St.Valentine
「ん〜今日はいい天気ね!」 「うん!気持ちい〜!」 「・・・寒いよう〜」 「ティファなるべく早く帰るぞ・・・」 ストライフファミリーは揃ってエッジの中心街に来ていた。 この日のストライフデリバリーサービスは臨時休業となっていた。
この日の早朝、フェンリルに跨り、ゴーグルを着けティファに「行ってくる」と頷くクラウドがいた。 「気を付けてね」と少し不安そうな顔を見せるティファに「ああ・・・」と答え、その頬をなぞると エンジンを吹かして軽快に走り出した。 ティファはクラウドのバイクの音が聞こえなくなるまで見送ると、セブンスヘブンのドアをそっと閉めた。 「さってと!洗濯まわして、その間に皆の布団を干して・・・それから、お買い物ね!」 店の真ん中で腰に手を当て頷くと、ティファの忙しい一日が始まったのである。 「その前にマリンとデンゼルの朝ごはんね!」ティファは厨房へと足を一歩前に出す。 が、ティファは動きを止め首を傾げた。今し方聞こえなくなった筈のバイクの音が、どんどん大きくなって店の前で止まったのだ。 ティファはクルリとその場で身を返すと、ドアに意識を集中させる。ドアの曇りガラスの向うに、ツンツンと癖のある髪のシルエット。
ドアをそっと開け、俯きがちで緩慢に入ってきたクラウドはティファの存在に気付くと、その無表情のかんばせを上げた。 「仕事がキャンセルになった・・・」「・・・うぷぷ・・・その顔・・・」 ティファはクラウドの僅かな表情を読み取るのが得意だった。仕事を取り上げられた時のクラウドの様子を想像して笑う。 クラウドはティファの仕種にポーカーフェイスを緩めて眉間にしわを寄せた。 「今日は臨時休業だ・・・」クラウドは側のテーブル席のスツールを少し浮かして引くと、ドサッと腰を下ろした。 ティファはクラウドの”してやられておもしろくない”といった態度に益々笑いを深める。 「何がそんなにおかしい・・・」クラウドも益々眉間のしわを深める。 「だって・・・バイクの音が聞こえなくなったと思ったら、まただんだん大きくなって・・・」 口元に手をやりクスクス笑って俯いて小刻みに肩を揺らすティファにクラウドもおかしくなった。 「それは、滑稽だな・・・」と言って、苦笑した。
そんな訳で、臨時休業となったクラウドは子供達と一緒にティファの買い物に付き合うことになった。 しかし、(この世界に四季というものがあるのか分からないが、ある事にする)この日、 二月十四日はとても寒い日だった。 天気はすこぶる良く、エッジの狭い、それでも青々とした四角い空には薄い雲が透けて太陽が真上から降り注ぐ。 「こんな天気なのに寒いなんてフェイントだよ!」 デンゼルがナイロン素材のフードにボアの付いた、カーキコートの中で身を縮めてブルルと震えて愚痴る。 「仕事だと気にならないが・・・寒いな」クラウドは黒いロングコートのポケットに手をつっ込んだ。 「もう!折角皆でお出かけなのにそんな事ばっか言ってないで楽しもうよ!」 マリンが襟と袖に白くふんわりしたファーの付いた薄いピンクのフリースコートに身を包み、ティファの横で頬を膨らませた。 「お昼時だし・・・何か食べようか?そしたら寒さも凌げるでしょ?」 ティファが膝丈程のシンプルなベージュのウールコートの首に巻いた、白いマフラーから口元を覗かせて言った。 肩から革素材の小さな黒いポシェットを掛けている。財布やハンカチ、鍵など入っているのだろう。 「「さんせ〜い!」」デンゼルとマリンの声が重なる。 デンゼルは急に寒さを忘れたように駆け出すと、キョロキョロと周りを見回す。 マリンも嬉しそうに顔を輝かせデンゼルの後を追った。 「うふふ・・・元気が出てよかった!ね?クラウド?」ティファが隣でポケットに手をつっ込んで立つクラウドを見上げる。 「そうだな・・・」その顔はティファでなくとも分かる程に、穏やかに紺碧の瞳を細めて微笑んでいた。 「うふふ・・・」ティファはクラウドを見つめて微笑む。クラウドが自分と同じように子供達に愛情を持ってくれている事に、 家族として同じ時間を過ごせる事に、ティファは幸せを隠せないでいた。 「どうした?」クラウドがティファを見下ろすと、彼女は満面に笑みを浮かべクラウドの腕に寄り添った。 「はあ〜〜幸せだな〜私・・・どうしよう〜」ティファが微笑んだまま眼を閉じる。 「どうするんだ?」クラウドはティファの黒く艶やかな髪に微笑む。ティファが顔を上げてクラウドを見つめた。 「ん〜〜どうしよっか・・・」ティファの揺らめく大きな瞳に、クラウドの心臓が一度だけ大きく疼いた。 その後、次第に早まる鼓動にクラウドは内心ものすごく動揺していた。ティファが意識的なのか、その瞳を潤わせて甘えてくる・・・ しかし覚悟の決まっていないクラウドにはどうすればいいのか分からなかった。 「とりあえず・・・飯・・・だな・・・」クラウドはティファから視線を逸らし、歩き出した。 「え?待って・・・」ティファは急なクラウドの変わりように首を傾げて、ついて行った。 ティファは自分の魅力に全く気付いていないらしい・・・
「なあ!あそこの店!何だろ〜?」デンゼルが指差してマリンを見る。 「すっごい人!なにかあるのかな〜?」マリンがデンゼルの指の先を追って見たのは、 てっぺんにピンクと白の大きなリボンが結ばれた大きくふんわりした形のパラソルで、その下には大勢の人が集まって 何やら賑わっている。マリンは後から来たクラウドとティファに「何だろう?」と指差して言った。 クラウドはさあ・・・と言って興味を示さなかった。ティファは「・・・何してるのかな?」と小首を傾げてそちらに向かった。 デンゼルとマリンは顔を見合わせて、興味津々でついて行き、クラウドは何となく後を追った。 ティファが人だかりの後ろに付くと、まずその客層に驚く。子供から大人まで客と謂う客は女性ばかりだ。 ティファは間からチラリと見えるワゴンの中にずらりと並んだ可愛らしい包装のいろんな形の箱を見た。 ティファが振り返ると子供たちが「何?」と眼を輝かせて聞いてくるが、ティファは眉間にしわを寄せて首を振った。 子供たちは人だかりに首をつっ込んでグイグイと入っていった。 ティファはクラウドにも同じように首を振って見せたが、クラウドは愈々寒さが身に沁みるようで、 黒いコートの上で腕を抱え、俯いて白い息を確認していた。 「クラウド、これ・・・」ティファはクラウドの首に自分の白いマフラーをそっと巻いた。 クラウドは驚いて顔を上げ、巻かれたマフラーを片手で握る。 「これで少しはマシかな?」ティファが眼を細めて微笑む。 「いい・・・お前が寒いだろ・・・」クラウドが慌ててマフラーを外そうとすると、ティファの手がクラウドの手に重なった。 「大丈夫よ・・・ほら、クラウドの手、冷たくなってる」そう言って握ってきたティファの手は温かかったのか冷たかったのか、 感覚の無くなっていたクラウドの手には感じ取る事が出来なかった。 唯、ティファの気持ちに心が温かくなったのは事実で・・・ 「ティファ・・・」クラウドが口を開くと、ティファはにっこり笑って、子供たちの様子を伺おうとクラウドに背を向けた。 「・・・・・・」クラウドはそのまま何も言えなくなって、マフラーから漂うティファの甘い香りに眼を閉じた。 寒さはいつの間にか気にならなくなっていた。
ティファの前に立っていた、勿論女性の客の話が耳に入る。その客の話に由ると 今日はバレンタインデーといって、恋人に贈り物をする日と決められているらしい。特に女性からチョコレートを男性に贈り 愛を表現するのだとか。ティファはなぜそれが今日なのかと思った。 また別の客の会話に耳を傾ける。 その昔、この星のどこかの帝国で聖職に就いていたバレンタインという神父がいた。 その帝国は婚姻の儀式を教会で挙げる国風があったのだが、当時の帝王が兵の士気が下がるという理由で結婚を死罪とした。 その時それを反対したバレンタインは反逆者として処刑されたという。愛するもの同士、一緒になれない悲しみから作られた特別な日。 この日を二月十四日・・・(バレンタインが処刑された日)と決め、ひっそりと愛を確かめ合う日とされていった。 そして時代が流れ、一種のお祭りのように星中に広まっていったらしい。 その中で女性から男性へ愛を贈る、と形を変えていったようだった。
ティファはそんな日があった事を知らなかった。『そんな日があったなんて・・・!』ティファは自分を疑った。 自分も一応は女性として生きてきたつもりだし、目の前(後ろ)には誰よりも大切で愛して止まない男性もいる、というのに どうして今まで知らなかったのか・・・。ティファは振り返ってクラウドを見た。相変わらず無表情で自分たちが戻って来るのを 待っている。この調子ならこの男もそんなお祭りの事なんて、まったく知らないであろう。 ティファは大きく息を吐くとデンゼルとマリンを呼んだ。その声に反応して二人はグイグイと人だかりを押し退けて出てきた。 ティファが特に何でもなかった振りをしてクラウドを振り返ると、一足早くクラウドに飛びつく子供達の姿が目に映る。 「すごいよ!クラウド!今日はバレンタインデーなんだってさ!俺も食べたい!」 デンゼルがクラウドのコートを掴みピョンピョン跳ねる。 「バレンタイン・・・?ヴィンセントを食うのか・・・?」クラウドは怪訝な顔をする。 「あのね!好きな人に女の子がチョコレートを渡して、告白する日なんだって!」マリンも大きな瞳をきらきらさせて言う。 ティファは眼の前が真っ白・・・いや真っ暗になった。 何も知らないのが救いだったクラウドに、それもマリンが的確に伝えてしまうなんて・・・ クラウドはどう思うだろう、今までそんな事した事ない・・・クラウドの事だから、”自分は愛されてないんじゃないか” と、思うに違いない。ティファは焦った。心の中で何度も『知らなかった、知らなかったのよ。知ってたら確実に今までだって クラウドに渡してたもの!!』と繰り返した。
「ティファ・・・もういいか?」ティファはクラウドの声に我に返った。真っ暗な世界から急に戻されたティファの眼には クラウドの日の光を受けてきらきらと輝く金の髪は眩しすぎた。ティファは思わず眼を逸らす。 「どうかしたか?飯・・・行くんだろ?」クラウドは訝しげにティファを見る。 ティファはクラウドの顔をよく見てみる事にした。クラウドの表情を読み取るのが得意な自分なら、 クラウドが今、何を考えてどんな気持ちでいるのか分かる筈。ティファはクラウドに近づくとその顔をまじまじと見つめた。 ティファの勢いに子供達はクラウドから飛び退いて、ティファの行動をまじまじと見ている。 「なんだよ・・・」クラウドがティファを見下ろす。 「・・・・・・・・・・・・」む・・・無表情・・・ティファはガクッと肩を落とした。 今のティファにはクラウドの表情が読み取れなかった。何を考えているのかもさっぱりだ。 『きっと、傷ついて最大限に心をシャットアウトしちゃったんだ・・・』 ティファはとにかく今は誤解を解きたくても子供達の前で変な事は言えないと思い、普通を装う事にした。 「うん、顔色も悪くないみたいだし!い、いきましょ!」ティファはクラウドの前を歩き出した。 「・・・なんなんだ・・・」クラウドは不自然なティファの言動に小首を傾げた。
エッジの街は真ん中の記念碑を囲む様にビルや商店が建てられ、その様子は何時でも工事中といった感じだ。 デンゼルとマリンが時折建築現場の下を通ると、クラウドは思わず上を確認する。 今にも落ちてきそうな鉄材や工具に冷やりとした感覚が全身を駆け抜ける。 「子供達には街の真ん中を歩かせない・・・と・・・危ない!!」クラウドはその場を勢いよく飛び出した。 とっさの事にティファは何が起こったのか分からず、クラウドの姿を探す。 キキキキーーー!ダーン!「クラウド!!」ティファは音のなった方向にクラウドを見つけると走り出した。 「気をつけやがれ!!!ばっかやろお!!死にてえのか!!」 トラックに乗った大きな男が怒鳴った。その前には地面に伏せているクラウドの姿。 ティファは息が出来なくなった。口を手で押さえてゆっくりと近づく。 「ティファ!!」マリンが叫んでティファに駆け寄った。 「マリン!!」ティファは視線をクラウドに置いたままマリンを抱きしめた。 「デンゼルが!!クラウドが!!ト、ト、トラックに・・・!!」マリンの大きな眼は見開いていて、涙が溢れて流れ出す。 「・・・デンゼル・・・クラウド・・・」ティファはマリンの肩を抱いたまま倒れているクラウドの側に歩み寄る。 「おい!!!こいつの連れか!!もう死んだんじゃねえか!!?へっへ、じゃあな!」 大男は悪態ついてトラックを勢いよくバックさせると向きを変えて走り去った。 ティファはそれに目もくれず、しゃがんで二人の様子を確かめる。 「クラウド!デンゼル!!」マリンの声が響き渡る。いつの間にか周りに人が集まって、その光景を固唾を飲んで見守っていた。 「う・・・」と小さな声が漏れる。「デンゼル!!」ティファは叫びクラウドを揺すった。「クラウド!!」 するとクラウドが俯いたまま身体を起こそうと肘を付く。その隙間からデンゼルが這い出して来た。 「はあはあ・・・・ティファ・・・」デンゼルが手を伸ばす。ティファはその手の脇を掴んで引っ張り出した。 途端にクラウドが崩れた。「デンゼル!!大丈夫!?どこか痛い?」ティファはデンゼルを膝の上に横向きに座らせ、背中を支えた。 「お、俺は大丈夫・・・クラウドが守ってくれたから・・・」デンゼルは地面に伏せているクラウドに手を伸ばす。 「マリン!デンゼルをお願い!」ティファはデンゼルをその場に座らせるとマリンに預けた。 マリンはクラウドの顔を覗きこんでいたが、すぐにデンゼルに駆けつける。
街行くトラックや人は、見守る人々とティファ達を避けて通り過ぎて行く。
「クラウド!!」ティファがクラウドを覗きこんだ。クラウドの金の髪が赤く染まっている。 ティファの手は振るえ、口はカラカラになった。その震える手でクラウドの肩に手を置く。 「う・・・・デンゼルに怪我はないか・・・」クラウドが苦痛に顔を歪め頭を上げる。 ティファの目が見開いた。クラウドの額から頬を伝って流れ落ちる真っ赤な鮮血。 「ク・・・クラウド!!」ティファは慌ててバッグからハンカチを取り出しクラウドの額に当てる。しかし、 クラウドはそれに気を取られる事無くやおら立ち上がった。ティファはしゃがみこんだままハンカチを握り締め、クラウドを見上げる。 「大丈夫だ・・・それより・・・デンゼルは・・・」クラウドは座り込んでいるデンゼルの側にしゃがみ込んで顔を覗いた。 デンゼルは恐怖からか顔は青ざめ、泣いてはいるが、外傷は見当たらない。 クラウドがデンゼルの頭を軽く撫で「怪我、なくてよかった・・・」と呟いた。 「クラウドオオオ!!ごめんなさい!!俺が周りを見ないで飛び出したんだ!!」デンゼルが俯いたままクラウドにしがみ付く。 「これからは・・・気を付けろよ・・・」大した慰めの言葉は言えなかったが、デンゼルは何度も頷いてついに嗚咽を上げた。 ティファがしゃがみ込んでクラウドの額をハンカチで押さえる。もう出血は止まっているようだ。 マリンがクラウドを見て、狼狽えている。ティファの背中にしがみ付きクラウドの顔に視線を泳がせていた。 出血は止まったがクラウドの髪と顔の左側は流れた血で染まっている。 「マリン・・・すこし切れただけだ・・・大丈夫だから・・・」 クラウドが声を掛けると、そっと頷いてティファの後ろから出てクラウドにしがみ付く。 それに反応したデンゼルが顔を上げた。「ク、ク、ク・・・ち、ち、ち・・・」驚愕に見開かれた目、パクパクと開く口。 デンゼルは益々顔を青くする。クラウドは息を付くとデンゼルの背中をバシッと叩く。驚いて顔を上げるデンゼルに 「立てるか?・・・ほら・・・」とクラウドが立ち上がって手を差し出した。デンゼルは頷いてクラウドの手を引いて立ち上がった。 続いてティファとマリンも立ち上がる。
見守っていた人々はこの舞台が終演を向かえたと知って、散り散りになって動きはじめた。
「ティファ・・・すまない・・・マフラーが・・・」クラウドは首に巻かれたティファのマフラーを引っ張って見せた。 真っ白だったマフラーは地面にすれて灰色になり血液によって赤黒く染められていた。 「・・・・ぷ・・・」ティファは笑い出した。膝に手を付いて、肩を大きく震わして俯いて笑った。 「ティファ・・・?」クラウドはティファがおかしくなったのかとその両肩に手を置く。子供達は唖然としている。 「・・・こ・・・怖かった・・・怖かったの・・・二人がもし・・・よかった・・・」 ティファの笑いは止まったが肩の震えは止まらない。透明な雫がパタパタと地面に落ちる。 「でも・・・クラウドが怪我して・・・私・・・何も出来なかった・・・」ティファはそのままの格好で泣き続けた。 「ティファ・・・顔、上げてくれ・・・」クラウドはティファの両肩に置いた手に力を込めてティファの顔を上げようとした。 しかしティファはそれを拒否する。頭を大きく振って更にうな垂れる。 子供達はしゃがみ込みティファの顔を覗きこんだ。 「ティファ・・・ごめんなさい。おれの所為で・・・」「ティファ・・・泣いちゃやだ。私も悲しくなるよ・・・」 ティファは濡れた瞳で子供達を見た。二人はとても心配そうにその可愛い顔を歪めている。 『こんなにも心配させて、辛い顔させて・・・怖い思いしたのは私よりこの子達と、クラウド・・・』 ティファは手で涙を拭って顔を上げ、そしてクラウドに頭を下げる。 「ごめんなさい!私がちゃんと注意していたら、こんな危険な目に遭わせないで済んだのに・・・ごめんなさい」 クラウドは僅かに瞳を大きくさせ、ティファの様子に驚いたが、その表情を和らげ口を開く。 「ティファやマリン・・・それからデンゼルに怪我がなくてよかった・・・。 お前たちに何かあったら、俺はどう責任を取ればいいんだ・・・」 ティファの涙はクラウドの黒いコートに滲みこんでいった。
「あ・・・雪だ!!見てデンゼル!!」 「うわ〜本当だ!!マリン!きれいだなあ!」
青い空からひらひらと落ちてくる真っ白な雪。 家族四人で空を見上げる。 汚れたマフラーの代わりだと寒空からの贈り物。 やがて空一面雪雲に覆われて、この日の夜には珍しくエッジの街をすっかり銀世界に変えていた。
「クラウド・・・ほら、ガーゼで傷・・・」 「だから・・・いいって言ってるだろ・・・」 「だめだめ!ばい菌が入ったら大変な事になるから」 「やめろ!そんなの大げさだ」 ティファがクラウドの傷の手当をしている中、子供達はエッジで買って来たチョコレートを頬張る。 「・・・こういうのがバレンタインデー?」デンゼルが小首を傾げてマリンを見る。 「・・・ちがうと思う。私が食べてる時点で何か間違ってる・・・う〜ん」マリンが唸る。 「なあなあ、クラウドも食べろよ〜おいしいよ!」 「・・・俺はどうも甘いのは苦手だ・・・」 クラウドはデンゼルに差し出されたチョコレートを煩わしそうに横目で見て拒否する。 「チョコはおいしいかもしれないわよ?」ティファはデンゼルの手からそっと取ると一口食べた。 「うん!おいしい!クラウドはチョコ食べた事ないの?」 「子供の頃は食べたんじゃないか?」 ティファの質問に疑問で返すクラウドに皆笑った。 「・・・あんまり覚えてないな・・・」 クラウドは天井を見つめて思い出そうとするが、子供の自分がチョコレートを食べている姿は見当たらなかった。 「・・・じゃ、食べてみて!」そう言って、天井を見上げて少し開いたクラウドの口の中にチョコを押し込んだ。 「う・・・なにする・・・」「ああ!!出さないで!食べてみて?口のなかでとろ〜り溶けてきて甘さがふわ〜と・・・」 ティファが宣伝のような説明をした。子供達はまた笑って、クラウドの反応を待っている。 「・・・・・・・・・」「・・・・・・どう?」ティファの問いにクラウドは頷いた。 ティファと子供達の顔がパーッと明るくなる。ティファは両手を合わせて口元に当て、子供達は手を叩いて喜んだ。 「・・・大げさだな・・・」クラウドは目を丸くしてその様子を見ていた。
「子供達眠った?」ティファは夕食の後片付けをしながら、二階から下りてきたクラウドに声を掛ける。 「ああ・・・なかなか興奮して寝てくれなかった・・・雪遊びなんて初めてだったからな・・・」クラウドが癖のある頭を掻いた。 「・・・クラウド・・・一緒に寝てたでしょ・・・?」ティファはクラウドの顔を横目上目遣いで眉を上げて見た。 「・・・仕方ないだろ・・・眠くなるだろ・・・」クラウドは眼を泳がす。 「うふふ・・・そのまま、寝ちゃうのかと思ってた」ティファは洗い物の手を止めてロックグラスに手を伸ばす。 座って・・・そうクラウドに言うと、アイスピックで大きめに氷を砕いた。 カウンターの真ん中のスツールに腰掛け、手際よく動くティファの手元を見つめながら、今日一日を振り返る。 仕事が相次いでキャンセルとなり、臨時休業。 家族でエッジに出かけて、事故。 ティファとマリンが急いで買い出し。 その間に工事現場の水道で顔を洗う。(タオルがなくて乾く前に凍りそうだった。一緒にいたデンゼルが笑った。) その後ちゃっかり昼食を摂る(ティファは帰ろうと言っていたが・・・これも家族の貴重な時間だ) 家に帰り傷の手当(それより、トラックに激突した時の脳震盪の方がやばかったぞ・・・) チョコレートはなかなか旨かった。 家族で夕食・・・仕事でなかなか一緒に食事を摂れない家族にとって貴重で楽しい時間を過ごした。 この為、セブンスヘブンも臨時休業。ティファは今日は稼ぎ時だろうと思ったが、折角の家族の時間を優先させた。 その後、初めての雪遊びに付き合い、シャワーを浴び、子供達を寝かしつけ、自分もうっかり寝てしまう。 そして今に至る。 クラウドの頭にはティファにとって重要な部分が入っていなかった。
「おまたせ」コトリと置かれたロックグラスにクラウドは顔を上げた。いつの間にかティファの手から視線が外れ カウンターに映る天井に吊るされた、照明の光を見つめてぼんやりしていた。 「あ・・・ああ・・・」クラウドは置かれたグラスに手を掛けた。 「それは最近エッジで造られた蒸留酒なの・・・結構キツイわよ?」ティファが目を細めてクラウドを見据える。 「エッジで?ついに酒まで造り出したか・・・」クラウドはグラスに浮かんだ氷をクルリ指で回すとそれを口に運んだ。 「・・・・・・どう?」ティファが真剣な目で聞く。「・・・いける・・・」クラウドはティファに頷く。 ティファは笑顔を返すと、自分のグラスを持ってカウンターを周りクラウドの左隣に腰掛けた。 「・・・今日バレンタインデーだったね・・・私、知らなかったの・・・だからこれ・・・チョコはさっき食べちゃったし・・・」 ティファは少し悲しそうな瞳をクラウドに向け、ロックグラスを軽く上げた。 「・・・ああ、デンゼルとマリンが何か言っていたな・・・」 クラウドはティファが知らなかったという事には問題を感じないらしく、さらりと流した。 「やっぱりクラウドも知らなかったんだ・・・」知らないままでよかったのに・・・ ティファの重いトーンに疑問じたクラウドは小首を傾げてティファを見た。 ティファはクラウドを見つめて話し出した。バレンタインデーの発祥の事、自分が今まで知らなかった事、知っていたらきっと・・・ 「きっと・・・絶対クラウドに渡してたよ?でもどうして今まで知らなかったのかと思うと・・・」 「別に知らないことなんて、沢山あるだろ・・・その中のひとつだった。それだけだろ?」 クラウドはグラスを手にティファにとっては冷たい言葉を返し、一口飲んだ。 「・・・うん」ティファのトーンはまだ重い。 「仕方ない・・・そんな事に感けて生きていけるような人生じゃなかったんだ・・・」 クラウドはグラスを置いてティファを横目で見る。そしてグラスに視線を落とし柔らかく口元を緩めた。 ティファはそんなクラウドの表情に胸がギュっと詰まる思いがした。 「クラウド・・・あのね・・・でも・・・」ティファが何か気の利いた事を言おうとしたが、再びクラウドが口を開く。 「だが、これからは違うだろ・・・?いつでも傍にいるからな・・・その・・・大切な・・・」 クラウドは表現下手だった。言葉に詰まって黙ってしまった。 「クラウド・・・うん・・・そうだよね・・・いつでも傍にいて大切な人に気持ちを伝えられる・・・」 顔を赤くして俯くクラウドにティファはやさしく微笑み掛けると、自分のグラスに視線を落とした。 「・・・何も、一年に一回じゃなくてもいいはずだ・・・だいたいそんな祭り事に踊らされるティファもどうかしてるぞ・・・」 クラウドは照れ隠しなのか静かに悪態ついて見せた。ティファはクスクス笑ってグラスに口をつけた。 「・・・・でもまあ・・・年に一度はこんな日があってもいいかもな・・・」クラウドは視線をティファの口元に合わす。 「どっちな・・・の?・・・」ティファはクラウドに顔を向けると急に勢いをなくして、 クラウドの伏し目がちになった紺碧の瞳とそれにかかる睫に気を取られた。 クラウドは顔を近づけるがティファが逃げるのではないかと躊躇する。ティファはクラウドの口元に視線を移し僅かに微笑んだ。 クラウドはほっとして再び顔を近づけてティファのふんわりと柔らかい唇にそっと自分の唇を重ねる。 ティファは瞳を閉じてクラウドの薄い唇を迎えいれた。 クラウドのツンツンした髪がティファの頬と耳元を擽る。ティファはクラウドが唇を離すまでそのくすぐったさを我慢した。 やがて、クラウドが離れるとティファはクラウドの髪を額にそって両手の指でなぞった。 「くすぐったいの・・・クラウドの髪・・・短く切ろうか・・・」ティファがふっと笑った。 「え・・・切る・・・のか?」クラウドは呆気に取られたように目を丸くした。 「クス・・・冗談・・・痛かった?」ティファはクラウドの左眉の少し上に付いた傷の側で指を止めた。 「ガラスの破片か何かで切ったらしい・・・」クラウドが無表情で言った。 「今のは本当に何とも思ってないって顔ね・・・」 ティファが口にした言葉の趣旨が分からずに、クラウドは、ん?と首を傾げた。 「うんん・・・気にしないで!」ティファが安心したように微笑んだ。 その微笑みがあまりに綺麗で、愛おしく感じ、そして切なくなってクラウドはティファを引き寄せ両腕できつく抱きしめた。 「クラウド・・・」ティファはクラウドらしくない行動に一驚した。 「・・・・・・」クラウドは何も答えない。ティファは黙って身を任すことにした。 クラウドの硬い背中に手を添えると、更にきつく抱きしめてくる。 クラウドはこの幸せが怖かった。平和、安らぎと無縁だったあの旅の途中と違って、この穏やかな時の流れが現実感を失い いつか止まってしまうような気がして怖かった。 クラウドの温もり、そして気持ちが伝わって来るような感覚にティファは瞳を閉じた。その睫の間から一筋の涙が頬を伝う。 『これはきっと私のじゃなく、クラウドの涙・・・』ティファはそう思った。 二人は長い間お互いの存在を感じる為、また愛を確かめ合うように・・・抱きしめ合っていた。 もう二度と離れ離れにならないように・・・強く。
翌朝、溶けかけた店先の雪だるまと、デンゼルとマリンの叫びで新たな一日が始まる。 「うわあ!!チョコレート!!サンタからのプレゼント!?」 「それは、クリスマスでしょう!!?」 「そっか!だれからだろう!!」「だから・・・わたし!!」 「なあんだ・・・寝てる間に誰か置いて行ったのかと思った・・・」 「だからそれはクリスマスだってばあ!!」 「何で昨日くれなかったんだよ!!もう終わってるよ?クリスマス・・・」 「クリスマスよ!!!・・・ちがう!!バレンタイン!!」 「おお!!てことはマリンはおれが好きなんだあ!!」 「・・・返して・・・」 「え?」 「もう!!返してーーー!!」 「一人で食べる気か!!?これは渡せないぞ!!」 「・・・・・・かえせーーーーー!!!」 ぐに〜〜〜!! 「ぎゃあああああああああ!!!!」
END
二月十四日 Valentine・・・ いつも私の書いた下手なお話しを読んで頂いてるお礼と言ってはなんですが こんなのでよければお持ち帰り下さい!これも下手なお話ですが・・・(^^ゞ Meloviewなりの解釈で書いてみました。 お世話になっておりますサイト様転載OKです。と言いますか、そうしていただけると感無量でございます。 二月末までフリー配布です。 感想♪ |