もしかしたらちょっと…いや、かなり困られるかもしれない。
 でも、いつも頑張ってくれて、自分のことを後回しにしてしまうキミだから…ちょっとだけ…。

 だから…。






ちょっとだけ…。







 ティファ・ロックハートは、珍しく何の目的もない状態でエッジの街を散策していた。
 実は、クラウドと子供達が日頃、忙しくしているティファに『功労賞』としてお休みをくれたのだ。

『だったら皆でどこかに行きましょうよ』

 というティファにとって至極当然の案はあっさり却下された。
 そんなことをしたら、結局帰宅してからティファが残っている家事をしなくてはならなくなる。
 それでは意味がない、と力説したデンゼルとマリンをティファはなんとか言い含めようとしたのだが、子供達の後ろに無表情で立つクラウドに、
「2人の気持ちを汲んでやれ」
 だめ出しのような形で、ようはティファは家を追い出されてしまった。
 これから夕食までの数時間は戻れない。
 クラウドの言葉少ない完璧な『帰ってくるな』というオーラに完全に気おされた。

 1人で自由に出来る素晴らしい時間。
 一般の主婦や働く人達にとって、それはどれほど甘美な響きだろうか。
 だが、1人の時間を持つこと自体があまりないティファにとってはただただ困るだけの時間だ。
 1人で過ごすことに慣れている人なら、ブラブラと散策することに楽しみを見出すのだろうが、いかんせん、ティファはそのような経験がほとんどないため、この『急なお休み』は困りもの以外のなにものでもない。
 自分のことを思っての申し出ということは素直に嬉しいのだが、だからと言っていったい何をして時間を潰せば良いのだろう…?

(あ〜あ…、どうしようかなぁ…)

 なんとなくトボトボとした足取りで、見るとはなしににょきにょきと林立するビルを見る。
 1階部分は大半が店舗となっているエッジのビルには、多種多様な店が軒を連ねていた。
 飲食店、被服店、雑貨に美容院にスポーツジム、マッサージに開業医に武器屋まで…。
 その一つ一つの店舗に足を運ぶ人達は、当たり前なのだが様々な様相を呈していた。

(そうね…、クラウド達にお土産を買って帰ろうっと)

 気持ちを切り替えてウィンドーに近づく。
 たまたま一番近くのウィンドーは女性向けのブランドを取り扱っている店だった。
 マネキンが着こなしているワンピースとジャケット、更には腕にかけているバッグ、リングに腕時計、足元に置かれている漆黒のスラッとしたブーツはティファの胸をドキドキと高鳴らせた。

(うわ〜…素敵〜…)

 ティファの日頃の買い物とは、セブンスヘブンを営むための食材、もしくは子供達やクラウドのためであり、自分の物を買いにわざわざ店に足を運ぶことはなかった。
 だから、街に出ても、こうして女性向けのブランドの店の前で止まることはまずない。
 何しろ、彼女にとって興味がないのだから。
 だからティファは気づかなかった。
 次々と建つ店が、人々の生活を豊かにするものばかりではなく、『お洒落心』を満足させるものが多いという事実に。
 それに、よくよく考えてみると、ティファが客たちから寄せられる情報とは、ファミリー向けの場所ばかりだった。
 これはもう仕方ない。
 ティファ・ロックハートが家族を何より愛しているのだと客たちは知っているのだから。
 だからこそ、彼女が喜ぶような情報をせっせと貢ぎ、自然とティファの寄せられる情報は偏りを見出してきた。
 と言う様々な要因のため、ティファは女性が目を輝かせるようなアクセサリーやジュエリー、ファッションの店に心行くまで訪れたことがない。

(良いなぁ…、でも……)

 チラリ、と足元の値札を見て苦笑する。
 どう考えても贅沢過ぎる。
 そっとズボンのポケットに手を当てた。
 実は、家を閉め出されたとき、クラウドから『お小遣い』をもらったのだ。
 問答無用で押し付けられたお小遣いは、当然だがクラウド達への土産代以外で使うつもりはなかった。
 だが…。

(……悩むなんて…サイテーよ、ティファ)

 今、目の前の素敵なワンピースやアクセサリー類を見て心が揺れている。
 なんと浅ましいのだろう…。
 家では子供達とクラウドがせっせせっせと家事をしてくれているというのに、自分だけが美味しい思いなどできるはずがないのに、迷っている…。
 その事実はティファを心底落ち込ませた。
 だが、心のどこかでは、クラウド達がティファが今、迷っていることこそを選択してくれることが何より嬉しいのだということも分かっていた。
 クラウドたちへの土産だけを買って帰ったりしたら、それこそ家族は落胆するだろう…それも激しく。

 どうする…。
 一体どうすれば!?

 ティファは激しく悩んだ。
 家族を差し置いて自分1人だけ贅沢をしてしまうという良心の呵責。
 それとは相反して、家族の気持ちをありがたく汲むべきだ…という理性。
 更には、ただ純粋に目の前の素敵な代物に手を通してみたい、という本能。
 ちなみに、クラウドから押し付けられた小遣いは、この目の前の素晴らしい一品を身に付けることを決めた瞬間、家族への土産から手が届かなくなってしまう額である。
 決して、小遣いが少ないのではない。
 目の前の商品が高すぎるのだ。

(う〜……すっごくすっごく素敵……、でも…でも〜…!)

 悩めば悩むほど、目の前のマネキンがニッコリ微笑んでティファを呼んでいる様に見えてくる。

 ほぉら、こんなに素敵なのよ。
 アナタも一着くらい、こういうものを持っていてもバチは当たらないわ〜。
 それにほら見て御覧なさいよ、ショーウィンドーに映ったアナタの姿。
 真っ黒クロスケじゃあるまいし、上から下まで地味なカッコウ…。
 年頃の娘サンなのに、もう少しお洒落をしてみたらどう?
 その歳、その歳でしか身に付けられないもの…、それがお洒落なのよ〜?
 今を逃したら、二度と『今』は戻ってこないのよぉ?
 さぁ、どうするの?
 どうするの?

(うぅ……。幻聴が聞こえる…)

 ティファはガックリうな垂れた。
 そしてそのままショーウィンドーから身体ごと顔を背けて歩きだす。
 しかし、いつの間にか視線は後ろを追い、マネキンへ吸い寄せられていて…。
 気がつけば…。


「お客様、ご試着だけでもどうですか?」


 営業スマイル満点の店員に勧められ、あれよあれよと言う間にマネキンの着ていたワンピースを胸に抱き、試着室に入っていた。
 鏡に呆然とした顔の自分が映っている。

(ど、どどどどうしよう…)

 あのマネキンには魔力がかかっていたのではないだろうか!?
 引き寄せられるように店に入ってしまい、あまつさえこうして試着室にまで入ってしまった!

 なんとも言いようのない申し訳なさが募る。
 クラウド達に何と言おう?
 こうして悶々と悩んでいる間にも、クラウド達はせっせせっせと家事をしているに違いない。
 それなのに自分ひとりだけがこうして楽しい思いを味わって良いのだろうか?
 いや、良くない!

 試着しないで店を出よう。
 そう決意して試着室の内ノブに手をかけた。

「お客様、いかがですか?」

 ドッキーンッ!
 ティファの行動を見越したかのように店員が声をかけた。

「あ、えっと、ま、まだです」
「そうですか、ご試着がお済になられましたら声をおかけ下さいね」

 優しく明るい声が去っていく。
 ティファは脱力した。

(そ、そうよ。試着するだけで、買わなかったら良いのよ!)

 明らかにマネキンが纏っているものに惹かれて来店したのに、試着室にまで入っておいて何もしない…というのは可笑しすぎる。
 それに、とても感じの良い店員さんにも失礼だ。
 ここはスパッと試着して、笑顔で『ごめんなさい』と一言謝って帰ろう。
 うん、そうしよう!

 ティファは力強く鏡の中の自分に頷くと、手早く更衣を始めた。


 そうして今、ティファは店内にいる全員の視線を釘付けにしていた。

「お客様、すっごくすっごくお似合いですー!!」
「本当にすごくお似合いですわ!まさか、ここまでお似合いになる方がおられるだなんて!!」

 感動しているのか、目も声も輝かせている店員に、あれよあれよとティファはマネキンが身に付けていた全ての物を手にしていた。
 首にはストール。
 腕には時計。
 胸元にはシルバーアクセサリー。
 靴はいつものスニーカーではなくブーツ。
 ティファのめりはりのあるナイスバディーが品良くワンピースによって映えており、店内にいた他の客達までもが店員と同様の反応を示していた。
 カップルも数組いたが、全ての彼氏は彼女そっちのけで見惚れている。
 数組のカップルでは、彼氏が自分の彼女に足を踏まれて悶絶し、残り数組のカップルは男女ともにティファにうっとりとしている有様だ。
 自分の彼女とティファを見比べて幻滅したような男がいなかったことは救いだったろう…。

「お客様、どうですか!?」
「ここまでお似合いになられているんですもの、お買い得ですわ!!」
「あぁ〜ん、私がお客様なら絶対に買っちゃいます〜!」
「本当に羨ましいです〜!!」

 ティファと同年代か、もう少しだけ年下の店員にそう誉めそやされて嬉しくないはずがない。
 だが、お財布事情が感情のまま、行動することを許さない。
 ティファは鏡に映っているいつもとは違う自分の姿にドキドキしながら、照れ臭そうに笑った。

「ありがとう、そこまで褒めて下さって。でも、残念だけどお財布がちょっと寂しいから…」

 途端、店員が心底残念そうな顔をした。
「勿体無いです〜…」「あぁ、私が買って差し上げたい!」「せ、せめてお写真を撮らせて下さい〜!」
 そう言って、ティファが試着室へ舞い戻るのを引き止めようとする。
 ティファ自身、まさかここまでピッタリとくる服だとは思わなかったので、内心とても残念だった。
 それでも、クラウド達の顔が脳裏に浮かんできて、暴挙に出ることを留めさせてくれたことに安堵もしている。

(やっぱりこんな良いもの、私が買っちゃいけないわ)

 苦笑しながらティファはなんとか引きとめようとする店員をやんわりとかわしながら試着室のドアへ手を伸ばした。
 しかしその手は突然横から伸びた手によって掴み取られた。
 びっくりして顔を上げると、なんとも艶かしい美女が食い入るようにティファを見つめていた。
 エメラルドグリーンの瞳がティファの頭のてっぺんから足の先までを嘗めるように見る。
 これが男ならティファの鉄拳が繰り出されていたことだろう。
 だが、これほどまでに嫣然な美女が相手だと手が出るどころか、逆に萎縮してしまう。
 豊かに波打つ金髪、一本一本までもが洗練されているかのような美女に、ティファは今まで会ったことはない。
 何故今、手をつかまれてまで、嘗めまわすように見つめられるのかも当然分からない。

「あ、あの……」

 気がつけば、先ほどまでざわついていた店内までもが水を打ったかのように静まり返っている。
 美女の突然の登場、そして奇行に完全に気を飲まれているのだ…と、ティファは思った。
 だが…。

「素晴らしいわ…」

 ポツリ、と呟かれたその声音には、うっとりと聞き惚れるような響きがあった。
 同性であるのに思わず胸がドキッとする。
 そんなティファにズイッとさらに顔を近づけると美女はティファの手を掴んでいない方の手でティファの顎を軽くつまんだ。

「なんて完璧なの…、理想どおり、素晴らしいわ」

 美女に至近距離から見つめられ、バクバクと心臓がはためく。
 うっとりと細められた瞳、通った鼻筋、弧を描く赤いルージュをひいた唇…。

(もしもクラウドがこの人にこんな風に迫られたら、絶対に抵抗できないわよね…)

 半分パニックになっている思考は、恋人に対して非常に失礼な考えを脳内ではじき出す。
 それにすら気づいていないので、どうしようもない…。
 だから、彼女が次に発言した言葉が現(うつつ)のこととして理解するのに時間がかかった。


「このアタクシの芸術をここまで着こなせるだなんて、まさにアタクシとアナタは運命の糸で結ばれていたのですわ!」


 …はい?
 芸術を着こなす?
 誰の?
 えっ!?この人の!?

 ビックリして目を丸くして息を呑んだティファの耳に、
「社長!おめでとうございます〜!」
「ご連絡しようと思っていたんですよ!」
「まさに、社長のデザインする服を着るために生まれてきたような方ですわ!!」
 店員たちの興奮した声が届いてきた。
 同時に、静まり返っていた店内がにわかにざわつき、そこここで、
「あの有名デザイナーだ!」
「うわっ、本物!?」
「すっげ〜、マジであの人の目にかなったってわけ!?」
「きゃ〜、羨ましい!!」
 という囁き声が沸きあがる。

 ティファはファッションという女性心をくすぐるものに対してあまり関心がなかったため、ファッション誌というものに目をやる機会がなかったので、目の前の美女が某有名デザイナー兼社長であることを知らなかった。
 そしてまた、目の前の美女もティファが『ジェノバ戦役の英雄』とは気づかなかったらしい。
 何しろ、英雄が自分のデザインした服を着ているのだ、WRO広報誌に載っている憂いを含んだ彼女とは分からなかった。
 後々になってお互いに仰天することになる。
 それはもう少しだけ後の話しで、今は…。

「アナタ、どうかアタクシの脳内デザイン中の芸術品を着てみて頂戴!」
「はい!?えぇえええ!?!?」

 ぶっ飛び発言オンパレードの女性デザイナー兼女社長にティファの声が店内に響くばかりだった…。


 *


「……ティファ、遅いね」
「……そうだね」
「………」

 とっぷりと日が暮れてから数時間。
 まだ帰宅しないティファに、デンゼル、マリン、クラウドはジリジリしつつ待っていた。
 こんなに帰宅が遅くなるとは夢にも思わなかった。
 自分達で強引に家事から引き離すべく追い出してしまった手前、連絡をつけることが躊躇われる。
 そのまま、鳴らない電話を前に3人は完璧に仕上がった夕食を尻目にジーッ…と座っていた。
 立ったり座ったり…、という時間はとっくに過ぎた。
 あまりにも立ったり座ったりを繰り返したので疲れてしまって、椅子にお尻から根っこが生えてしまったかのようにへばりついてしまっている。
 慣れない家事に奮闘するクラウドを根気強く指導した子供達には、今日一日という時間はまさにあっという間に過ぎてしまった。
 クラウドの名誉のために説明するが、決してクラウドが不器用且つ怠惰な生活をしているが故に家事が不得手で、そのために子供達が苦労して指導した…ということでは断じてない。
 一重に、子供達の家事レベルが高すぎるがゆえ、クラウドの人並みの家事能力を『良し』と判定してくれなかったのだ。
 クラウドは日頃使っていない筋肉を徹底的に使う羽目になり、身体のあちこちが鈍痛に見舞われ、自分で提案した『ティファの休日』を深く後悔していたりする…。
 これでティファが予測どおりの時間に戻ってきてくれていたらまだ救いはあったのに、連絡一本すらない状態でどんよりと重い空気を醸し出している子供達に挟まれ、まさに内心戦々恐々としていた。

(……まさか……やっぱり強引過ぎたのか…?だから怒って帰ってこないのか?連絡もないのか?)

 その可能性が先ほどからグルグルグルグル、頭の中を回っている。
 子供たちまで巻き込んでいる手前、何が何でもティファには喜んでもらわなくてはならない。
 たとえそれが、『ウソの喜び』であっても、子供達の気持ちを汲んで笑ってもらわなくては…。
 自分と2人きりになった途端、怒り心頭でファイナルヘブンをぶちかましてくれても良いから、どうか…!

 クラウドの半ばやけっぱちのようで必死な願いが通じたのだろうか?
 店の前に車が停まる音がした。
 次いで、車のドアが開く音。
 3人は顔を見合わせ、無言のまま猛然とドアへ向かった。
 勢い良くドアを開けると…。

「「「 ……ティファ…? 」」」
「あ…。ただいま、遅くなってゴメンね」
「なにがあったんだ…?」「なにがあったんだよ…?」「なにがあったの…?」

 呆然と立ち尽くす3人に、ティファは照れ笑いのような、困ったような顔をしてヘラヘラと手を軽く振った。
「えっと〜…その………」
 何を言おう?
 そう考えているのがクラウド達には手に取るように分かった。
 しかしティファが説明する暇などなく、ティファの後ろから降りた女性が嫣然と微笑んだ。

「アタクシの芸術に少し付き合って頂いたの」

 クラウド達は目を最大限に見開いた。
 ティファの『格好』にも驚いたが、ティファの後ろから現れた美女にも仰天した。
 今の世情ではちょっと贅沢すぎるのではないか!?と思われるような装いの美女。
 それがまた、これ以上ないくらいに女性にピッタリだった。
 大きめに開いた胸元からはティファに負けないくらい豊かな谷間が覗いていた。
 しかし、それが全然いやらしくないのは、彼女自身が纏っている空気とシックなドレスがしっとりとした大人の落ち着きを見事に演出しているからだ。
 それに、彼女の美貌も目を見張る。
 パッチリと大きな瞳は、一見『厚化粧』?と思ってしまうほどだが、実はあまり化粧をしていなかったことにクラウド達は後で気がついた。
 それくらい、目鼻立ちのくっきりした美女。
 楚々とした美しさを持つティファとはちょっとタイプの違う美女だった。
 その美女が『アタクシの芸術』と言ったものだから、もうわけが分からない。
 ただ黙ってあんぐりとするしかないクラウド達に、弧惑的な微笑を送ると謎の美女はティファをそっと抱きしめた。

「本当にありがとう。アナタに出会えて本当にアタクシ、幸せでしたわ。惜しむらくは、アナタがアタクシの専属モデルをお断りになったこと。でも、良いの、人には人の幸せがありますもの、自分の理想を他者に押し付けるなど論外。アタクシ、今日アナタに会えた奇跡を胸に、これからもより一層精進し、世の人達に人生の華を捧げましてよ!」

 タジタジとするティファを最後にギュッと抱きしめ、美女は惜しむようにしてそっとティファを離した。

「サヨナラ、ティファ。もしも気が変わったらいつでもアタクシに連絡をよこして頂戴。いつでもアナタのために、アタクシ、扉を開けましてよ」
「……あはは、本当に今日はありがとうございました。私も楽しかったです」
「ふふ、控えめなアナタだからこそ、アタクシの芸術が素晴らしく映えるのですわね。また会えることを祈っているわ」
「あはは……ありがとうございます」
「では、今日は1日お付き合いさせちゃってごめんなさい。ご家族の皆様も、今日は彼女を独り占めしちゃってごめんなさいね。では皆様、ご機嫌よう」

 そうして呆然とするクラウド達に最高級の微笑を残し、美女は高級車に乗り込んで走り去ったのだった…。


 *


「というわけで、ちょっとお店に入ったらなんだか試着しちゃって…、それで、試着した私を見た社長さんがね、他にも作った服を着てみて欲しいって…それで……」

 段々尻すぼみになりながら、ティファは自分が着ている服と遅くなった理由を話した。
 クラウドは日頃から無表情であまり顔だけ見ても分からないから、こうして落ち着いて話を聞いてくれていることに違和感はない。(勿論、表情に出ないだけでどんなにグルグル脳内になっているかはちゃんと分かっている)。
 だが、デンゼルとマリンの反応は違う。
 目を真ん丸くしてティファを頭のてっぺんから足の先までとっくりと眺めること数十回。
 ティファのモゴモゴした説明が終わると同時に「「ほぉ〜〜…」」と溜め息をついた。

「そっかぁ、だからその服、お礼にって言われたんだ〜」
「すっごく似合ってる〜…なんかもう、似合いすぎてて溜め息ものだよ、ティファ〜」

 心の底からしみじみとそう言った子供達に、ティファは俯きかけていた顔を上げた。
 ジーッと見つめる子供達は、本心からそう言ってくれているのだとすぐに分かった。
 ティファが連絡しないで遅い帰宅になったことを怒っていないし、1人でショッピングを楽しんだことも不快に思っていない。

 ほぉぅっ……。
 ティファは全身から力を抜いた。

(よ、良かった……怒ってなくて良かった…)

 頭の中ではクラウド達が怒ったりしないことを分かっていながらも、やはり心配だった。
 杞憂に終わって本当にホッとした。
 胸のつかえが取れると、ティファは改めて自分が着ている服を見下ろした。

 シルバーホワイトのノースリーブワンピースに、ラメが光るストールを首に巻いている。
 腕にはピンクゴールドの腕時計とブレスレット。
 漆黒のブーツに、黒を基調とした金ラメ入りのストッキング。

 ショーウィンドーに飾られていた一目惚れの一式だった。

 デンゼルとマリンは放心状態から離脱すると、ティファの傍に寄った。
 興味津々でティファを見上げる。
 正確にはティファの着ている物を見上げた。

「すごいなぁ、これってどんだけの値段がするんだ?」
「えっと…確か……」
「うわ〜!そんなにするの!?それだけあったらエリクサー100個くらい買えちゃうよ?」
「マリン、そんなには買えないって。せいぜい89個だ」
「デンゼル、それってほとんど100個じゃない…」
「11個の差は大きいんだぞ?」
「うぅ〜ん…まぁ確かにそうかもだけど…」
「それにしても、すごいなぁ、女の人で社長さんで、まだまだデザインとかバンバン頭に浮かぶんだろ?これからドンドン服を作って売りまくるんだろうなぁ。いつか男物もデザインしてくれないかな」
「デザインしてくれても買えないよ、デンゼル…」
「う……確かにエリクサー89個も買えるだけの金払って服は買えないな…」
「うん、買えないよねぇ、普通なら」
「うん、買えないな」

「「良かったねティファ!タダでもらって(さ)〜!!」」

 明るく笑ってくれた子供達にうっかり涙腺が緩みそうになる。
 ひしっ!と2人を抱きしめてティファは誓った。

 絶対にこの次の休日では2人に何か買ってあげよう。
 そのために、明日からまたバリバリ働いてやる!!

 ちょっと苦しそうにしながら2人はティファの腕の中で身を捩った。
 そして黙して座っているクラウドを見る。

「クラウド、ティファの格好、どう思う?」
「クラウド、なにか言ってあげてよ」

 子供達の声にクラウドとティファはドキッ!として、瞳を揺らせた。

 改めて見つめ合う。
 いつもと違う格好をしているというだけで、どうしてこんなに照れ臭いのか…。
 クラウドもティファも、同時に同じことを考えた。

「い、良いんじゃないのか…?」
「そ、そう?ありがと…」

 フイッ、と視線を外してしどろもどろ言ったクラウドに、ティファもパッと横を向いてモゴモゴ答える。
 デンゼルとマリンは、抱きすくめられたままガックリと肩を落とした。

 どうしてこの親代わり2人はこういうことになるとてんで初心者レベルに降格するのだろう。

「ま…しょうがないよな…」
「しょうがないよね」

 こっそり囁きあって、2人はティファの腕から脱出した。

「じゃ、腹減ったしご飯にしよう!」
「お腹空いたよね〜」

 子供達に思い切り気を使われてしまったことに気づかず、大人組み2人はギクシャクと笑いながら夕飯を温めたり皿を出したり準備に飛んだ。

「ま、クラウドもティファも2人だけになったらビシッと決めてくれるし、良いよな」
「うん、そのうちそのうち」

 こうしてこの日、クラウドの『ちょっとだけティファにも息抜きを作戦』は、意外な経過を辿って無事に終わったのだった。
 
 後日、ティファが訪れた店の店員がセブンスヘブンの常連客となってくれたのだが、それはまた別のお話し。



 あとがき

 リハビリを兼ねたお話しでしたが…。
 うん、見事に撃沈。

 ほのぼのしすぎて何となく違和感満載ですが、まぁお暇つぶしになれば嬉しいです(^^;)