洗い物を終えてホッと息を吐く。
 店内の時計を見ると、もう既に深夜の一時を過ぎていた。
 セブンスヘブンの店長は、シンと静まり返った店内をゆっくりと見渡し、俯き加減でカウンターを出た。



アンバランスな感情




 自分用にきつめのウィスキーを手にスツールに座る。
 目の前にはチョコボのクリスタルガラスが『予約』というプレートを挟んで店内の薄暗い明かりを受け、鈍く反射していた。
 その鈍い反射も、疲れた目には少々眩しい。

 カラン…。

 手の中のグラスが軽い音を立てる。
 グラスの中の氷をゆっくりと回すように、緩慢な動作で弄ぶその姿は、客達に見せる元気な姿からはほど遠い。
 酷く……疲れた顔をした……一人の女。
 誰もいない店内で、一人寂しく酒を飲む女。

 そう言葉にしたらかなり精神的に参ってしまっているか、ただの酒好きか…。
 はたまた、哀愁漂う色気たっぷりな女……そのような印象を受けるだろう。
 今のティファはどれにあたるだろうか?

 疲れている?
 無類のお酒好き?
 それとも……哀愁を漂わせて一人酒を飲まずにはいられない…?

 ティファは一人、そんな事を考えながらグラスを口につけた。
 我ながら、なんとも後ろ向きな考えだと思う。
 実際、酒は好きだし、今日は特に疲れた。
 酒癖の悪い客が数名来店してくれたおかげで、他のお客さんや子供達に危害が加わらないか、神経を張り巡らせたのだから。
 しかも、その酒癖の悪い客達は別に知り合いでも何でもない他人同士。
 酒癖の悪い客がやっと帰ってくれたかと思ったら、その次にはまた別の酒癖の悪い客がやって来て…。

 要するに、時間差攻撃を受けたのだ。

「…疲れた……」

 ポツリとこぼれた言葉は、誰にも聞かれることなくコロリ…と転がった。
 再びグラスを口に運ぶ。
 子供達はもう既に夢の中。
 きっと、愛らしい寝顔で眠っているだろう。
 そして、この店のもう一人の住人は……。

 カウンターに置いていた携帯に手を伸ばす。
 パカリ…、と開けて、着信が何もない画面に溜め息をこぼし、また閉じる。
 分かってる。
 彼は、もう既に他の大陸の安宿のベッドの中だ。
 帰宅予定は……なんと一週間後。
 今回はウータイエリアに配達だと言っていた。
 ウータイエリアとエッジまでは…船を利用して最低でも往復三日はかかる。
 船で一日半ずつを過ごすわけだ。
 フェンリルがいくら性能の良いバイクだとしても、それは陸の上での話し。
 海上を飛ばして走ってくることなど不可能だ。
 だから、この予定は…残念だが狂わない。
 早くて一週間で帰宅出来ると言う今回の仕事。
 クラウドは浮かない顔をしていた。


 ― ウータイエリアだぞ…?あのお元気娘がすんなり帰してくれるかどうか分からんからな。俺は今回、ユフィには絶対にばれたくないんだ ―


 そう言いきっていた彼を思い出し、ほんの少しだけ笑みを浮かべる。

 確かに、あのお祭り人間にバレたら、クラウドはウータイでこれ以上ない程の接待を受けるだろう。
 それは、ユフィにとっては大切な仲間をもてなすという心のこもったものなのだが、それがどうにもクラウドには合わないらしい。
 ティファや子供達が一緒にいるならまだしも、一人でユフィの相手をするのは真っ平ごめんと言うわけだ。
 その点はヴィンセントと似ているな……などと考え、ティファはクスッと笑みをこぼした。
 そして、その直後に溜め息を吐く。
 その溜め息は決して幸せからきているものではない。

 グラスをゆっくりと回しながら、カウンターに片頬をくっつける。
 グラスを眺めながら、冷たいカウンターの感触を味わい、本音が一言…。

「会いたいな…」

 仕事で頑張っている彼には…言えない言葉。
 彼だって『家族』に会いたいと思っているのだから。
 口に出して彼がそう言ってくれることは本当に極々まれ。
 でも…言われなくても分かる。
 彼はいつだって『家族』を想ってくれていると。
 その気持ちを押し殺して他の大陸で頑張ってくれているのだから、その気持ちを揺さぶるような言葉を彼の耳に入れることは出来ない。

 だから、いつでも笑顔で…明るい声で……。

『行ってらっしゃい!早く帰ってきてね?』

 そう言うのが精一杯。
 でも本当は…。


 いつでも傍にいて欲しい。
 いつでも電話ではなく、直接声が聞きたい。
 触れたい。
 感じたい。
 甘やかに細められる紺碧の瞳を見つめていたい。
 見つめられていたい……。


 いつの間にこんなに欲張りになったのか…。
 前は、店の仕事に打ち込んでいる間だけでもそれらの感情を忘れる事が出来た。
 でも最近は違う…。
 他の客達に……それも、自分に明らかに好意を持ってくれていると…、異性として好意を持ってくれていると感じる視線を向けられるたび、どうしようもなく会いたくなる。
 彼らの想いに応えることは出来ない。
 彼らもそれを十分知っていて、それでも自分への想いを捨ててはくれない。
 きっと…。
 彼らが自分を想ってくれている想いと、自分がクラウドを想う想いと同じなのだろう…。


 捨てられない想い。


 ティファがクラウドを想う事を止められないように、彼らもティファを想う事を止められないのだろう…。
 そう考えると、とてつもない罪悪感が胸に込上げる。
 こればかりは…どうしようもないのだ。
 自分は彼らの想いに応えることなど出来ないのだから、彼ら自身で頑張って克服してもらうしか、解決する方法はない。
 だが…。


 もしも、彼らが自分とクラウドが一緒にいる姿をもっと見ることが出来ていたら…?
 クラウドが自分を大切にしてくれていると…。
 自分がクラウドを愛していると…。
 そういう姿をもっと見せることが出来たら…彼らも諦められるのかもしれない。


 そう考え、ティファはほんのりと頬を染め、次の瞬間には眉根をきつく寄せて一気にグラスを煽った。
 アルコール度数が高いため、喉を焼けるような感触でウィスキーが通っていく。
 少々きつめにテーブルにグラスを置き、大きく息を吐き出した。
 その息が…自分でも分かるほど酒臭い。

「サイテー……」

 ボソッと呟き、そのままカウンターに突っ伏した。


 違う…。
 違う、違う、違う!!


 自分を想ってくれている人達への牽制や、諦めてくれるため…という『言い訳』として利用している自分の浅ましさに虫唾が走る。

 ただ、自分が一緒にいたいだけ。
 クラウドがもうどこにも行かないように…。
 誰の目にも触れないように…。
 どこか…大切な大切な宝物を隠せる場所に彼を隠してしまいたい。
 そうしたら、彼は『私だけのもの』になるのに……。

「本当……サイテー……」

 くしゃりと顔を歪めてティファは顔を覆った。







「もう…寝てるよな…流石に」
 ウータイエリアにある小さな小さな村の安宿のベッドの上で、ゴロリと転がる。
 中々…眠れない。
 明日は朝早くに出立しないといけないのに、こんなことでは仕事に支障が出てしまう。
 だが…。
 眠ろうとすればするほど、目が冴える。

 彼女は今…どんな夢を見てるだろう?
 彼女の夢に…自分は出てきてくれてるだろうか…?
 もしかしたら、夢の中で怒られているのかもしれないが、それでもいい。
 彼女が…夢に見てくれるほど自分と言う存在が彼女の中にあると言う事なのだから。

「……とことんイカレてるな……」

 ゴロリ…。
 仰向けになって片腕で顔を覆う。

 彼女の満面の笑み。
 明るい笑い声。
 そして…。
 自分にしか見せない甘やかな……瞳。
 それらを誰にも見せたくない。
 特に…店に来る男達には。

 常連客はもう自分と彼女の関係をイヤというほど知っているので、今更横恋慕に踏み出そうとする愚か者はいないのだが、復興めまぐるしい街であるエッジには、毎日のように新顔がやって来る。
 そして、当然のことながらセブンスヘブンにも毎日新しい顔が訪れるのだ。
 その男達の彼女を見る目。
 彼女の身体を嘗め回すように見る…いやらしい『男の目』。
 ヒソヒソと…。
 あるいは堂々と彼女について話をする男達。
 滅多に店を手伝えない自分でも、そう言った場面に何度も遭遇しているのだから、日常茶飯事なのだろう。

「……許せない……」

 思い出しただけで腸がよじれるような怒りを感じる。
 彼女は…他の誰にも渡さない。
 彼女の全ては…自分のものだ。
 心も…身体も。

 こう言ってしまったら…えらく『いやらしいエロオヤジ』と言われてしまいそうだが、それでも構わない。
 自分が彼女を想う気持ちは他の誰も太刀打ち出来ないと自負している。
 だからこそ、彼女を他の男達の目から隠してしまいたいと本気で思う。

 誰にも知られない場所に彼女を閉じ込めて…。
 自分だけが……彼女の瞳に収まるように…。

「本当に……アホだな…俺は…」

 溜め息をこぼしながら身体を起こした。
 胸がザワザワと騒いで眠れない。
 そっとベッドから抜け出て荷物を漁る。
 取り出したのは…パスケース。
 中には子供達と一緒に微笑んでいる愛しい人の姿。
 その後ろには、何が気に入らないのか少し視線を逸らしてムスッと立っている…自分。

 写真に撮られるのは…苦手なのだ。
 本当は、家族との大事な写真だからもっと良い顔をして写るべきなのだろうが…どうにもこう……。

「恥ずかしいんだよなぁ…」

 何度目かの溜め息。
 ガシガシと頭を掻きながら、パスケースを持ってベッドに戻る。
 可愛い子供達の笑顔と、全てを包み込むような彼女の微笑み。

 ズクン…。

 胸が疼く。
 会いたくてたまらない。
 声が聞きたい。
 笑顔が見たい。
 触れたい。
 触れて欲しい。

 相当…イカレてる。
 ここまで心騒ぐのはほかでもない彼女だから。

 彼女は…滅多に弱音を吐かない。
 吐いてくれない。
 いつも気丈に明るい笑顔で、
『大丈夫!どーんとまかせて!!』
 そう言って、他の大陸に行く自分の背を押してくれる。
 その笑顔と押してくれる手があるから、こうしてエッジから離れた大陸で仕事をする事が出来ている。
 でも…。
 物足りない。
 贅沢なのは重々承知。
 でも……違う。
 そうじゃない。
 自分が欲しいのは、その元気な彼女の笑顔と後押ししてくれる手ではなくて…。

「たまには……弱いところも見せて欲しいのに…」

 ホント、彼女は良く出来た恋人だ。
 わがままは言わない、自分の事よりも『家族』を優先させる。
 自分を殺してまで『家族』を守ろうとする。
 そんな彼女を誰よりも愛しいと思う。
 でも…。
 そう感じる反面、どうしてもっと自分に甘えてくれないのだろう…、という不満を覚えてしまう。
 他の誰かに『不安』や『不満』を相談しているのだろうか?
 していないなら、心の中に一人で溜め込んでしまっている事になる。
 それが本当に…本当に心配だ。
 だが、その反面。
 もし、そういう相手がいるのなら、その相手に心が焼け焦げそうなほど…嫉妬してしまう。
 彼女に一番近い人間になりたい。
 誰よりも…彼女に必要とされたい。

「なぁ…ティファ?頼むからさ、俺に弱いところも見せてくれないか…?」

 写真の中で微笑んでいる彼女を指でなぞりながらそう呟く。

 笑顔で送り出してくれるのではなく、たまには…本当にたまにで良いから…。

「仕事…休んでくれって…言ってくれないか?」

 そうこぼして苦笑する。
 ゆっくりと頭を振って……。

「そうじゃないな…」

 足を投げ出したままドサッとベッドに仰向けに倒れる。
 顔の前にパスケースをかざし、ジッとティファを見つめる。

「傍にいて欲しい…って言ってくれないか?」

 ベッド脇に置いてあるテーブルの上の携帯をチラリと見て…自嘲の笑みを浮かべる。
 きっと、彼女に自分からアプローチすれば良いのだ。


 ― ティファに会いたいよ ―


 そうしたら、きっと彼女はすぐに返事をくれるだろう。


 ― 私も会いたいよ ―


 だが、そのメッセージだけじゃ終らないはずだ。


 ― 私も会いたいよ。だから、気をつけて無事に帰ってきてね ―


 彼女は……決して弱音を見せないから。
 強くあろうとするから。
 我慢して…我慢して…。
 自分の気持ちを押さえ込んで周りの人間を優先させるから。

「……でもさ、ティファ。我慢されない事の方が…嬉しいときだってあるんだぜ?」

 写真の中の彼女に語りかける。

「もっと…もっとティファの本当の素顔を見せてくれないか?」

 いくら写真の中の彼女に語りかけても、当然届くはずなどなく。


 そう言えば、自分は彼女に『弱いところも見せて欲しい』などと言ったことがあっただろうか…?と、考えた。
 恐らく…ない。
 言おうとしなかったのではなく…言えなかった。
 精一杯頑張っている彼女にその言葉を言うのは…何だか彼女の努力を酷く無視している様な気がして。
 でも……。

「言っても…良いだろうか……?」

 写真の中のティファを見つめ、今朝、自分を送り出してくれた彼女の顔を思い出した。
 いつも通り、子供達と一緒に笑顔で送り出してくれたティファ。
 デンゼルとマリンは『早く帰ってきてね!』『お土産、忘れないでね!』『毎日ちゃんと電話してくれよ!』『絶対絶対、なるべく早く帰ってきてね〜!』と、言ってくれた。
 彼女は……。


『頑張ってね?無理は…しないでね?』


 それだけだった。
 それだけ…という表現は相応しくないのかもしれない。
 何しろ、自分の身の安全を思ってくれての言葉なのだから。
 だが、子供達のように、心の底からの『想い』を口には…してくれなかったと思うのは…気のせいか、それとも、そうであって欲しいと言う『願望』か…?

「あぁ…くそっ!!」

 イライラと悪態を吐く。
 ここまで感情がウロウロとするのは、ほかでもない彼女だから。
 誰よりも愛しい人だから。

 だから…。




 プルルルル…プルルルル…。

 突然鳴った電話に、ティファはビクッと身体を起こした。
 慌てて携帯に手を伸ばす。
 誰からの着信か確かめずに電話に出る。
 確かめる必要など……なかった。
 それは…無意識の内の確信。


『ティファ…』

 耳に響くのは…聞きたくて仕方の無かった声。
 会いたくてたまらない人の声。

「クラウド…」
『…会いたい』
「 !! 」
『今すぐ、ティファに会いたいよ』
「……クラウド…」
『ティファは?』
「あ…私は…」
『一週間したら…ちゃんと帰るから。延びたりしないように…頑張るから…さ。心配しないで…?』
「私は…」
『ごめんな。急に声が聞きたくなった』
「あの…」
『もう、寝るところだったろ?遅くに悪かった。また明日の朝、電話する』
「クラウド!!」

 今にも切られそうな携帯に向かって必死に声を上げる。
 携帯の向こうから、彼が息を飲む気配が伝わってきた。

 クラウドは…言ってくれた。
 今すぐ会いたいと…本音を言ってくれた。
 ならば、自分も応えるべきなのでは…?


「クラウド…私も……私も…会いたいよ…、すごく……すごく会いたい!」

 涙が出そうになるその本音。
 言いたくても言えなかった…その言葉。
 とうとう口にしてしまった言葉に、言いきった後、声を詰まらせる。


『やっと…言ってくれたな』
「え……?」
『ティファは…いっつも我慢するから…』
「……そんな…ことは…」
『あるだろ?』
「………」
『フッ、決めた』
「え…?」

 楽しそうな彼の声に、一粒の涙がこぼれる。

『帰ったら、暫く仕事は入れない。ティファのわがままを全部聞いて、それを実行する』
「そ、そんな!だって、お仕事は信用が命だから…って…」
『客の信用はある程度仕事をこなしてきたからもう大丈夫だろ?それよりもティファの方が俺は大事だから』
「 !! 」
『だから…もっと甘えてくれよ。もっと…弱いところも見せて』
「…クラウド…」
『泣くなよ…。大丈夫。どんなティファだって『ティファ』だから…」
「…っく………うん」
『約束な…?じゃ、お休み』
「クラウド!」
『ん…?』

 電話を切ろうとするクラウドを慌てて引き止める。


 彼がここまで言ってくれた事が…あっただろうか?
 あの照れ屋で無口なクラウドが…。

 嬉し過ぎて…幸せすぎて……夢を見ているようだ。

「クラウド…ありがとう」
『ん……」

 照れたような彼の一言に、涙が頬を幾筋も伝う。

「クラウド……愛してるよ」
『!!……ティファ、それは先に俺が言おうと思ってたのに』
「え…!?」
『はぁ…先を越された』

 ガッカリした口調の彼の溜め息。
 ティファはボッ…と顔を赤らめた。
 つい感情に任せて口走ってしまった本音。
 それをクラウドはちゃかすでも照れるでもなく、『先に言われた…』といって溜め息を吐いている。
 ソレが何を意味するのか…。


『ティファ…俺も、愛してるよ。誰よりも…だから、ちゃんと帰る。待っててくれるか?』


 涙でもう周りが見えない。
 声を出して返事をしようとするが、しゃくり上げて言葉にならない。
 必死になって「ん……うん!」とだけ応える。
 電話の向こうの彼が、甘やかな声で、
『帰ったら、お詫びもしないとな。泣かせたお詫び。だから、沢山考えといてくれ。聞いて欲しいわがままを。楽しみに帰るからさ』
 そう言って、携帯は切られた。

 先ほどまでの沈んだ気持ちは、今では天にも昇る心地になっている。
 切れた携帯を抱きしめてティファは微笑んだ。


「ありがとう、クラウド…」


 さぁ。
 一体彼に何をお願いしよう…?



 あとがき。

 なんとなく突発的に思いついたお話しです。
 クラウドも口下手ですけど、クラウドの方がティファよりも自由にしてるような気がするのですよね。
 逆に、ティファは子供達やクラウドを優先して自分の本音を押し殺しているという気がします。
 そんな彼女に、クラウドが気付いて、甘やかしてあげて欲しい〜〜!!というのがこの話の発端です(笑)。

 ここまでお付き合い下さり、ありがとうございました<(_ _)>