クラウドが帰って来てくれた。

大好きな クラウド。

俺の憧れ。

ティファもマリンも嬉しそうに笑ってる。

クラウドは もうどこにも行かない。

一ヶ月前、指切りしてくれたクラウドの優しい笑顔を 俺は信じてる。

 

 

 

 

 

 

 

 嘘吐きの素顔

 

 

 

 

 

 

 

 

木陰に置いていたサッカーボールは いつの間にかすっかりそこからはみ出して、明るい陽に晒されていた。

知らないうちにずいぶんと太陽が西に傾いたみたいだ。

さっき キャンセルが出たから今日は仕事を切り上げて、もうすぐ帰るって クラウドからティファの携帯に連絡が入った。

陽が落ちるまでの わずかな時間。

夕食までのクラウドの空いた時間を独占したくて、クラウドが辿るはずの通りに面したこの公園で待ち伏せている。

マリンは今、家で明日のおやつのチーズスフレとかってやつの焼き方をティファに教えてもらってる。

だから俺は、最近友達との遊びで流行っているサッカーをクラウドに教えてもらうんだ。

サッカーって結構難しい。ボールのコントロールがうまく行かなくて足がもつれそうになる。

クラウド、サッカー出来るのかな?なんてティファは首を傾げてたけど、クラウドなら何でも出来るはず…ってちょっと期待してる。

……それにしても、まだかなあ、クラウド。

すぐ飛び降りられるようにブランコを漕ぐのも控えめにして、じっと通りを睨んでいるのにも飽き飽きしていたら

大きなバイクを軽々と押して歩いて来るクラウドの姿をやっと見つけた。

人通りの多いこの道を、クラウドはいつもそうして帰ってくるから、呼び止めるのは簡単。

緩く揺れるブランコから勢い良く降りて、駆け出した。

そのとき、通りの向こうから俺より先にクラウドに近付いた人影があった。

見たことのある顔……。

咄嗟に、公園を囲うようにして植えられている茂みの陰にしゃがんで、隠れた。

だって、あの人、前からティファにしつこく言い寄ってたお客さんだ。

嫌な予感で、心臓がドキドキした。

 

「話って?」

人通りを避けて道の脇に寄ってきたらしいクラウドの怪訝そうな声が、顔を出したらすぐ見つかりそうなぐらい近くで聞こえた。

…………

沈黙が、余計に心臓をドキドキさせる。

ほんと、何を言う気なんだよ。あの客。

 

「……彼女を振り回すのはもうやめてくれないか」

!?

震え気味の客の声…「彼女」って多分ティファのことだろうけど…随分偉そうな言い方だと思った。

「………」 

クラウドは答えない。

「気まぐれに出て行ったかと思ったら、また気まぐれに戻ってきて…俺にはあんたが真剣に彼女のことを考えてるとは思えない」

「………」

「あんたが出て行ったあと、彼女がどれだけ弱っちまったか知ってるか?」

「………」

「あんな姿はもう見たくない。彼女を幸せに出来ないなら…今すぐ離れてくれ。

あんた、その風貌だ。他にも女が居るんだろう?!別に彼女じゃなくてもいいんだろう?」

「………」

しゃがみ込んだ足元の土を俺はぎゅっと握り締めた。

――クラウド!何で黙ってるんだよ!言い返せよ!

クラウドが、俺と同じ病気にかかっていた事は、マリンに聞いて知ってる。

クラウドは、気まぐれに出て行ったんじゃない。クラウドは…

 

「――何が可笑しい!?」

怒気を含んだ客の声がさっきよりも震えていた。

「じゃあアンタが俺の代わりに彼女を幸せにするって言うのか?」

相手とは対照的に 嘲笑を含んだクラウドの声。

客が、憤りか興奮かで震える声を絞り出す。

「彼女さえ…彼女さえ承諾してくれれば、俺はあんたなんかよりずっと、彼女を幸せに…

「承諾?何を寝呆けてる?そんなことはあり得ない」

客の声を遮って、クラウドの張りのある低い声が響いた。

「今までもこれからも、ティファが受け入れる男は俺だけだ。例え俺が彼女を幸せに出来なくても」

「…呆れたな。あんた、どこまで自惚れて…」

「自惚れじゃない。事実だ。彼女は俺を必要としている。だから、俺が彼女をどうしようと俺の自由だ。

捨てようが別れようがアンタに指図される覚えはない。せいぜい指を咥えて見てるんだな」

 

――クラウド?

何か、変だ。そんな言葉…いつものクラウドらしくない。

まるで…

 

――鈍い音がした。

 

「最低だ、あんたって男は…!」

そういい捨てて、客が去って行く気配がした。

 

…まるで、無理して悪ぶってるみたいな言い方。

クラウド…わざとあの客を怒らせた?

そうなんだよね?

だけど、どうしてそんな事をするのか、理由がわからない。

 

「デンゼル、居るんだろ?」

 

うずくまっていた背中に声を掛けられて、心臓が飛び出すぐらい驚いた。

そろそろと見上げると、クラウドが茂みの上から覗き込んでいた。

口の端に、血が付いている。

さっきの鈍い音は、クラウドが殴られた時の――。

「クラウド、どうして…」

「気配でわかった。それに、デンゼルが公園で待ってるって、ティファから連絡があった」

「いや、そうじゃなくて…」

「…………」

俺が聞きたいことが何なのか伝わったようで、クラウドはふと口元を緩めて公園のベンチに目を向けた。

「あっちで話そうか、デンゼル」

 

 

俺は、公園の水道で濡らしたハンカチを固く絞ると、ベンチに座るクラウドに手渡した。

「ああ、悪い」

クラウドは薄く笑って、それで口元の血を拭った。

「…どうしてだよ」

「…どうしてあんな事言ったのか、か?」

俺は頷いてクラウドの隣に座った。

クラウドはさっきの客への態度とはまるで違う、穏やかな瞳で、前を見据えていた。

「俺は……俺は多分、自分が許せないんだ。何も言わず家を出たこと。ティファやお前たちに心配をかけたこと…」

クラウドの横顔が、翳る。

「ティファもお前たちも、俺を決して責めない。もちろん、責めて欲しいわけじゃない。ただ…何て言ったら良いんだろうな。

今みたいに自分の仕出かした罪の重さを突きつけられるとさ、自分自身を…痛め付けたくなるんだ……解るか…?」

 

……わかるような気はする。

自分がすごく悪い事をしたって反省してるんだろ?

だからわざとあんな口をきいて、自分を悪者に見せて、自分で自分を…罰している…って事なの?

でも…でもさ、クラウド…

 

「…それってなんだか、ひねくれてない?」 

正直にそう答えた俺を見下ろして、クラウドは小さく笑った。

「そうかもな…仮に今みたいな事をティファやお前たちに言われたら、落ち込んで立ち直れなくなりそうだしな」

「そんなこと、ティファも俺たちも、思ってないし、言わないよ」

「ああ、わかってる」

「クラウドにはクラウドなりの理由があったんだって、俺にだってわかる。だから…クラウドが本当のこと言わないのが、俺は悔しいよ」

 

そうだよ。俺は、悔しさでいっぱいだった。

あの客は、クラウドのことを「最低の男」って言った。

 

「本当の事は、ティファと、お前たちが知っていてくれればいい」 

クラウドは視線をまた前に戻して、口元を緩めた穏やかな顔でそう言う。

「俺こそ、ティファを必要としてるって事。誰にも渡すつもりなんか無いって事。出来れば俺が…一生、守りたいって事」

「クラウド…」

「もちろん、お前たちの事も、だぞ?」

 

包み込んでくれるような優しい笑顔に、泣きそうになった。

素直に、あいつにそう言えば良かったのに。

俺の憧れのヒーローは、ちょっとひねくれてる。

 

だけど、大人だな、とも思う。

子供の俺には、クラウドが最低だなんて誤解されたままなのが 歯がゆくて悔しくて、仕方が無いよ。

 

「そういうこと、ちゃんとティファには言ったのかよ」

行き場の無い腹立たしさを ぶつけた。

「ん?いや…それは…」

大人なクラウドは、きっと受け止めてくれるから…ちょっと甘えた。

「言ってないなら、ちゃんと言えよな!じゃないと、俺がティファに今日の事全部言うからな!」

ベンチからすっくと立ち上がった俺を、クラウドは目を瞬いて見つめた。

「それは…勘弁してくれ…」

「じゃあ、自分で言えよ?約束だぞ!言うまでしつこく確認するからな!」

「参ったな…なんで怒ってるんだよ?デンゼル」

「腹立つんだよ!!」

「…俺にか?」

「クラウドは悪くない!悪くないけど…なんだか腹立つ!!」

 

苦笑いする、クラウド。

 

 

茜色に包まれた公園で、一度だけ。

オレンジに色付いたサッカーボールをクラウドに向けて蹴飛ばした。

片足で器用にそれをキャッチした人の笑顔も 柔らかで優しい茜色に滲んでいた。

 

ああ――やっぱりクラウドは、カッコイイな。

 

今度の休日、一日サッカーに付き合ってくれるって約束で

俺の気は少しだけ、晴れた。

 

 

 

 

 

 

 

 

FIN

 


マナフィッシュさんから頂いた、98589hitリクエストです。

先ずは、リクに沿っていないことを深くお詫び申し上げます。

リク内容は「クラウドとティファがお互いの追っかけ(ストーカー)に別々の場所で鉢合わせして

自分の気持ちをビシッと決めるのを、デンマリが物陰で発見」 でした…。

クラウドサイドだけで完結してしまいました。ごーめーんーなーさーーい!!

ティファサイドの構想もしましたが、どうもしっくり来るものが浮かばず…これでご容赦ください…。

クラウド、びしっと決めてないけど…。デンゼルに怒られてるけど…(笑)マナフィッシュさんに押し付けます。

リクエスト、ありがとうございました!!また機会があれば次はリベンジします!

 

2007.04.24


 夏生さん♪

 もう、めちゃくちゃ素敵なお話しにして下さって本当に感謝です!!
 こんなにカッコイイ、クラウド……私は書けません(キッパリ)。

 本当に素敵過ぎて……胸が一杯……(;;)。
 こんなシーンを是非ムービーで見たいです!!
 とっても素敵なお話しを本当にありがとうございました!!