例えば。
 彼女が一生懸命手を伸ばして棚の上の物を取ろうと奮闘している。
 それを、背後から悠々と取ってやった…その瞬間とか。

 寝静まった子供達へ、愛しそうにお休みのキスを贈るその慈愛に満ちた表情とか。

 そうして何より。

 俺にしか見せない極上の笑みを見せてくれるとき。


 そんな時、俺はいつもこう思う。



 男に生まれてきて、彼女の傍にいられて本当に良かった……って。



小さな幸せの中に隠れているもの




 別に、俺は望んだから『男』で生まれたわけじゃない。
 彼女もそう。
 彼女が望んだから『女』で生まれたわけじゃない。
 当然だな。
 誰も、自分の『性』は選べなくて生まれてくるんだから。

 まぁ、最近は医学も発展してるから、親が『性別』を選んで産むことは出来るみたいだけど、それはあくまで選ぶのは『親』であって『本人』じゃないからな。
 だからまぁ……、ちょっと困った人とかも世の中にはいたりするわけなんだが…それはおいといて。

 星痕症候群が癒されて、家族の元に戻って、それから暫くは色々と嫌味も言われたし、色々好奇の視線に晒されたりもした。
 その間、ずっと俺を支えてくれていたのは…やっぱり子供達と…彼女。
 特にティファの支えは大きかった。
 改めて彼女に恋してる…って思えたな。

 …いやまぁ、恥ずかしくてとてもじゃないが人様は当然、彼女にも言えないけど…。

 そんな辛い日々も配達の仕事が忙しくなるとあっという間に過ぎていって、気が着いたら俺のことを好奇の視線で見てくる人間や、嫌味を言う客達はほとんど姿を消した。

 勿論、『ほとんど』ってだけで、あれから半年経った今でもやっぱり嫌味を言う奴はいる。
 でも、それもあまり気にならなくなったし、何よりあれだけの敵視が『ほとんど』消えてしまったことの方が俺の中では大きい。
 彼女と子供達の力を思い知らされる。
 彼女と子供達の存在を思い知らされる。

 彼女の…存在を思い知らされた…。

 俺はこんなにも愛される資格は無いのに……。
 だけど…。
 やっぱりすごく嬉しいんだ。
 こんな俺には勿体無い家族だってことは充分承知してる。
 だから尚のこと嬉しさが大きいのかもしれない。

 彼女が俺の傍で笑ってくれるのが…本当に嬉しい。

 だから…。



「旦那、良いのかい?」
「……ティファだったら大丈夫だろ…」
「でも、ティファちゃんだって旦那が助けてくれた方が嬉しいに決まってるだろ…?」
「……この前、似たような客に俺が怒ったら……後でこっぴどく怒られた…」
「「「 は!? 」」」

 視界の端に映ってる非常に気に食わない光景に、内心でイライラしながらそう答えた俺に、顔馴染みの客達が目を丸くした。
 俺だって行けるもんならとっくに行ってる!
 だけど…。

 ― クラウド、私なら大丈夫。慣れてるもの。 ―
 ― それに、クラウドがああやって私を庇うと、またクラウドが悪く言われちゃうでしょ?私はそっちの方がイヤなの! ―

 ― だから……ごめんね?これからは放っといて… ―


 ― 分かった〜? ―



 ……分かってるって!
 だからジッと我慢してるんじゃないか。
 胃がさっきからキリキリ痛む。
 本当に……腹が立つ!!


「旦那…」
「そんなおっかない顔するくらいなら行けよ…」
「…折角のティファちゃんの手料理が、旦那の殺気のせいで不味くなる…」


 だ〜か〜ら!!
 放っとけって言われたんだよ、彼女に!!
 言われなくてもぶっ飛ばしに行きたいんだよ!!


「クラウド、我慢…ね?」
「クラウド、大丈夫だって。あのお客さん、もう結婚してるから…」


 子供達が心配そうにコソコソッと耳打ちをしてきた。
 …ごめんな、マリン、デンゼル。
 こんなに小さいのに心配させて…。

 …って言うか、なに!?
 結婚してるのか、あの男!!
 それなのに、ティファに色メガネ使うとはどういう了見だ!?

「クラウド、だからあのお客さんはティファに対して固執してるわけじゃなくて…」
「酒が入ったから女の人に絡むだけなんだよ。でも、女性客に絡ませるわけにいかないからティファが適当に相手してるだけなんだって………って、聞いてるか〜?」


 聞いてるよ、デンゼル。
 分かってるって、そんなに呆れた顔しなくてもこの前みたいに問答無用で殴りに行ったりしないから…マリン。


 ……はぁ、本当に…ぶっ飛ばしたい…。


「まぁ…俺達もあの客の事は嫌いだけどさ…」

 ボソリ、と呟いたデンゼルを見下ろすと、フワフワの髪の隙間から本当にイヤそうに歪んだ顔が見えて…驚いた。
 こんな顔をするデンゼルは、初めて出会った頃以来じゃないか…?

「私もあの人キライ。でも、今まで大きな問題も無かったし…」

 マリンを見ると、マリンも小さな唇を尖らせて不快そうな顔をしている。
 そのまま俺を見上げて溜め息を吐いた。

「だから、無下にお引取り願うことも出来ないの。だって、このお店は頑張って生きてる人達の為のお店なんだから」


 ……確かにそうだ。
 だから、俺はティファがこの店を続けていくことに反対出来ない。

 本当は、もう俺の配達の収入だけで家族は食べていける。
 でも…、それでもティファはこの店を畳むつもりは無い。


 ― 私達はこの星の人達に償いをしなければ… ―

 ― 小さいことしか出来ないけど…、せめてお店に来て一日の疲れを吐き出してくれるような…そんな場所になれれば… ―

 ― だから、ごめんね、クラウド?セブンスヘブン、続けさせてくれる…? ―


 困ったように…、申し訳なさそうに小首を傾げて見上げてきた彼女を思い出す。

 ティファが謝ることは何一つないのにさ。

 あんな顔されて断れる男がいるならお目にかかりたいね。
 それ以上に、正当な彼女の理由を前にして、『ダメだ!』なんて言える筈ない。

 だから今夜もこうして店は開いてて、店内は満員御礼、外には待ち時間を退屈そうに潰している客達の列。
 本当に……彼女はすごい女性だと思う。
 そんな彼女の隣に俺が立っていられるのが…不思議で仕方ない。
 仕方ないけど…。

 それはそれ!
 今は目の前の不快な原因を何とかしたい。

 触るな!
 笑うな!
 話しかけるな!!

 ティファもティファだ!
 忙しいんだからそんな男に一々構うな!


「「クラウド、お店が忙しいから腹立つのも分かるけど手伝って」」


 実に冷静な子供達の言葉に、心の片隅に怒りの真っ黒い感情を宿したまま、シュンと項垂れた…。






 視界の端で、紺碧の瞳を情けなさそうに伏せたのが見えて、思わず頬が自然に緩んだ。
 それを、目の前のお客さんがどう勘違いしたのか、
「ティファさんはやっぱり素敵だ。私の妻も綺麗だけど、それとは違う美しさが……」
 とかなんとか言いながら、私の手を握ろうとする。

 ふふ、でもダメ。
 私はアナタに興味ないの。
 アナタ…と言うよりも、彼以外に興味は無いの。
 だから、誰にも触れられたくないの。

「ふふ、ありがとう。でも、奥様に勘違いされても困りますし、他のお客様のご注文の品もお作りしないといけませんから」

 ニッコリ営業用に笑って見せて、さり気なく空いた皿を盆に乗せることでその手をかわす。
 空を切る形になった客の手が、やり場なくウロウロしてたけど、おあいにく様。
 私の手をとろうなんて…、隙を突こうなんて10年遅くってよ?
 ザンガン流を極めた私の隙を突ける人なんか、本当に極々僅かなんだもの。

 サッと背を向けてカウンターに戻る。
 注文がたまってるのは本当だから、ササッと作らないとね。
 これ以上お客様をお待たせするわけにはいかないもの。

「デンゼル、『八宝菜』出来上がったからお願いね」
「マリン、『コロッケ』揚がったからよろしくね」

 サクサクッと慣れたもんで、料理を仕上げる。
 子供達も私と同じ様に慣れたもんで、サッと運んでサッと戻ってきてくれる。
 戻ってきた子供達のお盆には空いたお皿とグラス達。
 うん、どれも綺麗に空っぽね。
 嬉しいなぁ。

「ティファ、『コンソメスープ』と『ジャガイモのしゃきしゃきサラダ』追加〜♪」
「ティファ、『レンコンのはさみ揚げ』と『あったか汁』追加ね」

 手早く汚れた食器を洗うマリンに、ジョッキに並々とビールを注ぎながらデンゼル。
 本当に可愛くて、頑張り屋さんな子供達。
 小さな額に薄っすらと汗が浮かんでるけど、それすらも綺麗に見える。

「はい、了解」

 返事をすると、ニッコリと笑顔で応えてくれる…二人の天使。

 本当に幸せ。
 本当に、本当に幸せ!
 でも、いつも見てる子供達のそんな顔も、賑やかなお店の空気も今夜は一段と愛おしい。
 だって…。


「ティファ…その…、大丈夫だったか…?」


 言いにくそうに口を開くクラウド。
 この瞬間がすごく好き!って言ったら、クラウドは怒るかしら…?
 だってね。
 クラウド、私の事を心配してくれてるでしょ?
 そして、同じくらい……嫉妬してくれたんでしょ?

「大丈夫よ。言ったでしょ?私は慣れてるもの」
「いや…そうだろうけど…」

 ちょっと不満そうにブツブツ言うクラウドが、小さな子供みたいに見えて頬が緩む。
 だって、子供の頃はこんなに近くにいられなかったものね。
 私達…同じ村で育ったのに…、家も近くだったのに一緒の時間を過ごせなかったものね。
 だから、こうして子供帰りしたようなクラウドを見ると本当に嬉しい。
 心がキュンってなる。

「……なにが可笑しいんだよ……」
「ん?別に〜?」
「……ムカツク…」
「ふふふ♪」

 カウンターに片手をついてそっぽを向いた彼が、やっぱり小さな子供に見えて笑い声が洩れる。
 もう、本当に大好き。
 私の前でしかそんな顔をしたりしない彼が…大好き。
 他の人の前じゃ、絶対に見せないことを知ってるけど、こうして見せてくれるとホッとする。
 クラウドは戦闘とかに関したらとても鋭いのに、人の心の機微にはとんと疎い。
 だから、気付いていない。


 彼を目当てでやって来ている女性客達の存在を。


 本当に素敵な人だから、他の女の人達が惹かれないはずない。
 普段は配達の仕事で店にはいないクラウドの姿を求めてやってくる女性客達。
 そんな女性達に私がどれほどヤキモキしてるかクラウドは知らない。
 …知って欲しくもない。
 クラウドには…私だけ。
 私だけが傍にいて…、支えて…、支えられて…。
 そんな存在でいたいの…。

 とてもわがままで傲慢な願いだと分かってる。
 分かってるけど……、ごめんね、クラウド…。
 私はアナタを離したくないの。
 だから、ついつい確かめたくなる。

 アナタが私の事を本当に必要としてくれているのか…。
 アナタが私の事を本当に想ってくれているのか…。

 疑ってるから確かめたいんじゃない。
 確かめることが出来た瞬間がたまらなく幸せだから…、だから確かめたくなるの。

 だから……ごめんね?

 本当はクラウドがヤキモキして、助けに来てくれるととっても嬉しい。
 だけど、そうするとやっぱり他のお客さん達が『ジェノバ戦役の英雄のリーダーが一般人に暴力を!』って騒ぎ立てるから…。
 その度に、クラウド…、アナタは傷つくから。

 傷ついてない振りをしてるけど、やっぱり傷ついてるって知ってるもの。
 だからダメ。
 イライラして気が気でない!ってオーラを発散させてるクラウドに、申し訳ないと思うけど、それ以上に嬉しくなってしまう私を許してくれる?

 なぁんて言ったら、絶対に『許すも何も……』って言うに決まってるから…だから言わない。


「クラウド」
「…なんだよ…」
「『ゴーヤチャンプルー』出来たから持って行って」
「……………はい」

 不貞腐れた顔を装って、私の方を見たクラウドに出来立てホヤホヤのお料理をズイッと突き出す。
 他になにか期待してただろうクラウドが、とても複雑そうに…、それでもってガッカリした顔をして返事してくれたのが本当に可愛くて。

「クラウド」
「…なんだよ…」

 手を出してお料理のお盆を取ろうとしたのをサッとかわし、変な顔をするクラウドにそっと身を乗り出す。


「ありがとう」


 耳元でそっとお礼を言うと、文字通り耳の端まで真っ赤になって身を仰け反らせた…、そんなクラウドが愛しい。


「し、仕事だからな」


 パッとお盆を奪い取って踵を返したその背が…愛しい。
 ギクシャク歩く先は、注文を受けたテーブルじゃなくて、お客さんが苦笑してる。
 慌ててテーブルナンバーを確かめて、アタフタと注文先に届ける姿が…愛しい。

 いつもと同じ店で働いているのに、こんなにも違う。
 あぁ…本当に私は…幸せ。


「ティファ〜」
「顔がにやけてるよ〜」

 いつの間にか戻ってきていた子供達がニヤニヤと笑ってる。

「そう?気のせいよ」

 ちょっと澄ましてそう言ってみたけど、二人の天使の笑いを誘うだけだった。

「でも、ティファの気持ち、分かるから」
「俺も。クラウドと一緒に仕事出来ると嬉しいよな」

 ニッコリ笑って素直にそう言う子供達に、ついつい、
「うん、本当にね」
 ポロッと本音がこぼれる。

 口にしてみると恥ずかしかったけど、それ以上に幸せを再確認出来て…やっぱり嬉しくなった。
 子供達と笑い合って、仕事をする。
 毎晩の事なのに本当にこんなにも違う。


 クラウド…分かってるかなぁ?
 こんなにもアナタは私達の…、私の中で大きな存在なんだよ?
 私達を…、私をこんなにも幸せにしてくれるのはクラウドだけなんだけど…。


 分かってないよねぇ…やっぱり。
 アナタは鈍いから。
 だけど、その鈍さも……。


「大好き」


 誰にも聞かれないように小さな声で一言口にしたら、物凄く恥ずかしくなって顔が赤くなるのを感じた。

 でも、やっぱり…それ以上に…。






 なんかティファが一人で真っ赤になっている。
 それを見て客達がニヤニヤ笑いながら俺を見ているのが…なんとも居心地悪い。
 悪いんだけど…。

 心底イヤ、ってわけじゃなくて…なんと言うか…。

 優越感…?見たいなものを感じてしまう。
 俺が彼女の特別だと思えるから。
 客達がそれを認めてくれている…ってよりも、客達の目に『ティファの特別が俺』だって思われる…、そう見えている…、ってところがすごく…こう…なんと言うか……。


「クラウド」
「顔赤いよ?」


 ハッとして下を見ると、子供達が悪戯っぽく笑いながら見上げている。
 ……気付かなかった。

「なんでもない…」

 思わず口元を押さえてそっぽを向く。
 なんでもない…って態度じゃないことくらい分かってるけど、ついついそう言ってしまったところが、俺自身、子供だなぁ…と思う部分で。
 でも、自分じゃ、どうしようもないからなぁ…。
 本当に…もう少し成長したいもんだ…俺。






「今日も一日ご苦労さん」
「クラウド、今夜は手伝ってくれて本当にありがとう」

 一日の仕事が終ってホッとして。
 二人でこうしてグラスを傾ける。
 子供達は既に夢の中。
 これからがやっと二人だけの時間。
 二人だけの時間をこうして迎えられるのは、別に特別なことでもなんでもない。
 特別でも何でもないことだが、それを幸せだと思えること自体が既に『真の幸せ』だと気付いている二人は、本当に幸せ者。


 日常の中に隠れている小さな小さな幸せ。
 それを一つ一つ確認していくと、そこに隠れているのは…?



『『 愛してる 』』



 恥ずかしがり屋の二人が、同じ瞬間に同じ言葉を胸の中で囁いた言葉こそが…。



 その答え。



『『 これからも小さな幸せを二人で見つけられますように 』』


 その願いは…叶う?
 叶わない?


 さぁ、それは二人の努力次第。
 明日からまた、二人で頑張るために。



 幸せの中で……おやすみなさい。



 あとがき

 え〜と…。
 まぁ、なんというか。
 なんとも無いことだけど、やっぱり幸せ〜♪って思えることが本当に幸せだよね、という話しです(笑)。

 たまにはアフォ話しから離れてみようと思いましたが、いかがでしたでしょうか…(ビクビク)

 クラティが幸せだと私も幸せです(キパッ)