思いがけずに一人旅 裏事情その壱「それで……どうしてあのドラゴンへの攻撃が可能だったんですか?」 任務に復帰したシュリを呼び出し、WROの局長は興味津々な顔で部下を見つめた。 対するシュリは、愛想とは無縁の表情で真っ直ぐ自分の遥か上に当たる上司を見つめ返した。 「それは…」 「それは…?」 「見えたからです」 「はい…?」 あまりにも突飛な返答に、リーブは目を丸くした。 そのまま、隣に座っているクレーズと、クレーズの隣に座っているシャルアに視線を流す。 助けを求めたその視線は、結局自分同様、呆気に取られている二人を認めただけだった。 仕方なく、リーブは視線を部下に戻し、 「あ〜……その…。分かりやすく説明してくれませんか?」 無表情&無愛想な部下に説明を求めたのだった。 「まぁ…そうですね。分かりやすく言えば、『色盲』の人と『色盲』でない人の違いです」 そう前置きをして、シュリは説明を始めた。 「ティファさんは格闘家ですから、己の『気』を操る事には英雄の方々の中で一番長けていますね?ティファさんご自身は、その己の『気』を操る事と共に、『他の生き物の気』を感じ取る事にも精通しています。それは、『気』を操る事とは、即ち自身の内なる力を見つめる精神力に左右されるからです」 ハッキリ言って、シュリの説明を聞いている三人は、今のところチンプンカンプンだった。 しかし、それを正直に言って説明を中断させることも憚れる。 何より…! 説明を聞いている自分以外の二人が、黙って真剣な顔をしているので、一人『分からない』と言い出す事が恥ずかしかったのだ。 まさか、三人が三人とも、同じ理由から黙って説明を聞いているとは、リーブ、クレーズ、シャルアは夢にも思っていない。 シュリは……。 そんな『大人の意地』故に黙って話しを傾聴している事を知ってるのか……それとも知ったところで全く興味がないのか……。 そのまま淡々と説明を続けた。 「そこで、その『自身の内なる力を見つめる精神力』が強ければ強いほど、感覚が敏感になります。だから、自分に向けられる『殺気』『闘気』という『攻撃的な気』に対して非常に鋭敏に察知します。ただ……」 言葉を切って、目の前のコーヒーに手を伸ばす。 一口啜って口の中を潤すと、視線を三人に戻した。 「ティファさんや、この大地にいる他の数少ない『気を操れる人間』は、『肌』でそれらの『攻撃的な気』を感じ取ります」 視線だけで、『ここまでは分かりましたか?』と尋ねてくるシュリに、三人は黙って同時にコーヒーへ手を伸ばした。 『……『内なる力』が『気』…ってことに…なるんですかね…?』 『……精神力が強いと…感覚が鋭敏になる?なんのこっちゃ…』 『……今までの説明とさっきの『色盲』と何の繋がりがあるわけ?』 頭の中が疑問符で一杯の三人に、シュリは再び口を開いた。 「ティファさん達は、『肌』で『攻撃的な気』を感じ取ります。あと他に、『気配』にも非常に敏感になります。それはわかりますよね?でも、その『気配に敏感』というのも、言ってみれば『五感』の一種のように、『肌』で空気の流れを感じ取ったり、『耳』で異音を聞き分けたり、『目』で瞬時に怪しいものを判別する……そういう能力に秀でてくるわけです。『第六感』という、いわゆる『オカルト』的な能力が芽生えるわけでも、習得するわけでもありません。全ては、自身の持っている『五感』が、研ぎ澄まされた結果、『気配を感じ取る』事が人よりも出来るようになるんです」 そして、一呼吸置き、 「そこで、さっきの『色盲』の話しです」 そう言った。 『『『おお……やっときた!』』』 期待で顔を輝かせた三人に、シュリは僅かに苦笑した。 しかし、すぐに表情を引き締めると説明に戻った。 「ティファさん達は『五感』で『気配』を感じ取ります。でも、俺は『目』で『気の流れ』を見る事が出来るんですよ」 「「「…………え……!?」」」 シュリの言葉を理解するのに少々時間を費やした三人は、理解した瞬間目を見開きギョッとした。 彼がサラリと口にした事は、先程までの彼の説明だと『第六感』という事になるのではないのだろうか……!? 大体、『気』というものに色などついてないし、匂いだって無いのだから、それを『目で見る』事が出来るという彼の言葉が本当なら、『五感』以外の力が備わっている事に他ならないではないか。 目を見開く三人を尻目に、シュリは落ち着き払ってコーヒーを再び口に運んだ。 そのまま黙って、三人が自分の言った言葉を咀嚼するのを待つ。 「えっと……シュリ……?」 「はい、シャルア博士」 シャルアは、眼鏡を直しながら落ち着き無く視線を彷徨わせた。 口にする事が憚れる。 そんな彼女の様子に、シュリは「かまいませんよ。なんでもどうぞ」と、これまたあっさりと彼女の中の葛藤を見抜いてしまった。 シャルアは一瞬、呆けたような顔になったが、 「まったく……アンタには負けるわ」 そう言って、苦笑を浮かべた。 そして、顔を引き締めると、改めて口を開いた。 「シュリ。アンタの言う事が本当なら、アンタは今も『見えてる』わけ?」 この質問に、リーブとクレーズが身体を強張らせた。 質問を受けた当の本人は、やはりと言うべきか……全くの無表情。 元々この質問を想定していたのかもしれない。 「見えますよ。『見ようと思えば』…ね」 「……って言う事は、今は『見えてない』ってこと?」 「そうなります」 「「「……………」」」 実に淡々と答える部下を前に、リーブは困惑した。 彼を入隊当時から知っているだけに……その困惑ぶりは、他の二人よりも大きい。 『なんで…話してくれなかったんでしょう…』 ちょっぴり不満気にそう思う。 そんなリーブに、シュリはまたもや読心術でも持っているのか…。 深く頭を下げた。 「すいません、局長。今まで黙っていて…」 「え……!?い、いえ……まぁ……打ち明けなくてはならない…という規則はありませんし…」 リーブは『どうして考えた事が分かったんでしょう……!!』と、内心で非常に焦りながら、額に浮き出た汗をハンカチで拭った。 その姿を、シャルアとクレーズは生暖かい眼差しで見守るのだった…。 「それで…話しを戻しますが。俺は『見よう』とすればその『気の流れ』を見る事が出来ます。つまり、『見ようとする』状態になる時に限り、それを『見極める為』に『力』を使います」 「『見ようとする状態』っていうのは…いったい何だ……?」 クレーズの最もな質問に対し、その答えにリーブとシャルアは大体の見当を付けていた。 そして…。 「『闘うべき時』です」 シュリの言葉に、自分の予想が外れていない事を知った。 「でもよ。その『闘うべき時』っていうのがいつ何時、降って湧いて来るか分からないだろう?いっつも『見える』状態でいた方が良いんじゃないのか?」 クレーズの言葉に、シュリは「それは無理です」と即答した。 あまりにも即答過ぎて、三人はポカンと口を開けた。 シュリは、一つ間を空けると説明を始めた。 「『気が見える状態』は、正直言って気持ちの良いもんじゃないんですよ。無数の『湯気のようなオーラ』が辺りを漂っている。それが、日常的に目に付いていたら……見たくないものも見えてしまいます」 「『見たくないもの』?」 シャルアが小首を傾げ、リーブがジッとシュリを見つめた。 クレーズは戸惑ったような顔をしている。 シュリは、一つ頷くと苦い笑みを浮かべた。 「星に還ろうとしている魂が見えるんです」 三人は絶句した。 「その……つまり……」 「死ぬ人間が見える……って事か……!?」 リーブとクレーズがおずおずと尋ねると、シュリは苦笑しつつコックリと頷いた。 シャルアは驚き過ぎて言葉も無い。 「ただ、『事故などによる即死』の魂は見えません。『死を迎えるまでに時間がある魂』に限られます」 だからと言って……見ていて気持ちの良いものじゃないんですけどね…。 シュリがこぼした最後の言葉には、この青年にしては珍しい『本心』が込められているようにリーブには感じられた。 いつも、無表情・冷静沈着・無感情。 三拍子揃ったようなこの青年が、初めて仮面から覗かせた素顔。 そんな気がしたのだ。 そしてこれ以上、青年の『素顔』に触れてはいけない…そう直感した。 「それで……シュリはどうやって『闘うべき時』を見極めるんです?クレーズさんの言う通り、『その時』はいつどうやってやってくるか、予想は出来ませんよ?」 リーブが意図して話題から逸らした事は、シャルアとクレーズには気付かれなかったが、シュリには分かったらしい。 一瞬だけだが、感謝の笑みを浮かべたようにリーブには見えた。 しかし、それも本当に一瞬。 刹那の出来事。 シュリは無表情な仮面を被り、淡々と口を開いた。 「それはティファさん達と同じです。『五感』でその時を感じ取ります。俺は、『五感』も他の人よりちょっと敏感なんですよ」 まったくの第三者が聞いたら『自画自賛だ』と言いそうだが、無論、リーブ達はそうは思わなかったし言わなかった。 シュリの身体能力・精神能力が極めて高い事は良く知っている。 「そっか……」 クレーズが椅子の上で身じろぎし、天井を仰いだ。 シャルアは知的な瞳をシュリに向けたまま、ジッと何かを考え込んでいる。 今までの説明を頭の中で整理しているのかもしれない。 リーブはすっかり冷めたコーヒーを口に運び、全て飲み干した。 そして、空になったカップを戻すと、隣に座っているクレーズ、そしてそのまた隣に座っているシャルアを見た。 二人共、自分の中で整理が完了しつつある……そう判断したリーブは、いよいよ本題に入ることにした。 「では……シュリ。最初の質問に戻ります。どうしてシュリの武器だけ、ドラゴンに通用したんですか?あのハンドガンは、WROが支給しているものでしょう?」 リーブの質問に、クレーズは『あ……肝心な事をまだ聞いてなかったんだった……』と、小さく一人ごちている。 シャルアは、隻眼を細めて眼鏡越しに青年を見つめている。 青年が何を口にするのか……彼女の知的好奇心が求めて止まないことが窺い知れた。 「あのドラゴンが、既に『星に還った魂』だと分かったからです」 そう言うと、シュリはふぅ……と軽く息を吐き出した。 「あのドラゴンは、所謂(いわゆる)『残留思念』のようなものです。栄華を誇っていた頃のドラゴンの魂の残滓(ざんし)。その魂の残滓が、唯一、星に還らず大地に残っていた『ドラゴンの牙』に触発されて寄り集まった。その寄り集まった魂の残滓が星に還ったはずの『ドラゴン』を呼び出す結果になったんです。まぁ、召喚マテリアと似たような感じですね」 「「「……………」」」 リーブとクレーズ、そしてシャルアは絶句した。 もう、一体何度言葉を無くすほどの衝撃に見舞われたか……。 数えるのも……馬鹿らしい…。 「あれって……『角』じゃなかったんだな……」 ボソリ…と呟いたクレーズに、リーブは苦笑するしかなかった。 「それで、その……『牙』を『角笛』みたいに吹き鳴らしたって聞いたけど……それはなんで?」 シャルアの質問に、シュリは溜め息を吐いた。 その溜め息は当然、質問した彼女に対してではない。 他の何か……もっと別の何かに対しての嫌悪感だと三人は悟った。 「昔……俺が世話になった老人がいたんです」 シャルアの質問からはほど遠いと思われるシュリのその話しに、それでも三人は黙って耳を傾けた。 この青年が、無駄な事はしない人間である事を知っているからだ。 そして、シュリは三人の認識している通りの人間だった。 「俺がまだ小さくて……一人で生きていくには何かと不自由だった頃。スラムの一角に風変わりな老人がいました。彼は、生きていく為に必要な『衣食住』よりも、『知識』を求める人だった。そのお蔭で、彼の住んでいるあばら家は、無意味としか思えない膨大な資料と古書で溢れていました。俺は、彼に時折食べる物を届ける見返りに、それらの蔵書を読む事を許されました。その膨大な古書の中に、あの『牙』の事が書いてあったんです」 「え!?」「マジかよ!?」「本当に!?!?」 驚きの声を上げる三人に、シュリは悲しそうに薄く笑った。 「もっとも……彼はもう星に還っていますし…。彼の愛した古書達は、スラムにいた沢山の狂人達の争いに巻き込まれ、灰になりました…」 本当に……惜しい事をしたものです……。 しみじみとそう語る青年に、リーブ達は深く息を吐き出した。 シュリの言っている事が本当なら……とんでもない損失だ。 その老人の存在も勿論だが、その老人の所有していた古書という貴重な財宝が、永遠に失われた事になる。 しかし、今はそれを悲しんでいる時ではない。 リーブはシュリに先を促した。 「その古書には、かつてあのドラゴンが生息している付近にいた原住民達が、ドラゴンに人身御供を贈る事によって、ドラゴンの持っている能力を分けてもらった……とありました。つまり、あのドラゴンの持っていた『空気を操る能力』です。その力の媒体となったのが…」 「ドラゴンの牙……ですか……」 「はい」 「でもよぉ…。『空気を操る能力』なんて莫大な力……、その原住民達は一体何に使うつもりだったんだ?しかも人身御供を捧げてまで…」 薄気味悪そうな顔をするクレーズに、シュリはゆっくりと頭を振った。 「色々です。原住民と移民の間で紛争があったので、その紛争の戦力として使用したとか……ただ単純に、作物の豊作を手伝う為に作物が育ちやすい気候にしたとか……。どれも本当かもしれませんし、違うかもしれません。ただ……そんな生活を何百年も続けていく内に、いつしかその『牙』を巡って原住民の中でも争いが起こるようになったのだけは確かです。その『牙』を得る為に、その原住民の中の親族同士が結託し、いくつものグループに分かれたみたいですね。まぁ…どういった経緯で『牙』が封印を施されてまで葬られたのかは定かではありませんが……『牙』が当時『角笛』のように楽器として使用し、大きな力を発揮した事は間違いありません」 言葉を切り、シュリは自分の話しを聞いた三人が、自身の中で整理出来るのを待った。 そして、それは案外早く終った。 「それで、なんでお前は『ドラゴン』に攻撃出来たんだ?結局『牙』の謎は解けたけど、肝心な所がまだ謎のままじゃねぇか」 顔を顰めているクレーズに、シュリは片眉を上げた。 「ああ……それはさっきから言ってるように、『ドラゴンが既に星に還った存在』だと分かったので……」 「分かったから……なんです?」 「通常の攻撃は効きません…」 そこまで言うと、シュリは「あ……言い忘れてました」と何かを思い出した顔をした。 「実は、隊から支給された俺の持ち分の物資には、全部俺の『気』を込めてるんです」 「「「……………え…………?」」」 「ああいう『星に還った存在』が地表に再び姿を現した時、その存在の大半は『危害を与えるだけの力』を持っていません。しかし、例外もあります。その存在が『命を持っている頃、どれだけの力を持っていた』か……。それによって、『危害を加える』=『生あるものへ干渉出来る力』になるんです」 「「「…………………………」」」 「そういった類のものに、『人工物』は通用しません。それに、『素肌』で触れようものなら、たちまちの内に『体内エネルギー』を吸い取られてしまって『生きたままミイラ化』してしまいます」 「「「…………………………」」」 「そこで、『気』を込めた『武器』が有効になるわけです。実は、『気』=『その時の魂の力』という図式になっておりまして、『魂の力』は『その時使える気の力』という考えも出来るわけです。まぁ、今はその説明はしなくても良いとは思いますが……」 「「「…………………………」」」 「結論を言ってしまえば『魂』には『魂』による攻撃しか効きません。ですから、魂のような存在だったあのドラゴンには『気』による攻撃しか効果が無かったんです。だから、最後にティファさんに『ファイナルヘブン』を使ってもらったんですよ。効いたでしょう、あの攻撃」 「「「…………………………」」」 「…あの……分かりましたか…?」 「「…………………………」」 「あ、あの……いま一つ分からない事が…」 完全に呆けているクレーズとシャルアを一先ず置いておいて…。 リーブは混乱している頭の中を整理する為にもう一つの質問をした。 「あの『牙笛』…とでも言うんですかね?あれを吹いた時、ドラゴンがドラゴンではなくなってしまいましたが……あれはどうしてですか?」 クレーズがハッとすると、リーブを見た。 「そうだった…、ありゃなんだ!?」 勢い込んで身を乗り出したクレーズから僅かに顔を逸らす。 「クレーズさん……顔が近いです」 「お、おお……悪い悪い」 椅子に戻ったクレーズに、シュリは軽く溜め息を吐いた。 「あれは、最初に俺が『牙』に息を吹き込んだ時に、『俺の気』を注ぎ込んだんですよ。その為、あの『牙』は、それまでドラゴンが求めていた『牙』ではなくなったんです」 「「「…………………………」」」 「ドラゴンが求めていたのは、あくまで『自分の気』しか通っていない『己の一部』でした。ところが、俺が『気』を注ぎ込んで為、ドラゴンの求めていた『牙』は、全く別のものになりました。『ドラゴンの気』と『俺の気』が混ざった『これ以上無い程の、最強の武器の攻撃』をね」 「「「…………………………」」」 「その為、折角寄り集まった『ドラゴンの残滓』が散ってしまったんです。本当なら、あの『ひと吹き』でドラゴンはライフストリームに引きずり込まれるはずだったんですが、ドラゴンの力があまりにも強かったので、『ドラゴン』の形状を残した『不完全体』として、あのような粘液状の化け物になってしまったわけです」 シュリの説明を聞いた三人は、頭がイッパイイッパイな状態になっていた。 特に、あのドラゴンの力を目の当たりにしたリーブとクレーズは、パンク寸前だった。 「と、とにかく…!」 リーブがイッパイイッパイの頭を振り切るように、大きな声を上げて立ち上がった。 クレーズとシャルアが、突然そんな行動に出たリーブにビクッと身体を震わせて驚き、振り仰ぐ。 シュリは相変わらず、冷めた顔をして自分の遥か上の上司を見つめた。 「あのドラゴンが本当は『とっくの昔に滅んでいた』という事と、『その手の類のものには『気』による攻撃しか効かないって事が分かりました。そうですよね…シュリ?」 何となく頼りなげに質問するリーブに、シュリは頬をわずかに緩めて微笑んだ。 「はい。そうです、局長」 シュリの穏やかなその言葉に、リーブはどこか安堵したような溜め息を吐くと、 「では……これで最後の質問です」 最終通告を告げる裁判官のような緊張を孕んだその言葉に、クレーズとシャルアは何故か緊張した。 しかし、当の本人は至って冷静な顔で座っている。 「シュリ……一体どうやって自分の『気』を支給してる物資に『込める』んですか?それは、ティファさんにも可能ですか?」 その質問にシュリは、 「残念ながら、不可能です」 至極あっさりとそう答えた。 「何故なら、俺の使っている『気』のタイプと、彼女の使っている『気』のタイプは違うからです。彼女は『気』を操れますが、それは『自由に』ではありません。しかし、俺は彼女と違って『自由に』使う事が出来ますから」 「その……ティファさんとシュリの使っている『気』の違いって……何ですか…?」 リーブの突っ込んだ質問に、このときシュリは初めて困ったような顔をした。 一体どうやって説明したら良いのか分からないらしい。 暫く考えた末、彼が口にした言葉は…。 「まぁ…俺が『男』で、ティファさんが『女』みたいなものです」 「「「……さっぱり分からん」」」 声を揃える三人に、シュリは益々困ったような顔をした。 「すいません。上手くは伝えられません。ただ、これだけは言えます」 「何ですか?」 「今後、あの手の敵が増える可能性が高いでしょう。これから、出来る限りの銃弾や手榴弾の管理に俺を派遣させて下さい。俺の『気』を通わせた弾を、少しでも隊員が持てる様に…」 シュリの願いに、リーブは困惑した。 そして、ふと思った事を口にした。 「シュリ………君はもしかして………私達には見えないものが見えるだけではなく……『聞えないものも聞こえる』んですか……?」 シュリの漆黒の瞳がキラリと光った気がした。 そのまま、黙ってリーブを見つめる。 リーブもその真摯な眼差しから目を逸らせる事無く、堂々と正面から受け止めた。 クレーズとシャルアは、異様に張り詰めた雰囲気を醸し出す二人に、息を飲んで見守っている。 やがて…。 青年がフッと淡く微笑んだ。 「やれやれ…。流石はWROの局長であり、ジェノバ戦役の英雄……ですね…」 「それじゃ……シュリ、君はセトラの……」 「それはありえません」 「え………でも………」 「局長。かつての神羅は間違えた認識を持っていた。即ち、『星と語れる存在はセトラだけ』だと。本当はそうじゃないんですよ。この星に生きる者は皆、星の声が聞けるはずなんです。それなのに聞えないのは……本当は『聞こうとしない』から…。ただそれだけなんですよ」 シュリのその言葉に、リーブは反論しそうになり、喉の奥で言葉を押し止めた。 彼の悲しげな眼差しを垣間見たからだ。 「俺に言わせてもらえれば…。どうして星の声が聞えないのかが不思議ですよ…」 そう言った青年が、悲しそうに微笑む姿に、三人は言葉を無くした。 リーブは改めて思った。 この青年の事を、自分は何も知ってはいなかったのだ……と。 彼のこれまでの人生も、彼が一体何を求めるが故に『情報が集まりやすい』という理由で入隊したのかも…。 なにも…。 しかし…。 逆に分かった事がある。 彼は、自分の想像以上に知識が豊富で、かつ頼りがいがある。 そしてなによりも、彼が本当に心優しい人間である事が分かった。 『死にゆく魂が見える』ので『普段は見えないようにしている』という『気』の流れの話で、彼は、『見ていて気持ちの良いものではない』と言っていたが…。 本当は……。 その魂を救えない事が分かってるから……ではないだろうか…。 そして、その救えない自分が情けなくて、悲しくて、でも、悲しんだり嘆いている暇は自分にはない。 そうやって、自分の本当の心にふたをしているのだ。 そして、誰にも知られないようにして、時々そっとその心を解放させているのだろう。 でなければ、彼がこうして精神に異常を来たさずにここまで来れた理由が思いつかない。 「シュリ……ご苦労様でした。それから…」 言葉を切って、漆黒の瞳と真っ直ぐ見つめあう。 「ありがとう」 リーブの言葉に、シュリは微かに笑みを浮かべると敬礼で返し、部屋を後にした。 「彼は……本当に一体、何を抱えてるんでしょうね……」 「ふぇ?」 「………そうだね」 リーブの呟きに、クレーズはボーっとしたまま気の抜けた声を上げ、リーブの心情を察したシャルアは重々しい口調で頷いた。 彼が求めている『星の移ろいゆく様の正確な情報』。 その『移ろいゆく様の正確な情報』から、彼が何を得ようとしているのか……。 リーブにも誰にも打ち明けない彼の心の奥深くに隠された想い。 それが彼にどのような人生を与えるのか…。 願わくば……彼の未来が陽の光で溢れるものであらんことを……。 リーブは心の中でそっと祈ったのだった。 |