ティファは跳ね起きた。 ドクドクと心臓が大きく脈打っている。 たった今見た夢に、心がつぶされそうになる。 グッと左胸に手を押し当て、数回深呼吸した。 動悸が治まりつつある中、ティファは隣に誰もいないことを安堵した。 だが同時に、たった今見た夢をすぐに聞いてもらえないことに、堪らなく寂しくなった。 相反する気持ち。 矛盾する思いを抱え、ティファはベッドの上で膝を抱えた。 とても……眠れそうになかった…。 私の片翼たった今見た夢を思い出す。 ゾクリ…。 背筋が凍りつくような恐怖が再び押し寄せてきた。 分かっている。 あれはただの夢だ。 クラウドは、あんなことくらいで死んだりはしない。 彼の強さは充分過ぎるほど分かっている。 だが…。 不吉な思いを振り払おうとすればするほど、不吉な影に囚われてしまう感触に自分自身を抱きしめた。 ジットリと汗ばむ身体は気持ち悪い。 だが、ベッドから出て着替えるとか、シャワーを浴びる気にはとてもじゃないがなれなかった。 数回深呼吸をする。 バクバクとその存在を主張する心臓を宥めようとするが、今夜に限ってうまくいかなかった。 「クラウド…」 声に出して言ってみる。 口にすれば…、声に出せば少しはラクになるかも…と思ったわけではない。 無意識に唇から彼の名前がこぼれ落ちていた。 ティファは後悔した。 呼びかけてもこの場にいないのだから、返事が無くて当然だ。 それなのに、彼が…、クラウドが…。 いつものように、『なんだ、ティファ?』と応えてくれないのがこんなに悲しい…。 悲しくて、寂しくて…、とても心細い。 小さな子供に帰ってしまったかのような自分の心の弱さに、苛立ちが募る。 だがその苛立ちも、たった今見てしまった悪夢を払拭してはくれなかった。 もっと激しく自分に怒れたら良いのに…。 情けなくなってくる。 ティファは汗で身体が冷えてきた頃、ようやく重い腰を上げた。 ノロノロと床に降り立つと、冷気が足元から這い上がってきた。 ゾクリ…。 その寒さに思わず鋭く息を吸い込んだ。 肌着と寝巻きを着替えるだけで終ろうと思っていたが、それだけでは風邪を引きそうだ。 ティファは溜め息をつきながら、寝室をそっと抜け出した。 向かった先は浴室。 シャワーのコックを捻ると、ほどなくして温かい湯が出てきてくれた。 復興目まぐるしいこの街に暮らせて本当にラッキーだった…と思う。 他の町や村なら、シャワーから出る水がお湯になるまでにはもう少し時間がかかるだろう。 そんな、どこかずれたことを考えつつお湯を浴びる。 あまり音を立てないように気をつけてはいるが、どうしても水音は立つ。 部屋を出る時にチラリ…と確認した時計は、まだ午前3時を指していた。 子供達が水音に睡眠を妨害される心配はまずないだろうが、もしかしたらトイレに行く時間かもしれない。 もう少し温もりたい気持ちを抑え、ティファは早々にコックを閉めた。 手早くバスタオルで身体を拭き、温もった身体を新しい寝巻きで覆う。 ホォ…。 ようやく人心地つき、ティファはそのまま寝室へ向かおうとして…。 暫しの逡巡の後、店内に下りた。 子供部屋の前を通り過ぎるとき、少しだけ足を止めた。 部屋からは子供達の良く眠っている気配しかしない。 そっと足音を忍ばせながら階下へ向かう。 短い階段だ。 あっという間に目的地に着いたティファは、とりあえず適当にグラスを選んだ。 慣れた手つきでキツイ酒を注ぐ。 酒の入ったグラスをカウンターに置き、冷蔵庫を開けた。 チーズのきれっぱしを取り出してそっと閉める。 そのままティファはカウンターのスツールに腰掛けた。 いつもクラウドが腰掛ける…彼専用のスツールに。 カウンターに片肘を着いて、彼のようにグラスを傾けてみた。 そっと口に運ぶ。 口の中をカーッ…とアルコールが心地良く焼きながら喉を通っていく。 ティファは一口飲み下すと、熱い息を吐き出した。 これではまるでキッチンドリンカーだ。 だが、心がざわめいて仕方ない今、ティファにはどうしても酒が必要だった。 それもクラウドが好きな酒が…。 「どうしてこんなキツイお酒が好きなのかしら…」 思わず口に出る感想に、ティファは苦笑した。 言っても誰も応えてはくれないのは重々承知しているのに、ついつい口に出てしまう。 きっと、クラウドはまだ眠っているだろう。 ちゃんと宿屋に泊まっている、と彼は言っていた。 だが、本当にちゃんと宿屋のベッドで休んでくれているだろうか? クラウドは野宿することを忌避しない。 むしろ、野宿をして宿賃を浮かせようとする傾向にある。 理由は、実に単純。 自分が宿代に金を使うくらいなら、子供達やティファに使いたい。 なんともはや…。 家族思いなのだか、自分の戦闘能力を過信しているのか判断のつきにくい問題だ。 子供達は、クラウドが暫く野宿をして過ごしていることを知らなかった。 当然、ティファも知らなかった。 知っていたら、子供達を巻き込んで猛然と抗議していただろう。 それがどうしてバレたのかと言うと、クラウドのポロリとこぼしたたった一言だった。 曰く。 『この前は雨が降って仕方なく宿に泊まったが、今回は晴れてて助かった』 ティファはその時の子供達の驚愕に引き攣った表情を思い出して一人、クスクスと笑った。 勿論、自分もその時に初めて知ったので、子供達に負けないくらいビックリしたのだが、それでも子供達のあの時の顔は一見の価値あり!だったと今でも思う。 『クラウド……まさか……まさかとは思うけどさぁ…』 『あの…ずっと天気の良い日は野宿…だったの…?』 恐る恐る訊ねる子供達に、金髪・碧眼の恋人はあっさりと、 『そうだ』 なにか問題があるのか?と言わんばかりにキョトンとした顔で頷いた。 それからの猛抗議は凄まじかった。 ティファも当然クラウドに『宿へ泊まるよう』主張した。 しかし、それ以上に子供達の気迫は凄かった。 『クラウド!何考えてんだよ!!』 『そうよ!!信じらんない!!』 『俺達、そんなことまでして金貯めてもらって、なにか買ってくれてもちっとも嬉しくない!!』 『私達、クラウドが安全にちゃんとお仕事して、健康管理を整えるためにちゃんと休んでくれてると思ってたのに!!』 『『 クラウドのバカーー!!! 』』 半泣きになりながら怒鳴りつけた子供達に、クラウドはオロオロしながら必死に謝っていた。 それからは、ちゃんとどこの村のどの宿屋に泊まることになった…と、宿名まで報告するようになった。 クラウドがちゃんと宿泊しているか、最初の1・2回は直接宿屋に電話で確認するという子供達とティファの徹底振りに、クラウドは苦笑いを浮かべてひたすら謝った。 その時の子供達とクラウドのやり取りを思い出して、またクスクス…と笑いが洩れる。 アルコールの力か…、それともその当時の記憶のお蔭か…。 ティファはようやく落ち着いてきた。 グラスに注いだ酒は、もう半分ほどになっていた。 いや、まだ半分…という表現があっているかもしれない。 彼なら既に2杯目を煽っているくらいの時間は経っている。 冷たいカウンターに両肘を置いて頬杖をつく。 窓から見える深夜のエッジは、昼間の喧騒が信じられないくらいひっそりとしていて薄ら寒い印象を与えた。 星と月が大きな建物の合間から見える。 随分と大きな街になったものだ…。 かつてのミッドガルを髣髴とさせる。 ミッドガルのスラムで『セブンスヘブン』を営んでいた頃をふと思い出した。 あの頃はまだまだ自分は小娘だった。 今でもそうかもしれない。 だが、今以上に無知で周りが見えていなかった。 ひたすら、『全ての諸悪の根源は神羅』だと思い込み、憎しみを燃やして突っ走っていた。 そうして…。 思いがけず…、本当に思いもよらない場所で幼馴染と再会した。 あの時の驚き。 そして違和感。 知っている幼い頃の記憶と、彼の語る思い出の食い違い。 もしかしたら、彼は自分の幼馴染のクラウドではないかもしれない。 そう思った時の、あの衝撃。 その衝撃に突き動かされた思いの先にあったのは、絶対に彼と離れたくない!…だった…。 もう二度と、彼と離れたくないと痛感した。 今にしてみれば、どうしてあそこまで彼と離れたくないと思ったのか不思議な気すらする。 だが、理屈ではない…とも思う。 クラウドが自分にとって、既に無くてはならない存在だと、本能的に知っていたのだ。 その彼との再会で、自分の心はもう既に自分だけのものではなくなっていた…と思う。 上手く言葉に出来ないのだが…。 「クラウド…」 ポツリ。 こぼれた彼の名前が悲しい。 傍にいてくれない、現在(いま)が哀しい。 哀しい、寂しい、心細い…。 顔が見たい。 彼に触れたい。 彼に触れて欲しい。 いつもは不器用で口下手な彼が、自分の名を呼んでくれる時にだけ聞かせてくれる甘やかな声が聞きたい。 少年時代とは違う瞳の色で、自分を見つめて欲しい。 紺碧の瞳に映る自分を見たい。 無骨な指先が恐る恐る、壊れ物に触れるかのようにそっと触れてくれる、あのたどたどしい動きを視界の端に映したい。 数え上げたらきりがないほど、彼を愛しく感じる瞬間があることに、ティファは改めて思い知った気分だった。 この静かな時間のお蔭だろう。 先ほど見た悪夢も、ようやく色褪せてきてくれた。 これで夜が明けるまでの数時間、休めそうだ。 ティファは残っていた酒を一気に喉に流し込むと、若干むせそうになって涙目になった。 その流れで苦笑を浮かべる。 やはり、クラウドのように強い酒を飲みなれていないので、こんな風に飲むのは自分には合わない…。 そっとスツールから離れ、カウンターの中に戻る。 グラスを手早く片して、手を拭いた。 ゆっくりと寝室へ向かう。 その途中で、子供部屋の前でもう一度、足を止めた。 小さくドアを開けると、デンゼルとマリンが良く眠っているのが見えた。 デンゼルは掛け布団を半分蹴飛ばして…。 マリンは掛け布団にすっぽりとくるまれて、良く眠っている。 対照的な二人にティファの頬がやわらかく緩んだ。 そっとデンゼルに掛け布団をかけ直し、それぞれの額に優しく口付けてからティファは子供部屋のドアをそっと閉めた。 寝室に戻ってベッドにもぐりこむ。 カチカチカチカチ…。 時計の針の音が、アルコールの入ったティファの気持ちを緩やかに眠りへと誘っていく。 「クラウド…今日……会えるよね…」 予定では、セブンスヘブンの営業時間の最中に戻ってくることになっている。 もっとも、途中の道のりでモンスター等のトラブルに巻き込まれなかった場合だが…。 モンスター。 その可能性の一つが脳裏に浮かび上がった途端、折角心地良い眠りにつきかけていたティファの目がまたもや覚めた。 夢で見たあの光景に、折角シャワーとアルコールで温もった身体にまたもや寒気が走った。 青天の下、フェンリルで荒野を駆けるクラウド。 彼は愛用の黒いゴーグルをかけている。 道と言えるような道ではないところを彼は走っている。 バイクは重厚で、とてもじゃないが他の人間は扱えない。 その大きなバイクを軽々と操る彼の姿に惚れ直す。 と…。 突然、切りだった岩肌から、ファングタイプのモンスターの大群が襲い掛かった。 クラウドは愛剣をフェンリルから抜き放ちつつ、前方に立ちはだかるモンスターの群れに突っ込んだ。 右に左に、彼は大剣をなぎ払う。 血飛沫(ちしぶき)を上げてモンスターが次々と斃されて行く。 と…。 そのモンスター達は、自分達の同胞が殺されたことに、益々クラウドの『血』を求めて一気に上空高く飛び上がり、襲い掛かってきた。 同時に、地面からも突き上がるように突進するモンスターの群れ。 クラウドは上空と地面からの挟み撃ちにあって…。 ティファはギュッと眼を瞑った。 ベッドの中で丸くなる。 バクバクと心臓がまたもや早鐘を打つ。 小さく小さく丸くなって、願わずにいられない。 彼の無事を…。 彼が無事に帰ってきてくれることを…。 「エアリス…ザックス……お願い……」 いつしかティファは小さな声で必死になって亡き友に祈っていた。 どうかクラウドが無事でありますように。 どうかこの悪夢が、『ただの』悪夢で終りますように…。 どうか。 どうか…。 * 結局。 ティファはあれから一睡も出来なかった。 夜中にアルコールを飲んだことと、寝不足のためにティファの顔色と表情はすこぶる悪く、子供達は今夜の営業は断固として拒否する!と宣言した。 ティファも、気持ちが弱ったままだったので、苦笑しながら子供達の意見を内心で有り難く思っていた。 そうして…。 夜に戻ってくるはずのクラウドと一緒に夕飯を食べるために、三人はそれまでお腹が変に空いて困らないよう、簡単なスコーンと紅茶で小腹を満たし、他愛のない話をして彼の帰りを待った。 しかし…。 「ねぇ…なんか遅くない?」 すっかり待ちくたびれたマリンが時計を見ながらそう言った。 デンゼルも、折角小腹を満たすために食べたスコーンの力が衰えてきたのか、お腹を押さえて空腹を主張しつつ、 「うん…遅い!」 とやや不満気に同意する。 何かあれば必ずすぐに連絡すること! それがクラウドが家族と交わした約束だ。 とてもとても大切な約束だ。 電話がない、ということは問題に巻き込まれたわけではないのだろう。 子供達はそう判断し、 「まだかなぁ」 「お腹減った……」 それぞれ溜め息と共に呟いている。 その二人を前にして、ティファは心臓がドキドキし始めるのを必死になって隠していた。 昨夜…いや、今朝の早朝に見た悪夢が鮮やかに蘇える。 もしも、あれが『正夢』だったら? 連絡したくても連絡出来ない状況だったら? 思わずクラウドの携帯に安否を問うため、かけたくなる。 しかし、バイクの運転中だったら…? 彼は運転中でも携帯に出る傾向にある。 こんなに暗くなった時間に、もしも自分がかけたら彼は間違いなく出るだろう。 事故にあう可能性が高くなるようなことはしたくない。 時計の針の音が耳につき、悪夢が蘇える。 ジリジリと気ばかりが焦りながら、ティファはそれでも笑顔を崩さなかった。 不満気な子供達に、 「流石に遅いからもう先に食べちゃおうか」 と明るく声をかける。 だが、子供達は、 「ここまで待ってたんだから、待つ!」 「うん、久しぶりに一緒に食べられるんだもん!」 と、半ば意地になって頑として首を縦に振らなかった。 その代わり、温かい緑茶を何杯も飲んで空腹を紛らわせ、トイレに何回か入る。 ティファはそんないじらしい子供達に焦燥感と、悪夢をなんとか紛らわせることが出来ていた。 そして、時計の針が無情にも21時半を差した頃。 テーブルの上にそれぞれ頬を押し付けるようにしてまんじりと待っていた子供達がパッと顔を上げた。 目が丸くなっている。 ティファはその素早い動きにカウンターの中でビックリした。 もういい加減、子供達に遅すぎる夕食を食べさせようと、料理を温めていたのだ。 デンゼルとマリンは顔を見合わせて目を丸くし、次いで勢い良くドアへ駆け出した。 ティファは瞬時に悟った。 やっと…やっと帰ってきた。 立て付けのあまり良くないドアを壊さんばかりに開けて、子供達は外へ飛び出した。 慌ててカウンターから小走りで出たティファの耳に、 「おかえり、クラウド!!」 「遅かったじゃないかー!!」 フェンリルのエンジン音が止まる音と、子供達の弾んだ声が聞えた。 無意識に小走りから足が速まる。 ドアをくぐったティファの目に、夜のエッジの街並みを背景として立つ愛しい人が、申し訳なさそうな顔をして子供達を抱き上げているのが見えた。 傍らにはフェンリル。 こんな時間にクラウドがフェンリルを『押さないで』帰ってきたことはこれまで数回しかない。 いつも、21時を過ぎたらエンジン音に気を使って愛車を押して帰って来るのに…。 それだけ、クラウドが今日の約束を大事に思っていたことが伝わってくる。 「おかえりなさい、クラウド!」 子供達の小さな額にそれぞれ『ただいま』のキスを落としたクラウドが、そっと地面に下ろし、ティファを真っ直ぐ見る。 「ただいま、ティファ。遅くなってすまない」 魔晄の瞳が星明りとセブンスヘブンから洩れている灯りでキラキラと輝いていた。 ティファの心の奥底からスーッと安堵の波が広がる。 ティファはクラウドの全身を一瞬でくまなくチェックし、彼がいつもと変わらない事を胸の中で親友達に感謝した。 そして…。 「心配したのよ…」 いつもなら絶対に子供達の前では自分からはしないのに…。 ティファはクラウドの胸にそっと寄り添い、彼の背に腕を回した。 ビックリして一瞬身を強張らせたクラウドだったが、ティファを押し返す、などという愚かなことはしなかった。 ゆっくりと華奢な身体を抱きしめる。 クラウドの心臓の音。 汗のにおい。 彼の吐息…。 その全てがティファをようやく悪夢から解放した。 * 「それで、本当はどうして遅くなったの?」 楽しい家族の食卓が終わり、子供達は既に夢の中へ旅立った頃。 ようやく二人きりになれたティファはベッドの中で小さく問いかけた。 「…やっぱり…バレてたか…?」 バツの悪そうな顔でクラウドが頬をかく。 今日、帰りが遅くなった説明をクラウドはこう言った。 『帰りの船で船酔いして暫く休憩室で休んでいたら寝こけてしまった。携帯のバッテリーも丁度切れてしまった上に、店の電話番号も携帯にいつも頼っていたので覚えておらず、連絡出来なかった…』 だが、そうではない、とティファにはすぐに分かった。 店の電話番号が分からなければ、WROのリーブに聞けば良かったのだ。 WROは今では世界でその存在を知らない人間はいないほど、世に知れ渡っている。 誰かにWROの電話番号と問い、電話をしたらリーブはすぐに応じてくれただろう。 局長という肩書きを持ち、忙しい彼ではあるがすぐに応じてくれたはずだ。 なにしろ、大切な仲間なのだから…。 クラウドはティファを安心させるようにそっと抱きしめると口を開いた。 「実は…な、モンスターの大群に挟み撃ちにあって…」 その途端、ティファは勢い良く顔を上げた。 茶色の瞳に恐怖の色が浮かんでいるのを見て、クラウドは焦った。 「いや、大丈夫だったんだ。だけどその時に携帯をうっかり沼に落としてしまってな。だからかけられなかったんだ…」 すまない。 眉尻を下げて申し訳なさそうに語るクラウドに、ティファの脳裏には早朝に見た悪夢がまたもや蘇えった。 「それって……赤茶けた荒野で…?」 震えるような声で訊ねたティファに紺碧の瞳が驚きで見開かれる。 その表情だけで、肯定していることが容易に分かった。 「今朝……夢を見たの……」 堪えていたものが堰を切ったかのようにティファは早朝の悪夢を語った。 途中、何度か呼吸を整え、つまらせながら…。 クラウドは口出しなどせず、じっと黙って聞いていた。 そうして、ティファがようやく口を閉ざし、耐えられない、と言わんばかりにクラウドの胸に顔を埋め、小さく震え出した頃、 「そうか……」 そうたった一言だけ呟いて、震えるティファを抱きしめた。 「ティファと俺は、きっと『比翼(ひよく)の鳥』なんだな…」 それは、雌雄一体となった鳥。 雌雄一体で二つの翼を持つその鳥は、片方がいなくなれば必然的に片翼となり、地に落ちるしかないという鳥。 二人一つ…という意味だ。 ティファは微笑んだ。 涙で濡れる睫を懸命に開けて、口元に笑みを浮かべて…。 「どこでそんな言葉を知ったの?」 「…配達先では色んな人がいるからな」 「ふふ…そう…」 「あぁ…」 「でも…」 「うん?」 「嬉しい…」 「…俺も…」 ゆるゆるとお互いを抱きしめあいながら、互いの存在を確かめる。 互いが、互いの片翼を担っているとは、なんと幸せなことだろう…? ティファはクラウドの温もりに包まれ、ようやく心から安らかに眠る事が出来た。 きっと。 今夜は見るのは素敵な夢だ…。 クラウドと一緒だから…。 あとがき 某漫画で『比翼の鳥』が挙げられていまして。 その漫画がとっても好きで、いつかお話しとして書けたらなぁ♪と思っておりました。 む〜…でもなんだかな…。 もっとこう、温かい、ホンワカして幸せなお話しにしたかったのに…残念! お付き合い、ありがとうございます♪ |