ライバル出現…!?


 じー……。

 今日も誰かが見つめている…。
 そんな視線を感じる…。

 どうにも居心地の悪い感触を味わう様になって、かれこれ約1週間。
 その視線を感じ出した初めの頃は、こう、首筋がチリチリする程度だったのに、今では全身に突き刺さるような強いものになっている。

 まさに、今現在がその視線の只中にあったりするわけで…。
 こう、気配を読む事に普通の人よりも長けている為、そう感じるのかもしれないけど…。
 
 それにしても、こうもあからさまに見られている事を感じるのは、かなり不快な気分になる。

 もちろん、その視線の正体を突き止めようと、素知らぬ振りをしてから、バッ、とその視線の先を振り向いてみたり、視線を感じた場所まで行って、辺りを窺ってみたり、自分の出来る事は一応してみたけど、驚くほど相手のほうが上手で、全て空振りに終わっている。

 今のところは、無言電話や変な物の投函等といった嫌がらせがないのが、せめてもの救い…。
 それに、周囲の空気を読むことに関しては、非常に鋭いマリンも、少々マリンに比べたら鈍いデンゼルも、これといって何も話してこないので、きっと子供達には危害が及ぶ事はないだろう…、と判断している。

 もちろん、現段階では…だけど。

 その為、正体不明の視線を感じている事は、家族には、特にマリンには絶対にばれないようにしている。
 本当なら、クラウドには相談するべきなんだろうけど、ここ4・5日は過密スケジュールになっているから、どうにも言い出しにくかった。
 それに、初めの頃は、まさかこんな状況まで引きずるとは思っていなかったのだ。

 ≪ジェノバ戦役の英雄≫。

 そんな肩書きを背負う私を、ただ物珍しさから好奇の視線で眺めていただけだろう…、そう考えていた。
 だから、そのうち興味も薄らぎ、いずれはこの不快な空気からは解放される…。そう高を括っていた。

 それなのに、現実は……。


 じー………。

 眼力で穴を開ける事が出来るなら、今頃全身穴だらけよ。
 はぁ…。
 本当にこの纏わりつくような、それでいて穴が開きそうな視線…、何とならないかしら…。



「ティファ…、どうかした…?」

 いつの間にか、真後ろに立っていたマリンに、私は飛び上がらんばかりに驚いた。
「え…、べ、別に……、どうもしないわよ……」

 ギクシャクと答えてみたものの、眉間を寄せているマリンには全く通用しなかったのが、もうありありと浮かんでいる。

「嘘ばっかり!最近ティファ、ずっとおかしかった事に気付いていないと思ったの!?」

 ……バレている……。
 ……思い切りバレている…。

 マリンの鋭い眼光に、冷や汗がツツーッと背中に伝うのを感じる。

「あ…、えと……。でもね、マリン……」
「何を隠してるの!?」

 言いよどむ私、マリンがズバリと問い詰める。

「え……と、い、いやあ、あのね……」
「私やデンゼルに言うと、心配かけちゃうって、そう思って黙ってたんでしょ!?」

 ああ……、本当にバレバレだったのね。

「……あ〜、でもね、マリン」
「でも、それって逆効果なんだよ…。その事、本当に分からない?」
「…………ごめんね」

 悲しそうな顔をして、じっと見つめるマリンに、私は呆気なく白旗を揚げた。
 溜め息を吐き、店内のテーブルの椅子に腰を下ろし、マリンにも椅子を勧める。

 こうまでバレているなら、包み隠さず白状してしまうしかない。
 それに、ずっと聞きたかった事もあるので、この際じっくりと話を聞くことに決めた。
 それは…。

「ねぇ、マリン。最近何か変わったこと……、ないよ…ね?」
「変わった事って?」
「例えば、誰か知らない人に声をかけられたり、変なものが家の前に置かれてたり…」
 恐る恐る私が尋ねると、マリンは聡明な瞳を少し天井に移し、何やら一生懸命考えいてたが、やがて首をフルフルと横に振った。
 私はその姿に、ホッと胸を撫で下ろした。

「ティファ、ティファには何かあったの?」
 私が胸を撫で下ろして安心したのを見て、マリンが心配そうな目で見つめてきた。
「ううん、違うの、まだ何もこれといってないんだけど、それが逆に困ってたりするわけなのよね…」
 苦笑する私の言葉に、マリンはキョトンとした。

 そう、もしも、正々堂々、私に対して何らかの不満を言って来てくれれば、こんなにも居心地の悪い気分は味わわなくて済むのよね。
 う〜ん、でも、奥手で大人しい人なら無理かしら…。
 でも、ここまで視線を投げかけてくるんだから、そんなに大人しい人だとは考えにくい気もするし…。

「ティファ?」
「え…、あ、ああ、ごめんなさい。ちょっと考え事しちゃった」
「うん、そうだと思った。だって、ティファって何か考え事する時、必ず百面相になっちゃうんだもん。」だから、見てて楽しいの。

 最後のマリンの言葉が少々、こう、胸が痛むのよね。だから、苦笑しか返せないわ。
 でも、そんなに笑顔で言われたら、もっと、その笑顔を見たくなるって、思ってしまう私は、かなりな『親バカ』よね…。

「ねぇ、デンゼルは何か言ってなかった?」
「うん。特には聞かないけど…。どうしたの?」
 心配そうな顔をするマリンに微笑みながら、さて、一体何からどう説明したものか…。
 そう思案していると、

「ただいま〜」あ〜、お腹減っちゃったよ〜!

 遊びに行っていたデンゼルが、元気に帰ってきた。

「おかえりなさい…?どうしたの?」

 デンゼルが少し首を傾げているのに気付いて声をかける。
 デンゼルは、「ああ、うん」と玄関先を指差して「たった今そこで、良くわかんないけど女に人バッタリ会ったんだ。何だか店の中を盗み見てるみたいだったから気になってさ…」
「え!?」
「今!?」

 デンゼルの言葉にギョッとすると、マリンと私は店の扉へ振り向いた。

 私達の反応に、びっくりして目を丸くするデンゼルへの説明は後回しにし、大股で扉に近づくとそのまま勢い良く押し開ける。

 予想通り、外には既に誰もいない。
 一応、辺りを警戒したものの、特に怪しげな人はいなかった。
 昼間のエッジには人が溢れているから、あの人ごみの中から不審者を探すのは無理だろう。


 私は、深く溜め息を吐くと、店内に戻り、簡単な情報を提供してもらったのか、デンゼルが心配そうな顔をしていた。

 マリンにもまだきちんとした説明をしていなかった事を思い出し、私は改めて二人に向き合うようにして椅子に腰掛けた。




「ティファ、どうしてその事黙ってたの!?もしもっと早く話してくれてたら、私達だってティファを覗き見している怪しい人がいないか、注意してたのに!」

 一通り説明をし終えると、予想に違わずマリンのお説教を受けてしまった。
 そのマリンの隣では、デンゼルが何度も力強く頷いている。
 二人の真剣な表情には、本当にこの子達の底力が凄いものであると、改めて実感する。

「うん。ごめんね。また≪ジェノバ戦役の英雄≫が見たいミーハーな人かと思って、放っておいたのよ」
 私が苦笑しながらそう白状すると、マリンとデンゼルは顔を見合わせて「「はあ〜…」」と、同時に深い溜め息をついた。

 何か、その仕草、どうも私に対して、物凄く呆れ切ってる感じがしちゃうんだけど………。

 私がそう内心で苦笑していると、マリンが心配そうな顔で口を開いた。

「あのね、ティファ。ティファは確かに、≪英雄≫として皆から珍しがられた事があるし、これからもあると思うの。でも、もっとティファは自覚しないといけない事があると思う」
「自覚?」
「そうだよ!ティファは自覚がないから無防備になりやすいんだからな!本当に、周りで見ててヒヤヒヤした事が何回あったか」
「???」

 マリンとデンゼルの意外な言葉に、私は目を丸くした。

 う〜ん、確かに腕には自身があるから、ちょっと油断してる事があるかもしれないわね…。
 でも、性質の悪い人にやられる事は、多分ないと思うんだけど…。
 それでも、最近、忙しかったからあまり体を鍛えてないし…。
 そうね、今夜から少し、仕事の後とかに体を鍛えなおしていこうかな!

「ティファ…」
「ん?なあにマリン」
「私達が言ってる事と、ティファが思っている事、多分違う気がするの…」
「え?そうかな?」
「俺達は、ティファが自分が他の人から、って言うか男の人から凄く狙われてるって事を言ってるんだけど…」
「あら、大丈夫よ。最近では性質の悪いお客さん、少なくなったし、それにもし来ても大丈夫。最近鍛錬してなかったから鈍ってるかもしれないけど、これからはちゃんと仕事が明けたら鍛錬していくつもりよ。でないと、このお店も守れないし、デンゼルとマリンに心配かけちゃうばかりだもんね」

 こう答えた私に、デンゼルとマリンは『やっぱり…』という顔をした。

 あれ…?そういう事じゃないのかしら……?

「ねぇ、ティファ。クラウドもモテるって知ってた?」
 この言葉に、私はつい最近の出来事をイヤでも思い出した。

 そう、それはつい最近のこと。
 彼が帰宅中に、建設中の建物から鉄骨が落下する事故があった。まさにその真下に女性がいて、下敷きになる寸前をクラウドが奇跡的に救出した。
 もちろん、そんな神業が出来るのは、クラウドだけだと思うし、そんな彼を誇りに思ってるわ。
 でもね。その後の事は、ちょっといただけなかったわね…。
 だって、その現場を見ていた若い女の人たちが、一瞬でクラウドの魅力に気付いちゃったんだもの。
 それからは、毎晩のようにクラウド目当てで来る女性客で、セブンスヘブンはてんやわんやの大騒ぎだった。

 結局今では、彼の仕事のスケジュールが忙しくなり、帰宅が深夜を回る事が増えた為、彼が店の手伝いをする機会が激減。それに伴って、ミーハーな女性客達は、セブンスヘブンから足が遠のいていった。
 おかげでセブンスヘブンは、ここ何日かで、例の事故の前のような姿を取り戻しつつある。


「もちろん、クラウドがモテるのは知ってるわよ。だって、あんなにクラウド目当てでお店に来る女の人がいたら、イヤでも気付いちゃうわよ」
「うん。そうなんだけどね…」
「ん?」
「だから、クラウドもモテるって事は、ティファをライバル視する女の人が多いんだって、気付いてる?」
「へ?」
「「……ティファ〜」」

 私の間の抜けた声に、二人はガックリと頭を垂れ、何とも情けない声を上げて私を見た。

 う…、そ、そうね……?
 確かに、クラウドの事を想ってる人から見れば、私って…、そ、その、……ラ、ライバル…って事になるのよね…!?

 ― ライバル ―

 その言葉の意味、今までたった『一人』にしか感じてなかったわ…。

 それにしても、ライバル…か。
 な、何だか、無性に、は、恥ずかしくなっちゃうのは、な、何でかしら…?


「…ティファ、何で顔赤くしてるの?」
「え!?」
「おまけに、何だかニヤニヤしてるけど…」
「そ、そんな事ないわよ」
「「………」」

 子供達は、これ以上はない程胡散臭げな目で私を見つめている。

 う、そんなに顔に出てたのかしら…。

 だって、何だか無性に『嬉しい』んだもの。
 ライバル視されてるって事は、私の事を『一人の女』として見てくれているわけだし、クラウドとの事も、その、あ〜、
…恋人として、…見てくれている…って事よね!?
 そ、そりゃ、確かに私はクラウドには『不釣合い』かもしれないけど、それでも、やっぱりクラウドの隣にいたいし、彼と一緒にこれからも歩いて行きたいの!
 でも、ライバル視してくれてるって事は、少なくとも『彼を想っている女性』からは、クラウドの隣を歩いているって『認められている』って感じがするのよね。
 もちろん『相応しい』って認めてるんじゃなくて、私がクラウドを想っている一人の女って認めてくれてるって意味だけど。
 それに、今までこんな風に『無邪気に』ライバル心を持った事がなかったもの…。
 何だか、『青春』って感じてしまうの!
 そう、それに、ここ最近感じていた視線の意味も、私を『ライバル視』してからのものだったら、全部説明出来てしまうじゃない!
 これだけ見られるほど、私の事を『ライバル視』してくれる女性が現れたんだわ!

 うん!こうしちゃいられないわ!

「ティファ!?」
「どうしたんだよ、いきなり!?」

 勢い良く立ち上がった私を見て、二人はびっくりして私を見上げる。
「フフ、ちょっとおめかししようと思って」
「え?」
「おめかしって、お化粧するってこと?綺麗な服に着替えるって事!?」
「うん。だって『ライバル』が現れたのよ!私も頑張ってクラウドに『相応しい』女の人にならないと!」

 ウキウキと弾む心を胸に、自分の部屋へ戻る私の背後から、何故か二人の深い溜め息が聞こえた気がした。



「よー、ティファちゃん!今日は何だかいつも以上に色っぽいね!」
「そう?フフ、有難う」
「ティファちゃん!今日はどうしたの!?いつもあんまりお化粧してないのに、いつも以上に凄く綺麗だよ!!」
「そう?変じゃないかな…?」
「「「全然!!」」」
「フフ、皆、有難う」

 その夜、私は普段はあまりしない化粧を施し、服も淡いピンクのノースリーブでハイネックのカットソー、そして膝下までの白のパンツスタイルで仕事をしていた。本当は、スカートにしたかったんだけど、仕事中にはやっぱり動きがとりにくくなるので、パンツにする事にした。
 普段とは違う装いの私に、お客さん達はびっくりしつつも口々に褒めてくれて、少し『冒険』してみた甲斐があったわ。

 そんな私を渋い顔で見つめているのは、看板娘と看板息子の二人。
 何故か、私が化粧をしてこの服装で下りてきた時から「ねぇ、ティファはお化粧なんかいらないよ」「俺、いつもの服装の方がいいと思うな」と、良い顔をしてくれない。

 実は、あんまりにも二人が良い顔をしてくれないので、いつもの服装に戻そうかな…、って思ったんだけど、結局普段からし慣れない化粧と服選びに時間がかかっていて、店の開店準備に間に合わなくなる為、そのままズルズルときてしまった。
 でも、予想に反してお客さん達の反応は良かったので、ホッと一安心する。


「ティファちゃん。何か良い事あったの?」
「ん?どうして?」
「何だか、いつもよりもご機嫌だし、服装は違うし化粧までしてるからさ〜」
「そうそう。もしかして、今夜辺りクラウドさんが早く帰ってくるとか?」
「いいえ、そうじゃないの。クラウドは今日も遅くなる予定だし…。でも、良い事なら少しあったかな?」
「へ〜、一体何?」
「フフ、秘密です」
「そんな勿体つけないでさ〜」

 口々にお客さんが色々尋ねたり、褒めてくれたり、いつも以上にお客さんが絡んでくる。
 でも、決して不快な気分になるものじゃなく、楽しい雰囲気に包まれた温かいものだった。

 そんな中、急に一人のお客さんが何だか硬い顔をしてガタン、と椅子を鳴らして立ち上がった。
 店にいる皆の視線が、その若い男性客に注がれる。
 そのお客さんは、そんな視線の中、私を赤い顔をしてじっと見つめながら、硬い動きで近寄ってきた。

 ……気分が悪くなったのかしら……。

 少し心配になって、そのお客さんに声をかけようとした時、そのお客さんが口を開いた。
「ティファちゃん!」
「は、はい?」
 予想以上に大きな声を出されて、びっくりして少し声が裏返る。

「あ、あの…」


「あ!?クラウド!!」
「「「え!?」」」
 彼が言葉を続けようとした時、マリンの大声が響き渡った。
 その大声に店内全員が驚くと、反射的に勢い良く店の扉に振り向いた。しかし、そこには誰もいないし、外からフェンリルのエンジン音も聞こえない。
「ど、どうしたの、マリン?」
「ううん。クラウドに電話するのを思い出しただけ」
「もう。びっくりするでしょ?クラウドが帰って来たのかと思っちゃった」
「ごめんなさ〜い」
 彼が帰ってきてくれたのかと一瞬期待した為、少々恨めしい気持ちになる。
 そんな私に、マリンはチロッと舌を出しながら、可愛い仕草で謝った。

 ああ、もう。そんな可愛い仕草されたら、怒れないじゃない。

「本当にもう、マリンは可愛いんだから」
 苦笑しながら、マリンの額を人差し指で軽く突くと、カウンターの奥にいたデンゼルが、何故か『良し!』とガッツポーズをするのが見えた。

 …何でそこでガッツポーズなの?

 少し疑問に思ったけど、お客さんが何か言いかけていた事を思い出し、慌てて彼に向き直る。
「ごめんなさい。すみません、お話の途中で。えっと、それでどうされたんですか?」

「い、いや、なんでも、ないです…」
 その男性客は、何故かしょんぼりとした様子で自分の席に戻っていった。
「???」
「まあまあ、何でもないって言ってるんだし!それよかティファちゃん、オーダーお願い!」
「あ、はぁい!」

 首を傾げる私に、他の常連さんが声をかける。
 私は、ニコニコと上機嫌のデンゼルと、いつも通りの笑顔のマリンに微笑みかけると、カウンターの中へ戻っていった。

 それからは、特にいつもと変わらず、他の常連さんと談笑しつつ注文を受け、料理を作り、お酒を運んで時間はあっという間に過ぎていった。

 そして、閉店直前。
 子供達は既に自分達の部屋に引き上げていて、夢の中にいる時刻。
 フェンリルのエンジン音が遠くから響いてきて、店の前に止まった。
 予想以上早く、クラウドが帰宅したのだ。

 店内の残り少ないお客さんがそわそわと店の扉に視線を流し、中には『そそくさ』と表現が良く似合う動作で、「じゃ、勘定ここに置くから」と言って、お釣りも受け取らずにそのまま帰ってしまうお客さんまでいた。

 別に、クラウドが帰ってきたからって、そんなに急がなくても良いのに…。
 
 そう苦笑していると、やや慌てた様子でクラウドが店の扉を押し開けて入ってきた。
「おかえりなさい、クラウド。随分早かったのね」
「………」
「クラウド?」
「…あ、ああ、ただいま…」
「どうしたの?何かあったの?」
「い、いや、別に」
「???」

 店に入ってきたまま、私を見て固まってしまったクラウドに首を傾げる。
 クラウドは、何だかソワソワと落ち着きなく視線を泳がせると、私の視線を避けるように大股でいつものカウンター席まで行き、やや乱暴に腰を下ろした。

 そんな彼に触発されたかの様に、残りのお客さんもあっという間に席を立ち、慌ただしく全員のお客さんが帰ってしまった。
 しかも、その全員がお釣りをとらないで……。

 何だか、あまりの光景に呆気にとられてしまい、私は呆然とその最後のお客さんを追いかけてお釣りを渡す事すら出来ず、立ち尽くした。


 残されたのは、中途半端に食べ残された料理の乗ったお皿と、飲みかけのアルコールの入ったグラス、いつもよりも多いお勘定のギル…、そして…。

 どことなく気まずい雰囲気…。


 帰宅してから、クラウドは私をまともに見ようとしない。
 黙って、私が出した夕食とアルコールを口に運んでいる。
 それも、何だか機械的に口にしていて、全然味わっていないのがありありと分かる。

『何で怒ってるの…?』

 さっぱり分からない彼の行動に、お客さんが褒めてくれた為に弾んでいた気持ちが、あっという間に萎んでしまう…。

 そっと、彼を盗み見ると、チラッと私を見ていた彼の視線とバッチリ合ってしまった。
 すると、彼はその途端に、勢い良く視線を逸らしてしまい、明後日の方向を見つめるではないか!?
 そんな彼の行動に、まるで何かが頭に落ちたかのような衝撃を受け、私はカウンターの中で呆然としてしまった。

『な、何で…!?』
『何でそんなに怒ってるの!?』

 本当は少し期待してた。
 いつもと違う装いの私を、彼が褒めてくれるのを…。
 もちろん、彼は根っからの口下手だし、寡黙な性質だからあまり多くは言ってくれないとは思ってたけど、それでも『いつもと違うんだな』とか、『変じゃない、似合ってるぞ』とか一言くらい言ってくれるって思ってたのに…。

 それなのに、現実は…。

 はぁ〜。
 デンゼルとマリンの言う通り、着替えれば良かったな…。
 いつも通りの服装なら、少なくとも今頃は『今日は〜で大変だった』とか『今夜の夕食は〜だな』とか、いつもと変わらない一時を過ごせていただろうに…。

 何だか、ウキウキしていた自分が酷く滑稽に思えて、惨めな気分になる。

 もう、良いわ。
 明日から、いつも通りの服装とお化粧に戻すわ…。
 だって、折角『ライバル視』してくれる人が現れても、肝心の彼に嫌がられたんじゃ、本末転倒だもの…。

 私は、すっかり沈み込んで重くなった心を胸に引っさげ、わざとらしく私を無視し続けるクラウドに、
「今夜はごめんね。気分を悪くするような事をして…。もう、今夜は疲れたから先に休むね」
と、声をかけ、彼を見ないようにしつつ、逃げるように自室への階段を駆け上った。



 部屋に戻って、まず最初に化粧を乱暴にこすり落とす。
 次いで、着ていた服を脱ぎ捨て、叩きつけるようにベッドに放り投げ、小刻みに震えて上手く使えない手にイライラしながら部屋着に着替えた。
 そして、着替え終わると投げやりな気持ちをそのまま表し、ベッドにドサッと腰を下ろして膝を抱え込んだ。

『ああ、何でこんなに惨めな気持ちにならなくちゃいけないの…!?』
 半ば不貞腐れてそう思う…。
 でもそうして、しばらくじっとしてると、段々カーッとなっていた頭が冷めてきて、冷静に考える事が出来る様になってきた。

『…何だか、勝手に浮かれて、勝手に落ち込んで、勝手にイラついて…。私って本当、子供みたい…」
 冷静になればなるほど、先程の自分の行為が幼すぎて、物凄く恥ずかしくなってきた。


 うん、そうよね…。
 クラウドは疲れて帰って来たのに、浮かれてる私に気分を悪くしても仕方ないわよね…。
 それに、私が先に『気まずい雰囲気』を作り出してたかもしれないし…。
 そうだとしたら、クラウドが私の視線を避けてても、全然おかしくない…わね…。
 ………。
 …私、かなり、……バカ…!?
 一人で落ち込んで…。
 一人でいじけてて…。
 一人で惨めになって…。
 ………。
 …私のバカー!!


 結論に達した私は、猛烈に恥ずかしくなって、枕に顔を埋めてうずくまった。

 そうよ!
 クラウドは疲れて帰って来たのに、私のご機嫌をとるような言動、しなくちゃならない道理があるわけないじゃない!?
 ああ、それなのに!!
 私ったら、本当に自分の事ばっかりで、全然クラウドの事を考えてなかったんじゃないの!?
 もう、もう!!
 本当に私の大バカ者ーー!!!

 自分のバカさ加減にほとほと愛想が尽きてしまうわ!
 でも、そうと気づいたのなら、サッサと彼に謝らないと…!
 だって、きっと今頃カウンター席に一人で悶々としてるはず…!!

 ……でも、何て言って謝れば良いの…?

『さっきはごめんなさい、急に取り乱して』かしら…?それとも、
『疲れて帰って来たのに、全然クラウドの事を考えてなくてごめんなさい』かしら…?

 ああ、何だか全部当てはまるわ。
 それに、謝るなら早い方が良いに決まってるわよね!?
 それなら、こんなとこでグジグジ悩んでる場合じゃないわよね!?

 私は意を決すると、勢い良くベッドから飛び降りた。
 その時―。

「ティファ…?起きてるか?」

 クラウドがノックと共にドアの向こうからそっと声をかけてきてくれた。
 私の心臓が、ドクン!と強く脈打ち、心臓が早鐘を打ち出し、カーッと顔に勢い良く血が上っていく。
 それに伴い、つけたはずの決心があっという間に萎んでしまった。

 駄目よ!しっかり謝らなくちゃ!!折角クラウドの方から来てくれたんだから、ちゃんと声を出して、ドアを開けて…!!

 焦る心とは裏腹に、私はカチンコチンに固まってしまい、どうにもその場から動けなくなってしまった。おまけに声も喉の奥に引っかかって出てこない。

 そんな情けない私に、クラウドはドアの外から、尚も話しかけてくれた。

「ティファ…、さっきは、その、悪かった」
 どうしてクラウドが謝るのよ…。

「いつもと違うティファに、びっくりしたんだ」
 そうよね、いつもと違って、変に浮かれていたから気分を悪くしちゃったんでしょ…?

「あんまりにも、その、似合ってて、さ」
 ………え?

「だから、咄嗟に何て言って良いのか分からなくて」
 ……本当に?

「その、最初の出だしで、何にも気のついた事を言えなかったから、何て言うかタイミングを掴み損ねてさ」
 …………。

「だから、何だか無性に恥ずかしくなって、どうして良いのか分からなくなったんだ」
 ………本当?

「あ〜、だから、何となく気まずくなって、………うん。だからその、本当に悪かったよ」
 ………!!


「クラウド!」
「わっ!?」

 クラウドの言葉を聞き終わるや否や、体が自然にドアへと勢い良く動き出し、ドアの外に立っていたクラウドに思い切り抱きついた。

「クラウド、本当にごめんなさい」
「……、ティファが謝る事は何もないだろ?」
「ううん、クラウドの事、何にも考えずに勝手に怒ったり、拗ねたり、本当に私、自分の事しか考えてなかったから…」
「……そんな事ない」
「そんな事ある」
「ない」
「あるの!」
「俺はないって!」
「………」
「………」

 そうして、ほんの少し間近で見詰め合い、私達は同時に吹き出した。

 何だか、一気に気分が高揚していくのを感じる。
 本当に私って現金なのよね…。
 でも、クラウドが相手だから、なんだよね。
 こんな風に、想える相手がいる私は、何て幸せなのかしら…!

 だから、『ライバル』には負けられないって思うの!


 だって、彼が私の『幸せ』なんだから…!


 だから、『ライバル達』に彼が心惹かれないよう、自分を磨いていきたいの!


 ね?良いでしょ、クラウド♪


 おまけ
「それにしても、どうして今夜いつもと違う格好してたんだ?」
「フフ、それは『ライバル』が現れたからよ」
「『ライバル』?」
「うん、『ライバル』」
「一体、何の『ライバル』なんだ?」
「それはもちろん…、………」
「『もちろん』…、何だ?」
「……あ〜、何て言うか、その…」
「???」
「うん、『女同士』の秘密よ!」
「?何だそれ…??」
「だから、ひ・み・つ、なの!」
「……何か、思い切りはぐらかされてるよな…」
「そ、そんな事ないよ…」
「そんな事大有りだろ」
「ないの!」
「分かった分かった…」
「あ〜、何だか凄く馬鹿にされてる気がする〜!」
「してない、してない」
「してるでしょ!?」
「うん、少しな」
「もう!」
「フッ。それにしても、我が家のお子様達は本当に良く気がまわるよな…」
「?…何?」
「ん?いや、何でもない、気にするな」
「???」
「(ライバルか……。今夜みたいな格好されると、俺の方こそライバルが大幅に増殖してしまうよな…。まあ、でも俺には天使が二人もついてくれてるから、何とかなる…かな?)」
「何?」
「いや、本当に何でもない」
「???」



 翌日ティファは思い出す。
 

 結局、視線の先の正体が分かっていない為、当分の間、体に穴が開きそうな視線を浴びる生活が続くのだ…と。


 そう、『ライバル』との勝負はまだまだこれから…!!


あとがき

はい、何だかバカップルネタになってしまいました(苦笑)。
え〜、書きたかったのは、要するに二人共モテモテと言う事です!
そして、そんな二人を子供達があの手この手で頑張って助ける!!
はい、ただそれだけが言いたくてこんなに長くなってしまいました(汗)。

最後までお付き合い下さり、有難うございました!