直接会ったことはなかったから、今までは『運命の人』の存在を現実のものとしては考えてなかった。
 でも、こうして目の前にして分かったの。

『彼』が私の運命の人なんだって…。






運命の人







 金糸の髪が陽光にキラキラと光ってる。
 ツンツンとしてるから硬そうな髪質に見えるのに、風が吹くたびにそよそよとそよぐその流れている様は、見た目とは全然違ってとても柔らかい髪質だということを表していた。

 彼と出会ったのはそんな穏やかな陽の光が溢れている時だった。

 彼は私に全く気づかなかった。
 真っ直ぐ前を向いて歩くその姿に、ただただ心惹かれた。
 そして、彼の後姿が見えなくなってからようやく、『運命の人』だったんだって分かったの。
 それからは毎日同じ時間、同じ場所へ行ったわ。
 何日も何日も繰り返して、ようやくまた彼を見かけることが出来た。
 華奢にしか見えない身体なのに、大きな荷物を軽々と担ぐ姿は本当に素敵だった…。
 男性には思えないくらい整った顔立ちに一番惹き付けられるのは、紺碧の瞳。
 とても冷たい印象を受けてしまいがちな『彼』の雰囲気だけど、その瞳を見ることでそうじゃないって感じさせられる。
 とても…温かくて…、魅惑的な瞳。
 私の一番好きなところ。
 あの瞳に映るのが私だけになってくれたらどんなに素敵かしら…。

 でも。
『彼』が見つめるのは私じゃない。
 他の女性。
 黒い髪、茶色の瞳。
 スッと通った鼻筋にスラリとした肢体。
 出るところはしっかり出てるのにウエストはキュッと引き締まったナイスバディ。
 女性なら憧れて止まない美しいプロポーションを持ち、太陽のような笑顔を見せる女性(ひと)。

 普通なら、私みたいな何の取り柄もない女、到底かなわないんだけど、でも大丈夫なの。
 だって、『彼』は私の『運命の人』なんだもの。
 今は目の前の女性(ひと)に目を奪われてるけど、『運命』が私と『彼』を引き寄せてくれる。
 決して運命には抗えない。

 そう……決して…。


 *


「お待たせしました、レディースセットです」
 ペコリ、と頭を下げて少年がニッコリ笑いかけてくれた。
 とても可愛いその笑顔に自然と笑みがこぼれる。

「いつもえらいわね、デンゼル君」
「ううん、全然えらくなんかないよ。でも、ありがとう」

 ちょっぴり照れ臭そうに、でもどこか誇らしげにはにかんだデンゼル君は、私のお気に入り。
『彼女』が育てている孤児の1人。
 とても素直で伸びやかに成長している姿は見ていて微笑ましい。
 これから先が本当に楽しみな男の子。
 そう感じているのは私だけじゃない。
 この店を訪れる客の大半はそう思っているのよ。
 そして、この店のもう1人の子供のことも同じように高く評価している。
 その女の子は、私の着いているテーブルとは対角に位置するテーブルの客へと料理を運んでいた。
 小さな身体に手一杯の料理。
 危なっかしいように見えるんだけど、女の子は実に慣れた動作で上手に運び終え、テーブルの客から頭を撫でられた。
 嬉しそうに笑う笑顔がとても愛おしい。
 でも、同時にとても切なくなる。
 どうして『彼女』が引き取り、育てている子がこんなに素敵な子供でいられるのかしら…。
 ううん、デンゼル君とマリンちゃんからしたら、とても幸せなことだって分かってるんだけど、何と言ってもティファ・ロックハートは私の恋敵。
 胸が締め付けられるような…、そんな複雑な気持ちになってしまう…。
 そして、そんなことを感じてしまう自分がすごくイヤな人間に思えて情けなくって惨めな気持ちになっちゃうの…。
 でも、この店に来ることをやめられない。
 だって、ここに『彼』がいるんだもの。
 私の運命の人が…。

 今もそう。
 私の視線は知らずと『彼』の姿を追ってしまっている。
 子供達の明るい笑顔も、他の客達の笑い声もどこか遠くにいってしまう…。

 どうしてこんなに好きなのかしら?
 どうして『彼』は『運命』に気づいてくれないのかしら?

「やっぱり…、もう少し私、なにか行動しなくちゃダメなのかしら…」
 思わず零れた心の声は、
「お姉さん、なにか悩んでるの?」
 もうとっくに私から離れて他のお客様の相手をしているはずのデンゼル君に聞かれていた。
 慌てて口元を押さえてみたけど、頭の良い子だからそんなことでごまかせないってすぐに分かった。
 それに、誰かに聞いてもらいたいって気持ちも確かにあったし、デンゼル君はまだ子供だから『恋のためいき』をこぼしたとしても、面白おかしく詮索はせず、黙って聞いてくれる…って思ったわ。
 だから…、だけど…。

「ううん、ごめんね、色々と仕事で思うようにいかないことがあって…」

 結局はそう言って微笑んで見せることを選んだ。
 やっぱり『恋のためいき』は男の子のデンゼル君には難しいでしょうし、子供とは言え、やっぱり恥ずかしい…。
 でも、ちゃんと笑えなかったみたい…。
 きっと、変に歪んだ笑顔になったんだわ。
 デンゼル君の可愛い顔が、心配そうに寄せられた眉のせいで台無しになっちゃったんだもの…。
 ごめんなさいね。
 でも、とても嬉しいわ。
 恋する乙女はいつも心が揺れてるものなの。
 だから、こうして優しさに触れるとうっかり涙が出そうになるほど嬉しくなっちゃう…。

「わわわ、お姉さん、泣かないで!」

 うっかり涙がこぼれかけた私に、デンゼル君が慌てた。
 でも、声を潜めてくれたのは、周りのお客様の見世物にならないように…という気配りからなんでしょうね。
 あぁ、なんて素敵な男の子なのかしら…。
 デンゼル君はきっと、将来『彼』みたいな素敵な男性になるんでしょうね。
 あぁ、そんな姿を想像したらなんだか涙も引っ込んでくれたわ。

「ごめんね、デンゼル君。大丈夫よ」

 うん、今度はちゃんと笑えたみたい。
 デンゼル君がちょっとホッとしたように笑い返してくれた。
 でも、その可愛い笑顔もすぐに消えてしまった。

「お姉さん…、もしかしてさぁ…、その…」

 なんとなく言いにくそうにモジモジする。
 私はデンゼル君にバレてしまったことを知った。
 子供にバレたくらい、どうってことはないはずなのに、やっぱり動揺してしまう。

 …そんなにあからさまにしてたかしら…。

「あの…お願い、言わないでね…。特に…ティファさんには…」
「言わないよ、うん!」

 ハッと顔を上げて力一杯頷いてくれたデンゼル君にとりあえずホッと息をついた。
 でも…と思う。
 デンゼル君は確かに鋭い。
 だから私がティファさん一筋で他には目もくれない男性(ひと)に惹かれていることがバレても仕方ないとは思うけど、それでもやっぱり心配になる。
 マリンちゃんや他のお客様にバレてるんじゃないか…。
 私の想いに気づいた誰かが『彼』に私のことを話したのではないか?
 だから、彼はいつも私の方を見ようともしないのではないか…?

 馬鹿げた考えだって分かってる。
 でも、1つ気になりだすとどんどん不安な気持ちが加速して、悪い方にばかり考えが向いてしまう…。

 それに。
 ティファさんも私の気持ちに勘付いていたとしたら?
 そしたら、きっと私のことを許さないわ。
 だって、彼の心を射止めていると自覚していて、あんなに幸せそうに微笑んでいるんだもの。
 いくら私が彼にとって本物の『運命の人』だとしても、現在(いま)はそうじゃない。
 現在(いま)は、彼にとってティファさんが『運命の人』として傍にいる。
 ティファさんから見たら、私のほうこそが横恋慕をしている恥知らずな女ってことだわ…。
 その事実がとても悲しくて辛い。
 好敵手(ライバル)がとんでもなく素敵な女性(ひと)だってことも、すごく苦しい。
 もしかしたら、ティファさんが彼に興味を失って、彼から離れる日が来るまで彼は私の存在に気づかないのかもしれない。
 そういう『運命』も確かに存在するんだから…。
 そうだとしたら、いったい何時になったら彼は私の元へ戻ってくるの?

 明日?
 来週?
 それとも……数年後?
 死ぬ直前?

 そんなのはイヤ!
 私は、出来る限りの時間を彼と一緒に過ごしたいの。
 愛を語り合って、想いを伝え合って、幸せな時を過ごしたいの。
 そして、愛の結晶である子供を授かって、小さくて良いから幸せな家庭を慎ましやかに育てたいの。

「お姉さん…」

 心配そうなデンゼル君の声でハッと我に返る。
 胸を占める苦しくて切ない想いが顔に出ていたみたい。
 気遣わしそうな顔をして、どこか直視したら失礼に当たるって思っているかのように、視線をちょっとそらしながらチラチラ見てくるデンゼル君に、恥ずかしいくせに心が救われるのを感じる…。
 せめて、これ以上心配かけないようにしなくっちゃ。
 だって私はもう立派なレディーなんだもの。
 自立した大人の女性として、こんなに小さなジェントルマンに心配かけてはだめよ。

「ありがとう、デンゼル君が心配してくれてとても嬉しいわ。私は大丈夫。だから、お仕事に戻ってちょうだい?」

 そっと髪の毛を撫でながら言うと、デンゼル君はとても困ったような顔をした。
 そんな顔をさせるつもりはなかったから、折角作った笑顔が困った顔になっちゃった…。
 情けない私に、デンゼル君は何回か口を開いて…、言葉を飲み込んで…、ティファさんをチラッと見て…、ティファさんに見惚れている彼をチラッと見て…、また私を見て…、を数回繰り返した。
 そして、思い切るように少し勢いをつけて息を吐き出し、真っ直ぐ私を見た。

「お姉さんも気づいてると思うけど、ティファしか見えてないんだ」

 真っ直ぐな視線と同じ、真っ直ぐな言葉は覚悟していたとは言え、私の心を揺さぶった。
 軽く息を吸ってから、
「知ってるわ」
 短く返す。
 デンゼル君は私から視線を外さないまま、その瞳に力を込めた。
 ドキッとするような真摯な瞳。

「お姉さんなら他にもっといい人が現れるよ」

 あぁ、そうだと良いわね。
 でも…。

「ダメなの…」
「どうして?」
「だって彼が私の『運命の人』なんだもの」
「そんなの誰が決めたの?」
「『運命の人』は私が決めるものじゃないわ。あらかじめ決められていた『道筋』であり『必然』の結果、与えられるべくして与えられた『生涯の伴侶』なのよ」
「お姉さんが決めたことじゃないってわけ?」
「えぇ。そういうものだもの」
「そんなのおかしいよ」
「どうして?」

 淡々と交わしたやり取りは、いつの間にか私が『問う立場』に摩り替わった。
 デンゼル君は頭が良いって改めて感じながら、どうして『おかしい』だなんて言うのか興味がわいた。
 ティファさんと談笑する彼からいつの間にか意識が完全にそれて、デンゼル君の答えに気持ちが飲み込まれる。
 小さな唇が開いて、その答えを言葉にした。


「好きな人って、自分の心が決めることだろ?『運命』とかそういうもののせいにするのはおかしい」


 私は目を丸くするしか出来なかった…。
 彼と運命の出会いをしてから恋の相談を誰にもしたことなかった。
 だから、こんな風に言われたのも初めてで、ただただビックリして言葉が出ない。

 デンゼル君は言葉もない私を真っ直ぐ見つめる。

「それに、お姉さんには勿体無いよ。だからちゃんと他の人を見た方が良い」
「そ……んなこと……」

 なにを言って良いのか分からない。
 ただ言葉が無意味に口から零れた。

 チリンチリン。

 ドアベルが鳴ったのはそんな時。
 デンゼル君がパッとドアを振り返って「いらっしゃいませ」と言いかけて顔を輝かせた。


「「 クラウド!! 」」


 デンゼル君とマリンちゃんの明るい声が店内に響く。
 他のお客様達がザワリ、となったのを放心状態でも感じ取ることができた。

「ただいま、デンゼル、マリン」

 軽々と子供達を抱き上げた青年に、ティファさんが嬉しそうに顔をほころばせながら歩み寄る。

「おかえりなさい、クラウド。疲れたでしょう?」
「ただいま、ティファ。いや、いつもと変わりない。大丈夫だ」
「そう?でも、まずは汗を流してきて。ちゃんと髪も乾かしてから下りてきてね」
「はいはい。ティファは母さんみたいだなぁ」
「もう!すぐそういうことを言うんだから」
「はは、悪かった。じゃあデンゼル、マリンもまた後でな」

 子供達の額に軽くキスをして、ティファさんの頬にも唇を落としたクラウドさんの姿に、うっかりときめきそうになる。
 頬に『ただいまのキス』を受けてほんのり頬を染めたティファさんはとても愛くるしくて、好敵手(ライバル)なのにうっとりとしちゃいそう…。
 そこでハッと気づいた。
 クラウドさんの優しげな瞳が一転して、鋭く射抜くようになったことを。
 視線の先には…。

 同じ瞳の男性。
 私の『運命の人』。

 バチバチッ!と火花が散った気がしたわ。
 彼のそんな鋭い視線、初めて見た…。
 射抜くような彼の視線はとても迫力があって素敵だったけど、やっぱり『英雄』って肩書きを持っているからなのかしら、クラウドさんの方が『強い』気がした。
 それは私だけの感想じゃないみたいで、周りからは他のお客様達が彼の無謀な挑戦を呆れる囁き声が聞こえる。

 一触即発という雰囲気の中、クラウドさんはゆっくりとカウンターの向こうにあるドアへ足を進めた。
 やけにゆっくりな気がしたけど、それは店の雰囲気が極度に緊張していたからなんだってことに後で気づいた。

 クラウドさんは、鋭い視線を投げたまま落ち着いた足取りで彼の傍を通り過ぎる。
 誰かが喉を鳴らした。
 でも、結局クラウドさんも彼も動かないまま、何事もなくクラウドさんは2階へと消えていった。
 息を詰めていた人達が一斉に吐き出す。
 そして、店の雰囲気はあっという間にさっきまでの明るい雰囲気に戻った。

 そんな喧騒の中、私は目を離せなかった。
 彼が悔しそうにギュッと唇を噛み締めて、膝の上で拳を握り締めているのが見えたから…。

 そんなに傷つかないで?
 どうして伴侶のいる人に恋焦がれているの?
 どうか私を見て。
 そしたら絶対に気づくから。
 アナタの運命の女がここにいるってことに。


「だからあの男の人はダメなんだって」


 また声がして顔を向けると、心底イヤそうな顔をして彼を見てるデンゼル君がいた。
「あの男の人、この前クラウドに決闘申し込んだんだ。『同じ元・ソルジャーなら俺もお前と同じだ!ティファの隣に立つ権利を持っている!』ってさ〜」

 その衝撃の事実に私は凍りついた。
 彼が決闘を?
 クラウド・ストライフに!?
 そんな…。

 絶句する私に、デンゼル君が気遣わしそうな視線を向けた。
「勿論、クラウドの圧勝。でも、あの人、ティファのこと、全然諦めないんだ。『ティファこそが俺の運命の人だ!』なぁんてこと言ってさぁ」

 ―『運命の人』―

 その言葉に心臓がギュッと縮まる。
 そんな…なんてこと!
 あの人の『運命の人』は、私なのに…!

「だから、お姉さんが同じこと言うのがすごくイヤだったんだ。あの男の人、ずっとティファにしつこくてさ。最初は俺もマリンもあの男の人が店に来てくれた時、すごく嬉しかったんだ。元・ソルジャーなんてクラウドと一緒だろ?クラウドはそういう『昔の仲間』みたいなのがいなくてさ。だから、来てくれた時、もしかしたらクラウドと友達になってくれるかもって思ったんだ。でも、全然でさぁ。それどころか、ティファにず〜っと言い寄ってて、ティファも困ってたんだ」

 …困ってた?
 それは過去のこと?
 それとも…今も困ってるの?
 でも、今も困ってるなら、あんな風に笑って接客が出来るかしら…。

「ティファは『店長』だからな。完璧に営業で接してる。だから、俺とマリンが時々邪魔しに行くんだけど、中々アイツ諦めなくてさ。それで、クラウドはティファに内緒でアイツの決闘を受け入れたんだ。条件として、クラウドが勝ったらティファにこれ以上近寄らないって…。それなのに…」

 盛大な溜め息。
 額に手を当てて首を振るデンゼル君を、どこか呆然と見つめる。

「あの通り、今も来るんだよなぁ、あの男の人。まぁ、決闘に負けてから前よりマシになってティファも仕事がしやすくなったけど、本当に往生際が悪いって言うか何と言うか…」

 ……そんな…。
 決闘を申し込んで相手の条件を呑み、敗北したというの?
 それなのに、その条件を反故にしていまだにティファさんの前に現れてる、そういうことなの?

「だから、あの男の人はクラウドみたいにカッコいいように見えるけど、はっきり言うと中身は全然ダメダメなんだ。お姉さん、あの人だけはやめといた方が良いって」

 足元からガラガラと何かが崩れていく音がするみたい…。
 ウソ…、信じられない。
 その言葉しか頭に浮かばない。
 私は確かに運命を感じたのに…、それなのに、ただの『勘違い』だったってこと…?

「わわっ!お姉さん、だから泣かないで?ね?お姉さんみたいに素敵な人には絶対すごく良い人が現れるから!」

 思わず涙がこみ上げた私に、デンゼル君は慌ててエプロンのポケットからハンカチを取り出した。
 そして、俯いて涙が流れるままにまかせている私へ軽く背伸びをしてそっと拭ってくれた。
 ふんわりとお日様の匂いがするハンカチだった。

「お姉さんはすごく優しくて綺麗で、いっつも俺とマリンに優しくしてくれる良い人だから、絶対に良い人と出会えるって」

 一生懸命慰めてくれるデンゼル君にますます涙が溢れる。
 私の隣のテーブルのお客様の視線が気になったけどどうしても止められない。
 デンゼル君は困りきった顔をして、一生懸命声をかけてくれた。

「お姉さん、大丈夫だよ。俺もマリンも人を見る目はあるから!俺もマリンもお姉さんのこと大好きだから、絶対に良い人に出会えるよ。その時は、きっとお姉さん、その人のことをアイツ以上に好きになれるから」
「…あの人……以上に…?」

 恥ずかしいけど、ちょっぴりしゃくりあげるように繰り返した私に、デンゼル君はニッコリ笑って力強く頷いた。

「うん!俺が保障する!」

 その笑顔にハッとした。
 優しい瞳に込められた強い光。
 小さいのに真っ直ぐと立つ姿。
 私なんかの心配をしてくれて、懸命に慰めようとしてくれる優しい心。

 私の中でカチリ…と何かの音がした。


 *


「デンゼル、あの女の人、大丈夫そうだった?」

 女性客が1人、ここ最近通い詰めては切ない瞳で自分に言い寄る男性客を見つめていることにティファは気づいていた。
 だが、とてもじゃないが彼女に『あまりオススメできませんからやめといたほうが良いですよ』とは言えなかった。
 丁度、彼女がセブンスヘブンに通い始めた頃からクラウドの仕事がまた立て込み始めてしまい、彼女がいる時間に帰宅出来ない日々が続いてしまったので、誤解されていることも気づいていた。
 それでも、近々クラウドは彼女のいる時間帯に帰宅出来るだろうから、その時に誤解も解けるだろう、とジッと待っていたのだ。
 そうしてようやく今日を迎えたのだが、やはり彼女にとってとても辛いことだったらしい。

 嫌われたかもしれない。
 そう思うと落ち込んだ。
 いつも、子供達に優しい笑顔と言葉をくれる素敵なお客様だったから、出来れば自分も親しくさせてもらいたかった。
 だが、彼女から見れば『男を手玉に取る悪女』として映ったかもしれない。
 そう思うと心がズーン…と重くなる。

「大丈夫だよ、なんか分かってくれたみたいで最後は笑ってくれたし、『また来ます』って言ってくれた」
「そう、良かった」

 デンゼルの明るい表情にティファはホッと息を吐いた。
 それとは対照的に、クラウドはカウンターのスツールに腰をかけてどこか不機嫌そうに肘を着いている。

「まったく…アイツ、いつになったら諦めるんだ…」

 ブツブツと呟くクラウドに、マリンがそっと気遣うように寄り添った。
「大丈夫だよクラウド。私もデンゼルもちゃんと見てるから」
「…あぁ、すまない。2人には迷惑をかける」
「そんなこと言いっこなし!はい、『スペシャルディナー』だよ」
「あぁ、サンキュ」
 マリンの運んでくれた料理をクラウドは口に運んで、ほんのり頬を緩めた。
 どうやらかなり美味しかったらしい。

 不機嫌が少し和らいだクラウドに、デンゼルとティファは顔を見合わせて微笑み合った。

 そうして…。




「こんばんわ」
「あ、お姉さん、いらっしゃい!」
「いつものやつ、お願いできる?」
「うん!ちょっと待っててね」
「あの…出来れば……」
「ん?なに?」
「その……デンゼル君が運んでくれると嬉しいんだけど」
「? なんか良く分からないけどオッケー」
「! ありがとう」


「ティファ…」
「…なぁに、マリン…」
「デンゼルって本当に気づいてないのかなぁ…?」
「…そう……なのかしら…。クラウドはどう思う?」
「……俺に聞くな」


 クラウド達がある意味、別の理由で頭をちょっぴり悩ませることになったのはそれからすぐのことだった。



 あとがき

 誰が何と言おうと、デンゼルはモテます!!(キパッ!!)
 そして、その事実に本人は鈍感なんです!!(← めっちゃ願望)

 はい、いつもクラウドやティファに恋焦がれる人がメインとなってしまうので、たまには異色のものをと思いまして(笑)
 少しでも楽しんで頂けたら嬉しいです♪