エッジにあるセブンスヘブン。
 この店には四人の住人がいる。
『ジェノバ戦役の英雄』が二人と子供達が二人。
 それだけで十分話題性に富んでいるこの店は、連日連夜、多くの客達で賑わっている。
 それは、財布に優しい料金にも関わらず、思わず唸ってしまうほど美味しく、且つ身体に嬉しい栄養たっぷりで豊富な料理の数々。
 更には、その店で働く看板息子と看板娘の元気で明るい笑顔に心癒され、そして女だてらに店主を務める『英雄』の一人がうら若い女性でしかも超ど級に美人でナイスバディーときたら、目の保養に足繁く通ってしまうのも頷けると言うものだ。
 そんなセブンスヘブンは…。
 今夜も大繁盛なわけで……。



幸せの明かりを灯してくれるのは…




「ティファちゃん、クラウドさんって最近帰ってないのかい?」
 カウンターの中で料理を作っていた手が、常連客に声を掛けられたことにより思わず止まる。
 ティファは困ったような笑顔を作ると、顔を上げてカウンター席に座っている目の前の男を見た。
 男は興味津々な表情でティファをジッと見てる。
 どこか小憎たらしくそのニヤついた表情に、内心でムッとしながらも『困ったような笑顔』から『完璧な営業スマイル』へ変化させる。
「ええ…ちょっと別の大陸に仕事に行ってるんです」
「へぇ。やっぱ仕事が忙しいんだ〜」
「もう引っ張りだこ」
 チラリと舌を覗かせて笑って見せると、その男はちょっと意表を突かれたような顔をし、視線を逸らせた。

『フフ…勝ったわ』

 男が少し俯き目を逸らせた事で、ティファは満足した。
 が、満足したがために、男の頬がほんのり色づいていた事にはてんで気付いていなかったりするところがティファらしい…。

「あ〜あ…。なんであんな仕草をするのかしら……」
「しょうがないじゃん。無自覚だから……」
「でも、あんな風に『可愛い』ところ見せたら、益々まずくなるのにね……」
「しょうがないって…。その分、俺達でカバーしたら大丈夫だよ……多分」

 料理が盛り付けられた皿を乗せた盆を持っている看板息子と、空いた皿を下げていた看板娘がすれ違い様に小声で交わした会話は、幸いにも喧騒溢れる店内では響く事も無く、誰の耳にも届かなかった。
 小さな肩を竦めつつ、看板息子と看板娘はカウンターを眺め、自分達の仕事に戻っていった。


 ― まったくどうして…。
 この店の店長は自分がいかに人を惹き付ける存在であるという『自覚』がないのか……。 ―


 カウンター席に座り、一部始終を見ていた中年の男は呆れ顔で隣の男をチラリと見やった。
『可愛い仕草』で真っ直ぐ女店主を見る余裕を根こそぎ奪われた若い男は…。
 真っ直ぐ見る事は出来ないがそれでもチラチラと盗み見るのはやめられないらしい。
 カウンターでの作業を再開させた女店主へ、想いを溢れさせているのが手に取るように分かる。


 ― 罪作りな女だよなぁ… ―


 しみじみそう心中でぼやきつつ、グラスを運ぶ。

 恐らく彼女は、百人の若い男がいたら、その中の九十八人が『美人』と評するだろう…。
 中途半端に二人欠けさせたのは、もしかしたら変わり者がいるかもしれない……という変な勘繰りからだったが、それでもやっぱり百%に近い数字で『美人』と称されることは疑いようが無い。
 にも関わらず、その事を全くもって自覚していないばかりか、ドキッとするような『愛らしい仕草』をびっくりするタイミングでかましてくれるのだ。
 そんな彼女に、これまた同性でも目を見張るような端整な顔立ちをした恋人がいるときている。


 ― まさに『完璧』な境遇にあるっていうのに… ―


 それなのに、少しも気取った所が無く、むしろその辺を歩いている極々平凡な女の方がよっぽど自分を意識していると思われる。
 中年の男は、カウンターに頬杖をつき、中で手際良く料理を作っている店主を眺めた。
 実に鮮やかな包丁さばき。
 絶妙な火加減の上を踊るフライパン。
 時々、フライパンとフライ返しが景気の良い音を立てる。
 それは、幼い頃の台所を髣髴とさせる…懐かしい音。
 中年の男はフウワリと目を細めた。

 仕事で疲れ果てているというのに、サッサと妻の待つ家に戻らずこうして寄り道をしてしまうのは…。
 彼女と彼女ご自慢の子供達が、遠い昔を思い出させてくれるからだろう…。

 温かな母親の手を思い出すから…。
 温かな兄弟の笑い声を思い出すから…。
 温かな……父親の眼差しを思い出すから…。
 そうして、それらの温もりを思い出すたび、胸にポッ…と明かりが灯る。


 ― 明日も頑張れる ―


 そう思える明かりを灯してくれるのだ……この店は。
 だから、こうしてついつい毎日足が向かってしまう。
 家では恐らく、夕食を摂らずに待っているだろう妻の為、この店で口にするのは酒とちょっとしたつまみだけ。
 今でこそこうして妻への心遣いをしているこの中年の男がだが…。
 実はセブンスヘブンに通う前は、妻に対して思いやりに欠けていた男だった。
 その事を知っているのは、本人と妻と今は独立した子供達だけ。

「ティファちゃん、勘定良いか?」
「あ、はぁい!」
 明るい声と輝く笑顔の店主に、少々項垂れ気味だった隣の男が顔を知らず知らずの間に上げ、目を奪われているさまに、中年の男は苦笑しつつ席を立った。

「ありがとよ」
「いいえ!また来て下さいね!!」

 チリンチリン…。

 男が勘定を済ませてドアを開ける。
 ドアベルが軽い音を立てて送り出してくれた。
 温かかった店内から急に冷たい外気に触れ、思わず身体をブルリと震わせる。
 少し足早に店から離れようとした時、彼の耳に遠くから段々近付くエンジン音が届いた。
 思わず目を見張ってそちらを見やった男は、次の瞬間、フッと微笑すると片手を軽く上げて見せた。

 店の少し手前で止まったエンジン音に次いで、何かを押しながら土を踏む靴音。
 いや、少々底の厚いブーツの音。

「よぉ。久しぶりじゃないか」
「……ああ、誰かと思った」

 闇夜にも輝く紺碧の瞳が、穏やかに細められる。
 店から零れる明かりに照らされた彼の姿は、何度見てもやはり良い男だ……と、中年の男に再認識させた。
「もう帰るのか?」
「ああ、もうそろそろ帰ってやらないと女房が心配する」
「そうか。奥さんを大事にな」
 神妙な面持ちで納得した目の前の青年に、男は思わず吹き出した。
「???」
 急に笑われた事に首を傾げる青年に男はゆっくり近寄ると、一見華奢にすら見えるその逞しい青年の肩をポン…と叩いた。
「その言葉は…そっくりそのままアンタに譲るぜ?」
 耳元でそう囁かれた途端。
 青年の顔が夜目にもハッキリ分かるくらい朱に染まった。

 その表情があまりにも純情で…。
 その表情があまりにも純粋で…。
 その表情が……あまりにも……あまりにも遠い昔に自分が失ってしまったものだったので……。

 男は肩で笑いながら、後ろ手に手を振りつつゆっくりと家路に着いたのだった。

 胸に温かい…『幸せ』という名の明かりを灯しながら…。







 久しぶりに帰宅したクラウドは、自分の耳元で囁かれた常連客の言葉に動揺していた。
 その為に、暫くの間呆けたように去っていくその中年の男の背中を見送る羽目になってしまった。
「……………」


 ― ぐうの音も出ない…とはまさにこのことだな…… ―


 などと自身を振り返って苦笑する。
 クラウドは押してきたフェンリルを倉庫になおすと、そのまま裏口へ足を向けた。
 本当は、すぐにでも店に直行してティファと子供達に会いたかったのだが、今回の仕事の帰りにスコールに見舞われ、その後、風の強い荒野を通って帰ってきたので、全身が雨と汗と埃でドロドロなのだ。
 そんな非常に不衛生な格好で、料理と酒を売る店に入る事は出来ない。
 それに…。

 ― こんなに汚れた格好だと、子供達とティファを抱きしめられないしな ―

 そう思った途端、先程入れ違った常連客に言われた台詞が脳裏に甦り、カァーッと顔が熱くなる。

 ― 何が……何が『その台詞はそっくりそのまま譲る』だ!ティファは…ティファとは…まだ…… ―

「…………」
 クラウドは自分自身が導き出した結論…というか現実にいささか情けない思いに見舞われ、ガックリと肩を落とした。
 そして、そのままそろそろと店にいるティファと子供達に気付かれないよう、二階の居住区へ足を運んだのだった。



 適当に汗と埃を流し終え、まだ濡れている髪も適当にワシャワシャとタオルでふき取って。
 クラウドはこざっぱりするとすぐに店へ直行した。
 居住区と店の間には一枚のドアがある。
 このドアのお陰で、セブンスヘブンの店内と居住区=仕事とプライベートを分けることが出来ているのだ。
 まぁ、けっこう私用で店内を使っていたりもするのだが…。

『裏口からいきなり入ってきたら……ティファと子供達はびっくりするだろうな』

 三人の驚く顔を思い浮かべて、クラウドはフッと微笑んだ。
 その笑みは、若い女性を虜にする事間違いないだろう。
 しかし残念ながら、本人にはその自覚が全く無く、更には彼にとって興味がある『女性』はこの店の女店主であり、現在恋人のティファだけなのだ。
 彼女以外の女性達には、これっぽっちも、綺麗さっぱり興味が無い。
 その為、実はエッジでかなりの人気を誇っているという事実にすらクラウドは気付いておらず…。
 そういう点が、ティファと良く似ていたりする。

 子供達に蔭で『似たもの夫婦』と呼ばれている事を、クラウドとティファが知ることになるのは……今のところ不明。


 そっと居住区と店の間にあるドアを押し開け、数十センチの所でピタリと止める。
 そして、そのままそっと店内を窺った。
 何故盗み見るような行動に出たのか、クラウド自身にも分かっていなかったが、『ただ何となくそうしたくなった』というのが正直な答え。
 そう。
 理由は無い。
 自分のいないティファと子供達の働く姿を見てみたかったのだ。
 こうしてそっと店内を覗くのは、実は初めてではない。
 何度かこっそりティファと子供達が一生懸命働く姿を見ては、密かに笑みを浮かべたり、下品な客に眉間にシワを寄せたりしたものだ。
 そして、本当はこうして盗み見る一番の目的は……。


 自分がいない間の客達の態度…。


 クラウドがいると、客達は羽目を外す事をあまりしない。
 それはクラウドが『ジェノバ戦役の英雄達のリーダー』だったということからも、自然な反応だと思う。
 その事自体に、クラウドは別にイヤな気分を味わってなどいなかった。
 むしろ、こうして毎回顔を出す事が出来れば、家族に降りかかるかもしれない火の粉を未然に防ぐ事ができるのに……とすら思っている。
 実際、こうして盗み見ている時に、子供達やティファに危害を加えようとした輩や、ティファに対して無駄にアプローチをする気分の悪い男達を何人も目撃していた。
 そして、その都度ティファが機敏に対処してしまう姿も…。
 本当は、そんな場面に遭遇するたびにドアの蔭から飛び出して、ティファや子供達を助けようとするのだ。
 しかし、クラウドの動きよりも店内にいるティファの方がいつも早い。
 それは、ティファが店内にいて、店の中の空気にじかに触れているからに他ならない。
 しかしそれだけではなく……。


 クラウドがいない時、ティファに言い寄ってくる男達を彼女がスッパリ断る姿が見てみたい……。


 ついつい、そう思ってしまうクラウドの複雑なようで、実に単純な『男心』のせいで、反応が遅れてしまうのだ。
 彼女が自分以外の男になびくはずは無い…。
 そう思いながらも、心の片隅には『もしかして…』という恐れが確かに存在する。
 その暗い想い…。
 自身が過去に犯した決して消えることの無い『罪』。
 その過去に未だに縛られているのか…と思うと流石に情けなくなる。
 しかし、実際がそうなのだから……仕方ない。

 ティファも子供達も、全てを捨て、黙って家を出た自分を笑顔で迎えてくれた。
 その後の数日間、仕事に出かけるたびに子供達よりも彼女の方がいつも『不安』そうで。
 でもそれを懸命に押し殺し、必死に作り笑いを浮かべて見送ってくれた事は、決して忘れまい。

 クラウドは彼女の張り詰めた表情を思い出して、一人唇をかみ締めた。
 そして、そんなクラウドの目の前では『見慣れた光景』が繰り広げられようとしていたのだった。


「ティファちゃんはさ…」
「はい?」
 先程、ティファに余裕を奪われた若い男が再び声をかけた。
 ティファはすっかり余裕を取り戻していた為、特に何も身構えずに応える。
 一方、子供達は耳を最大限に大きくして聞き耳を立てながら、その表情は全く変わらず神経だけを尖らせた。
 他の客達には今のところ目立った変化は無い。
 若い男が魅力的な女店主に声をかける光景など、珍しくともなんとも無いのだから…。

「クラウドさんと……その……」
 言葉を選びながら、言いにくそうに話しかける男に、女店主は苦い思いが込上げてくるのを必死で押し殺した。


 ― また…クラウドを悪く言うつもりかしら…… ―


 これまでにクラウドが家出をしている最中、そして帰って来てからも彼の事を悪く言って、自分に取り入ろうとしていた面々を思い出す。
 どの顔も、記憶から消去したいものばかりだ。
 そういう人間に限って、怒りからか中々忘れる事が出来なかったりするので……厄介なものだ。
 しかし、ティファの記憶には目の前の若い男の顔は無かった。
 新しい苦い思い出として記憶されることになるのでは……。
 ティファはただ黙って彼の言葉を待った。
 続く言葉によっては、強制的に店から追い出すつもりである。
 彼はそれに気付いたのかもしれない。
 苦笑いを浮かべると、「そんなに怖い顔しなくても良いじゃん?」とわざとらしくおどけて見せた。
 相手がそう出ると、店主と言う立場にあるティファは、謝るしかない。
 胸にモヤモヤしたものを抱えながら、「ごめんなさい。別に怖い顔をしたつもりはなかったんですけど」そう頭を下げた。
 看板息子と看板娘は、他の客の相手をしながら笑顔の下に怒りをひた隠しにするので精一杯だった。

『『ウソ吐け!!』』

 デンゼルとマリンは、怒りで手が震えそうになるのを必死に堪えつつ、料理を運んび、空いた皿を下げる。
 その働き振りからは、子供達がティファと若い男の会話を全て聞いていたとは全く分からないだろう。
 そのお蔭で…。
「おい…良いのか?ティファちゃんが変な野郎に久々に捕まってるけどよ…」
 わざわざ、忠告してくれる親切な常連客に囁かれる羽目になった。

『言われなくてもちゃんと分かってるっつうの!!』

 苛立ちを隠しつつ、デンゼルが口にした言葉は、
「あぁ。大丈夫だよ。ティファならちゃんと出来るし。それに、俺やマリンが間に入ったりしたら、またティファが頭を下げないといけなくなるからさ…」
 という、実に模範的で良く出来た答えだった。
「ふぅん……。ま、そうだなぁ。デン坊と嬢ちゃんが下手に入ったら、ティファちゃんがまた頭下げないといけなくなるわなぁ…」
 しかめっ面になりながらも、その常連客は一応納得したらしい。
 しかし、優等生の答えを口にしたデンゼルは、気が気ではなかった。
 頭を下げたティファに、若い男が余裕を取り戻した事に気付いたのだ。
 若い男がニヤリ…と笑うのを見て、デンゼルは一瞬、躓いた振りをしてお盆を男にぶちまけてやりたい衝動に駆られた。
 しかし、当然そんな事が出来るはずはない。
 大人しく若い男の傍を通り過ぎ、カウンターに空いた皿やグラスを運び込んだ。
 そして、そのままカウンターの中で洗い物に徹する。
 すこしでもティファの近くに……という思いからだった。
 それに、自分がこうしてカウンターの中にいたら、その分だけティファが店内の他の客の相手をしやすくなるだろう。
 何しろ、今のところ新しい注文は入っていない。

 いささか乱暴になりながら、洗い物をするデンゼルを視界の端に映し、ティファは胸にこみ上げていたモヤモヤが、温かなものにすり替わるのを感じずにはいられなかった。
 自分がイヤな目に合っている事で、こんなにも腹を立ててくれる子供達がいる。
 それがどれ程、幸福な事か…!
 思わず優しい眼差しを息子に向けたティファに、目の前の若い男はまたしても目を奪われた。
 そして、同時に激しい嫉妬に襲われる。
 自分には決して向けられないその眼差し。
 決して他の者に与えられない彼女の想い。
 嫉妬が男に力を与え、彼を突き動かした。


「なにするんですか!」
 突然捕まれた手を振りほどき、キッと睨みつけるティファの右手が握り締められる。
 洗い物をしていたデンゼルと、それらの一部始終を店の一角で仕事をしつつ見ていたマリンが、思わず怒りの声を上げた。
 しかし、その若い男はティファと子供達が次の行動に移る前に素早く口を開いた。

「ゆっくり話をしようとする度に話の腰を折られたから、ちょっとこっちに意識を戻してもらっただけだろう?それなのに、手をあげるつもりか!?」

 店内が静寂に包まれる。
 どの客達もびっくりしてカウンター席を凝視した。
 若い男とティファのやり取りを全く知らなかった客も、所々見ていた客も…そして、一部始終を見ていた少数の客も、皆が驚いて目を点にしている。
 その視線の先には、拳を握り締めて今にも殴りかかろうとしている女店主と、その女店主に真っ直ぐ向き合っている若い男。
 一見、若い男の方が正しいように見えるその光景に、客達は非難めいた視線を女店主に向けた。
 勿論、所々それまでの経緯を見ていた客と、一部始終を見ていた客達は、呆れた顔でその若い男を眺めている。
 しかし、店主がさして悪酔いしているわけでもない客に手をあげるなど、言語道断だ。
 ティファはギリッと奥歯をかみ締めると、深々と頭を下げた。



 イヤ、……下げようとした。



 チリンチリン…。



 静まり返った店内に、そのドアベルの音は良く響き…。
 思わず店にいた全員がドアを振り返った。
 そして、ドアを押し開けて入ってきたその人に、皆が目と口を大きく開けて……。



「「「クラウド!?」」」



 ティファと子供達の驚いた声が上がり…。
 店内は一気に騒然となった。

 ざわつく店内を、真っ直ぐに……ゆっくりとカウンターへ向けて歩み寄る金髪で紺碧の瞳を持つ青年は、客達の視線を一身に浴びながらもその事に関して全く気後れする事も、気負う事もなく…。
 ただ真っ直ぐカウンター前に突っ立っているティファと、彼女に無礼を働こうとした若い男に近付いた。
 若い男は唖然とした顔から一気に血の気を失い、ジリジリと後ずさる。
 しかし、一歩分も後ずさるだけの余裕も無く、カウンターのスツールに退路を阻まれた。
 ティファはというと、ただただ目を丸くして自分にゆっくりと歩み寄るクラウドを見つめていた。

「クラウド……どうして…?」
「ただいま…ティファ」

 驚く彼女の言葉を無視し、穏やかな声でそう言うと、クラウドは軽くティファの額にキスを落とし、同じくポカンとしているマリンとカウンターの中で固まっているデンゼルに笑みを向けた。

「ただいま、デンゼル、マリン」
「「!!おかえり!!」」

 弾かれたように飛びつく子供達を、危なげなく抱き上げ、クラウドはティファにしたようにそれぞれの額にキスを落とした。
 家族の心温まるその光景に、店内が一気に和やかな空気に包まれ、それまで漂っていた険悪で居心地の悪い空気を一掃したのだった…。





「もう…今日は本当にびっくりしたわ」
「……そうか?」

 あれから、無事に営業を終えた店内では。
 クラウドに手伝ってもらいながら、ティファが手早く片付けをしていた。
 子供達は既に夢の中だ。
 騒ぎの原因となった若い男は、慌てふためきつつ、店を後にした。

 ……釣りも受け取らず、脇目も振らず…。

「それにしても…」
「うん?」
「……いや……なんでもない…」

 何かを言いかけて苦い顔で黙り込んだクラウドに、ティファはクスリと笑うと丁度洗い物を終えた手を簡単に洗い、タオルで拭きつつクラウドに近寄った。
 渋面のまま、金髪の青年は黙々と皿を棚に返している。

「クラウド〜?」
「…………」

 顔を覗き込もうとするティファにクルリと背を向け、ひたすら黙々と食器棚に皿とグラスを片付ける。
 そんな恋人に、ティファは込上げてくる温もりと笑いを抑える事が出来なかった。
 口を押さえ、身体を震わせて笑うティファに、紺碧の瞳を不機嫌一色にしてクラウドが睨む。
「そんなに笑うか……?」
「だって……ックック……」
「…………………」
「もう、そんなに怒らないでよ?ップ…!」
「………疲れたからもう寝る」
 謝るそばから心底可笑しそうに再び吹き出したティファに、クラウドはとうとう眉間にシワを寄せてカウンターから出ようとした。

 それを…。

「……ティファ…!?」
「フフ…」

 突然、背中に柔らかな感触と、お腹に彼女の細く、伸びやかな腕が巻きついてきて…。
 クラウドは怒っていた事も忘れて声が裏返った。
 狼狽するクラウドに、いつになく大胆な行動に出たティファは、やっぱりクスクス笑っている。

「……もしかして…酔ってるのか…?」
「フフ…お酒は飲んでないけどね」


 ― なら一体何に酔ってるんだ…!? ―


 などと少しずれた事を考えるクラウドと…。


 ― クラウドに…酔ってるって言ったら……クラウドはどうするかしら…… ―


 絶対に口が避けても言えない台詞を心の中で呟いたティファ。


 一体、どちらが幸せなのだろう…?
 一体、どちらが相手を幸せにしているのだろう…?


 巻きつけている腕にほんの少し力をこめたティファに、クラウドはほんのりと頬を染めつつそっと手を重ねた。
 二人の温もりが、重ねた手と密着させた身体からジンワリと包み込む。


 どちらがより幸福なのか…。
 もしもそんな無粋な質問をする者がこの場にいれば…。


 『俺(私)の方に決まってる(わ)』


 そう二人は答えるだろう。
 しかし…。
 この後交わされた会話の後だとどうだろう…?


「クラウド、どうして裏口から来なかったの?」
「いや…。あの場合は真正面から行った方が良いかと思……!?」
「フフフ…。だって、クラウドったらすっごく怒ってくれてたでしょう?すぐに分かっちゃった」
「な、なな…い、いいい、いつから気付いて…!?」
「フフフ、内緒♪」


 自分が裏口からこっそり帰っていた事がバレバレだった事実に…。
 絶句する金髪で端整な顔をした青年と。
 漆黒の艶やかな髪を持つ美しい女性。

 真っ赤な顔をして狼狽している自分の恋人に、これ以上ない程の幸せを感じ、ジワッと目に涙を浮かべ…。
 それを気付かれないよう、彼の背に頬を押し付ける彼女。
 そして、そんな彼女の顔が見えない故に、益々真っ赤になって固まる青年。
 この場合、一体どちらが幸せなのだろう…?



 漆黒の宵闇に包まれたエッジの一角にあるセブンスヘブン。
 この店で、幸せの明かりをより灯してくれる存在は……。
 一体……どっち……?





 あとがき


 はい。何とか書き終わりました〜!!
 ひかる様のリクエスト、77777番キリリクで『クラウドの不器用な優しさにうれしくなっちゃうティファの、二人のほのぼので甘い話』でした〜o(*^▽^*)o

 …………クラウド……不器用じゃないし……。
 ティファ……確かに嬉しそうだけど……なんかリクから遠い気が……(ダク汗)
 ご、ごごごごめんなさい、ひかる様!!(土下座)。
 書いては消し……消しては書いて……を繰り返している内に、わけが分からなく(ゲフッ!!)

 こ、こんなお話しでよろしければ……どうぞお受け取り下さいませ(滝汗)。
 勿論、叩き付け返品お受けします(再び土下座)
 リクエスト、本当にありがとうございました!!