄嗟に出てしまった行動に、後悔が津波のように押し寄せる。

「あの……クラウド…」

 顔を逸らして俯いているせいで、前髪が邪魔をして表情が見えない。
 先ほどまでの怒りがウソのように消え去り、胸を占めるのは目の前の愛しい人への悔恨の念だけ…。

「クラウド…」

 ごめんなさい。


 そう続くはずの言葉は、


「勝手にしろ」


 冷たい言葉によって遮られた。

 子供達が再びビクッと身を竦ませたのが視界の端で見えた。
 しかし、子供達を労わってやれるだけの余裕はなかった。
 クラウドの冷たい言葉が、ティファの身体から自由を奪う。
 息を詰めてガチガチに固まり、身動き出来ない。
 そんなティファと子供達をチラリと見る事無く、クラウドは踵を返した。
 そうして足音も荒くドアへ向かう…。


 チリンチリン…。


 荒々しく閉ざされた店のドアの音と共に、ドアベルが空虚に響き、その音でティファは硬直している状態から解放された。
 慌てて駆け出しドアを開ける。

「クラウド!!」

 夜気にティファの悲鳴のような呼び声と、フェンリルのエンジン音が響いて……消えた。







「くそっ!!」

 苛立ちが収まらないまま、滅茶苦茶に愛車を走らせて、気がついたらカームにまでやって来ていた。
 もう夜も遅い。
 よくもまぁ、こんな時間に荒野を走ってモンスターに遭わなかったものだ…とクラウドはほんの僅かに残っていた冷静な部分でそう思った。
 しかし、思考の大部分は……。

「……はぁ…」

 ティファの泣き出しそうな顔と、怯える子供達。
 自分が何をしてしまったのか、今更ではあるが悔やまれる。
 だが、どうしても我慢出来なかった。

「…家族を捨てた過去を持つ俺には……嫉妬する資格すらないってことか……?」

 カームの安宿に滑り込み、簡素なベッドに身を横たえてボソッと呟くと、より一層罪悪感と惨めさが押し寄せてきた。


 ― クラウドさんは良いよなぁ ―
 ― やっぱ、ジェノバ戦役の英雄のリーダーだけあって、なにやっても結局は許されるんだよなぁ ―
 ― あ〜あ、羨ましいねぇ ―
 ― こんな仕事、本当はしなくても良いんじゃないの〜? ―
 ― もっとラクに稼げるだろうにさぁ ―
 ― やっぱりあれかなぁ、『僕、反省してます』みたいな姿を世の人々に見せとかないと〜ってこと? ―
 ― ティファさんもティファさんだよねぇ ―
 ― あんだけ美人で良い身体してるんだから、そりゃあ店も大繁盛だって ―
 ― そりゃ、そうだよなぁ ―
 ― 俺も酔っ払った振りして色々触ってみてぇ ―
 ― あ〜、俺も俺も! ―
 ― 普通の状態なら相手されなくても、客だったらある程度容認されるだろうしなぁ ―
 ― クラウドさんもまさか客相手に乱暴は出来ないだろうし〜? ―


 昨日、今日のことではない。
 ここ数週間、配達の依頼を請けてはコソコソと聞えてくるやり取り。
 堂々、面と向かって言われているなら反論のしようはある。

 ……いや…。
 本当は…ない。

 自分が家族を捨てた過去は変えられない。
 それに、ティファが客相手に手を上げないことも…事実。
 そしてそれを、クラウドにもお願いしていることも…事実なのだから…。

『お客様だもの、手は上げないで…?』
『私なら大丈夫よ。クラウドも私の腕、知ってるでしょ?』
『平気よ。そりゃ、中にはイヤな酔い方して絡んでくる人もいるけど、そんな人ばかりじゃないもの』
『だから、心配しないで…?』

 ニッコリ笑ってそう言われていたから…今まで我慢してきた。
 流石に酷い言葉を吐かれていた時には間に入ったし、店の外に放り出したこともある。
 そんな時、ティファは決まって『平気だ』『お客様だから』…と、そう言うのだ。

 そういう問題ではないのに…。

 彼女のことが大事だからこそ、腹も立つし、嫉妬もする。
 それなのに、ティファはクラウドのその気持を知ってか知らずか、必ずたしなめるような言葉を口にした。
 クラウドも、最近ではその言葉を聞くのがイヤで、黙って知らない顔をするよう努めていた。
 だが…。

 今夜はもう限界だった。

 愛している人に他の男が絡んでいるのを見て、平静でいろ。
 そう言われて素直にそうなれる男がこの世の中にいるはずがない。
 想う気持が深ければ深いほど、それは困難になるし…不可能になる。


「くそっ!!」


 ボスッ!

 枕を殴りつけて、そのままうつ伏せになる。
 目を閉じても浮かぶのは子供達の怯えた顔と…。

「ティファ…」

 傷ついた顔をした……愛しい人。

 傷つけたいわけじゃないのに。
 大事にしたいのに…。
 大切に…大切にしたいだけなのに…。

「くそっ……」

 ギュッと目を硬く閉じて、そのままクラウドは身体を丸く縮こませ、慣れない簡素なベッドで夜を明かした。







「大丈夫よ、きっと帰って来るから」

 翌日。
 空元気に笑うティファの声が白々しく食卓に着いた子供達に向けられた。
 いつもならそれに合わせて笑うだろう二人は、浮かない顔をしたまま黙って一つ、小さく頷いただけたった。

 昨夜の衝撃が小さい子供達には大きすぎたのだろう。
 俯いたまま顔を上げないデンゼルとマリンにティファは無理に微笑むと、食事を促しつつ自分もパンを齧った。

 酷く…味気なくて……不味い。
 だが、ここで自分までもが落ち込んでも仕方ない。

 一晩眠れずに携帯を握り締めていたティファには、キツイ朝。
 だが、それを子供達に見せまいと、ティファは元気だという演技を続けるしかなかった。

「ティファ…」
「なぁに?」

 重苦しく居心地の悪い朝食を終え、後片付けを始めたティファに、ようやくデンゼルが口を開いた。
 明るく振り返ると、酷く真剣な眼差しをした少年がティファをジッと見上げていて、内心で怯む。
 それを出さないように軽く息を吸い込んで軽口を叩こうと、口を開く前に…。


「ティファ、クラウドの気持も分かってやって…」
「え……」


 大人びた言葉が少年の口から発せられた。
 戸惑うティファに、デンゼルが続ける。

「ティファは…確かに強いよ。並大抵の男の人だったら絶対に勝てない。でもさ、そんな問題じゃないんだよ」
「…デンゼル…あの…」
「クラウドはさ、口下手だから上手く言えないけど、ティファの事、本当に大事に想ってるんだ」
「…あの…」
「大事に想ってる人が酔っ払いとは言え、他の人に絡まれてたら……いい気はしないよ」

 決して大きな声ではないのに、その言葉が酷く大きく聞えて、ティファは口をつぐんだ。
 息をする事すら忘れてジッとデンゼルを見つめる。
 そのデンゼルの隣にそっと寄り添うようにしてマリンがやって来た。

「私も……デンゼルも……、昨日だけじゃなくて……いっつもティファが絡まれてても『大丈夫』って分かってるから笑って見ていられるけど…、でもね、クラウドはそうじゃないの」
「クラウドはティファの『恋人』だから…」
「だから、私とデンゼルみたいに『家族』の目で見ていられないの…」
「ティファだって…イヤだろ?酔っ払った女のお客さんがクラウドに絡んでたら…」

 茶色の瞳が大きく揺れる。
 ティファは言葉を失くして立ち竦んだ。

 想像してしまった。
 クラウドに想いを寄せている女性達の姿を…。
 彼女達が酔っ払ってクラウドにしなだれかかる姿を…。

 もしも…、もしも本当にそうなったら、自分は『お客様だから』と笑っていられるだろうか…?
 笑いながら『ダメですよ、お客様。飲み過ぎです』と言えるだろうか…?


 無理だ…。


 あぁ…そういうことなのか…。
 想像だけでこんなに嫉妬してしまうのに、現実に目の前で見てしまったクラウドに『お客様だから』と、酷い言葉を吐き出してしまったのだ。

 なんて……鈍感で最低な人間なんだろう…!

 こんなに小さな子供達に教えてもらわないと分からない…、気付けないなんて……。



「ごめんね!!」



 後片付けを放り出して店を飛び出す。
 外は土砂降りの雨。
 そんな中、傘も持たずにひたすら走った。

 行き先は……『教会』。

 クラウドが家出した時に身を寄せていた、『彼女』の思い出が強く残っている…あの場所。
 きっと、傷ついたクラウドはそこにいる、とそう思い込んで、ひたすら走る。
 泥が跳ねて足を汚そうが、服を汚そうが気にならない。
 更には、街を行く人達がティファの血相を変えた姿にギョッとするのも…気にならない。

 今はもう、ひたすらクラウドに会いたくて…、謝りたくて仕方なかった。

 息が上がって視界が翳む。
 それでも走る事を止めない。
 ヒュー、ヒューと喉が鳴るが、それでも走る事を止めない。
 走って、走って…。

 俊足なティファでも、ミッドガルにある教会まで、そんなに短時間で着くはずがない。
 結構な時間をかけて、それでも最後まで走り続けてようやく辿りついた教会の崩れたドアを前にした頃は、膝がガクガクとしてまともに歩けないくらいになっていた。

「……ク…、ラウド……」

 息を切らせながらドアに手をかけ、決死の思いで開く。
 目の前に広がるのは、黄色と白の花達。
 癒しの泉。
 壊れたステンドグラスと椅子達。

 それだけ。

「クラウド…」

 肩で息をしながらグルリと見渡す。
 壊れた天井から、灰色の厚い雲が覗き、そこから遠慮を知らない雨が滝のように降ってくる。

「クラウド」

 若干、息が整ったお蔭で少し大きな声が出る。
 シンと静まり返った教会に、雨の音と自分の呼吸、そして、震える声だけが響く。

「クラウド!」

 もう一度、グルリ…と見渡し、ティファはストン……と座り込んだ。
 クラウドの気配が完全にないことに気付いてしまい、力が抜け切った…。

 ここにいると信じて疑わなかったのに…。
 ここしかいる場所が思い浮かばなかったのに…。

 ここにいなければ、どこにいるのか……分からない…。
 ここにいないという事は………。


 完全に自分の前から消えてしまうことを意味している…、そうティファには思えた。


「ごめんなさい…」

 ポツリ…、と呟かれた言葉は、雨音に消える。

「ごめんなさい」

 ポロリ…、とこぼれた涙が、雨と混じって頬を伝う。

「ごめんなさい、ごめんなさい…!」

 一度こぼれたら、もう止まらない。
 何度も何度も、壊れたレコードのように謝り続け、ボロボロと涙をこぼした。
 涙なのか雨なのか分からない雫が、頬を伝い続ける。

 必死に走ってきたせいで身体にこもっていた熱は、降り注ぐ雨に晒されていたために、あっという間に冷えてしまった。
 顔を覆い、前のめりに蹲りながら、ひたすらうわ言のように謝り続ける。
 泣き過ぎてボーっとする思考の片鱗で、このままでは身体に障る、と冷静に告げる自分がいた。
 しかし、すっかり脱力してしまった身体には力が入らない。
 その気力も湧いてこない。

「どうしよう……」

 どうしよう、どうしよう!!

 クラウドがいなくなったらどうしよう!?
 クラウドが他の女の人の所に行ったらどうしよう!?
 クラウドが…私を嫌ったら…どうしよう…!?
 呆れられたら…、捨てられたらどうしよう……!!

 ぐるぐる思考は暗い方向へと向かう。

 嗚咽を洩らし、しゃくり上げながら肩を揺らす。
 すっかり冷え切ってしまった身体を雨から守るかのように、ギュッと抱きしめる。
 だが…それだけしか出来ない。
 立ち上がる気力が湧いてこない。
 立って、どうしたら良いのか分からない。
 クラウドに電話をかけたら良いのか…?
 電話で謝れば良いのか…?
 しかし、もしも着信拒否されていたらどうしよう…?
 勇気を振り絞って電話をかけて、その結果が『拒否』だったら…?

 怖くて…出来ない。
 否定されている現実を突きつけられるのが怖くて…出来ない。

 怖い…。
 怖い、怖い、怖い!!

 こんなにも怖い。
 クラウドがいなくなることがこんなにも……恐ろしい。

 ティファは、彼が家出をした頃を思い出して新しい涙がまた込上げるのを抑えられなかった。
 あの時は必死だった。
 星痕症候群に苦しむデンゼルを看ながら、店を切り盛りすることに…必死だったから。
 だから…、なんとか乗り越えられた。
 だけど…。

 一度、失ったと思った温もりが再び戻ってきてくれた喜びを知ってしまった今、もうどうしようもないほど打ちのめされてしまった。
 二度と立ち上がれない、二度と笑えないくらい…。

 こんなにも…クラウドが愛しい。
 失いたくない…。

「エアリス……助けて……助けて、お願い……助けて…」

 気がついたら亡き親友に必死に縋る言葉を口にしていた。
 雨足が、より一層強くなる。
 身体に打ち付ける雨粒が痛いほどだ。

 どれくらい蹲っていたのか…。
 服はもう既に濡れていない場所などなく、地面に座り込んでいたせいで泥まみれ。
 顔にも泥はねが沢山ついていて、いつもの凛として美しい姿からはほど遠い。
 泣き腫らした目からは涙が止まることを知らずに流れ続け、冷え切った身体を表している唇は紫色に震えている。

 水分をたっぷり含んだ黒髪が重たく顔に張り付いて、惨めさに拍車をかけているようだ。
 鼓膜を打つのは自分の無意味なうわ言と雨音だけ。
 泣き過ぎて酸素不足になった頭が、段々朦朧としてくる。
 だから。
 聞き慣れたはずのエンジン音ですら、どこか遠い世界から聞えてくるもののようで、反応出来なかった。

「ティファ!」

 呼びかけてくれた声にも、すぐに応えられなかった。


 突然、背中から強く抱きしめられて息が止まる。
 冷え切った身体を温かい腕が包み込んでくれて……心臓が跳ねる。

「ティファ!!」

 聞きたくて仕方なかった声にそのまま心臓が止まりそうになる。

「ティファ、こんなに身体を冷やして!!」

 強く抱きしめられた腕の中、無理やり振り返って……。


「クラウド…!!!」


 今にも泣き出しそうな紺碧の瞳に、プツリ…、と何かが切れた。

「クラウド、クラウド、クラウド!!」

 かじかむ腕を必死に伸ばし、首に絡ませる。
 ティファは夢中でクラウドにしがみ付いた。

「ごめんなさい、ごめんなさい!!」
「ティファ」
「ごめんなさい…ごめ……ごめんなさ……!!」

 新しい涙でまともに話せない。
 ギュッと背に回された腕が強く抱きしめてくれて、それがまたティファの涙を誘った。

「俺も……悪かった……ごめん……」
「うっく……ごめんなさ……っく……ごめ……」
「ティファ、良いから……俺が悪かったから…」

 ゆっくりと大きな掌が背を撫でる。
 冷え切った身体を温めるかのように優しく、力強く…。

 それが…嬉しくて……幸せで……。
 切なすぎて…苦しくて…。

 無我夢中でクラウドの首筋に頬を押し付け、絡めている腕に力を入れる。
 クラウドが…どこにも行かないように…。

 クラウドもそんなティファに応えるかのように、回している腕から力を緩めなかった。
 撫でている手をそっと後頭部に這わせ、ゆっくりと顔を離す。
 泣き過ぎて瞼を腫らし、真っ赤に充血している目とかち合って、胸が締め付けられる。

 そのまま当たり前のように唇を合わせ、何度も口付けを交わした。

 少ししょっぱいその口付けが、雨に濡れる二人にとっては何よりの幸福で、時が経つのを忘れて何度も互いの存在を確かめ合った…。





「ティファ…寝た?」
「あぁ。ちょっと熱があるしな」
「大丈夫そう?」
「大丈夫だろう。基礎体力はあるからな。すぐに治るさ」

 心配そうに見上げてくる子供達を片腕でそれぞれ抱き上げてそっと階下へ降りる。
 二人共、素直にギュッとクラウドにしがみ付いた。

「でも、本当に良かった…クラウドが見つけてくれて」
「ティファったら携帯持たないで飛び出すんだからなぁ…」

 呆れたような声でそう言うデンゼルに、クラウドは苦笑した。

「クラウド…もう怒ってないよね」

 ほんの少しだけ不安そうなマリンに、
「あぁ、ごめんな二人共。昨夜は悪かった」
 そう謝りながら額にそれぞれキスをする。
 くすぐったそうに首を竦めながら子供達はそれを嬉しそうに受けた。

「でも、あの時のクラウド、すっごくカッコ良かったよ」

 椅子に下ろしてもらったマリンがクラウドを見上げた。
 マリンの言う『あの時』が分からず首を傾げるクラウドに、
「昨日のクラウドだよ。ティファに絡んでたお客さんを怒った時と、ティファに怒った時のクラウド」
 デンゼルが代わりに答える。
 ちょっと気まずそうに後頭部を掻く父親代わりに、子供達はニッコリ笑った。

「クラウド以外、ティファにはああやって怒れないもん」
「ティファ、自分は強いから…ってちょっと油断してる部分があるからさ…」
「だから、お客さん達も最近ちょっと羽目を外してるように思えることがあったし…」
「良い薬になったと思うんだ」

 そう言って笑うデンゼルとマリンに、クラウドは困ったような顔をして……結局、微かに微笑んだ。

「俺も…まだまだ未熟者……だけどな…」

 そう言ったクラウドに、子供達の明るい笑い声が上がった。



 その日の晩は当然休業した。
 ティファの熱は夜には下がったが、夕飯は部屋で食べるよう言ったクラウドの言葉に素直に従った。
 子供達も、いつもよりも早めにベッドに入ってすぐに眠った。
 昨夜の出来事がショックであまり眠っていなかったからだ。

 すっかり熟睡している子供達に、それぞれお休みのキスを贈り、子供部屋を後にする。
 クラウドはそっと自分達の寝室のドアを開けて、そこで安らかな寝息を立てている愛しい人を覗き込んで微笑んだ。


「本当に……心臓止まるかと思ったぞ…?」

 滑らかな頬に指を這わせて一人ごちる。

 意を決して自宅に戻ったのは昼少し前。
 土砂降りの中、ティファが傘も持たずに飛び出した事を聞いて、すぐに携帯にかけた。
 ところが、カウンターから呼び出し音が鳴ってしまい、三人は蒼白になった。

 雨で冷え切った身体を温めもせず、クラウドは再び愛車に跨った。
 何となく……ティファのいる場所は教会だと思った。
 それは、『彼女』が教えてくれたのか、それとも己の直感なのかは分からない。

 事実、ティファは教会にいて、蹲って震えていた。

 広い教会の中、ポツンと蹲る後姿は今にも雨と一緒に大地に消えてしまいそうで、恐怖が襲い掛かってきた。


「ホントに…勘弁してくれよ…」


 ポツリ、と呟いて、眠る愛しい人にキスを一つ。
 長い睫が微かに揺れたが、瞳が開くことはなく穏やかな寝息が更に深くなった。
 そんな彼女が愛しくて堪らなく、クスッと笑いが洩れる。

 起こさないよう、慎重に隣に潜り込んで緩やかに抱きしめた。


「お休み…ティファ」


 もう一度、今度は頬にキスを贈って、そっと目を閉じた。
 腕の中の温もりが、そっと自分に寄り添ってきて胸に頬を寄せた感触に、ティファが起きたのかと思って目を開ける。
 しかし、彼女は相変わらず気持ち良さそうに眠っていた。

「……無意識…」

 眠ったまま、こうして無意識に身を寄せてくれるティファが愛しい。
 愛しくて堪らないから、独占したくて仕方なくなる。


「…愛してる…」


 眠る恋人に想いを口にし、もう一度額に口付けを贈った。



 想う気持が深くなればなるほど、どうしようもなく感情的になる。
 冷めた振りをしていた小さい頃がウソのようだ。

 クラウドは幼少期の自分を思い起こしてクック…、と笑うと、ティファの額に頬を押し付けるようにして目を閉じた。

 そうしてゆるゆると眠りに落ちる。
 腕の中の温もりを感じながら…。



 愛しく想う気持が強ければ強いほど、どうしようもなく独占したくなる。
 それは悪いことなのか、良いことなのか分からない。
 でも、一つ言えることは…。



「もう…離れないから…」

 離さないから…。



 完全に眠りに落ちる前に、自然とこぼれた言葉。
 腕の中のティファが微笑んだ気がした。



 微笑を浮かべて眠る二人を待つ明日は…。

 きっと、最高に素敵な一日……。



 あとがき

 お蔭様をもちまして、拙宅もとうとう二周年を迎えました。
 二周年のお話しが……これってどうよ…(汗)。

 ティファはお店のお客さんを上手にあしらってはいると思うんですけど、どこか油断してるような気がするのです。
 んでもって、そんなティファにクラウドがヤキモキすると言う…。(というか願望)

 たまには怒って喧嘩して、でも最後は仲直りをして甘〜い二人になって欲しいです。


 これからもそんな二人が書けたらなぁ…と思ってます。
 お付き合い下さってありがとうございました!
 これからもよろしくお願いします<(_ _)>