『どうしたものだろう…』
贅沢な悩み…!?
セブンスヘブンのカウンター席に腰を掛け、クラウド・ストライフは紺碧の瞳に焦燥感を湛え、激しく動揺していた。
今、店内には彼ただ一人。
いつもなら、彼が休みの日は子供達が常に傍にいるのだが、今日は友達との約束があるとかで、非常に名残惜しそうにしながら出かけており不在。
ティファは、現在二階で掃除をしている。
掃除機の音が時折途絶えるのは、物を動かしてその箇所を掃除する為だろう。時折途切れては、再び掃除機の音が微かに店内に響いてくる。
しかし、クラウドは掃除機の音が途切れるたび、ビクッと腰を浮かして階段を窺う。
そわそわと落ち着き無く、まさに挙動不審なその様は、明らかにティファが二階から下りて来るのを警戒している事を表していた。
そして、再び掃除機の音が鳴り出すと、ホッと息を吐いて座りなおすのだ。
その怪しげな仕草をする事数十分。
クラウドは、深い溜め息を吐きながら僅か十数分前の出来事を思い出した。
クラウドは、ティファに買い物を頼まれてエッジの街を珍しく徒歩で歩いていた。
いつもならフェンリルで風ごとく駆け抜けるのだが、そんなに遠くない所への買い物であったし、何より物資の乏しい昨今では給油も極力控えなければならない。それが、微々たるものではあるが、星の為になると思っている。それに、たまには徒歩でゆっくりと復興していく街並みを見るのも良いだろう…、そう思ったのだ。
クラウドは、のんびりとした気分で久しぶりにエッジの街並みを楽しんだ。
フェンリルで走ると、どうしても小さな変化には気付きにくい。
例えば、街を行く人々の表情だったり、店の軒先に飾られている売り物の種類が、以前よりも豊かになっていたりと、そんなささやかなものだ。
だが、そんなささやかな変化も、クラウドにとっては嬉しい発見だった。
……無論、表情は相変わらず無愛想だったが…。
クラウドは、ティファに頼まれたいくつかの調味料を間違えずに買い終わると、そのまま店へと引き返した。
本当なら、もう少し街並みを散策したかったのだが、ティファと久しぶりにゆっくり過ごせる時間を考えると、ティファが掃除を終えた頃には帰宅したかった。
いま思えば、この時真っ直ぐ帰路に着かなければ良かったのだ…。
「あ、あの!!」
「?」
あと少しでセブンスヘブンという所で、突然背後から声を掛けられた。
振り返ると、見慣れない若い女性が顔を真っ赤にして立っている。
どこかで会った事があっただろうか…?
どうも自分は他者に関心が薄い傾向にある為、もしかしたら店に来てくれた事があるのかもしれない…。
そう思いながら返答に困っていると、女性はやや興奮気味にぎこちなく近づき、
「あの…クラウドさん!以前、建設中のビルから鉄骨が落ちて来た時、女の人をバイクで走ってきて助けられましたよね!?」
と、言った。
「え?あ、ああ、まあ…」
相手に気圧され、少し後ずさる。
そんなクラウドに、女性は更に顔を赤らめながらにじり寄った。
「その時、私近くで見てたんです!それで…、それからずっと憧れてたんです!!」
「え!?」
目をキラキラさせ、頬を紅潮させる彼女にクラウドはびっくり仰天した。
突然の告白に、頭が真っ白になる。
『な、何て言ったんだ、この人は…!?』
今まで、こんな真正面きって告白された事などあっただろうか…!?
これ以上ないほど狼狽するクラウドに、彼女はますますにじり寄る。
そしてクラウドは完全に気圧され、後ずさる。
そんな二人の様子に、周囲の通行人は思わず立ち止まり、何事か?と、小さな輪を作って見学する。
一世一代の大芝居をしているような気がするのは何故だろう…。
ぼんやりそんな事を思っていると、彼女は興奮しきりな様子で、
「あの!ティファさんの事は知ってるんです!でも…、でも、一度で良いんです!私とデートして下さい!!」
などと、とんでもない事をのたもうた。
「は!?」
「そ、それじゃ、私、今夜お店に行きますから失礼します!!!」
「ちょ、ちょっと…!!」
彼女はそう言い捨てると、見物人達を突き飛ばしつつ猛然と駆け去った。
呆然とするクラウドの視線の遥か先で、道端のゴミ箱に思い切り躓いて派手に転倒する彼女が見えた。
そして、現在に至る。
「何であの時ちゃんと言わなかったんだろう…」
思わず先程の自分の過ちを声に出す。
そう、彼女が『デート』の申し込みをした時に、ハッキリ、キッパリ断るべきだったのだ。
だが…。
断る時間など微塵も無かったではないか…とも思う。
しかもだ。彼女自身も相当に慌て、興奮し、一種のパニック状態であったのであろう。
彼女自身が一体どこの誰なのか、名前すら告げずに走り去ってしまったのだから…。
クラウドは、その後の気まずい感触を思い出してますます気が滅入った。
彼女が走り去った後、取り残された形のクラウドを、見物していた通行人がひそひそ声を潜めて囁き合っている様と言ったら、もう…。
穴があったら、例え大穴で底が見えなくても迷わず『ゴム無しバンジージャンプ』してしまう程の恥ずかしさだった。
「ハァ〜、どうしたものか……」
何度目とも分からない深い深い溜め息を吐く。
「どうしたの?」
「え…う、うわっ!!!」
いつの間にか自分の目の前に立っていたティファに、クラウドは心臓が口から飛び出る程驚き、驚いた反動で椅子から転がり落ちた。
「ちょ、ちょっとクラウド!?大丈夫!?」
「あ、ああ。…も、問題、ない、ぞ…」
ティファの手を借りながら身を起こすが、今一番顔を合わせづらい彼女の目をまともに見る事などどうして出来よう!?
本人は、実に努力してさり気なさを装ったつもりだったが、周りから見れば声は裏返っているし、どもっているし、挙句の果てには視線がありえないほど泳いでいる。
ティファは、一気に機嫌を悪くした。
当然だろう…。
ここまで狼狽され、おまけにあからさまに『ティファには絶対に内緒にしなくては!!』という彼の決意が溢れ出ていたら、機嫌も悪くなるというものだ。
「………嘘」
「う、嘘なんかじゃない…ぞ」
「じゃあ、何でさっきから視線を逸らすのよ?」
「そ、逸らしてなんか…」
「今、どこ見て言ってるの?」
「……あ〜、花が綺麗だな〜、と思って…」
「……ほとんど枯れそうになってて、今日中には新しい花を生けないと思ってるんだけど…」
「…………」
「…………」
「…………」
何とも気まずい空気が流れ出す。
クラウドは、我知らず流している汗で、背中がグッショリ濡れていた。
ティファは、これ以上はない程冷たい眼差しでそんなクラウドを見つめている。
「……クラウド…」
「………な、何だ?」
「何を隠してるの?」
「な、何も隠してないぞ…」
「ふ〜ん…」
「…………」
まずい。
非常にまずい!
これ以上ないほどの危機を俺は今迎えている!!
クラウドは焦っていた。
どうしようもなく焦っていた。
目の前の愛しい人は、決して普段では見せない冷たい眼差しで、自分を見つめている。
もし、このまま夜が来て、先程の女性が現れたら、もっと問題が膨れ上がるのではないのか!?
いや、しかしどう説明すれば良いと言うのか…?
まさか、調味料を買って戻ってくる途中で、見ず知らずの女性にいきなりデートの申し込みをされ、それを断るまもなく彼女は走り去ってしまった…などという常識では考えられない話を、ティファは信じてくれるだろうか!?
いや、ティファなら信じてくれるだろう。彼女は、自分を誰よりも信じてくれているのだから…。
だが、信じてくれても、くれなくても、結局は断れなかった自分を情けなく思うんじゃないだろうか…。
いやいや、情けなく思うくらいならいいが、もしも悲しまれたりしたら…?
ティファの悲しげな眼差しを向けられるくらいなら、今、この瞬間向けられている冷たい眼差しの方がましなのでは…。しかし、この眼差しも痛い事に変わりはない…。
グルグル出口の無い問答に頭を一杯にしているクラウドに、ティファは「ふ〜」と、軽く息を吐くと諦めた様に手を振った。
「もう良いよ。そんなに悩むなら聞かない」
「う…、そ、そのだな…何と言うか…怒ってるのか…?」
恐る恐る尋ねるクラウドに、ティファは苦笑して見せた。
「だって、こんなに困り果ててるクラウドに、これ以上話なんか聞けないよ」
「………す、すまない」
しゅんとするクラウドに、ティファはますます苦笑いを浮かべると、気を取り直したかのようにカウンターの中へ入り、「コーヒー、飲む?」と豆を出しながら声を掛けた。
クラウドに断る理由などどこにも無かった。
しかし、問題がなくなったわけではない。
例の名前も知らない彼女は今夜、来ると言っていたのだ。
クラウドは、ティファの煎れてくれたコーヒーを口に運びながら、眼前に迫ってくる問題に、気を重くしたままだった。
そんなクラウドを、ティファは自身もコーヒーを飲みながら、何とも言いようの無い複雑な顔で眺めていた。
これほどにクラウドが悩んでいる事とは一体何なのか…?
恐らく、自分には知られたくない事なのだろう…。
そうでなくば、これほど悩んでいるというのに相談されないはずが無い。
しかし、先程のやりとりでも分かったが、クラウドは自分に相談はしないだろう。
何とか、自分だけで解決しようとしているのだ…。
もっと頼ってくれたら良いのに……。
歯がゆい気持ちでそう思っているティファだったが、まさか女性に告白され、挙句の果てにはデートを申し込まれたなどと、全く想像も出来ない話がクラウドに降りかかったとは、これっぽっちも思い至らなかった。
どことなく、気まずい空気が流れている店内で、時間だけが無情に過ぎていく。
クラウドは、何度かティファに話をもちかけようかと試みていた。
だが、いざ話をしようとすると、何から口にすべきなのかが分からなくなったり、ティファが用事で席を立ったりしていた為、結局何も話せずにズルズル時間が経っていく。
クラウドは、時計を見て焦燥感に駆られていた。
もうすぐ、セブンスヘブンの開店準備をしなくてはならない。
そうなると、もう落ち着いて話をする事など出来なくなってしまう。
という事は、何も知らないまま、ティファは例の女性を鉢合わせることになってしまうではないか!?
まずい!
それは非常にまずい!!
何としてでも、それだけは避けねばならない!
そんな事になったら、恐らくティファはこれ以上ないほど傷つくだろう。
もしかしたら、自分に愛想をつかして、子供達を連れ、出て行ってしまうかもしれない……!!
いやいや、まさかそこまでにはならないだろう…。
だが、しかし…。
その時、堂々巡りに陥っていたクラウドに、救いの天使達が帰って来た。
「ただいま〜!」
「ただいま!クラウド、いる!?」
やや慌てた様に子供達が帰ってきたのだ。
そして、そんな様子にキョトンとするティファの目の前で、困り果てた様子のクラウドに駆け寄った。
「クラウド!今日、女の人に道端で告白されたって本当!?」
「え!?」
「な、誰から…!!」
マリンの爆弾発言に、ティファは驚いてクラウドを見る。
クラウドは、額にびっしり汗を浮かべ、詰め寄るマリンとデンゼルに完全に気圧されていた。
「クラウド、本当なの…?」
「ティ、ティファ…、これにはちょっと、説明しにくい話が…」
「本当なのね…」
信じられない思いで声を掛けると、クラウドは今まで見たことがない程取り乱して言葉を詰まらせる。
その姿で、マリンの言った事が真実だと悟った。
そして、今までのクラウドの挙動不審な態度の原因を一気に理解した。
ああ、そうか…。
だから、私には本当の話を言えなかったんだ…。
きっと、私を傷つけないよう、色々考えて、どう説明したら良いのか悩んで悩んで…。
それで、結局何も言えなくなったのね…。
本当に、相変わらず不器用なんだから…!
クラウドの想いを感じ、込上げて来る喜びと愛しさに、顔が綻ぶ。
そんなティファを、クラウドは狼狽したまましきりに何かを言おうと口をパクパクさせている。
子供達は、そんな自分達を心配そうに見上げている。
もう、本当に皆、大好き!!
「もう、バカね。そんなに悩んだりして…」
「あ〜、その、すまない…」
思いっきり笑顔でそう言うティファに、クラウドは漸く堂々巡りの難問から解放された。
一部始終を話し終え、クラウドは苦笑しているティファに謝った。
ティファは、「クラウドが悪いんじゃないもの、気にしないで」と優しく微笑んで見せた。
そんな二人の会話に、デンゼルが可笑しそうに笑いながら、
「それにしてもさ。自分の名前も言わずにそのまま走ってどっかに行っちゃうなんて、よっぽど頭が真っ白になってたんだな、その姉ちゃん」
そう言った。
クラウドは肩を竦めながら、深々と息を吐き出した。
「全く…。後に残された俺は、いい笑い者だ」
「でも、それ見てた常連さんが言ってたよ。その女の人、ずっと前からクラウドとお話を出来る機会を待ってたって」
「え!?」
「誰から聞いたの、その話?」
意外なマリンの発言に、クラウドとティファが目を丸くする。
マリンは、「ほら、いっつも面白いお話してくれるおばさん」と、説明するとじっとクラウドを見た。
「ねえ、それで今夜はどうするの?」
「………断るつもりなんだが…」
「なんだが…何?」
「………どうやって断れば良いのか分からない…」
クラウドの返答に、三人はそれぞれ「あ〜、それもそうかも」と、大変失礼な感想を抱いた。
何しろ、クラウドの口下手、不器用さは筋金入りなのだ。
相手を傷つけずに断る術など、持ち合わせていないだろう…。
「じゃあさ。俺達全員がその女の人と一緒にご飯食べに行くっていうのは?」
「「「え!?」」」
デンゼルの驚きの提案に、全員が目を見開く。
「だって、ただ『ごめんなさい、デート出来ません』って言ったって、その人傷つくだけだろ?ティファの事知っててそれでも、クラウドに『憧れてました』って言ったんだから、何か悪い気もするし、何て言っても後味悪いじゃん?でも、だからってデート出来ないだろ?なら、俺達全員で一緒に夕飯食べに行ったら、皆が楽しめるんじゃないかな?」
まあ、その人がそれで納得するかは分かんないけど…。
意外すぎるデンゼルの発案に、三人はそれぞれの表情で思案した。
すなわち、ティファは苦笑、マリンはワクワク、クラウドはただただ無表情…。
そして、結局その夜…。
興奮した顔で一人の若い女性が着飾ってセブンスヘブンにやって来た。
すると、店のノブには臨時休業の看板が吊るされており、呼び鈴を鳴らすと何故かセブンスヘブンの住人全員がそれぞれ多少のお洒落をして待っていた。
その後、たいそう複雑な顔をした女性、満面の笑顔の子供達、苦笑いを浮かべているティファと、落ち着かない様子のクラウドの五人が、エッジの街を歩いているのを何人もの人達が目撃する事となった。
そして、更に後日…。
「頼めば、誰でも一緒に食事に行ってくれるらしいぜ」
「なかなか有意義な話を聞かせてくれるとか…」
「『ジェノバ戦役の英雄』と一緒に過ごす優雅な一時…魅力的だ」
「俺も、頼んでみようかな…」
「だが、何でも予約で一杯らしい…。次の順番は1ヵ月後とかなんとか…」
「ああ、それでもぜひ、『ジェノバ戦役の英雄』達と一緒に食事を…!」
などと言う噂が、エッジの街に広まったとか何とか…
あとがき
何となく、街中で急に告白されるクラウドが書きたくなりました。
でも、最後が何ともはや…(汗)。本当は、女性が断られてがっかりする話に
なりそうだったんですが、あまりにも可哀想になってしまって、こんな終わり
となりました(苦笑)。きっと、セブンスヘブンの皆と食事をするだけで、
幸せになれると思います!(マナフィッシュはぜひご一緒したい!!笑)

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