夕暮れが迫るセブンスヘブンの居住区で…。
「ああ、ホント、最悪…」
 ガンガンと痛む頭を抱えながら、ベッドから体を起こしてティファは大きな溜め息を吐いた。




弱くなった時…




 重くて仕方ない体を無理やりベッドから引き剥がし、引きずるようにして階下へ降りる。
 そして、カウンターの中へ入ると、蛇口を捻って水を汲んだ。
 グラスから零れる水をぼんやりと眺めながら、緩慢な動作で蛇口を閉め、ゆっくりと冷たい水を口に運んだ。
 一口水を飲み下す度に、頭と喉を痛みが襲う。
 そう。ティファは今、夏風邪を引いている真っ最中なのだ。
「はあ〜…」
 喉の渇きを潤し、人心地着いたティファは、そのまま店内のカウンターの椅子にドサッと腰を下ろした。
 すぐにベッドに戻って体を休めるべきなのは分かっている。
 しかし、二階にある居住区へ戻るのも今の彼女には一仕事なのだ。
 階段を降りるのであらかた体力を使ってしまったので、ここで一休みしてからでないとどうにも動く事が出来ない。
「あ〜、頭痛い…」
 ズルズルと力なくカウンターにもたれかかり、両腕に顔を埋める。
「こんな時に限って…」
 誰に聞かせるともなく、弱気な言葉を口にする。
 店内はシンと静まり返り、時計の針の音だけが異様に大きく耳につく。

 そう。
 この屋根の下には今、ティファしかいない。

 子供達は今日の早朝、嵐の様な勢いでやって来たバレットと共に、前々から計画していたウータイ食い倒れに行ってしまったのだ。
 子供達を見送った時、既に高熱が出ていたティファだったが、それがバレたら絶対に子供達は計画を取りやめてしまうだろう。
 ずっと前から本当に楽しみにしていた今回の小旅行を、何としても決行させてやりたくて、無理に何でもない振りを貫き通した。
 勘の良いマリンが、何か言いたそうな顔をしていたが、それも何とかごまかし通し、轟音と共にバレットのトラックがエッジの街を走り去る後姿を見て、心からホッとした。
 そして、その途端に全身から力が抜けたのを覚えている。
 今回の小旅行は、本当なら家族四人で行くはずだった。
 ところが、いつものようにクラウドに急な依頼が舞い込んできた。
 それも、『どうしてもお願いします!』と、悲痛な声で懇願する依頼主に折れ、口を尖らせる子供達を宥めすかしての配達となった。
 その為、クラウドは三人で行くように主張したのだが、折角の家族揃っての小旅行が駄目になったばかりでなく、仕事に赴かなければならなくなったクラウドがあまりにも可哀想で、ティファも行くのを止めてしまった。
 子供達は、クラウドが仕事でいけなくなった事に対して、膨れっ面をしたというのに、ティファまでが留守番をする事を言い出すと、
「あ〜、じゃあしょうがないかな」
「うん。仕方ないよね。それじゃ、ティファとクラウドにお土産沢山買ってくるからね」
と、急に聞き分けが良くなり、クラウドとティファの首を捻らせた。

「…皆、今頃楽しんでるかな…。クラウドは…、どうしてるかな…?」
 かすれる声を絞り出し、ひんやりしたカウンターに頬を押し当てる。
 何となく、独りでいることが急に寂しく感じられる。

 どうしてこんな日に限って風邪を引いてしまうのだろう…。
 よほど、日頃の行いが悪いのかしら…?
 あ〜あ、これじゃ、クラウドに仕事が入らなくても、留守番しなくちゃいけなかったから結局は同じ事ね…。
 でも、誰もいない時に風邪引いてダウンだなんて、ついてないな〜…。
 もしも、クラウドに仕事が入ってなかったら、きっと今日みたいに子供達だけで旅行に行ってもらって、クラウドは私の看病してくれたかな…?

 など、取りとめも無いことを想像して、カウンターにグッタリ座ったまま、暫くぼんやりとしていた。
 勿論、すぐにでも横にならないといけないことくらい、十分分かっていたし、そう言い聞かせている自分が頭の片隅にいた。
 しかし、どうもに体が重い上、家の中に誰もいないと逆に早く治さなければならない、という気概が湧いてこないのだ。
 今まで必死に毎日頑張っていた分、その反動が来ているのかもしれない。

 ティファは、そのままズルズルと中途半端なまどろみに呑まれていった。



 どれくらいそうしていただろうか…。
 ふと、ティファは彼女の琴線に何かが触れて目を覚ました。
 それは、二年前の旅で培われた殺気に対する反応だった。
 全身が総毛立つような感覚が、眠気と高熱に浮かされたティファを一瞬正気に戻す。
 そして、ほぼ無意識に咄嗟に体を反転させる。
 暗闇の中で、銀色に光るものが鈍る視界に映った気がした。

「チッ!外した!!」
「そっちに回り込め!」
「くそっ!暗くてよく見えねぇ!!」

 野太い男の声がボーっとした頭に響く。
 そして、暗闇から再度、ビュンッと風を切る音と共に、チリチリとした殺気が放たれる。
 高熱の為に意識がしっかりしないが、全身に突き刺さるようなその感覚に、無意識に体が反応し、そのお陰で何とか暗闇からの攻撃をかわす。
 相手はそんなティファの動きに苛立ちながらも先回りする事が出来ず、さして広くも無い店内のテーブルや椅子に躓き、翻弄されていた。
 ティファは、ほとんど勘だけで勝手知ったる店内を這い回り、手探りで照明を点けた。

 急に明るくなった店内に、ティファだけでなく無頼漢達も目を細めて一瞬動きが停止する。
 ティファの目に映ったもの…。
 それは、人相が悪く恰幅の良い三人の強盗の姿だった。

 そう。
 エッジは復興が世界の中でも進んでいるという明るい反面、最近では治安がすこぶる悪い。
 普段から戸締りをしていないと、非常に危険である。
 その為、ティファも普段から戸締りはきちんと欠かさずチェックしているのだ。
 しかし、高熱に浮かされ、そのままカウンターで眠ってしまった為、今夜は戸締りが出来ていなかったのだ。
 勿論、元気な時なら例え強盗が入ったとしても、簡単に返り討ちに出来る。
 しかし、今のティファは全く下がっていない高熱の為、足元はふらつき、視点は定まらず、加えてあまりの出来事に咄嗟の判断が下せないという最悪の状態に陥っていた。
 いくら、無頼漢達が急に点いた店内の照明に視界を焼かれ、一瞬動きが止まったとしてもそれは本当に一時的な事に過ぎない。
 あっという間に己を取り戻し、今後は逆に照明が点いた事によって視界が広がり、動きが緩慢なティファよりも優位に立ってしまった。

 三人がティファに一斉に襲い掛かった。
 ティファは、カウンターを回り込んで襲い掛かってきた二人の男のうち、片方を殴り飛ばすと、もう一人が繰り出したナイフの攻撃をかわしつつ、その腕を掴み上げ、最後の一人に向けて投げ飛ばそうとした。
 しかし、手元が狂って腕を掴み損ね、危うく銀色に光る凶刃の犠牲になりそうになる。
 そこをふらつく頭を叱咤しつつ紙一重でかわし、バランスを崩して転倒しそうになったのを逆に利用して床に手をつくと、そのまま片足を跳ね上げて無頼漢の顎を強蹴した。
 残った一人の強盗は、明らかにティファの好戦振りに狼狽していたが、ここでいよいよティファの方は限界が来ていた。

 狭まる視界に勝手知ったる店内が別の場所の様に感じられる。
 いつもなら目を閉じていても手に取るように分かるテーブルや椅子の配置が、今のティファには全く感じ取れないでいた。
 その為、ティファは間合いの取り方を誤り、テーブルの角で強か(したたか)に腰を打ちつけ、完全にバランスを崩して転倒してしまった。
 しかも最悪な事に転倒した際、椅子の背もたれで頭を強打してしまったのだ。

 何も考える暇など無く、ティファは意識を失ってしまった。



 どこか遠くから人の話し声がする。
 よく聞いてみると、その声は誰よりも一番愛しい人のもの。
 でも、今頃彼は配達の仕事に出ているハズ。
 帰宅予定は早くても明日の夕方…。
 だから、今、こうして聞えて来る声は、きっと自分の空耳…。

「…だそうですから、お大事になさって下さいね」
「……、本当に何て礼を言えばいいのか…」
「いえ、本当にご無事で何よりです」
「そうですよ。それに、これの成果も得られましたから、言ってみれば不幸中の幸いです」
 そして、ドアが閉まる音が静かに聞えた。

 あれ…?
 彼の他にも誰かの声がしてた…?
 どこかで聞いた事のある声だったけど…。
 誰だっけ…?


 段々と意識が鮮明になっていく。
 それに伴い、頭全体、特に側頭部に痛みが走る。

「う………」
「…!!ティファ!?」
「あ……れ…?」
 思わず呻き声を上げた彼女に、聞きなれた、心地よい声が彼女の名前を呼んだ。
 ティファは、その呼びかけにうっすらと目を開け、数回瞬きをした。

「……クラウド…?」
 はっきりとしてきたティファの視界に最初に飛び込んできたのは、不安と悲哀を湛えた紺碧の双眸。
「ティファ!俺が分かるか?」
「あ…れ…?どうして、クラウド、ここに?」
 驚いて身を起こそうとするティファを慌ててベッドに押し戻すと、クラウドはティファの顔をまじまじと覗き込み、次いで力一杯彼女を抱きしめた。
「本当に、何てバカなんだ!こんなに具合が悪いのに連絡しないなんて!」
「あ……、え……?」
 クラウドに抱きすくめられ、ティファは混乱して何も言えない。
 ただ、クラウドの肩が…、声が微かに震えている。
 それを目の当たりにして、ティファは申し訳なさで激しく胸が痛んだ。
 思わず、クラウドの背に腕を回し、ギュッとしがみつく。
「あ…、ごめん、なさい…!」
 掠れる声を震わせて謝るティファに、クラウドはそっと体を離すとほんの少し潤んだ瞳を優しく細め、愛しそうにティファの髪をそっと梳いた。
「ああ、良いんだ。ティファが無事だったから」
 そう言って、再びティファを優しく抱きしめると、嗚咽を漏らし始めた彼女の背を優しくポンポンと叩いて彼女の黒髪に頬を埋めた。
「ティファが大変な事になってるってリーブから電話を受けた時は、一瞬心臓が止まったよ」
「え……、何で、リーブから?」
 思いもかけない人物の名前に、びっくりしてクラウドを見上げる。
 クラウドはティファをベッドに完全に寝かせてやると、彼女の頬を優しく撫でながら口を開いた。
「ティファ、今夜臨時休業の札を出してなかっただろ?それで、リーブとエリックさんがセブンスヘブンに一番乗りで客に行ったんだそうだ」
「え……!?何で、エリックさんとリーブが…?」
 またまた、予想外の人物の名前にティファは目を丸くする。
 クラウドはフッと笑うと、言葉を続けた。
「ああ、実は子供達が間違って使用しても後遺症が残らない様な防犯グッズをリーブとエリックさんが協力して考案中なんだ」
「防犯グッズ?」
「ああ。催涙スプレーとか防犯ブザーとかだってさ。防犯ブザーは別に間違って使ってもうるさいだけで身体に害は無いけど、催涙スプレーはそうはいかないだろ?でも、最近では子供達を狙った悪質な犯罪が増えつつあるから、防犯ブザーだけじゃ心もとないって話がWROの中でも議論の種になってるんだそうだ。その時に、ほら、ボーンビレッジに行ってるクレーズからエリックさんの話が出たんだって」
「え!?何で!?」
 三度も予想外の人物の登場に、ティファは驚いて他の言葉を口に出来ない。
「ああ、実はさ。口説いてるんだってさ」
「誰が!?」
「リーブが」
「誰を!?」
「クレーズを」
「何で!?」
「コンピューターの知識とアイディアが欲しいって」
「………!?」
 ポカンと口を開けて言葉も無いティファを、クラウドはおかしそうに見やった。
「今のところ、クレーズがリーブの求愛に応える素振りは無いらしいんだが、その求愛中にエリックさんの名前が出たんだそうだ。子供達をとっても心配し、且つ手先が器用でアイディアが豊富な人物として…さ」
 そこで一旦言葉を切ると、クラウドはベッドサイドに置いてある吸い飲みに手を伸ばし、ティファに水を差し出した。
 差し出されたそれを一口の見込むのを確認し、再びベッドサイドに戻す。
「それで、今夜試作品の催涙スプレーが出来たからマリンとデンゼルに渡しに来てくれたんだそうだ。リーブと事前に打ち合わせしてたから、珍しい二人組みがセブンスヘブンにお客として来てくれたんだよ。そこで…」
 言葉を切って真剣な眼差しになる。

「強盗に殺されそうになってるティファを助けてくれた…」
「あ………」

 クラウドの一言で、ティファの脳裏に数時間前の恐怖が甦った。
 そう。
 あれは夢じゃなかった。
 スッと青ざめたティファを見て、クラウドはフぅーッと息を吐き出した。

「もし、ティファがあいつらに何かされてたら、とてもじゃないけど正気なんか保てない。今頃俺は発狂してるね」
「ごめんなさい…」
「本当に…。ティファが我慢強い事も、俺達に心配かけまいとしてくれてる事も全部分かってる。でもな、やっぱりもっと甘えてくれても良いと思うんだ。もっと頼ってくれても良いって…さ」
「…うん…」
「今夜は本当に運が良かった。リーブ達が来るのが数分遅かったら、確実にティファはエアリス達の所に行ってたんだから…。その事、もっとしっかり考えてくれ」
「……はい…」
 泣き出しそうな顔をしてうな垂れるティファに、クラウドは眼光を和らげると彼女の額に己の額をくっつけ、「じゃ、お説教はこれくらいで終わる」と、悪戯っぽく微笑んだ。



「リーブとエリックさんに何かお礼をしなくちゃね」
 うつらうつらしながら、ベッド脇に座っているクラウドに声をかける。
「ああ、それならセブンスヘブン一週間タダって事で手を打ってある」
「そうなの?」
「ああ、それが良いんだそうだ。だから、早く良くなってくれって伝言だ」
「フフ、そうなんだ。何だかとっても申し訳ないわね」
「何で?」
「だって、それってあんまり、特別な、お礼って、感じがしない、じゃない?」
 首を傾げるクラウドに、ティファはポツポツと答える。
 もうほとんど、まどろんでいる状態のティファに、クラウドは笑みを浮かべてそっと頬に口付けた。
「本人達がそれで良いって言ってるんだ。それで良いんじゃないか?」
「…そう…かな…?」
「ああ。さ、もう休めよ。明後日には完全に良くなってないと、マリンとデンゼルに俺達、揃って怒られることになるぞ」
「フフ…、そうね。…子供達に、心配、かけたくないし、ね」
 そう言うとティファはそっと目を閉じた。


「クラウド…、帰ってきてくれて…、ありがとう…」


 一言そう呟き、あっという間に眠りに落ちたティファに、クラウドはそっと口付けを送ると、
「無事でいてくれて…、ありがとう…」
と、眠る彼女に囁いた。



『クラウドさん!?今、どこですか?』
『何かあったのか?』
『ティファさんが大変なんです!今すぐ戻ってきて下さい!!』
『え!?ティファが!?一体何が…!?ティファは無事なのか!?』
『ええ、ご無事ではありますが詳しい事は電話では…。とにかく今どこですか?遠いなら、ヘリで迎えに行きますから!』
『すまない!』



『危ないところでしたよ。本当に相変わらずティファさんは無茶をしますよね』
『………』
『クラウドさん、お気持ちは分かりますが、あの三人の強盗はWROで引き取らせて頂きましたから、くれぐれも報復なんか考えないで下さいね?そんな事して、一番辛い思いをされるのはティファさんなんですから…』
『分かってる…』
『…クラウドさん、あの…。これ、催涙スプレーの試作品なんですけど、子供達が間違って使っても大丈夫だって証拠が今夜皮肉にも取れたので、デンゼル君とマリンちゃんに渡して下さい。やっぱり、まだまだ治安が悪いですから…』
『ああ、すまない。本当に助かったよ』
『いいえ!お役に立てて本当に良かったです』
『それにしても、ティファさんは少し頑張り過ぎですね、今も昔も。私達が助けた時からずっとティファさん、クラウドさんの事を呼んでたんですよ』
『え…』
『そうなんです。僕達がいくら呼びかけても全然答えなくて、ずっとクラウドさんの名前をうわ言の様に繰り返してて…。見ててとっても辛くなりましたよ、何だか物凄くお辛そうで…』
『………』
『クラウドさん。分かっておられるとは思いますが、ティファさんを大事にしてあげて下さいね』
『ああ、分かってる。有難う』



 数時間前に交わした会話を思い起こしながら、クラウドは目の前に眠る愛しい人を見つめた。
 彼女は今、心から安らいだ表情で眠っている。
 この表情を曇らせたくない。
 その為に自分に出来る事は何でもやってやる。

 そう決意を新たにすると同時に、どうしようもなく嬉しさがこみ上げてくる。
 それは、ティファが一番弱くなった時、ずっと自分の名前を呼んでくれたという事実。
 弱くなった時に呼んでくれるという事は、自分の存在が彼女の中で大きなものだという証ではないだろうか?
 きっと、そう考えるのは自惚れでは無いだろう。

 これから先も、彼女の一番弱った時に呼んでもらえる存在であるよう…。
 そう願うクラウドは、心から幸せ者だと感じていた。
 そう。
 きっと、これから先もこの関係は、ずっと…。



あとがき

はい、なんだか痛いお話になってしまいました(汗)。
すみません、ごめんなさい。
そして、またまたオリキャラがプチ登場(爆)。
いえ、何となく登場させたい二人だったので、つい…。
マナフィッシュの中では、エッジは治安がよろしくないです。
ん〜、何となくアメリカのスラムとダブってしまいますね。

そんな世界背景しにしてしまったことも含め、本当にすみません(汗)

ラブラブクラティを目指したのですが、何だかな〜(苦笑)