麗かなとある午後、事件は起こった。
着信拒否
その日、実に4日振りにクラウドは帰宅した。
本当に…、本当にこんなにも順調に仕事を終える事が出来たのは久し振りだった。
いつもなら、依頼主や、依頼先で問題に巻き込まれたり、道中でモンスターの熱い歓迎を受けたり、様々な要因でスケジュールは狂いがちだった。
それなのに、今回の仕事は最初から最後まで、実に滞りなく事が運び、予定を大幅に繰り上げて帰宅する事が出来たのだ。
これを喜ばずにいられようか!?
クラウドは込上げる笑みを抑え切れず、頬を緩めながら店の扉を押し開けた。
そして、そこで彼の幸福は終わった…。
店に1歩踏み込んだ彼の目に、最初に映ったもの…。
それは、可愛い子供達の愛くるしい笑顔でも、愛しい人の温かな微笑でもなく……。
「来てたのか…」
「あー!何さ〜、来てちゃ悪い〜!?」
「悪い」
「わーー!!ひっどーい!何さ、遠路はるばるやって来た客人に向かってー!!!」
「………」
何故か、ティファの手作りと思しきチーズケーキを、実に幸せそうな顔で口いっぱいに頬張っている、ウータイ出身のお元気娘の姿だった。
クラウドは一気に疲れを覚え、深い深い溜め息を吐きながら身近にあった椅子にドサッと腰を下ろした。
そんなクラウドに、口いっぱいチーズケーキを頬張っていたお元気娘は、非常にわざとらしい素振りで頭を振って見せた。
「やだね〜、こんな昼間からしけた顔してさ!ホント、情けないったら。ちょっと老けたんじゃないの〜?」
「…………」
「全く、ティファもこんなイジイジ男とじゃなくて、もっといい男捕まえりゃ良いのにさ〜!」
「…………」
「ハァ〜、情けなくて涙が出るよ、もっとこう、ビシッとしなよ!ビシッとさ〜!!」
「……、お前、一体何しに来たんだ…?」
「お!?やっと口が利ける様になった?」
「………ハァ〜…」
「あー!本当に失礼な奴だね!!」
「あれ、クラウド!?」
ギャーギャー騒ぐユフィの声を縫うようにして、心地良いティファの声が耳に届いたクラウドは、パッと顔を上げ、愛しい人の姿に目を細めた。
「ああ、ただいま」
「お帰りなさい!!いつ帰ったの!?」
「たった今だ」
嬉しそうに満面の笑みで駆け寄るティファに、沈みきった気分が一気に急上昇する。
ティファの笑顔につられ、自然に頬が緩むクラウドに、ユフィは『ニヤ〜ッ』っと笑うと、
「お〜お〜、二人共、相変わらずの純情、熱愛振りだね〜♪」
と、片手で自分の顔を扇いで見せた。
途端、ティファはピタッと立ち止まり、顔を真っ赤にさせてユフィを睨みつけた。
「も、もう!ユフィ!!」
「いやいや、私の事なんか気にしないで続きやってよ」
「!!!、バカ!!」
「アハハ、ティファって可愛いよね〜!」
「………お前な…」
ティファは真っ赤になって、クラウドの3歩手前でモジモジし、ユフィはカラカラと実に楽しそうに笑っている。
クラウドは、久しぶりのティファとの再開を台無しにされ、改めて目の前でカラカラ笑うお元気娘を叩き出したくなった…。
「それで、一体何しに来たんだよ」
とりあえず、シャワーを浴びて仕事の汗と埃を流し、新しい服に着替えてから、改めてユフィに問い直す。
ユフィは、チーズケーキをすっかり平らげ、新たにティファの作ったオリジナルミックスジュースを堪能していたが、クラウドの問いにご機嫌な顔が『ピシッ』と固まった。
いつもならここで、「なにさー!用がなかったら来ちゃマズイわけ〜!?」とでも言って、突っかかってくるのに、今日に限って何という事だろう!?
「うん、…ちょっとね…」
と、先程の元気はすっかり影を潜め、少々気落ちしている素振りを見せるではないか!
これには、流石のクラウドも驚いて目を丸くした。
そして、カウンターの中でクラウドの為にコーヒーを煎れているティファを咄嗟に見やる。
ティファは、クラウドの視線にすぐ気付き、困ったように微笑んで見せると、コーヒーの入ったカップを2つ、盆に乗せてテーブルにやって来た。
1つをクラウドに、もう1つを手に取ったままクラウドの隣に腰掛ける。
ティファが座ると、ユフィは言い出しにくそうにしながら、口を開いた。
「あのさ、仕事頼みたいんだ」
「仕事?仕事って配達の事か?」
「うん、そう…」
「何を運ぶかによるが、一体何を運ぶんだ?」
「あ〜、うん。それが…」
「ユフィ?」
黙りこんだユフィに、クラウドはますます驚き、そのあまりにも大人しすぎる様子に、気味悪くさえ感じてしまう。
一体、何をさせられると言うのだろう…?
場合によっては、例え仲間でもキッパリ、スッパリ断らなければ、こちらの身が危うい…!!
クラウドが胸中でそう決断を下していると、ティファが苦笑しつつ口を挟んだ。
「ねぇ、ユフィ?やっぱり私から電話かけてみようか?」
「え!?良いよ、そんなの!!!」
「でも、きっと何かの間違いだと思うの…」
「確かめて間違いじゃなかったら、それこそ落ち込んじゃって、二度と這い上がって来れないよ!!」
「……一体、何の話だ?」
二人の会話に全く付いていけず、口を挟んだクラウドに、ティファは困りきっている眼差しを向けた。
「あのね。ユフィからの携帯電話が『着信拒否』されてるんだって…」
「着信拒否!?俺はしてないぞ」
「うん、分かってるわ。クラウドじゃなくてね…」
「ヴィンセントだよ!」
「は!?ヴィンセントが!?」
意外な事情、意外な人物の名前に大いに驚く。
ヴィンセントが着信拒否…。
あの、ヴィンセントが…!?
携帯を持って間のない、ヴィンセントが……!?
まさか、『着信拒否』などというテクニックを駆使してまで、ユフィからの携帯電話を拒否している……!?
クラウドは、いつもは元気バリバリのお元気娘を見つめた。
クラウドの目には、不貞腐れているのか、はたまた落ち込んでいるのか判断し辛いものがあるが、ティファは『落ち込んでいる』と判断しているようだった。
「お前…、着信拒否されるくらい電話したのか…?」
「な……!!んなわけないじゃん!!」
「じゃあ、何で着信拒否されてるんだよ…?」
「……それが分かったら苦労しないよ!」
プイッと横を向いて、頬を膨らませるユフィを、クラウドは少々呆れた目つきで見やった。
「まあ、いい…。それで、一体何を運ぶんだ?」
「……それが……」
話題を強引に配達の件に戻すと、怒るかと思っていたのだが、当のユフィは意外にも再びシュンとなり、クラウドをまたまた驚かせた。
「ヴィンセントの好きなもの…って、何だと思う?」
「え!?好きなもの!?」
「うん。クラウド、何か知ってる?」
「…何かって…」
縋るような眼差しで見つめられ、クラウドは困惑した。
隣にいるティファを見ると、ティファも困りきった表情で自分を見つめている。
クラウドは、突然の難問に頭を抱えた。
「…、そう言えば…ヴィンセントの好きなもの…って、……知らないな…」
ポツリと零れ落ちた結論に、「クラウドも…?」「ハァ〜、クラウドも駄目か…」という残念そうな声が上がる。
「クラウドなら、男の人同士だから何か知ってるかもしれない…ってさっき話をしてたとこだったの」
「……そうか。すまない…」
「クラウドが悪いんじゃないんだから、気にしないで?」
いささか申し訳ない気持ちになるクラウドを、ティファがそっと気遣う。
そんな二人の前で、ユフィはがっかりした面持ちでミックスジュースを不景気そうに啜った。
「それにしても、クラウドも知らないとなると、ナナキに聞いても無駄かな〜…」
「シドはどうだ?意外と何か知ってるかもしれないぞ?」
クラウドの提案に、ユフィは目を剥いて手を振った。
「だーー!!絶対駄目!だって、絶対からかうに決まってるもん!!」
「……俺がからかうとは考えなかったのか…?」
「あったりまえでしょ〜!?ティファがそんな事許すはずないじゃん!ね〜?」
「………おい…」
あまりな言い草に、怒る気力すら湧いてこない。
再びグッタリするクラウドに、ユフィはユフィで再びシュンとなってしまい、店内は一気に暗く、じめじめした雰囲気に転落した。
「あ、あのね、私考えたんだけど、ヴィンセント自身に好きなものを聞いてみるっていうのはどうかな?もちろん、ユフィが関係しているのは内緒にして、私かクラウドが聞くようにして…」
「あ〜、……うん、どうしようかな…」
ティファの提案は中々のものだと思われた。
しかし、ここでクラウドは質問せずにはいられない事があった。
それは…。
「そもそも、何でヴィンセントの『好きなもの』を知りたがるんだ?」
そう、何故『好きなもの』を知りたがるのか…という事だった。
クラウドの質問は至極当然と言えるのだが、この問いに対してユフィはたちまちいつもの元気を取り戻した。
「え〜!そんなのも分かんないの!?」
「……悪かったな…」
「もう、ティファ!何でこんな唐変木が良いのさ!?この機会に、別の良い男探したら!?」
「………帰れ……」
「あー!ひっど〜い!仲間が傷ついてるのに、追い返すの!?もう、ほんっとうに乙女心を理解出来ない上に、度量の狭い男だね!!」
「まぁまぁ、クラウド、落ち着いて…。ホラ、ユフィも言いすぎよ?」
「「だって、ティファ!!」」
「はいはい」
同時に声を上げ、ギンッと睨み合う二人の間に入り、ティファは思わず苦笑した。
「あのね、クラウド。ユフィはヴィンセントの好きなものを贈る事で、『気付かない間にしてしまったかもしれない不愉快』な言動を謝罪したいの」
「……成る程な…」
ティファの説明を受け、漸くクラウドは合点がいった。
当のユフィは、クラウドに説明しているティファの穏やかな眼差しに、喉元まで競り上がっていた『いつもの』お元気発言をグッと飲み込み、フイッとそっぽを向いた。
その横顔は、ほんのりと紅い。
クラウドは、そんなユフィの意外な一面に、本日何度目かの驚きを禁じえなかった。
しかし、ユフィの『理由』が分かったものの、肝心のヴィンセントの『好きなもの』が分からないのだから、問題の全面解決には到底至らない。
クラウドは、ティファの提案した『ヴィンセント本人に聞く』策が最善かつ最短の解決方法ではないかと判断した。
「俺が直接聞いてやる。心配するな、お前が関わっているとはバレないようにしてやるから…」
「え〜……、でもさ〜、何て言って聞き出すわけ…?」
これ以上ないくらい、胡散臭げな目で見るユフィに、どこか自信を漂わせてクラウドが応える。
「配達の仕事先で珍しい土産物屋を見つけたから、ヴィンセントが好きなものがあるなら送ってやるって言うつもりだ」
「えー!?でも、それってかなり不自然じゃん!!」
「大丈夫だ。『この前の礼』って事にして、バレットやシド、ナナキにも送る予定だって話にする」
「『この前の礼』って?」
「……カダージュ一味との件で…」
少々言いにくそうにしながらも、応えたクラウドの言葉に、ユフィはハッとする。
そして、どこか視線を泳がせながら、
「あ……!成る程。……でもさ〜、やっぱり…」
と、決断を下す事を渋って見せた。そんなユフィに、クラウドは、
「なら、やはりシドかバレットにでも聞いてみるか?」
との駄目出しをした。すると、案の定…。
「絶対ヤダ!!」
との言葉に、心持ち唇の端を持ち上げながら、
「なら、決まりだな」
と、強引に決定させた。
ポケットから携帯を取り出し、ヴィンセントの番号を呼び出すクラウドを前に、ユフィはオロオロしていたが、他に良い方法が見つからなかった様で、結局黙って見守る事にしたようだった。
ティファも真剣な眼差しでクラウドを見つめる。
数回の呼び出し音の後、クラウドの耳に聞こえてきたのは…。
『この電話からの呼び出しには、応じられません…、ピーッ、プツ。ツーツーツー』
という、無情な『着信拒否』の案内アナウンスだった……。
「…………」
「…………」
「…………」
しばしの沈黙…。
「おい!?」
「え!?どうしたの?」
「何!?どうしたのさ!」
クラウドの突然の大声に、ビクッと身を竦ませる二人に、クラウドは呆然とした顔を向けた。
「…俺の携帯も『着信拒否』されてる…」
「え!?」
「はあ!?」
衝撃の事実に、一瞬その場が凍りつく。
大ショックを受けた顔のクラウドに、ユフィが恐る恐る口を開いた。
「ク、クラウド…、あんた、まさか…」
「な!!『着信拒否』されるほど、俺が電話をかけると思うのか!?」
「………思わない…」
「何で、クラウドまで……?」
「……分からない…」
呆然とした顔のまま、クラウドがボソッと呟く。
その声のあまりの暗さに、ティファは何と言っていいのか分からずオロオロ顔になり、ユフィはますます混乱した表情で頭を抱え込んだ。
「何でクラウドまで!?電話なんか全然しない奴の携帯を着信拒否したって意味ないのに〜!」
「…………」
「ちょ、ちょっと、ユフィ…!」
「あ…っと、ごめん、悪気はなかったんだ…」
「……気にするな…」
「そんな傷ついた顔されたら気にするっつーの!」
「…………」
「…………」
「…………」
これ以上ないくらい、暗く、重苦しい空気が、いつもは活気溢れるセブンスヘブンに充満していた。
全く事情を知らない他人が入ってきたら、その瞬間に回れ右をすることは確実だ。
ふとその時、ティファがハッとして自分の携帯を取り出した。
ティファの行動に、クラウドとユフィが暗い目で見守る。
ティファは、じりじりしながら携帯が繋がるのを待った。
そして……。
「……私の携帯も『着信拒否』されてる…」
「ええーーー!?」
「何!?」
ティファの言葉に、ユフィとクラウドは本日何度目かの衝撃に見舞われた。
何故、ティファの携帯まで!?
ありえない…!
ティファの携帯を『着信拒否』する人間が世界にいるとは考えにくいと言うのに、あろう事か、仲間がそんな愚行に出るなど!!
断じてただ事ではない!!
クラウドは、バレット、シド、ナナキ、リーブに立て続けに電話をかけた。
「あ!?ヴィンセントに電話をかけてみろだって?何かあったのかよ?……あ、ああ、ちょっと待ってろよ…」
「お、おい!俺の携帯が『着信拒否』されてるんだ!!一体全体、何でこんな事されなくちゃなんねぇのか訳が分から…! プツ、ツーツーツー」
「おう!久しぶりじゃねえか!!……んあ?ヴィンセントに電話だ〜!?藪から棒に何だってんだよ…?お、おう…、そんなに怒るなって、今かけてみるからよ…」
「おいおい!聞いてくれよ!俺の携帯『着信拒否』なんてされてるんだぜ!!誰にもそんな事された事ねぇってのに…! プツ、ツーツーツー」
「あ!クラウド、久しぶり〜。…え!?ヴィンセント?最近全然連絡してないけど…。え!?今かけてみるの??……う、うん、分かったよ、また後で連絡する…」
「あ!!ちょっと聞いてよ!!ヴィンセントってば、オイラの電話、『着信拒否』してるんだ!オイラ、ヴィンセントに嫌がられる事何にもしてないのに…! プツ、ツーツーツー」
「おや、今日は。珍しいですね、クラウドさんから電話だなんて…。はい?ヴィンセントと連絡ですか?いえ、取ってないですね。本当は近々連絡したいと思っていたのですが…。え?今、ですか?ええ、構いませんよ。少し待っててくださいね」
「クラウドさん!ヴィンセントが『着信拒否』してるんです。何か知ってますか?……え?皆さんの携帯も!?……分かりました。何か情報があれば連絡します。それでは…」
リーブ以外の皆の電話を途中で切ると、クラウドは固唾を呑んで見守っている二人に結果を伝えた。
「え!?皆の携帯も!?」
「うそ…。ヴィンセント…、一体何考えてるんだろ…」
三人はこの大問題に頭を抱え込む。
今や三人は、軽いパニック状態に陥っていた。
仲間全員の携帯を『着信拒否』しているという事は、仲間全員との繋がりと絶とうとしている事に他ならないのではないか?
と、言う事は、かつての旅の事も含めて、過去を断ち切ろうとしている行為にしか、考えられないではないか!?
一体、ヴィンセントは何を考えている…?
一体、ヴィンセントの身に何が起こったというのであろうか!?
三人は、押し黙ったまま思考をフル回転させた。
しかし、考えれば考えるほど、悪い想像しか出来ない。
『ああ、もしかしてルクレツィアと無理心中…!?』
『何か私達には言えない様な、難問に巻き込まれてしまったんじゃないかしら…。私達を巻き込まないように『着信拒否』したのかもしれない…!!』
『……何でも自分で抱え込む男だったからな。何か問題起こったとしても、俺達を巻き込まないようにしようとはしても、頼ろうとはしないだろうな…』
約一名が、全然方向の違う考えに突っ走っていたが、三人は一様に真剣そのものの表情で、じっと一点を見つめ、この大問題を解決する方法を思案した。
『とにかく、ルクレツィアの洞窟に行くっきゃないね!』
『リーブに頼んで、WROの情報機関を使わせてもらうのが、最善かしら…』
『とりあえず、ヴィンセントの行きそうなルクレツィアの洞窟に向かうグループと、リーブに頼んでWROの情報網を使用して情報収集をするグループに分かれて、同時に進行させるのがベストだな』
三人がそれぞれ自分の案を口にしようと一斉に顔を上げた。
その時―。
「ただいま〜!ティファ!お客さんが…って、あれ!?クラウド、帰ってたんだ!!」
遊びに行っていたデンゼルが、満面の笑みで帰宅した。
そして、クラウドの姿を見て、これ以上ないほど喜びを顔中に溢れさせ、嬉しそうに駆け寄る。
「ああ、ただいま」
「あ!それに忍者の姉ちゃんも!いらっしゃい!!」
「オッス!相変わらず元気そうで何よりじゃん!」
「お帰り、デンゼル。それにしても、お客さんって?」
「あ!そうそう!!何か、凄く珍しい人が来たんだ!マリンと一緒にもう来るよ!俺、先に帰って教えようと思ったんだ!!」
明るい顔のデンゼルに、三人は一瞬それまで抱え込んでいた暗い問題から解放され、キョトンとする。
デンゼルが教えようとした、まさにその時、マリンの可愛い笑い声が外から聞こえてきた。
「あ、早いなあ。もう着いたんだ」
「「「誰が???」」」
「あの人が」
三人はデンゼルが指差す方を見る。
そして、目に飛び込んできた光景に全員が凍りついた。
「「「ヴィンセント!?」」」
「……?ああ。久しぶりだな…」
「ひ、久しぶりって、アンタね…!」
「何だ?ユフィも来ていたのか」
嬉しそうなマリンと手をつなぎ、寡黙でクールな問題の中心人物が現れたのだ。
これを驚かずにいられようか!?
「ヴィンセント…、一体何があったんだ!?」
「?…何が、とは何の話だ?」
「だから!!アンタ、何か大問題とか心中事件とかに巻き込まれたんじゃないの!?」
「……何故そういう事になる…?」
「だって、ヴィンセント、私達の携帯電話を『着信拒否』したでしょう?何かあったんじゃないの?」
切迫した表情のクラウド、痺れを切らしたユフィに、当のヴィンセントは何故か困惑した表情をしているだけだった。そこに、ティファがズバリと核心をついた質問をする。
すると、ヴィンセントは一瞬考え込むように眉間にシワを寄せたが、すぐに思い当たる事があったようで、「ああ、実は相談があってな…」と、胸ポケットに手を入れた。
三人が妙な緊張を孕んだ視線で見守る中、ヴィンセントが取り出した物は…、見るも無残なヴィンセントの携帯電話だった。
「何これー!?」
「うわ〜…」
「……何をどうしたらここまで破壊されるんだ……」
呆気に取られる三人を、子供達はポカンとした顔で見つめ、ヴィンセントに至っては涼しい顔のまま「ああ、実は…」と、事の顛末を淡々と語りだした。
「ようするに、携帯の機能を色々試すうち、良く分からないままOKボタンを押してしまい、全員を無意識に『着信拒否』に設定した。そうこうしていると、携帯に気を取られている間にいつの間にかモンスターに囲まれていて、咄嗟に反撃に出たのは良いけど、その反動で携帯を群れの中に落としてしまい、戦闘が終わって携帯を拾うとこういう状態になっていた。当然、使い物にならないから、設定変更を戻す事も出来ず、俺達と連絡も取れない状態だった……。これで合ってるか…?」
「ああ、その通りだ」
「…………」
「…………」
「…………」
あまりの事実に三人は、寡黙でクールな涼しい顔をしたヴィンセントを、ただただ言葉もなく呆気に取られて見つめるしかなかった。
「ところで…」
ヴィンセントは、やはりどこか常人離れした涼しげな顔のまま、
「『着信拒否』…とは、どういう機能だ?」
と、三人に本日最後の爆弾を投下した。
その後、セブンスヘブンの店内から、激しい怒声と、物が壊れる音が鳴り響いたのを、店の外を歩いていた大勢の通行人が耳にし、そのあまりの音量にギョッとする光景が拝めたのだが…、その事実に三人が気付くはずもなかった。
そうして…。
その日、セブンスヘブンへ訪れた常連客は、店のドアに吊るされた『臨時休業』の看板に肩を落としつつも、店内から聞こえてくる若い女性の酔って絡む声と、子供達の楽しそうな笑い声を耳にして小首を傾げる事となった。
翌日、ヴィンセントがユフィと共に新しい携帯を買いに行き、その際『絶対、必要最小限の機能以外使用禁止!』と申し付けられたのは、仲間内にあっという間に広まったとか、なんとか…。
あとがき
はい、久しぶりのギャグ調の作品となりました。実は、この話はほんのちょびっと私の仕事仲間の実話が絡んでおりまして、話を聞いた時に『ああ!これは書かねば!!!』と、突発的に思いついた作品です(笑)。
きっと、ヴィンセントは携帯の機能を使いこなせていない!と、思ってるのはマナフィッシュだけでしょうか…(ヴィンセントファンの方、ごめんなさい!)。
では、最後までお付き合い下さり、有難うございました!
|