時にはこどものように






「行ったぞデンゼル!」
「うわわわっと…!よっし、マリン!!」
「うんっ!…えいっ、あ!ごめんティファー!」
「オーライオーライ〜…っと、はい、クラウド!」
「「 お〜〜!!流石ティファ! 」」(デン・マリ)

 マリンの打ったボールがティファの背丈をはるかに越えて後方へ飛ぶ。
 それを、軽やかなステップで追いついて打ち返したティファに子供たちの歓声が上がった。
 クラウドへと繋がったパスは、難なく青年の手によって安全なボールとなり、デンゼルへと繋がっていく。

 今日、クラウドたちはエッジに出来たばかりの緑地公園へやってきていた。
 晴天、休日、予定なし。
 とくれば、小さい子供のいる家庭はどうするだろうか?
 きっと、本日のストライフ・ファミリーのように遊びに繰り出す家族が多いだろう。
 最初、クラウドとティファは子供たちを連れて買い物にでも行こうとしていた。
 日頃、頑張って店の手伝いをしてくれてる子供たちに何かお礼を…と思ったのだ。
 だが子供たちは揃って首を横に振った。

 どうせなら、一緒にゆっくりと遊びたい。

 それが2人の意見だった。
 買い物も勿論嬉しいが、いつもショッピングになるとティファはマリン、クラウドはデンゼルという具合にいつの間にか別れて行動するようになっている。
 デンゼルとマリンはそう指摘しつつ、欲しいものも特にはないから貯蓄をするよう、ちょっと年齢から考えると落ち着きすぎている提案を行い、その上で先ほどの提案を行ったわけだ。

「この前買ってくれたボールで遊びたいよな」
「うんうん、それいいよね!友達と遊んでても中々パスが続かないし」
「だよなぁ。パスがうんと長く続くバレーってしてみたいよな」

 バレー?

 クラウドとティファは顔を見合わせたものの、デンゼルとマリンの話しから『円陣バレー』のことだと分かった。

 円陣バレー。

 友達同士で楽しく遊ぶ簡単なゲームのひとつ。
 要するにパスをされたボールを落とさないでいかに続けていくかが問われる遊び。
 仲の良い友達でないと多分あまりしない遊び。

 ティファはパッと笑顔を咲かせて賛成した。
 何しろ、久しぶりの『子供の遊び』だ。
 童心に返って遊びたい、と日頃から思っていたわけでは勿論ないが、それでもこうしてひょんなタイミングでそのチャンスが訪れると心弾まずにはいられない。

 ティファは嬉しそうにクラウドを見上げた。
 反対するかもしれない、と思ったわけではなくただ単に反応が見たかっただけなのだが、当のクラウドは何か思案げな顔をしていた。
 弾んだ気持ちが翳る。

 クラウド…ダメって言っちゃうの?
 あぁ、もしかしたら日頃から外に出る仕事だから、お休みの日まで外に出て動きたくないって思っているのかも!
 そうよね、そう思ったとしても不思議はないわ、でも、でも!
 クラウド、どうしてもダメ?

 ほんの一瞬の間に脳内で1人で話を進めていたティファを尻目に、クラウドはデンゼルとマリンに向かってフワッと微笑んだ。
 しゃがみ込んで視線を合わせる。

「じゃあ、そうするか」

 その言葉に子供たちよりもティファが喜んだ。


 そうして、手早くお弁当を作り、いそいそと身支度を整えて緑地公園にやってきた…というわけだ。
 そう、いそいそと!
 デンゼルもマリンもとても嬉しそうだったが、それよりもなによりもティファが嬉しそうだった。
 しかし実は、密かにクラウドも無表情な仮面の下でティファ顔負けにはしゃいでいたりする。
 デンゼル、マリン、時にティファへパスを回しつつ、一緒になってボールを目で追い、力加減に気を配って打つ。
 単純な遊びがどうしてこうも楽しいのか。
 それは、遊んでいる全員と一体感を味わえるからだろう。
 そんな風に遊んだことなど、クラウドにはなかった。
 なにしろ、村一番の暴れん坊で友達など1人もいない偏屈少年だったのだから。
 村の子供たちが楽しそうに『かくれんぼ』や『鬼ごっこ』をしているのを横目で見ては、
『ガキの遊びの何が楽しいんだ』
 と、小バカにしていた。
 …いや、小バカにしているフリをして、実はとてもとても羨ましかった。

 素直になれない捻くれ屋だったクラウド少年の悲しくもおバカさんな性格は、『少年時代』という貴重な時間を灰色に染めてしまっていた。

 だから、クラウドにとってこの円陣バレーは殊のほか楽しい時間になってたりする。
 しかしそれも、生来のむっつり顔のせいで全くバレないという、良いんだか悪いんだか判断に窮する結果になっていたりして、だからこそ、子供たちもティファも普通に楽しく過ごすことが出来ていたりして…。
 何故かと言うと、想像してみて頂きたい。

 はしゃぎまくっているクラウドなんぞ、気色悪いだけではないか!

 …。
 とまぁ、一歩間違えたら『クールでカッコいい』というイメージが根底から覆されてしまう羽目になってしまうほど、クラウドは楽しい時間を過ごしていたりする。
 表情はいつもとさほど変わらなくとも、心はちゃんと一つ一つの動作ににじみ出る。
 最初、子供っぽい遊びにつき合わせてしまうことを心配していたデンゼルとマリンだったが、無用な心配だったと今ではすっかり心からはしゃいでいた。
 実に歳相応の子供の姿に、ティファも幸せでいっぱいだ。
 それに、やはり久しぶりの『子供の遊び』は楽しい。
 なにより、子供のころにクラウドと遊べなかったのにこうして遊ぶことが出来たのが嬉しい。

 クラウドが楽しんでくれているのが嬉しい!

「はい、クラウド!」
「よしっ、任せろ」

『普通の人』相手だと高すぎるティファのパスをクラウドは軽やかに飛び上がって見事に繋いだ。


 *


「「 いっただっきまーす! 」」「いただきます」
「はい、召し上がれ」

 ティファが大きめのバッグから取り出したものをレジャーシートに並べ、家族揃って腰を下ろす。
 風でシートが飛ばないように四隅に石を置いたり荷物を置いたり…。
 その作業だけでも子供たちはワクワク顔だった。
 よくよく考えてみると、あまりこういう『ピクニック』に子供たちを連れて行ってやってなかったことに改めて気づき、一緒に買い物をする時間も大切ではあるがこうして『一緒に何かをする』ことも大事なことなのだとかみ締める。
 広げられたお弁当は、ベーグルにハムと野菜を挟み込んだ『ベーグルサンド』に『唐揚げ』に『卵焼き』、そして味海苔で巻いただけの『具なしおにぎり』。
 ニョキニョキ、とバッグから取り出した大きめの魔法瓶は2本。
 1本にはお茶、もう1本には『コンソメスープ』。

 これだけの準備を朝のバタバタした中で手際良く準備したティファの手腕にクラウドはしみじみ感心した。
 一口おにぎりを頬張ると絶妙の塩加減と海苔の風味が口いっぱいに広がり、思わず感嘆のため息が洩れる。

「美味しい?」

 ニッコリ笑いながら訊ねるティファは、クラウドのその表情だけで答えは分かっていた。
 だがそれでもやっぱり言葉にされたいのが、作った者の心情。
 クラウドはティファの期待に背くような愚か者ではなかった。

「あぁ、美味い」
「へへ、良かった」
「流石ティファだな、本当に美味い」

 言いながらあっという間に1つ目を食べ終え、ベーグルサンドに手を伸ばしてそれにもかぶりつく。
 魔晄の瞳が満足そうに見開かれる。
 黙ってジーッと見つめ感想を待っていたティファに気づき、目を細めた。

「これも美味い、すごく」
「へへ、本当に?」
「あぁ、美味い」

 それもあっという間に平らげる。
 実に良い食べっぷりにティファはホクホク顔で自分も唐揚げに手を伸ばした。
 既に唐揚げが半分の量に減っている。
 卵焼きも危険なことになっていた。

「あ、デンゼル、マリン。私とクラウドの分も唐揚げと卵焼き、残しておいてよ〜?」
「「 あ… 」」

 新たに唐揚げと卵焼きに手を伸ばそうとしていたデンゼルとマリンの手がピタッ…と止まる。
 ゆっくりと顔を見合わせると暫し固まり…、そうして…。


「「 あと1個だけ!! 」」


 それぞれ、唐揚げと卵焼きにササッと箸を伸ばした。
 と、それより一瞬早く弁当箱が消える。

「「 あ〜〜!クラウド、ずるい!! 」」

 子供たちの手からギリギリ死守したクラウドがパクリ…、と唐揚げを口に放り込んだ。
 笑顔でギャーギャーと身を乗り出して騒ぐ子供たちから弁当箱を守りつつ、今度は卵焼きを口に放り込む。
 そうして、呆気に取られているティファに唇を片方持ち上げて笑った。

「うん、両方美味い」
「「 クラウド〜! 」」
「流石ティファだな。唐揚げも卵焼きも絶品だ」
「「 あと1個だけ頂戴よぉ 」」
「ほら、ティファも」
「「 あー!! 」」

 子供たちの攻撃をことごとくかわし、ポカン…としているティファの口に唐揚げを押し込んだ。
 ビックリしながらも反射的に咀嚼し、飲み込む。
 飲み込んで…、ティファは笑った。
 あまりにもクラウドが楽しそうで、それが嬉しくて楽しくて…。

「美味いだろ?デンゼルとマリンがここまで欲しがるのも納得だな」

 ティファが笑ったからか、それとも子供たちとこうしてじゃれ合うことが出来て嬉しいのか、その両方か。
 クラウドも珍しく…、本当に珍しく破顔した。
 その笑顔にデンゼルとマリンも釣られてまた笑う。
 笑いながら、「あ〜ん、私ももう1個だけ食べたい〜!」「クラウド、俺も俺も〜!」と、クラウドの腕にギュギュッとしがみついた。
 両腕を取られてクラウドはまた笑う。
 しょうがないな、とか言いながら、デンゼルには卵焼き、マリンには唐揚げを1個ずつ口に運んでやる。
 まるで親鳥のようだ。
 2人はモゴモゴと口を動かし、同時に「「美味しい!」」と、また笑った。

「ほら、2人とも残りは俺とティファに譲ってくれ。って言うより、まだおにぎりとベーグルサンド、残ってるだろ?スープもちゃんと飲め」
「「 は〜い! 」」
「よろしい」

 笑顔を引っ込め、しかつめらしくそう言ったクラウドにデンゼルとマリンが笑う。
 クラウドも半瞬だけ遅れ、2人に倣って声を上げて笑った。
 ティファも笑う。
 笑いながら子供たちのために紙コップへスープを注ぐ。
 湯気を立ち上らせるそれは、食欲をそそる香りを風に乗せた。

 家族揃っての昼食は終始、笑顔と笑い声で満ち溢れていた。
 そして今。
 お弁当を食べ終えて満腹になったクラウドたちは、レジャーシートの上でごろ寝をしている。
 元気いっぱいな子供たちはすぐにでも次の遊びに移りたそうだったが、食直後に運動は身体に悪い。
 少しだけ一服するつもりで横になったクラウドに倣い、クラウドとティファの間でゴロン、と転がった2人は午前中にはしゃいだ疲れと満腹感とでウトウトとまどろんでいた。
 その可愛いうたた寝の姿をクラウドは片肘を着いた格好で目を細め、眺めていた。
 自愛に満ちたその眼差しに、ティファはこみ上げてくるものを感じていた。

 こんなにも穏やかな顔をしているクラウドを陽の光の下で見ることが出来るなんて…。

 ふと、魔晄の瞳が子供たちからティファへ向けられた。
 ん?と目だけで訊ねられ、ティファは微笑んだ。

「イイ天気だね」
「あぁ、そうだな」
「気持ちいいね」
「あぁ、いい気持ちだな」
「楽しい?」
「あぁ、楽しいな」
「幸せ…だね」
「…ティファ?」
「幸せ…だね、クラウド」
「…あぁ、そうだな」

 ふふ。

 笑ってティファは空を見上げた。
 濡れた睫毛のせいで小さな虹がキラキラ光っている。
 穏やかな風がフワッとどこからか花の香りを運んでくる。
 その柔らかな自然の息吹に包まれ、目を閉じた。
 子供たちを挟んだ向こうでクラウドが微笑みながら自分を見つめてくるのが分かる。
 そうして彼もまた、仰向けに寝転がった気配がした。

「たまにはいいな、こういうの。子供のころは出来なかったし…」
「…うん、そうだね」

 彼のその一言で、ティファは自分と全く同じことをクラウドも考えていたことを知った。
 勿体無いことをした、と思っているし、同時に『あの時はあれで仕方なかった』とも思っている声だ。
 あの意地っ張りな彼がいたからこそ、今の彼がいるのだから。

 少しだけ想像する。
 もしも、今日のようにクラウドが己に素直で子供たちと一緒にはしゃげるような少年だったら?
 きっと、沢山の思い出を共有して、『本当の意味での幼馴染』になったことだろう。
 だが、村を飛び出して『みんなに認めさせてやる!』なんて思っただろうか?
 よしんばそうなったとしても、きっと今の彼はいない。
 意地っ張りのくせに寂しがり屋な彼だからこそ、沢山の試練を乗り越えなくてはならなくなり、そうして多くの障害に錬られ、屈服させられたりもしたけれどそれらを乗り越えたことによって得た『強さ』で今、ここにいるのだから。

 なら…。

「うん、本当に良かったね」
「ん?」
「今日、こうして家族揃って一緒に楽しい時間を過ごせて」

 目を開けてクラウドを見る。
 沢山の想いを込めながら、だがしかし言葉にはただそれだけを口にして微笑を浮かべる。
 だから、クラウドに想いの全てが理解出来たとは思わない。
 しかし、クラウドは『家族揃って一緒に楽しい時間を過ごせた』という言葉だけに同意するにはあまりにも深い笑みを浮かべて頷いた。


「あぁ…良かった」


 魔晄の瞳を柔らかく細め、真っ直ぐティファを見つめて唇は弧を描く。
 ティファはドキリ、とするも、やっぱり微笑むだけで言葉にはしなかった。
 言葉にするにはあまりにも幸せ過ぎて、この穏やかな時間が完璧で。

 だからティファは微笑み、クラウドを見つめる。
 クラウドも無言のティファの想いを感じているのか、やっぱり黙って笑みを浮かべてティファを見つめるだけだった。
 優しい優しい時間に、暫し2人は酔いしれた…。


 そうして。


「クラウド、今度こっち!」
「あぁ」
「ティファ、あっちあっち〜!」
「了解です」

 小一時間ほど昼寝を楽しんだ後、バドミントンでひと汗流した後、4人はレンタルのサイクリングを楽しんでいる。
 2人乗りが出来るタイプのやつを2台レンタルし、クラウドはデンゼル、ティファはマリンを乗せて走った。
 フェンリルの運転で慣れているとは言え、自分でペダルをこいでスピードを調節しなくてはならない自転車に、実はクラウドは初めて挑戦した。
 ティファは子供の頃に乗ったことがあったがそれでも久しぶりだった。
 内心、こぎ始めは緊張した親代わり2人だったがすぐにコツをつかむと後は子供たちにせがまれてあっちへこっちへ、自転車を走らせる。
 子供たちもペダルを漕いではいるが、大人の力に到底敵うはずもなく、漕いでいる感触を楽しんでいるだけだった。
 だがそれでも十分。
 2人の笑い声はどこまでも明るく、クラウドとティファの笑顔を引き出すには十分だった。

「クラウド!」
「なんだ?」
「ありがとな!」

 風に負けないように声を上げたデンゼルは、唐突に『ありがとう』を言われて少し驚くクラウドに満面の笑顔を向けた。

「俺、今日一日、すっげぇ楽しかった!もうすっごくすっごく最高の一日だった!」
「デンゼル…」
「クラウド、疲れてるだろ?それなのに付き合ってくれてありがとう!俺、クラウドとティファの子供になれて本当に良かった!」

 思わぬ言葉。
 思わぬ謝意。

 涙腺が緩みそうになる。
 隣を走っていたティファはモロ、涙腺を刺激されて目を瞬(しばた)かせている。
 ティファの後ろでマリンも大きく頷きながら口を開いた。

「私も!クラウド、ティファ、本当にありがとう!すっごく楽しかった〜!」
「あ、ティファも勿論ありがとう!だからな?」

 少し慌ててティファにも謝意を伝えたデンゼルに、ティファが笑いながらちょっぴり眉尻を下げて泣き笑いの顔をした。
 言葉はない。
 言葉にしたら恐らく泣いてしまうギリギリのところなんだろうな、とクラウドは予想した。
 とか冷静なフリして自分もうっかり泣いてしまいそうなところは棚上げをする。
 その代わり…。

「こちらこそ、ありがとう…だな。楽しかった」
「「 本当!? 」」

 デンゼルとマリンが嬉しそうに身を乗り出した。
 風を切って走っている自転車が少しだけバランスを崩すが、そこは『英雄』のバランス感覚と力で体勢をサッと立て直すことに成功する。

「あぁ、楽しかった。また来よう、みんなで」
「「 うん! 」」

 横を走るティファを見る。
 ティファも満面の笑みで頷いていた。
 子供の頃に出来なかった『一日中、楽しく遊ぶ時間』をこんな形で過ごせるとは思いもしなかった。
 楽しい時間を終えるのは少し切ない気もするが、それはまた今度の楽しみとして、明日から頑張る糧にすればいい。

 空はすっかり茜色。
 雲の隙間からはチラチラ一番星が見え隠れしている。
 名残惜しい気もするが…。

「じゃあ、帰るか」

 レンタル場までのラストスパート。
 家に帰るまでがピクニック。
 楽しい楽しい『子供のような時間』が終わるまではあとちょっと。



 あとがき

 最初は、ただただ『アホみたいにはしゃぐクラウド』を書いてみたかったんですけど、出来上がってみたら…あれ?なんでかな?な仕上がりに…(^^;)

 うふえへへ(笑ってごまかせ)

 まぁ、たまにはこんな感じで幸せオーラ全開ファミリーも…ね、許してください。