クラティ要素皆無です。
 オリキャラ贔屓ですので、苦手な方は回れ右でお願いします。
 大丈夫な方のみ、スクロールでどうぞ。


















 ― 人生は驚きの連続だ ―

 一体誰が言った言葉だったのか…と、寡黙なジェノバ戦役の英雄は考えた。
 そう考えるに至った原因の人物をしげしげと眺める。
 彼女はゆっくりと振り向いた。






移ろいゆく世界で







 見渡す限り緑の草原。

 ……に、先ほどまでいたはずなのに…。

「なんだってまぁ…こんなことになるのやら…」

 ヘビースモーカーで常にタバコを咥えてる仲間が、驚嘆とも呆れともとれる声でそうもらした。
 ヴィンセントは頷きこそしなかったが、その言葉に大いに賛成だった。
 と言うか、否定出来る要素がこれっぽっちもないのだ…、今回の件に関しては。

「すいません、危なかったものですから…つい」

 無表情で淡々と語るのは、まだ年若く、美しい女性。
 薄茶色の髪は肩に届くか届かないか…。
 触れるとフワフワした感触を与えてくれるだろうその髪を、彼女は風に好き放題に遊ばせている。
 瞳は自分達の仲間と同じ色。
 魔晄の色だ。
 しかし、彼と比べると、幾分色が濃い気がする。
 そしてその分、クラウド以上に何を考えているのか分からない目をしていた。

 飄々と現われ、そして気がついたらいなくなっている。
 そんな印象を持つ女性……アイリ。

 かつて、重度の魔晄中毒患者として、病の苦しみに耐えていた健気で儚い印象しか持ち得なかったと言うのに、この変わり様には驚きを通り越して、まるで夢見心地な気分になってしまう。
 恐らく、彼女が本来の姿を取り戻してから、彼らと一緒に過ごした時間が極端に少ないため、実感として感じるのにまだ抵抗があるのだろう……と、ヴィンセントとシドは結論付けるしかなかった。

 彼女は星の隅々まで駆けている。
 闇の残滓が暗躍しているからだ。
 彼女はその残滓を叩くことが出来る数少ない人間だった。

 いや、やっと人間になったばかり…と言う方がしっくりくるのかもしれない。

 生まれ変わったはずの人間としての生活を、彼女はおおよそ『それらしくなく』過ごしていた。
 エッジに居を構えているはずなのに、その『帰るべき場所』にはあまり寄り付いていないように見受けられる。
 ……という印象は、クラウドとティファの意見だった。
 シドとヴィンセントはそもそもエッジに住んでいるわけではないので、不定期に連絡があるティファからの報告で初めて彼女がそういう『危険な生活』を送っていると知った。
 そして、

『『 …アイリらしい… 』』

 と思ったのだ。

 アイリは自分の『幸せ』と言うものが『一般的に考えられるもの』からかけ離れたところにあると思っているようだ。
 少しでも『闇に囚われた』あるいは『囚われそうになっている命』を救うことの中に、己の幸せがあると考えている節がある。
 それはとても崇高な志……と、言えないこともない。
 だが、やはりそれは少々無謀ではないか、とヴィンセントやシドは思っている。
 クラウドやティファに至っては、その気持ちがうんと強い。
 だが、彼女が生きる道を選んでくれただけでも『めっけもの』と二人は思っているようだ。
 とりわけ、幸せというものは人それぞれであることをイヤというほど知っているため、彼女の行動を抑制させるようなことは口にしないように勤めている節がある。

 だがまぁ…。

 彼女がそうやって日々を送っていると、ティファから聞いていたので知っていたが、その場面に直面するとそれはそれでもう……。

『『 百聞は一見にしかず……だな… 』』

 と思わずにはいられない。
 クラウドとティファがこの場にいないことを心から『良かった』と思う。
 いたら絶対に蒼白になって、これからの彼女の生活に関し、口を出さずに入られなくなること間違いない。

 ヴィンセントとシド…、という妙な組み合わせの二人の元に、彼女がフラリ…と現われたのは、まさに晴天の霹靂だった。

 ヴィンセントはディープグラウンドの一件からこっち、以前よりはこまめに連絡をするようになっていた。
 相手は大概がシェルクだった。
 シェルクのメールに時折返事を返す…と言った具合だが、それでもかなりな進歩だ、と仲間達は驚きつつもその進歩を喜んでいた。
 そんなヴィンセントは、相も変わらず放浪の旅を続けていたのだが、信じられないことにシエラ号第二号の試運転をしていたシドに発見された。
 新型シエラ号第二号の順調な航行に満足していたシドだったが、モニターに映し出された壮大な草原の風景に、真っ赤なマントを認め、目をひん剥いた。
 そして、慌ててクルーに指示し、高度を下げると突然、仲間の目の前に飛び降りたのだ。
 驚いたのは勿論、ヴィンセントも同じ。
 いや、もしかしたらヴィンセントの方が驚いていたかもしれない。
 ただ残念なことに、彼はシドとは違って、驚いてもその表情がほとんど現われない。
 たった一言の、
「驚いたな」
 で片付けられてしまったので、シドとしては彼が本当に驚いたのか疑わしく感じられた。
 だがそれも…。


「「 !? 」」


 突然、辺りが殺気立ち、目に見えないはずのオーラが自分達へ悪意を孕んで突進してくるのを感じたことで中断された。
 纏わりつくような殺気と怨念。
 まるで、一年前のあの事件のような感触。

 アルファの一件を髣髴とさせるような、全身の毛穴が開き、汗がドッと噴き出る危機感。
 目に見えないそれらからやや本能で身をかわす。
 だが、一撃目を奇跡的に回避することが出来ても、二撃目はそうはいかないだろう。
 そこまで自分達が幸運の女神に好かれているとはうぬぼれていない。
 シドもヴィンセントも覚悟した。

 攻撃を受けたら、とりあえずその先へ反撃をする。

 そう思って身を硬くしたその瞬間。


 フワッ…。

 何とも言えない温もりと、香り。
 ほのかに香ったそれは……花…だろうか…?
 だが、その直後に起こったことでヴィンセントとシドは目を見開くこととなった。
 なんと、シエラ号の甲板にいたのだ。
 それも、宙で旋回していたシエラ号の甲板に!
 クルー達も当然驚いた。
 先ほどまで、モニターに映っていた二人の英雄が突如として消えてしまったのだから。
 後で聞いた話に寄ると、二人は突然、竜巻のようなものに巻き込まれたように見えたそうだ。
 しかも、二人には肉眼では見えなかったが、モニターにはその竜巻は真っ黒い色で映し出されたと言う。
 このままではとんでもないことになる、と慌てて救出に向かおうとしたその矢先。
 忽然と消えてしまったのだから驚いて当然だ。
 と言うよりも、竜巻によって遠くに吹き飛ばされてしまったのでは!?とパニックになった。
 事実、大きな竜巻が海の上などで発生し、それが遠い大陸に暴風として届いたときに、空から魚が降ってきた…という実例がある。
 勿論、そんな大型な竜巻だと、このシエラ号だって何らかの被害を受けるわけだし、そもそも二人の周りだけに怪奇現象が起きた、と考えたほうがよっぽど『それらしい』。
 だが、冷静に考えられるクルーがいただろうか…?
 いや、いない。
 だからこそ、シエラ号では上へ下への大騒ぎだった。
 その大騒ぎの原因が、ポカン…と間抜け面で甲板にいるところを発見したクルーの一人は、後日こう語っている。


 ― 『俺、ジェノバ戦役の知られざる素顔を見た気分だったよ。俺と変わらない人間なんだなぁ…』 ―


 アイリは甲板の柵に片足を乗せてスッ…と立っていた。
 シエラ号の今の高度はと言えば、英雄達救出の為に地上に向かおうとしていたとは言うものの、軽く高層ビルを超える。
 それゆえに甲板には凄い風が吹いており、とてもじゃないが柵の上に立つなど常人では無理。
 英雄達ですら、そんな自殺願望のような行動に出たことはない。
 それなのに、彼女は細い華奢な身体を全く微動だにさせず、好き勝手に髪を風に遊ばせていた。

「なぁ…、なんか分かんねぇが、とりあえず降りたらどうでい……」

 どこかヒヤヒヤしながらシドが勧める。
 ヴィンセントはただ無言で、つかみどころのない彼女を見つめた。
 少女と言うには大人で、女性というにはまだ若い年頃…。
 アイリはゆっくりと頭を振ると、
「まだ残ってるんです」
「あん?」
 首を傾げたシドに目を細めた。
 微笑んでいるわけではないのだが、その表情がとても柔らかくて、不覚にも二人の英雄はドキッとした。
 アイリはそんな二人から視線を地上へと戻すと、真っ直ぐに右腕を伸ばした。
 胸をそらせる。
 その瞬間。

 見事な漆黒の大翼が背に現われた。
 同時に彼女の薄茶色の髪が漆黒に…。
 紺碧の瞳が紅玉の色を湛える。

 右手には何もなかったはずなのに、彼女は今、陽の光を受けて輝く漆黒の水晶を持っていた。
 マテリアとは違う水晶。
 氷を砕いた時に自然と模られたような細長い六角形のような形をした『それ』。
 そう、まるで雪の結晶『六花』のようだ。
 太いその『六花』を縁取るように、細かな険を持つその水晶…、『クリスタル』。
 陽の光を受けて美しく輝くそのクリスタルは、だが二人の英雄の背筋を凍らせた。
 クリスタルの中心に宿っている禍々しい邪気を本能で感じ取ったのだ。
 漆黒に輝くそのクリスタルがその中心に抱え込んでいる『真っ黒い闇』は、陽の光を受けて鈍くドス赤黒く光っているのを二人は見た。

 悪寒と驚愕は一瞬。

 アイリが高々とクリスタルをかざしたのを合図としたかのように、地上から凄まじい勢いで飛び上がってきたものがある。
 それこそが闇の残滓であると、シドとヴィンセントは全てが終わって落ち着いてから察した。
 その時はただただ圧倒されて身動きが出来ない。

 暴風・竜巻となり、まるでシエラ号もろとも地上に叩き落とす、あるいは押し潰そうとするかのように、シエラ号を飛び超え、空高く巻き上がり、恐ろしいスピードで下ってきたその闇の残滓は、だがその勢いを殺さないままクリスタルの中に吸い込まれた。

 まさしくあっという間の出来事。

 シドとヴィンセントを捜すことに必死になっていたクルー達は、幸いにもその恐ろしい光景を目の当たりにすることはなかった。
 シドとヴィンセントを目撃した強運の持ち主であるたった一人のクルーが、棒立ちになってその一瞬を目撃しただけで済んだのは、本当に幸運だった…。

 とシドとヴィンセントが思えたのも、後々、落ち着いた状態で思い起こしてからだった。
 もしも沢山のクルーに目撃されていたら、シエラ号の航行はまともに行えず墜落したことだろう。


「さ、済みました」


 アイリの言葉がなければ、二人はまだ呆然と甲板に突っ立っていたかもしれない。
 たった今、見たものが信じられない。
 彼女は確かに…。


「闇を……取り込んだのか…!?」

 珍しく…。
 本当に珍しく、震える声でヴィンセントが問うた。
 シドは口に咥えていたタバコをポトリ…と落としていることにまだ気づかない。
 アイリは二人に声をかけた時には柵のではなく、既に二人の目の前に立っていた。
 呆然としている二人に、ほんの少し申し訳なさそうな顔をする。

「すいません。絶好の機会だったので、お二人の目から隠れて行うことが出来なかったんです」
「いや…そんなことはどうでも良い…それよりも…アイリ……君は何をしているんだ…」

 いつになく饒舌にヴィンセントが質問を重ねる。
 そして、その口調がこれまた彼らしくなく、震えていて、何かしらに対し、畏怖の念を抱いていると感じさせるには充分だった。
 シドは、目の前で起こったことがイッパイイッパイで、ヴィンセントとアイリの顔を交互にせわしなく見比べている。
 飄々とそこに立っているアイリと、強張って緊張感を走らせているヴィンセント。
 対照的な二人に、理由は分からないままシドも徐々に緊張してきた。

「アイリ……まさか、ずっと……」
「そうです」

 震える声を搾り出すようにして問うヴィンセントに、アイリは淡々とした口調で答えた。
 シドはそのやりとりの温度差に身震いをした。
 まだ分からない。
 ヴィンセントには分かったようだが…。
 シドはヴィンセントの耳元で、
「おい、どういうことだ…?」
 小声で訊ねた。

 だが与えられたのは。

「それが何を意味するのか分かってるのか!?」

 ビクッ!!
 身を震わせたのは、身を寄せるようにして立っていたシド。
 一方、アイリは相変わらず飄々としていた。
 今にもスーッと大気に溶けてしまいそうなほど儚い存在。
 だが、これ以上には存在し得ない『存在』として、二人の英雄の前に立つ。
 彼女はゆっくりと微笑んだ。

「貴方が思っているよりもずっと良く知っています」

 そう言いながら、アイリはゆっくりと甲板を歩き、自分がその上に立っていた柵に近づいて両手を置いた。
 彼女の視線はただ、真っ直ぐ前へと向いている。
 ヴィンセントは苛立ちも露(あらわ)にアイリの元へ大股で歩き寄った。
 そして、言い足りないもう一言を浴びせようとして…。

 彼は息を呑んだ。

 ヴィンセントが見たアイリは、『アルファ』ではなく、魔晄中毒に苦しむ闘病者の儚げな存在でもない。
 しっかりと前を見据えて生きている女性。

 ヴィンセントはその横顔だけで、彼女が固めている覚悟・決意を垣間見た。
 そうして悟った。


 彼女はやはり、『地獄に堕ちる』つもりなのだと。


「ヴィンセントさんも、私の邪魔を?」
 アイリは真っ直ぐ前を見つめたまま、隣に立つヴィンセントに声をかけた。
 ヴィンセントが正確にアイリの『想い』を感じ取ったのを察したのだろう。
 確か、『アルファ』の時、アルファは人の心を読むことが出来た。
 もしかしたら、アイリとなった今でも人の心を読むことが出来るのかもしれない…。

 ヴィンセントはぼんやりと思った。
 少なくとも、今、このときは彼女はヴィンセントの心の変化を感じ取ったと証した。

 ヴィンセントは、アイリと同じように柵に手を置き、少し身を乗り出すようにして凭れ(もたれ)かかった。
 目の前には真っ白い雲と澄んだ青空、少し視線を下げると見事な草原。
 そのずーっと先には……地平線だ。
 素晴らしい大自然の光景が広がっている。

 そう。
 世界は生まれ変わったのだ。
 沢山の新しい命が生まれ、歓びを星が歌っているようだ。
 そしてこの素晴らしいものを守ったのは…。


「私が邪魔をしないとでも?」
「ふふ、そうですね。邪魔しないはずはないですね」


 ヴィンセントは命の喜びに満ちている大自然から視線を『星の命の救世主』とも言うべき女性に流した。

 そのときの彼女の顔に浮かんでいたのが…。



 女神の微笑み。



「私がしていることは兄や従兄弟にとって、甚だ喜ばしくないことなんです」

 シドが傍に来たのを確認してから、アイリはゆったりと話し始めた。

「確かに、『闇の残滓』を『クリスタル』に封印するのは危険でしょう。一つの入れ物に放り込むということは、彼らの結束を固めることになりますからね。力を一つに合わせることを覚え、このクリスタルから飛び出すことになれば、一番最初に餌食となるのは私でしょう」
 ですが…。

 アイリは微笑んだ。
 そっと胸の中心に手を添える。

「私の全霊を……全魂をかけてこれは私が地獄にもって行きます」

「そうしたら、きっとこの星に『闇の帝王』となるべきものはもう二度といなくなるはずです。彼らにはおおよそ『仲間意識』というものが欠落していますからね。だから、力を合わせて何かを成しえるかもしれない可能性をこのクリスタルに封じ込めることが出来れば、『セトラから今の人類』へと『時代(とき)の移行』を成し遂げた今、この星の命の流れで浄化することが出来るはずです」

「ですから、残された私の役目は『闇の残滓』を出来るだけ封印すること。そしてそれが出来るのも私だけです」

「これが一杯になったころあいを見計らって…」



「私は死にます」



 沈黙。
 ただ風の音だけがごぉごぉと三人を包む。
 シドはあんぐりと口を開け、ヴィンセントは眉間のしわをより深くした。
 アイリが、地獄に堕ちることよりも生きて幸せになる道を選択したのは、いわば『彼女の愛するもの達の脅迫』ともとれる言動があったからだと知っている。
 だが、まさかここまでとは。
 彼女自身、自分の成し得た功績を功績として認めず、それどころか未だに『未来に向かって死ぬ道』を模索しているとは…。
 ヴィンセントとシドに真相を話した彼女の真意が二人には分からない。
 グルグルと色々な疑問が頭を回る。
 だが、どこかでもう既に答えも出ていた。

 彼女がこうして真相を話したのは、シドとヴィンセントに『口封じ』をしたのだ……と。

 彼女が禍々しいクリスタルを持っていたという事実を目の当たりにした二人が、心配のあまりクラウドやティファに打ち明ける可能性は皆無とはいえない。
 そしてアイリはクラウドと…、特にティファには余計な心配をかけまいとする傾向がある。
 特に何があった…というわけではないのだが、そう感じるのだ。
 だから、アイリは機先を制した。
 クラウドとティファに絶対にしゃべらないように…。

 それをシドは卑怯だと思った。
 そんなことを打ち明けられたら、ここにいない仲間達にも誰にも話せないではないか……と。
 だが、そう非難する気持ちと、『アイリらしい』と納得する気持ちが相反して胸の中を占めている。

 一方ヴィンセントは、かつての自分を見ているようだ…と思っていた。
 神羅屋敷の地下で棺桶に篭り、悪夢を見ることが…、自分を追い詰めて苦しめることこそが唯一出来る贖罪だと勘違いしていたあの頃と…。
 なんと言う時間の浪費をしていたことか…と、今では振り返ってそう思えるが、その時はあれが唯一のことだと思っていた。
 今のアイリもまさしくそう言うものではないか…と考えてしまう。
 だが、同時にアイリが出来る贖罪とは他に何があるのだろう?
 恐らく、他に出来ることと言うのは、第三者が示すことで分かるものではない。
 他の人間なら第三者の存在で新たに目が開かれると言うことが多々あるが、彼女の場合は…。

 だからと言って、アイリが自己満足の上に地獄に堕ちるその瞬間をただ見守ることしか出来ないと言うのは真っ平ごめんだ。


 だから…。


「アイリ…、おめぇに一言だけ言っておくぜ」

 シドにしては珍しく、真っ直ぐ相手の目を見て、ふざけることなく真顔で口を開く。
 アイリは紺碧の瞳でそれを見つめ返した。


「おめぇは、クラウドやティファに対して特別な思い入れがあるからこそ、絶対にこの二人にはてめぇがしてることをバレないようにって思ってんだろ。だがな…」

 言葉を切って思い切り息を吸い込む。



「バカにしてんじゃねぇ!てめぇが地獄に堕ちたら、クラウドとティファとおんなじくれぇ、俺やヴィンセントも辛いんだよ!それを忘れんな!!」



 ごぉごぉと鳴る風の音をかき消すようなシドの怒鳴り声。
 アイリはチラとも揺るがず、それを聞いていた。
 ヴィンセントもシドの隣で僅かに眉を開いただけで、真っ直ぐアイリを見つめる。
 二人にじっと見つめられ、アイリが口を開いた。



「そういうことだ。忘れるなよ?」



 ハッ!と、シドとヴィンセントは振り向いた。
 そこに立っている青年に目を丸くする。

 漆黒のクセのある髪を妹と同じように風に好き放題に遊ばせて、彼女の魂の双子が立っていた。


 いつの間に!?
 って言うか、どうやって!?


 それらの疑問をシドもヴィンセントも口には出来なかった。
 おおよそ、この兄妹には自分達の常識が当てはまらない。
 突然の兄の出現に、アイリは小さく溜め息を吐いた。
 どこか諦めたような…その仕草に、シュリはゆったりと歩み寄った。
 口元には、ほんの微かな微笑み。

「アイリ。お前が死のうとしたその瞬間、俺もライもその直前に逝く。先に逝って、お前が地獄に堕ちるのを絶対に阻止してみせる」
 ちゃんと覚えとけよ?

 穏やかな表情の奥に隠されている強い意志を表す漆黒の瞳。
 アイリはほのかに微笑み返した。

「本当に皆さん、お人よしばかりなんですから…」
「お前に言われるとは心外だ」

 ヴィンセントが絶妙なタイミングで突っ込んだ。
 それをきっかけとしてシドがたった今まで漂っていた緊迫した雰囲気を吹っ飛ばすように笑い出した。
 シュリも笑った。
 笑いながら妹の肩を引き寄せ、二人の英雄に軽く会釈をした。

「これからも色々とご面倒おかけしますが、よろしくお願いします」

 妹の兄としての言葉。
 ほんっとうに珍しく、ヴィンセントも微笑んでそれを受けた。
 すっかり明るい気分になったシドが、
「おうよ!邪険にされたってほっとくか!それよりも、腹減ったな!シエラ号第二艇のメシは、ティファの料理とまではいかねぇが美味いんだぜ!俺様のおごりだ、食ってけ!」
 そう言って、三人を艇内へと誘った。
 ヴィンセントは「ふっ…」と笑いながら…。
 シュリは妹の肩を抱き、アイリは兄に肩を抱かれてすっかりリラックスしながら、シドの後をゆったりと歩いていった。

 そして、ふと立ち止まる。

 甲板から見える大自然へ視線を走らせる。



「移ろうことの出来る世界……」



 言葉にしたその感無量な想い。
 シュリもどこまでも続く草原と、透けるような空の青が見事に調和している世界を見て小さく頷いた。

「もう、過去に縛られる世界じゃない。過去を生かして前に生きる世界だ」

 そうして二人は微笑み合った。


 少し前を歩いていたヴィンセントが少しだけ振り向いて頬を緩ませ、先を歩いていたシドが三人を呼ぶ大声に再び足を動かした。



 どこまでも輝く命の世界を、シエラ号第二艇は厳かに走る。