俺は本当に幸せ者だと思う。
 とっくの昔に尽きていた命は新たな命として星に甦り、先の世では恵まれなかった『人の輪』に囲まれている。
 妹も…、従兄弟も、その輪の中にちゃんと迎えられている。本人たちがどう思っていようとも。

 それなのに、何故『悪夢』は消えてくれないのだろう?
 俺が弱いからだろうか…?

 あぁ……、そうだな…。
 俺が弱いからいつまでも悪夢を振り払えないんだろう。

 なら、強くなるしかない。
 俺を愛してくれる人のためにも、俺自身のためにも。






爽風







「あら、いらっしゃいシュリ君!」

 2人の赤ん坊を器用に抱っこしたまま、俺の大恩人が顔を輝かせた。
 相も変わらず眩しい笑顔は、胸にスーッと溶け込んできてくれる。
 対する俺は、これまたいつもと変わらず無表情且つ無愛想な口ぶりで、
「お久しぶりです。どうかそのままでお気遣いなく」
 などと可愛げのない言葉を口にする。
 ティファさんはとても子持ちとは思えない若々しさで軽やかに足を運んだ。
「そんな他人行儀なこと言わないで?」
 クスクスと笑いながら俺に椅子を勧めてくれる。
 同時にカウンターへ向かい、テキパキとコーヒーメーカーをセットした。
 赤ん坊はいつの間にやら俺の両腕に納まっている…。

「レッシュとエアルもシュリ君に会えて嬉しいみたいね。すっごくご機嫌」

 心から嬉しそうにそう言ったティファさんに釣られるように赤ん坊の笑みに引き込まれる。
 自信過剰…と言われるかもしれないが、赤ん坊2人は俺の腕の中で『赤ん坊らしく』笑ってくれている。
 気を許してくれている証…と思っても良いんだろうか?
 こんな俺に。

「それで、どうしたの突然。珍しいじゃない、シュリ君が1人で来るなんて」

 煎れ立てのコーヒーをコトリ、と俺の目の前に置いて向かいに腰掛けながらティファさんがおかしそうに問う。
 改めて問われると少しばかり困る。
 俺がこうしてここに来たのは、少しの安息を求めてのことだったから…。
 他にも穏やかな時間を得られる術はあるだろう。
 だが…、ちょっとだけ疲れていると自覚していた俺には、他の『穏やかな時間』を探すだけの余裕がなくて、つい『お手軽』な穏やかな時間を求めてしまった。
 …。
 …大人しく寮でごろ寝をしてれば良かった…。

「あ、シュリ君、なんか今、絶対に容認出来ないことを思ったでしょう?」
「……なんで分かったんですか」
「ふふふ、母親になると色々なことが分かるものなのよ」
「そういうもんですか?」
「そういうもんなのよ」

 このやり取りがとても心地良い。
 先の世では味わえなかった幸福だ。
 だから、ついこの幸せに酔いしれたくなる。
 だけど…。

「ティファさんは幸せですか?」

 キョトンとティファさんが俺を見た。
 赤ん坊を抱っこしたまま、危うい手付きにもならずしっかりと抱っこしている姿に安堵する。
 ティファさんは不思議そうな顔のまま、
「シュリ君、なにかあったの?」
 どことなく心配そうな顔をして聞いてくれた。
「別にこれと言ってありません。ちょっと確認したかったんです」
「本当に…?」

 不安そうな顔をして俺の言葉を全く信じていないティファさんに、不謹慎だけど喜びがこみ上げる。
 こんなに俺たちを心配して、想ってくれる人がいてくれる。
 なんて幸せなことだろう?
 そう、本当に幸せなことだ。
 改めて確認するまでもなかった。

「本当にすいませんでした。アルファの影響でティファさん達に悪い何かが起こっていないか心配だったものですから」

 卑怯な言いわけをする。
 こう言うと絶対にティファさんも、ティファさんの伴侶であるクラウドさんも…。
「そんなことないわ。アイリがいてくれたからこそ、今の幸せがあるのよ?」
 予想通りで希望通りの言葉をくれる。

 そして、俺は予測どおりの言葉を口に出来る。

「それなら良かった。あなた達の幸せが俺達の幸せですから」

 本心だ。
 ティファさんとクラウドさんが幸せなら俺達は幸せだ。
『俺たちの存在理由』なのだから、お2人は。
 だから、お2人が幸せで、そのお2人を取り巻いている人達が幸せなら俺たちは満足なんだ。
 存在した理由があるのだから。

 人は…。
 命は…。
 その存在が『確固たるもの』だと認識できる機会に恵まれることは本当に少ない。
 生きている時に『これこそが自分の生きている意味』と思ったとしても、その直後にその思いが覆されることなど珍しくともなんともない。
 だからこそ、命はその一瞬一瞬を輝かせて存在させるべく生きている。
 意識はなくてもそう言うものだ。
 その無意識の輝きが星に積もって巡り、やがて新たな命へと還っていく…。

 そう…。

 星に還るんだ。
 命はどれでも必ず星に還る。
 それが遅いか早いかの違い。
 でも出来ることならば大切な人達には長く長く生きて、幸せでいて欲しいと思う。
 星の命の流れで見るとほんの刹那な一瞬でしかないであろう人生を、出来るだけ長く…。
 そう思えるようになったのは、俺が幸せだという証。
 分かってる。
 だから、悩んでいても仕方ないことくらいは。
 でもどうしても二の足を踏んでしまう。
 それくらい、大切に思っている…ということなんだろう。

「シュリ君?」

 ふと気づくと、ティファさんの顔がアップに広がっていた。
 普通の『知人』としての距離ではない至近距離に思わずギョッとする。
 反動で赤ん坊を落としそうになって肝が冷えた。

 …良かった、泣かれなくて。

 ティファさんも少しだけビックリしたみたいだけど、吹き出して笑った。
「シュリ君、本当にどうしたの?いつもとなんか違うけど」
 笑いながらエアルを抱っこする。
 レッシュは俺の腕の中に残されたままだ。
 いや、なんでレッシュも取ってくれない?
 ほら、なんか『なんでボクはママが抱っこしてくれないの?』って顔してるじゃないか。

「レッシュ〜、良かったねぇ、お兄ちゃんに抱っこしてもらって。エアルも後で交替しようね。2人いっぺんに抱っこするのにお兄ちゃん慣れてないから、少し我慢してね」

 …。
 え〜……、かなり嫌そうに見えるんだが…。

「あら、そんなことないわ。ほら、すごく笑ってるし」
「…ティファさん、読心術でもあるんですか…?」
「あるわけないじゃない。シュリ君、意外と顔に出るのね。顔にバッチリ『嫌そうですけど』って書いてあったわよ」
「……そう…ですか…?」
「うん。やっぱりアイリとライ君を見つけられたから本当の自分になれたのね」

 クスクス笑いながらエアルを上手にあやす。
 レッシュはティファさんに向かって手を伸ばしながら笑っている。
 …これでレッシュが笑ってなかったら、親子を引き裂く最低野郎だな、俺は。
 それにしても。

「本当の自分…ですか…」
「ん?」

 キョトン、とティファさんが顔を上げる。
 茶色の瞳を見つめ返すのが気恥ずかしくて、腕の中で笑っているレッシュに視線を落とす。
 俺の視線に気づいたのか、俺を見て小さな手を伸ばし、笑ってくれた。
 赤ん坊の笑顔と温もり、ふにゃふにゃした感触にホッとする。
 だから…だろう。

「ティファさんは…クラウドさんをライフストリームで見つける前、どうでした?」
「え…?」
「クラウドさんが本物でなかったらって…心配だったでしょう?」
「……」
「クラウドさんが幼馴染ではない『赤の他人』だったとしたら、どうしようって考えたでしょう?」
「……うん、考えたよ」
「その考えた結論って…出ましたか?」

 暫しの静寂。
 赤ん坊の笑い声が明るく店内に響く。
 しまった……聞いてはいけない質問だった。
 分かっていたのに。
 聞いて良いことと悪いこと、言って良いことと悪いことがあるくらい、いくら俺が空気の読めない人間でもちゃんと知っている。
 だから絶対に聞かないでおこうと決意して来たはずなのに、なんとも脆く崩れ去ってしまった…。
 ティファさんの答えが俺の悩みの答えに繋がるかどうかも分からないけど、それでもきっかけになってくれるんじゃないか…と今の悩みを抱え始めた頃から思っていたからつい…。
 横たわる沈黙。
 まるで岩石を飲み込んだような重苦しさを覚える。
 もしかして、俺の手前勝手なわがままで、想像以上にティファさんの古傷を抉ってしまったのだろうか?


「結論はね、出なかったの」


 いつもと変わらない穏やかな声音に、思わず顔を上げる。
 心配した『不機嫌』『傷ついた顔』はそこにはなく、ただ優しく微笑んでいる彼女がいた。
 思わずホッとする。
 ティファさんは微笑みながらエアルへ視線を落とした。
 愛おしくてたまらない、とエアルをあやす仕草が物語っている。

「沢山考えたよ。『クラウドじゃなかったらどうしよう』とか、『もしもクラウドじゃなかったら、私はこの人を嫌いになるのかなぁ?』とか、『それでもやっぱり一緒に旅をしている彼に惹かれてるんだから、そんなことは関係ないんじゃない?』とか、『でも、それだと、本物のクラウドにもしもこの先、会ったりしたら、私はどうするのかな?本物のクラウドに惹かれるのかな?そうなったら一緒に旅をしている『この人』はどうするんだろう?』とかね。もういっぱいグルグル考えたよ」

「で…」

 言葉を切って悪戯っぽく俺を見る。

「結論が出ないままズルズル経っちゃって、ミディールに着いて、魔晄中毒になったクラウドを見つけたの。その時に分かったことがあるのよ」

 黙ったまま続きを待つ。
 ティファさんは本当に幸福そうに微笑んだ。

「あぁ、生きててくれて良かった。目の前のクラウドが本物でもそうじゃなくても良い。目の前のこの人が生きててくれたのが嬉しい。それが本心。だから、私の出来ること全部を賭けてこの人を絶対に助けてみせる」
 てね。

 言い終わって、ティファさんは少し恥ずかしそうにはにかんだ。
 クラウドには内緒よ?と言って。
 自然と顔が綻んでいくのが自分でも分かった。
 そうだな…と思う。
 目の前のものがすべてなんだ。
 先のことをあれこれ悩んでも仕方ないことが沢山ある。
 そして、俺が悩んでいる事こそがまさに『仕方ない』こと。

 怒って、拗ねて、短絡的に突っ走ることがあって目が離せないくらい危なっかしいことがあって、結果、予想通りに落ち込んで。
 かと思えば、芯の強い姿を見せてくれて、俺にテレながら微笑んでくれて、時に心配してくれる。
 クルクルとよく動く表情。
 気の強い性格。
 そのくせ繊細。
 何をしたら喜ぶのかイマイチ良く分からないからいつも不安にさせてしまう…彼女。
 本当なら、彼女の気持ちにも俺自身の気持ちにも気づいた時点で俺は消えるべきだった。
 傷は浅いうちなら治ってくれる。
 でも、もう今となっては…。

「手遅れ…だな」
「え?」

 こぼれた言葉に怪訝な顔をしたティファさんに、ゆるりと頭を振ってみせる。
 そしてそのまま腕の中のレッシュを彼女の腕に戻した。

「ありがとうございました、ティファさん」
「もう少しゆっくりしていけば良いのに。そうしてくれたらデンゼルとマリンも喜んでくれるわ。あとちょっとで帰ってくると思うから」

 残念そうに眉尻を下げてくれることが嬉しい。
 そう思える日が来るとは思いもしなかった。

「お気持ちは嬉しいんですけど、考えが変わらないうちに…と思いまして」
「?そう?」
「はい。ティファさんのお陰です」
「私?なにもしてないじゃない」

 可笑しそうにクスクス笑いながらも、「でも嬉しいわ、そう言ってくれて。また来てね」と、無理に引き止めることはしなかった。
 ありがたい。
 クラウドさんが、アルファに囚われたティファさんを何が何でも取り戻したいと思った強い気持ちが良く分かる。
 アイリがクラウドさんとティファさんの絆に賭けた気持ちも…。
 この2人でなくてはダメだったんだ。
 星を次の時代に移行させるためには、この2人でなくてはダメだった。
 よく見抜いたと思うね、我が妹ながら。
 クラウドさんにはティファさんが、ティファさんにはクラウドさんがピッタリと合うように、アイリにはライが、ライにはアイリがピッタリ合っている。
 俺の場合は…。

「あ、最後にもう1つだけバカな質問をしても良いですか…?」

 ここまで来たら全部聞いてしまえ、という気持ちになった。
 器用に赤ん坊2人を抱き上げてドアの外まで見送りに来てくれたティファさんを振り返る。
 小首を傾げて目を丸くする仕草は本当に愛らしい。
 そんな愛らしい表情が一変してギョッとするか、もしくは破顔するのか…俺の質問はどっちに動くだろう…?
 少し怖くて、かなり恥ずかしい質問を口にすると、ティファさんは小さく息を吸い込んで…、次いで破顔した。


「式の時の誓いの言葉であるでしょう?あの誓いの言葉はそっくりそのまま、伴侶に『こうでありたいと思うから以後、よろしく』っていう気持ち、宣戦布告だと私は思ってる。だから、クラウドと結婚した時も『覚悟してね、クラウド。1人で悩んだり、先走って私を置いていこうとしても無駄よ、諦めてね』って思いながら誓ったの」


 その言葉に俺は初めてじゃないだろうか、声を上げて笑った…。
 胸に重く詰まっていた岩がスーッと溶けていくような感覚。
 心に爽やかな風を吹き込んでくれた二児の母であり、この星の大恩人に心から感謝しつつ、ゆっくりと背を向けた。


 *


「えっ!シュリが来たのか!?」

 驚いて大きな声を出すと、ティファは「シーッ!」と人差し指を立てて唇に当てた。
 前屈みになって「す、すまない…」と小声で謝ったクラウドは、それでも驚きが強く残っているようで、
「なんで!?」
 と、小さな声で詰め寄った。
 今、2人は自分達の寝室に引っ込んでいるのだが、ベビーベッドでは可愛い子供たちが、子供部屋では子供たちの兄と姉にあたるデンゼルとマリンが眠っている。
 デンゼルとマリンに、ティファはシュリが来たことを言っていなかった。
 言ったら最後、『『えぇぇええ!?!?帰ったのー!?!?』』と不満の嵐になることが目に見えていたし、もしかしたら携帯にかけてしまう、という暴走行為に走るかもしれないと案じたからだ。

「なんだかちょっと考えすぎてたみたい」
「なにを?」
「ん〜…色々…かな?」
「なんだよそれ…」

 クラウドは不満そうに呟いた。
 シュリが自分のいない時間に店に来たことが面白くないのだろう、ベッドにドサッ!と腰を下ろす。

「クラウド、『同じ男同士なのに、なんでティファに相談するんだ?』って思ってるでしょ」
「……読心術でも会得したのか…?」
「シュリ君にも同じこと言われたわ」
「……」

 クスッと笑うとクラウドはますます面白くなくなったようだ。
 吐き出すように大きな溜め息をついた。
 子供のようなクラウドに、ティファのクスクス笑いが大きくなる。

「…レッシュとエアルが起きるだろ」
「ふふ、そうね、ごめんねクラウド」

 八つ当たり気味にイヤミを言ってみたが、ティファは笑いながらそれをさらり、とかわした。
 クラウドはもう1度溜め息をついた。
 それで吹っ切ったらしい。
 今度はいつものように穏やかな目でティファを見た。

「それで、一体なんだったんだ?」
「あのね…」

 そっと隣に腰を下ろしながら、昼間のことを話す。
 最初、シュリが来た時はなにやらいつもの無表情に『苦み』が混ざっていたこと。
 レッシュを抱っこしているうちに段々柔らかな顔になったこと。
 そのお陰で抱えていた『重荷の片鱗』を話してくれたこと。
 最後、声を上げて笑ってくれたこと。

 結局、シュリが何を悩んでいたのか具体的に聞くことは出来なかったが、それでも最後の質問が雄弁に悩みを語っていたとティファは思っている。
 そして、話を聞いたクラウドも同意見だった。

「そうだな。あいつは余計なことまで心配しそうだからな」
「でしょ?」
「あぁ。見た目からは分かりにくいけど、気を使うタイプだからな」
「そうね。クラウドと一緒ね」
「…俺はそんなことないだろう…?」
「ほら、やっぱり似てるわ」
「どこが…?」
「無意識に気を使ってるってところが」
「…買いかぶりすぎだ」
「そんなことないよ」
「…そんなこと言うのはティファくらいだぞ?」
「そりゃそうよ。だって、クラウドのことちゃんと見てるのは私くらいだもん」
「…それは、喜んで良いのか微妙だな」
「むっ!私だけじゃ物足りないわけ?」
「そうは言ってない」
「言ってるようなもんじゃない」
「…大きな声を出すとレッシュとエアルが起きるぞ?」
「むっ…!卑怯よクラウド」
「最初にティファが言ったんだぞ」
「む〜、子供たちを人質にとるなんて。そんな人が私の夫だなんて〜」
「…不服か?」
「………む〜〜、その余裕な笑みがムカつくわ!」
「い、痛い、悪かった」
「本当にそう思ってるわけ?」
「思ってる思ってる」
「心がこもってない!」

「「 ふ、ふにゃ〜〜…! 」」

「「 あ、起きた!! 」」


 *


「良きときも、悪きときも」
「富めるときも、貧しきときも」
「病めるときも、健やかなるときも」
「共に支え、他に拠らず」
「死が2人を別つまでいついかなる時でも」
「生涯、伴侶のみに添い、愛することを誓います……か」

 サラサラと、髪を夜風になびかせて若い男女が寄り添っている。
 満天の星空を少し見上げるようにしている男女は、男の方が微笑み、女の方はいたって無表情だった。
 だが、2人ともその瞳はどこまでも優しいという共通点があった。

「兄上は吹っ切れたみたいですね」
「あぁ、そうみたいだね」

 クスッと笑ってプライアデスは、う〜〜ん、と伸びをした。
「あと少し、グズグズしてたら後ろからサクッと刺しちゃおうと思ってたんだけど、そうならなくて良かったよ」
「…本気で刺すつもりだったんですね…」
「勿論。僕、ちゃんとシュリにそう言ったよ」
「…そうでした」
「それにしても、本当に良かったよ。これでシュリもようやっと『悪夢』から解放されるよ、きっと」

 プライアデスの言葉に、アイリは少しだけ視線を落とした。
 まるで、『そうでしょうか…』と案じているようだ。
 いや、事実案じているのだろう。
 あまり表情が動かないので他人には分かりにくい。
 しかし、傍らに立つプライアデスは明るかった。
「大丈夫」
 と、また繰り返す。

「ラナに近づくことで確かに色々と危険が及ぶこともあると思うし、目の前で大怪我される可能性もある。でも、それを気にして今みたいな中途半端な距離のままだと、お互い不幸以外の何ものでもないよ。ラナもとっくに覚悟は出来てるんだ。このまま中途半端な距離でいるより、うんと近づいて火傷する方がずっと良いってね」
「…そうですね」
「それに、シュリは1人でラナを守らなくちゃいけないってわけじゃない。僕たちもいるんだから」
「…えぇ。そうですね」
「だから、アイリも心配しなくて良いよ。シュリが傷つくようなことにはならないから」
「兄上が傷つくかもしれないと心配はしていません」
「そう?シュリの心が傷つくかもって心配してるでしょ?」

 ひょい、と片眉を器用に上げてプライアデスは微笑み、アイリの額に手を伸ばす。

「はい、情けない顔しない」
「情けない顔してますか?」
「他の人が見ても分からないだろうけどね」
「そうですか」
「大丈夫だよ」
「はい」

 プライアデスは手を離すとそのままアイリの手を握った。

「さ、もうそろそろ僕は戻るよ。明日も早くから任務だからね」
「えぇ。気をつけて」

 そのまま2人はごくごく自然に別れた。
 2人の間に、夜の清々しい風が吹く。
 風が吹き終わったとき、2人の姿は消えていた。
 アイリは星を巡り、プライアデスはWRO隊員として生きている。
 別々の場所で過ごすことが多いが、それでも気持ちはちゃんと繋がっている。
 だから大丈夫。

「シュリもこれからは大丈夫だな」

 宿舎にある自分の部屋に戻ったプライアデスは微笑みながら1人ごちた。
 明日にはきっと、ラナの輝く笑顔が同僚の目に止まるだろう。
 もしかしたら、無表情のクセに頬をほんのり染めているシュリも見られてしまうかもしれない。

「あ〜、楽しみだなぁ」

 忍び笑いを洩らしながら心は喜びでいっぱいの青年は、早朝からの任務をこなすべくベッドに入った。
 きっと、先の世の従兄弟も今夜こそは良い夢を見ていると信じて。


「それにしても、ラナを心配するあまり、自分が近づいたせいでラナが死んでしまう夢を毎晩見るってどうなんだろうなぁ…。ちょっとヘタレ過ぎてない?」


 疑問に答えてくれる者は誰もおらず、そのままプライアデスは幸福な眠りに落ちていった。
 シュリの心に風を送ってくれたティファに感謝しながら…。