なによ…。
 なによ、なによ、なによ!!!

 イライラしながらカウンターの中で乱暴に皿を洗う。
 カウンターのお客さんが、ビクビクしながら自分を見てることに気付いていたけど、それでも!!

 どうしても、この苛立ちを隠すことが出来ない!

「キャッ!ごめんなさ〜い」
 もう数えるのもバカらしくなる甘えた女の子の高い声。
「いや、良いんだよ、大丈夫さ」
 声までにやけている常連客。
「でもぉ…。クラウドさ〜ん……」
「……はぁ、またか…」
 溜め息混じりの愛しい人……。

 ムカムカしながらチラリと向けた視線の先には…。
 クラウドが『彼女』の代わりにお客さん達に頭を下げている姿があった…。



ヤキモチくらい妬くんです!




 事の発端は、バカバカしいほどありきたりなものだった。
 クラウドが帰宅途中にチンピラに絡まれている女性を助けたのだ。
 本当に……珍しくともなんとも無い。
 勿論、チンピラに若い女性が絡まれるなどというとんでもない事件がエッジで日常茶飯事化しているわけでは決して無い。
 が!!
 何故か、クラウドはそういう場面に驚くほどよく遭遇する。
 これまでにも、友人がナンパされたり、建設中のビルから鉄骨が落下して人が押しつぶされそうになったのを助けたり…。
 まぁ、そんなわけでクラウドが人助けをした……という事は、セブンスヘブンの住人達はおろか、セブンスヘブンの常連客達にとって珍しくともなんとも無いことだった。
 しかし!!
 いまだかつて、このような状況に陥った事は無い!!


 ― 私……行くところが無いんです!お願いします、ここで働かせて下さい!! ―


 助けたばかりの時にパニック状態だった彼女をとりあえず店に連れてきて、落ち着かせてから家に帰そうと考えていたクラウドは、勢い良く頭を下げて懇願する目の前の女性にあんぐりと口を開けた。
 よくよく話を聞くと、なんと家出の真っ最中だという…。
 しかもその理由が……。


 ― 好きでもない人と結婚させられそうになってるんです!!親の都合で結婚なんか絶対にしたくありません!! ―


 クラウドは困りきって、隣で同じ様に目をまん丸にしてるティファを見た。
 ティファも困惑して見上げてくる。
 ティファの内心は複雑だった。
 彼女の気持ちは同性として痛いほど良く分かる。
 こうして、愛しい人と共に暮らしているだけに余計、彼女が親の決めた縁談から逃げ出し、自分の本当に決めた人と一緒になりたい…と思うその気持ち…。

『もしも……パパが生きてて、クラウドの事を気に入らないからって勝手に結婚相手を連れてきたりしたら…』

 想像しただけでゾッとする。
 クラウドと離れ、他の男の妻になるなど!!

 だがしかし!
 うら若い女性が、よりにもよって自分達の住んでいるこの店に住み込みで働く…というのにはどうも抵抗がある。
 勿論、クラウドの事は信じている。
 しかしだからと言って、同年代の女性……しかも明らかにクラウドを少々意識している様な目で見つめている女性を同じ屋根の下で共に暮らす……というのは……やはり………。

 暫しの葛藤の末、結局ティファは涙をこぼして働かせて欲しいと頭を下げ続ける女性に、住み込みでバイトをする事を了承した。
 クラウドと子供達は驚いていたが、それでもティファの優しい笑みに反対など出来るはずもなく、ティファの決定どおりにする事となった。

 そうして…。
 彼女……ファーリーはセブンスヘブンで住み込みのバイトをすることになった。
 部屋は、とりあえずティファの部屋を宛がった。
 ティファ自身は、ファーリーのいる手前、クラウドの部屋に越すことも出来ず、子供達の部屋にマットを持ってきて寝泊りすることにする。
 最初、子供達がファーリーと同室することを申し出てくれたのだが、初対面でいきなり他の人間と(いくら子供であろうとも)同室…というのもお互いに居心地が悪いだろう…という事で気持ちだけ受け取る事にした。
 それに、ファーリー自身がティファの提案に非常に乗り気であった為、子供達は複雑そうな顔をしながらも承知したのだった。

 ファーリー曰く…。
『私…他の人達から見たら多分、すごく甘やかされて育ったんだと思うんです。うちがお金持ちなので…。ですから、何もかもが初めてで至らない部分が沢山あると思いますが、よろしくお願いします』
 要するに、『お嬢様育ちである』という事らしい。

 クラウドとティファは、彼女の着ている服装からなんとなくそうであろうと予想はしていたので、その件に関しては特に何も気にしていなかった。

 しかし…。
 ファーリーはティファが想像していた以上に……お嬢様育ちだった!!


『箸よりも重いものを持った事が無い』


 冗談でそう言う人がいる。
 冗談でそう言った事もある。

 しかし!!

 彼女の場合はそうではなかった!!!
 本当にそうだったのだ!!
 初めてセブンスヘブンの定員としてデビューした時のこと…。

「はい、じゃあこれをあちらのお客様に持って行ってね」
 ティファの差し出した料理の乗ったお盆に、彼女はニッコリと笑って「はい!」と元気に返事をした。
 とっても気持ちのいい返事。
 常連客達は新顔の店員に好感を覚えた…。
 しかし!!

 彼女の手に盆が乗せられた次の瞬間…!
「えっ!?キャ〜!!」

 グラリ…。
 ガッシャーーン!!!

 派手に食器の割れる音と共に、常連客達の驚いた声、そして…。

「キャーー!!ごめんなさ〜い!!!」

 一際高い女の子の悲鳴と謝罪の言葉。
 店内は騒然とし、ティファは常連客に謝りながら手早く割れて散らばった食器と無残な結末を辿ってしまった料理を片付ける。
 その間、ファーリーがしていた事は……。

「あ〜ん……お洋服が汚れちゃった……」

 泣きべそをかきながら、必死に布巾で汚れたスカートを拭く……ただそれだけ。

 店内にいた子供達が急いで駆け寄り、汚れた床を掃除し、飛び散った料理の被害に合った常連客に頭を下げながら新しいおしぼりを渡す。
 ティファは子供達にその場を任せ、その料理を運ぶ予定だった客に謝罪をして今から作り直す事を告げる。
 勿論、常連さんであるそのお客さん達は快くその謝罪を受け取り、「気にしなくていいさ」「ゆっくりやってくれ」
「新人の失敗だからな、多めに見るさ〜」とティファに向けて温かな言葉を返してくれたものだった。
 ティファは感謝と謝罪を再び口にし、カウンターに急いで戻る。
 床は子供達の手で綺麗に片付けられており、カウンターにいた客達も落ち着いて座りなおしていた。
 ホッとしつつファーリーを見ると……。

「ファーリーさん……」
「え〜ん…ごめんなさ〜い…」

 まだべそべそと落ち込んでいる。
 そう……ただ、何もしないで落ち込んでいるだけ……。

『もっと他に何かすることがあるでしょう!?』

 落ち込むな…とは言わない。
 むしろ、失敗をしていて平然とされている方がよっぽど問題だ。
 しかし、ただ落ち込むだけで後片付けも、迷惑をかけたお客様達への謝罪もしないというのはいただけない。

「ファーリーさん、誰でも失敗はします。だからもう泣かないで…それよりも」
「ティファさ〜ん!!」
 きちんとお客様に謝罪を…と続くはずだった言葉は、抱きついてきた彼女によって行き場を失った。
 客達はそんな甘えた彼女に対し、非常に好意的だった。
 曰く…。

「これまでに見た事ないキャラだよな」
「良いんじゃねぇ?なんか新鮮だし!」
「そうそう!セブンスヘブンの働き者さん達はしっかりしてるから、こういうちょっと可愛い失敗する女の子…って、なんかすっごく良い感じだよな!」

 だそうだ。
 その言葉に、それまで頑張ってファーリーの後片付けをしていた子供達がムッとする。
 ティファ自身、客達が彼女の失敗を責めないで好意を持ってくれたことにホッとしつつも、どこか釈然としないものを感じた。
 勿論、そんな感情は表に出さなかったが……。

 とりあえずその場をやり過ごし、ティファは再び客達に謝罪をして料理に取り掛かった。
 子供達も接客業へ戻っていく。
 そしてファーリーは…というと…。

「え〜、そんな事ないですよぉ」
「いやいや、ほんとに可愛いよ!」
「でもぉ…私なんか何も出来ないし……」
「良いじゃん、これから覚えていけば良いんだからさ」
「そうそう!ティファちゃんや看板息子と看板娘は教え上手だから、すぐに慣れるって!」

 いつの間にか常連客達と和気あいあい、楽しそうに談笑している。

 その光景に、子供達の口元が僅かに引き攣るのをティファは見た。
 正直言って、自分もあまり……というかかなりいい気分はしない。
 しかしそれでも、新しい働き手が客達に受け入れられて心底ほっとした。

『ま、しょうがないよね。お嬢様育ちだときっとファーリーさんみたいに何も出来なくて、おっとりしてるのが普通なのよ。ラナさんやグリート君達が特別なんだわ』

 そう半ば自分に言い聞かせるように内心で呟き、気を取り直してファーリーに簡単な仕事をしてもらおうと口を開いた。
 しかし……!!

「でもぉ…。本当にティファさんって見かけからは想像出来ないくらい力持ちなんですねぇ…。あんなに重いお盆を片手で軽々持ってらっしゃるんですもの…」

 ピシっ!!

 ティファの表情にヒビが入る。
 それに気づいたのは、カウンターに座っていた僅かな客だけ…。
 大半の客達は、ファーリーの言葉にドッと沸いている。

「だろう?流石、女だてらに店長してないよな〜!」
「料理の腕もピカ一だし!」
「何と言っても…」
「「「ジェノバ戦役の英雄だからなぁ〜!!」」」

「え…?」

 にこやかにそう言った客達の言葉に、今度はファーリーが凍りついた。
 ファーリーの驚いた顔に、客達が驚く。
「知らなかったのか?」
「ええ……同姓同名の方だとばかり思ってました……」

 ショックを隠そうともせず、呆然としている彼女に客達が気遣わしそうに…それでいてどこか嬉しそうに笑った。
「ま、そうだろうなぁ。超有名人がこんなに気さくに接してくれるなんて、いきなり信じろって言う方が難しいよなぁ」
 新鮮そのもののファーリーの仕草に、客達が温かな眼差しを向ける。
 ティファはそれをカウンターの中で見守る事しか出来なかった。
 行き場を失った簡単な仕事は、結局ティファの手で行われた。

 カクテルを注文した客に運ぶそのティファの耳に、
「じゃ、じゃあ……クラウドさんも……?」
 ファーリーの震えた声が聞えてきた。

 振り返らなくとも彼女が泣き出しそうな顔をしているのが分かる。
 客達がやや慌てながら、
「も、勿論さ。でも、だからってクラウドの旦那もティファちゃんと同じですっごくいい奴だぜ?」
「そうそう!無愛想だけど優しいしな」
「それに、何と言っても家族思いだし!」
 懸命に励まそうとして見当違いな台詞を口にしていたが、結局ティファも子供達も何とフォローして良いのか分からずそのままそっと様子を見ることにしたのだった。

 そうして。

 結局、その日の晩は、何も仕事が出来ないまま二階にあるティファの寝室へ引っ込んだ…。
 ションボリと肩を落として階段を上るお嬢様に、少々胸が痛まないでもなかったが、ティファはホッとした…。
 何しろ、彼女に運ばせるたびに皿や料理をダメにされたら、物資の乏しいこのご時勢、たちまち困窮してしまう。
 客達が同情の眼差しを彼女の背に向けているのを感じながら、ティファはそっと溜め息を吐いた。

『はぁ……これからどうなるのかなぁ……』

 一日も早く、彼女が実家に帰ってくれるのを願わずにはいられなかった…。


 それから今日で三日目。
 ファーリーの実家では恐らく捜索願が出されているだろうに、一向にクラウド達の所へ捜査の手が伸びることはなかった。
 クラウドは時間を見つけてはファーリーに家に戻るよう説得をした。
 勿論、ティファも何度か実家に連絡くらい入れるよう勧めてはみたのだが…。


 ― 良いんです!少しは自分達の思い通りに行かないって事を思い知ったら!! ―


 頑として譲ろうとしなかった。
 その彼女の意固地なまでの言い分に、クラウドとティファは諦めた。
 そのうち彼女の実家の者が探し出すだろう……そう考えてたのだ。
 ただし念の為、ファーリーには内緒でWROの局長であるリーブにだけは話をしていた。
 もしもの時、誘拐だなんだと騒がれてはたまらない。

 ファーリーの件を電話で伝えたクラウドは、
『本当に……クラウドさんは見掛けからは考えられないほどお人好しですね…』
 と苦笑され、どこか釈然としない気分になったのだった。
 ファーリーの初日デビューこそ配達の仕事で店にいられなかったクラウドだったが、翌日の二日目と本日の三日目は仕事をキャンセルして店を手伝った。
 どうやら子供達から彼女の『働き振り』を聞いたらしい。
 彼女を連れてきたのが他ならぬ自分である事から、責任を感じているようだ。
 そんなクラウドに子供達は最初、大喜びだった。
 普段、一緒に過ごす時間が少ない分、どんな理由があろうともクラウドが傍にいてくれる事が嬉しくて仕方ない。
 しかし、ティファは複雑だった。
 子供達と同じくらい……。
 いや、それ以上にファーリーが嬉しそうに彼に纏わり付くだろうことが容易に想像出来たのだから…。

 ファーリーがクラウドに好意を持っていると、誰の目にも明らかで……。
 初めこそクラウドが仕事を休んでくれたのを心から喜んでいた子供達が、ファーリーに対してライバル心を燃やすのに時間はかからなかった。

 子供達対お嬢様。

 その板ばさみにあいながら、クラウド自身は子供達もお嬢様も突き放すことが出来ず、ただオロオロとするばかり。
 ティファは困りきっているクラウドを見ながらも、あえて無視をした。
 胸の中がモヤモヤしていて仕方ない。
 クラウドが優しいのは十分分かっている。
 しかし、必要以上に纏わりついてくるファーリーに対して、親切(?)に接する彼にどうしても腹が立つのだ。

 二日目の夜。
 初日同様失敗するファーリーをクラウドが不器用ながらも一生懸命フォローし、その度にお嬢様が嬉しそうに笑う姿に、イライラが抑えられない。
 段々、営業スマイルも出来なくなってきたティファを、子供達が心配そうに声をかけたり弱々しく微笑んできたりしてくれたが、それでもティファは波立つ気持ちをどうすることも出来なかった。
 何しろ、お嬢様は『悪意』や『計算』があってクラウドに甘えているのではない。

『天然』なのだ。

 それが分かるだけに、彼女に冷たくする事もできず、クラウドは終始お嬢様に振り回されていた。


『なによ……クラウドのバカ!』


 ティファの手の下で、茄子が無残に切り刻まれていた………。


 そうして…。
 とうとう『その時』がやって来た。
 チリンチリン…。
 軽いドアベルの音と共に嵐がやってきたのだ。

「「ファーリー!!」」

 中年の夫婦と思われるその人物の登場に、家で娘は勿論、店内の客達は凍りついた。

「お父様、お母様!」
「お前という奴は……!!」
「どれほど心配したと思ってるの!?」

 つかつかと店内を歩き、お嬢様に手を伸ばすその両親の出で立ちは……。
 おおよそ、この店には相応しくないもので……。

「すっげ〜…」
「なんだ、あのゴテゴテした服…」
「なんか……映画の中に出てくる勘違いした金持ちって感じだな…」

 客達が呆然と呟いた。
 その意見に反対する者がいたとしたら、それはその服を着ている当の本人達だけだろう…。
 紫色のダブルのスーツを着た少々髪の寂しい父親と、真黄色のツーピースを着た派手な化粧の母親。
 プンプンと漂ってくる香水は、店の空気をあっという間に汚染してしまうほどの威力があった。
 子供達が心の底から怯えて、カウンターのティファの元へ駆けつけ、そっと顔を覗かせて修羅場を窺った。

「お前のせいで先方はえらくご立腹だ!今からでも間に合う!さっさと帰るぞ!」
 強引に娘の腕を掴んで捲くし立てる父親に、ファーリーは涙をこぼしながらクラウドを見た。
 クラウドはあまりの出で立ちの両親に放心状態だったが、ハッと我に帰ると父親の前に立ちはだかった。

「ちょっと待って欲しい」
「なんだね、キミは!?」

 傲慢な台詞に呆気に取られていた客達がいきり立つ。

「おっさんこそなんだよ!」
「そうだ!クラウドさんはお宅のお嬢さんを世話してくれた恩人だぞ!?」
「それを、いきなり来て礼の一つも言わず、その言い草は何だ!」
「お前こそ何様だっつうの!!」

 口々に自分達を責めてくる客達に、ファーリーの両親はどこまでも傲慢だった。
「まぁ!本当にガラの悪いこと!よくもまぁ、こんな店に転がり込めたものね、ファーリー!」
「まったくだ。お前のわがままにはこれ以上付き合いきれん!さっさと帰るぞ!!」

 娘を強く引っ張りながらドアに向かって歩き出した父親を、ファーリーは渾身の力を振り絞って振り払うと、父親の前に立ち塞がっているクラウドの腕にしがみ付いた。
 そして…。



「イヤです!私はクラウドさんのお嫁さんになるんですから!!」



「「「「はい!?!?!?」」」」

 一体……なにをどうしたらそんな台詞が飛び出すというのか……。
 自分の腕にしっかりとしがみ付いて両親を涙目で睨みつけるファーリーに、クラウドは石化した。
 そして、その衝撃のシーンを一部始終見ていたティファと子供達も……石化した。
 更には客達もあんぐりと口を開け、クラウド、ティファ、ファーリー、そして彼女の両親へと忙しく視線を移す。

 ファーリーの両親は、娘の爆弾発言にギョッとして言葉を失ったが、すぐにその顔を怒気一色に染め上げた。
 カッとなってクラウドに詰め寄ると、
「貴様…うちの娘に一体何をした〜!?」
 クラウドの胸倉を掴み、ギリギリと締め上げた。
 本来のクラウドなら、戦闘に関してド素人に間合いに入られる事はないのだが、全く想像の範疇外の出来事に呆然としており、ガクガクと揺さぶられるに任せている状態だ。
「やめて、お父様!」
「ファーリー、アナタは黙ってなさい!」
「そうだ!お前は我が家の一人娘だぞ!?それを、こんな得体の知れない若造如きに……この、この〜!!」

 すっかり頭に血が上っている父親は、止めに入る娘を振り払ってクラウドを責め続けた。
 怒りのあまり、殴るかかろうとする。
 しかし、流石に殴られる寸前、我に返ったクラウドに呆気なくねじ伏せられ、父親は聞き苦しい悲鳴を上げた。

「きゃー、アナタ!!」

 ねじ伏せられた夫に、ファーリーの母親が悲鳴を上げる。
 そのキンキン声にクラウド達は思い切り顔を顰めた。

「……頼むから……ちょっと冷静に話をさせてくれ……」
「何を言う!貴様、この手を離せ!私を誰だと思ってる〜〜!!」

 クラウドに押さえつけられたまま、全く聞く耳を持とうとしないその一言に…。

「おっさんこそ、クラウドさんを誰だと思ってるんだよ……」
「ジェノバ戦役の英雄のリーダーに向かって、随分な言い草だよな……」

 客達がぼそっと呟いた。
 その小さな声は、喚き散らしていた父親と、甲高い悲鳴を上げ続けていた母親の耳にもしっかり届いたらしく…。


「「え……?」」


 お騒がせ中年夫婦はピタリと静かになった…。


 そうして…。
 事態は一変した。


「まさか、あの有名な『ジェノバ戦役の英雄のリーダー様』だとは存じ上げず、数々のご無礼、どうかお許し頂きたい!!」
「本当にもう、まことに申し訳ありませんでした」

 にこやかにそう言う両親に、クラウドは引き攣った笑みを浮かべた。
「いや……別に……」
 何と言って良いのかさっぱりだ。
 ファーリーはというと、両親がすっかり機嫌を良くした事に安心しきっている。
 満面の笑みで両親の間に立ち、ニコニコとクラウドを見上げていた。
 その瞳は、何やら期待で満ちている。

「ま、まぁ…誤解だと分かってもらえればそれで良いんです……」

 冷や汗が背中を伝う。
 穴が開きそうなほど、数々の視線を向けられて何とかそれだけを口にしてみる。
 クラウドの心情を全く知らない両親は、ニッカと笑うと嬉しそうに娘の頭を撫でたり、肩を抱いたりした。
「本当に、この娘(こ)は自慢な娘でしてな。幸せな結婚をしてもらいたいんですわ」
「そうなんですの。ですから、選びに選んだ殿方を夫に…と思っていたのです。でも」
「クラウドさんなら私達が選んだ男よりもうんと素晴らしい!」
「ええ!是非、娘をよろしくお願いしますわね!」

「は!?」

 本日何度目かのめまいに襲われる。
 両親の言葉の意味が脳に浸透するのに数十秒を要した。

「い、いや…ちょっと待って…」
「クラウドさん、不束者ですがよろしくお願いします」
「本当に、こんなに素敵な人が娘を見初めて下さっただなんて…」
「親としては鼻が高い!」

 クラウドの全身からドッと汗が噴き出す。
 客達はあまりの急展開に冷やかすことも忘れて茫然自失状態だ。
 子供達までもが目と口を最大限に開いてポカンとしている。
 そして…。
 ティファはと言うと……。

 ブルブルと震えているのは、怒りのためか……それとも嫉妬のためか……?
 自分でもわけが分からないまま、つかつかと渦中の四人へ歩み寄った。


「申し訳ありませんが、お引取り下さい。営業妨害です」


 絶対零度のその声音に、能天気で思い込みの激しい中年夫婦とお嬢様はたじろいだ。
「いや、申し訳ない。では我々はこれで失礼します」
「ではクラウドさん。今夜はこれでお暇(いとま)させて頂きますが、式などの詳しい日程を決めなくてはなりませんので、後日改めて窺いますわね」
「クラウドさん……また会える日を楽しみにしてますね」
 そそくさと言いたい事を言い、娘を伴ってドアへと足を向けた。
 その三人の後姿を呆然と見ていたクラウドだったが、
「イタ!」
 ふくらはぎと脛に突然痛みが走り、びっくりして視線を落とす。
 視線の先には、怒りのあまり真っ赤になって涙目になっている子供達。
 何も言わないがその表情が何を言わんとしているのか雄弁に物語っている。

 隣に立つ愛しい人の怒った様な…それでいて今にも張り裂けんばかりの表情に息を飲む。


「ファーリーさん、ちょっと待って!」

 今まさにドアを開けようとした親子に声をかける。
 そして、喜色満面の顔で振り向いた三人に、クラウドは驚くティファの肩を抱いて見せた。



「いきなりな話で説明する間もなかったが、悪いけど俺はティファ以外の女性に『女性としての魅力』を感じない」



 たった一言。
 それだけで十分。

 真っ赤になって驚き、目を丸くするティファに、クラウドは向き合うと「ごめん……悪かった」耳元でそっと囁いた。

 中年夫婦はそんな二人の様子に口をパクパクさせていたが、ファーリーは諦めたように溜め息を吐いた。
 そして、改めてクラウドとティファに深く頭を下げると、わけの分からない両親を促して店を後にした。





「ごめんなさい、お父様、お母様」
 帰りの車の中で、ファーリーは両親に謝罪した。
「いや…それよりも何が何だか…」
 戸惑い、混乱している両親にファーリーは自嘲気味に笑みを浮かべた。
「フフ…本当は分かってたんです。クラウドさんにはティファさんしか見えてないんだって…。でも……一目惚れ…って初めてだったから、どうしても実らせたかったんです……」
「「ファーリー…」」
 娘の告白に、父親と母親はうっすらと涙を浮かべた。
 そんな両親にファーリーはしゃんと顔を上げると、
「お父様、お母様。私、やっぱり好きになった人以外のもとに嫁ぐことは出来ません。ですから、もう少し待って下さい。クラウドさん以外に素敵な方に出会えるまで…」
 しっかりとした口調で自分の意見を述べた。
 そんなどこか成長した娘に、両親は感無量……、何度も頷いたのだった。


「ティファ……悪かった」
「……ううん」
「でも…不愉快な思いをずっとさせてただろう……?」
「そんなこと……」

 嵐が去ったセブンスヘブンは、お約束のように早々に閉店した。
 子供達も手早く後片付けを終えて、さっさと子供部屋に引っ込んだ。
 残ったのはクラウドとティファの二人だけ。

 先程の衝撃的な告白から、ティファはクラウドと視線を合わせようとしない。
 それがテレからきているのだと分かっているクラウドは、苦笑しながら何度目かの謝罪の台詞を口にしていた。


 ベッタリとティファの背中に張り付いて……。


 ティファは首筋まで真っ赤になりながら、それでも振り返ってクラウドを見ようとはしなかった。

 しかし。
「でも……ちょっと嬉しかった」
「!?なにが…!?」
 クラウドの意外過ぎる台詞に、とうとう振り向いたティファの目に映ったのは、柔らかな笑みを湛えた愛しい人。
 吸い込まれそうな紺碧の瞳にボーっとなってくる。

「ティファがヤキモチ妬いてくれて…さ」
「な……!?」
「違うのか?」

 どこまでも嬉しそうに微笑みながら小首を傾げるクラウドに、咄嗟に言葉が出ない。

 必死になって視線を逸らせ、
「……違わない……」
 ボソッと呟く。

 言い終わるか終わらないか…。
 あっという間にティファはクラウドの腕の中。

「本当に…俺だけがヤキモチ妬いてるんじゃないって分かって…嬉しかった」
「……クラウド…ヤキモチなんか妬いてるの…?」

 意外な言葉にドギマギする。

「しょっちゅう…。本当は店をして欲しくないくらいだ…」
 溜め息混じりにそう囁かれ、ティファはようやく笑みを浮かべた。

「…私だって……ヤキモチくらい妬くんだから……!」


 そう言って、愛しい人の背に腕を回した。


 とんでもないハプニングであったが、頑張った分以上に素敵な時間を得ることの出来た二人は、そっと優しい口付けを交わした。


『たまには……ヤキモチも良いもんだな(ね)…』


 そんな事を思いながら……。



 あとがき

 お待たせしました!!92885番のキリリク小説です♪
 え〜…実は、お名前が書かれてなかったので『匿名様』で(笑)。(読んで下さってるかしら… ドキドキ)。
 リクエストの内容は『オリキャラがクラウドさんに一目惚れをしてしまい、思わずセブンズヘブンにバイトとして働く』というものでした。
 なんか……かなり強引なお話しになっちゃって本当にすいません(^^;)。

 少しでも楽しんでいただければ…嬉しいですo(*^▽^*)o
 リクエスト、ありがとうございました!!

 *7/2追加。
『匿名様』からご連絡がありました♪
『華様』これからもよろしくお願いします<m(__)m>