Jealousy(前編)「ティファ、『レディースセット』と『豆腐バラエティーセット』を頼む」 「はい、了解!」 女店長の気持ちの良い返事が返ってくる。 クラウドは、思わず頬を緩めた。 この日、クラウドは久しぶりに店の手伝いをしていた。 配達の仕事が忙しくて中々手伝う事が出来なかったのだ。 ティファと子供達は、久しぶりのオフの日なのだからゆっくりしてくれたら良い…と言ってくれたのだが、家族みんなが働いているのに自分一人だけ休むのも気が引ける。 何より、こうして自分が店に出る事によって、ティファへの虫除けにもなるので丁度良いのだ。 という訳でオフのこの日、クラウドはセブンスヘブンで懸命に働くのであった。 クラウドは元々配達が主な仕事な為、セブンスヘブンの仕事に関しては未だに素人でしかない。 デンゼルとマリンの方がよほどしっかりしている。 それでも、一人働き手が増えるとその店の回転率、効率の良さは格段に上がる。 それに、クラウド自身は気付いていないが、彼を目当てにセブンスヘブンに足しげく通っている女性客は狂喜乱舞した。 何を注文するにしてもクラウドを名指しで呼びつけ、決して子供達やティファが口を挟まないようにする雰囲気を作りだしている。 ここまでくると、ティファと子供達としては「天晴れ」としか言いようがない。 それに、彼女達がクラウドを独占出来るのは、メニューを聞いている時か、空いた皿を下げる時か、はたまた料理を運んだ時に限られる。 そんな理由から、ティファも子供達も彼女たちの行動に一々目くじら立てるのを止めてしまった。 どう転んでも、クラウドにとって自分達家族が一番なのだから。 でも…。 そう思いつつも、やはりティファは同じ女性として、愛しい人が他の女性に色目を使われる姿を完全に黙認出来なかったりする。 ……それ以上、クラウドに色目使ったら豆板醤多めに入れちゃうわよ…。 ……それ以上、クラウドに触ったらお砂糖とお塩、『間違えて』入れちゃうわよ…。 ……それ以上、クラウドを引き止めたら……(以下略) とまあ、こんな具合に、女店長は必死に理性を総動員して自分の仕事をこなしているのだった。 当のクラウド自身は、女性客の色目には全く気付いていないのだが…。 「ティファちゃんも大変だねぇ」 ティファの葛藤を知ってか知らずか、カウンター席の馴染み客が苦笑を湛えて頬杖を付く。 「ま、クラウドの旦那はティファちゃん一筋だから、あの姉ちゃん達には見向きもしないって」 隣に座っていた馴染み客も、ニヤニヤ笑いながらティファを見る。 「そ、そんな事は……」 馴染み客にからかわれて顔を赤くする女店長に、二人は内心でそっと溜め息を吐いた。 この二人だけではない。 女店長に魅了された哀れな男達が今夜も店に集っている。 そして、改めて思い知らされるのだ。 クラウドとティファの絆の強さに。 今夜のように、クラウドが店の手伝いをしている時は、女性客がクラウドを独占しようとあの手、この手で彼に迫る。 そして、その光景にティファがヤキモキするのだ。 その姿を見せつけられる男達は、自分達の報われない想いを胸に抱きつつ、それでもその想いを手放せないまま店を後にする。 それが、女店長に想いを寄せる哀れな男達のいつもの姿だった。 ところが…。 いつもと同じ事を繰り返してきたセブンスヘブンに、今夜、ある意味『革命』が起きた。 チリンチリン…。 ドアベルの音が来客を告げる。 「「「いらっしゃいませ」」」 看板娘、看板息子、そして女店長の明るい声が新しい客を出迎えた。 その客は、旅行者だろうか…? 少し薄汚れたベージュ色のマントに身を包み、大きなナップサックを肩に背負っている。 顔は…。 マントに付いているフードで覆われている為良く分からない。 その男性に、クラウドとティファは警戒心を抱いた。 エッジの街はとにかく復興真っ只中。 治安も未だに落ち着いていない。 顔が見えない客に対して、警戒心を抱かない店主や従業員は、エッジの街にはいないだろう…。 さり気なく子供達をドアから遠ざけ、クラウドが接客に当たる。 気付けば、客達の笑い声もピタリと止んで、ピンと張り詰めた空気が店を支配していた。 「いらっしゃいませ。お一人様ですか?」 クラウドに声をかけられ、男はコックリと頷いた。 声が出ないのか、それとも出さないのか…。 クラウドはその男性から視線を逸らし、店をゆっくりとした動作で見渡し、空いている席を探した。 その瞬間。 男が突然、クラウドに向かって背負っていたナップサックを叩きつけてきた。 当然、視線を逸らしたからといって警戒を怠っていなかったクラウドは、その攻撃をかわすと瞬時に攻撃に移る。 重いナップサックがクラウドに当たらなかった為、振り回される形になってしまった男の鳩尾に、重い一撃を喰らわせた。 「…!!」 男が息を吐き出し、片足を床に着く。 客達から一斉に歓声が上がるが、クラウドとティファは、男が昏倒しなかった事に驚いた。 あの重い一撃を鳩尾に受けたというのに、片足を付くだけのダメージしか受けなかったのだから。 クラウドは険しい表情のまま、いつでも応戦出来る体勢を崩さなかった。 すると…。 男は何度か深呼吸をして息を整えると「はぁ〜、悪かった、降参降参」と苦笑しながらフードを取った。 その現れた素顔に、クラウドは心当たりが無かった。 デンゼルも無かった。 しかし…。 「「あ!!」」 声を上げたのは看板娘と女店長。 そればかりか、その男を見て嬉しそうに笑顔を浮かべているではないか。 わけの分からないクラウドとデンゼル、それに客達は、カウンターから…店の端からその男のところへ嬉しそうに駆け寄る看板娘と女店長を呆気に取られながら見つめていた。 「ステッド、久しぶりじゃない!」 「お久しぶりです、元気だった!?」 「お〜、元気元気!二人も元気そうで何よりだ」 親しげに笑顔を見せ合う三人に、クラウドとデンゼル、そして他の客達はポカンとしていた。 しかし、客達の何人かはティファの『ステッド』という名前に反応し、目を見開いて思わず立ち上がっている。 そして、ティファとマリン同様、彼に駆け寄ると、 「お〜!!本当にステッドじゃないか!?」 「何だよ、お前生きてたのか!?」 「こいつ〜、元気なら元気だと連絡の一つくらいよこせよな!!」 満面の笑みで彼を取り囲み、嬉しそうに肩を抱いたり頭をクシャクシャに撫で回したり、久方ぶりの再会を喜んでいた。 そうして…。 現在、セブンスヘブンでは妙な空気が流れるに至っている。 原因は勿論、突然現れた陽気な青年、ステッド。 彼を取り巻く彼の知人達から発せられる和気藹々としたオーラと、彼を知らないが故にその輪に入れないクラウドとデンゼルの不機嫌オーラ、そして、ティファの意識が完全にステッドに向けられたのを幸いとして、それまで以上にクラウドを独占しようとする女性客達の熾烈なバトルオーラ。 それらの様々なオーラがない交ぜになって、セブンスヘブンではかつて味わった事の無い程、第三者にとって居心地の悪い雰囲気が充満している。(第三者とは、勿論普通の常連客達の事である) 「それにしても、いきなりクラウドに殴りかかる事ないじゃない」 女性客達に囲まれ、店の仕事とは関係の無い話を聞かされているクラウドだったが、ティファがそう言ったのがしっかりと耳に届く。 思わずカウンターへ視線をチラリと移すと、ステッドが茶色の短髪をガシガシ掻きながら、真っ直ぐにティファを見つめていた。 その姿に…クラウドの胸がチクッと痛む。 「いや〜、ジェノバ戦役の英雄がどんなもんなのかと思ってさ。ここに来るまで、色々想像してたんだぜ。 山男並みにでかい野郎なのか…とか、もっとこう、偉そうな態度のいけ好かない奴なのか…とか、強面でガッシリとした一見ヤバイ野郎なのか…とかさ。でも、実際に見たら綺麗な顔してる男前だろ?だから、本当にこの人が英雄なのかなぁ…って思っちゃって。つい…」 「つい…じゃないわよ。本当にもう!」 彼の話を聞きながら、怒ったような口ぶりをしつつもティファの目はとても穏やかだった。 それが、更にクラウドをイライラさせる。 それに、ティファを見るステッドの目も気に入らなかった。 あの目をした男達を何人も見てきたが、それらの男達はティファにまともに相手にされなかったり、クラウドが自ら撃退してきていた。 そう。 ティファは、あの目をしている男達に対して決して心を許しはしなかったのに。 それなのに、今夜のティファはステッドには心を許している。 それがクラウドには気に入らない。 なにそんなに嬉しそうに見つめ合ってるんだよ。 なにそんなに優しい声をかけてるんだよ。 なにそんなに穏やかに笑ってるんだよ。 もともと無愛想・無表情のクラウドだったが、今は誰が見てもすぐ分かるほど、不機嫌極まりない表情になっている。 クラウド目当ての女性客達が、その表情を見てカウンターを見やり、すぐにクラウドへ視線を戻す。 その彼女達の表情は、奇妙に歪んでいるようにデンゼルには見えた。 「クラウドさんも大変ですよね」 「え?」 唐突に、クラウドファンである女性客の一人が口を開いた。 それまで散々クラウドを引きとめ、何とか自分達の存在を彼の胸に刻んでもらおうと躍起になって甘い口調で話しかけていたというのに、今の彼女はそんな甘さなど一欠けらも無い。 逆に、どこか薄ら寒い冷たさを含んでいる。 表情はどこまでもにこやかだったが…。 「だって、クラウドさんがいるのにティファさんはこういうお仕事されてるでしょ?確かに、ティファさんに腕っ節で敵う男の人なんかそうはいないけど、それでも、クラウドさんは心配してらっしゃるじゃない、ティファさんに何かないか…って」 「…………」 「それなのに、当のご本人があれじゃ、クラウドさんの苦労も報われないですよね」 視線をカウンターへ投げかけて言葉を続ける彼女に、ついクラウドの視線もカウンターへ移る。 そこには、数人の馴染み客と共に、話に花を咲かせて楽しそうに微笑んでいるティファの姿があった。 その姿に…。 再び胸の奥がチクリと痛む。 「クラウドさんが可哀想…」 「え…?」 女性客が漏らした言葉に、思わずクラウドは目を見開いた。 クラウドの視線の先には、たった今、クラウドに話しかけていた女性が、同じテーブルに着いている女性客達と同じ顔をして真っ直ぐに自分を見つめている。 同情。 その一言ですむ哀れみに満ちた表情で…。 「私だったら、好きな人が心配するような事は極力避けるわ」 「私も。それに、好きな人の目の前で他の男の人と楽しそうに話したりもしないわ」 「そうよね。普通はそうよ!」 「でも、ティファさんは仕事がこれだから、仕事上、仕方ないんでしょうけど…」 「でも、それにしたって今のティファさんは……ちょっとねぇ」 クラウドに同情する振りをして、クラウドの心に毒の言葉を注ぎ込む。 ここでいつものクラウドなら、ティファの陰口を叩かれた時点で強制的に店からお引取り願うところなのだが…それが今はただ黙って聞いていた。 クラウド自身がそう思っていたのか…、それともそうあって欲しいというクラウドの願望からなのか…。 あるいは両者なのかはクラウド自身にも分からなかったが、それでも今のクラウドには彼女達に言い返すだけの力が無かった。 心に……力が無かった。 それほど、今のティファはステッドというクラウドとデンゼルの知らない男と親しげに見えたのだ。 「ねぇクラウドさん、お仕事の後、私達とどこか飲みに行きませんか?」 「あ、それが良いわね。だって、クラウドさんはお仕事中だから一緒に飲めないし」 「たまには、家族から離れて他の人と飲んでみるのも気晴らしになって良いと思いますよ」 突然、女性客達が話題を捻じ曲げた。 それに戸惑う暇も無く、勝手に話がその方向で流れ始める。 いつもなら…。 『悪いけど、家族と過ごしたいんだ』 お決まりの台詞がすぐに口をついて出てくるのに。 今夜のクラウドからはその台詞が出てこない。 女性客達が心の中でガッツポーズを決めた時、 「なにボーっとしてんだよクラウド!今夜は俺と一緒に男同士の話をするって約束しただろ!?」 いつの間にやって来たのかムスッとしたデンゼルが、まるで威嚇するように女性客達を睨みつけながらクラウドの足を思い切り踏んづけた。 完全に虚を突かれたクラウドは、顔を顰めて少し前傾になりつつ、真っ直ぐに自分を見上げてくるデンゼルの怒った瞳に、我に返った。 苦笑しつつ、デンゼルのフワフワした髪をポンポン叩くと「サンキュ」と小声で囁き、女性客達に向き直った。 「そういう事なので申し訳ないですが…」 そう言い残すと、クラウドは彼女達のテーブルから空いた皿を手に取り、カウンターへ去って行った。 去って行くクラウドの姿を実に悔しそうに見送った彼女達は、看板息子を睨みつけようと視線を戻したが、その時には既に看板息子は自分の仕事に戻ってしまっている。 憤懣やるかたない彼女達は、これ以上セブンスヘブンに止まる気が失せたのだろう。 実に無愛想・不機嫌モードに突入し、勘定を済ませてサッサと帰って行った。 彼女達が店から居なくなったことにより、とりあえず一つのオーラが店から消えた。 第三者として大人しく酒を飲んでいた常連客達は、ホッと胸を撫で下ろす。 しかし…。 最も消えて欲しいオーラが残っている事に、すぐに溜め息を吐きたくなった。 カウンター席では、今までに無い盛り上がりようを見せていた。 いや、今までもここまで盛り上がっていた事はあった。 その原因が今夜は違うだけ…。 たったそれだけでこんなにも気分が違うのか…と、常連客達はヒソヒソと声を落として囁きあっている。 勿論、それはステッドという若者の存在。 店全体が盛り上がる時というのが、今までならクラウドとティファの関係を馴染み客がからかい、それに二人が初々しい反応を見せて笑いを誘われる…と言うのが定番だった。 しかし、今は違う。 久方ぶりの再会だという青年と、女店主、看板娘を中心に、彼を知っているという馴染み客達が昔話に花を咲かせ、異様に盛り上がっているのだ。 盛り上がっているからと言って、女店長が仕事を放棄しているのではなく、きちんとメニューをこしらえ、酒を作る。 看板娘も、きちんと自分の仕事をこなしている為、誰も文句が言えない状況だ。 そのせいだろう。 クラウドとデンゼルが何も言えないのは…。 きちんと仕事をしているのだから、何も口を挟めない。 おまけに、ティファとマリンがあんなに楽しそうに再会を喜び合っているのに、口を挟むなど出来るはずが無いではないか。 多少、話が盛り上がり過ぎてうるさくなりがちなのも、酒の出る店なら当然の事だ。 一々、それを理由にして咎めるのもどうかと思う。 クラウドとデンゼルは、妙な連帯感からか、二人で黙々と空いた皿を下げ、テーブルを拭き、新しい客の相手をし、注文を聞いてそれをティファに伝える。 ティファは、注文を受けるたびにいつものように元気に明るく応えてくれるのだが…。 やはり、どうも釈然としない。 『だから…どこの誰なんだよ、そいつは!』 イライラとしながらそれすら聞けないクラウドに、周りの常連客達はヤキモキするのだった。 あとがき。 ちょこっとギャグを取り入れつつ、クラティの嫉妬心を書きたくなった突発的な管理人です(笑)。 恐らく二部構成になるかと…(自信なし) はい、これからどーなるんでしょうねぇ…(こら!) 暗い終わりにはするつもり無いですが…これまた自信なし(おい!) では、次回作をお待ちくださいませm(__)m |