どんなことがあっても、決してアナタから離れない。
 アナタの行く所が私の行く所。
 アナタの抱えている負債は私のもの。
 私の光はアナタのもの。


 アナタだけが、私の『唯(ただ)一人』の人だから。




悠久の時を共に歩かん






「ティファちゃん、お勘定ね」
「あ、はい、今行きます」

 明るい声で客に応える。
 店には静かなジャズ音楽が流れている。
 その音楽が、明るい店内の雰囲気にピッタリ合い、客達を包み込んでいる。

 最近、ラジオからは明るく楽しめるような音楽が増えてきた。
 街の復興が進んでいるという証拠だ。
 だが、そもそも真新しく出来たこの街に『復興』という言葉はちょっと不似合いだと、ティファは思っている。
 崩壊したミッドガルに沿うようにして街が広がっているので、『復興』という言葉を使っているが、本当は『復興』ではなく、『ゼロからのスタート』だった。
 そして、その『ゼロからのスタート』としてティファ達は人生の再出発をこの街と共に送っている。
 ティファは店に流れているラジオの音楽に合わせる様にして身体を軽く揺すっている男性客に、ふと目をとめ、微笑んだ。

 本当に最近は、人々の心にゆとりが出来たと感じる場面が多くなってきた。
 それがとても嬉しい。

 勘定を終えてドアの向こうに消える客と、新たに来店した客双方に頭を下げてお見送りと出迎えをする。
 子供達も機敏に働いてくれた。
 明るい声と笑顔で、新しい客をテーブルに誘導する。
 子供達の笑顔に、客達が頬を緩める姿は、ティファの心を温かく満たし、彼女に力を与えるものだった。

 生き生きと接客しているデンゼルには、星痕症候群の翳りは微塵もない。
 それが…とても嬉しい。
 妹的存在であるマリンと一緒にセブンスヘブンでクルクルとよく働く少年は、客達からも好評だった。
 そんな少年を自分達のところへ連れて来てくれたクラウドを想い、ティファはほんのりと頬を染めた。
 チラッと時計を見る。
 まだ20時半。
 彼が帰ってくる予定の時間まであと1時間程度。
 カウンターの中に戻りながらティファの頭の中を支配していたのは、目の前の客達の笑顔でも、デンゼルの明るい笑い声でも、マリンの愛らしい姿でもなかった。

『クラウド』

 今夜、久しぶりに帰って来る『戦友』でもあり、『恋人』でもあり、『家族』でもある青年のことしかなかった。

 約1年前、クラウドは星痕症候群という病に罹り、それが己の罪への贖罪の気持ちと相まって、彼は出て行った。

 どれほどの苦悩だっただろう…?
 クラウドが独り、教会で己に迫る死の足音を聞くというのは…。

 ティファはそのことを思い出すと、今も心が抉られるような思いを味わう。
 クラウドはあの時、たった一人で蹲るしかなかった…。
 それは、家族であるはずの自分や子供達にすら打ち明けられないほど、とても強く、大きく、そして重く、クラウドにのしかかった『凶事』。

 気づいて上げられたら良かったのに…。
 傍にいたのに…。

 ティファはあの当時の事を思い出すと、今も苦い気持ちになる。
 自分も…そしてクラウドも未熟だった。
 当時ティファは、クラウドとの関係は『デンゼルとマリンを共に養っているのだから大丈夫』だと思い込もうとしていた。
『一緒に生きる家族』として頑張っているのだから大丈夫なのだ…と。

 そう考えることで、脆く、危ういクラウドとの関係を無理やり『大丈夫だ』と自身に無意識のうちに暗示をかけていた。

 だが、結局は上手くいかなかった。
 彼は出て行った。

 あの時の喪失感は言葉に出来ない。
 そして、その喪失感に紛れていた『あぁ、やっぱり…ダメか…』という、どこか悟ったような気持ち。
 彼を案じつつも心はどんどん『諦め』へと傾いた。
 クラウドは帰ってこない。
 どんなに携帯を鳴らしても彼は出ない。
 留守電は聴いているくせに、それに対して応えてくれない。

 理不尽だ。

 そう思ったこともあった。
 こんなに頑張っているのに、応えてくれないとは、なんて酷い人…。
 一緒に2年もいたのに、彼は心を開いてくれなかった…と、そう詰ったこともあった。
 決まって、詰った直後には酷い自己嫌悪に陥ったものだが…。

 だけど、そうじゃなかった。
 彼を見ているようで見ていなかったのは自分だった。
 彼が苦しんでいるサインをちゃんと見極め、手を差し出すことが出来さえしていたら、クラウドは苦しまなかったのに…。
 打ち明けてくれただろうに。

 そうして、無力な自分にまた落ち込んでしまう。

 当時のティファはひたすら、負のスパイラルの中にあった。
 そこから抜け出すことが出来たのは、やはりデンゼルとマリンのお陰だ。

 あの教会で、クラウドがまだ戻っておらず、星痕症候群の痕の残った包帯を見つけたとき、『帰る』よう提案したティファをマリンが真っ直ぐな瞳で否定した。
 あの瞬間、ティファは目の前が少し、開けた気がした。
 そして分かった。

 逃げていたのは…自分も同じだったのだ…と。

 だから、ここにいる。
 こうして、家族が揃ってこの『家』にいる。

 これを喜ばずにいられようか?

 明るい表情でクルクルとよく働く子供達以上に、ティファは今、とても幸せだった。

 愛している人を素直に『愛している』と認められる幸せ。
 クラウドとティファ、デンゼルとマリンが一緒に暮らすようになってもう1年以上が経つと言うのに、時折、周りの人間達が嫉妬交じりにイヤミや皮肉を言ってくることがある。
 あからさまな態度をとられることもある。
 だが、それが一体なんだと言うのだろう?

 ちょっと前まではそれがとても不快に感じられたし、不安に思うこともあった。
 だが、今は…。


「ティファちゃん、本当にクラウドさんが好きなんだ」


 ふいにかけられた言葉。
 他の客達が数名、その言葉に敏感に反応したのをティファは見た。
 ある者は興味津々、ある者は嫉妬交じり、またある者はティファを小バカにしたようにニヤニヤと笑って見ている。
 子供達にもその言葉は聞こえたらしい。
 仕事の手をハッ!と止めて、心配そうな顔でティファを見た。
 ティファは微笑んだ。
 子供達を安心させるように…。
 そして、自分の気持ちを誇りに思っていることを表すように。


「はい」


 たった一言。
 イヤミと嫉妬をない交ぜにした青年は、たじろぎながらも虚勢を張るように引き攣った笑みを浮かべた。

「へ、へぇ…。でも、彼ってさぁ、1回ティファちゃんを捨てたよなぁ。それでも好きなんだ。愛してるって言うんだ?」

 その言葉にも、ティファの笑みはいささかも揺るがなかった。
 むしろ、堂々と胸を張るようにして真っ直ぐ青年を見つめる。

「えぇ」

 途端、上がったのは客達の口笛やはやしたてる歓声。
 ティファの幸せを羨んで、自分もそういう幸せなめぐり合いを夢見た客もいるし、ティファの幸福を喜んでいる客もいる。
 そんな彼らからの歓声にティファは頬を染めてはにかんだ。

「出て行ったって言っても、1年以上前に1回だけですし、今はちゃんと帰ってきてくれてます。それに、何より私やデンゼル、マリンをとても大切にしてくれていますからね。あの頃のことはもう良いんですよ」

 キッパリ言い切ったティファに、またしても口笛が上がる。
 デンゼルとマリンが嬉しそうに笑い合った。
 青年は顎をことさらに上げて、
「へ、へぇ、そうかい。それは幸せなことで何よりだ」
 虚勢を張り、鷹揚な態度で勘定のギルをテーブルに置いた。
 勘定よりも少し多い。

「じゃ、これは幸せなティファちゃんにご祝儀ということで」
「まぁ、いけません。ちゃんとお勘定させて下さい」
「いや、良いんだ。じゃ、またな」

 青年は引きとめようとするティファにクルリ、と背を向けてさっさと店から出て行った。
 なんとなく、ティファは胸がツキンとしたが、それでも笑顔で肩を竦めて見せた。

「じゃ、遠慮なく頂いちゃいましょう」

 ペロリ、と舌を出す。
 その可愛い仕草で、また店内が沸いた。

「ティファ」「大丈夫?」

 子供達が小走りに駆け寄り、小声で囁く。
 ティファは微笑んだ。
 しゃがみ込んで子供達と視線を同じにする。

「大丈夫。ありがとう2人とも。本当にいつも心配かけてごめんね?」
「良いんだって、そんなこと」「そうだよ、私達、家族でしょ?」

 力を込めてそう言い切った2人に、ティファは破顔した。
 それぞれの額を人差し指でツンツンと突き、立ち上がる。

「さ、もうあと少し頑張ろっか」
「「 うん! 」」

 明るい顔で元気に返事をし、クルッと回るようにして接客に戻った子供達に、傍で見ていた客が微笑んだ。
 ティファは幸せだった。

 時計を見る。
 クラウドはもうあと少しで帰ってくるはずだ。

 先ほどの青年がクラウドの帰宅前に帰ってくれて良かった…と、思ってしまう。
 やはり、クラウドにはあの青年のような客とは顔を合わせてもらいたくない。
 クラウドが心底、当時のことを悔やんでいると知っているからこそ、そう思ってしまう。
 それに、配達の仕事で疲れているだろうに、『家』に帰ってまでも気を使わせるのはなんとも申し訳ない。
 出来れば、ゆっくりと、のんびりと寛ぎながら、子供達に囲まれて静かな時を過ごして欲しい。
 だが、それは無理なことも分かっている。
 クラウドが帰宅するたびに店を臨時休業していては、店の信用に関わってしまうし、クラウド自身が気にしてしまう。
 だからこそ、クラウドが帰宅する予定の日である今夜もこうして店を開けているわけだ。
 店を開けている以上、来店して下さったお客様を精一杯もてなさなくてはならない。

「ティファさん、クラウドさんは何時くらいに帰ってくるんですか?」
「えっと、あと20分くらいですね……って…え!?」

 ふいに女性客から訊ねられ、ティファはスラッと答えたが、その途中でびっくりし、目を丸くした。
 女性客にも誰にも、今夜、クラウドが帰ってくるとは言っていない。
 知っているのはデンゼルとマリンだけだ。
 女性客は笑った。

「だって、しょっちゅう時計を見てるし、なんか心ここにあらず、って感じだったから、『あ〜、今夜、クラウドさんが帰って来るんだなぁ』って分かったの」
「あ……そう…ですか…」

 クスクスクス。
 可笑しそうに笑う女性に、ティファは真っ赤になって俯いた。
 先ほど、店の客達の前で堂々と『愛している宣言』をした女性とは思えないほどの照れっぷり。
 そこまであからさまに浮かれていたとは思わなかったのだ。
 女性客は片頬をついて笑いながら「あ〜あ〜」と溜め息を吐いた。
 真っ赤な顔のまま、チラリ、と見る。
 悪戯っぽい光を宿した女性の目と合った。

「良いなぁ、ティファさん幸せそうで〜。私も素敵な彼氏が欲しいなぁ」
「もう、からかわないで下さい。それにお客様、そんなにお綺麗なのに彼氏がいないなんてウソでしょう?」
「うふふ、ありがと。ティファさんに言われると『そんなことないだろう!?』って思っちゃうけど、まぁ、褒め言葉としてありがたく頂くわ」
「え…?」

 女性の言う『そんなことないだろう!?』の意味が分からず首を傾げる。
 女性は椅子の背もたれにもたれて伸びをした。
 活発な印象を受ける美人だ。

「だって、ティファさんってナイスバディーだし、ルックス完璧だし、料理は超一流だし、器用だし、優しいし、もう女性の鑑だもん。そんな人に褒められてもなんだか実感が湧かないものねぇ」

 ポンポンポン、と軽やかに褒め言葉を口にする女性に、ティファは目を丸くした。
 そんなティファに女性はまた笑った。

「本当に自分のことにはとんと疎いんですねぇ。でも、そこがティファさんの魅力なんでしょうけど」
「え……いえ、そんな…」
「本当に、クラウドさんは幸せ者よね。私が男だったらさっきの横恋慕失恋君みたいにお熱になること間違いないわ」
「横恋慕失恋君って…」

 ティファはどう言って良いのか迷ったが、女性の命名センスに堪えきれずに吹き出した。
 肩を揺らして心底可笑しそうに笑うティファに、女性も一緒になって笑った。
 女性が2人、楽しそうに笑っている姿は実に華になる。
 自然と客達の視線が2人に注がれたのだが、その視線は更にもう1つの人影に吸い寄せられた。


「なんだ、その『横恋慕失恋君』って…」


 ハッ!と驚いて振り返った先には、裏口のドアにもたれている話題の『横恋慕失恋君』のライバル。
 ティファが浮かれた気分になっていた原因。

「「「 クラウド! 」」」

 デンゼル、マリン、ティファの声がみごとにハモル。
 駆け寄った子供達をクラウドは軽々と抱き上げ、
「ただいま」
「「 おかえり!! 」」
 軽く額にキスをした。

 ティファと話していたとは別の女性客がうっとりとした溜め息を吐いてその光景を見つめている。
 またある客は、クラウドがティファにどういう『ただいま』をするのか、興味津々なようで、ジョッキを片手に持ったまま食い入るように見つめている。
 その興味津々が、はたして純粋な『野次馬根性』なのか『嫉妬』なのかは人それぞれと言ったところか。

 ティファは自分にも注がれている好奇の視線に勿論気づいていた。
 だが、それも今の彼女には気にならない。
 いや、気になるのだが、気にならない…、気にしない。
 少し前なら恥ずかしいだけではなく、クラウドが陰口を叩かれることを恐れ、あまり客の前でのろけたりしないようにしていたのだが、今はそんな心配は無用だと知ってるので、純粋に『恥ずかしいだけ』なのだ。
 クラウドが陰口を叩かれても平気なのだ、と知ったから…。


「ただいま、ティファ」
「おかえりなさい、クラウド」


 ドキドキドキドキ。
 子供達を下ろしたクラウドがほんの少し微笑みながら近づいてくる。
 この瞬間がたまらなく愛しくて切なくて。
 甘酸っぱい気持ちで鼓動が早められる。

 一瞬、店がシーンと静まり返った気がしたのは、気のせいだろうか?
 誰かが『ゴクリ』と生唾を飲み込んだような気がしたのは気のせいだろうか?

 悲喜こもごもの感情が交差する中、クラウドはティファの頬に触れるか触れないかの軽いキスを落とした。

 はぁ〜〜…。

 安堵とも残念ともとれる溜め息が客達の口から吐き出される。
 サッと身を引いてティファから離れたクラウドは、そのままティファと話をしていた女性客へ視線を移した。

「それで、『横恋慕失恋君』ってなんのことだ?」
「クラウド!」
「あら、気になる?」

 真っ赤になって押し留めようとするティファをサラリとかわし、クラウドは楽しそうに笑いながら問いかけた女性に少しだけムッとした顔をした。

 ―『別に』―

 そう言って、そっぽを向いてしまうと思われるその表情。
 ティファは咄嗟に女性客へ頭を下げようとした。
 失礼な態度をクラウドが取る。
 そう思い込んだからだ。

 だが意に反してクラウドは耳を少し赤くしながら言いにくそうに目を逸らしつつ…。


「あぁ」


 ティファは目を見開いた。
 信じられない気持ちでいっぱいだ。
 あのクラウドが。
 こんな風にからかわれたら絶対に『うん』とは言わないクラウドが、言いにくそうにしながらではあったが『認め』るとは!
 女性客は目を丸くしているティファと、耳をほんのり赤らめて居心地悪そうにしながらも正直に頷いたクラウドを見比べて可笑しそうに笑った。
 その笑い方は決してイヤミのないもの。
 クラウドがじれったそうに女性を見る。
 ティファを見ないのは、せめてもの意地だろうか?

「さっきまでね、ティファさんにいつも熱烈なアプローチをしている男性客がいたのよ」
「お、お客様!」

 ピクリ。
 クラウドの眉が不快気にひくついたのを子供達は見た。
 チラリ。
 クラウドが慌てて女性客に詰め寄ったティファを見た。
 女性客はクスクス笑いながらティファに向かって、
「まぁまぁ、良いじゃない?日頃、お店にどんな客が来ているのかはどうせデンゼル君とマリンちゃんから聞いてるだろうし。ここで私が言わなくても、きっと後で子供達が教えちゃうわよ?」
「あ、いや、でもですね…」
「それに、恋人がいるって分かってるのにアプローチしてくる彼には悪いけど、ちょっと常識ないわよね。クラウドさんがもっとブッサイクか、女垂らしの最低な性格をしてたら、まだ割り込む隙はあったんでしょうけど、そうじゃないもの」
「あ〜〜…でもですねぇ…」
「それに、そろそろはっきりけじめをつけた方が良いと私は思うわけ。ね、あなたもそう思うでしょ?」

 突然話を振られたのは、隣のテーブルの男性客。
 目の前のやり取りを面白そうに見ていたのだが、いきなりその輪の中に巻き込まれて目を丸くした。
 が、すぐにニヤッと笑うと、
「おう、勿論だ。ティファちゃんは本当に見た目も性格も良いし、料理は上手いし、嫁さんにしたい!って狙ってる男は少なくないからなぁ」
 すぐに女性客と同調してぺらぺらしゃべった。
 ティファは真っ赤になり、クラウドは不愉快そうに目を細めた。
 男性客は更に言った。

「クラウドさんよぉ、本当にこのままで良いのか?」
「……なにが…?」
「だから、男としてけじめをつけるつもりはないのか?って聞いてるわけ。それこそ、あんた達が一緒に暮らし始めてもう3年くらいだろ?その間、デンゼルとマリンを一生懸命育てるのに必死で、そんな暇がなかった…って言うのもなんとなくは分かる。けど、もうそろそろ本当になにかのけじめをつけるべきだろ?でないと、デンゼルとマリンの教育上にもよくないと思うぜ?」

 男性客の言葉に、店内は水を打ったようにシーンとなった。
 恐らく、男性客の言葉は他の客達にも何かしら通じるものがあるのだろう。
 それこそ、ティファを諦めきれない男性が店内にいるのかもしれない。
 クラウドへ淡い期待を寄せている女性もいるのかもしれない。

 そういった、『横恋慕予備軍』に対し、クラウドは今こそちゃんと言わなくてはならない……。
 そう思った…。
 思ったのだが…。


「はぁ…。なんでこのタイミングなんだ…」


 ボソリ。
 呟かれた不機嫌な声音に、ティファだけではなく女性客達も首を傾げる。
 クラウドは自分に注がれている好奇の眼差しの集中攻撃に、心底参った、と言わんばかりに首を振り振り、後頭部をガシガシと掻いた。
 そして、気持ちの整理をしたのだろうか。
 心配そうな顔をしているティファに向き合った。

 ドキン。

 ティファの鼓動が跳ね上がる。
 真っ直ぐに見つめる魔晄の瞳は、なんとも言えず美しくて…。
 思わず吸い寄せられてしまうような力を持っていた。


「ティファ…」

 決意を固めた声。
 ティファの鼓動が早くなる。

「俺、気の利いたことは何も言えないし、いつまで経っても頼りないと思う。それに、この人に言われたからってわけじゃないんだ…」

『この人』というところで、クラウドにお説教まがいのお言葉をくれた男性客をチラリ、と見る。
 男性客はハッとした表情になると、ニンマリと笑った。
 女性客も気がついたらしい。
 パーッ!と顔を輝かせた。
 ティファはまだ気づいていないようだった。
 クラウドは再度、静かに大きく息を吸った。
 そして、懐から小さな小箱を取り出した。
 誰が見ても分かるその小箱。
 ティファの目が大きく見開かれる。
 信じられない思いで、小箱とクラウドの顔を行き来しているティファの目の前で、クラウドは小箱をぎこちない手つきで開けた。

 中からは、店の照明を反射させて輝く宝石を湛えた美しいリング。

 息をするのも忘れてそれを見つめるティファに、クラウドはそっとリングを取り出し、ティファの左手を取った。
 そして、もう一度深呼吸をする。


「これからもずっと一緒にいて欲しい。いや、俺がもうどこにもいかない。だから……、受け取ってくれないか?」


 声も出ない。
 世界の全てが止まってしまったかのような沈黙。
 ティファは口を開けはしたものの、とんでもない展開に思考能力がフリーズしてしまった。
 だが、クラウドに握られている左手が微かに彼の震えを伝えてきたことによって、ハッと我に返る。
 リングを片手に困ったような…、不安いっぱいな瞳をしたクラウドに、一気に彼への愛しさがこみ上げてきた。
 同時に涙が目の淵いっぱいにあふれ出す。
 言葉にならないほどの感動。
 ティファはただただ、クラウドから視線を離すまいと懸命に顔を上げ、洩れそうになる嗚咽を抑えるべく右手で口を覆った。
 そして…たった1度、しっかりと頷く。

 クラウドはホッと頬を緩めると、そっと左手の薬指にそれを嵌めた。

 途端。

「「「「 おめでとうー!!! 」」」」
「「「「 きゃーー!羨ましいー! 」」」」
「「「「 あぁ…俺達の夢が… 」」」」
「「「「 今夜は無礼講だー!! 」」」」

 様々な歓声が上がった。
 一気にお祭りムードに突入したセブンスヘブンで、ある者は口笛を吹き、ある者は乾杯をかわし、ある者はガックリとうな垂れ、またある者はハンカチで顔を覆った。
 だが、大半の客達は満面の笑み。
 勿論、デンゼルとマリンも。

「父ちゃんに連絡しないと!」
「じゃあ、俺はユフィ姉ちゃん!姉ちゃんに連絡したら、あっという間にみんなに伝わるしな!」

 嬉しそうにハイタッチをした後、子供達は一斉に電話と携帯に向かって駆け出した。


「あぁ…ったく。本当なら店が終わって、子供達が寝てから言うつもりだったのに…」


 ティファを抱きしめながらぼやいたクラウドに、ティファは泣きながら笑った。
 クラウドはなんとも情けなさそうな顔をしていたが、泣きながら本当に幸せそうに微笑みながら顔を上げたティファに釣られ、表情を緩めた。


「これからもずっとよろしく、ティファ」
「うん…うん、私の方こそよろしく、クラウド!」


 そうして…。
 その日、初めてクラウドとティファは客達の前でキスをした。
 それは、誓いの儀式。

 悠久の時を共に歩むという誓いの口付け。


 愛している人と、心から深く結び合うことが出来ることが出来るのは、なんと素晴らしい奇跡だろうか。
 その奇跡に出会えたことはなんと幸福なことだろう。


 愛する人を持つ全ての人が、幸福であらんことを…。



 あとがき

 クラウドとティファは、お店の客達の前はおろか、子供達の前ですら口付けなんかしないと思います。
 だって、なんか滅茶苦茶恥ずかしがり屋だと思うですよね。
 だから、このお話では思い切って頑張って頂きました♪

 拙い話ではありますが、これが拙宅の3周年記念小説です。
 そして…。
 本当にこんなことをしても大丈夫なのかかなり心配ですが、初めてのフリー小説とさせて頂きたいと思います。
 もしも『もらってやろう』という奇特な方がおられましたら、もらってやって下さいませ。
 ご報告して下さると天にも昇ります〜♪

 ではでは、本当に今まで皆様ありがとうございました!!
 心からの感謝を込めて〜<(_ _)>