A Gift for Lonely Santa -2-
どれくらい眠っていただろうか。 扉を叩く音で夢から引き戻され、のろのろと身体を起こした。 窓の外は雪明りでほんのりと白く染まっているが、時計を見れば9時を回っていた。 再び誰かがノックする。 乱暴に顔を擦り、ぼんやりしている意識を完全に覚醒させてから、大剣の柄に手を伸ばした。 「クラウドさん、起きてますか?」 「……シエラさん?」 聞き慣れた声に、伸ばした手を引っ込めて軽く溜息を吐いた。 見つかったか。 失敗したという思いと申し訳ないという思いが交錯する中、広くない部屋を横切って扉を開ける。 外の冷気とともに飛び込んできたのは、ティファが主婦の先輩として慕うシエラの穏やかな笑顔。 「こんばんは。ごめんなさいね、起こしてしまったみたいで」 「ああ、いや……」 決まり悪そうに頭を掻くクラウドを見て、シエラが楽しそうに笑っている。 「今からうちに来てください。シドが一緒に飲む相手を欲しがってるんです」 「……けど」 「こんな所で見つからないようにしていたつもりなんでしょうけど。シドの千里眼を甘く見てませんか、クラウドさん」 まだ躊躇っているクラウドに一つ溜息を吐いてみせると、シエラはさっさと部屋に入って暖房を切り、床に転がっていた荷物や装備を抱えて外に出た。 慌てて口を開き掛けるクラウドを片手で制止する。 「遠慮深いのはクラウドさんの良い所でもありますけどね。水臭さが過ぎるのは嫌われますよ。ほらほら、シドが待ってますから、その剣持って、バイクも忘れずにね」 「………」 シドの妻という役目をこなしているだけある。 ハイウィンド家へ向かうシエラの背中を唖然として見つめながら、クラウドはただ納得するしかなかった。 「クラウド!」 シドの家に足を踏み入れた途端、飛びついてきた3つの影にクラウドは面食らっていた。 「……デンゼル!マリン!……それから」 「おにいちゃんあそぼ!」 3つ目の影は、紛れもなくシドとシエラの愛の結晶。 「来ちゃった!」 「なあ、驚いた?!」 「あ、ああ……」 何故ここにいるのかも分からないまま、3人の頭をごしごしと撫で回した。 そして目線を上げれば、久しく目にしていなかった気がする彼女の柔らかな笑顔がそこにあった。 「……ティファ、いつ来たんだ?」 「たった今だよ」 とデンゼルが答えれば、 「あのね、サンタさんを一番欲しがってるのはティファかなと思って」 マリンがティファを後ろからぐいぐいと押し、勢いあまった彼女がクラウドの懐に飛び込む格好になる。 「もう、マリン!」 焦るティファを抱き留めて目を瞬くクラウドの視界の外から、この家の主の声が響いた。 「おいクラウド!どさくさに紛れてなあにイチャついてやがんだ、この猫っ被りが!」 「良いじゃないですかシド。うちと違ってお二人は触れたら火傷間違いなしの新婚さんなんですから」 「や、やだシエラさんまで…!」 視界に入っていなかったシドとシエラの存在にはっと我に返ったクラウドが腕を緩めた途端、ティファが真っ赤な顔で逃れた。 「まあいい、パーティは大勢で盛り上がるに限るってもんだ。あんなしけた宿でイヴを明かそうなんて、おめえは暗ぇぞクラウド!」 本当に良いのか、とクラウドが言葉を挟む余地はもう残されていないようだった。 「さ、好きな所に座ってください。遅くなってお腹もすいてるでしょう?今日は腕を振るいましたから遠慮なく食べてくださいね」 「わーい!」 「俺クラウドの隣!」 静かに過ぎていくと疑いもしなかったクラウドの夜は、最近にはない賑やかさに彩られ、ゆっくりと更けていく……。 「けどよ、おめえら一緒に住み始めてどれくらいだ?今の今までガキができねえってこたぁ、クラウド、おめえがちゃぁ〜んと気ィつけてたってことか!結婚と順序が違うのはまずいとか、そういうあれだな?ははぁん、クソが付くくれぇ真面目なおめえらしい」 とっておきの靴下を用意してきた子供たちが、シエラに用意してもらったベッドでチビの子分と一緒に眠りに就いた後、シドの酒のピッチは加速度的に上がっていた。 「し…シドってば!」 「……」 見る見るうちに真っ赤になっていくティファの横で、クラウドは僅かに口端を持ち上げただけ。 気をつけた憶えはない……などと思っていたというのは、本人以外誰も知らないことだった。 そんな余裕の表情でグラスの縁を舐めているクラウドを、ティファは頬を膨らませて軽く睨みつける。 「シド、飲み過ぎですよ」 シエラが苦笑混じりに取り上げた酒のボトルを奪い返し、シドは椅子を後ろに蹴倒して演説体勢に入った。 「やかましいぞシエラ!俺様はな、ガキが出来て思ったんだ。俺様の血と肉を分けた存在がこの地上に生まれるってことが、こ〜んなに嬉しいもんかってよ」 「あらシド、あの子は私の血と肉も受け継いでること忘れないでくださいね」 「っかぁーーー!細けぇこといちいちうるせんだよおめえは!」 「いーえ、大事なことなんですから。あの子はどう見たって私に瓜二つだし、中身も私にそっくりだし。私一人で産んだって言ってもおかしくないような子ですよ」 「ああ、そうだろうよ!どんくせぇのもおめえ譲りだしな!」 「はいはい、…そうですね」 ふふふ、と楽しげに微笑むシエラは、暴れ馬の手綱をさばく騎手のようだ。 この二人はこれで上手くいっているお似合いの夫婦なのだと、やりとりを傍観していた他の二人は納得し、何となく視線を絡め合ってくすりと笑った。 「おうら、シエラ、おめえのせいでこいつらに笑いを提供しちまっ…てら」 うぃっく、とよろけて座り込んだシドが、思い出したように付け加える。 「……おっと、俺様が言いたかったのはな、ガキは良いもんだぞっ…てぇことだ!分かったらとっとと部屋に上がって励め〜!」 「…さ…最低!!」 今度こそ茹で上がったティファは、シドを睨みつけてリビングを後にした。 「あん…?何か俺様がおかしいことでも言ったってか?」 「………あんたな」 一応クラウドも男であるから酔っ払いの下品な発言に過剰反応したりはしない。 ここに寄るたび似たような言葉を聞かされているせいもあり、ただ呆れているだけだった。 「シドなんて放っておいて、ティファさんの所に行ってあげてください、クラウドさん」 「……じゃあ俺はこれで。ご馳走様、シエラさん」 「ええ、おやすみなさい」 部屋を出る際の“気合入れてけクラウド!”などという台詞は、あえて聞こえないふりをした。 「……こんな所にいた」 「……あ、クラウド」 一面の雪景色の中、ティファの黒髪と赤いマフラーが映えていた。 膝の深さまで積もった雪に足を取られながら、一人佇む彼女の元へと辿り着く。 「なあ、今日はシドが迎えに行ったのか…?」 「うん。電話では申し訳なくて断ったんだけど、痺れ切らしたみたいで、シエラ号飛ばしてきちゃったの」 「…シドらしい」 「でもね、少し飲んでたから無事に着くまで怖かったんだ…あ、シドには内緒ね?」 彼女の優しい声が、雪に染みていく。 「……何、見てた?」 「うん……ニブルを思い出すなあって思ったの。あの頃は雪にまみれて駆けずり回ってた」 「……ああ」 知っている。 ずっと見ていたから。 口には出さないそんな想いを飲み込み、彼女の顔が良く見えるよう正面にまわる。 「……俺がサンタクロースだって言うなら」 「え?」 「ティファにもプレゼントがなくちゃな」 「……私に?」 「1年間、とびきりの良い子だったし」 照れたようにふふ、と目尻を下げた彼女は、予告なくマフラーを外されて身を震わせた。 「少し…我慢して」 耳元を掠めるクラウドの髪の感触と吐息のくすぐったさに暫し首を竦めていたが、やがて冷気とは異質の冷えた感触に反応したように、胸元に視線を落とした。 「途中寄った店で宝飾品の職人と知り合った。山奥で採れた珍しい貴石らしい」 驚いたように細い指先を這わせたそこには、青みを帯びた緑の石が淡く儚い光を放つ。 「今は雪明りだからこの色だが……部屋に入れば鮮やかな赤に変わるはずだ」 「これ……旅してた頃、アクセサリー店で見かけたことがあるの。アレキサン……何とかって言ったかな。普通は暗い緑色なんだけど、こんなふうに青みがかってるのは特に貴重なものなんだ…って」 「……へえ」 頷いて見せたものの、彼女が聞かせてくれる専門的な知識には、本音を言ってしまえば関心など無いに等しい。 自分はただ、直感でこれを欲しいと思っただけ。 自慢げに自作の宝飾品を見せる職人の前で、頭の中にいる彼女の白い肌に石を重ね、無意識に息を呑んでしまった自分がいたから。 「こんなのを贈られる女性も世の中にはいるのかしら、なんてエアリスやユフィと話したのを憶えてる」 「……そうなのか?これを一目見た時、ティファのここに飾りたいと思って有無を言わせず買い取った」 つん、とティファの胸元をつつくクラウドの満足気な笑顔を見た彼女は、石を握り締めて躊躇いを見せた。 「こんな高いもの、本当に貰っても良いのかな…?」 「貰えるものは貰っておいた方が得だと思うぞ?そういう所に限っては、ユフィを見習った方がいい」 破顔したティファは、今度こそ素直に有難うと告げる。 「職人が言うには、石言葉は“秘めた思い”だそうだ」 「……私たちはもう秘めたりなんかしないでしょ?」 自信に満ちた紅い瞳の中へ、意識ごと吸い込まれていくような錯覚を起こして。 いつになったらこんな気持ちから抜け出せるだろうかと、自分を捉えて離さない息苦しさにさえも喜びを感じずにはいられない。 「……目、瞑って」 「……うん」 微かに頬を染めた彼女が瞼を伏せた。 雪の結晶が縁取る長くて豊かな睫毛が、綺麗だった。 「えっ、…やだ!冷たっ!…クラウドひどーい!」 大慌てで髪や服の雪を払うティファの雪だるまのような姿を見て、半身を折り曲げて笑っているのは彼女の愛するサンタクロース。 「もう!こうしてやるんだから!」 軽い身のこなしで逃げるクラウドに、容赦なく雪つぶてが襲い掛かる。 「待ってよクラウド!ずるいわよ!」 イヴを飲み明かしているであろう家々のことなど忘れたかのように、二人の追いかけっこが繰り広げられていた。 そして。 足を取られて気持ち良いほど派手に雪の中へダイブしたクラウドは、冷たさなどお構いなしに大の字になる。 吐き出した息が白く浮かび上がり消えていく様をぼんやり眺めていると、視界を塞ぐように彼女が顔を覗き込んだ。 「大丈夫?」 じっと自分を見ているだけのクラウドに首を傾げる彼女の腰を絡め取る。 「え、待っ……」 折り重なるように倒れこんだ彼女も、さして抵抗はせずにクラウドの腕の中で大人しく空を見上げた。 「冷たいけど……気持ち良い」 「ああ……」 あの頃は見ているだけだった。 経験していないのに、懐かしさを覚えるのはどうしてだろうか。 「……子供の頃、ずっとこうしたいって思ってた」 「こうって…雪遊び?」 「……それを含めて、いろいろと」 「いろいろ?」 僅かに身体を起こしたクラウドが、不思議そうに見上げる彼女の唇を吐息ごと塞いだ。 自分たちを包む雪の冷たさなど、すでに感じなかった。 「………大好きよ。私だけのサンタさん」 冷えて紅くなったクラウドの頬に指を滑らす彼女の笑顔は、女神そのものだった。 「なあんだ、ありゃぁ?」 風に当たろうと表に出ていたシドには、銀世界で戯れる二人の姿が強力な酔い醒ましとなったらしい。 FIN 2006年X’masイヴのお話を、フリーという事で早速強奪してきました(笑) 本当に、いつもいつも、素敵なお話を書かれるるしあ様には敬服します!! こんなにも素敵なお話を二話もフリーって!!どんだけ太っ腹なんですか!? 私は未だにフリー小説という聖域には踏み込めないです…(汗)。 もっと、こう、文章力とかつけないとねぇ……(苦笑)。 るしあ様、本当にありがとうございました!! |