「お願いティファさん!どうか、どうかお願いだから!!」
「ほんっとうにお願い、私達を助けると思って!!」

 必死になって懇願してくるうら若い女性達を前に、ジェノバ戦役の英雄の1人、ティファ・ロックハートは大いに弱っていた…。






乙女の意地にかけて!







「クラウド、本当に申し訳ないんだけど、暫く私、留守にしても…良い…?」

 ある日。
 帰宅したクラウドにティファが心底申し訳なさそうにそう言った。
 キョトン…としてクラウドは彼女をまじまじと見つめた。
 …何かワケありなんだろう。
 そして、そのワケは聞いてはいけないに違いないことを悟った。
 もしもそうでないなら、彼女はちゃんと理由を先に言ってからお願いをしてくるはずだ。

「あぁ、大丈夫だろう。それで何日くらい俺は留守番をしたら良いんだ?」

 パァッ!
 ティファの顔が喜びに輝いた。
 そのまま、
「ありがとう!!」
 よほど嬉しかったのか、思いっきりクラウドに抱きついてきた。
 咄嗟に受け止めながら、クラウドは苦笑した。
 よっぽどの理由があるのだろう。
 普段、恥ずかしがって自分からこんなことは絶対…と言って良いほどしてこないのに。

(なにがあるのか知らないが、何か得した気分だな)

 ポンポン、とティファの背を軽く叩いて彼女をあやすように甘えさせる。
 それはこの世の中に幾万といる男性の中で、クラウドだけに許された特権。

 この場にいないティファに密かな想いを寄せている男性達に対して少し優越感に浸る。
 とまぁ、ここまでは良かったのだが…。

「本当にありがとう!明日から1週間くらい留守にしたいから、その間よろしくね」

 クラウドの優越感という至福はあっというまにしぼんだ。

「1週間……?」

 予想もしなかったその期間に、クラウドは目を点にした。
 いやいやいや、1週間も配達の仕事を休まないといけないのか?
 流石にクラウドの仕事が軌道にノリノリでも、1週間もスケジュールを先延ばしにするにはちょっと…という期間だ。
 だがそんなクラウドの不安を払拭するかのように、ティファは明るい表情で、
「大丈夫。デンゼルとマリンのことは明日だけお願いしたいの。他の日は、バレットがゴールドソーサーに1泊2日で連れて行ってくれて、残りの3日間はシドがシエラさんと一緒に面倒見てくれるって言ってくれたから」
 あっさりそう言った。
 クラウドはホッと安堵の溜め息をついたが、さて…、1週間もティファは一体どこに行くのだろう…?
 流石にそんなにも長い時間、不在にするのならば、せめて宿泊先くらいは聞いても良いのでは???
 いや、それでもやっぱり聞かないほうが…。
 いやいや、でもやっぱり…。

 グルグル思考は袋小路にはまり込む。
 だが、そうこうしている間にティファの中ではすっかり決定事項となってしまったらしい。
 弾んだ足取りで2階に向かいながら、
「ごめんね。そういうわけだから、ちょっと荷造りさせてね?あ、夕飯はもう出来てるから、お鍋に火をつけて温めてくれる?」
 嬉しそうな顔を見せた。

 クラウドはポツン…と1人店内に取り残されたような形になり、呆然と突っ立っていたのだった。


 *


 そして次の日。
 ティファは店の軽トラックではなく、どこからともなく小型バスをレンタルし、セブンスヘブンを早朝に出発した。

「なぁ…デンゼル、マリン」
「…俺達も聞いてないんだ」
「うん…そうなの」

 走り去っていく小型バスを見送りながら、クラウドが子供達に質問しようとしたが、先回りされてしまった。
 肩を落として「そうか…」と一言呟き、クラウドはガックリと肩を落とした。
 同じくデンゼル、マリンも大きな溜め息を吐き出してガックリと肩を落とす。
 昨夜のティファの楽しそうなこと。
 それでいて、何にも聞いてくれるな!という雰囲気。
 …。
 ……気になる。
 気になるが…、人生知らない方が良いことなど沢山ある。
 うん、そうだな、ここは大人になって黙ってティファを信じよう。
 もしかしたら、ティファが帰宅したら教えてくれるかもしれない。
 3人は暗黙の了解のもと、その日が来るまでは絶対に質問したりしない。
 そう決意を固めたのだった…。

 そうして。

「…ヒマだな」

 ポツリ。
 零れたのはクラウドの本心。

「「 …うん、そうだね 」」

 頷いたのは言わずもがな、子供達だ。

 普段の子供達なら、クラウドが丸々一日仕事がない日を『ヒマ』だなどと思うことなど絶対にない。
 フェンリルに乗せてもらったり、一緒に公園でボールで遊んだり。
 はたまた、買い物に行ったり…と、いくら時間があっても足りないくらい、楽しく有意義な時間を過ごすだろう。
 だというのに、3人は店内でラジオを聴きながらただぼんやりとしていた。
 原因は分かっている。
 分かりきっている。

 ウキウキと1週間も留守にすると宣言したティファのことが気になって仕方ないのだ。

「…ティファ、なんで1週間もどっかに行くだろう…」

 デンゼルが溜め息交じりにぼやいた。
 クラウドとマリンはその言葉に非常に共感していたが、それを口にするだけの気力が残っていなかった。
 ただぼんやりとテーブルの上にある花瓶の花を見た。
 いつもは心和ませてくれるエアリスの教会の花がとても寂しそうに頭を垂れている。
 そんな風に見えてしまう。

(重症だ)

 クラウドは思った。
 ティファが行き先も目的も何も言わずに1週間いないというだけでこの体たらく。
 何がジェノバ戦役の英雄か…。
 こんなに器量の狭い男が英雄だなどと、恐れ多い。
 というか、本当に英雄だなんて世の中の人達に呼ばれるなどもってのほか。
 今すぐにでも表通りに出て行って、
『僕はヘタレです!』
 と、大声で叫んでしまいたい。

(……そんなことしたら、ただの変態じゃないか…)

 ついつい、通りを行く人達に狂ったように『ヘタレ宣言』をする己の姿を想像して、低下している気分が更にグッと下降した。
 …思考を変えなくては。

「ねぇ、クラウド。こんなところでウジウジしてても仕方ないから、お出かけしよう?」

 ナイスタイミングでマリンが提案した。
 困ったような顔をしながらそう言うマリンも、実はクラウドと同じくらいこの状況に混乱していることが伺える。
 デンゼルも似たような表情でクラウドを見た。
 まだ小さい子供達がこんなにも頑張っているというのに、大人の自分が頑張らなくていつ頑張ると?

「よし、そうだな。折角だから美味しいものでも食べに行くか」

 腹にグッと力を入れて、クラウドはわざとおどけた顔をしながら立ち上がった。
 両腕にぶら下がるようにじゃれ付いてきたデンゼルとマリンに、クラウドは作り物ではない本当の笑みを零した。


 *


「なぁおい。お前ぇらの気持ちが分からないわけじゃねぇ。だがよ…」
 一言切って、盛大な溜め息を吐き出す。

「頼むから、通夜みたいな辛気臭ぇ面(つら)するのはよせ!俺様まで気が滅入るだろうが!!」

 苛立ち半分、呆れ半分でそう怒鳴ったシドに、クラウドはじめ子供達までもが暗い顔をしてあらぬ方を見たまま、無反応を通した。
 店の片隅のソファーでは、バレットがどこか不貞腐れたような顔をして窓の外を見るとはなしに見ている。

 ティファが謎の1週間旅行(?)へ赴いてから今日で3日目。
 本当なら、子供達はバレットと一緒にゴールドソーサーで楽しいひと時を過ごした後、そのままシエラ号でロケット村に行くことになっていたので、本来の予定通りだともうロケット村にいるべきはずだった。
 だが、ウキウキと迎えに来たバレットに、愛娘とデンゼルは暗い顔をして、一言。

『『 やっぱり行けない… 』』

 そうのたもうた。
 最初、バレットはわけが分からなくて首を傾げるばかりだった。
 クラウドに子供達のテンションの低さを訊ねたが、何とクラウドまでもがなんとな〜く元気がない…ように感じられた。
 何故『なんとな〜く』という曖昧な表現かというと、普段から無愛想な青年だったので、子供達と比べるとその気落ちしてる姿はさほど深刻には感じられなかったというのが一番の理由だ。
 それ以上に、愛しい愛娘の常にない覇気のなさに心が奪われており、クラウドに対して抱いた『なんとな〜く元気がない』という印象はさして大変な問題とは思えなかった。

 だがそれは間違いだった。

 ゴールドソーサーという『子供なら目を輝かせ、なにを置いても飛びつくはず』の素晴らしいプレゼントに全く反応しない子供達の心配ばかりをして、はっきりと答えてくれないクラウドに苛立ちすら感じたが、本当は子供達以上に情緒不安定な状態だったことに気づいたのは、丸々1日が過ぎてからだった。

 とにかく、クラウドも子供達も暗い。

 暗い…というか、クラウドの場合は完全に挙動不審だった。
 店の電話が、『ピリリ』と鳴ったその直後、刹那の瞬間に受話器をとる。
 その様子は見ていて真剣…というか、逼迫した感に溢れていて…とてもじゃないが、普段、電話を取ることに積極的ではないことを鑑みるとちょっと考えられない。
 落胆の色を濃くして受話器を置き、ソファーに戻るという、怪しい行動を繰り返しているクラウドの様子に、バレットはようやく合点がいった。
 ティファが一週間もいないことが彼にとってとても長い…、途方もなく長い時間に感じられているのだ…と。
 だが、バレットに言わせると一週間後に必ず帰ってくるのだから、何をそんなに慌てたり、不安に感じているのか…と鼻先で笑ってしまうようなことだ。

 そして、そのことをデンゼルとマリンだけにボソリと言って、バレットは思いっきり後悔することになった。

 ―『父ちゃん!』―
 非難めいた目が、悔し涙で一杯になっていくのを、バレットはオロオロと取り繕う言葉を必死に探した。
 だが、言葉を探す時間など全くなく、マリンの非難の言葉に間髪いれずに、
 ―『バレットのおっちゃんには分からないよ!』―
 デンゼルがダメだしの一言を吐き捨てた。
 ―『ティファ、今までこんなことなかったんだもん!』―
 ―『行き先も何にも教えてくれないし、何をしに行くのかも教えてくれなかったんだぞ!?』―
 ―『それなのに、クラウドが気にしないはずないじゃない!!』―
 ―『今までのティファなら絶対に目的も、どこに行くのかもちゃんと教えてくれてたはずなんだ!それなのに、急に何も言わないで1週間もいなくなっちゃったんだぞ!?』―
 ―『携帯にも出てくれないし、連絡も来ないし!!』―
 ―『そんな状態なのに、クラウドや私達が平気なわけないじゃない!!』―

 最後の方は、涙でぐしゃぐしゃになっていた。
 かけるべき言葉のカケラすら見つからない状態で放心するバレットの目の前で、泣きじゃくる子供達に気づいたクラウドが情けなさそうにしながら、
 ―『デンゼル、マリン。ごめん、俺が頼りないばっかりに…』―
 ――『『 クラウドー!! 』』――
 ひしっ!
 熱い抱擁を交わす血の繋がりのない親子のシーンに、バレットは完全に言葉をなくした。
 だが、それでもまだ昨日までは一縷の望みを持っていた。

 一晩寝たら気持ちもある程度落ち着くだろう…と。

 バレットは、彼にしては珍しく『落ち着いて様子を見てみよう』という英断を下した。
 いや、ただの願望に過ぎなかったのかもしれない…。
 爽やかな朝の日差しに目を覚ましたバレットは、
(こんなに気持ちの良い朝ならきっと!)
 そう期待して朝食に降りた。
 そんなバレットを待っていたのは…。

「おめぇら……」

 昨日と寸分違わぬ3人の打ち沈んだ覇気のない姿。
 いや、一晩休んだお陰で昨日よりは表情は明るい……ように見えるのは、むしろバレットの願望そのものの結果であって、ただの幻想と消えてしまった…。
 デンゼルとマリンに手伝ってもらいながら、少し危なげな手つきで朝食を作っているクラウドの背中に、なにやら黒い影が見える気がする…。
 本来ならば親子がキッチンに立って朝食の準備をしているというのは、微笑ましく、心がホッコリするもののはず。
 なのに…。

(なんで通夜の続きみたいな顔してんだよ…)

 バレットは溜め息をついた。
 諦めたのだ。
 そして、諦めたバレットは事態をシドに報告し、待ち合わせ場所だったコレルから急遽、セブンスヘブンに変更するようお願いしたのだった。

 正直、シドは自分の目で見るまで、バレットの報告を信じていなかった。
 いや、まるきり信じていないこともないのだが、まさかティファが1週間いないだけで、この世の終わりみたいな顔をしているなんて言い過ぎだ、と思った。
 だが、目の前で半分足を棺桶に突っ込んだ状態の子供達、特にクラウドの姿には開いた口がふさがらない。
 いやもう、本当に…。
 子供達はまだ分かる。なにしろ、甘えたい盛りな年頃なのだから。
 だが、クラウドはどうだ?
 もう立派な大人じゃないか。
 たかだか、恋人が1週間旅行に行っただけ。
 まぁ、旅行の目的も、その行き先も何一つ教えてくれていない、というのは心配のタネにはなるし、不満に感じても仕方ないとは思う。
 だが、なんでここまで落ち込んでるの?
 いやいや、なんかおかしくないですか?
 普通は不義理なことをする恋人(ティファ)に対して怒るなり、不満を持つなりするんじゃないですか?
 それなのに、自分を責めるかのような落ち込み振り。
 …おかしくないですか…?

「クラウドよぉ、おめぇの気持ちは分かるぜ?俺様だってシエラの奴が目的地も旅行の目的も何も言わないで、いきなり1週間も家を留守にします、だなんて言われたら腹が立つさ。でもよぉ……その……」

 この重苦しい空気を何とかしようととりあえず声をかけてみたが…。
(はて…?俺様は一体なにを言おうとしてたんだっけ?)
 分からなくなってしまった。

 いやいや、落ち込んでるクラウドを励ますために声をかけたのだ。
 そう、このおもっ苦しい空気を明るく、爽やかにするために。
 だけど…。
 なんか違う。
 今、クラウドのかけた言葉は、『でもよぉ……その……』の続きは…。

『ちゃんと帰ってくるって言ってたんだろ?なら、ドーンと構えてろ!』
 なのか?
 それとも…。
『ティファのことを本当に想ってるんなら、一週間くらいなんとか乗り切って見せろ』
 なのか?
 いやいや、それ以前に!


『いきなり1週間も家を留守にします、だなんて言われたら腹が立つさ』


 と口走ってしまった!!

 シドの背中に冷たい汗が流れる。
( しくじったーー!!)
 それがシドの率直な感想。
 そう、クラウドは『腹を立てている』のではなく、もう既に『落ち込んでいる』のだ。
『不安に感じている』のだ。
 今更『腹を立てておかしくないのでは』と口にしたところで何の解決にもならないどころか、このこう着状態を更に泥沼化させてしまってもおかしくない。

 シドは視線を感じてギギギ…とオイルの切れかけたぜんまい仕掛けの人形のように、その視線の先へと振り向いた。
 殺気を込めた目でバレットとシエラが睨みつけている。

(…すまん…)

 ガックリとうな垂れ、シドはすごすごと退散した。


 その後、なんとかかんとか、シエラが女性特有の優しげな、菩薩のような雰囲気でもってクラウドと子供達に話しかけ、ことの真相がはっきりとした。

 ティファからなんの連絡もない状態で三晩が終わってしまったらしい。
 何度携帯に連絡しても、留守電に切り替わっただけで折り返し連絡が来ない、と絶望いう岸壁に立たされた状態のクラウドの言葉に、バレットとシドはチラリ…と視線を交わした。
 暗黙のうちに、数ヶ月前のことを思い出す。

(まさか…)
(ティファの奴、クラウドのあの家出のことで仕返ししてるわけじゃあるめぇな…)

 不吉な予感が脳裏を掠める。
 だが、すぐに2人はぶんぶんっ!と頭を振ってその恐ろしい可能性を振り払った。
 クラウド1人に対しての行為ならば、『仕返し』と考えても良いかもしれない…。
 だが、デンゼルとマリンも心配しているのだ、ティファが子供達を巻き込んでまでクラウドに仕返しをしているとはとてもじゃないが思えない。
 なら。
 なんで?
 どうして何の連絡もない?
 もしかして、何か事故に巻き込まれた?
 いやいや、あのティファが巻き込まれるような事故なら、WROが出動するくらいの騒ぎになるはずだ。
 リーブからそのような連絡は入っていない。
 なら、ティファは無事だろう。
 でも、だったらどうして連絡がない?

 堂々巡りの袋小路。

 シドとバレットは、すぐにその思考を放り投げた。
 ようするに、考えることを諦めたのだ。
 ここで何のヒントもないまま、悶々と考えても埒があかない。
 ということで…。


「おい、みんな!」


 シドがだみ声を張り上げた。
 シエラがビックリして夫を見る。
 その大声に、気落ちしていた子供たちも、流石にキョトン、とした顔を向けてきた。
 現実世界に戻ってきたのだ。
 対してクラウドは…。


「…なんだ、シド…」


 うわ〜。
 不機嫌マックス。
 視線だけで殺されそう…。
 いやいや、そんな弱気でどうする、シド・ハイウィンド!!

 シドは一瞬、全身を駆け抜けた寒気を気力で振り払い、ゴホン、と咳払いをした。

「ここでウジウジしててどうするんでい!忙しい俺様が折角ティファの頼みで時間を空けて来たってんだから、ちったぁ付き合いやがれ!!」

 シーン。

 一瞬の静寂が店内に張り詰めた。
 シドはグッと眉間のしわを強め、必死になって『強気な振り』をした。
 内心はビビリまくっている。
 ここまで不機嫌且つ精神状態が不安定なクラウドと、子供達を相手にするのは初めての経験だ。
 もしかしたら、最後の決戦のときよりも緊張しているかも…。

 などなど、グルングルンと考えるシドに、一筋の光明が差し込んだのは、僅か数秒の後。


「そうだな、皆、悪かった…」


 殊勝に頭を下げたクラウドに、先ほどまで暗い顔をしていた子供達もパーッとその表情を明るくした。
 バレットとシエラがホッとしたように緊張を解き、シドへ尊敬の視線を向ける。
 シドはいつものようにニヤッと笑いながら、
「じゃあ、とっととゴールドソーサーにでも、世界一周にでも行くぜ!」
 そう言って、一番に店を出た。
 まさか、内心でガッツポーズをとっているとは、誰も知らないだろう…。

 そうして、デンゼルとマリン、そしてクラウドは3日遅れの予定でゴールドソーサーを満喫した。
 結局、クラウドは配達の仕事は4日目になってからようやく再開させ、顧客たちに頭を下げて回る羽目となった。
 決してティファへの心配がなくなったわけではなかったのだが、子供達と一緒に大声を上げてジェットコースターなどに乗ったのが気分転換になったらしい。
 なんとかそつなく仕事をこなし、未だに連絡のないティファの無事を願いながらクラウドは一日一日を、必死の思いで過ごしたのだった…。

 そうして。


「ただいまー!」


 待ちに待ったティファの帰宅。
 昨日からティファの帰宅を楽しみに…というよりも、『本当にちゃんと帰ってきてくれるのか』という不安でそわそわしていたクラウドと子供達、更には、そんなセブンスヘブンの住人が気になって結局最後まで付き合う羽目になったシド、シエラ、バレットは心の底からティファの帰宅を歓迎した。

「どこに行ってたんだよ!」
「心配したんだよ〜!」
「……おかえり、ティファ」

 子供達が涙目になりながら嬉しそうに破顔し、クラウドが目元を和らげ、まさに『天使の微笑み』のように愛しそうにティファを見つめる。
 バレットとシド、シエラは全身で溜め息をついた。
 本当に長い4日間だった。(バレットは6日)
 ティファという女性がいかに大切な存在であるかを噛み締めた1週間だった。

 当の本人はと言うと…。

「ごめんね、ちょっと特訓してたから」

 その言葉に、喜んでいた子供達とクラウド、更にはバレット達もキョトン…と首を傾げた。
「特訓?」
 クラウドが恐る恐る訊ねる。
 ティファは爽やかな笑みでこっくり頷いて、
「そう、彼女達の」
 振り向いた先には、ボロボロになって疲れきっている様子のうら若い女性達。
 着ているものは、泥と汗にまみれ、顔はスッピン状態なばかりか、泥や埃で汚れまくっている。
 だが、その姿にはおよそ似つかわしくない爛々と輝く瞳は、なにかを成し遂げた!という達成感を物語っている。

「ティファさん、ほんとうにありがとうございました!!」
「私、これで彼に『ぎゃふん』って言わせてやれます!」
「私も!あの女にあっと言わせてやれます!」
「「「「 本当にありがとうございました!! 」」」」

 ティファはそんな女性達に歩み寄ると、ガシッ!と円陣を組んだ。

「アナタ達は最高よ!絶対にそこらへんの女には負けない根性があるわ!!」
「「「「「「 はい!! 」」」」」」
「さぁ、自信を持って、最後まで闘って!!」
「「「「「「 はい!!ありがとうございましたー!! 」」」」」」

 その光景を、街行く人達がギョッとしながら通り過ぎつつ視線を流し、クラウド達はあまりのことに固まった…。


 *


「…ダイエット合宿……?」

 シャワーで汗と埃を流し、さっぱりとしたティファにフルーツジュースを差し出しながら、クラウドは呆然とした顔で愛しい彼女を見た。

「そうなの。みんな、すっごく真剣だったから断れなくて」

 クラウドや子供達、更には仲間達があっけにとられていることに気づいていないのか、実に嬉しそうにティファは合宿中の出来事を話した。
 合宿中は、全員が『ホームシックにかかったり、ダイエットから逃げ出したいと思わないために』ということで、外部連絡が一切通じないようにしていたのだという。
 そのために、ティファも携帯に出なかったのだそうだ。
 そして、そのダイエットメニューを聞いているうちに、シエラからどんどん顔色がなくなっていったことに気づいたのは、恐らく夫のシドだけだろう。
 いや、かく言うシドもティファの合宿中の出来事を聞いて全身から血の気を引かせている。
 子供達はついていけないのか、既に放心状態。
 心が壊れないように、身体が無意識に防御反応状態に陥っているようだ。
 そしてクラウドは…。

「あ〜…と、その……ザンガン流の特訓…って……」
「勿論、かなり初心者レベルに落としたわ」
「……(そりゃそうだ)。そうだな、でも…その…スクワット100本とか…腹筋100回って…」
「あ、それはね、朝食の前に毎日してたの」
「「「「(ひぃ!!)」」」」(クラ、シド、シエラ、バレット)
「でも、初日は50回ずつだったのよ。でもそれだけでも最初はバテてたし、みんな筋肉痛になってたけど、最終的にはちゃんとこなせるようになったわ。ちなみに、100本のトレーニングは今日初めて出来たのよ。すごいと思わない?私、感動しちゃった!」
「「「「 ……… 」」」」(クラ、シド、シエラ、バレット)

 合宿中の出来事を思い出しているのか、なにやら感動して目を潤ませているティファに、クラウド達はこの1週間を振り返って、あんなに心かき乱されたのがバカらしく思えて仕方なかった…。
 同時に、なんとな〜く、虚しくなったのだった…。


 その後。
 ティファのダイエット合宿にて、見事己の本懐を遂げた女性達から、『乙女の意地』がいかようにして達成されたのかが広まり、ティファに再度合宿をしてもらいたい!という希望者が続出したという…。

「マリン…、お前はあんなことする必要はないからな…」
「うん、大丈夫クラウド。私、あそこまでしようとは思わないから…」

 ティファが張り切って合宿第二回目に旅立ってしまったそのレンタルバスを見送りながら、クラウドとマリン、そして、終始無言だったデンゼルは揃ってガックリとうな垂れた。


 今日も平和だ。



 あとがき

 はい、オチなしです。
 マナフィッシュがダイエット失敗したので、『あ〜、ティファだったらプロポーションいいし、ダイエットとかしなくて良いだろうなぁ、良いなぁ』とうらやましく思ったのがきっかけです。
 はい、アフォ話にお付き合い下さってありがとうございました。