― 「明日、皆で遊びに行こう」 ―

 唐突なその提案に、セブンスヘブンの子供達と女主人は諸手を挙げて賛成した。





特別でないのが特別






「忘れ物は無いか?」
「「 な〜い!! 」」

 クルリ、と振り返った金髪の青年、まだ幼い少年と少女が手を上げる。
 ウキウキと弾むその二人の子供は、兄妹……にしては顔立ちや雰囲気に共通点がない。
 フワフワの茶色の癖ある髪を風に乗せている少年と、ピンクのリボンでお下げを結んでいる愛らしい少女は、まだ年若い青年と、漆黒の髪をもつずば抜けたスタイルの持ち主である美女にぶら下がるようにしてじゃれついた。

「じゃ、行きましょうか」

 ニッコリ笑って青年を見た女性は、まだまだ若い。
 青年もそうだが、とてもこの少年、少女の親とは思えない。
 あえて言うなら、『親戚の子供を預かっている関係』が一番しっくりくるだろう。

 はしゃぐ子供達が、我先に!と助手席争いを始める。
 青年は、無愛想な表情に僅かな苦笑を浮かべると、
「ジャンケンで決めたら良い。途中で休憩するから」
 そう促した。

 プンッ!とむくれてにらみ合っていた子供達はその言葉にあっさり頷くと、目をキラキラさせながらジャンケンを始めた。
 実に素直な子供達に大人二人は微苦笑を交わす。

 最初に助手席に乗るのは、少女に決まった。
 少年が僅かに悔しそうな表情を浮かべたが、女性に促されて素直に後部座席に着いた。


 *


 ジープの種類に入るやや大型の自動車は、快適に荒野を走っていた。
 賑やかな子供達の歌声が車内を明るくさせている。
 途中、青年の言った通りジープは小休止を取った。
 荒れ果てた荒野に点在する草原に車を止める。
 座って固くなっていた身体をほぐしに、四人は車を降りた。
 降りると同時に子供達はあっという間に駆け出し、風に揺れている草花の真ん中で大の字になって寝転んだ。

「うわ〜!!空が高ーい!」
「クラウドー、ティファー!!こっち、こっちー!!」

 少年と少女の興奮した声が大人二人を呼ぶ。

「…ったく、本当にいつも元気だな」
「ふふ、そうね」

 子供達のパワーにどこか呆れたように呟く青年に、彼女はフンワリと微笑んだ。
 そして、軽やかな足取りで子供達のところまで歩いていく。
 そのスッと伸びた後姿に、青年は唇の両端をほんの少しだけ持ち上げた。

 穏やかな…、どこまでも穏やかな微笑み。

 スーッと深呼吸をする。
 草花の香りが風に運ばれて、心地良く胸を満たす。
 目を上げる。
 どこまでも高く、澄んだ青空が広がり、もこもことした雲がその大キャンパスを悠然とたゆたっていた。
 ほんのりと温かい空気は、優しく身体を包み込むよう…。
 頬を撫でる風は、どこか懐かしいものを感じさせるものだった。

「クラウド〜!」
「早く〜!」

 子供達が寝転がったまま呼んでいるようで、声はするのだが姿は草に隠れて見えない。
 草からまだ小さな子供達の片手が、ヒラヒラと『おいで、おいで』をしている。
 クラウドは目元に小さな笑みを浮かべながら歩き出した。

 ほどなくして、愛しい人も横になっているのが見えてきた。

「ティファまで…」

 わざと呆れたような声を出して、片手を腰に当てて見やる。
「ふふ、気持ち良いわよ」
 微笑みながら彼女が答える。
 暗に、『一緒に横になってみて』と言っているのだ。
 クラウドは『しょうがないなぁ…』と言わんばかりに軽く息を吐き出した。
 ティファの隣で横になっている子供達が嬉しそうに自分を見つめている。
 クラウドがわざと呆れたような素振りをしているのだとちゃんと分かっているのだ。
 結局は自分達と同じ様にゴロリ…、と横になってくれることを知っていて、期待している。
 クラウドは三人の期待を裏切るような真似はしなかった。

 ゆっくりと大地に横たわる。
 視界一杯に青空と白い雲が広がる。
 もう少し視線を上にすれば眩い太陽が視野に入るだろう。

 耳元を草花がサワサワと揺れる音がする。
 遠くで鳥のさえずりも聞えてきた。

「良いねぇ〜」
「うん!気持ち良いよなぁ〜!」

 マリンとデンゼルが実に楽しそうな声を上げる。
 ふと視線を感じて横を見ると、ティファが優しい眼差しで見つめていた。

 ドキリ…。

 心臓が跳ねる。
 何度見ても見飽きることなどない。
 彼女が自分を見て、微笑んでくれるのが…とても嬉しくて幸せだ。
 そう…心から感じる。

「なんだか小さい頃に戻ったみたいよね」

 ティファは空へと視線を移しながら独り言のように呟いた。
 クラウドも同じ様に空へ視線を移す。
 残念ながら、彼女とこうして幼い頃に昼の空を眺めたことはない。
 たった一度、夜空を一緒に眺めただけ。
 ただ…それだけ。

 急に、クラウドはなんと勿体無いことをしたのだろう…と思った。
 自分が少しだけ素直になれば済んだ話しなのに。
 そうすれば、きっと故郷の同年代の人達は友達となってくれていただろう。
 決して、彼等の性格は歪んでいなかった。
 歪んでいたのは……自分。

 ティファもまた思っていた。
 本当に惜しいことをした……と。
 もう少し、積極的にアプローチをすれば良かった……と。
 そうすれば、恐らく照れ屋な彼も最後は一緒に遊んでくれただろう…。
 もしかしたら、そのことによって彼との思い出は、あの給水塔以外にも沢山出来たはずだ。

 過ぎてしまった時間は戻らない……。

「デンゼル!見て見て、あの雲!なんだかデンゼルの好きな『へんてこりん』なお面みたい!」
「あ!本当だ!って言うかマリン、あれは『へんてこりん』なお面じゃないぞ?かっこいいじゃないか」
「え〜…どこが〜?」
「カッコいいじゃん!顔は真っ赤で鼻が高くて、目が釣りあがっててさぁ!」
「デンゼル、趣味悪〜い」
「なんでだよ!」

 子供達の他愛の無い会話を聞いていると、まるで自分達の時間までも幼い頃に戻ったような気分になる。
 クラウドとティファはそっと視線を絡ませると、目を細めて微笑み合った。


 *


 暫く大自然のベッドを満喫した後、今度はデンゼルを助手席に乗せて再びジープは走り出した。
 目的地は『チョコボファーム』だ。
 今回もクラウドがハンドルを握った。
 ティファが交代を申し出たが、乗り物酔いをする彼は『運転した方が酔わなくて良い』という理由からその申し出をやんわりと断った。

 子供達の楽しげな歌声が車内を賑わせる。
 ティファもいつしかその歌声に合わせて歌を歌っていた。
 クラウドは微笑こそしていないが、いつものとげとげしい雰囲気は消え、穏やかに寛いだ表情でハンドルを握っている。
 どこまでも続く大自然に、子供達は退屈しなかった。
 普段、復興目まぐるしい街で生活しているので、地平線が見えることが素晴らしく楽しいらしい。
 ひたすら歌を歌いながら、窓の外の景色を食い入るように見つめている。

 やがて、皆のお腹が空き始めた頃に目的地に到着した。
 ジープを降り、四人分のチョコボを借りる。
 子供達は成鳥する手前の若いチョコボ。
 大人二人はしっかりとしたチョコボをレンタルし、クラウドとティファがそれぞれナップサックを背負ってチョコボに跨った。
 ナップサックの中には本日の昼食と飲み物が入っている。
 ティファが朝早くから作ってくれたお手製弁当だ。

 チョコボに乗ることも、お弁当を食べることも楽しみで仕方ない子供達がはしゃぎ声をあげつつチョコボを歩かせる。
 デンゼルのチョコボの手綱はクラウドが、マリンのチョコボの手綱はティファがそれぞれ握り、扇動していく。
 ティファも中々どうして、チョコボに乗っていた頃の勘は衰えていない。


「クラウド、この辺だったかなぁ」

 ティファがどこか懐かしそうな声で話しかける。
 ティファは遠くを眺めながら微笑んでいた。

「エアリスがこの辺に花が咲いてる、って喜んでた場所」
「あぁ……」

 彼女の一言で、大切な仲間の姿を思い出す。
 その当時の彼女の仕草までも…。


 ― 『ほら、こんなところに花が咲いてる!すごいすごい!』 ―


 ミッドガルから出たことがないと言っていた彼女は、大自然をことのほか喜んだ。
 自分の出生のルーツを見出したような……そんなことも言っていた…。

「懐かしいよね」
「…そうだな」

 ティファの声音が少しだけ寂しさを湛える。
 クラウドはティファを見た。
 ティファは泣いてはいなかったが、笑ってもいなかった。
 遠くを見ている目で…過去を探しているようだった。
 クラウドは心の中で口下手な自分を呪いながら、そっとティファのチョコボへ自分のチョコボを誘導した。

「ティファ」

 そっと手を伸ばす。
 彼女の肩にやっと触れられるか触れられないかの距離。
 ティファは振り返って微笑んだ。
 寂しさを隠すような笑みだった。
 そして、そのままゆっくりと子供達へ顔を向ける。
 二人共、周りの景色に大はしゃぎで気づいていないようだった。
 再びクラウドへ顔を戻す。
 微笑んで小さく頷いた。

 ― 幸せだよ ―

 そう言っているのだ。
 クラウドは目を細めて頷き返した。


 ほどなくして、目的地に着いた。
 そこは、小高い丘になっており、眼下には草原が広がっている。
 所々、切り立った岩肌がむき出しになっているところもあったが、小さな点にしか見えない草花に、黄色や黒、そして白い蝶がヒラヒラと飛んでいるのが微かに見えた。
 点在している背の低い木立が遥か彼方にまでポツポツポツ、と根を宿している。

 四人はそこでビニールシートを広げ、食卓とした。
 ティファの手作り弁当は、どれも片手で食べることの出来るものだった。
 野菜がギッシリ詰まったサンドウィッチにベーコンやチーズが挟まれたサンドウィッチの二種類と、唐揚げに海の魚で煮魚。
 餃子の皮を使ってチーズ揚げ、と野菜揚げも作られている。
 種類としては少ないかもしれないが、それでも充分満足するだけの量はある。
 あまり満腹になると、チョコボに乗った際、悪酔いをしてしまうだろう。

 ティファは細やかな配慮でそれらを作っていた。
 子供達は当然、喜んで頬張った。
 青空の下だと、いつも美味しいティファの手料理が倍以上、美味しく感じる。
 クラウドとティファは子供達の食べっぷりに目を丸くして……笑い合った。


「あ〜…お腹一杯!」
「俺も〜!!」

 皆出揃って『ごちそうさま』をしたあと、子供達二人が草原にゴロリ…と横になった。
 わざわざビニールシートから出て草の上で横になっている。
 クラウドは、シートの上で胡坐をかいたまま、ティファが水筒から注いでくれたコーヒーを受け取った。
 なぜか、食後は暖かい陽気でもホットコーヒーが飲みたくなるものだ…。
 しかし、子供達はまだまだそうではない。
 だから、子供達用の水筒もあるので、二本の水筒が今回準備されていた。

 草の上をゴロゴロゴロゴロ…。
 楽しそうにキャッキャッ!と笑い声を上げながら転がる二人に大人達は穏やかな気持ちを存分に味わった。

「本当なら…」
「うん?」

 珍しく、自分から口を開いたクラウドに、ティファが目を向ける。
 彼は、子供達の楽しそうな姿を見つめていた。
 その眼差しは…父親のもの。
 子供達を可愛くて、愛しくて堪らない、という慈愛に満ちたもの。

「子供達とこうして過ごせる時間が沢山あって普通なのにな…」

 クラウドの言葉に、ティファは眉尻を少しだけ下げた。
 そうして、クラウドと同じ様に子供達へと視線を移す。
 楽しそうに草花達と戯れている姿は、まさに自分が幼い頃、幼馴染と一緒に遊んだ姿ではないか。
 草花を摘み、冠を作ったり、草の茎の部分を引っ掛けあって『どちらが切れずに耐えられるか』という『草相撲』をしたりもした。
 背の低い樹木からは葉を取り、口に当てて『笛』として鳴らして遊んだ。
 草を適当に摘み、それを加えて遊んだり……蜜が吸えるような花はその蜜を吸ってみた。
 自然の甘さがとても楽しかったことを思い出した……。
 そして、そんな幼い自分が遊んでいるすぐ傍には、幼馴染達の親や自分の父親がいた。
 クラウドは、そんな自分達を遠くから見つめていた…。

「そうだね…。普通は……もっとこういう時間があるんだよね…」

 はしゃぐ子供達を見ているうちに、罪悪感がジクリジクリ…、と胸を刺す。
 クラウドも…同じらしい。
 黙って子供達の動きを目で追い、口元には自然と笑みが浮かんでいるが、その目は…どこか寂しそうだった。

「でも…」
「うん?」

 また、クラウドが珍しく自分から口を開いた。

「こうして…、『普通』が『特別』だと感じられるのは…幸せだよな」

 魔晄の瞳がティファに向けられる。
 ティファはその目を驚きと共に見つめ返した。
 まさか、クラウドから『『普通』が『特別』だと感じられて幸せだ…』という言葉が聞けるとは予想だにしなかった。
 そして、その時ティファは自分が思い違いをしている事にようやく気がついた。

 彼は…子供達に申し訳ないと思う気持ちは確かにあるが、それ以上に『現在(いま)』を幸せだと言っているのだ。
 目の前ではしゃぐ子供達と共に時間を過ごし、同じ空気を吸い、食事を共にする。
 この『普通だったら…』が出来ることを『喜べる』ことが『幸せだ』と言っているのだ。

 ティファは心の中の靄がスーッと晴れ渡るような心地になった。

 クラウドは…過去を振り返りつつも、しっかり今、この時を感じてくれている。
 そうして、その中で自分の恵まれている環境に…。
 子供達の健康に…。
 家族がこうして一緒に居られることに…。


 感謝しているのだ。


 誰に感謝しているのか、それはティファには分からない。
 もしかしたら、彼を世に生み出してくれた両親かもしれない。
 もしかしたら、彼を生かすために星に還った『親友』にかもしれない。
 もしかしたら、セフィロスを共に倒した仲間かもしれない。
 彼らには、本当に色々とその後も良くしてくれている。
 彼らが居なければ、今の幸せは無いのだから。

 そこまで考えてティファは『あぁ……違うわね…』と気がついた。

 全てに感謝しているのだ。
 生み出してくれた両親に。
 親友に。
 仲間達に…。

 それに気づいたとき、胸が一杯になり、思わずそっと擦り寄って額を彼の肩に押し付ける。
 クラウドは突然のその行動に、ビックリして思わず仰け反ったが、すぐに彼女の状態に気がついて、その華奢な身体を片手で抱きしめた。

「ティファ、また何かややこしいことでも考えたのか?」
「………ふふ…」

 肩口から、くぐもった彼女の笑い声が聞こえたが、その声が微かに涙を孕んでいたのに気づく。
 クラウドは彼女を片手で抱きしめたまま、もう片方の手は大地について、のんびりした体勢になった。

「本当に…こういう『何でもないこと』が幸せだと思える日が来るとは思わなかったな」
「そう?」
「あぁ…」

 少し言葉を切って、蝶を追いかけてはしゃぐ子供達を見る。

「特に何でもない…、平和なことがこんなに『特別』だと思えるのは…幸せだよな」
「うん…そうだね」
「特になんでもない事がこんなに贅沢だと思えるのは…良いもんだな」
「ふふ…これから沢山こういうことがあるよ」
「そう…かな…」
「うん、だって『特別じゃない』んだもん」
 特別じゃなかったら沢山あるよ。

 言外に含まれているティファの言葉に、クラウドは口元を綻ばせた。
 彼女の髪に頬を寄せる。

「そうだと……嬉しいな」
「そうだよ」
「そうか?」
「そうだよ」
「…サイコーだな」
「うん」

 少し顔を離して微笑み合う。

「クラウドー!こっちに青い花が咲いてるー!!」
「ティファー!この花、根っこから持って帰っても良いかなぁ?」


 子供達の呼ぶ声がする。
 二人共、満面の笑みだ。

 大自然を背景に、自分達へ手を振って笑っている二人の天使が…何だか眩しい。

 二人は可愛い子供達の元へ行くべく立ち上がった。
 どちらからともなく手を繋ぐ。


「「 今行く(わ) 」」


 特別なことは何もしていない。
 だけど、その時間こそが『特別』だと…、幸せだと思えることに感謝しつつ…。



 どこまでも澄み渡る青空を、悠々と途飛ぶ鳥達だけが、そのささやかな幸せに心を満たす家族を見つめていた。



 あとがき

 ほのぼの路線を急に書いてみたくなったので、突発的に。
 あんまり『ラブ』な話しはないですが、たまには……と…(笑)
『特別』ではないのに『幸せ』を感じられるのは、本当に幸せですよね。