「……さっきからじっと見てるけど、何か俺の顔についてるのか…?」
「え!?う、ううん、別に…」
「……じゃ、何か言いたい事とかあるわけ…?」
「う、ううん…!何にも無いよ…!」
「…………嘘だな」
「……う、嘘じゃないもん…」
「……………」
「……………」
 ティファは、クラウドがシラーッとした眼差しを送ってくるのを、ぎこちない動作でテーブルを拭く手に力を入れる事により、この上なく不自然に無視をした…。



知りたい本音と、聞きたい言葉



 ティファの視線にクラウドが気付いたのは、実はかなり前からだったりする。
 ただ、彼女が自分と視線を合わせないようにして、チラチラ盗み見る姿を珍しく感じると共に、子供っぽいその仕草が何とも可愛らしく思えた為、しばらくそのまま放っておいたのだ。
 そのうち、彼女の方から何らかのアプローチをするだろう…。
 そう予測して、彼女が何か行動するのをじっと待ち、可愛いその仕草を目の端に映して一人、心の中でこの状況を楽しんでいた。

 ところが、一向に状況が進展しない。
 彼女は、チラチラ盗み見ながら店を開店させ、接客を行い、そして、現在に至る。
 そう。たった今、最後の客を笑顔で送り出し、現在閉店後の後片付けをしている真っ最中なのだ。

『おかしい…』
 あまりにも長い時間、こうして盗み見するのはどう考えてもおかしい…。

『もしかして、何か怒らせるような事したのか…?』
 しかし、どう考えても今日は何もドジを踏んでいない…。

『それとも、何か約束でもしてたっけ…?』
 しかし、これもどう思い返しても特に思い当たる節が無い…。

 いくら考えても、自分には全く思い当たるものが何も無い…。
 と、言うわけで仕方なく自分から折れてみる事にした結果が、先程のやり取りである。

 この上なく不自然に、同じ場所ばかり布巾で磨く彼女の後姿に、クラウドは溜め息を吐いた。

 どうにもこうにも、打開策が浮かばないのだが、肝心要の彼女はこの件に関して頑として口を開くのを拒んでいる。
 こうなった彼女は、海の底にいる貝の様だと思う。
 絶対に口を開かず、敵が自分のテリトリーから出るまでいつまででもそのままでいるのだ。
 逆に、じっと口を閉じたまま、餌が寄ってくるのをじっと待ち構えているという、何とも頭の下がる根性を具えている…。

 じゃあ、この場合自分は前者か後者か…。
 きっと、前者なのだろう…。
 後者なら、さっき話を振った事が餌に当たるはずだ…。

『俺は敵か…?』
 何となく悲しいような、空しいような気分になってしまう…。
 では、後者ならこんなに気分は落ち込まなかったのだろうか…?
 いや、やはり、どちらに転んでも、この状況を何とかしない限りは落ち込む結果になってしまうだろう。
 勿論彼女は自分の事を『敵』だとか『餌』だとかそんな事思っていないに決まってるが…。
 …そもそも彼女を貝に例えた事から間違っていたのだろうか…。
 いや、しかし…。
 こうなってしまった彼女を例えるのにこれ以上のものは生憎思い浮かばない…。

 などなど、クラウドが途方も無くくだらない堂々巡りに陥っていると、ティファがソワソワし始めた。
 彼女は彼女で、クラウドが黙り込んで何か物思いにふけっている様に、落ち着かなくなったのだ。
 そんな彼女の様子に、堂々巡りの袋小路にはまり込んでいるクラウドは、全く気付かなかったりする。
 そんな二人の光景は、他者が見れば正真正銘のバカップルそのものなのだが、生憎、いつも突っ込み役をしてくれる最強のお子様コンビは、既に夢の中…。
 もしかしたら、子供達がいてくれれば、既に二人は問題解決、家庭円満、幸せバカップルに突入出来た…のかもしれない…。


『俺って、確かに星痕症候群に侵されてた時、黙って家を出たりして散々心配かけたし、迷惑もかけたけど…まさか『敵』と認識されるほどティファの幸せを邪魔してるんだろうか……』
 恐ろしくぶっ飛んだ思考に流されているクラウドに、ティファはティファで、
『ああ、どうしよう…。あんなに難しい顔して…!正直に話をすればよかったのかしら…。でも、でもあんな事、絶対に聞けないし…!聞いたら絶対に『俺のこと信用してないのか…?』とか言って、悲しそうな顔するに決まってるわ…!ああ、でもでも、こんな顔させるのとどっちが酷い事なのかしら……!!』
 などと、こちらも袋小路にはまり込んでいたりする…。

 コチコチコチコチ…。
 微妙な気まずさが店内に満ち満ちている。
 時計の針の音だけが、重苦しい空気の中、異様に響いて聞えてくる。
 この重苦しい空気に先に根を上げたのは…。


「わ、悪い。今日は疲れたから先に休む…」

 ……クラウドだった……。


 ぎこちなく座っていた椅子から立ち上がるその姿は、とてつもなく哀れに見える…。
 
 当然、そんなクラウドの姿に、ティファは自己嫌悪の渦に放り込まれた。
 あと少しでティファの心が溺死寸前になる。

 このままではクラウドに変な誤解を受けたまま、今日を終わらなければならない…!!

「ま、待って!!」

 店内に響いた悲鳴のような声に、クラウドはギョッとして立ち止まったが、次の瞬間には、
「うわっ!!」
と、声を上げて前のめりに勢い良く転倒した。

 テーブルの角で頭を打たなかったのが、せめてもの慰めである。

「うう、な、何だ…?ティファ…!?」
「ごめんなさい、ごめんなさい!」

 自分の腰にしがみついて涙ぐむティファに、たちまち冷や汗が浮かんでくる。

「い、いや…、その、一体どうしたんだ…?って言うか、俺、何か悪い事してたんなら、むしろ俺の方こそが謝らないといけないんだが…」
 完全に頭が真っ白になって、意味が通っているようで微妙にズレた事を口走る。

 しかし、ティファも必死な為、そんな些細なズレには全く気付かずに、ひたすらクラウドにしがみついている。
 まるで、小さな子供が親にしがみつくような姿に、クラウドは段々冷静さを取り戻した。
 それにつれ、どうしようもなく目の前の女性(ひと)を愛しく感じる。

「なあ、ティファ?俺は怒ってないぞ…?」
「…ごめんなさい」
「本当に、怒ってないから謝られたら逆に困るんだが…」
「…………」
「で、どうしてごめんなさいなんだ…?」
「……ん…その…」
「多分、今なら何言われても大丈夫だと思う…」

 クラウドの言葉に、ティファはしばらく視線を彷徨わせ、迷っているようだったが、やがて他に道がないと悟ったのだろう…。
 クラウドから少し体を離して、店内の椅子の一つに腰を下ろした。
 クラウドも、体を起こしてティファの目の前の椅子に腰を下ろす。

 クラウドが座ると、ティファは言い出しにくそうに重い口を開いた…。

「あのね…。今日、近所にお買い物に行ったでしょ…?その時、常連さんの奥さんから聞いたんだけど……」


 その話とは、一言で言えば『幼馴染と結婚した友人が、近々破局を迎えるかも…』というものだった。
 その常連さんの友人は、故郷に婚約者を残し、先にエッジにやって来て小さな店を構えるようになったそうだ。
 店も軌道に乗りつつある頃、故郷に残してきた幼馴染で婚約者の彼女をエッジに呼び寄せた。
 そうして、晴れて二人は永遠の愛を誓い合ったそうだ。
 ここまでは良い。
 だが、彼女の方が段々エッジでの暮らしに疲れを感じ始め、故郷を懐かしがるようになったそうだ。
 いわゆる『ホームシック』とでもいうやつだろう…。
 彼女のホームシックは軽くは無く、段々食が細くなり、ついには家事をする気力すらなくなってしまったそうだ。
 そこで、友人は暫くの間、彼女を実家に帰省させて療養させる事にした。
 彼女も、その提案に大喜びで実家のある故郷に帰って行った…。
 一ヶ月もすれば、また元気になってくれるだろう…。
 その時は、新婚夫婦はそう軽く考えていた。
 だが…。

 ここで問題が発生した。

 彼女が実家に帰ってから、友人は何と言うか…。
 俗に言う『嫁の居ぬまに何とやら…』という心境になってしまい、つい、出来心で…と言うにはお粗末な事をしてしまったらしい…。
 そして、それがきっちりと、しっかりと、実家に帰省した奥さんにバレてしまい、離婚状を叩き付けられたのだそうだ…。
 現在、友人は奥さんの信頼と愛情を再び得るべく、日々奮闘しているそうである…。

 何ともコメントのしようの無い話である。

 が!

 ティファは違った。
 常連客の奥さんが、面白おかしく話している間、頭の中はクラウドの事で一杯だった。


「……何でそこで俺が出てくるんだ…?」
「え…と、……だってね…」
 あっという間に聞き終えてしまったティファの話に、クラウドは肩を落とさずにはいられなかった。
 何故、ここで自分を持ち出されるのか…。
 分かっている…。
 不本意だが、分かってしまった…。
 要するに……。

「俺の事…、信用してないのか……」
 ポツリとこぼれた言葉は、疑問ではなく確認…。
 クラウドは、無性に情け無い気持ちで一杯になった。

 激しく落ち込んでいるクラウドに、ティファは顔を真っ赤にさせながら「だから話したくなかったの!」と、今にも泣き出しそうな顔をして大きな声を出した。

「違うの!クラウドの事を信じてないんじゃないの!私が自分に自信がないだけなの!!」
「……へ?」

 ティファの予想もしなかった言葉に、クラウドは間抜けな声を上げて、まじまじとティファを見つめた。
 視線の先では、ティファが目に涙を一杯溜めながら、首元まで顔を真っ赤にさせて椅子から立ち上がっている。

「だって、こんなに素敵な男性(ひと)なのに、女の人達が放っておくわけ無いもん!」
「……え?」
「それに、クラウドは仕事で色々な土地に行ってるでしょ!?そしたら、そこの土地に住んでる女の人が言い寄ってくるかもしれないじゃない!」
「……あ、いや…」
「もしそんな事があっても、私は傍に居ないから何にも出来ないじゃない!!」
「……ちょ、ちょっと…」
「それに、それに!!」
「……いや、だから…」
「この人達は幼馴染で結婚したんだよ!?子供の頃の思い出を共有して、人生の大半を一緒に過ごしてきた人達よ!?それなのに、ちょっと離れてる間に、それまでの関係が壊れそうになってるのよ!そう考えたら、私達も幼馴染で、今、一緒に暮らして暮らしてるけど、これから先、この人達みたいにならない…、なんて保障、どこにも…、どこにも…」
「ティファ!」
 一旦、言葉を口にすると、どうにも歯止めの効かなくなったらしいティファは、矢継ぎ早に言葉を並べ立て、最後には感極まったかの様に言葉を詰まらせると、顔をクシャクシャにさせながら座り込んだ。
 クラウドはそんなティファに思わず大きな声を出し、椅子を蹴るようにして立ち上がると、身を竦ませるティファを思い切り抱きしめた。

「ティファ…頼むから俺の話を聞いて欲しい…」

 必死に嗚咽を堪えているティファに、クラウドは優しく耳元で囁いた。

「あのな。ティファに話を聞くまで、俺が何考えてたか分かるか?」
 小さく首を横に振るティファに、クラウドはクスッと笑うと、
「ティファの事、海の底の貝みたいだ…って思ったんだ」
と、悪戯っぽい口調で言った。
「???」
 当然、ティファには何の話だか分からない。
 おずおずと顔を上げて、クラウドを見る。
 クラウドは、そんなティファの頬をそっと撫でて、一筋こぼれた涙を拭うと、今度は優しく腕の中に閉じ込めた。

「ほら、貝ってさ。餌が来るまで辛抱強く口を開けなかったり、敵が来ると、いなくなるまでやっぱり口を閉ざしたままだろ?そんな我慢強いところが、今のティファみたいでさ」
 クスクス笑いながら話すクラウドに、ティファはキョトンとしたが、すぐにつられて笑顔になり、「ひっど〜い!」と、拗ねた振りをして見せた。
 クラウドは、肩を震わせて笑うと、すっかり落ち着いたティファの前髪をそっと払うと、こつん、と額を合わせた。

「あのさ。ティファが今、俺に言ってくれた言葉、あれ、本心?」
「え!?」
「だから、その…『素敵な男性(ひと)』とか…」
 クラウドが顔をほんのりと赤らめながら尋ねると、ティファは顔から火が出る様な勢いで、真っ赤になった。
 そして、真っ赤になりつつも先程口走った言葉を否定できるはずも無く、視線を逸らしながら黙ってこっくり頷いた。

 そんないじらしい彼女に、クラウドも「ボンッ!」と、顔から火が出る勢いで真っ赤になる。
 そんなクラウドにティファは目を丸くした。
 そして、クスクス忍び笑いを漏らす。

 たったの数分間、たったの一言で二人を包む世界が一変した。
 それまで店内に流れていた気まずい空気は、瞬く間に消滅し、変わって言葉に出来ぬ程の甘く、穏やかな幸福が満ちている。

「俺も…だから」
「ん?」
「俺も、いつもティファの事『素敵な女性(ひと)』だって、そう思ってるから…」
「……ホント?」
「……こんな事、恥ずかし過ぎて嘘吐けない…」
「…………」
「な、泣くなよ…」
「………バカ」
「あ〜…それからさ…」
「ん?」
「俺も、ティファが他の誰かに誘惑されないか不安で仕方ないから…」
「そ、そんな心配…!」
「だから!お互い様…って事…かな?俺も、他の女性(ひと)は眼中ないし…」
「……うん…私も…」
「……ありがとう」
「……私も、ありがとう…」
 そして、そのまま何の隔たりも無くなった二人は、いつになく正直に自分の想いを口にする事が出来た。

 知りたいのはアナタの本音、聞きたい言葉はアナタの想い…。


あとがき

ええと…。何だか砂吐くくらい甘い二人を書いてみたくなりました(爆)。
でも、やはりラブラブ描写が書けないマナフィッシュはこれが限界です(苦笑)。
きっと、クラウドもティファも、ストレートに自分の感情をなかなか口に出来ないのでは
ないでしょうか…?二人共物凄くシャイですからね(笑)。そして、マナフィッシュは
そんな二人が大好きなのです(^^)!

お付き合い下さり、有難うございました!!