「…綺麗だな」

 ポツリと零れた呟きは、夕陽の中にスーッと溶けていった。



Twilight




 何の変哲もない草原。
 どこにでもあるような…景色。
 だが、それでもクラウドは素直にそう思った。

 もう日が暮れる。
 急がないと次の町まではまだ結構距離がある。
 だが…。

「……綺麗だな…本当に…」

 茜色に染まる空。
 その空にポッカリと浮かんでいる白い月。
 輪郭がぼやけているが、もう少し時間が経てば夜空にくっきりとその姿を現すだろう。
 羊雲を纏うようにしてポッカリと浮かぶ白い月。
 その夕空が何とも言えず……疲れた心に染み渡るようで…。

「……見せたいな…」

 零れる言葉。
 自然に動く手。
 掲げたカメラは迷う事無くそのファインダーに美しい夕空を収めた。

 ふと視線を下ろす。
 足元で名も知らない小さな白い花が揺れていた。
 ミッドガルにある教会とは違うその白い花。
 夕陽に染められてオレンジ色に揺れる可憐な花は、まるで……。

「ティファみたいだ…」

 ふと気付くと傍にいてくれている……そんな女性(ひと)に、この花が…名も知らない花が似ているような気がした。
 またシャッターを切る。

「……行くか…」

 また独り言を呟くと、名残惜しげにその花を見つめ、エンジンを吹かせた。

 花がエンジンに吹き飛ばされないか一瞬心配したが、野の草花が強いという証のように、その花は大きく揺れたが花びらを一枚も落とさないで凛と咲き誇っていた。

「…本当に…ティファみたいだな…」

 口元を綻ばせてクラウドは愛車を走らせた。





『それでね〜、すっごく今日は夕陽が綺麗だったんだよ!』
「ああ、俺のいる所も綺麗だった。写真を撮ったからまた皆で見よう」
『え!?本当に!?!?すっごーい、ティファ〜、クラウドの所も今日は夕陽が綺麗だったんだって〜!』

 家に帰れない日は必ず携帯で『家族と会話』をする。
 携帯から聞える子供達の可愛い声。
 大切な人の温かな声音。
 耳から伝わってくるそれらに心が和む。

 本当は……。
 聞くだけじゃなくて顔が見たい。
 子供達を抱き上げて頬擦りしたいし、愛しい人の温もりを感じたい。
 だが、生きるためには働かなくてはならないわけで、こうして今夜も安宿の冷たいベッドに浅く腰を掛けて携帯を握り締める。
 辿り着いた今夜の宿が夕食を出せるギリギリの時間に滑り込んだクラウドは、宿屋のオヤジと姐さんにイヤそうな顔を向けられた。
 無愛想に、宿賃は前払いだと言われ、脂ぎった手をズイッと出される。

『………客商売だろ…?』

 などと不満に思いながら、負けず劣らず愛想のない顔でギルを乗せ、汚い小さな部屋に荷物を放り込んだ。
 そして、これまた小さい食堂でティファの手料理からかけ離れたマズイ夕食を胃に押し込み、部屋に戻った。
 拷問にも近い夕食後。
 本当なら食後独特の満足感があるはずなのに、今夜はその身体に残されたのは何とも言いようもない『重さ』。
 胃が重い…。
 胃が重いと…身体全部が重く感じられる。
 そうして気分が憂鬱になる。
 しかし、そんな身体に携帯から聞こえる子供達とティファの声が力をくれるようだ。


『クラウド、明日は帰ってこれる?』
「…いや、多分明後日の夕方くらいだろうな…」
『そっかぁ…』
「マリン?」
『クラウド…ちゃんと食べてる?』

 マリンの言葉に、クラウドは小さく噴き出した。
 先ほど、同じ事をデンゼルも言っていたからだ。
 傍にいたマリンは聞いていたはずなのに…。

「ああ、食べてるさ。身体が基本だからな。不味くても食べてるよ」
『本当に…?』
「ああ、本当に」
『………』
「…マリン?」
『…クラウド、ちゃんと明後日は帰ってきてね?もう三日もクラウドの顔、見てないんだもん…』

 滅多にこんなことを言わないマリンの言葉に、スッと笑みが引く。
 胃の中の不味い夕食が小さく踊るような感触がする。

「ああ……帰るよ」

 何とかいつも通りの声を絞り出す。
 動揺している事がバレない様に…。

 きっと。
 デンゼルもマリンも、そしてティファも。
 クラウドが今、『家族に会いたい』と思っているその気持ちに勝つことは出来ないだろう。
 誰よりも…傍にいたい。
 本当は、こんな離れた大陸の配達まで請け負いたくない。
 近場で…。
 極々近場の配達だけを請け負って、毎日必ず家に帰って、家で休んで……。
 そんな生活をしたいと誰よりも思ってる。
 だが、そんな一種のわがままは許されない。
 なにしろ、この星の状態を招いたのは自分達なのだから。
 勿論、あの『闘い』がなければとっくにこの星はジェノバに侵食されてなくなっていたのではあるが…。
 それでも、復興という苦しい状況に追いやってしまったのは自分達だと思っている。
 だからこそ、遠方に荷物を届ける手段を持っていない人達の力にならなくてはならない。


 そう………思っている。


 しかし、そんなクラウドを初めとする英雄達の気持ちを知っている人間が一体どれだけいるだろう?
 いや、むしろ。
 他の何も知らない第三者がクラウドとティファ、そして他の英雄達の生き様を見たら、

 ― なんと勿体無い! ―
 ― 英雄なんだから、悠々自適に余生を送るもんじゃん!? ―

 などと思うだろう。
 だが、『英雄』という肩書きを世間から与えられても尚、クラウド達は普通の…一般人同様な生活を送っている。
 いや、むしろその辺の浮ついた雰囲気を醸し出している同年代の青年達と比べたら働きすぎなくらいだろう。

 血の繋がっていない子供を二人も養い、時にはWROのSOSを受けて危険な任務に同行する。
 エッジという復興が急速に進んでいる街に一つの店を構え、切り盛りしていくのは…並大抵な努力では無理だ。

 そうやってこの若い英雄二人は力を合わせて『四人家族』という絆を手にしている。
 勿論、子供達も負けず劣らず英雄二人を支え、助けていた。
 誰が欠けても…ダメ。
 だから、今日もクラウドはイヤな客の応対に走り回り、ティファはセブンスヘブンの店長として、また子供達はかけがえのない労働力として尽力した。

 だから…。
 時として何も知らない『おのぼりさん』がセブンスヘブンを訪れては心無い言葉を子供達やティファに浴びせる事もある。
 もしかしたら……今夜もそんな事があったのかもしれない。
 マリンが、会いたいとわがままを言ってくれたのだから…。
 だが…。
 今、こうして携帯で問いただす事は不可能だ。
 子供達もティファも、声音をごまかすのが上手だし、よしんばいつもと違う事に気付いて指摘したとしても携帯を切られたらそれで終わりだ。
 そんな気分の悪い終り方をするくらいなら、甘えられる気分のまま……居心地の良い気分のまま携帯を切って、家に帰ってからゆっくり話しを聞いたほうが良い。

 これは逆の立場の時にも言える。
 クラウドがイヤなことがあったとき。
 それに気づいた子供達やティファがそれとなく話を聞きだそうとするが、クラウドは絶対に何があったのかは言わない。
 子供達とティファも、下手に追求しない。
 そして、疲れた身体を引きずるようにして帰宅したクラウドを温かく迎え、落ち着いてきた頃に上手に聞き出すのだ。
 その時には、何のわだかまりもなくクラウドは起こった出来事を口に出来た。

 だから、今はこの居心地の良い時間に身を委ねる。
 それが暗黙の了解のように……。


『じゃ、クラウド…』
「ああ…」
『また…明日ね』
「ああ…」
『……クラウド…』
「ん?」
『………』
「………」
『………』
「……ティファ」
『………なに?』
「…絶対に明後日には帰るから」
『うん…』
「……デンゼルとマリンにお休みって言ってくれるか?」
『……言ってたでしょ?』
「ああ…まぁ…。そうだけど…」
『ふふ…うん。言っとくね』
「……それから…」
『うん?』
「………あ〜…あ、…あい……」
『え?』
「ゴホンッ!いや…そのなんでも……」
『………』
「………」
『……ふふ…』
「…ティファ…?」
『クラウド…私も』
「っ!……あ、ああ……そ、そうか……?」
『…うん………
当たり前でしょう……』
「…あ、ありがとう…」
『えっと……それじゃ、お休み』
「…お、お休み」


 切れた携帯を見つめ、満ち足りた笑みを浮かべてそのまま仰向けにベッドに転がる。
 脚はベッドから垂らしたまま、だらしなく横になる英雄の姿など、きっと家族と仲間以外、この星に住む人は誰も想像出来ないだろう。

 目を閉じ、耳に残る子供達とティファの声で心を一杯にする。
 そうする事で、また明日も頑張れる力を養う。
 そして……約束どおり明後日には絶対に帰る!
 その為には何が何でもノルマは達成しないといけない。

「ノルマ達成…頑張らないとな」

 呟いてクラウドはシャワーを浴びる為に身を起こした。





「いやぁ、まさかアンタがあの『ジェノバ戦役の英雄』とは!!」

 宿の帳簿を見直しでもしたのだろう。
 朝食を取る為に宿の食堂に下りてきたクラウドを、昨夜の無愛想な宿のオヤジと姐さんが気色の悪い笑みでもって出迎えた。
 大きな声は小さな食堂にイヤというほど響き渡り、食堂にいた他の客達が一斉にクラウドを振り向く。
 誰も彼もが目をまん丸にし、目の前に突如現れた金髪・碧眼の美男子を食い入るように見つめる。
 その遠慮とはかけ離れた視線に曝され、クラウドは朝から居心地の悪い思いを目一杯味わう羽目になった。
 ざわめく食堂から逃げるように、クラウドは背を向けて大股で歩き出した。
 その背に「ちょっと、待っとくれ!サービスするからさ!」「是非、うちの宿を紹介してくれよ!」という無遠慮な声が投げられる。
 それを完全に無視してクラウドは部屋に戻ると、元々少ない荷物を手に宿を飛び出した。

 小さな町はあっという間に後方に小さくなっていく。
 クラウドは愛車を操縦しながら溜め息を吐いた。

「……イヤな一日になりそうだ……」

 言葉にする事で何とか不吉な思いを吹っ切ろうとしたが…。
 そういう『勘』は外れてくれないのが何かの法則らしい。

 昨日に負けず劣らず、クラウドは精神的にも身体的にも疲れ果てた。
 自己中心的な客、頼んでもいないのに歓迎してくれるモンスター達。
 挙句の果てには客と取り引きしていた品物を扱っている店側の不始末で品がないというサイアクの状況。

 何故、自分まで店の従業員と一緒になって客に頭を下げないといけないのだろう……。

 理不尽な思いを目一杯味わい、怒涛の勢いで時間は過ぎた。
 気が付いたら…。

 また茜空には白い月。
 ホッと息を吐き出し、クラウドは愛車を停めた。
 柔らかな草の上に座り込み、暫しボーっとその壮大な自然の姿を目に焼き付ける。
 ホッとしたからだろうか?
 急に今日一日、自分がまともに食べていないことを思い出した。
 朝食は宿のオヤジ達の思わぬ言動で食べ損ね、昼食はモンスターに追い掛け回された為に食べる時間をほとんど取ることが出来なかった。
 口にしたのは…。

「……サンドイッチ一切れと……水……だけか……?」
 どうりで腹が減る…。

 苦笑混じりに呟き、ゴソゴソとポケットを漁る。
 取り出した携帯食を一口齧ると、朧だった空腹が急に強く主張し始めた。
 ほんの数口でそれを食べ終えると、また視線を空に向ける。

「…綺麗だな…」

 昨日とは場所が違うのに、こうして見上げる夕空は疲れた心を優しく包んでくれるようだ。
 土と草の匂いが……心地良い。

「今度…ピクニックに行くか…」

 誰に言うともなくポツリとこぼす。
 きっと、子供達は大喜びするだろう。
 彼女も張り切って弁当を作るはずだ。

「美味い弁当が食べられそうだな」

 彼女がこれまでに作ってくれた弁当を思い出し、クスリと微笑む。
 そして、ティファの手作りの食事を思い出したことで更に空腹が増してしまった。
 のっそりと立ち上がり、ズボンに付いた土と草を簡単にはたく。
 愛車に跨ってふと視線を下ろすと、そこには昨日見たものとは違う野草と花。
 風に吹かれてしなやかに揺れるその小さな姿に、また頬が緩む。

「やっぱり…ティファによく似てるよな」

 昨日と同じ様にその光景をフィルムに収め、クラウドは愛車を走らせた。


『それでさ、今日もすっげ〜夕陽が綺麗だったんだ!』
「そうなのか?俺がいた所も綺麗だったぞ」
『そうなの!?ティファ〜、クラウドの所も夕陽が綺麗だったんだって〜!凄い偶然だよなぁ〜!!』
「…デンゼル、大きな声を出さないでくれ…耳が痛い」
『あ、ごめんごめん!だって、なんか嬉しくてさぁ!一緒にいないのに『一緒にいたみたい』じゃん?』
「…フッ。そうだな」
『なぁなぁ、明日は帰ってこられるのか?』
「ああ。なんとかノルマは達成したからな。明日の夕方には帰れるはずだ」
『やった〜!ティファ、マリン!!明日の夕方には帰ってこられるって〜!!』
『えっ!本当!?』
『じゃ、明日はお店をお休みしないとね』
『『やった〜!!』』
「………デンゼル、だから耳が痛いって…」

 そう言いながらも頬が緩む。
 自分の帰りを手放しで喜んでくれる人がいるというのは何と幸せなことか。
 昨日と負けず劣らず小さな汚い安宿のベッドに身体を預けてそう思う。

『じゃあ、明日は一緒に夕陽が見られるな!』
「ああ…そうだな」
『早く帰って来いよな!待ってるからさ!!』
「ああ、全速力で帰るよ」
『約束だぞ!?』
「ああ、男同士の約束だな」
『へへッ!』
「フッ…」

 嬉しそうに笑う息子の声が耳に心地良い。
 気持ちは既に明日に飛んでいるクラウドに、本日最後の癒しの時間。

『クラウド』
「ん?」
『ちゃんと食べてる?』
「ああ……と言いたいところだけど、今日は食いっぱぐれたな…」
『そんなに忙しかったの?』
「ああ、色々あった。また明日話すよ」
『気をつけてね?身体壊さないでよ?』
「一日くらいまともに食べられなかったからって壊れるような身体じゃないさ」
『そうだけど……』
「…じゃあ、明日の夕食は期待してる」
『うん!任せといて。クラウドの好きなもの沢山作るから!』
「楽しみだな」
『ふふ、私も楽しみ!』
「ん?なにが?」
『もう、何がって…!
クラウドに会えるのが…に決まってるでしょう……』
「………(赤面)」
『………な、何か言ってよ!』
「あ、あっと……その……
俺も…だから…」
『っ!……ほ、本当に…?』
「……本当に…」
『…………嬉しいよ…クラウド』
「…………俺も…」
『えっと…それじゃあ、クラウド、また…明日ね?』
「あ、ああ…」
『ティファ?なんで顔真っ赤なの?』
『デンゼル、ダメだよ邪魔しちゃ…』
『ふ、二人共いつの間に!?…じゃ、じゃあね、クラウド!』

 慌ただしく切れた携帯に、クラウドはポカンとしたが、すぐ我に返ると噴き出した。

 狭い部屋に小さな笑い声が響く。
 ベッドにだらしなく寝転がって汚い天井を見つめながら、思うのは家族の事ばかり。

「明日も…晴れると良いな」

 そうしたら、きっと家族揃って綺麗な夕陽を見られるだろう。
 満面の笑みを浮かべた子供達と、穏やかな微笑を浮かべたティファを胸に描きながら、クラウドは大きく息を吐き出した。
 そして身体を起こして本日初めてのまともな食事を摂りに行く。

 昨日よりは不味くない夕食を胃に収め、疲れた身体を横たえる。


 目が覚めたら…。
 晴れていることを願いながら。




 あとがき

 なんとなく…。
 日常的じゃないのかな…という物を書いてみたくなりまして…。
 きっと、配達の仕事して帰れない時って…あると思うんですよね。
 んでもって、家族に会えなくて疲れが倍増!
 そんな時にも、自然の姿を目にして癒される……というか……。

 でも…。
 そんな描写……書けてないじゃん!!(汗)。
 はい、ここまで読んで下さってありがとうございました!!