時刻は棚引く雲に染み渡る色合いが薄い紫から濃いオレンジに染まる頃。
常ならばドアベルの音と共に聞こえるはずの子供たちのセリフは「ただいま」であり、飛び込んできた子供たちの顔に浮かぶのは友達との楽しい時間を満喫した輝かしい笑顔であるはずなのに…。
「ティファ!」
「クラウド、帰って来た!?」
息も表情も荒く、切羽詰まった声音で問う幼子2人にティファはギョッとし、目を丸くした。
Small encounter
「俺、絶対見間違えてない!」
「私も見たもん!ウソじゃないんだから」
興奮冷めやらないデンゼルとマリンをティファはまぁまぁ、と苦笑しながら宥めつつ温かいココアを入れてやると、「それで?」と子供たちに先を促した。
2人は大好物のココアに目もくれず、テーブルに小さな手をついて身を乗り出し先を争って口を開いた。
「クラウドが!」
「ピンク色した髪の女の人と!」
「フェンリルで!」
「2人乗りしてたの!」
「あれはぜ〜〜ったいに!」
「クラウドなんだから!!」
交互に衝撃の目撃談を語るデンゼルとマリンにティファは困ったような顔をして自分のコーヒーが入ったカップを両手で包んだ。
コーヒーを口に運んで良いものやら少し悩み、口の中を潤すことにする。
豆から挽いた薫り高いコーヒーが口腔から体内へと浸透していく心地よさに暫し心を静め、子供たちへ視線を戻した。
案の定、反応の薄い自分へ子供たちは思い切り不機嫌になっている。
「クラウドが…ねぇ」
何と言っていいのか分からず、とりあえず何か言わなくては、と口を開いたが、どうやら子供たちの言葉を疑っていると思わせてしまったらしい。
みるみる険悪な表情になる2人にティファはますます苦笑を濃くした。
「嘘じゃない!」
「ティファ、信じてくれないの!?」
「信じてないわけじゃないし、ウソを言っているだなんてこれっぽっちも思ってないわよ」
苦笑いをしながら、さて何と言ってやればこの2人を納得させられるのだろうか、と考える。
クラウドが誰かを愛車の後ろに乗せてエッジを走っていた。
実は。
なんでもないような顔をしているが、ティファにとってもかなり衝撃的だった。
いや、本音を言うとどこの誰に対してあの人嫌いがそんな親密なことを赦したのか、と問い詰めたい思いでいっぱいになっている。
というか、今すぐにでもいまだに帰宅していないクラウドを探しに行きたい。
目の前でぶすくれながらココアを呷っている子供たちに気づかれないよう、チラリと店の置時計へ視線を走らせた。
今日、クラウドは昼過ぎの帰宅予定だった。
時計の針は帰宅している予定時刻を過ぎている。
もっとも、交通事情のため、というよりもモンスターや天候に左右されて予定が狂うことなど日常茶飯事なのでティファは気にしながらもクラウドの帰宅が遅れていることにさほど心配はしていなかった。
だが。
「ねぇ、クラウドを見かけたのはどこらへんで?」
ふて腐れたような顔をしている子供たちに話題を振ってみる。
デンゼルとマリンは自分たちの話しを信じてくれている証拠と言わんばかりの質問に少し気を良くしたらしい。
真剣そのものの表情をして再び身を乗り出した。
「この前出来た『武器屋さん通り』だよ」
「ほら、武器屋さんとか防具屋さんが沢山並んでいる通り。あそこの近くの公園で俺たち、サッカーしてたから間違いないって」
そう言ったマリンとデンゼルは、眉間にしわを寄せたティファにハタ…と口を閉ざし、バツの悪そうな顔をした。
「デンゼル、マリン。あそこの公園で遊んじゃダメって言ったわよね?」
心持低くなったティファの声と厳めしい表情を前に先ほどの勢いはどこへやら。
首を竦めて椅子の上でシュンと小さくなった2人にティファは内心おかしく思いながら表情を崩さない。
「あそこはガラの悪い人たちが沢山集まるから公園で遊ぶなら違うところで遊びなさい、って言ったでしょう?」
「「 …ごめんなさぁい… 」」
小さな声で素直に謝る子供たちにティファはわざと大きなため息を吐いて見せた。
ますます小さくなる子供たちに、ティファはもう一度他の公園で遊ぶように釘を刺すと改めて子供たちが見たという『ピンク色の髪をした女の人』とやらに意識を戻した。
まず、自分たちの知り合いにそういう髪をした者はいない。
それに、よしんばいたとしてもあのクラウドがフェンリルに乗せるなど、ちょっと想像が出来ない。
家族やデンゼル、マリンの友達である子供たちくらいならフェンリルに乗せることを承知してくれる。
それは子供たちの顔をつぶさないために、という”父親代わり”としての責任感からのこと。
だが、これが大人相手だと彼は自分の心のまま素直に行動する。
ようするに、断固拒否。
よっぽど親しい人なら乗せることもするだろう。
だが、ジェノバ戦役の英雄仲間ですらあっさりと拒絶してしまうクラウドが、ましてや女性を乗せていたとは。
ムクリ、と嫉妬が頭をもたげる。
いや、本当はちゃんと分かっている。
誰かをフェンリルに乗せるなどなにか理由があったに違いない。
(体調がわるくなった女性を見つけて病院に連れて行く途中だった…とか)
ざわつく気持ちを宥めようと納得できそうな理由を考える。
だが、すぐに却下した。
デンゼルとマリンが見たという『武器屋通り』にも、その通りを過ぎたところにも病院はない。
では…。
(…武器を買うために…?)
女性が?
武器を?
珍しくもないし、あり得ない話でもない。
ないのだが。
「…武器屋通りを女の人を連れて走ってた…かぁ…」
今はまだモンスターも多い。
少し人里離れてしまえばあっという間にモンスターに囲まれてしまう。
それに、情けない話だがこの世界はまだまだ治安が悪い所の方が多い。
殺人、暴行、詐欺、窃盗…etc.
数え上げるときりがない。
女と言えど、武器くらい護身用に持っていなくてはならないのだ。
まだまだこの世界は生きにくい。
生きにくいから女性だって武器を手にすることがあるし、実際ティファだって未だに己の体を駆使して戦うこともある。
なので、フェンリルに二人乗りをしていたという女性が『武器屋通り』に用があったとしても特に不思議はない…のかもしれない。
なんとも色っぽくない目撃場所だ。
クラウドがどうしてそんなところを走っていたのか、その理由を考えれば考えるほどティファの中で芽吹いていた嫉妬心が凪いできた。
だが、それを再び煽るかのようにデンゼルとマリンは苛立ちを滲ませて口を開いた。
「ティファ、そうじゃないだろ!?」
「あのクラウドが、女の人を乗せてたってことが問題なんじゃない!」
「それに、もしも武器が欲しいとか、道に迷って案内していた、とかだったらさ、別にフェンリルに乗せないでもいいじゃんか」
「口で説明したらいいだけじゃない」
「今日、帰るって言ってた時間、こんなにオーバーしてるんだぞ!?おかしいじゃんか!」
もっともだ、とティファは思った。
思ったが…さてどうすべきか、とまだ困惑している。
だが、『じゃあどうしよう?電話でもしてみる?』と、子供たちが望んでいるであろう言葉を口にすることが出来ない。
あの『家出』から戻ってきて、クラウドは気にしすぎているほどこまめに連絡をしてくれるようになった。
それが、彼自身の『反省』の証しであり、二度とあんなことはしない、という『姿勢』を表してくれているのだとティファは受け止めていた。
そしてそれは決して勘違いではないと確信している。
それなのに。
(私の方から連絡するのってすごくなんか、『負けた』気がする)
子供たちから話を聞く前なら電話をすることに躊躇いはなかった。
だが、聞いてしまった今は自分の気持ちに素直に行動することが出来ない。
連絡をしてくれないのが本当にその女性のせいなら、自分たち家族よりもその女性の存在の方こそを優先させている、と言う風にもとれてしまうのではないか?
もしもそうなら、きっとティファは今度こそ我慢出来ないだろう。
あの時。
クラウドが黙って家を出てしまったことを人づてで知らされたあの時。
あの時の衝撃は言葉では言い表せない。
衝撃的過ぎて…、デンゼルはまだ星痕症候群で苦しんでて…。
だから、クラウドに対して怒りを覚えるというのを通り越してティファは絶望した。
クラウドに対しても。
自分に対しても。
だから、どんな形であれクラウドがまた自分たちに黙って離れてしまうようなことが、今度こそティファは我慢出来ない。
我慢出来ずにきっと…。
いつしかぼんやりと自分の思考に耽っていたからだろうか。
不機嫌な顔をしたデンゼルとマリンがハッと顔を上げたことにも、椅子を倒す勢いで立ち上がったその理由にも気づかず、椅子の倒れた音に驚き目を上げるとティファが見たのはドアへ駈け出した子供たちの背中だった。
そうして、ドアベルが外れてしまうのではないかと思うほど荒々しくドアを開けて飛び出した。
驚いて腰を浮かしたティファはドアが閉まる寸前、耳慣れたエンジン音に気が付き子供たちの駆け出した理由を知った。
あの2人の剣幕から察するに、人目があろうと関係なくクラウドを問い詰めるのは目に見えている。
ご近所の好奇の視線に晒される可能性にティファも慌てて外へと飛び出した。
「クラウド、あの女の人っていったい誰!?」
「クラウド!とぼけてもダメなんだから!私たち見たんだからね!」
ティファの予想通り、フェンリルからまだ完全に降りる前のクラウドに2人は詰め寄っていた。
ただ、場所は裏の倉庫であったため、ご近所の好奇の視線に直接晒されていないことだけが救いと言えば救いだろうか?
ただ、2人の声は大きすぎる。
ティファは苦笑しながら3人に近づき裏口のドアを閉めた。
「女の人って…ピンクの髪した人のことか?」
幾分、機嫌が悪そうな声で軽く眉根を寄せたクラウドに2人は大きくうなずいた。
『おかえりなさい』と、いつもなら笑顔で出迎えてくれるはずの子供たちが開口一番キツイ言い方で詰め寄って来たのだ。
疲れて帰宅したクラウドにとって、落胆と理不尽な扱いに対する苛立ちを感じて当然だろう。
遅れて倉庫に入ってきたティファへクラウドは目を向けると、ティファの顔に浮かんでいる苦笑を見て少しだけホッとしたように眉を開いた。
この上、ティファにまで不機嫌な出迎えをされたのではたまらない、と思ったのだろう。
その表情の変化はとてもとても小さなもので、きっと他人には全く分からなかったはずだ。
その事実にティファは気づくことなく、まるで子供のように考えていることが顔に出たクラウドにおかしさがこみ上げる。
「おかえりなさい、クラウド」
「あぁ、ただいま」
フェンリルから降りてホッと肩の力を抜いたクラウドに、質問に答えてもらっていない子供たちの眉間のしわが深くなる。
だが、その不満をクラウドにぶつけるよりも早く視線を合わせてきたティファに、
「2人とも質問も良いけど、疲れて帰って来たクラウドに『おかえりなさい』は?」
そう苦笑交じりに言われて2人は、
「「 あ… 」」
とポカンと口を開けたかと思うとバツの悪そうな顔になり、上目使いにクラウドを見上げた。
「「…おかえりなさい」」
素直な子供たちの姿にクラウドも苦笑を浮かべ、ただいまと答えるとそれぞれの頭に手を置いて話は中に入ってからな、と少し疲れたような声でそう言った。
「で?」
不機嫌そうな声で先ほどの続き、と言わんばかりに促したデンゼルに、クラウドはコーヒーカップを置きながら眉を軽く上げた。
場所をリビング兼店舗内に移し、クラウドが仕事の埃と汗をシャワーで流し終えてのことである。
その表情は何を言われているのか分からない、と語っており、デンゼルの眉が危険な角度で跳ね上がった。
「さっきの続き!女の人、フェンリルに乗せてたでしょ?」
焦れるようにして言葉を継いだのはマリン。
2人は先ほどティファに言われた『疲れて帰って来たクラウドに』と言う言葉に、クラウドが一息入れるまでじっと我慢していたらしい。
その子供たちの葛藤をティファは微笑ましく思うと同時に、先ほどの質問をシャワーを浴びている間にクラウドが忘れていたらしいことにジリジリと焦れる思いが沸きだすのを感じた。
どうやら子供たちの手前、冷静にならなくては、といつしか自分を抑えていただけで実はかなり気になっていたらしい…。
クラウドはというと、あぁ、そうだった、と言うかのように軽く目を瞬き苦笑した。
「エッジのほど近いところでやけにモンスターが集団で何かに襲い掛かっているところに出くわして加勢したんだ。そしたら」
「その女の人だったってこと?」
目を丸くしたティファにクラウドは苦笑して肩を竦めた。
肯定するクラウドにデンゼルとマリンも目を真ん丸に見開いた。
「彼女、モンスターと闘っている間に武器が欠けてしまったらしくてな。修理出来るところがどこかないか、と聞かれたから連れて行っただけだ」
分かったか?と、流し目で見られたデンゼルとマリンはほんのちょっとバツの悪そうな顔をしたがそれ以上に安ど感の方が大きかったらしい。
モジモジと下を向いたり目を泳がせながらもその口元は満足そうにほころんでいる。
だが、ここで疑問を呈したのはティファだった。
「彼女、エッジの外になんでいたの?徒歩…ってことはないわよね?」
「あぁ、それなんだけど…なんか自分でもよく分からないって言うんだよな」
「…なにそれ…?」
「気がついたらモンスターに囲まれてて面喰ったって言ってたからな。ちなみに彼女自身が乗っていたらしき乗り物も近くにはなかった。だからフェンリルでエッジまで連れてきたわけだけど」
「……迷子…ってこと?」
「それに近いような感じだな」
なんとなく。
それって武器屋通りに放置してきてマズくない!?と言う雰囲気が流れる。
デンゼルとマリンも若干焦ったような表情になり、ティファは心配そうに眉をひそめた。
クラウドはその不穏とも言える雰囲気を敏感に感じ取り、やや慌てたように彼にしては珍しい早口で「あぁ、だけど」と言葉を継いだ。
「乗りかかった船だから目的の場所に行ける交通手段を探してやるって一応言ったんだけど、『必要ない』って言われたんだ。『なんとかなる』って」
「なんとか…?」
「ああ。なんかよく分からないけど『なんとかなる』って強い確信があるんだろう。それに、これ以上一緒にいてもらっても迷惑、ってオーラを出されたからな。俺もいい加減付き合ってられないと思ったし…」
少し深いため息を吐いたクラウドに、ティファは怪訝そうな顔をして子供たちをチラリと見た。
2人とも、クラウドがどうしてフェンリルに女性を乗せることになったのかについて、疑問が解けたのでスッキリはしたのだろうがなんだか必要以上にクラウドが疲れている様子に眉を寄せて心配そうにしている。
というわけで。
「本人が大丈夫って言っているのならなにか心当たりみたいなものがあるのよ。それを会ったばかりのクラウドに懇切丁寧に説明する必要がないって彼女が判断したのかどうか分からないけど、良いんじゃないかしらね、これで」
お疲れ様、とニッコリ笑ってティファがこの話題に終止符を打つと、なんとなく釈然としない子供たちを尻目にクラウドは妙にほっとしたように小さく息を吐いたのだった。
「似てるって言われたんだ」
ウツラウツラ微睡んでいたティファは、唐突にポツリとクラウドが呟いたその言葉に重い瞼を押し開いた。
彼の腕の中で彼の温もりに包まれながらティファは小さく「なにが?」と尋ねる。
半分眠っているせいで舌っ足らずな言葉になったティファにクラウドが小さく笑った気配がダイレクトに伝わってきて、それに応えるように彼女は頬を彼の胸に摺り寄せた。
「俺と俺が拾って武器屋に届けた女の人。デンゼルとマリンが『浮気しただろ』って疑ってた人のことだけど」
その言い方にティファもクスリと笑った。
決して子供たちは『浮気した』と言葉にしていない。
していないのだが、クラウドへしっかりと2人の気持ちは伝わっていたようだ。
少し拗ねたように『浮気しただろ』と言う言葉を口にした彼がなんだが妙に可愛くてくすぐったい。
だが、それを言うときっともっと拗ねてしまうだろうから自分の胸の中にしまいこんでティファは黙って先を促す。
「武器屋のおやじに、俺と彼女が似てるって耳打ちしてきた。『兄妹か?それとも従兄妹か?』だってさ」
少しイヤそうにそう言うクラウドにも軽く驚いたのだが、その内容にも驚かされてティファは眠気を押しのけた。
温もりを失わない程度に身体を少しだけ離し、顔をちょっぴり上げて宵闇の中クラウドを見る。
至近距離で彼の魔晄の瞳が微かな光を放っている。
それはティファしか見ることの出来ない妖艶な光。
胸の奥がドクリ、と跳ねたことは絶対に内緒…。
「クラウドとその女性(ひと)が似てるって?」
「あぁ」
「…顔かたちが似てるってこと?」
「…なんかそれもあるみたいだけど…」
他にもあると指し示すその言い草に、だがそれ以上にクラウドは承服しがたいものをその武器屋の店主に感じているようだ。
それを今、もうすぐ寝入ろうとしているティファにこぼしたということは、どうしても納得出来ない、と思っているのだろう。
ティファは強い興味を抱いた。
そっとクラウドの頬へ指を沿わせると魔晄の瞳が細められる。
されるがままのクラウドに指先だけで頬に触れていたその手をそのまま耳へと滑らせ、彼の髪に軽く絡める。
「クラウドみたいな女の人…ってことなの?」
こんなにも容姿が整った人は2人といないと思っていた。
だが、もしもクラウドを髣髴とさせる女性が現れたのだとしたら、それは文句なしの絶世の美女のはず。
さぞ人目を惹いただろう、とほんの少し同性としての嫉妬が胸の奥底をチリリと焼いたが、それを無視して小さく笑いながら問うとクラウドは小さく息を吐いた。
それが、溜息なのか別の吐息なのか判別は難しい。
宵闇にも目を惹く彼の髪を指先に絡めるようにして撫で梳くティファをクラウドは黙ったまま抱く腕に少し力を込める。
ティファの腰を抱く手をそのまま背中のラインに沿ってゆっくり滑らせるとティファは軽く息を吸い、トロリと瞳を揺らめかせた。
それに満足感と支配欲が同時に胸に湧き上がるが、クラウドはそれを持って生まれた無表情で覆い隠すと「そういうことなんだろうな」となんでもないことのような口調でティファの疑問に肯定した。
「無愛想で口調まで似てるって言われた」
「…本当に?」
「俺にはよく分からなかったが…」
尻すぼみに言葉を切ったクラウドは不満気だった。
ティファは背中をゆっくり上下する彼の手の動きに心臓が駆け足になるのを抑えられないまま、彼の髪を梳く手をゆっくり逞しい肩へと移動させ、微笑んだ。
子供たちからフェンリルに女性を乗せて走っていた、と聞いた時は思わず嫉妬してしまったし武器屋の店主に容姿等が似ている、と言われた話を聞いた今も妬けてしまった。
だが、彼がその彼女に対して好感らしきものを抱いていないことを今、クラウドがはっきり示してくれたことがこの上なく嬉しい。
武器屋通りに行く予定は今のところない。
だが、この先ずっと行かないかと言えばそうとも言い切れない。
もしかしたら彼女を連れて行った武器屋へ偶然行くことがあるかもしれず、その時に店主が今日のことを話のネタとして降ってくるかもしれない。
その時、今クラウドが示してくれないままだったら…?
きっと、嫉妬深い自分は傷つきクラウドを疑ってしまうだろう…。
そこまでクラウドが考えてくれたのかどうかは分からないがティファはとても満ち足りた気持ちになった。
心の中だけでありがとう、と呟きいつしか寄せられていた唇を受け止める。
陶酔するほどの心地よさにうっとりと目を閉じ、与えられる温もりと愛しさに胸の奥底から歓喜と熱情が湧き上がる。
しあわせ。
言葉にはしないその想いに応えるようにクラウドの要求が深くなる。
それを無上の喜びとして受け入れ、彼の背中へ両腕を回す。
いつの間に自分が下になっていたのか気づかないほど、彼に与えられる熱に夢中になっているティファに、クラウドは最後まで口にしなかったことをふと思っていた。
エアリスに声が似ていたな…と。
性格は違ったが芯の強さとひたむきさを兼ね備えた瞳、声は大切な仲間のそれととても良く似ていて…。
だが、今はまだそれを言うには少し早すぎる気がする。
ティファはまだ、エアリスに対して僅かに引け目のようなものを感じているようだから。
だからクラウドは言わない。
いつか小さなことでも隠し事と言うものが出来ずに済む日が来ることを願いながら。
(それにしても、ティファの嫉妬は可愛いな)
女性をフェンリルに乗せて走ったことを知っても何も感じてくれなかったらどれだけショックだっただろう、とクラウドは小心者な自分に苦笑する。
普段は自分の方こそがセブンスヘブンの客たちに妬いてしまうというのに。
武器屋へ連れて行く間のほんの少しの会話で知った彼女の使命の一部を思い返し、無事に妹を助けることが出来ると良いな、と心の中だけで小さく祈りながらクラウドはティファへと溺れて行った。
彼女の名前を聞くことをすっかり忘れていたことに気づかないまま…。
そして。
クラウドもティファも全く次元の違う異世界で出会ったことがあったという事実。
それを思い出す日が来るかどうかはまた別のお話。
あとがき
随分長らくお待たせしてしまいました。
瓜造様より543210番のキリリクです。
リクエスト内容はこちらをご覧ください。
本当に長らくお待たせしました!
こんな仕上がりになってしまって申し訳ない…><
瓜造様にお捧します。
リクエスト、ありがとうございました!
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