「ホラ〜、見て下さいよ、これ。これも彼氏からのプレゼントなんです〜!」
「へぇ、綺麗ですね。とっても良く似合ってますよ」
「ウフフ〜!そうですか〜?」
「ええ、本当に羨ましいですよ」
先程から繰り返されているやり取りに、マリンはそっと溜め息を吐いた。
プレゼント
その女性客は、来店直後から店長であるティファを捉まえては自分が彼から貰ったというネックレスやブレスレットと言ったアクセサリーを自慢していた。
ネックレスは、ハート型のシルバーアクセサリーが二重になっており、非常に可愛らしい作りになっているし、その他のアクセサリー類も全てが女心をくすぐる可愛い物ばかりだ。
マリンも女の子なのだから、それを一目目にした時は純粋に『あ、可愛い!』と心惹かれたのだった。
だが、その女性客のティファへの態度に、到底マリンは彼女に対して好感が持てなかった。
明らかに、彼女はティファと自分を比べて『自分の方が彼に大事にされて幸せ者だ』と言外に言っている。
その事に、ティファも当然気付いているだろうが、何分接客業なのだ。
イヤな事を言われたり、イヤな態度をとられたからと言って、彼女をに無下にあしらう事など出来るはずもない。
女性客もそれを知っての事だろう。
事ある毎にティファを呼びつけては、注文のついで…という顔をして自慢話に花を咲かせている。
「なんかさ〜、あの女の人、イヤな感じだよな…」
そっとデンゼルが囁いた。
黙って頷きながら、マリンは不快そうに溜め息を吐いた。
ティファもイヤならさっさと話を切り上げたら良いのに…。
そう思ったのだ。
ティファなら、自分よりも上手く話を切り上げる術をいくらでも思いつくだろうに。
それなのに、律儀にも彼女の自慢話に付き合っている。
だからと言って、他のお客様達への配慮を欠かしているわけでもない為、マリンが出しゃばって話を切り上げさせる事が出来ないのだ。
それが更に、マリンの不快度指数を上げていた。
「すいませ〜ん!」
店の端にいた客が手を上げた。
マリンとデンゼルは「「は〜い!」」と声を揃えながら、顔を見合わせるとそっと溜め息を吐いた。
「…そんな事があったのか…」
「そうなの!結局、ティファったらそのお客さんの相手をバカみたいにずーっとしてたのよ!!」
その日の晩。
閉店間際に帰宅したクラウドが汗を流そうと浴室へ向かう途中、既に子供部屋に引き上げていたマリンがヒョコッと顔を覗かせて部屋に招き入れた。
デンゼルは既にベッドの中で夢の住人となっていたが、マリンの段々高くなる声に目を覚まし、今ではマリンのベッドに腰掛けているクラウドの膝の上で目をパッチリと開けている。
「それでさ〜。ティファをしょっちゅう呼びつけるもんだから、他の常連のおっちゃん達がスゲ〜イヤそうに見ててさ。『ティファちゃん、助けなくて良いのか?』とか俺にまで言ってくるんだぜ!?俺だって何とかしたいのに、それを一生懸命我慢してたのにさ〜」
膝の上でむくれるデンゼルに、クラウドは苦笑しつつフワフワの髪に長い指を絡ませた。
「大体、ティファにそんな自慢したって仕方ないじゃない?ティファだってクラウドがいて幸せなのに、まるで『ティファよりも私の方がうんと幸せ者よ』って言ってるみたいなんだもん!」
見てて腹立っちゃった〜!!
デンゼルとは反対の膝の上で頬を膨らませるマリンに、金髪・碧眼の青年は片眉を上げた。
ここまで看板娘が怒るのも珍しい。
滅多に人の事を悪く言わないマリンが、ここまで怒ってるのだ。よほど、腹に据えかねる態度を取られていたのだろう。
「そうか…、じゃあ、今夜のティファはいつもよりもうんと疲れてるだろうな…」
「そうだよ!絶対にヘトヘトになってるよ!!」
「うんうん!クラウド、ティファのお手伝い、してあげてくれる?クラウドも疲れてるって分かってるんだけど…。私達が起きて後片付けお手伝いしても良いけど、そうしたらティファが気を遣っちゃうと思うの」
心底申し訳なさそうな顔をして自分を見上げるマリンに、一つ頷くと子供達をベッドに戻した。
そして、額にそれぞれ『お休みのキス』を贈ると、穏やかな表情になった子供達に淡い笑みを残し、子供部屋を後にした。
店内に戻ると、ティファはたった今最後の客を送り出したところだった。
「あれ、クラウド?」
「ん?」
振り向いたティファが、笑顔を引っ込めて小首を傾げた事に、クラウドも首を傾げる。
「シャワー、浴びてきたんじゃないの?」
「あ…」
ティファの疑問の理由が分かり、何となく苦笑して見せると、クラウドは手近にあった椅子を引き寄せて腰を下ろした。
ティファにも座るように手で示す。
「なに…?」
「うん…実はさ…」
不思議そうな顔をしながらも、自分と向かい合う形で腰掛けたティファに、先程の子供達との会話を手短に話す。
ティファは、話を聞き終わると困ったように微笑んで見せた。
「うん…、確かにマリンとデンゼルが言う通りだと思うの…」
「言う通りって?」
「彼女が、私よりも自分の方が幸せ者よ…って言おうとしてたって事…」
「…その割りに、ティファはイヤそうじゃないんだな…」
ティファの表情が、どこまでも穏やかで曇りがない事に、僅かながら戸惑いを感じる。
子供達の話からすると、ティファもイヤな思いを味わっていておかしくないというのに…。
「ん〜、実はそうなのよね…」
「なんで?」
鈍い照明を見上げながら、ポツリとこぼした言葉に、クラウドは目を軽く見開いた。
視線をクラウドに戻したティファは、「ん〜、なんて言ったら良いのかなぁ…」と暫し言葉を探して頬杖をつく。
「私ね…。彼女が私に彼の自慢話をしてるって言うよりも、彼女自身が自分に言い聞かせてるって感じがしたの」
漸く口にした言葉に、クラウドは無言のまま首を捻った。
ティファの言わんとしている事がいま一つ良く分からない。
クラウドの表情に、苦笑すると頬杖を外して身を乗り出す。
「あのね…。多分、彼女は不安だと思うの。彼が本当に自分の事を大切に想ってくれてるのかって。だって、彼からのプレゼントの自慢話しは沢山聞かされたけど、彼が最近どうしてくれた…とか、彼とこんな話をした…とか、そういうこと、全然自慢されなかったのよね」
なんだか、彼から『物』のプレゼントはもらえるけど、『心』や『想い』をもらえない寂しさを紛らわせてるって感じがしちゃったのよね。
最後の方には、瞳を伏せてしまったティファに、クラウドは「ああ…そっか」と呟くと、クスリと微笑んだ。
案の定、「どうして笑うのよ…」と拗ねられてしまったのだが、それでも笑みを引っ込める事が出来ない。
「本当に、ティファってどこまでもお人好しなんだな…」
「そんな事ないもん」
「そんな事あると思うぞ?」
「ないってば!」
「はいはい」
赤い顔をして照れるティファに、肩を震わせて笑いながら立ち上がると、「もう、クラウド!」との抗議の声を心地良く背中に受けつつクラウドはカウンターへ向かった。
「ちょ、ちょっと、クラウド!?」
「ん?」
「何するの!?」
布巾を手にしたクラウドに、ティファは膨れっ面をたちまち引っ込める。
てっきりシャワーを浴びに行くものだと思っていたのだ。
「何って、テーブルを拭くくらいなら俺だって出来るぞ?」
「そうじゃなくて、そんな事は私がするから早くシャワー浴びてゆっくりしてよ」
慌てて布巾に手を伸ばそうとするティファに、ヒョイと手を上げてそれをかわす。
「なに言ってんだ。疲れてるのはティファだって同じだろう?」
「私は大丈夫なの!慣れてるんだから」
尚も食い下がって布巾を取り上げようとする手をひらりとかわすと、テーブルの反対側に回り込んで逃げつつ口を開く。
「俺だって慣れてる」
「駄目!だって、バイクの運転して荷物を配って世界中駆け回ってる方が絶対に疲れる!」
ティファはクラウドに近づこうと、クラウドはティファから離れようと、テーブルを挟んでお互いの動きに注意しながら、更に軽い言い争いを重ねる。
「そんな事ない。絶対に接客業の方がキツイ」
「それはクラウドが人付き合い苦手だからでしょう?私は大丈夫なの!」
「言ったな?」
「言ったわよ!」
「ま、それは認めるけど、人付き合いが苦手であろうが無かろうが、こんな時間まで働いてて大丈夫なはず無い」
「大丈夫なの!」
「頑固だなぁ」
「クラウドこそ!」
一歩も譲らない彼女に肩を竦めて溜め息をついた一瞬の隙をティファは見逃さなかった。
テーブルに手を着くと、ひらりと跳躍する。そして、「あ…」と口を開けているクラウドの真横にストンと着地すると、サッとその手から布巾を取り上げた。
「フフ、油断大敵よね」
ニッコリと笑って自分を見上げてくるティファに、クラウドは再び溜め息を吐くと、
「確かに、油断っていうのは大敵だよな」
「え!?」
ふわりと優しく華奢な体を抱きしめる。
「あ、ああああのね…」
「ん?なに…?」
「なに…じゃなくて…」
「うん」
「こんな事してないで、シャワー…」
「ん〜、もうちょっと」
「も、もももうちょっとって…」
「確かに俺は今日、疲れてる」
「う、うん?」
「だから、もうちょっとこうしててくれたら、疲れが取れる」
髪に頬を埋めながら真っ赤になったティファにそう囁くと、それまでソワソワモジモジしていたティファの動きがピタッと止まった。
そして、彼女自身の腕がそっとクラウドの背中にまわされる。
「…私も…」
「ん?」
「私も、今夜はちょっと疲れた…かな…」
「ああ、お疲れ」
「ん。クラウドも…お疲れ様」
「ああ…」
お互いの温もりにそっと瞳を閉じる。
それだけ…。
それだけで良いのだ。
物は要らない。この温もりがあればそれが何よりの『プレゼント』なのだから…。
クラウドの温もりに包まれ、穏やかで静かな幸福を感じつつ、ティファは『物』の『プレゼント』しか自慢出来なかった彼女は、やはり可哀想な女性だと思ってしまうのだった。
「…ティファって本当にお人好しなんだよな〜」
「…それがティファの良いところなんだけど…ね」
翌日。
朝食後、子供達にそっと昨夜のティファの言葉を伝えたクラウドは、予想通りの反応をする子供達に目を細めた。
「でもさ〜、俺、やっぱり昨日の女の人に同情出来ないな〜」
テーブルの下で足をブラブラさせながらぼやくデンゼルに、マリンが「私も…」と暗い声で賛成する。
「だって、ティファの事、バカにされてる気がしたんだもん…」
「そうだよなぁ…」
マリンのこぼした一言に、デンゼルも暗い声で賛成する。そして、
「「はぁ〜」」
同時に深い溜め息を吐いた子供達に、クラウドは堪えきれずに吹き出した。
「何で笑うんだよ〜」
「いや、二人共なんでそんなに暗いのかと思ってな」
むくれる子供達に、軽く手を上げて宥めながらクラウドはふと窓の外に目をやった。
今日は天気が良い。
店の外を、多くの人々が行き交っている。
今日は配達の仕事もキャンセルが急に入った為、オフになった。
「………」
暫し黙考。
そして、その僅かな時間で出した結論を口に出そうとしたクラウドを、子供達の声が遮った。
「「お出かけしよう!」」
驚いたクラウドの視線の先では、先程とは打って変わった満面の笑みの子供達。
「全く…、二人には敵わないな」
そう苦笑してそれぞれの頭をポンポンと叩くと、クラウドは腰を上げた。
洗濯物を干しているティファが、「いってらっしゃい!」とにこやかに手を振る。
その見送りを受け、三人はエッジの街に繰り出した。
そして。
三人は昼食前に帰宅した。
心なしか赤い顔をしたクラウドと、楽しくて仕方ない様子の子供達に首を捻ったティファが、その理由を知ったのはそれからすぐのこと。
まず驚き、そして顔を輝かせてクラウドに抱きつく結果になったティファに、三人は心から満足したのだった。
「お、ティファちゃん、可愛いじゃないか、そのネックレス!」
「お〜?本当だ!」
その日の晩。
常連客達に早速プレゼントのネックレスを褒められた店長は、いつになく上機嫌で終始笑顔が絶えなかった。
にこやかに、そして幸せそうに微笑む彼女の胸元には、雫を模った(かたどった)二重のリング。
そして、そのリングの先には清楚な光を湛えたダイヤがはめ込まれていた。
「クラウドさんからかい?」
「うぉ!たっかそ〜!」
嬉しそうに頷く彼女に、子供達と青年が穏やかに笑みを交わす。
そんなセブンスヘブンの住人達に、常連客達は今夜も胸を温かくさせるのだった。
こうしてセブンスヘブンの住人達から『プレゼント』をもらった常連客達は、また明日、頑張って生きる事が出来るのである。
『物』ではない『プレゼント』を与えてくれるこの店に惹かれ、今夜もセブンスヘブンに客が足を運ぶのだった。
あとがき
はい、久々にギャグ系でない話を書きたくなりました(笑)。
クラウドが一生懸命お店でアクセサリーを選ぶ姿も書こうか迷ったのですが、
今回は子供達も連れて行ったのでスルーにしました。
いつかそんなお話も書くかも…(いえ、どうしようかな)
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