一度挫折した人間が立ち上がる。
 それがどれ程大変なことか…。

 イヤと言うほど俺は知っている……。



差し伸べられた手




 俺が今こうして『家』と呼べる場所に戻れるのも、『家族』と呼べる人達の元に戻れるのも、全部彼女と子供達、更には仲間達のお蔭であって、俺の努力じゃない。
 そんなことは言われなくても良く分かってる。
 自分がどれ程ラッキーなのか…。
 本当に……俺には勿体無い環境なんだ…。
 更には、俺みたいな幸運に恵まれた者がいかに少ないか、ということもちゃんと分かっている。
 だから、全力で守りたいんだ。
 今度こそ、自分の力で全身全霊かけて守りたい。
 人間、そうそう何度も『守れるチャンス』に恵まれることなどないだろうに、俺にはその幸運が巡ってきた。
 それを掴まないまま、いつしか俺が命を終えたその時、星に還った親友達に顔見せ出来るか?

 出来るはずない。

 今度こそ、巡ってきてくれた幸運を掴んで……子供達と彼女の笑みを……。


 この手で守りたい…。


 だから…。


 自分の仕事を精一杯、きちんとこなしていくのも、『守る』ことになると信じて頑張っているのだが…。





「23ギルになります」
「…そんな金あらへんし…」
「……いや…そう言われましても…」
「もう少しまからん?」
「…はい?」
「だから、もう少しまからん?」
「………(まからん…とは一体…?)」
「あ、意味分からん?まけて欲しいって意味やねんけど」
「あぁ……そうデスカ…」
「兄ちゃん、もう少し勉強せなアカンで、接客業やねんから」
「……………」
「あ、あとその無愛想な顔もなんとかせなな!カッコエエねんからもちっと愛想よくしたら、こんな危険な仕事せんでも食べてけるで〜」
「………どうも」
「んで、もうちょっとまからん?」
「………では20ギルでは…」
「あ〜、アカンアカン、あらへんわ」
「 ………… 」
「せめて15ギルにしてもらわな…」
「 …はい!? 」

 言われていることは本当に腹立たしい内容のはず。
 だけど、どうにもこう……無下に扱えない。
 何故なら…。

 明らかに『夜の商売』を生業としていると思わせるような濃い化粧の『跡』。
 もう昼だというのに寝崩れた格好。
 チラリと玄関先から覗ける範囲内ではあるのだが、そういった客を呼び寄せるための装飾品が無造作に床に落ちている。
 品などかけらもないソレ。
 俺が運んだ荷物の中身などから、彼女の職業ほぼ予想通りだと思う。
 気軽に買い物にはいけない身の上なんだろう…。
 安い金で身体を売っているだろうその女性の後ろから感じる気配。
 ジッと息を詰めて俺の動向を窺っているのは、多分、彼女の男…。
 何か借金を負ってると想像させられるのは、ビリビリとするような緊迫感が発せられているからだ。
 気配を読む生活が長かったから、こういう雰囲気を読むくらいはわけない。
 わけはないのだが…。

「な、頼むからもうちょっと『勉強』してか」
「……(『勉強』って…確かに学校は出てないけど……)」
「あ、これも意味分からん?『勉強』って言うのはこの場合、『まけて』ってことやねん」
「あ、はぁ…そうなんですか…?」
「そうそう、兄ちゃん本当にモノ知らずやなぁ、マジで『勉強』しなアカンで。あ、今の『勉強』は仕事をしていく上での勉強って意味やから」
「はあ…そうですか…」
「んで、まけてんか?」
「……(汗)」

 不遜な態度で『まけろ』と言う彼女をジッと見つめる。
 ふと気づいた。
 ふてぶてしさを装いながら、微かに震えている指先に。
 きっと…本当に金などないんだろう。
 15ギルというのは、俺が運んだ『日用品』の値段そのものの金額。
 要するに、俺には一ギルも収益がない事になる。
 だが…。
 彼女の様子を見ているうちに、彼女が一体どういう生活をしているのかが想像出来てしまって、どうにも居た堪れなくなってきた。
 それに少し腹も立っていた。
 本来なら、女である彼女がこうして『交渉』するよりも、奧でコソコソと隠れている男が出てきてしかるべきだろうに…。

 俺は溜め息を吐きそうになりながら、肩を竦めた。

「では、それで」
「ほんまか!?おおきに!!」

 パッと輝いた彼女の笑顔に、なんとなく驚く。
 先ほどまでのふてぶてしさがウソのように純粋な喜びに満ちた笑顔。
 ホッとした様な笑顔だった。
 その笑顔が、なんとなく悲しい。

「ほな、これでな」
「はい、ではここにサインを」

 嬉々として受取証にサインをする女性を見る。
 全身から本当に安堵した雰囲気が溢れている。

「兄ちゃん、ほんまにおおきにな!」
「はい、ではこれで」

 軽く頭を下げてそのアパートを後にする。
 ボロボロのアパートだ。
 所々、ヒビの入ったガラスにガムテープが貼られている。
 薄い壁は、ベニヤ板ではないだろうか?と思わせるほど品祖なものだった。
 屋根は『とたん』。
 スッとその窓ガラスに人影が差した。
 中年の男が俺を見る。
 目が合ってギョッとしたようにその男は隠れてしまった。
 なんと気の小さい奴だろう。
 その男に妙に苛立ち、俺は思い切りエンジンを噴かせて急発進した。
 小さな町に愛車の爆音が響き、道行く人達がビックリして振り返るが気にならない。

 それくらい、イライラした…。

 理由は分かってる。
 あの男の『卑怯さ』が、過去の自分に重なったんだ。
 愛人を『危険』な『交渉』の場に押し出し、自分は影でコソコソと見るだけ。
 ヤバくなったらとっとと逃げ出したに違いない。
 そんな肝っ玉の小さな男が、家を捨てた自分と重なった。

『クラウド、またそうやって自分を卑下するんだから…』

 ティファの呆れたような、ちょっぴり悲しそうな声が聞えた気がした。
 今の俺の気持ちを知ったら、きっと彼女はそう言うだろう。
 困ったように首を傾げて、弱々しく微笑むだろう。
 彼女はそういう人だ。
 俺を責めない。
 責めてくれたらいっそラクだったろうに。
 そう思った時期も確かにあったが、あっという間に消えてしまった。
 それはやっぱり、子供達とティファのお蔭で俺の努力じゃない。

 …。
 ……もっと頑張ろう。

 それにしても…。
 本当に世の中は不公平なことが多い。
 この俺ですら、『チャンス』が巡ってきたのに、先ほどの中年の女性には巡ってこなかったのだろうか…?
 いや…。
 巡ってきたことはあったと思う。
 でも、彼女はその『チャンス』を逃したのか、わざと見逃したのか…。
 それは分からないが、決して幸せとは言い難い『現在(いま)』を生きている。
 自分の身体を売り、日用品を買いに堂々と買い物にすらいけない生活。

 それは、どれほど辛いことだろう?
 彼女は辛い…と、感じないのだろうか?

 そこまで考えて、ふと気づいた。
 すっかり先ほどの町から遠ざかり、俺が好きな草原を走っている。
 一面緑色。
 所々、青やピンク、赤や黄色の花が咲いている。
 風がそよそよと花々を優しく撫で、揺れるその光景は本当に素晴らしい。
 愛車を停めて、少し休憩だ。

 心が洗われる…とはこのことだな。
 心地良い風が、草花の香りを運んで来る。
 柔らかそうな草の上にそっと座り、片膝を立てて肘を置く。
 どこまでも広がる緑の絨毯の上には、澄み切った青空と真っ白な雲。

「…皆を連れて来てやりたいな…」

 思わずこぼれたその言葉に、なんとなく頬が緩む。
 星痕症候群に侵されている頃、配達の仕事は今と変わらずしていたのに、こんな風に思った事はなかった。
 ただひたすら、死が訪れるのを待つだけ。
 たった独りで…。
 孤独の中、ジッと待つだけ…。
 待つ間、死が訪れるまでの生活の糧を得るためと、時間を潰すために仕事をしていたあの頃。

 本当に俺って…歪んでる…。

 こんな俺に、彼女は笑って手を広げて迎えてくれた。
 ちょっぴり意味ありげな微笑を浮かべて…。

 俺の方が一歳年上なのになぁ…。

 まったく、ティファには頭が上がらない。
 それに『彼女』にも。

 エアリスはきっと、星の中で眠りながらこの素晴らしい景色を夢で見ているだろう。
 そんな彼女の隣には…。


 俺にとっての初めての親友がいるはずだ。


 教会で最後に見せてくれた二人の笑顔は忘れられない。
 これから先、きっと色々あるだろうな。
 人生はまだまだこれからだから。
 落ち込んだり、腹が立ったり、悲しかったり……。
 そんなこともあるんだろうな。
 まぁ、でもなんとかなるだろう。
 俺は一人じゃないからな。


「さて…行くか」


 軽くズボンをパンパン…、と叩いて土と草を落とす。
 と。

 ピリリ、ピリリ、ピリリ…。


「はい」
『あ、もしもし、クラウド?』

 …一体、誰にかけてるんだ?
 俺の携帯にかけたんだから、出るのは俺だって分かっているだろうに、そう聞くティファになんとなく笑えてくる。

「あぁ、俺だ」
『あのね、今日は何時くらいに帰れそう?』

 心地良い彼女の言葉に胸がホッ…と温かくなる。

「そうだな、夕飯前には帰れると思う」
『本当!?』
「あぁ」

 電話の向こうで、ティファが子供達に繰り返しているのが聞えた。
 喜んでくれる子供達の声も届く。
 それだけで、幸福を感じる。

『じゃあ、今日はお店、お休みするわ』
「良いのか、そんなことして?最近しょっちゅうじゃないか、店の信用に関わるんじゃないのか?」

 嬉しいくせになんとなくそう言ってみる。
 最近、ちゃんと夕飯に間に合うように仕事の調節をしているので、家族で夕飯を囲める幸せを得ていた。
 だから…ちょっとした意地悪だ。
 こういう言い方をしたら、きっと彼女は…。

『大丈夫に決まってるでしょ?』

 ほらな。
 俺が欲しい言葉をくれるんだ。
 思わず口元が綻ぶ。

『だから、クラウドはなんにも気にしないで帰ってきて?デンゼルとマリンも楽しみに待ってるんだから』
「そうか、分かった」
『じゃあね、クラウド』
「あぁ、後でな」

 なんとなく切り難いものを感じながらも携帯を切る。
 切る直前、
『クラウドー!早く帰って来いよ!』
『クラウドー!スピードの出し過ぎには注意しないとダメよ!』
 デンゼルとマリンの真逆な言葉が聞えてきた。

 本当におかしな子供達だ。
 そして、とてもしっかりしている。
 本来なら、俺がティファの手伝いをしてセブンスヘブンを盛り立てていかないといけないだろうに、俺は接客業が大の苦手だ。
 荷物の配達一つでここまで手こずってるのに、セブンスヘブンの手伝いは不可能に近い。
 まぁ、だからと言って何もしないでボーっと見ているわけでもなく、仕事がオフの時はなるべく手伝うようにはしている。

 ……子供達の方がうんとテキパキ仕事をしているんだけどな…。

「さてと…」

 フェンリルのシートを何となくポン…と叩いてエンジンを噴かす。
 エンジン音と共に、近くの草花が激しく揺れた。
 大型バイクのエンジンに激しく揺れながらも、花びらを散らさない自然の力になんとなく感動する。


 愛車で風を切りながら、帰宅するルートを頭に描く。
 途中にあるカームに寄ってから帰ろうか…?
 美味いケーキを買って帰ったら、子供達もティファも喜ぶだろう。
 だが、割と激しく揺れるバイクに乗っているわけだから、柔らかいデコレーションケーキは無理だろうな。
 何が良いだろう?
 それこそ、店の人に聞けば良いか。

 本当に…俺は変わったな。
 昔はこんな風に家族に何か土産を買って帰ろう…と思う余裕などなかった。
 それに、家族が喜ぶ顔を見たい、とここまで思ったこともなかった。
 自分のことだけでいっぱいいっぱいで…。

『良かったじゃないか、クラウド』
『うん、本当に良かったね、クラウド』

 あぁ。
 本当にそう思うよ。

『大切にしろよ』
『大切にしてね』

 あぁ、分かってる。
 もう二度と、手放すようなことはしないし、俺自身も大切にする。

『へぇ、分かってるじゃん?』
『ふふ、凄い進歩ね』

 …まぁな。

『な〜に照れてるんだか』
『可笑しいわね〜』

 言ってろ。

『ハハハ、じゃあ、いつかこっちに来ることになったら沢山自慢話しを聞かせてくれよ』
『沢山沢山、待ってるからね』

 あぁ。
 二人が胸焼けするくらい、沢山土産話しを持っていくさ。

『お、言うねぇ』
『本当に。ふふふ、頑張ってね』

 うん。
 ありがとう…。

『どう致しまして』
『お礼は山盛りの土産話しにしてね』



 耳に聞えてきた親友達の言葉に、胸が熱くなる。
 俺は…。
 本当に幸せだ。
 だから、精一杯生きてみせる。
 精一杯、守ってみせる。

 いつか、来るその時に、胸を張って会えるように…。


 目的のケーキ屋が見えてきた。
 愛車の速度を落とし、停止させる。


「いらっしゃいませ!あ、クラウドさん!」
「久しぶり」

 クリクリとした髪を持つこの店の店長の娘が笑いかけてきた。
 明るくて…素直で…素敵な女性だ。

「家に土産として持って帰りたいんだ。バイクでも大丈夫なものをお願いできるか?」
「わ〜!ティファさんとデンゼル君とマリンちゃん、元気ですか!?」
「あぁ、元気だ。リリーさんもまた店に寄ってくれ」
「はい、是非!暫く行けてませんもんねぇ」

 ニコニコと笑いながら話しをしつつ、彼女の目はショーケースの中に注がれている。

「じゃ、これなら大丈夫ですよ。子供達にも喜んでもらえると思います」
「そうか、ありがとう」

 彼女の顔に花が咲くような笑顔が広がった。



 そして、俺は今、ようやくエッジの入り口を抜けた。
 リリーさんが選んでくれた『パンプキンパイ』を大切に愛車にくくりつけて…。

 セブンスヘブンのドアが見える。
 そして…。


「「「 おかえりなさい!! 」」」
「ただいま」


 満面の笑みで駆け出して来てくれた子供達と、その二人を見守って穏やかな微笑みを浮かべているティファに、自然と手が伸びる。
 子供達を抱き上げて、それぞれに『ただいまのキス』を落として、そっと下ろし、『お土産』を渡す。

 中身が知りたいが故に、我先に!と店内に駆け込んだ二人に苦笑しながら、ティファを見る。
 …あぁ…本当に綺麗だ…。

「おかえりなさい、クラウド」

 そっと歩み寄りながら、自然と手を差し出してくれる。
 躊躇う理由など何もない。
 その手をとって、そのままそっと抱きしめる。

「ただいま」


 差し伸べられた手は温かく、抱き寄せた彼女は甘い香り。


「ただいま」


 もう一度言って、彼女へキスを贈る。
 ちょっと照れたように笑うティファが愛しい。


「うわ〜!」
「クラウド、ありがとう!!」

 店の中から、中身を見たらしい子供達の歓声が聞える。

 ティファを見ると、バチッ!と視線が合った。
 クスッと笑い合い、互いの背に腕を回し、歩き出した。



 俺達の家に向かって…。




 あとがき

 たまにはこういうほのぼのでクラウド語りも良いかなぁ…と思いまして。
 うん、どうでしょう。
 皆様に少しでもホッコリして頂けたら嬉しいです。