約束


 それは、珍しくクラウドの依頼がなく、彼がティファの煎れてくれたコーヒーをゆっくりと楽しんでいた時の事だった。
 勢い良く店の扉が開かれたかと思うと、顔を真っ赤にさせたマリンが駆け込んできた。
 その様子は、まるで今しがたモンスターか変質者に追われて、必死で逃げて来たかのようで、クラウドもカウンターの中で洗い物をしていたティファも思わずギョッとして身構えた。
 マリンは息も整わないまま二人の下まで駆け寄ると、何事かと心配して声を掛ける二人にキッと表情を厳しく、と言うよりも涙を浮かべ、必死に泣くまいと堪えながら二人を見上げた。
「ティファとクラウドの初めての約束って何?」
「「へ?」」
 必死の形相で尋ねるマリンに二人は思い切り間の抜けた声を上げてしまった。
 そんな二人に、マリンはもどかしそうに
「だから!二人にとって初めての約束って一体何?」
 と、改めて問い直す。
 クラウドとティファは、マリンのこの急で突飛な質問に益々首をかしげた。
 良くは分からないが、マリンにとっては何か大きな意味があるのだろう。しかし、何故そんな事を聞かれるのか全く持って理解できない。
 ティファはクラウドをチラリと窺うと、同じような目で自分を見つめている紺碧の瞳に真正面からぶつかってしまい、お互い意味が分かっていないのだと気付かされた。
「ねぇ、一体どうしたの?急にそんな事聞いて」
 ティファは、屈みこんでマリンの目線に合わせて尋ねてみる。すると、マリンはキュッと口を固く結んで俯いてしまった。
………益々持って謎だ。
「マリン、何かあったのか?」
 クラウドもマリンの真正面に向き直ると、マリンの小さな顔を覗き込む。
 マリンは少し躊躇していたが、思い切って顔を上げると、
「だって、デンゼルがジェイミーと凄い約束しちゃったんだもん!!」
 と、声を荒げ、悔しそうで、悲しそうで、そんなマイナスのもの全部を混ぜ合わせたような声を上げた。
「「凄い約束?」」
 クラウドとティファは顔を見合わせる。デンゼルやマリンの年頃で凄い約束とは一体どの様なものだろう…。
 二人揃って同時に思いついたのは「〜ちゃん、大きくなったら僕と結婚してよ」「うん、良いよ!〜君が強くてかっこ良くなってたらね」という、言わばおままごと形式の将来の約束だ。
 しかし、あのデンゼルに限ってそんな約束をするとは思えない。デンゼルはあれでいて、結構格好つけたがりなのだ、……誰かさんの影響で。
 マリンは、話し出してしまったら、その勢いでどんどん気持ちがエスカレートしてしまったようだ。ポカンと口を開ける親代わりの二人に、まるでマシンガンのように次々と捲くし立てた。
 「デンゼルが、「大きくなったらクラウドみたいに強くなるんだ!」って言ったら、ジェイミーが「じゃあ、私がピンチの時に助けに来てくれる?」、って馬鹿みたいな事言ったの。」(ここでクラウドとティファは固まった。マリンは全く気付かない)
「そしたら、デンゼルったらニヤ〜って笑って「任せとけ!」って約束しちゃったのよ。もう、本当に二人共馬鹿みたい!!そんな、御伽噺の中のお姫様とか、王子様みたいな事を約束し合うんだよ!!見てるこっちが恥ずかしいやら、馬鹿らしいやらもう、私、頭にきちゃって二人が馬鹿みたいに笑ってるとき、一緒に笑わなかったの。」(クラウドとティファは固まったまま真っ赤になった。何と言う事か!それは、二人が初めて交わした約束そのものではないか!?マリンはやはり全く気付かない)
「そしたら、ジェイミーが「あー、マリンたらデンゼルとの約束を私が先にしちゃったから、やきもち焼いてる〜」って、すごく馬鹿にした言い方してきたの。それなのに、デンゼルったら何にも言ってくれないし、他の友達も私がやきもち妬いてるんだって、面白がって何回も言ってくるの!!私、すっごく、すっごく、悔しくて、それにデンゼルにも腹が立って、もう、何言って良いか分かんないよ〜」
 そこまで一気に言ってしまうと、マリンは急に泣き声になり、最後のほうでは嗚咽が混じって本当に泣き出してしまった。
クラウドとティファは顔を見合わせ、苦笑した。なるほど、と頷き合う。
「ねぇ、マリン。マリンはそんな約束をしたデンゼルの事、キライ?」
 泣きじゃくるマリンをそっと抱きかかえて背中を優しくポンポン叩きながらティファは尋ねる。胸の中で嗚咽する可愛いわが子は、一生懸命首を横に振った。
「そう、じゃあ、どうしてそんなに腹が立ったんだ?」
 ティファの胸にしがみついて肩を震わせるマリンの頭を優しく撫でながら、優しく声を掛けるクラウドに、マリンは漸く顔を上げると、グシャグシャになった顔で更に涙をぽろぽろこぼしながら大きく首を振った。
「わ、わかんないよ〜。な、何でか、すっごく、すっごく‥っく、悔しかった、んだもん」
 そう言って、マリンは再びティファの胸に顔を埋めると泣きじゃくった。
 クラウドとティファは、微笑み合って軽く目配せすると、ティファはマリンを抱えて子供部屋へ、クラウドは外へ出て行こうとした。
 と、その時、店の扉が再び物凄い勢いで開き、デンゼルが肩で息をしながら飛び込んできた。
「マリン!!っと、ティファ、クラウド」
 どうやらマリンが気になって慌てて帰ってきたものの、ティファの胸にすがってなくマリンと、マリンを優しくあやしているティファ、更に今日は仕事が休みで家にいる
クラウドを見て、居心地が悪く感じてしまったようだ。飛び込んできた勢いが明らかになくなっている。
 デンゼルを探しにいく手間の省けたクラウドは、店の入り口のところで所在無げに立ち尽くしているデンゼルを、優しくて招してテーブルの椅子に腰掛けさせた。
 ティファも、同じテーブルの椅子にいまだ泣き止まないマリンを座らせると、自分はその隣に腰掛ける。クラウドも同じく、デンゼルの隣、ティファの正面に腰を下ろすと、おもむろに口を開いた。
「さて、家族会議を始めるとしようか」
 クラウドの予想外の言葉に、マリンは思わず泣くのを止め、驚いて顔を上げた。デンゼルも同じく目を丸くしてクラウドを見つめる。
 ティファは、にっこり微笑んで見せると、可愛い子供達それぞれに目をやり、
「だって、これは家族の一大事よ。普段気丈なマリンが泣くほど取り乱してるんだもの。家族皆で解決しなくちゃならない問題だと私も思うわ」ね?クラウドに同意を求めた。ティファの言葉に頷いてみせると、クラウドはデンゼルに向き直った。
「なぁ、デンゼル。俺達はマリンの口からしか聞いてないから、マリンの見た事しか知らない。だから、今度はデンゼルの口から聞きたいんだ」
「え、えっと、何を?」
「デンゼルが、ジェイミーとした約束の事よ」
 ティファがそう言うと、デンゼルはカァっと顔を赤くして、キッとマリンを睨みつけた。
「マリン!クラウドとティファに言ったのか!?」
「だって、本当の事だもん!!」
「はいはい、喧嘩はしないの。それで、デンゼルは本当にジェイミーに約束したのね?」
 口げんかをしそうな雰囲気の二人の間に、サッと割ってはいると、ティファはふてくされたような顔をしているデンゼルに尋ねる。すると、デンゼルは赤い顔のままこっくり頷きつつも「でもな、それだけじゃないんだからな!」と半分怒った口調で話し出した。
「ジェイミーに、「ピンチの時に助けに行く」って約束した時、マリンったらすっごく機嫌の悪い顔してさ。周りにいた他の友達が「マリンがやきもち焼いてる」って、からかってきたんだ。」
「だって、本当の事だもん!デンゼル、すっごく嬉しそうに笑いながらジェイミーに約束してたもん!!」
「だから、それは!!」
「わかったから。それで?」
 クラウドに先を促されて、デンゼルは少し顔を伏せながら、それでいて少しはにかむような口調で
「だって、友達がピンチの時に助けに行くのって当たり前の事だろ?それなのにマリンが顔を真っ赤にさせて怒って帰っちゃうから、あの後、俺大変だったんだぞ」
 そうか、デンゼルはあくまで≪友達がピンチの時≫に助けに行く、という設定での約束だったのだ。その事にマリンも気が付いたらしく、軽く息を飲む気配をクラウドと
ティファは感じ取った。これで、マリンの方の問題は解決したようなものだ。では、残るデンゼルの「あの後、俺大変だった」と言った言葉の抱える問題のみだが…
 デンゼルは、顔を益々赤くして俯いてしまっている。
「デンゼル?」
 ティファに優しく声を掛けられ、デンゼルはもじもじしながら、蚊の鳴くような声で
「俺達二人共、兄妹なんだから、嫉妬するなんて、ってマリンの事馬鹿にしたから…」
「したから?」
「だから…」
「デンゼル?」
 クラウドとティファにそれぞれ促され、とうとう腹をくくったデンゼルは、もう今では首筋まで真っ赤にさせた顔を上げると、
「マリンを馬鹿にする奴なんか、俺がクラウドみたいに強くなってたって助けてやんない!マリンの方が皆よりうんと大事なんだからな!!って言っちゃったんだよ!!」
 デンゼルのその言葉に、マリンはもともと大きな目を更に大きく見開き、顔を赤く染め上げた。
 クラウドもティファも、二人のそんな様子に胸の奥から、ジンと熱いものが湧いてくるのを感じ、思わず笑みを漏らす。
「そう!デンゼルにとってもマリンにとっても、友達よりお互いが大事って事ね」良かったね、マリン。そう微笑むティファに、マリンは恥ずかしそうにしながらも、デンゼルに小さな声で「ごめんね、勝手に怒って帰っちゃって」と素直に謝った。
 デンゼルも、マリンが素直に謝った事で機嫌がたちどころに直ったらしく、「うん、良いよ別に。たいした事じゃないし、早くその事言わなかったから、マリンも嫌な思いしたんだしさ。それ考えると俺も悪かったよ」などと大きな口をたたいている。
 クラウドもティファも、可愛いわが子のやり取りに心が温かくなる。そして、ティファは体を伸ばしてテーブル越しにデンゼルのおでこにキスをし、隣のマリンにもキスをすると、上機嫌で言った。
「はい、じゃあ、マリンとデンゼルが仲直りしたお祝いに、今から美味しいおやつを作ってあげるわ!二人共何が食べたい?」
 ティファの明るい声に、マリンとデンゼルはパッと顔を輝かせ
「私、クッキーが食べたい!」
「俺、プリンが良い!」
と、元気な声を上げた。
 そして、カウンターに向かうティファの後を、手伝う為に駆け寄ってお互いちょっと目を合わせてから、にっこりと微笑み合った。


 その日のおやつはクッキーと、特別に夕食後にプリンが出された。


 そして、その夜。子供達が休んでしばらく経ってからセブンスヘブンも無事に閉店し、クラウドとティファは昼間の事を話し合った。
「それにしても、昼間マリンが帰ってきた時にはびっくりしたわよね?」
「ああ、何か大変な事が外で起こったのかと思ったぞ」
「まぁ、確かにマリンにとっては一大事だったけどね」
「それに、デンゼルにとってもな」
 クスクス笑い合いながらその時の情景を思い出す。二人の子供達の何と可愛かった事か!
「それにしてもさ」
「ん?」
「俺達の初めての約束そのものだったよな?」
「…うん」
「あれって、さ」
「何?」
「いや、やっぱり良い」
「何よ、気になるでしょ?」
「……」
「もう、クラウド?」
「いや、ティファが俺に約束させた時も、その、友達として…だったのかなって」
「えっと、うんと、ん〜、友達以上…だった気がする、かな…」
「なんだよそれ、歯切れが悪いな」
「も、もう、何よ!だって、あのときが初めてじゃない、私達がまともに話をしたのって!!」
「う…」
「どこかの誰かさんは、いっつも格好つけて私達の仲間に入ろうとしなかったもんね!私、ずっと話をして見たいなぁ、って思ってたのよ…って、あ…」
「そ、そうだったの、か?」
「……」
「ティファ?」
「う〜、もう、そうよ!ずっと、気になってたの!でなきゃ、いきなり夜に呼び出されて行くわけないじゃない!!」
「へぇ、そうだったのか。俺にとっては嬉しい新事実だな」
「〜……、クラウドの意地悪!」
「はいはい、俺はニブルヘイム一番のひねくれ者だからな」
「きゃっ!ちょ、ちょっと、下ろしてよ!!」
「嫌だ。今日の仕事はここまで。俺達ももう休む時間だろ?」
「ちょ、ちょっと!ま、まだ後かたづけが…」
「明日、手伝う」
「クラウド〜」

 じゃれあう二人が寝室に消えて、セブンスヘブンは漸くその明かりを消し、残されたのは温かい静寂だけ…。
 きっと、明日もセブンスヘブンは、素敵な笑顔と明るい声でその活気を取り戻す。
 それが、言葉には決してしない、セブンスヘブンの家族の約束。


あとがき

きっとデンゼルはモテモテ君になると思うのです!
あの容姿、愛らしさ、そして自分よりも大きな物に立ち向かう強い心(バハムートシンのシーンにて)!
ええ、きっと彼は家族の為に、自分の本来の力を発揮できる強い大人になるでしょう!
そうなった時、デンゼルが最優先するのはきっとマリンだと思うのです!(いや、むしろ願望!!)
はい、というわけでのこの様な仕上がりとなりました。
最後までお付き合いくださり、有難うございました。