*アンハッピーエンドです。(しかもオリキャラメイン)。苦手な方は回れ右でお願いします。








 その客はいつも店の片隅で独りで飲んでいた…。
 いつも…無表情で、たった独りで…。
 だから、とても明るいセブンスヘブンの店内で、そこだけがポッカリと違う世界にいつも見えていた。



存在理由(前編)




「お客様、今夜はどうされますか?」
 笑顔で注文を聞く。
 だけど、もう答えは分かってる。

「一番安いメニューで」

 死んだような…目。
 なにも楽しみや喜びを知らない…、ううん、拒絶している様な…目。
 子供達も、既にこのお客さんの異様さに気付いている。
 幸いにも、他のお客さんにはこの異様さは気づかれていないみたい。
 最初、この人が来たときは少しだけ他のお客さんも興味を持ったみたいだったけど、今はなんとも思っていないらしい…。

 だって、若い女性が独りで飲みに来るなんて…人目を引いてしまうでしょう?

「本日一番お安くさせて頂いてるのは『さっぱり定食』と『お袋の味定食』なんですが、いかがしましょう?」

 その人は、訝しげに私を見上げた。
 いつもと違う私の応えに不思議がっている。

 だって、いつもセブンスヘブンで一番安いメニューは『簡単ご膳』だから。

 名前の通り、ご飯とお味噌汁、お漬物と小鉢の一品物といった、簡単なもの。
 彼女はこれ以外、この店で食べたことが無い。
 お酒は、必ずウィスキーをダブルで一杯。
 それらをゆっくり…ゆっくりと時間を掛けて食べる。
 まるで、家に帰りたくないから時間を潰している…、そういう風にもとれる過ごし方。
 流石にいつも安いメニューを毎回毎回食べられたら面白くない…というか…、栄養が偏る…って言うか…。
 ううん、違う。
 本当は、彼女ともっと言葉を交わす機会が欲しかっただけ。
 何故か…放っとけないの。

 彼女は仕方なさそうに、
「『さっぱり定食』とウィスキーのダブルを」
 一言だけそう言うと、本当につまらなさそうに私から目を離して前を向いてしまった。

 ツキン。

 胸が微かに痛む。

「はい、ありがとうございます。『さっぱり定食』とウィスキーのダブルですね」

 それをごまかすかのように他のお客さんと同じ様に明るく笑いかけてカウンターに戻る。
 彼女の視線が私に戻ることは……振り向かなくても分かる。
 彼女の意識はもう、この空間には無い。

 一体、何をしている人なんだろう…?
 どうして、毎回同じものしか食べないんだろう…?
 何故、いつもつまらなさそうな顔をして…、無関心な表情でいるんだろう…?
 楽しく思うこと、ないんだろうか?
 喜びで頬を緩ませることなど…あるんだろうか…?


「ティファ、『ささみ』が焦げてるよ!」

 マリンに指摘されてハッと手元を見る。
 さっぱり定食に必要な『ささみ』が、フライパンの中で恨めしそうに半面黒くなっていた。
 慌てて『ささみ』を救出したけど…。

「ごめんなさい…」

 焦げてしまった半面を切り落として小皿に取る。
 勿論、お店が終ってから私が食べるために。
 夜遅くに帰ったクラウドへ?
 そんなのとんでもない!!
 いつも遅くまで頑張ってくれてる彼に、そんな真似出来ないわ。
 だから、彼のお酒に付き合ってる時、私がいただくの。

 とと…。
 そんなことは良いんだけど…。

 新しい『ささみ』をフライパンに乗せながら、チラッと店の隅を見る。
 彼女は相変わらず何を見ているのか分からない顔をして、ぼんやりと店内へ視線を漂わせていた。
 本を読んで時間を潰すでもなく…。
 周りの人を観察するでもなく…。
 かといって、周りのお客さん達の会話に耳を傾けている風でもなく…。

 ただ、そこに座っているだけ。
 本当に…もうただそれだけなの。

「ティファ…あのお客さんのこと…気になる…?」
 マリンが心配そうに見上げてきた。
 幼いその表情が、若干、その女性客を警戒すべき対象なのか聞いている。
 私は軽く笑いながら首を振った。

「うん、なんて言うか…ほっとけないって言うか…。ちょっと気になるだけ……」
「あ〜…そうなんだ…。うん、そうだよね」

 私の答えにちょっと安心しながら、すぐに困ったような顔をした。

「私やデンゼルが話しかけても一言だけしか返してくれないし。なんか、人と接するのがイヤだ、って言ってるみたいだから話しかけにくいし…」

 マリンの言葉に、私も同意見。
 人との接触を極端に避けている感じがする。
 何か後ろめたいことがあるか…とかじゃなくて…。
 本当に面倒くさいって思ってる、そんな感じがするの。
 ここに来るのも『食べるため』だけに来てる…そんな感じだし。
 いつも一番安いセットを頼む彼女は、『お腹が膨れればそれで良い』って思ってるよう…。
 決して『美味しいから』とか『雰囲気が良いから』通ってくれているわけじゃないと思う。
 それが……ちょっと……、かなり悲しい。

 でも、仕方ないよね?
 人間だもの、色んな人がいるわよね。

「マリン、そのお話ししにくいお客様に申し訳ないんだけど、これ、運んでくれる?」

 出来上がったばかりの『さっぱり定食』を差し出すと、マリンは「う……分かった…」と、小さな肩を落として渋々料理を運びに行った。








「お客様、今夜はどうされますか?」
「一番安いもので」
「今夜は『お袋の味定食』と『カロリーカット定食』ですが」
「………『お袋の味定食』で」
「畏まりました」

 今夜も彼女は来た。
 こうしてほとんど毎晩『一番安いメニュー』を頼む彼女にはやっぱり寂しさを感じる。
 最初は『簡単ご膳』が一番安かったメニューだけど、彼女と少しでも言葉を交わせるチャンスが欲しくて、無理やり『日替わりで安いセット』形式にしてしまった。

 どうして一人の客にここまで心動かされるのか…分からない。
 分からないけど…、彼女がほっとけない。
 笑って欲しい。
 沢山話を聞かせて欲しい。
 でないと…。
 でないと?

 ……なんだろう、へんなの…。

 一瞬浮かんだ自分の考えに首を捻りながら、カウンターに戻る。
 いくつか既に入っている注文の品を作りながら、彼女のメニューも取り掛かる。
 そうして出来上がった料理を子供達に運んでもらって…。
 気がついたら彼女に料理を運ぶ役目が極々自然に私になっていた。

 いつもは子供達に行ってもらっていた。
 だって、彼女は本当に『壁』を作っていたから。
 大人の私よりも子供達のほうが良いと思っていた。
 だから、本当は私が行きたかったけど、子供達に料理を運んでもらう方が彼女の為にも良いんだろうって思ってた。
 でも…。
 今夜は仕方ないよね?

 本当はずっと私が運びたかったの。
 だって、そのほうが彼女としゃべるきっかけがつかめるもの。
 彼女の事は名前すら知らない。
 今夜は…もしかしたら名前くらい教えてくれるかもしれない…。


「おまたせしました、『お袋の味定食』です」


 相変わらずボーっと視線を彷徨わせていた彼女の目の前に料理を運ぶ。
 彼女は、ノロノロと料理に視線を落とした。

「あの、このソースがオススメですから是非使ってみてください」
「 ……… 」
「あ、あとこれ。この肉じゃがはちょっと自信作なんです。お得意さんから新鮮なジャガイモをわけてもらったから」
「 ……… 」
「…あ〜…と、……ごゆっくり…」

 何を話しかけても彼女は返してくれない。
 やっぱり…話したくないんだろうな。
 物凄く気まずく思ってるのは、きっと私だけ。

 後ろ髪引かれる思いで、彼女のテーブルから離れる。
 他のお客さんの注文も作っていかなくちゃいけないもの、仕方…ないよね…?


「お待たせしました、ウィスキーのダブルです」


 彼女の注文した料理を運んでからちょっと過ぎて。
 ようやく手が空いた私は彼女から請けていた注文のウィスキーのダブルを運ぶことが出来た。
 そんなに手のかかる注文じゃなかったけど、彼女はいつも必ず料理を半分以上食べてからお酒に手を伸ばしていたから、少し後でもいいかな…?って思ったの。
 沢山注文があったし…。


「いつも、一緒に持ってくるのに今日は遅かったのね」

 顔をこちらに向けてくれない彼女から思いがけない一言をもらってビックリ。
 でも、それを顔に出さないように気をつけながら、
「あ、すいません。他の注文を優先させてしまいまして…。お客様、いつも料理の最後のほうでお酒を召し上がっておられたものですから…」
 そう言って頭を下げる。
「良いの、別に怒ってるわけじゃないし…」

 顔を上げると、相変わらずどこを見てるのかわからない彼女がいたけど、私は彼女がこうして話しかけてくれたことの喜びの方が大きかった。

「あなた…本当に良く見てるのね」
「え…?」
「周りのこととか…客のこととか…」

 そう言ってくれている間も、彼女の視線が私にそそがれることは無かった。
 だけど、とても嬉しかったの…本当に。

「お客様も、周りを良く見ていらしてるんですね」

 思った事を素直に口にすると、彼女はチラリ…と私を見た。

「職業柄…、ついね…」
「何をされてるんですか…?」
「新聞記者」
「え!?」

 サラリ…と答えた彼女に驚いて声が高くなる。
 隣のテーブルのお客様がびっくりしてこっちを見た。
 でも、彼女は全く意に介していない。

「別にそんなに驚かれることでもないと思うけど…」

 本当に何でもない、って思ってる口調でボソッと一言洩らし、グラスに口をつけた。

「別に、『ジェノバ戦役の英雄』を記事にしたいわけじゃないから心配しないで」

 付け加えられた一言に、固まっていた脳が動き出す。
「そ、そんなことを思っていたわけじゃ…」
「そう?なら良いけど…」
「本当です!」

 シラッとしながらそう言って、また一口グラスを口に運んだ彼女に、なんとなく後ろめたい気持になる。
 新聞記事を取り扱っている記者だと分かった瞬間、警戒したことは……本当だもの…。

「本当に…この店は他とは違うわね」
「え?」
「私、新聞記者って仕事をしてるせいか、あまり面白くない場面もよく見るの」

 フッ…と、自嘲気味に笑った彼女に、なんとなく想像がつく。
 人間は…。
 綺麗な生き物じゃないから…。
 きっと、私が想像もつかないような汚い場面に彼女は何度も出くわしたんだろう。

 あぁ。
 だから。

 彼女は必要最低限にしか人を寄せ付けないんだ。

 彼女のことが分かってちょっとホッとする。
 でも。
 彼女を目の前にして、胸の奥でチリチリと焦がす不安は消えない。

「他の店にも通ったことがあるわ」

 終りかけた肉じゃがに箸を伸ばす。
 ダシをたっぷり含んだジャガイモが、ボロッと崩れた。

「他の店とこの店を比べたら、来る客の品格が悪いのよね。味もイマイチだし」
「……ありがとうございます」

 肉を箸で器用につまみながら口に運ぶ彼女に、どう言って良いのかわからずとりあえずお礼を言う。
 彼女は何度か咀嚼して、ゆっくりと口の中の肉を飲み込んだ。

「…美味しいわ…」

 しみじみとそう言ってくれたことが…嬉しい…。

「他の店と比べてこの店の客層が良いのは『ジェノバ戦役の英雄』が店をしているから…ってことなんでしょうね。誰も『英雄』に怒られてまで酒を飲みたいとは思わないでしょうし」

 彼女の一言に、顔がひくついた。

『ジェノバ戦役の英雄』

 それが、私やクラウド、仲間達にとってどれだけ重荷になっていることか…。
 笑顔を引っ込めた私に気付いたのだろう。
 彼女が一瞬、申し訳なさそうに私を見る。
 しかし、本当に一瞬だけ。
 すぐに何も無い空間を見つめるために前を向いてしまった。

「卑屈になる事はないわ。むしろ『英雄』だと言われることを逆手に取れば良い。他の人にしにくいことでも、あなたとクラウドさんならやりやすいこともあるでしょう」
 勿論、逆もあるかもしれないけど…。

 自嘲気味に笑った彼女が、とても悲しく見えた…。


「マリンちゃんとデンゼル君。血の繋がりはないのよね?」
「え…?」

 唐突に聞かれたその質問にちょっと面喰う。
 彼女の質問に答えるのに少し時間がかかった。

「えぇ」
「全然?」
「はい」
「そう…」
「あの…?」

 黙り込んだ彼女に何故か不安が過ぎる。
 まさか、子供達を追い掛け回して何か記事にするつもりじゃ…!?

 …そんなわけないわね。

 何故だか、それだけは確信を持って言える。
 彼女はそんな卑怯な真似はしない。
 相手の嫌がることは…決してしない。
 真正面からぶつかって…。
 一度でも相手が嫌がれば、そこで諦めてしまう…そんな人。

 それが良いのか悪いのかは分からないけど、きっと彼女はあっさりと諦める。
 粘ったりしない。
 きっと……すぐにその『思い』を忘れて…受け流して……、何事も無かったかのように過ごすのだろう。


「子供達が、あなたとクラウドさんの存在する理由になってるのかしら…」


 なんとなく呟いた…。
 そんな風に聞える彼女の独り言にギョッとする。
 彼女は私の驚きに気付いたのだろう。
 フッと苦笑して、
「あぁ、ごめんなさい、へんな事言って」
 グラスに口をつけた。
 その場の気まずさをごまかすかのように…。
 でも、私は言わずにはいられなかった。


「確かに、私とクラウドにとって、子供達は私達が存在する理由の一つになってます」


 彼女はちょっとだけ目を丸くして私を見上げた。
 初めて…、真正面から彼女と視線を合わせられた瞬間。
 彼女は瞬きをして私をマジマジと見つめた後、
「……そう。幸せね」
 遠い目をして微笑し、テーブルに両肘をついて手を組み、その上に顎を乗せた。
 その姿がとても孤独で、聞かずにはいられなかった…。

「お客様にもあるでしょう?」

 って。
 だから…。

「ないわ」

 あっさりと返って来た答えに、内心…怯む。
 どうか、顔に出ていませんように…。

「でも、何かあるでしょう?お仕事とか、家族とか…」
「家族はいないわ。私、孤児だったし。それに、仕事はただ単に、文章を書くのが苦にならないから。仕事に自分の存在理由を見いだせられるほど、充実しているとは言い難いし」

 サラリと答えられて言葉に詰まる。


「いつか…私にも『生まれてきた意味』や『いま、ここに存在する理由』が分かるかしら…」


 囁き声のような彼女の独白に、不安と焦燥感が入り混じったような感情が湧いてきた。
 分からないけど、なにか言わないと!
 でも、安易に『見つかりますよ』なんて言えない。
 言っては…いけない…、そう思ったから結局なにも言えないまま、

「ごちそうさま」

 お代をテーブルに置いて店を後にする彼女の背を、見送るしか出来なかった。



 その日の晩。
 帰って来たクラウドにちょっとその事を言ってみた。
 金髪をしっとりと湿らせたまま、夜食を口に運んでいたクラウドは、ちょっと難しそうな顔をして箸をおいた。

「それは……確かに難しいよな…」
「そうでしょ…?『生まれてきた意味』ってそんなにあっさり見つかるとは思えないし…」
「まぁな。俺も今こうしてここにいるのは、ある意味『義務』ではないのか?と言われたら反論しようがないし…」
「…『義務』と『存在する理由』は別ものってこと?」
「少なくとも、俺はそう思ってる」
「ふ〜ん」

 意外。
 クラウドって結構複雑に考えてたりするのね。

「でもさ…」
「ん?」

 澄み切った紺碧の瞳が私に向けられて、心臓が跳ねる。
 この瞳には本当にまだ慣れない。
 いつでも私を魅了して止まない。
 きっと、これから先、死ぬまで私はドキドキしっぱなしなんだろうな…。

「せめて…死ぬまでに『生まれてきた意味』を見つけて欲しいよな」

 ちょっと目を伏せてそう言ったクラウドが、一体誰を思い起こしたのか…聞かなくても分かる。

「うん…そうだね…」

 カウンターの木目に視線を落とす。
 悲しいくらい、孤独な彼女を思い出して気持が落ち込む。
 そんな私を気遣うように、クラウドが大きな手で子供達にするように頭をポンポンと叩いてくれた。
 そっとその手に自分の手を重ねて、温もりに幸せを噛み締める。

 いつか…。
 いつの日か、彼女にもこんな温もりが与えられたら良いのに…。

 うっとりと目を閉じながら、そう思わずにはいられなかった…。


 でもね。
 本当に、世の中って願いどおりにはいかないのね。