マリンはまた一人でやって来ていた。
 奇跡の泉に溢れるこの教会に…。



私だけの王子様♪




 マリンがここに一人で来る時は、誰にも顔を見られたくない時。
 独りで泣きたい時。

 そう。
 今日もやってしまった。
 子供らしく…女の子らしく考える友達との口論。
 別に、友人達の夢を否定しているわけでも、ましてや壊しているつもりでもない。
 だが、その子達に言わせると、

『マリンちゃんとお話ししてたら何だか夢が冷めちゃう!』
『なんだか気分悪い!』
『マリンちゃんは私達の事、バカにしてるの!?』

 そう言って怒らせてしまった。
 バカになど…………………少ししてるかも……。
 何しろ、友人達の夢とは…。



 いつか、お金持ちで頭良くて、すっごく優しくてカッコイイ人と結婚した〜い♪
 王子様みたいな人が良いよねぇ〜♪



 なのだから。
 もっと、地に足つけた考えを持ったら…?

 と、マリンは思ったのだ。
 その時点で、マリンが同年代の子供達と比べていかに現実的に世間を見ているのかが窺える。
 もしもこのことを親代わりの二人が知ったら、青ざめて仕事を暫く休む!!と騒ぎ出すだろう。
 なにしろ、自分がこんなにも現実主義になったのは、店の手伝いのさせ過ぎだと信じているのだから。
 だが、マリンはそんな事はないと思っている。
 この自分の考え方は、確かに同年代の子にはあまり見られないものの見方だろう。
 しかし、中には分かってくれる友人もいるわけで。

 そして、例に洩れずその友人の男の子は心配そうに後を付いてきてくれていた。
 しかし、そのありがたい申し出を『ティファに頼まれて買い物しなくちゃいけないから』とやんわりと断った。
 それでも尚、心配して『じゃあ、買い物付き合うよ』と言ってくれた友人に、内心で感謝しつつニッコリと笑って、その友人を呼んでいる男の子達を指差した。
 サッカーのゲーム途中だったのだ。
 ちょっぴり機嫌が悪い顔をして友人の男の子にゲームに戻るよう言っている。
 そして、いつもならその男の子達に混じっているはずの兄のような存在であるデンゼルは、今日は少し早めに帰宅していた。
 クラウドが久しぶりに早く帰ってくるからだ。
 どういう風の吹き回しか分からないが、クラウドのバイクに乗っけてもらって、簡単な配達の光景を見せてもらえることになったのだ。
 今までどんなにせがんでも『仕事だからダメ』と言っていたのに…。
 勿論、マリンも見たがったが、子供を二人も連れて配達には行けないため、じゃんけんをしてデンゼルが勝った…というわけだった。
 明日はマリンの番になっている。
 だから、今日公園で起きた出来事がティファにバレる恐れはない。
 友人達とまた言い合いをしてしまった不幸の中で、唯一そのことだけが救いだった。

 力なく項垂れて壊れたままのドアを跨ぎ、トボトボと花が咲き乱れている場所へ向かって歩いていると…。

「あれ?マリンちゃん?」
「 !? 」

 誰もいないと思っていたのに、突然声をかけられてビックリして顔を上げる。
 そこには、紫紺の瞳をしたさらさらの漆黒の髪を持つ青年と、薄茶色の髪をサラリと風になびかせ、虚ろな瞳を宙に漂わせている若い女性。

「ライお兄ちゃん!アイリお姉ちゃん!!」

 パッと顔を輝かせて駆け出す。
 先ほどまでの憂鬱な気分がウソのようだ。
 久しぶりに見る温かな紫紺の瞳に自然と笑顔がこぼれる。

「どうしたの?こんなところに一人出来て?」

 しゃがみ込んで視線を合わせてくれる青年に、マリンは少々バツが悪そうにもじもじしながら俯き、
「えっと……時々来るの…」
 無難な言葉を選ぶ。
 青年はちょっと小首を傾げたがあえて深く追求せずに、マリンの頭を軽くポンポンと叩いて、
「そう。僕は初めて来たんだよ。すっごく綺麗で…なんか神秘的なところだね」
 ニッコリと微笑んだ。
 マリンは突っ込まれた質問をされなかったことにホッとすると、改めて青年の傍らに座っている女性に顔を向けた。
 相変わらずどこを見ているのか分からない女性。
 だが、何故か無性にホッとするその存在は、マリンや他の人を惹き付けずにはいられない。
 ぴょこん、と女性の傍らに座りこんで、顔を覗き込みつつ手を握る。
 その手は相変わらずとても柔らかくて……それでいて…儚くて…。
 いや、手だけではない。
 女性自身がとても……儚い。
 少し目を離した隙に消えてしまいそうな…そんな印象を受ける。

「こんにちは、アイリお姉ちゃん!」

 キュッ…。

 僅かに手が握り返される。
 そして、どこかぎこちなく…ゆっくりと顔が動いてマリンの方へと向けられる。
 その動きはどこかマリオネットのようでギクリ、とさせるものだったが、それでも彼女がマリンの言葉を聞き、それに応えてくれようとしている証であることをもう少女は知っていた。
 嬉しくて満面の笑みを浮かべ、思わず女性の膝に頭を押し付けてクスクスと笑う。
 その姿に、プライアデスは嬉しそうな顔をしながらゆっくりと腰を下ろした。


「どうしてここに来たの?」
 暫く穏やかな時間を過ごした後、そう訊ねるマリンに、青年は微笑みながら口を開いた。
「一度来てみたかったんだ。ここでクラウドさんが助かった…って話を聞いていたし、シュリ中佐もここがお気に入りだって話をしてくれたことがあるから」
「え!?」

 思いもしないその言葉にマリンの大きな目がまん丸になる。
 プライアデスはクスリ…と笑うと軽く頷いた。
 そして、その流れで大切な女性(ひと)を見る。
「クラウドさんが魔晄中毒に罹ったことがあるでしょ?アイリにも僕が出来ることが何かないか…ってずっと思ってるわけなんだけど、中々なくてね。魔晄中毒とは違うけど、星痕症候群を癒してくれたこの場所なら…アイリにも何か良い影響がないかな…って、クラウドさんがここで助かったって話を聞いてからずっと思ってたんだけど、なんだかんだやらなくちゃいけない事があって…」
 そう言って視線を少女に戻す。
「それで一昨日、『いつか連れて来たい…』って話を食堂でリトにしてたら、通りかかった中佐がオススメしてくれたんだ。『魔晄中毒に良い影響があるかどうか分からないが、あそこは落ち着いて良い場所だ。俺も時々行くけど、お気に入りだな』って…」
 マリンは目をまん丸にしたまま、ポカンと口を開けた。
「シュリお兄ちゃんがそんな事言ったの!?本当に!?!?」
 キュッとプライアデスの上着を握ってビックリするマリンに、青年はおかしそうに笑いながらコックリと頷いた。
「本当に。僕もリトもちょっとびっくりしたけど、中佐は優しい人だからね。僕がアイリに何も出来ない…って悩んでることをちょっと気にしてくれてたみたいなんだ…」
 一昨日、初めて知ったんだけどね。

 ニッコリ笑って優しくマリンの髪を撫でる。
 マリンは呆けたような顔をして、マジマジと青年を見上げた。

「そうだったんだぁ…」
「うん。本当は今日もちょっと仕事に出なくちゃいけなかったんだけど、中佐からメールがあってね。『暫く休暇を取っていないようだから、今日、明日は任務から外す』ってさ」
「……シュリお兄ちゃんらしいよね」
 遠まわしに、アイリを教会に連れて行ってやれ…と、言っているシュリの思いに、ニッコリと笑みが浮かぶ。
 笑顔の少女に、プライアデスもコックリ頷いた。
「本当に。いつも無愛想で他人を寄せ付けないのに、良く周りを見ててさり気なくフォローが出来る…。凄い人だよ…」

 少し目線を上げて空を見る。
 遠くを見るようなその紫紺の瞳には、きっと年下の上司を描いて見ているのだろう…。

 癖のある漆黒の髪。
 何事にも興味がない…と言っているような冷めているのに、どこかホッとさせる、まるで夜の星空のような瞳。
 スッと整った顔。
 いつもキリリと結ばれた口元。

 立ち居振る舞いは流れる水のように無駄がなく、内に秘めている力は風のようにとらえどころがない。
 無風かと思えば突如として吹き荒れる突風のようで……。

 そんな青年を、紫紺の瞳の青年は慕っていた。
 年下だから…。
 元ストリートチャイルドだから…。

 そんなことは一切関係なく、彼は『シュリ』という人間を見ている。
 だからこそ、無愛想でとっつきにくい彼に対して、親しみを感じているし、尊敬の念を抱いている。

 マリンは、大好きなシュリを大好きなプライアデスが好意を持っている事に、嬉しくて胸がドキドキとしてきた。
 先ほどまで落ち込んでいた気分がウソのようだ。
 嬉しそうにニコニコとしながら、再びアイリの傍ににじり寄ってその膝の上にコロリ…と頭を乗せた。
 そっと……アイリの繊手が伸びる。
 マリンの前髪にゆるゆると触れるアイリの魔晄の瞳は、マリンを見ていない。
 だが、どこか懸命に少女へ焦点を合わせようとしているように見える。
 それだけで、ここに連れて来て良かった…と、プライアデスは紫紺の瞳を細めた。



「それで、クラウドったらまた無理に仕事してるの!もう、ティファがすっごく心配してて大変なんだから」
「あぁ…クラウドさんらしいね。困ってる人を見たらついつい手を差し伸べちゃう…っていうところが…」

 頬をプン、と膨らませて最近の出来事を語る少女に、苦笑いを浮かべる。
 金糸の髪をツンツンに立て、普段は無愛想、無表情なのに、本当はとても優しくて…照れ屋で…。
 自分の感情表現が極端に苦手なジェノバ戦役の英雄。
 プライアデスの憧れの人の一人。

「それで、クラウドさんはいつ帰って来れそうなの?」

 軽く身を乗り出してそう訊ねると、少女はアイリの膝に頬を押し付けるようにして視線を逸らした。

「分かんない……。本当は今夜には帰って来れるはずだったのに…」
「そう…」
「もう六日もクラウドの顔見てない…」
「……寂しいね」
「……うん」
「それに…心配だね、クラウドさんのこともだけどティファさんが…」
「……うん」

 青年の言葉に頷いて溜め息を吐く。
 大きく吐き出した息で、目の前の黄色い花がユラリと揺れる。
 プライアデスはクスクス笑いながらポンポンとマリンの背を叩いた。

「マリンちゃんはまだ小さいのに苦労してるね」

 大きな温かい手でポンポンと叩かれ、ふいに涙が出そうになる。
 先ほどの友達とのやり取りが急に思い出されたことと、温かくて優しい言葉に気持ちが緩む。
 でも、持ち前の気を強く持たなくては!という性格から、青年に悟られまいとして反対を向いた。

 マリンの泣きそうな顔に青年は気付いたが、少女の性格もしっかり知っているが故に、黙って軽く背を撫でるように叩き続ける。

「マリンちゃんはもう少し、気を抜いてもいいと思うんだけどなぁ…」
「………」
「ま、でもそういう頑張っちゃうところがマリンちゃんの良いところなんだろうね」
「……そんなことないもん」

 くぐもった声に、ちょっとだけあやすように叩いていた手のリズムが狂う。
 だが、
「そうかな?少なくても僕がマリンちゃんくらいの年の頃は、全然可愛くなくて偏屈で気難しくて我がままだったからね。えらいと思うよ?」
 言葉を選び、ゆっくりとしたリズムで背を叩く。
 マリンの髪をゆるゆるとアイリの華奢な手が撫でた。

「…でも、他の子達みたいに可愛くないもん」

 ボソボソと呟く少女に、青年は困ったように眉根を寄せ、背を撫でていない方の手で自身の頭を掻いた。

「どうして?とっても可愛いよ」
「可愛くないもん…」
「いつも一生懸命頑張ってるマリンちゃんはとっても可愛いよ?」
「可愛くないもん!」

 急に声を荒げてガバッと起き上がったマリンに、プライアデスは目を丸くした。
 アイリは……相変わらず何を見て、何を考えているのか分からない虚ろな顔のまま…。
 マリンの髪を緩慢に撫でていた手が、所在なげに膝に落ちる。

 マリンは大きな目に涙を浮かべて、プライアデスを睨みつけた。
 今にも涙がこぼれそうだ。

「他の子達みたいに可愛いこと考えられないもん!お伽話とか、王子様とか…そんなの好きになれないし…!…憧れる将来とか……そんなの考えられないもん!」

 大声で一気に言い切ると、クシャクシャと顔を歪めて「きゅ〜〜〜……」と高い声を上げながら蹲った。
 声を殺そうとして…泣くまいとして…。

 プライアデスは初めて見るマリンの興奮した姿に、暫しポカンとしていた。
 が…。

 そっと腰を上げてマリンのまん前にしゃがみ込む。
 ヒック…ヒック…と、嗚咽を堪える小さい身体をフワリと抱き上げ、ビックリする少女を柔らかく包み込んだままアイリの隣に座り込んだ。
 片足を伸ばし、片足を立ててマリンの身体をスッポリと包む。
 そのまま身体をユラユラと揺らしながら、ポンポンと背を叩いた。

「マリンちゃんは可愛いよ。こうやって泣くのを我慢するところとか、ちょっと意地を張って頑張りすぎるところとか…ね」

 まるで子守唄を歌うように語りかける青年に包まれ、最初はビックリしすぎてガチガチだったマリンも、すぐにその緊張を解いた。
 頭をプライアデスの胸に頬を押し付けられるように抱っこされている為、青年の鼓動が耳に優しく響いてくる。

「マリンちゃんは、真っ直ぐ周りを見てるから、同じ年の子供達とちょっと考え方が合わないだけだよ。真っ直ぐ周りを見て、感じて、自分の中でしっかり受け止める。それが出来るようになるのはもっと年が経たないと難しいことなんだけど、マリンちゃんはそれが周りの子供達よりも早く出来るようになった……それだけだよ」
「………」
「その子達が、マリンちゃんと同じ様に考えられるのはまだ先かもしれないけど、いつかは絶対にマリンちゃんと同じ様に考えられる日が来るよ」
「………そうかな……」

 小さな呟きは、青年の瞳を細めさせた。
 そっと傍らに座る女性を見る。
 紺碧の瞳は聖なる泉に向けられているが、その目は何も映していない。

 暫しの沈黙。

 プライアデスはそっとマリンから身体を離して目の前にゆっくり立たせた。
 不安そうに揺れる大きな瞳を覗き込む。

「マリンちゃんは、僕と初めて会った時に『綺麗な目だね』って言ってくれたよね」

 青年の言わんとしてることが分からず、戸惑いながらもコックリ頷く。

「それに、アイリを怖がったことは無かったね」

 マリンは益々困った顔をして…再び頷く。
 プライアデスは微笑んだ。

「それがどれだけ凄いことか、きっと分かる時が来るよ。それが分かった頃、マリンちゃんの周りにいる同い年の友達が、マリンちゃんと同じ考えを持つようになるよ…多分ね」

 どう返事をして良いのか分からず、チラリ…とアイリを見る。
 今にも消えてしまいそうな女性は、ただぼんやりと宙へ視線を彷徨わせている。
 今のやり取りを聞いてるかどうか…甚だ疑問に思える。
 マリンは視線をプライアデスに戻した。

「そう…かな…?」
「そうだよ」
「どうしてそう思うの?」
「それは、マリンちゃんが『大人の世界』を知ったってことだから」
「『大人の世界』って……?」

 歯切れの悪い口調で訊ねる。
 プライアデスは「ん〜…そうだね…」と、ちょっと考える素振りをして、再びマリンをフワリと抱きしめた。
 身体をユラユラ揺らしながら、ゆっくりと話す。

「マリンちゃんはまだまだ子供。これから少しずつおっきくなっていくだろ?それは皆そうなんだよ。おっきくなる間に、沢山の出来事を体験して皆おっきくなるんだ」
 それは分かるだろ?

 優しく問われて素直に頷く。
 良く出来ました…と言う様に、青年の大きな手がマリンの頭を撫でた。

「おっきくなるまでに体験することは、良い事も沢山あるし、イヤなことも沢山ある。イヤな目には誰も会いたくないけど、それでもイヤな思いをすればするほど、その人は周りの人に優しくなれる可能性が高い」
「………優しくなれる…じゃなくて『可能性が高い』なの…?」

 不思議そうに顔を上げ、見つめるマリンに、プライアデスは苦笑いを浮かべた。

「そ。残念だけど、人間は色々だからね。イヤなことばっかりにあってると、そのうち心が捻じ曲がっちゃう人もいるんだよ」
「……あぁ……そっか…」

 マリンの脳裏に、セブンスヘブンに時折来る、ガラの悪い客層が思い浮かんだ。

「マリンちゃんは今、とっても悲しい思いをしてるよね?もしもこれから先、マリンちゃんと同じ様に悲しい気持ちを味わってる人がいたら、マリンちゃんは今以上にその人の事を心配して、なんとかしてあげようとする優しい人になれる。そう僕は思うよ」
「………」

 青年が言おうとしていることが良く分からず、困った顔のままジッと見る。
 紫紺の瞳を真っ直ぐ泉に注ぎ、輝く水面に目を細め……。

「マリンちゃんは凄い女の子だよ。僕はこの目の色の事でずっと辛い思いをしてきた。初めて会って、僕の目の色で気味悪がらなかったのは、アイリ以外ではデンゼル君とマリンちゃんだけだよ」

 マリンは大きく目を見開いた。
 プライアデスが、紫の瞳をしているが故に辛い思いをしていたことは知っている。
 そして、自分達が初めて出会った時、綺麗だ…と褒めた時に青年が『アイリ以外では始めてだよ』と言ってくれたことも覚えている。
 それなのに、改めて自分を優しく包み込んでくれている青年が、辛い思いをしていたことを思い知った気がした。

「マリンちゃんは、まだまだ沢山の人と出会っていく、これから…ね。その人達と触れ合うことで、マリンちゃんと同じ様に『相手』を見て接する事が出来る人って本当に少ないんだって知っていける」
「………」
「そうやってね、そこで色々沢山考えるんだ。『どうしてこの人はこんな考え方をするんだろう?』『どうしてこの人はそんなことを言うんだろう』ってね。そうやって一つ一つの問題を解決していって、人間は『大人の世界』を知っていくんだ。少しずつ少しずつ…おっきくなっていくんだよ。いっぺんに沢山見たり聞いたりすると、心がそれについていけないから、少しずつで良いんだ。今は辛いと思うけど、きっとマリンちゃんは素敵な大人になれるよ」
「……そう…かな…?」
「そうだよ」
「…………」

 はっきりと『素敵な大人になれる』と言ってくれて嬉しいはずなのに、マリンは顔を伏せた。
 友達と仲良く出来ない自分が、そんな『素敵な大人』になれるとはどうしても思えない。
 キュッとプライアデスが軽く力を入れて抱きしめた。

「それにね、マリンちゃんはまだ出会ってないだけだよ」
「……?」


「マリンちゃんの王子様に」


 何度目かの驚き。
 ビックリして顔を上げた少女の目に、悪戯っぽく笑っている青年が映る。

「マリンちゃんは同年代の子供達よりも『大人』に近い考えを持ってるから、同年代の子達が頼りなく思えるんでしょ?」

 黙っているマリンに、プライアデスはクスリと笑った。

「大丈夫。ほら、マリンちゃんの身近にとっても良い例があるじゃない?」
「…良い例…???」


「クラウドさんとティファさん」


 あ……、と呟いてマリンはしげしげと青年を見た。
「ね?とっても良い例でしょ?あの二人は『ジェノバ戦役の英雄』っていう肩書きがなくてもとっても素敵な二人だよね。クラウドさん自身、ティファさん自身、本当に素敵だけどさ…クラウドさんとティファさんが二人揃ったらもっと『良い』だと思わない?」
「…えっと……何が……?」

 困ったようにモジモジしながらあれこれ考える。
 例えば…。

『ティファ…悪いけど急な仕事が入った』
『…クラウド、最近仕事休んでないけど大丈夫?』
『ああ、俺は体力以外に自慢出来るものが無いからな』
『…プッ。それ、何だか自慢にならないわよ?』
『……そうか?』
『そうよ。でも、まぁクラウドらしいわね』
『…褒められてる気がしない…』
『あら、とっても褒めてるのに』
『…………』
『ふふ、拗ねないで!はい、じゃあすぐにお弁当作るわね』
『ああ…すまない…』
『もう!また謝る!良いんだってば、気にしないで』
『…ありがとう…』
『///……どういたしまして』

 確かに。
 二人揃ったらその場の雰囲気が良い。
 とっても温かくなる。
 だが、だからと言って『王子様』と『お姫様』という感じではない。

 首を傾げてうんうん唸るマリンに、青年はクスッと笑った。

「マリンちゃん、王子様っていうのは何も綺麗な服着て気取った人じゃないんだよ」
「…?」
「たった一人の大切な人…。一緒にいて幸せになれる人。その人とずーっと一緒にいて、一緒に頑張ろうって思える人。それが『マリンちゃんの王子様』だよ」

 柔らかな微笑みに、マリンは薄っすらと頬を染めた。
 こうもはっきりと『自分だけの王子様』と言われたことなどない。
 いつも、友達は『マリンちゃんには関係ないもんね』と決め付け、話しをしなくなったり今日みたいに怒ったり…。
 この手の話しにはマリンにとって縁遠かった。

 それなのに…。

「マリンちゃん。クラウドさんにとってのお姫様はティファさんでしょ?それに、ティファさんにとっての王子様はクラウドさんだよね?お二人はとっても素敵だけど、お伽話の中に出てくるような『王子様』と『お姫様』じゃないよね?」
「…うん」
「それでも、やっぱりクラウドさんとティファさんにとっては、ティファさんがお姫様でクラウドさんが王子様なんだ。それは分かるかい?」

 プライアデスの言葉は、マリンの胸にストン…と落ちてきて染みこんだ。
 友達の言うような綺麗な服を着ているわけでも、金持ちなわけでもない。
 だが、二人にとって、お互いがかけがえのない存在で、他の誰もその代わりなど出来ない。

 プライアデスの言わんとしている事…。
 それは、お互いがお互いを必要として一緒に隣を歩く人。
 それが所謂(いわゆる)自分だけの『王子様』と『お姫様』なのだ。

 マリンはパッと顔を輝かせて、
「うん!」
 と頷いた。

 そう。
 自分は『子供らしい』考え方が出来ない。
 だが、すぐに周りの友達も、『自分の考え方』になる日が来る。
 その時、自分だけの『王子様』に出会える……そうプライアデスは言ってくれている。

 明るい笑顔を見せたマリンに、青年はニッコリと微笑んだ。
 傍らにいる女性へ顔を向け、

「僕にとってのお姫様はここにいるんだけど…彼女にとっての『王子様』には中々なれないみたいで情けないよ……」

 寂しそうにそう呟いた。
 途端に、マリンの笑顔が曇る。
『そんなことはない!』と言いそうになって……口を噤む。
 安易にそう言ってはいけない気がした。
 マリンの目にはアイリがプライアデスに心を開いているように見える。
 しかし、青年は彼女を『魔晄中毒』から救ってやれない自分がどうしても許せないのだ。
 そして、その気持ちをマリンがどうこう言って、安易に否定してはいけない…そう感じた。
 それは、聡い少女が持って生まれたもの。
 言葉で表せられない直感。
 ただ黙って、マリンはプライアデスから身体を離すと、ゆっくり自分に向けられる紫紺の瞳の前でアイリの前に立った。
 そして、やはり黙ってアイリに手を差し出す。
 何も言わないで…黙って差し出した小さな手は、アイリの繊手に握られることなく宙に止まった。
 プライアデスはマリンの行動に目をパチクリさせて見守っていたが、少女が自分へ向き直ってニッコリ笑ったのに面喰う。
 そして、「お兄ちゃん、交代!」と手を引っ張られ、戸惑いながら立ち上がった。
 首を傾げて少女を見下ろすと、
「はい。交代だからね?」
 そう言って、自分の片手をアイリに向かって伸ばさせられる。
 マリンが何をさせようとしているのか気付き、思わず苦笑した。
 そして、口を開いて何か言おうとした時…。


 そっと……細い手が添えられた。


 ゆっくりと繊手を握ってアイリを立たせる。
 これは…別にいつもの事。
 今日だけの奇跡ではない。
 だが、その『いつもの事』の中に含まれている『彼女』にとっての特別がどういうことなのか。
 それをマリンが言おうとしている事に気付き、ゆっくりと溜め息を吐いた。

「まったく…マリンちゃんは凄い女の子だね」

 満面の笑みで応えた少女に、青年も笑みでもって返した。



「ねぇ、もう良いの?」
「ああ。本当はアイリを泉に浸からせようかと思ったんだけど、風が出てきたし、アイリは免疫力が弱いから風邪をすぐ引くしね。泉の水を少し頭にかけてみたんだけど、やっぱり何の変化もないから今日はもう帰るよ」

 教会の入り口に向かってゆっくり歩きながらマリンは後ろ髪引かれる思いで泉を振り返った。
 もしかしたら……あの泉に浸ったら……アイリは治るのではないか?
 そう思わずにはいられない。
 だが、頭に水をかけて治らなかった…と言った青年に、それ以上進言することは出来なかった。
 きっと、自分以上にガッカリしているだろう。
 それに、アイリの身体が弱いことはもう充分過ぎるほど知っている。
 デンゼルの星痕症候群は頭に水をかけることで治った。
 きっと……魔晄中毒には効かないのだろう…。

 教会の入り口に近付くと、青年は当然のようにアイリを横抱きに抱き上げた。
 足場が悪くなっているからなのだが、それがマリンの目にはとても素敵に見えた。

『うわ〜……。物語の『王子様とお姫様』みたい』

 夕陽を浴びて教会を出て行く二人の背に暫し見惚れる。

 振り返って不思議そうに…それでも優しく微笑んでくれる『王子様』に向かって、慌てて駆け寄る。
 隣に並ぶと、『王子様』は優しく『お姫様』を下ろして、大切にその手を握った。


『王子様…か。私もいつかそんな人が現れてくれるのかな…』


 紫の目をした大好きな人と、澄んだ青い目をした大好きな人を見上げながら、マリンはそう思った。
 不思議と、友達の憧れる気持ちが素直に分かった瞬間だった。




「マリン!どこ行ってたの!?って、ライ君!」
「あ、アイリ姉ちゃんも!!なんで?どうして???」

 セブンスヘブンに着いた途端、玄関先で心配そうにオロオロしていた母親代わりと兄的存在に、マリンは隣に立つ青年を見上げて悪戯っぽく笑った。
 紫紺の瞳が薄っすらと細められる。

「へへ〜…内緒♪」

『王子様』と『お姫様』を店の中に促して弾む気持ちをそのままに仕草で表しながらマリンは店の中に入った。
 その小さな背中を、ティファとデンゼルはキョトンと見つめていたが、顔を見合わせてホッと笑い合うと、

「教えてくれても良いんじゃない?」
「そうだよ、教えろよぉ!」

 笑いながらその後に続いた。


 その日の夜。
 セブンスヘブンのドアには『臨時休業の看板』。
 そして、店内からは明るい笑い声が洩れ聞こえたのだった。



 あとがき

 はい。
 またもやオリキャラベースのお話しですいません。
 久しぶりにライとアイリのお話しです。
 二人の幸せの形は、他のキャラ達とは違いますが、これからこの二人がどうなっていくのか…。
 それはマナフィッシュにも分かりません(苦笑)。
 二人が幸せの形を明確化するのが先か、はたまたクラティがゴールインするのが先か…。

 非常に微妙ですね……(汗)。

 ここまでお付き合い下さり、ありがとうございました♪