― 単調な毎日を暮らしていると、本当に自分がここにいて、生きていることになんの意味があるのか…? …って感じることがあるよ ― その言葉は、ティファの心に染みた…。 空を仰いでクラウドは、愛しい人の声を機械を通して聞きながら、ゴロリ…と寝返りを打った。 愛しい家族は遠い空の下。 青年は一人、仕事の為にコレル地方に来ている。 仲間内、一番の巨漢である男に付き合わされて散々飲まされたあとのことだった。 時刻は丁度日付が変わったところ。 軽く『おやすみ』と言いたくて、『おやすみ』と言ってもらいたくて電話をしただけのクラウドだったが、ティファの長話になりそうな気配にほんの少し溜め息を吐いた。 長電話は…正直まだ苦手だ。 相手が彼女でも…。 まぁ、いつも彼女の話しに相槌を打つくらいなのだが…。 彼女が話題にした一人の客の話しに、クラウドは薄汚い天井の木目を見ながら「ふ〜ん」と、気の無い返事をした。 クラウドと違い、直接その客と顔を合わせて接し、尚且つクラウドよりも感情豊かな彼女にとって、「ふ〜ん」で済む話ではないらしい。 『それでね、私、ちょっと考えちゃった…』 熱心に言葉を紡ぎだす。 『私にとって、今生きているのはデンゼルやマリンのことも勿論あるけど、他になにか意味があるのかなぁ…って』 「…他に?」 『うん、あ、でもあれよ。私は償わなくっちゃならないことがあることは分かってるんだけど、そうじゃなくて』 早口でまくし立てる。 慌てたような彼女にクラウドはほんのりと唇の端を持ち上げた。 生真面目な彼女の姿が手に取るようにわかる。 それが…なんとなく嬉しい。 「分かってる、ティファ」 呟くように言ったその声は、彼女にちゃんと届いたらしい。 慌てている雰囲気がスーッと消えた。 それがまた嬉しい…。 なんとなく、自分の意見…というか、想いが通じた気がして…。 『それでね…』 先ほどよりもうんと落ち着いた声音。 「うん」 心地良い響きに感じながら、ゴロリ…、とまた寝返りを打つ。 『私、今とっても幸せなの…だから…』 段々尻すぼみになるその言葉に、クラウドは胸の奥がジーンと熱くなるのを感じた。 ティファはクラウドと同じくらい、いや、それ以上に『贖罪』の念が強い。 その彼女が、今の生活に『幸せ』を感じてくれていることは、これ以上ない喜びだった。 クラウド自身、今生きているのは亡き親友の遺志を継いでいるからこそと、たまに混同することがある。 だから、ティファのこの心の動きには喜びを感じた。 生きていることを純粋に嬉しいと思ってくれることが…。 「それで良いんじゃないのか?」 『え…?』 「それで良いんじゃいのか、生きてる理由は…さ」 言葉を軽く切って、再び口を開く。 「俺達は償わなくちゃならないことがある。だけど、それだけじゃなくて…それ以上に俺達は『アイツら』のためにも幸せにならなくちゃいけないんじゃないか…と、最近思うんだ」 携帯の向こうから、微かに息を呑む気配が伝わってきた。 クラウドは薄っすらと微笑を浮かべてまた口を開いた。 「例えば、俺達が生きてることで…、幸せなことで『不幸』だと感じる人達もいるだろう。例のプレート事件の被害者の遺族達とか…さ。だけど、俺達はその人達のことばかりを思って生きるわけにはいかない。デンゼルやマリンもそうだけど、俺達が守っている大切な人達のことを、俺達は『俺達の不幸を願っている人達』と比べると、どうしてもより深く思って生きてるわけだし…」 ティファは黙っている。 彼女の沈黙がクラウドには何故かとても心地良かった…。 普段なら、こんな風に黙っていられると落ち着かなくてそわそわしてしまうのに…。 そして、この沈黙のお陰でいつもよりも流暢にしゃべっている自分に少しだけ驚くと共に、苦笑してしまう。 …こんなにおしゃべりだったか……俺……。 「とどのつまり、俺達は贖罪をしながら生きていかなくちゃならないけど、生きるからにはやっぱり『幸せ』に感じて生きた方が、より『贖罪』をしていく上で必要な力を得られるんじゃないか…」 最近、俺はそう感じるんだ…。 今度こそ、本当の沈黙。 言いたいことを言ったので、今度はティファから言葉をもらいたい。 クラウドは待った。 携帯の向こうから、ティファが口を開く気配が伝わった。 『…クラウド…』 声が震えている。 …泣いている……? 「ティファ…?」 『……クラウド、ありがとう…』 「なんで…?」 彼女の震える声に、少し動揺する。 だが、慌てることなく彼女の言葉に耳を傾ける。 彼女がとても喜んでくれていることが分かったからだ。 『クラウドのその言葉…、本当に嬉しい』 「……そっか…」 『うん、すごく……すごく嬉しい』 「…俺も、そう言ってもらえて嬉しいよ、ティファ」 『うん……クラウド…』 「ん?」 『ありがとう…』 「……うん」 離れているのに、心がとても近くに感じるのは、それは自分達が成長したからだろうか…? そう、クラウドは思った。 そうして、そうやって感じられることをやはり幸せだ、と思わずにはいられない…。 ティファの歓び、感動が携帯という小さな機械を通してジンワリと届いてくる。 …ありがとう、は俺の台詞だろうに…。 そう思ったが、クラウドはそれを口にしなかった。 きっと、彼女は『そんなことないわ』と言ってくれるだろう。 だから…言わない。 彼女の気持ちをそのまま大切にしたいから…。 「じゃあ、そろそろ寝る」 『…うん…』 電話での最初の少し落ち込んだような、沈んだ声がすっきりと明るい声に変わっている。 ちょっと鼻声のそれが、とても愛しい…。 「おやすみ…ティファ」 『うん…おやすみなさい、クラウド。明日には帰ってこられるのよね…?』 「ああ、明日にはって言うか、今日だな…もう。なにがなんでも絶対に帰る。まともな食事がそろそろ恋しくなってきたんだ」 ちょっとおどけた口調でそう言うと、携帯の向こうから彼女の鈴を転がしたような笑い声が耳に心地良く響いた。 愛しさが胸に広がる…。 『クラウド、本当にありがとう。気をつけて帰ってきてね』 「あぁ。ティファも無理するなよ?」 『うん…』 「じゃ、また明日…じゃなくて今日…な…」 『うん…また…ね』 そうして、名残惜しげにクラウドは携帯を切った。 暫し、切れた携帯を見つめる。 真っ黒なボディのそれは、本当にクラウドにピッタリなデザイン。 飾り気が全くないシンプルなもの。 そして、そのディスプレイには、飾り気のないボディには似つかわしくない待ち受け画面。 少年と少女を抱きしめて笑っている女性の写真。 クラウドの愛しい家族の写真。 クラウドはこの写真を誰にも見せていない。 だから、ティファ達も知らない。 きっと、知ったらビックリして目を丸くするだろう。 そうして、嬉しそうに笑ってくれるのだ。 その姿を想像するだけでもう充分だった。 実際に見なくても充分幸せ。 だから教えない。 嬉しさ以上に、この待ち受け画面がバレた時に味わうであろう恥ずかしさの方がうんと強いだろう、と自分で分かっていた。 だから誰にも教えない。 ウータイの忍びには特に、断じて、絶対に教えられない。 破天荒娘のことだ、鬼の首を取ったような勢いで仲間達にあることないこと、言いふらすに決まっている。 その点を考えると、赤いマントを羽織ったガンマンにならバレても大丈夫だろう、と判断してしまう。 そして、その判断はほぼ間違いない、と自負している。 だからと言って、彼にも教えるつもりはさらさらないのだが…。 言ってみれば、この待ち受け画面は、クラウド一人だけの秘密の宝物だ。 配達の仕事でイヤなことに遭ったりしたとき、この待ち受けを見ると少しだけ苛立ちが紛れるし、安宿の不味い食事に閉口するようなことがあっても、家に帰るまでの辛抱!と言い聞かせることが出来るのも、この待ち受け画面があるとより辛い場面を乗り越えやすくなる…。 …いつの間にこんな風に甘くなってしまったのやら…。 つい先ほどのティファとのやり取りを思い出しながらクラウドは苦笑した。 幸せに生きても良いのではないか、などと口にするとは。 まるで別人だ、家出をした時の自分と比べると…。 クラウドは客観的に己の変化を見て、苦笑しか浮かべられない。 なんとも現金なものだ…と思う。 そして、そんな現金な自分で良いではないか、と一種の開き直りとも、悟りを開いたとも言える考えに満足している。 そう、これで良い。 自分は一人ではないのだから…。 「それにしても…」 ついつい、独り言を呟いてしまう。 生真面目な彼女が少しばかり心配だ。 一人の客のたった一言で気持ちを大きく揺さぶられている彼女が心配だった…。 優しすぎるが故に、自分のこととして置き換えて悩んでしまう傾向にあるティファ。 今夜、自分に電話をかけてきた時には、温かい茶色の瞳を曇らせていたであろうティファの姿。 容易に想像出来る。 自分とは無関係のはずなのに、自分のこととして悩んでしまうのは、彼女の美点であり欠点でもある。 放っておけば良いのだ、と周りの人間が思うことでも彼女は自分の中に取り込んでしまう。 そうして悩む。 悩んで、困って…時には苦しんで。 相手の悩みに精一杯応えようとする。 それがティファだ。 そんな彼女だからこそ、家出をした自分を温かく迎えてくれたのだろうが…。 「本当にティファらしい」 そう呟いてクスリ…と微笑んだ。 明日には絶対に帰りたい。 ティファに言った『まともな食事がそろそろ恋しくなってきた』というのは嘘ではない。 宿の料理人の名誉のために断っておくが、決して宿の食事が不味かった…というわけじゃない。 ティファの手料理が食べたいのだ。 宿の主人に知られたら絶対に気を悪くされる言葉だったと分かっているが、クラウドにとって、唯一『まともな食事』は『ティファの手料理』なのだ。 なんとも贅沢な舌になってしまったものだ…と自分で呆れてしまう…。 よくもまぁ、家出の時はあんな不味い携帯食を食べてしのげたものだ、と思ってしまうほど、ティファの料理の虜になっている。 ティファほどの腕を持つ料理人はそうそういないと断言出来る。 いや、金さえ出したらいくらでもそういう美味しい料理は食べられるのだろうが、『一般庶民向け』の食事で、これほどの腕を持っているのはティファだけだろう…と思っている。 全くの赤の他人が聞いたら、『惚気』としか聞こえないだろうその意見を、クラウドは平然と言ってのける。 言ってのけることが出来るようにまで成長した…と言うべきかもしれない。 「明日…、いや、もう今日…だな…。帰ったら…」 ゴロリ…。 ゆっくりと身体を起こして部屋の電気を消す。 真っ暗になった部屋のベッドにもう一度転がりながら、心は既に家族のもとへと飛んでいる。 帰ったら…。 ティファを思い切り抱きしめて、髪を梳いてやりたい。 人のことなのに思い煩ってしまう彼女を労わってやりたい。 そうして、頑張りすぎる彼女になにか甘いものをご馳走に連れ出してやりたい。 疲れた時には甘いもの…と言うし…。 そうそう、良い子で留守番してくれている子供達も勿論一緒だ。 最近エッジに出来たフルーツパーラーのお店でも良いし、ケーキバイキングでも良い。 自分は甘いものを食べないが、それでも全然かまわない。 コーヒーを飲みながら、顔を輝かせて美味しそうに食べているティファやデンゼルやマリンを見られるだけで充分だ。 甘い匂いだけで胸が悪くなりそうな予感がするが、それくらいは我慢出来るだろう。 そうそう。 それに、明日…ではない、今日は当然だが店は休みにしてもらおう。 ゆっくりと買い物して、食事をして。 ティファと子供達をゆっくり労わってやりたい。 実は、今回の配達では思わぬ収入があった。 配達先の依頼主が、規定の賃金よりも多く支払うと言って譲らなかったのだ。 期限が間に合わないかもしれない、という大きな不安を抱えた依頼主からの配達を、見事にこなしたクラウドに心から感謝した証として、依頼主は多目に賃金を支払ってくれた。 心底嬉しそうに笑ってくれるその依頼主に、とうとうクラウドは根負けしてその賃金を受け取った。 だから、ティファ達に食事を奢ったり、なにかプレゼントを買いに行く余裕が出来たわけで…。 「まぁ…ティファは『子供達のために使ってあげて』って言うだろうし、デンゼルとマリンも『これからのために貯金して』って言うだろうなぁ」 クックック…。 その姿を想像して思わず噴き出す。 そうしてクラウドは改めて携帯のディスプレイを見つめ、そこに写っている家族の写真に目を細め、スーッと穏やかな眠りについた…。 目が覚めたら、外は快晴。 バレットの暑苦しい見送りを背に受けながら、クラウドは帰路についた。 昨夜の酒が少し残っているような感じがしないでもないが、一分、一秒でも早く帰りたい。 クラウドは勢い良く愛車のエンジンを噴かせた。 快晴、快晴。 どこまでも続く青い空に、もこもこと浮かぶ真っ白な綿雲。 素晴らしい天気だ。 このまま行けば、子供達のおやつの時間までには帰れそうだ。 クラウドは、家族が喜んでデザートを食べている姿を想像して唇に笑みを刻んだ。 『確かに生きてると自分の存在理由とかに悩むこともあるけど…』 胸の中でそっと呟く。 『こんな良い天気だと、そんな悩みも消えてなくなるな…』 快晴、快晴。 胸のすくような青空。 澄んだ空気。 クラウドはゴーグル越しに空を見上げて大きく息を吸い込んだ。 フェンリルの素晴らしいスピードに乗って、冷たい空気が胸いっぱいに満ちる。 それすらも清々しくて…気持ち良い。 「さ…、頼むぞ、フェンリル」 呟いて、エンジンを更に噴かせた。 轟音が荒野に響き渡り、巨大バイクがその主(あるじ)の思いを叶える。 風のように疾走したフェンリルが、エッジに辿り着いたのはクラウドの予定通り。 そうして。 エッジの街を弾む足取りで歩く少年と少女を、穏やかな歩調と表情で見つめる男女の姿があった。 頭上にはどこまでも澄んだ青空。 少しだけ空を仰いだ金髪・碧眼の美青年が、寄り添って歩く漆黒の髪を持つ美女に空を指す。 彼女の微笑みが更に深く、明るく輝いたのを見て、青年の無表情な顔に薄っすらと微笑みが浮かぶ…。 それは、とても天気の良い素晴らしい青空が広がっていた昼下がりのほんの一コマ。 幸せな一コマ…。 あとがき なんとなく、空がとーっても澄んでいると、気持ちがスーッと晴れることってないですか? そんな話を書いてみたくなりました。 おお、なんかクラウドが急に大人になった気がします(笑) |