「うぅ…どうしよう…」 デンゼルは悩んでいた。 とてもとても悩んでいた。 頭上には爽やかな青空が広がっているというのに、少年の頭の中ではグルグルグルグル、同じことが繰り返し、繰り返し、先ほどの友達とのやり取りがリプレイされていて止まらない。 止まってくれない。 「あぁ…、ほんっとうにどうしよう…」 ガックリと全身で脱力して、デンゼルは顔を上げた。 もうセブンスヘブンは目の前だった。 お仕事ください!(なんか変…?) ティファは内心で首を傾げた。 なんとなく息子の様子がおかしい。 いつもしゃんと顔を上げて元気いっぱい、笑顔全開。 それなのにどうしたわけか、目の前のデンゼルは俯き加減でどことなく覇気がない。 かと思えば、ハッとした顔をして空元気としか思えない『張り切りぶり』で店の開店準備の続きをする。 それなのに、気がついたらまたボーっとして何か考え込んでいる風なのだ。 (どうしたのかしら…?) 何か変なものでも食べてお腹の調子が悪いとか…? いやいや、それなら何度もトイレに行っているはずだ。 なら、体調が悪い? 覇気はないが顔色が悪いというわけではなさそうだ。 なら一体なんなのだろう? 悩み事? 可能性としてはそれが一番高い。 だったら相談してくれたら良いのに…。 (やっぱり男の子の悩みって女親には言いにくいのかな…) ありうるその理由に、もどかしさを感じる。 デンゼルの悩みが一体どんなものであったとしても、自分は全身全霊をかけて一緒に悩み、一緒に頑張っていきたいと思っている。 勿論マリンの場合でも、クラウドの場合でも、仲間達の場合でも同じだ。 自分の出来る最大限の力を振り絞って一緒に頑張りたい。 力になりたい。 だが、助力するだけが『子育て』ではないことも知っている。 時には心を鬼にして子供達自身の力で問題を乗り越えないといけないこともある、とちゃんと理解している。 マリンやデンゼルが相談してこないのならば、グッと堪えてそっと見守っていこう。 そうクラウドとも話し合っている。 ただ、子供達のほうが相談したそうにしているのに一歩踏み出せない…、そんな素振りが少しでもあったら自分達の方から歩み寄ろう、そう決めていた。 だから、ティファはデンゼルを案じながらも少年が一体どうしたいのか、それを見極めるためにさり気なく様子を窺っている。 チラリ、とマリンを見た。 くりくりした瞳とバチッ!とかち合う。 少女はフルフルと首を振って、デンゼルの悩みがなんなのか分からない、と無言でティファに伝えた。 ティファはコックリ頷いてそっとデンゼルを見た。 デンゼルはボーっとした手つきでテーブルを拭いている。 同じ箇所ばかり何度も小さな手が行き来しているのだが、それに本人は気づいていない。 (どうしたのかしら…本当に…) 聞き出したい。 悩んでいる理由を聞き出してしまいたい。 デンゼルの悩みがもしも友人との喧嘩なら、双方の言い分を聞いた上でデンゼルの力になりたい、そう思う。 だが、友人との喧嘩という可能性が実はかなり低いだろうと当たりをつけている。 もしも喧嘩やいじめの類(たぐい)なら、マリンが真っ先にティファに話しているはずだ。 マリンの女の子友達たちの情報力は大人の女性達に勝るとも劣らない。 『一体、どこでそんな話を聞いたわけ!?』と、驚愕することが少なくないのだ。 だから、もしもデンゼルが喧嘩やいじめにあっているとかの『人間関係』で悩んでいるなら既にマリンの耳に入っているだろう。 マリンにもデンゼルが何を抱え込んでいるのか知らないということは、少なくとも人間関係で悩んでいるということではなさそうだ。 (…なんなのかなぁ…) 気になる。 本当に気になる。 可愛い我が子のことなのだから、親が心配するのは当たり前だ。 (うぅ…聞いたらダメ…だよね…?) 気になり始めるとどうにも止まらなくなってしまう。 自分自身に歯止めが利かなくなる前に、ティファは思考を無理矢理店の開店へと向けた。 気持ちの切り替えが出来るのは、流石、これまでの人生で色々と培ってきただけのものがある。 悲しいかな、少年にはその経験が圧倒的に足りない。 足りないから挙動不審になるし、周りの人間が心配していることにも気づかない。 (クラウドにちょっとそれとなく聞き出してもらう…って方法が一番かなぁ…?) デンゼルへの心配する気持ちを完全に切り替えるために、ティファはクラウドに相談する、という結論を半ば強引に導き出して自分を納得させた。 * 「というわけなの、クラウド、どうかな?」 クラウド・ストライフは恋人の縋るような瞳にひた…と見つめられてドギマギしながら視線をそらせた。 (『どうかな?』ってそんな顔で聞かれても…) 断れるはずが無いではないか。 異性を惹きつけて止まない彼女の存在は、その素晴らしいナイスバディもその惹きつける理由の1つではあるのだが、この茶色の瞳にこそその理由が大きい、とクラウドは思っている。 意志の強い輝きを放つその茶色の瞳は、時には甘えるように、時には凛とした輝きを放ち、そしてまたある時にはこうして縋るような…、クラウドにしか見せない色と艶を瞬かせる。 これを断るなど、男が廃(すた)る! 「分かった、それとなく聞いてみる」 心の中でこっそりと、 (卑怯だよなぁ、その目…) と本当は思ったとしても、 「ありがとう、クラウド!」 パァッ!と顔を輝かせて破顔した彼女に文句が言えようか? いや、言えない。 と言うか、言う奴がいるなら即バスターソードの錆にしてやる。 などなど、物騒なのだが実はノロケ以外の何ものでもないことを平然とした面構えの仮面の下に隠し、クラウドは早速愛しい人の頼みごとでもある任務を遂行すべく行動に移そうとして…。 「クラウド、あの、明日仕事休みでしょ?だから明日にしない?」 「…あ……」 寝室のドアを開けようとノブに伸ばした手を宙ぶらりんに彷徨わせた。 現時刻は、もう日付が変わろうとしている深夜。 子供達は既に夢の世界を飛び回っている時間だ。 「「 …… 」」 かなり気恥ずかしくてクラウドは目を逸らしていたが、ついついティファが気になってそっちを見たら、見事に目が合って…。 「…シャワー、浴びてくる…」 居たたまれない気恥ずかしさに、クラウドは帰宅してから二度目のシャワーへと浴室へ逃げ出した。 閉じたドアの向こうから、クラウドが何かに躓(つまづ)いた音が夜気に響く。 ティファはとうとう堪えきれずに吹き出した。 吹き出した後、クスクスと小さな笑いを何度か繰り返している間、ティファはクラウドの子供達への愛情が日を追うごとに大きく、深くなっていくその嬉しい変化に胸を熱くさせていた。 もう…大丈夫。 絶対にもう大丈夫。 クラウドはいなくならない。 そして…私も、クラウドの前から突然消えたりしない。 そう、確信出来る日が来るとは、あの時は思えなかった。 家出されている時には…。 それがどうだろう、この変化。 クラウドは元々人付き合いというか、人に頼ることが下手くそだ。 その人に頼ることが下手、というのはデンゼルにも当てはまるかもしれない。 孤児として色々辛い経験を味わった少年。 クラウドにより、エアリスの教会で拾ってきた少年。 拾ってきた、という表現は少年にとって失礼以外の何ものでもないのかもしれないが、あえて『拾ってきた』と表現してみる。 家に来た頃、彼は『ただの居候』でいるつもりもない代わりに、打ち解けるなどということから極力離れた場所にいようと壁を作っていた。 だが、その壁はクラウドによってゆっくりと崩れていって…。 マリンとも仲良くなって…。 ティファにも笑いかけてくれるようになった。 クラウドがいなくなってからは笑顔は減ったが、その分、残されたマリンやティファへの思いやりの気持ちがうんと強くなった。 本当に心優しい少年になった。 クラウドが家出から帰ってきてからは、笑顔がうんと増えた。 デンゼルという少年の成長にはクラウドが大きく関与しているように感じられる。 いや、実際そうなのだろう。 だから、ティファはちょっぴり寂しく感じながらも、今回のこともクラウドになら打ち明けてくれるかもしれない、と期待する。 でも…。 「あ〜あ。私もクラウドに負けないくらいデンゼルのこと、大好きなのになぁ」 ぼやいてベッドにボスン…と仰向けに倒れる。 天井を見つめるティファの顔は、それでもやっぱり優しい微笑を浮かべていた。 * 「クラウド、こっちこっちー!」 目の前を嬉しそうに走っているマリンに、クラウドは目を細めて微笑み、そしてハッ!と我に帰って隣を歩くデンゼルをチラッと見た。 今日は昨日、ティファに頼まれた『デンゼルの悩み相談』という任務を実行する日。 だというのに、何故か上手くいかない。 いつもならマリンと先を争うようにしてクラウド争奪戦を始めるというのに、今日は最初から参戦しない。 というわけで、マリンの希望の店に先ほどからずっと回っている状態になっている。 市場の中には沢山の種類の屋台がある。 立ち食い関係から食材を打っている店、はては装飾品や家具等に至るまで、それはそれは賑やかで人の波も凄まじい。 こんな人混みで迷子になったらエライことだ。 だから、クラウドはとりあえず前を向いて一生懸命目的の屋台に向かっている小さな頭がこれ以上人波に飲まれて見えなくならないように必死に着いていく。 デンゼルもちょっと元気がないものの、それでも『とぼとぼ歩く…』という『迷子になる第一要因』は避けてくれている状態だった。 (…助かる、デンゼル) 自分の不甲斐なさに情けなくなりながら、内心でデンゼルに頭を下げる。 本当なら、 『男同士の話をしよう』 そう言って、今頃は少年と2人、どこか落ち着ける静かな場所にいて、話をしているはずなのに…。 本日最大の不幸は、マリンが『本日限定』というチラシを見つけてしまったこと。 その瞬間に今日の運は尽きた…と思う。 マリンが目を輝かせたそのチラシは、セブンスヘブンに欠かせない野菜、果物、肉、調味料、その他諸々がお買い得だと目一杯謳っていた。 『ティファがお洗濯している間にお買い物しちゃおうよ』 そう言って、母親代わりにサプライズプレゼント的なことをしてあげたいと願った少女に、いったいどの口が『否』と言えるだろうか? 言えるはずがない! 嬉しそうに書置きのメモを書いているマリンの小さな背中に、クラウドは吐き出しそうになる溜め息を必死に飲み込んだ。 そうしてクラウドは思った。 (なんで、八百屋と果物屋と肉屋と香辛料の屋台が一斉にセール…?) その答えは簡単だ。 周りの店は、扱っている品の種類が違うとは言え、ライバル店。 ライバル店でもあり、協力店にもなりうる。 それは、例えば今回のように八百屋が安売りをするなら、当然客は野菜を買う。 その時に、肉屋が同じく安売りをするなら、野菜を買った客達は、 『じゃあ、お肉も買ってお鍋にしようか』 とか、 『肉も買い足して焼肉にするって手もあるなぁ…』 などなど、今夜のおかずの予定を変更させるからだ。 だから、隣の香辛料の店が安売りをしてて、肉屋が普通通り、でもその次に構えている店が八百屋で、その八百屋が安売りをしていたら? 『今夜はお酢を使ってたまねぎのスライスを漬け込んで、マリネ風にしても美味しいわね』 『きゅうりの酢の物が食べられるなぁ』 『コショーと塩買ったし、野菜炒めにしようかな』 という具合に、肉屋をスルーして八百屋に客が流れる。 肉屋は、両隣の店が繁盛しているその間でポツン…と取り残されるというわけだ。 だから、市場でセールをする時は、大体の店でセールが一斉に行われる。 もうそれは既に暗黙の了解の域にまで達しているらしい。 ウキウキと弾む足取りのマリンを追いかける形でクラウドとデンゼルは人の波に逆らったり、逆にその波に乗るようにして市場を進んだ。 デンゼルの表情が冴えないような気がしたのは、恐らく気のせいではないだろう。 クラウドは決心した。 この買い物をさっさと終わらせて愛しい息子のために時間を作ろうと。 その志は尊いように思えるが、ようは少女に振り回されている父親代わりと兄的存在、2人の男の姿が虚しくあるだけなのだ。 その事実に気づくことなどなく、クラウドの脳内は早く買い物を終わらせる、という一色になった。 だから、 「あ…」 そう小さく声を出してデンゼルが立ち止まったことにも。 マリンの背中を追いかける自分との距離があっという間に開いてしまったことも気づかなかった。 そのことに気づいたのは、意外にも…。 「あれ、クラウド、デンゼルは?」 ホクホク顔でジャガイモ、ニンジン、玉ねぎ、ピーマン、アスパラガス等々の野菜をゲットしたマリンだった。 マリンから買い物の詰まった袋を受け取りながらのその問いかけだったため、クラウドはあと少しで中身をぶちまけるところだった。 慌てて振り返るが、傍にいたはずの少年の姿はどこにも無い。 「しまった…」 呆然と呟く。 次いで、その自分の呟きで我に返り、慌てて人ごみに飛び込もうとしたクラウドを、 「大丈夫だよ、クラウド。デンゼルのいそうな所に心当たりあるから」 マリンのやけに落ち着いた…と言うか、なんとなく『ジト〜…』っとした声音が引き止めた。 少女は明らかにあきれ返っている。 クラウドに対して? いや、違う。 「まったく…デンゼルったらしょうがないなぁ…」 この場にいない迷子に対してだ。 そこでようやくクラウドはハタ…と気がついた。 マリンがデンゼルの落ち込んだ姿に対して何も言ってこない…ということに。 「マリン、デンゼルに何があったのか知ってるのか?」 訊ねながら、自分もティファも迂闊だった…と思わずにはいられない。 この聡い少女が気づかないはずが無いではないか…。 その予想通り、マリンはコックリと頷くと小さな肩をすくめてクラウドの先に立った。 どうやら先導してくれるらしい…。 「大体、どうして男の子ってああいうのが好きなのかなぁ…」 「『ああいう』って?」 マリンの頭頂部を見つめながら問いかける。 くりくりした瞳がクラウドを見上げた。 「ああいうの」 小さく、可愛い指が示した先には…。 「デンゼル…?なにしてるんだ?」 熱心にショーウィンドーを見つめている少年の姿。 熱い視線の先にあるモノに、クラウドは苦笑した。 「あぁ、なるほどな。確かに…」 女の子のマリンにはいまひとつ分からないかもしれないモノ。 それは、クラウドの愛車にも似ているバイクもあれば、かっこ良くカスタマイズされた車の模型。 黒を貴重としたボディーをショーウィンドーの照明を受けているそれらはとてもカッコいい。 だが、女の子のマリンにはいまひとつ興味がわかない代物のようだ。 食い入るように見つめる兄的存在であるデンゼルをジト目で見やる。 クラウドはマリンを宥めるかのようにポンポン、とその可愛い頭を軽く叩き、苦笑して見せた。 マリンのジト目が困ったようなそれに変わり、最終的にはクラウドの望んだとおり、いつもの明るい笑みに変わる。 「どれが欲しいんだ?」 「うわっ!びっくりした!!」 クラウドが背後に立ったことに全く気づいていなかったのだろう。 目を丸くし、ちょっと飛び上がりながら振り向いたデンゼルに苦笑する。 デンゼルはマズイところを見られた…という顔をしながら頭を掻いた。 そんな仕草も可愛く見える。 親バカ振りを内心で発揮させながら、クラウドもショーウィンドーを今度は至近距離から見つめた。 デンゼルの頭に顎を乗せるようにして覗き込む。 デンゼルが顎の下でくすぐったそうに身を捩った。 「どれが欲しいんだ?」 再度訊ねるクラウドに、だがデンゼルはブンブン!と首を振った。 お陰で喉元にデンゼルのフワフワの髪が当たってくすぐったい。 クラウドは首を引っ込めながら、 「遠慮しなくて良いんだぞ?これくらいなら買ったってティファに怒られないだろうし」 そう促す。 だが、デンゼルは頑として希望を言わなかった。 首を傾げるクラウドに、デンゼルはなんと言って良いのか分からないようで、しきりに「えっと…、その…、だからさ…」と、実に『らしくない』切れの悪い言葉を繰り返す。 「あのね、クラウド。デンゼルは自分のおこずかいで買いたいの」 見るに見かねたマリンが助け舟を出した。 デンゼルがカーーッ!と顔を赤らめ、凄い形相でマリンを見る。 怒っているような…、恥ずかしがっているような…、自分の代わりに説明してほしいような、ほしくないような…。 実に複雑なその顔は、一見の価値があった…と、後刻、クラウドはティファに報告した。 「男の子の友達の間で、この模型がすっごく流行ってるの。でも、皆、自分のおこづかいを貯めたり、お手伝いを沢山してお駄賃をもらったりして買ってるのよ。だからデンゼル、『買って』って言えないの」 そうでしょ? 最後に付け加えられたその言葉でとどめの釘を刺され、デンゼルはクシャッとした笑みを見せた。 はにかんだその笑顔に、クラウドの心臓が撃ちぬかれる。 もう何でも買ってやりたい! そう思ったとしても当然の威力を持っているその笑顔に、クラウドはあと少しで、 ―「この店の模型、全部売ってくれ!」― と、店主に直談判してしまいそうになった。 …勿論、理性が本能に勝ったのだが…。 「そのさ…、俺もマリンも、店の手伝いするのなんか当たり前だろ?だから、おこづかいとは別に手伝いしてお駄賃もらって、そんでこの模型買ったあいつ達がなんかずるいなぁ…って思ってさ。昨日、ちょっと言い合っちゃったんだ。『俺ももうすぐ買えるんだぞ!』って」 でもさぁ…。 頭を再度掻きながらデンゼルはショーウィンドーに目を戻した。 「計算したら、どう考えても来月のおこづかい足しても買えないなぁって思って…」 へへ、ちょっと見栄はったから自業自得だ。 苦笑しながら恥ずかしそうに見上げてくるデンゼルの言葉に、クラウドは胸がギューッと締め付けられる思いがした。 そして、改めて気づいた。 マリンもデンゼルも不平の一言も言わずに手伝いを買って出てくれている。 それに対し、もっと自分もティファも感謝を伝え、たまには『感謝の印』として何か買ってやったりということが本当に少なかった…と。 勿論、『感謝の印』をしなくてはならないという法則はないし、それが逆に子供達にとって良くない場合だってあるだろう。 だが、ここまで自分の気持ちを押し殺して我慢することを強要する道理も無いはずだ。 クラウドはしゃがみ込んでデンゼルと視線を合わせた。 そうして、やおら手にしていた野菜の詰まった袋をズイッと差し出す。 反射的にデンゼルはそれを抱きかかえ、キョトン…とした。 クラウドは唇の片側をフッと上げて微笑みながら、キョトンとしているデンゼルの頭を撫でた。 「これ、持って帰ってくれ。その代わり、『お礼』として俺にこの中の模型の1つをプレゼントさせて欲しい」 「え!?いいよ、そんなの、俺、そんなつもりで白状したわけじゃ…」 「分かってる。分かってるけど、俺がそうしたいんだ。いつもデンゼルにもマリンにもすごく助けてもらってるのに何にも恩返し出来てないから、前々から何かしたい…って思ってたから丁度良い」 咄嗟に吐いたウソ。 だが、ウソばかりではなく、本当に前々から何かしらの形で子供達に報いたいとは思っていた。 ただそれが、子供達をゴールドソーサーに連れて行く、とか、ミディールに遊びに行く…と言った『家族みんなで過ごす時間』だっただけの話。 『家族みんなで過ごす時間』が『子供達の欲しいものを1つ、プレゼントする』に変わっただけ。 「マリンも何が良いか考えててくれよ?」 顔を真っ赤にして嬉しくて大興奮しているデンゼルに満足しながら、クラウドは一部始終を微笑みながら見ていたマリンへ言葉をかけることを忘れてはいなかった。 少女がビックリして目を丸くし、パーッと笑顔を見せてくれたことにクラウドは心から満足した。 * 「あぁ…そっかぁ…。そうだよね、子供ってお手伝いしたらお母さんとかお父さんからお駄賃もらったりするわよね」 その夜。 クラウドから話しを聞いたティファは、「失敗したなぁ。もっと早く気づけば良かった…」と、情けなさそうな顔をした。 うな垂れるティファに、クラウドは苦笑しつつそっとその横に腰を下ろす。 「俺も全く気づかなかった…。本当に我が家の子供達はできすぎだ。親をこれ以上甘やかせてどうするんだか」 溜め息を混じらせてそう言ったが、その声音に温かいものが溢れている。 ティファは目を細めながらクラウドを見た。 その瞳が少しだけ、意地悪っぽく光っている。 「でも、良いなぁクラウド。私にもその時の2人の顔、見たかったなぁ」 「う…」 途端、クラウドの顔が焦りに変わる。 いつも子供達と過ごす時間が長いティファを差し置いて、自分が美味しいとこ取りをしてしまった…と思ったのだろう。 「あ、いやその…、勝手に悪かった…、いや本当に」 あうあう、と焦りながら必死に弁明しようとする。 ティファは笑った。 「良いの、ウソウソ、ごめんねクラウド。ちょっと意地悪言いたくなっただけ」 コテン、とクラウドの肩に頭を乗せる。 クラウドはまだなにやらモゴモゴ言っていたが、結局最後は肩に乗ったティファの頭に頬を乗せて落ち着いた。 「もっと頑張らないとなぁ、俺」 「あら、一緒に、でしょ?」 「あぁ…そうだった」 「もう、忘れないでよ?」 「忘れてないさ」 「本当かなぁ?」 「本当だって」 「なら良い、許す」 「ご寛恕、いたみいります」 クスクス。 笑い合って2人は満ち足りた気持ちで今の幸せを噛み締めあった。 翌日。 「「 …どうしたの、2人とも… 」」 大人組みが目を覚ました時、既になにやら馨しい香りが…。 ティファはまだ隣で寝ていたクラウドを起こし、揃って階下に下りて目を点にした。 燦然とならぶ朝食。 そして、今まさにエプロンを脱ぎかけた子供達。 クラウドとティファに気づいた2人が、ニッコリ笑いながら駆け寄ってきた。 「昨日、クラウドにこれ、買ってもらったからお手伝いしないとって思ってさ!」 「うん!私もこれ、買ってもらったから。すっごく嬉しかったから何かお手伝いしないと!ってデンゼルと話し合ったの!」 息子の手にはクラウドの愛車に似たバイクの模型。 マリンの手にはサボテンダーのぬいぐるみ。 キョトンとする両親に、子供達は実に爽やかな笑顔を見せた。 「「 というわけで、お仕事ください! 」」 セブンスヘブンは今日も平和だ。 あとがき マナフィッシュ自身、小さい頃、夏休みとか冬休みとかに家事を手伝ってお駄賃もらった記憶があります。 確か、掃除機がけと拭き掃除を1週間毎日したら夏祭りの時に水風船とかさせてもらった気が(笑)。 デンゼルもマリンも、働くことが当たり前になっていますからね。 たまにはこういう『お駄賃』も良いのではないでしょうか。 それにしても、本当に拙宅のクラティは幸せだなぁ…。 こんなに出来た子供ってそうはいないですよね(笑) |