いつも笑顔で明るく、おしゃべりがとても上手な人だった。
 だから、誰も彼女の悩みや苦しみに気づかなかった。
 ある日、彼女はいつも自分の傍で楽しく笑ってくれる友人と呼べる数人に抱えていた悩みを打ち明けた。
 でも…。
 他人から見たら、彼女の抱えている悩みや苦しみは取るに足らないものだったから、友人達は彼女の苦しみが理解出来なかった。
 とうとう彼女は本当の意味で孤独になった。







優しい人だから…。






 ティファ・ロックハートは、生業としている職業ゆえに人間模様をまざまざと見てしまうことがある。
 それは喜びだったり、快楽だったり人の『陽』の部分もあるのだが、むしろ苦しみや悩み、時には恨み、つらみ、ねたみという『陰』の部分の方が多い…ような気がする。
 彼女自身、自分のことを人格者だとは思っていないが、さりとて必要以上に『謙遜』するつもりもない。
 自分だってそれなりに苦労している、と認めたうえで、人の『陰』の部分を冷静に見る。
 時に助言をしたり、励ましたり。
 ただ黙ってカクテルを『おまけ』したり。
 その時々の状況に応じて臨機応変に対応している……つもりだ。
 だが、所詮は英雄と言えどただの人間。
 目の前でグチグチ言ってたり、半分人生諦めているのもただの人間。
 ただの人間がただの人間を支えたり、励ましたり、励まされたり、支えられたり…。
 それは本当に『たわいないこと』であって、『特別』なことではなく、だからこそ日々繰り返される『日常』に組み込まれてしまっていて、中々抜け出せなくて…。

 …。
 ……何を考えているのやら…。

 ティファは軽く頭を振って、不毛な考えを頭から追い払った。
 たまたま予定していた店のしこみ準備等が早く終わったので、買ってきていた本をなんとなしに読んだのが悪かったらしい。
 店のお客さんにおススメの一冊!とご丁寧にも教えてくれると同時に貸してくれたその本を、早く読んで返さなくては!と思っていたこともあって、割と没頭して読んだ。
 それがこの結末。

 目の前で楽しそうに談笑している客達のどこかに『翳り』がないか、気がついたら探っている自分がいる。

 …影響されやすいにもほどがある…。

 分かっている。
 人間には必ず『陽』の部分と『陰』の部分があるということくらい。
 何しろ、自分の中にもどす黒いものがしっかりとあるんだから。
 そのどす黒いものは、時として表面に出てきて『自分』を覆い尽くしてしまうのではないかという恐怖を感じさせる。
 だから、頑張るのだ…、それが出てこないように。
 笑顔を絶やさないように、弱い自分に負けないように。
 だけど…とも思う。
 そう、だけど…なのだ。
 弱い自分だってやっぱり『自分』なわけで、『明るくて元気いっぱい』と客達に評されるばかりが自分の姿ではない。
 それはほんの一側面でしかなくて…。
 …。
 ……あぁ、まただ…。

 ティファは内心で苦笑しながら、肉を豪快にフランベした。
 赤ワインを景気良くぶっ掛けると、肉の焼ける音と共に一瞬だけ炎がつく。
 それを見ていたカウンターの客が感嘆の声を洩らし、笑顔になった。

「良いなぁ、それ。俺もそれ頼もうかなぁ」「お前、とりあえず目の前の皿の中身をなんとかしろ」

 楽しそうにやり取りする客に、ティファは口元の笑みを深めた。
 こうして店をしているのが楽しい。
 楽しそうに会話に花が咲く客が、ティファの作った手料理をどんどん平らげてくれる。
 時にはこうして面と向かって褒めてくれる。
 それがとても嬉しい。
 店主冥利に尽きるとはこのことだろう。
 子供達も笑顔でキビキビと仕事にいそしんでいる。
 クルクルと良く働くこの少年少女の姿に、頬を緩ませている客を見ることもまた、ティファは店主冥利に尽きると感じてしまう。
 こんなに幸せの要素が詰まっているのだ、セブンスヘブンには!
 大声でそう叫びたくなる。
 と、同時にこっそりと大切に大切に、今来てくれている客達や今日はたまたま来ることが出来なかった常連客達以外の入店はお断りしたくなるほど、とても大切な空間。
 心が温かくなる空間なのだ。
 切り取って、自分の宝物箱にしまってしまいたくなる。

「ティファ、揚げ物セットお願い!」
「ティファ、煮物セット追加〜!」

 デンゼルとマリンの明るい声にティファは現実世界へと気持ちよく舞い戻った。

「はい、了解」

 サッと食材を揃え、リズム良く切りそろえる。
 その間にはフライパンに熱を入れている。
 食材を投入する順番に切り分けているので、牛脂を投入済みのフライパンをクルリ、と一回し。
 程よく熱したフライパンに牛脂が溶けながら程よく回る。
 そこへ、肉、野菜各種を投入しながら、酒、みりんなどの各種調味料を加えてから、今度は土鍋に移してコトコトと煮込み始める。
 豪快なその調理法はティファならではだ。
 続いて、煮物を作る過程で既に油にも火をかけている。
 既に高温となっているその油に、冷蔵庫から作り置きしていた各種のフライを投入。
 何とも言えない油の揚がる音。
 時折パチパチッ!と小さくはぜる音。
 立ち込める馨しい香りは食欲をかきたてられる。
 その間も、次々とメニューは追加される。
 ティファはまるで踊るようにカウンターの中でそれらの品々を仕上げていった。
 注文を受けた料理からなるべくお出しできるように心がけつつ、それでも絶妙なタイミングで料理を出すことを優先し、時には注文とは逆に他のお客様へお出ししてしまうこともある。
 その時は、ちゃんとデンゼル、マリンは順番的に先になるはずの客に必ず一言謝罪をしてからメニューをテーブルへと運ぶようにしていた。
 別にティファが指導したわけじゃない。
 子供たちがこの数ヶ月の仕事で自然と身に付けた心配りだ。
 だから、セブンスヘブンは人気が高い。
 小さな子供にまで教育が行き届いているのだから。
 実際は、子供達が自身で身に付けた『接客態度』なので、ティファにはそれが唯一悔しく感じていることだった。
 ティファという店主が子供達を教育している、と思われているのだから。
 子供達をこそ褒めるべきなのに、一番最初に皆が褒めるのは店長であるティファ、その次に子供達。

(あぁ…また褒められた…)

 最初はティファだって本当のことを言っていた。
『良く躾けられてるね』と言われるたびに、『私は一言も言ったことないんですよ。今の心配りは純粋にデンゼルとマリンの心配りです』と。
 だが、誰も信じなかった。
 ちょっと驚いた顔をして『へぇ、そりゃすごい!』と一応は言うのだが、きっとティファが子供たち可愛さにちょっと大げさに言っているだけだろう、と受け止められているということはもう明白だ。
 それに、ティファが一々そういって訂正するのをやめさせたのは、他でもない子供たちだった。

『『 ティファとクラウドにちゃんと本当のことが分かってくれてて、それを嬉しいって思ってくれてるんだから、もう充分 』』

 ならば、ティファは何も言えない。
 言うべきではない、と他でもない当事者から言われたのだから。
 だから、ちょっと悔しい。
 でも、それ以上にやはり、子供達の成長振りが嬉しい。

 だからこそ。

(こんなに幸せで良いのかな…)

 時々不安になる。
 幸せすぎて不安になる、という台詞はよくドラマや映画、小説で使われているが、大抵は恋人同士が甘い雰囲気になっているときに使われるこの台詞。
 だが、今のティファはまさにその台詞が相応しい環境にいるのだ。
 だから…。

(あぁ…そっか…)

 自分が開店前に読んだ本にどうしてここまで引き込まれたのかがようやく分かった。
 幸せすぎて不安になるという今のこの環境のせいだ。
 不安に思っているのは本当なのだから。
 だから、読んだ本で描かれていた女性に強い衝撃を受けたのだ。

 幸せだと感じすぎて、それに酔っているだけでは…?
 その結果、本当は何か深刻なことをクラウドや子供達が抱えていて、それとなくSOSのサインを出しているのに気がついていないのでは?。

 本の女性のようにティファから理解されていない状態に子供達やクラウドが追いやられていないだろうか。
 そう無意識に感じたのだ。
 だからこその不安。

 ストン…と胸でつかえていたものが胃の腑に落ちる感覚。
 納得した。
 納得したら次はどうする?
 出来ることは楽しそうに手伝いをしている子供達をジッと用心深く観察すること。
 本当に楽しそうなのか?
 客に背を向けた時、疲れた顔をしていないか?
 笑顔が引き攣っていないか?
 チラチラとSOSの視線を自分に向けていないか?

 注意すべき項目が湯水のように頭の中にあふれ出す。

 ティファは料理の手を休めないまま、子供達を観察した。
 カウンターのスツールへの応対も忘れない。
 笑顔で客の相手をしながら、全神経を子供達に集中させる。

(…うん、大丈夫ね…)

 数十分に及ぶ観察の結果、今夜のところは大丈夫だと判断した。
 …ホッとすると同時になんとなく疲れを感じる。

(ま、まぁ、デンゼルとマリンは本当にきっと大丈夫よね。しっかりしてるとは言え、まだ子供だから割と簡単に何かあったら分かるし)

 うんうん、と内心で何度も確認する。
 半ば自分を安心させるための確認であることには、気づかない振りをして、さて今度は…とティファは内心で腕組みをした。
 この残り『1人』こそが曲者なのだ。
 なにしろ、自分にあんな『素敵な笑顔』を見せておいて安心させたくせに、その直後、行方をくらませたのだから…。

(まったく……クラウド、今は大丈夫よね…?なにも隠してたり、自分の心を殺してるなんてことはないわよね?)

『まったく』と、最初に愚痴のようなことをこぼしながらも、その実、不安は子供達を案じていた頃よりもうんと大きく急速に膨らんだ。
 子供達への憂いがなくなった分、そっくりそのままクラウドに対する不安が上乗せされた形になってしまった。

(む〜…、多分今は大丈夫だと思うけど…)

 ティファは内心で一つ一つ、大丈夫な理由を数え上げた。
 まず第一に、ちゃんと連絡がこまめに取れるようになった。
 こちらからの電話にはちゃんと出てくれるし、クラウドから連絡をくれることもある。
 それに、子供達への溺愛ぶりは半端ではない。
 マリンの養父であるバレット顔負けのメロメロさ。
 無表情で無愛想だから、ぱっと見た感じそうには見えないのだが、一緒に暮らしているとイヤでも分かる。
 帰宅した時、喜びいっぱいに出迎える子供達を、それはそれは嬉しそうに(尻尾を振る子犬のごとく)目を細めるのだ。
 更に…更にだ。
 自惚れでないなら…。

(……私のこと……ちゃんと……好き……?)
 うわわわわ〜っ!!!

 自分で自分の考えに思い切り赤面する。
 カウンター席の客がキョトンとして、
「ティファちゃん、大丈夫か?なんか顔が赤いけど、熱でも?」
「えっ!?それは大変だよティファさん!!お店なんかしてる場合じゃないよ、すぐにでも休まないと!」
「あ、じゃあ僕、片付けのお手伝いします!」
「俺も!!」
「いやいや、ここはこの店一番の常連のワシが!」
 あらぬ方向へ客達の間で話が飛び火している。
 ティファはハッと我に返ると、『我こそがーー!』と名乗りを上げている客達になんでもないことを伝え、そのまま食事を続けてもらえるように苦笑いをしながら頭を下げた。
 なんとなく気恥ずかしかったので、客達の顔をまともに見れず、俯き加減で料理のラストに没頭したフリをする。
 なんだかんだ言いながらも、ティファの手伝いをしようと腰を上げていた客達は、そんな様子に出鼻をくじかれたような顔をしながら、気まずそうに腰を下ろした。

 デンゼルとマリンがキョトン…と不思議そうに店の端と端から顔を見合わせ、またティファへと視線を戻す。

(( どうしたのかなぁ…? ))

 なんとなく挙動不審…?というよりもぎこちないティファに、デンゼルとマリンは首を傾げながらもすっかり忘れてしまうこととなったのだった。
 まぁ、とどのつまり、子供達が忘れてしまえたと言うことは、それ以上ティファがおかしなことがなかったという証明でもあるのだが、そのことに気づく者は残念ながら当事者であるティファ自身ですら気づかないままとなる。
 何故なら…。

 チリンチリン…。

 店のドアベルが何十人目かの来客を告げた。
 3人ともサッと気持ちが自然と切り替わり、
「「「 いらっしゃいませ! 」」」
 笑顔で振り向いた。
 明るい笑顔でお客様を迎えるのは当然のことだ。
 そして、その笑顔が引き攣ったものに変わったことも、3人にとっては当然のことだった。
 ティファ、デンゼル、マリンをなんとなしに見ていた数少ない客が、表情が微妙に変化したのを見て、
『『『 ん??? 』』』
 3人の様子を奇妙に感じつつ、さり気なくドアを見た。
 そこに立っていたのは特別に何か特徴があることもない、一般的な新しい客の姿があるだけだった。
 ちょっとくたびれたようなスーツを着ている20代後半から30代前半くらいのヒョロリと背の高い男性。
 容姿は……まぁ、平均的ではないだろうか?
 立ち居振る舞いも…特に不思議なものは無い。
 まぁあえて挙げるならちょっと『作り過ぎた笑い』だろうか?
 だがそれも決して珍しくは無い…ような気がする。
 うん、多分。
 きっと、誰の周りにも1人はいるであろう『作り笑いの下手な人間』くらいではないだろうか?
 そんなさして珍しくも無い客に、ティファ達の変化は『ティファ達らしからぬ』違和感を与える。
 色々な客層を見てきているはずのティファ達がこんな風に表立って表情を変化させるとは…。

『『『 よっぽどなんかあるのかなぁ? 』』』

 首を傾げている間にも、その新しい客は店の中ほどへと歩いてくる。
 子供達はなんとなく遠巻きにしている感じだ。
 むしろ、ティファが率先してその客の前に出ている。
 子供達を近づかせまい、としている風にも見えなくは無い。
 だがそれは本当に小さな小さな仕草と表情だから、相も変わらず店内は客達の楽しそうな活気に溢れていてティファ達の様子に首を傾げる客が増える様子は無い。

「こんばんは、ティファさん」
「いらっしゃいませ」

 ニッコリ微笑みながら作りすぎている笑顔を振りまく男性に軽く会釈をする。
 そんなティファを頭二つ分ほども上から男性は頷きながら店内へ視線をせわしなく走らせた。
 余裕があるフリをして全く余裕の無い心境、とでも言えば良いのだろうか?
 ティファがサッと顔を上げると同時に男性の目はピタリ…とティファに止まった。

「すいません、クラウドはまだ帰ってないんです」
「あ〜、そうみたいですね」

 必要以上におっとりとした口調のティファに対し、男性は早口でそう言った。
 おざなりな答えに聞こえる口調に、見守っていた数少ない客達はますます首を傾げる。
 対して、子供達の顔ははっきりと強張っていた。
 全くその様子に気づいていない一般客が子供達に新たなオーダーをするべく声をかけるが、その声に気もそぞろな状態でデンゼルが、次いでマリンが「「は〜い…今行きます」」と返答する。
 いつもの状態ではない子供達に、残念ながらオーダーをした数組の客は酔いが回っていたため気づかなかった。
 その間にもティファと男性客のやり取りは続く。

「今夜は帰ってこられるかどうか分からないみたいです」
「あ、そうですか」
「ですから…」
「いやいや、今夜はいつもと同じように食事に来ただけですから」
「…あ、そうですか」
「えぇ、勿論ですよ、ティファさんの手料理は天下一品ですから!」
「そんな、照れてしまいます」
「いやいやいや、本当にティファさんは器量良しだし料理上手だし!」
「もう、やめて下さいよ。本当に恥ずかしいですから」
「いやいやいやいや、本当ですよ」
「ふふ、光栄です」

 などなど。
 一見和やかに会話しているようだが、明らかにティファと男性は会話がかみ合っていない。
 上辺だけの会話で、実は2人とも本心が違う方向へと向いている。
 ティファは一向に男性を席に案内しようとしないし、男性もチラチラチラチラとドアへ視線を走らせたり、2階の居住区へ続くドアを窺ったり。
 せわしないことこの上ない。

 だが、忙しいセブンスヘブンでそんなやり取りが長く出来るはずもない。
 デンゼルとマリンが必要以上にゆっくりとオーダーを聞き取り、重い足取りでティファへメニューを告げに来た。
 剣呑な光が子供達の瞳に宿ったことに男性は気づいただろうか?
 残念ながら、男性の意識はその直前にカウンターの奥へと向かっていて全く気づいた様子は無い。

 ティファは1つ溜め息を吐くと男性をカウンター席へと誘導した。
 そこしか席が空いていなかったからだ。

 イヤイヤだと分かるそのオーラに、見守っていた数名の客は自分達の脳内で組み立てられたある可能性に、思わずブルッ!と全身を震わせた。

 いやいや、ありえないから!
 少しでもセブンスヘブンの住人のことを知ってる人間ならありえないから!

 自分達の常識と美徳を維持するため、はじき出されたその可能性を即座に否定する。
 だけど…。

 否定しながらも子供達とティファの様子、そしてソワソワしながらスツールに腰を下ろした男性の姿に、またしてもムクムクと『ありえない可能性』が頭をもたげた。

 数名の客達が悶々と悩んでいる間も、やはり時間は刻々と過ぎている。
 数組の客が勘定を済ませ、数組の客が新たな注文をした。
 子供達が接客し、ティファが料理を作る。
 空いた皿を盆に乗せてテーブルを清め、新しい客を誘導する。

 その間、その男性客は落ち着く素振りを演じながら、せわしなく視線をドアの方へ向けたりカウンターを窺ったりしつつ、ティファの手料理をことさらにゆっくりと片付けていった。
 あっという間に皿の料理は冷え、美味しさを半減させた姿となっているが、それにも気づかないようなその様子に、見守っていた客達はなんとなく自分自身の食欲が減退するのを感じた。
 やがて、どれくらい時間が経ったのだろうか?
 もしかしたら、一時間にもなっていないかもしれない。
 それでも、見守っていた客達やティファ達、そして男性客にとっては長い時間だった。

 キー…。

 居住区へ続くドアがゆっくり開いたのに最初に気づいたのは…。


「あ、クラウドさん!!」


 カウンターのスツールから飛び上がらんばかりに立ち上がった男性客。
 その声にギョッとしたのはティファとデンゼルとマリン。
 当の本人は、
「あ…」
 と一言。
 そして、意外なことに目を細めて薄っすらと微笑んだ。

「「「 おかえり、クラウド!! 」」」

 ティファ達3人が男性客に負けじと声を張り上げる。
 クラウドは意地になっているとしか見えない3人に対して、
「あぁ、ただいま。遅くなってすまない」
 微笑を深くしてそれぞれの頬と額にキスをした。
 ティファに対しても頬へのキス。
 流石に客の前で唇を重ねるのは恥ずかしいらしい…。
 それでも充分、頬へのキスだけで数名の客が羨ましそうに『『キーーッ!』』と歯噛みするほどだ。
 そしてその歯噛みするという種類の人間に…。

『『『 あぁ、やっぱり!! 』』』

 客達は確信した。
 男性客の嫉妬にまみれた燃える瞳に、自分達の予想が裏切られなかったと思い知った。
 そして、恐らくクラウドはまったく、これっぽっちも気づいていないのだということも分かった。

 …これ以上は見てられない!

 客達はあと数口で終わる料理を皿に残し、げんなりしながら勘定を申し出た。


 *


「最近どうしてたんですか?中々会えなかったからどこか怪我とか病気とかしてないか心配だったんですよ」
「いや…最近はちょっと忙しかったからな」
「『最近は』ってことは、明日からは?」
「あぁ、明日から少しペースがゆっくりになる予定だ」
「本当ですか!?」
「あぁ。流石に7日連続で18時間労働は疲れた。少しゆっくり休養を取るつもりだ」
「じゃあ、明日はお店のお手伝いをするまではゆっくりと?」
「そのつもりだ」
「そうなんですか!」
「それにしても、アンタ、遠い町からエッジに越してきたのか?」
「はい、やっぱりこれからは一番人が集まるところで頑張りたいと思いまして」
「そうか…えらいもんだな…」
「そんな!クラウドさんに比べたら僕なんか…」
「いや、だってアンタ、人が苦手なんだろ?それなのに苦手を克服しようとして頑張ってるだなんて、すごいことだ」
「そんな…クラウドさんに褒められたら、僕、なんかすっごく勇気がもらえます」
「ハハ、俺はそんな大した人間じゃない」
「いえ、凄いです!人間不信だった僕がヤクザまがいの人間達にからまれて、危うく殺されそうだったのに、あっという間に助け出して下さったんですから。僕、クラウドさんに助けられて、『あぁ、人間は信じられる人もいるんだ』って思ったんです。すごく…すごく救われたんです!」
「…そんな風に言われると、なんだか俺がとんでもなくすごいことをしたみたいに聞こえるからやめてくれないか…?」
「クラウドさん、テレてるんですか?」
「……(ちょっと照れている)」
「へへ、クラウドさんでもやっぱりそういうところがあるんですね。僕、ますますクラウドさんに憧れます」
「だから!やめてくれって…」
「へへへ」
「ほら、俺見て笑うのはもう良いからさっさと食べろよ。折角の料理が冷めるだろう」
「へへへ、はぁい」


 後日。
 男性客の来ていないセブンスヘブンで、気になって仕方の無かった客の1人がティファに訊ねた。

 クラウドは本当に大丈夫なのか…?と…。
 ティファの答えは…。


「クラウドは、自分自身の過去とついつい彼のことを重ねて見ちゃってるの。だから、人付き合いが苦手なのに頑張っている彼のことを純粋に『すごい奴だ』って思ってるのよね。でも……」

 溜め息を1つ。

「全く、これっぽっちもクラウドは彼がクラウドに想いを寄せているなんてこと、気づいてないわ…」

 盛大な溜め息を吐き出して、どこか虚脱した表情を浮かべる。

「クラウドって見かけじゃ分からないかもしれないけど、本当に優しい人だから…。だから彼のことを応援したくなるんでしょうけど……」


 ティファは遠くを見つめながらその客に対し、ポツリと呟いた。


 一部始終を聞いた客は思った。
 ティファの悩みを本当の意味で理解していないクラウドは、ティファを孤独に追いやっていないと言い切れるだろうか…?と。
 まぁ、そこまで大げさな問題とはなっていないだろう…と気を取り直す。
 だが同時に、こうも思った。


 とりあえず、あの男性客は孤独でない分、幸せだ。
 だがしかし…。
 だがしかしなのだ。
 その幸せが本当の意味で実らないことを切に願わずにはいられない。


 その客こそが、ティファの脳内をグルグルさせる本を勧めた人物であった。

(本当に…)

 ティファの溜め息を思い出したように、溜め息を吐く。

(皆、適当に幸せになってくれ…)


 その客の頭上には、暗澹たる気持ちとは裏腹に、満天の星空が美しく瞬いていた…。



 あとがき

 えぇと…。
 はい、言い訳しません。
 変態な話が書きたくなっただけです(ズバーッ!!)

 本当に本当にごめんなさーい!!(脱兎)