「それでね!彼ったらとっても優しいんです〜!」
「はあ、…本当におめでとうございます…」
 ティファは、本日何度目とも分からない「おめでとう」の台詞を口にしつつ、胸の中でそっと溜め息を吐いた。


対抗心



 目の前の女性は、ティファの胸中など全くお構いなしに、満面の笑みで「有難うございます〜」と、幸せ一杯な顔で、こちらも何度目とも分からない言葉を口にした。
 彼女の隣には、同じく満面の笑みの男性が腰を掛けており、照れ臭そうにしきりに頭を掻いている。
 二人の手の薬指には揃いのシルバーリングが輝いていた。
「いや〜、本当にセブンスヘブン様々ですよ」「僕は幸せ者です」など、こちらも同じ台詞を何度となく口にしている。
 二人はセブンスヘブンの常連客で、この店で初めて出会い、恋に落ち、この度めでたく誓いの式を挙げたところだった。
 いわゆる、新婚さんという奴だ。
 まさに幸せ絶頂期の二人は、自分たちの運命を変えたこの店と、この店の女主人に挨拶に来たのだった。

 初めて二人からその知らせを聞いた時、ティファとマリン、それにデンゼルは素直にその素晴らしい知らせを喜んだ。
 ジェノバ戦役から早二年。
 世界はまだまだ復興の道のりを辿っている途中である。
 この低迷状態の世界情勢の中、明るいニュースはあまり聞かれない。
 むしろ、復興にかこつけた悪徳業者が後を絶たず、被害に合っている人達の悲痛な叫びを報じる記事が新聞の一面を飾っていることの方が多いのだ。
 そんな暗いニュースが後を絶たない日常の中にもたらされた吉報に、喜ばずにおられようか?
 しかも、二人はセブンスヘブンという場が無ければ、結ばれることは無かったかもしれないのだ。
 世界に落とし前をつける為、そして、何より新しい人生の再出発の為に開いた店で、このような素晴らしい出来事が起こったのだ。
 ティファは我が事のように喜んだ。

 しかし…。

 延々と続く惚気話を聞いていると…。

 段々イライラしてきたのは何故だろう…。

 仕事中であるにも関わらず、幸せ振りを見せ付けられては堪らないと思ってしまっても仕方ない事なのだが、ティファは生真面目な性格ゆえに、そんな苛立つ自分にもイラついてしまう。
 そして、イライライしているのはティファだけではなかった。
 マリンとデンゼルも、散々お祝いを口にさせられ、うんざりした表情をしないようにと必死に己と戦っている。
 そんな子供達を見て、そういう心構えを持てている所が、そこいらにいる同じ年頃の子供達と違う立派なところだ、と、妙にズレたところで誇りに思うティファであった。

 二人はこの店の常連客同士という事もあり、周りの他の常連客達とも面識がある。
 その為、周りの常連客達も二人を祝福する言葉を投げかけていたのだ…初めの頃は。
 だが、常連客達は、ティファや子供達の様に辛抱強くなければ、我慢して話に付き合うだけの義理も無い。
 あっという間に幸せカップルをティファに押し付け、自分達はそれぞれ別のテーブルに着いたり、そそくさと店を後にしたり…、と実に薄情な行動に出ていたのだった。

 そして…。
 ティファは、今、一人でこの迷惑新婚カップルと対面しなくてはならない状況に追いやられていたりする。
 頼りになる子供達は、数十分前に子供部屋へと引き上げてしまった。
 最後に気遣わしそうな眼差しを残して階段を上る二人を、引き止めまいとするのに随分と気力を要したものだった。
 しかし、子供達も今夜はこの二人のお陰で多大な精神力を遣う羽目になったのだ。
 注文を取る時、注文の品を運ぶ時、空いた皿を下げる時、その時々に幸せ振りを披露されたのだから…。
 デンゼルは嫌々、マリンは渋々といった表情で顔に愛想笑いを張り付かせては、相槌を打っていた。
 カウンターの中で、または、他のお客さんとコミュニケーションを取っている最中に、そんな子供達の姿を目にし、しみじみとティファは、

『本当に出来た子供達よね』

と、一人感慨に耽ったものだ。
 そう。
 今夜一晩、本当に良く頑張ってくれたのだ。
 そんな子供達をゆっくりと休ませてやらなければ!!
 その思いだけで、ティファは己の誘惑を追い払った。
 そうして…。
 その結果が現在となる。

「それで〜、結婚式の時〜、私達二人して号泣しちゃったんです〜」
「お前、その話はしないって約束だっただろ〜」
「あ、エヘヘ〜!ごめんなさ〜い」
「うう〜ん、しょうがないな〜」
 目の前で延々と続くバカップルの惚気話に、ティファの精神力はそろそろ限界だった。
 同じ様な話を壊れたレコードの様に繰り返すカップルに、愛想を保つことが難しくなってきている。
 おまけに、現在の自分自身の状況があまり幸福ではない為、尚更、幸せ振りを披露される事が面白くない。
 というのも、ここ数日、クラウドが仕事の都合で帰宅予定日がズレ込んでいるのだ。

 クラウドは配達先の町で、モンスターが集団になって襲い掛かる不幸に見舞われた。
 その為、急遽、モンスター退治に参加する羽目になり、現在配達の仕事は予約で山積状態となっている。
 とりあえず、人命が優先される為、そのモンスター退治を片付けてから配達の仕事を再開させる段取りにしており、予約客とのスケジュール調整を一昨日済ませたばかりだった。
 そう。
 モンスター退治が終わっても、山積の予約を片付けない限り、彼は帰れないのだ。
 この事は、クラウドは勿論、子供達とティファにとっても大打撃だった。
 折角家族が揃って毎日を暮らせるようになったというのに、これではクラウドが家出をしていた頃とあまり変わらないではないか?
 いや、勿論、その頃と今では心に雲泥の差がある。
 ちゃんと仕事が終わったら戻ってきてくれるのだし、毎日の電話は欠かさない。
 離れていても、ちゃんと心が繋がっている確かな手ごたえを感じることが出来るのだ。
 だから、彼が家を出て行った頃とは全く気持ちが違うのではあるが……。

 そう自分を慰めてみても、実際に会えないとなるとどうにも、こう、寂しいものを感じてしまう。
 電話越しでの声ではなく、視線を絡めて名前を呼んで欲しい。
 穏やかな笑みを見せて欲しい。
 そっと、触れて欲しい。
 そう思ってしまうのは、贅沢?それとも我がまま?

 ティファは、遠い地で必死に頑張っているであろう彼の事を思い起こし、そっと溜め息をついた。
 そして、目の前で延々と繰り広げられている新婚さんのやり取りを、うんざりしながら強張った笑みでもって適当に相槌を打つのであった。

「彼ったら〜、タキシードが本当に良く似合ってて〜!ホラ、これなんです〜!!」
 嬉しそうにカウンターに広げた沢山の写真の中から一枚を取り出す。
 もう何度も見せられたその写真の中では、目の前のカップルが式の時の様子を写し出していた。
 真っ白なウエディングドレスを着た花嫁と、シルバーのタキシードを見に纏った花婿の姿。
 しゃちほこばって映っている二人は、強張った笑みを浮かべているものの、それなりに素敵ではあった。
「本当に良くお似合いですね」
「ティファさんにそう言って頂けると、本当に嬉しいですよ」
 にこやかにそう言う男性を、その新妻がプクッと頬を膨らませて軽く睨む。
「あ〜!ひっど〜い!奥様の前で他の女の人を褒めるだなんて〜!!」
「何言ってるんだよ〜、君が一番に決まってるじゃないか〜!」
「もう、本当に〜?」
「本当だよ〜!」
 再び始まった惚気っぷりに、ティファは苦笑する他なかった。
 そんな三人を、他の常連客が遠巻きに見つめているが、誰も近寄ろうとしない。
 時折、「ティファちゃん、メニューお願い!」と、気を使って呼んでくれるので精一杯だ。
 勿論、そんな気遣いでも大変有り難いのだが、願わくば早くお引取り願いたい。
 そんな素振りは微塵も見せず、ティファは心の中でそう思わずにはいられなかった。

「それで〜、彼ったら本当に優しくて〜」
 もう何週目かのお決まりの台詞に、次の言葉まで想像で来てしまいそうだ。
 ティファは何とか笑顔を保っていたが、いい加減うんざりとしていた。
 時計の針は、新婚カップルが店に来てから三時間以上が経っている事を告げている。
 もうそろそろ閉店の時間が差し迫っているのだが、新婚さんはその事に全く気付いていない様で、相変わらずの惚気モード全開だ。


 ティファは、新妻の一言一言に対して、いつしかクラウドと彼女の夫たる目の前の男性を比べるようになっていた。


「本当に、彼ったら私の事を大切にしてくれて〜」
 クラウドだって、本当に私や子供達を大切にしてくれてるわ。

「とっても力持ちなんです〜」
 力なら、クラウドの方が断然上ね。

「物凄く頼りになって〜」
 絶対にクラウドの方が頼りがいがあるわよね。

「それに、ホラ〜、結婚式の時のこの写真、とってもカッコいいでしょ〜?」
 どう考えてもクラウドの方が素敵よね。

「彼がお仕事で遠いところに行ったら、必ず素敵なお土産を買ってきてくれて〜」
 クラウドだって、珍しい物があれば買って来てくれるわ。

「それにそれに、彼はいっつも私の事、『愛してる』って言ってくれて〜」
 ……口下手だけど、ちゃんと私の事…
好きだ…って思ってくれてるもん。

「仕事の合間にも、電話をくれたり〜」
 ……毎日電話してくれてるし…。

「メールだって、ホラ、『愛してるよv』って必ず入れてくれるんです〜」
 ……流石にそれは無い…わね…。

「この前なんか、とっても素敵なレストランをず〜っと前から予約してくれてて〜!本当に美味しかったし景色が最高で〜v」
 ………それは…してくれた事…ない…けど…。

「何よりも〜、私の事を『一生かけて愛していくよ〜v』って言ってくれて〜」
 ………ない…わね…。

「もう、本当に幸せすぎてどうしましょう!」
 ………………。



 勝手に幸せになってくれ!!



 思わず怒鳴りそうになったが、本当にかろうじて己を押し止める事に成功したティファを、常連客達が『おお〜!!』と声を潜めて感心する。
 ティファは、これ以上無い程の営業スマイルを顔に貼りつかせ、用もないのに他のテーブルへ足を向けた。
 そのティファの背に、いつまでも続くかと思われるバカップルの惚気話が延々と投げかけられていた。

 そして。
 本当に長かった営業を終え、ティファは疲れ切った心身を湯船にどっぷりと浸からせている。

 本当に何てイライラさせられた一日だっただろう‥‥。
 もう少し、周りの目を考えたら良いのに。

 温かい湯船のお陰で、苛立っていた気持ちが少しずつ和らいでいく。
 しかし、完全に落ち着くにはまだ時間がかかりそうだった。
 それに、もしかしたらこれからも来店するかもしれないのだ。
 その事を考えると、ドッと疲れが襲ってくる。

 あ〜あ、何て酷いお客かしら…。

 イライラと湯船の湯をかき回しながら、ふと気付いた。
 何故、こんなにもイライラするのか…?
 今日まであの新婚さんに対して、ここまでイラついた事は無かった。
 勿論、今日は今までではあり得ないほど惚気られてうんざりしてしまったのだが、それにしても、もう二度と来て欲しくないと思うのは我ながら如何なものだろう…。
 ぼんやりと考えている内に、ジワジワと自分に対する嫌悪感が募ってくる。

 本当、何て嫌な女なのかしら…私って…。

 グッと唇をかみ締め、やや乱暴に湯船から出る。
 湯が激しく波立ち、浴槽から溢れ出た。
 いつもなら、お湯が勿体無いから気を使っているというのに、そんな自分に更に嫌気がさす。

 そう、本当は分かってる。
 ただ、彼女達が羨ましかったのだという事くらい…。
 それを認めてしまうのが何だか悔しくて、それでイライラしてしまったのだ。
 自分も、彼女達の様に己に正直になり、幸せにどっぷり浸かってしまいたい…、そう思っているんだ。
 しかし、自分達は…、自分と彼は過去に償いきれない大罪を犯した。
 いくら、世界を救ったからといって、その罪が消えるわけではない。
 そう。
 だから、自分達はいつまで経っても…。

 そこまで考え、ティファは苦笑した。
 そうではない。
 自分達がこのスタイルのままなのは、他でもない、自分達のせいなのだ。
 過去に犯した過ちのせいばかりなのではない。
 いや、むしろ、過去のせいにしていつまでもズルズルとしているのだ。
 今の生活が心地よい。
 この幸せを失いたくない。
 そう、このままでも良い。
 だから、波風立てないで、このままずっと…。
 そう思ってるのだ。
 自分も。
 彼も。

「あ〜あ、ホント、かっこ悪いよね…」
 乱暴に髪を乾かしていた手を止め、パン、と頬を叩く。
 そして、鏡の中の自分に向けてグッと拳を突き出して見せる。
「うん。今度彼女達が来たらうんとサービスしよう!」
 そうして、ニッコリと笑うと、浴室を後にした。

 自室に戻り、ベッドサイドに置いていた携帯を取り上げる。
 すると、メールがつい二分ほど前に送られていた事に気がついた。
 相手は勿論…。


 ― 何とかモンスターの方は片付いた。明日から配達に戻る。明後日には帰宅予定。―


 一言のメッセージに、ティファの顔がパーッと輝く。
 そして、リダイヤルボタンをためらいなく押して、携帯を耳に押し当てる。
 程なくして、相手がはっきりとした口調で電話に出た。

『ああ、俺だ。まだ起きてたのか?』
「うん、ごめんね、寝ようとしてた?」
『ああ、でもまだ大丈夫だ』
「本当に?あ、そうだ、怪我とかしてない?ちゃんとご飯食べてる?」
『ああ、大丈夫だ、問題ない。ティファや子供達の方こそ、何も無いか?』
「うん。皆元気だよ」
『そうか、良かった』

 受話器から聞こえてくる彼の優しい声音に、胸が温かくなる。
 幸せだ。
 そう心から感じる。

「ねぇ、クラウド?」
『ん?』
「明後日には、帰れると良いね?」
『ああ。なるべく帰れるようにする』
「でも、無茶して怪我しないでね?」
『分かってる。ティファこそ、あまり頑張りすぎるなよ?』
「私は大丈夫よ」
『そうか?』
「そうよ!」
『フッ。なら良い』
 顔を見なくても、彼がおかしそうに微笑んでいるのが手に取るように分かる。
 ティファは、思わず口を尖らせた。
 あたかも、彼が目の前にいるかのように…。
「もう…信じてないでしょ!」
 そう拗ねてみせる。
 そんなティファの耳に、
『信じてるさ、誰よりも…』
と、思わぬ真摯な声で彼が答えた。
 顔を合わせている時には滅多に口にしてくれない心からの言葉に、思わず息を呑む。
「……クラウド…」
『……あ〜…、いや、何だ…その』
 途端、クラウドは自分が口走った言葉にオロオロとしだした。
 顔を真っ赤にさせ、目が泳いでいる彼の姿が目に浮かぶ。
 ティファはクスクスと笑いながら、滲む視界に言葉を詰まらせた。

「私も、誰よりも信じてるよ」

 受話器越しにクラウドが息を呑む気配がする。
 ティファは急に恥ずかしくなり、
「じゃ、じゃあ、お休みなさい。無事に帰ってくれるのを待ってるからね」
と早口で言い捨てると、ピッ、と携帯を切ってしまった。

 そして、携帯を握り締めたままゴロンとベッドに横になる。
 頬がカッカと熱くなる。
 うん。
 自分達は本当に幸せだ。
 彼女達を羨むことなど何も無いのだ。

 ティファは幸福の内に眠りについた。



 そして。
 二日後の夕方、クラウドは無事帰宅した。
 子供達は大喜びでクラウドを出迎えると、カウンターの予約席へと両手を引いて行き、先を争ってクラウドの荷物を彼の部屋へと運んで行った。

「おかえりなさい、クラウド。本当にお疲れ様!」
「ああ、ただいま、ティファ」
 ゆるりと微笑み合いながら、久しぶりの再会を喜び合う。
 しかし、ティファは只今仕事の真っ最中だった。
 本当は店を休む予定だったのだが、どうせなら明日一日クラウドの仕事がオフなので、それに合わせて休みを取ろうという事になり、今夜は営業することにしたのだ。
 その為、今の彼女は家族とクラウドの為に時間を裂く事が出来ない。
 申し訳なさそうな顔をし、手早くクラウドの為にお酒と手料理を準備するティファに、クラウドは微笑むとゆったりとカウンター席に腰を下ろした。

 すると…。
「あ〜、クラウドさん、こんばんわ〜」
「あ…、こんばんわ」
 例の新婚カップルが店にやって来た。
 勿論、先日来た時の様な熱愛振りだ。
 クラウドの隣の席に腰を下ろし、二人共満面の笑みを浮かべる。
「僕達、この前結婚したんですよ」
「そうなんですか?おめでとうございます」
「「有難うございます〜!」」
 クラウドの祝福の言葉に、二人は声を揃えた。
 その光景を見た他の常連客達が、『あ〜あ、今夜はクラウドさんが捕まったか…』『ご愁傷様』と、小声で囁きあい、ティファは疲れて帰ってきたクラウドを心配して声をかけるかどうかを思案した。
 そうこうしている間にも、どんどん注文がやって来る。
 それに伴い、ティファもいよいよ忙しくなり、クラウドと新婚さんの会話に入っていけるだけの余裕がなくなってしまった。
 当然、クラウドの荷物を部屋に持って行った子供達も自分達の仕事で忙しくなる。

 三人は、忙しく働きながらも、カウンターに座るクラウドと新婚カップルに意識を飛ばしていた。

 そんな三人の心配をよそに、新婚カップルは先日のティファ相手の時と変わらぬ調子でクラウドに惚気ぶりを披露している。
「それで〜、彼ったら本当に優しくて〜」
「はあ…」
「とっても頼りになるんです〜」
「そうですか…」
「おいおい、クラウドさんが呆れてるじゃないか」
「エヘヘ〜、だって〜」
 クラウドは冷や汗を流しながら、完全に新婚カップルに呑まれている。

 黙認出来なくなり、助け舟を出そうとティファがカウンターに向かった時、
「もう、私達ったら本当に幸せでどうしましょう。きっと、私達以上に幸せな人っていないって思っちゃうんです〜」
と、女性が口にしたその言葉に、それまで冷や汗を流して及び腰だったクラウドが、ピクリと頬を引き攣らせた。
「へぇ〜…」
 低く発せられた声音に、新婚カップルの浮ついた表情がにわかに凍りつく。
 そんな二人の目の前でクラウドはフッと笑って見せると、カウンターに頬杖をついて口を開いた。
「お二人が幸せなのは良く分かったけど、お二人以上に幸せな人がいない、って言うのには賛同しかねるね。だって…」
 言葉を切って、チラリとティファ、デンゼル、マリンに視線を投げる。
 三人は一様に目を丸くしてクラウドを見つめていた。
「だって、俺ほど幸せな奴はいないって思ってるから」

 クラウドの爆弾発言に、ティファと子供達は勿論の事、素知らぬふりをしてしっかり話を聞いていた他の客達が目を丸くした。
 そして、ドッと店内がお祭り騒ぎになる。

「よー!言うじゃないか!!」
「クラウドさんも言うねぇ!」
「俺も、世界で一番俺が幸せ者だと思ってるぜ!」
「何!?お前よりも断然俺だね!」
「皆幸せで何よりじゃねぇか!」
「幸せ者に乾杯〜!」
「「「「かんぱ〜い!!」」」」

 乾杯コールに、子供達も混ざって「「かんぱ〜い!」」と声を揃え、ティファに関しては、顔を真っ赤にさせて俯いている。
 クラウドも、漸くこの時になって、自分が何を口走ったのか自覚したようだった。
 ティファ宜しく顔を赤く染めると、
「あっと、じゃあ、俺はこれで…」
と、そそくさと居住区へと逃げ出した。
 その彼の背中に

「「「ごちそうさ〜ん!!」」」

 という冷やかしが投げかけられたのは言うまでも無い。



 そして、その日の真夜中。
 無事にセブンスヘブンの営業を終えたティファが、寝室にやって来た。
 クラウドはベッドでウトウトしていたが、部屋に入ってきた物音で目をパッチリと開けると、少々バツの悪そうな顔で微笑んでいるティファを見た。
 ティファは、悪戯がばれたような顔をしているクラウドに吹き出すと、ベッドへ腰を下ろした。
「どうしたの?そんな顔して」
「…あ〜、いや、その…」
 案の定口篭もるクラウドに、ティファは更に笑みを深くして紺碧の瞳を覗き込む。
 そして、身を起こして視線を逸らすクラウドの服の裾をギュッと握ると、そっとその肩口に顔を埋めた。
「私、本当に嬉しかった」
「……え?」
「クラウドが、あの時『幸せ者だ』って言ってくれて」
「……あ〜、あれは…その」
「なに?」
 モゴモゴと言いよどむクラウドに、小首を傾げる。
 クラウドは頬を染めて視線を泳がせていたが、観念したように大きく息を吐き出すと、
「あれは、その、幸せそうなあの人達を見てつい、対抗心を燃やしたんだ」
と、言った。
「対抗心?」
「……あんまりにも幸せそうだから、つい、俺の方が幸せだって…思って…その…」
 ティファは、ますます顔を赤く染めてしどろもどろ口にするクラウドを見つめる。
 そして、パーッと顔を輝かせると、ギュッとしがみついた。
「ティ、ティファ!?」
「フフッ!私も!」
「え?」
 普段あまり無いティファからの抱擁に、顔を真っ赤にさせて狼狽するクラウドへ視線だけを上げる。
「私もクラウドと一緒!とっても幸せ!」

 そう。
 今の自分達のスタイルはこれ『で』いいんじゃない。
 これ『が』良いんだ。
 これから先の人生は長い。(不慮の事故など無ければ…多分)
 これからゆっくり今あるスタイルも変わるかも知れないが、今は、これ『が』良いのだ。
 可愛い子供達とやりがいのある仕事、そして照れ屋で、でも誰よりも信頼できて愛しい彼がいる。
 この生活が何よりも自分の幸せ。
 これ以上の幸せは考えられない。

 だから…。

「これからもヨロシクネ」



 ちょっとした対抗心から思わぬ言葉を聞けた彼女と、その言葉を喜んでくれた彼女を抱きしめる彼は、世界で一番の幸せ者。


あとがき

え〜、何と言いますか…。
要するに、自分達は幸せ者なんだー!!って言わせたかっただけです(爆)
ええ、ただそれだけなんですね、はい。

本当に捻りも何も無くてすみません(苦笑)