ねぇ、貴方に会いたいよ
なぁ、君は赦してくれるのか
貴方の想いと一緒に全て包み込んで
君の温もりをこの手に感じていたいと願う
貴方に好きだと伝えたい
この弱い人間を






【The other promise】






薬品の匂いに混じり、花か果物のように甘い匂いが漂う白い部屋。その部屋に一つだけ置かれているベッドの脇に、質素な椅子に座っているティファは目を閉じた。
彼女の手はベッドに横たわる人の手を握り、その人物が握り返してくれることを切に願っている。
しかしその願いが現実になるのは当分先になりそうだった。

その人物の腕には痛々しい様なチューブや機器が繋がれて、目を覚まさない彼に栄養を送り、その身体に異常が出ないかを見ている。そしてそれらの機器が今まで何も表さない代わりに彼は目を閉じていた。

「クラウド……」

ティファは彼の名前を呼ぶ。
ずっと探していた、愛しい人の名を。
未だに目を閉じたまま眠る彼を。




クラウドによって異世界から帰還したのはこの世界での時間に直すと行方不明になってから一ヶ月後だった。
子供達に連絡をとったときの剣幕が凄くて、数日間はまともな口を聞いてくれなかった。
仲間には『ちょっとした小旅行』というおよそ言い訳にならない話をした。
それでも、あの戦いから帰ってきただけでもいいほうなのだろう。
血の気が思い出すだけで引く。

殆ど戦いに自分の意思がなかったようにさえ思えてしまう。
セフィロスの言葉をあえて借りるなら本当に『盤上の駒』だったわけだ。
戦うことを己の使命のように感じ、ただひたすら拳を振るう。そんな殺伐としたものを子供達が知ったら、と思うとゾッとする。

本当に私達だけで良かった。

純粋にそれだけを思って、同時に自分を帰してくれたクラウドの身が心配になる。

二人で協力して戦っていたら二人で帰れたのかもしれないし。
でも貴方の気持ちも解るの。
永劫回帰の牢獄の世界。
狂ってしまいそうな世界で貴方が私を助けた理由も。
私も貴方を愛しているから。

代わりにクラウドがどうなったのか私には知る術が無い。
ただ願うのは無事に帰還してくれることだけだったのに。

ティファの目の前で昏睡状態のクラウドは帰還して一度も目を覚ましていない。
クラウドの事を良く知るかつての同僚が彼をみつけ、ソルジャー達が隠れて生活をしている施設へと運びこんだらしい。
戦役の仲間にも秘密だと念を押されて入った部屋に眠っていたクラウドを見つけたティファはその姿に泣き崩れた。

彼が好んで身につけていた服は殆ど原形を留めないくらいに焼け焦げ、破れ、そこから見える白かった肌の大半が火傷のように爛れていて。
辛うじて呼吸を続けるその姿はとても見れるものではなかった。


クラウドがいたのは教会の泉。
泉の水に半身を沈めるように倒れていたらしい。
そしてその泉の聖水が、傷ついた身体が悪化しないようにしていてくれた。
それを聞いて今はエアリスにただ感謝の言葉しか出てこなかった。きっと自分が見つけただけなら、何もできなくてただうろたえるだけなはずだったから。


「クラウドなら、きっと大丈夫だよ」

「そうだよ。クラウドは、大丈夫だって」

「だから」

「「ティファも信じてあげて!」」


子供達はそういいながら毎日クラウドに会いに来てから遊びに行く。そしてティファは彼の手を握り意識を取り戻す時を待ち続ける。それが日課になっていた。
セブンスヘヴンも長期休業にした。
子供達も了承した。
それ程クラウド・ストライフは掛け替えの無い家族である証なのだ。


*********


悲しいわけではないのだが、子供達が出かけた後、ティファは涙がいつも溢れて来る。
いつも苦しい思いをクラウドはしている。
故郷の事も一年前の戦役の時も、そしてカダージュ達セフィロスの思念体との事件の時も。
クラウドはティファと同じ……いや、それ以上に苦しく辛い思いをしていた。
一歩前に進む事を躊躇うティファの代わりに足を踏み出していく。そうやって代わりに傷を負っていくのだ。心に深く抉るような傷を痩身に閉じ込めて。


「いつも助けて貰っているのに……私は、何も返してあげられないね。こうやって手を握ることしか出来なくて」


少しだけ力を込める。
衰弱し細く折れてしまいそうな白い手を、包み込むように両手で握る。


「ごめんね……」


次に見るときは少しでも回復していることを願って、ティファは襲う睡魔の波に身を委ねた。




ティファは夢を見る。
暖かな、幸せな、夢を見るものなら大抵が見たいと願う幸せな夢。愛しい子供達と仲間、そして愛しい恋人と楽しく過ごす日々。彼女にとって平穏な生活がそれに値するわけなのだが、とにかく、そんな小さな願いがたくさん詰まった夢――ではない。

此処最近、彼女が見る夢は逆転していた。
見たくないと背ける目。
聞きたくないと塞ぐ耳。
それらの意志など関係なく、夢は彼女に見せていた。
元の世界に戻る前に愛する人に起きた出来事を。
最初は朧げな、ノイズ混じりの光景であり、何を示しているかすらわからなかったものだ。
しかしそれが何度も続くほど悪夢というものは優しくない。


絶叫。
鼻につく焼け焦げた肉の臭いと聞き覚えのある低い声。
捕われ業火に焼かれる姿。
苦悶の声がBGMの如くティファの耳を揺さぶり、閉じることを許されない目は涙を流しながら紅蓮の焔に焼かれる姿を映し出す。
それはクラウドだった。
確かにクラウドだった。

そして悪夢は彼女が自分で覚醒する余裕を与えなかった。それこそ彼女が魘され泣き叫ぶ声に誰かが駆け付けて起こしてくれない限り、その夢は永遠と続く。


助けられない。
どう手を伸ばしても、彼は苦悶に満ちたまま痛みに絶叫していてティファに気付かない、いつも助けられなかった。
無力な自分を味わう。
それがティファに課せられた罰なのだと思う。
生きたまま業火に焼かれていたクラウドを助けられない事が、自分の罪。


ティファは泣いていた。いつしか今までの夢が消え、周りが闇に包まれていても気付かないくらい、彼女はうずくまって泣いていた。
どうして私だけ助かったのだろう。
少しずつ、首を締め付けるように、クラウドが私を助けた代わりに苦しんで、何故私だけ。


『泣かないで』


誰かの声にティファは涙を流したまま顔を上げた。彼女の肩に優しく手を置いて、声をかけたのは金色の髪の女性だった。
神々しい光をその身に纏っている彼女の姿にティファは見覚えがあった。
何度も見ていた女神の姿を、彼女は思い出した。


「コスモス……?」

『はい。ティファ、貴女の事も覚えています』


そう言って微笑んだ女神は彼女の目元溜まる涙を優しく拭った。
聖母の様な微笑みを浮かべる彼女は永遠に失った仲間兼親友に似た、それより大人びた印象で、近くにいるだけで暖かい。
ティファは立ち上がって女神にしがみついた。


「お願い……貴女達の闘いから……逃げ出した私がこんなことをいうのは許されることじゃないのはわかる……でもお願い、クラウドを助けて……!!」

「何をしても駄目なんて言わないで……お願いよ……もう、クラウドを傷つけないで……」


女神にしがみついたまま、彼女は再び涙を流していた。
神なんて信じないと思っていたのに、いつの間にか私は貴女を縋っている。
それくらい、なくしたくないくらい私はクラウドが好きなの。
彼が私を助けた代わりに傷つくなら、私は――


『大丈夫です』


女神はティファをゆっくりと抱きしめる。温もりにつつまれてティファは女神の言葉を耳にした。


『クラウドは無事……ともいえませんが元の世界に戻っています。あなたも心配しないで、ね?』

「でも……私は」

『貴女を罰する権利も義務も私達にはありません。そして永きにわたる闘争に終止符をうてたとき、助けてくれたのは貴女がたなのです。』

『あなたたちの願いが永劫回帰の世界を解放してくれたのです』

『だから貴女達には感謝しか伝えられない』


母親が泣く赤ん坊をあやすように、女神はティファの頭をそっと撫でる。


「……ありがとうって言わせて。クラウドを助けてくれたのは貴女でしょう?」

『……感謝をされる資格などないと思っていました』


女神は少し驚いた表情でそう呟いて、ティファから離れる。視界が涙とは別に霞んでいき、夢から醒めるのを感じた。
女神は彼女に微笑む。


『貴女は貴女の願うように生きてください。私も、異世界の果てにて幸せを願っています』

「ありがとう……コスモス」




暖かい、日の光に瞼を震わせる。久しぶりに自分で目を覚ました実感があった。
けれど少し疲れたのか身体が思うように動かせない。
ティファは顔を上げようとした。


彼女の頬に何かが触れる。
それを握り目を向けると白く細い、衰弱したような手。
それは強張っているようで、感触を楽しむように無骨な手が彼女の頬に触れる。
その手が滑らかなティファの黒髪に触れた瞬間、掠れた声が聞こえた。


「……戻っ、て……来れた、か……」


顔を上げてティファは驚きのあまり息を呑んだ。
日の光にキラキラ輝く金色。
その影になるように青白い顔、整った眉、長い睫が震え瞼が開き魔晄色の蒼い瞳が優しげにティファを見つめていた。
彼はティファの驚く顔に困った様に微笑み――咳込み顔をしかめる。


「夢……にしては、結構……痛いケド」

「クラウド……!!」

「何、泣いてるんだよ……」


嬉しさに込み上げる熱いもの。それはいつかあったものとは違う、嬉しくてたまらないもの。
クラウドは目元を赤くするティファを細くなった腕で引き寄せた。
温かい、彼の鼓動がしっかりと彼女の耳に響き渡る。
クラウドは痛みに耐えつつティファを抱きしめて呟いた。


「ちゃんと帰ってきただろ? だから泣かないでくれ」

「うん……ごめんね、私の所為で……」

「ティファの所為じゃない。俺が勝手にやったんだ……まぁ、自業自得みたいな話だ」


自虐的に笑って再び咳き込んだクラウドに、ティファは表情をますます曇らせながら呟いた。

「……クラウドの馬鹿。クラウドって本当に馬鹿だよ……」

「それは昔から、だろ……解ってるさ」

クラウドは身体をティファから離して彼女を見る。
部屋の明かりと日の光に照らされたその笑顔が、赤い目元から流れる涙が――とても愛おしい。

「やっと……言える」

「え?」

「ずっと、助けられなかった……ゴメン」

あの戦いで失い続けて、結局言えなかった言葉。
責められる事が怖くて、会う彼女に告げられなかった言葉。
そして最後に、あの時届いたのかわからない事を口にする。
これだけは伝えたくて。


「だけど、俺は……ずっとティファを愛してる」

「だから、ずっと傍に居させてくれ」


不思議と詰まることなくすんなりと言葉が出る。口下手なくせに。再び部屋は沈黙につつまれ、いたたまれなくなり身じろぐクラウドに、ティファは無言で上半身を押し付けた。

「グハッ……!」

傷を衝撃が貫き、呻いたクラウドは、ティファの涙を溜めた顔に文句は胸の内に閉じ込めた。


「ホントに……馬鹿だよ」


馬鹿。
私の事、全部全部背負ってしまえるんだね。
だったら私は貴方を助けるよ。
背負って重くなったら、一緒に支えてあげる。
ずっと一緒に……。

静かな病室で二人の影が重なる。
それはいつかあった別れの時よりも暖かく、そして長かった。



 あとがき
某サイトチャット第三段!←一体いくつあるんだろうか。


『輝く〜』シリーズの救済目的(というなの俺得)小説です。
あの二人のその後をつらーっと書いてみて失敗←
クラウドってやられ役ばっかり……ごめんよ、そんなつもりじゃなかったんだ(棒読み)
次で最後です←まだあるんかいっ!!

それでは皆さん読んでくださりありがとうございました!!


 感想

…もう、言葉なんかいらない…。

ってなるくらいの素晴らしいお話だったと思いませんか!?思いませんか!?(← 二回目)
あぁぁあああっ!こんな素晴らしい世界をドドーンとプレゼントして下さった麗音さんにはひたすら敬愛の念しかないです!!

麗音さん、愛してry(殴!!)

はい、本当に本当に大感謝の麗音さんの素敵サイトはこちら〜♪