ほっそりした肢体。
 整った顔(かんばせ)。
 凛とした佇まい。

 とんとんとん、とこれだけの美女としてのポイントが揃っている女性はそうそういない。
 その女性がもしも『ファッション界』にまだ身を置いておらず、それを『プロ』が発見したとして、果たしてそのプロは『プロ魂』を刺激されないだろうか?
 勧誘しないでいられるだろうか?






憧れのドレス







 ティファは困りきった顔をして頭を下げているその男を見下ろしていた。
 手には名刺。
 再三断っているというのにどうしても食い下がってくるこの男をどう扱って良いのか途方にくれている。

「ティファさん、お願いです!もうこの企画はアナタにしか頼めないんです!!」
「ですから…その……」
「お願いします!」

 縋るように顔を上げた後、またしても深々と頭を下げられてしまってどうして良いのか分からない。
 弱りきっているティファの後ろでは、デンゼルとマリンがイモと人参の皮むきをしていた。

「あんなに頼んでるんだから諦めたらいいのにねぇ」
「だよなぁ。なんでそんなに嫌がるんだろう…?」

 子供達のヒソヒソと囁く声がギリギリかろうじて聞こえてくる。
 このような困った事態にいつも助けてくれる子供達が今回ばかりは助けてくれないことを悟り、ティファは八方塞の気分になった。

(わ、私だって何が何でもイヤ!ってわけじゃないんだけど……)

 内心でそう呟く。
 口にはしない。
 したら最後、
『なら、是非お願いします!』
 と、強引に押し切られるに決まっているからだ。

 ティファはため息をついた。


 そもそもの始まりは、子供達が遊びから帰ってきた直後にまで遡る。
 元気いっぱい、笑顔満載で帰ってきた2人をこれまた満面の笑みで迎えたティファは、とりあえず子供達をシャワーへと向かわせた。
 汗まみれの泥まみれでセブンスヘブンの仕事は出来ない。
 交代で風呂に入っている子供達を仕事の下準備を先にしながら待っていると、ほどなくしてドアベルが来客を告げた。
 まだ開店前であると言うティファに、その痩身の若い男性は目を輝かせた。


「ハイトの言った通りだ!」


 あまりにも懐かしすぎるその名前に、一瞬、
(誰だっけ…?)
 と思ったのは絶対にバレてはいけない秘密ごと。
 記憶を手繰り寄せている間に、彼の方からティファに思い出させるきっかけを与えてくれた。


「ファッション誌のティーンエッジ企画担当が惚れこんだだけはある!!」


 ティファは思わず、「あっ!」と声を上げた。


 今から半年以上前。
 ティファはクラウドと共にモデルの仕事をしたことがある。(*FILE2『惚れ直すとき』
 まぁ、あの時は色々とあったのだ。
 今考えたらよく引き受けたもんだと思う。
 モデルの仕事と言っても、プロのモデルであるロキとアディーテが実に素晴らしくリードしてくれたので、実質クラウドもティファもこれと言って何もしていないし、あれ以来モデルなんぞしていない。
 実は何度かオファーがきたことがあったのだが、ことごとく断った。
 当初の『今回だけ!』という約束を反故にするだけの強引なことをハイトもしてこなかったのも幸いした。
 もし、デンゼルとマリンに似合う服を再び賄賂とされたとしたら、後ろ髪を引かれつつハイトを成敗しなくてはならなかっただろうから…。

(そう言えば、アディーテとロキは元気かしら…?)

 ふと、もう数ヶ月会っていない2人を思う。
 何度か店に来てくれていたが、2人とも売れっ子モデル。
 ロケのために世界各地を訪れ、忙しくしているスーパーモデルの2人がセブンスヘブンに来られなくなってしまってもうそんなに経つのか…と、少し寂しいものが胸を掠めた。

 そんなかすかな感傷に浸っていたティファに、この目の前の男は何やら興奮しきりにティファの周りを回りはじめた。
 モノの例えの言葉ではなく、本当にティファの後ろに回ったり、横に立って頭のてっぺんから足の先までなめる様に見回した。
 それはそれは、不躾すぎる仕草で…。

 あまりのあけすけない態度に怒るタイミングをすっかりなくし、ドン引き状態のティファに男は心の底から満足げなため息を1つ、腹の底から吐き出した。
 そうして、冒頭に戻るわけだ。


「申し訳ないんですど…」
「そこをなんとか!!」

 数回に渡る断りの言葉は、即行で追い縋った言葉で返された。
 ここまでしつこく食い下がられるといささかこちらも意地になる。
 ティファは腰に手を当てるとため息をつきつつ頭を下げたままの男に顔を上げるよう言った。

「何度お願いされてもお引き受けいたしかねます」
「ハイトの企画は手伝われたじゃないですか」
「そうですね」
「なら、ボクの企画もどうか1つ、助けて頂きたい!」
「無理です」
「何故です!?」
「やりたくないからです!」

 きっぱり、と言うよりもばっさりと切って捨てたティファの言葉に、頭を下げたまま男は沈黙した。
 背後で子供達が固まった気配がする。
 非難すらされているように感じる子供達の視線に、内心良心が傷つきつつもティファはやや強引に頭を下げたまま硬直している男の手に名刺を押し込んだ。
 そして、なおも食い下がろうとする男から顔を背ける。

「ごめんなさい、お店の準備をしないといけないのでこれで失礼します」
「ティファさん」
「本当にごめんなさい。でも私、絶対にお引き受けしません。したくないんです」
「何故…?」
「なんでも…です!」

 そうして、ティファはこれ以上話すことはない!と言わんばかりに男に背を向けた。
 と…。

「ティファ」
「ティファらしくない」

 いつの間にか野菜の皮むきの手を止めていたデンゼルとマリンが腰に手を当て、しかめっ面で立っていた。
 2人のいつにない鋭い非難の眼光に思わずたじろぐ。
 デンゼルとマリンはジト〜ッと睨みつけたまま一歩、踏み出した。

「ここまでお願いしてるのに一方的にはねつけるなんて、ティファらしくない」
「ティファにしか出来ないって頭下げまくってる兄ちゃんが可哀相だろ。少しくらい話し聞いてからでも遅くないじゃん、断るのは」

 ティファは「う…」と言葉に詰まった。
 デンゼルもマリンも、いつもなら無条件でティファの味方をしてくれる。
 しかし、今回だけは勝手が違うらしい。
 それほど、この青年の必死さが傍で見ていて鬼気迫るものを感じさせたのだろう。

(だ、だけど〜…!)

 いつもと違う子供達に対し、ティファもこれまたいつもと違って折れるつもりはなかった。
 なにしろ、これは半年前にハイトが依頼してきた内容とは次元が違うのだ!
 少なくとも、ティファにとって。

「ティファさん、どうかお願いします!!話だけ、話だけでも!!」

 子供たちと言う思わぬ味方を得た男が、勢いを盛り返して何度目かの台詞を口にした。

「「 ティファ 」」

 うぅ…。

 ティファの額からタラリ…、と冷や汗が流れた。
 前では可愛い子供達が責める様に仁王立ち、後ろでは鬼気迫った男が頑として動こうとせずに控えている。

 なんでこんな目に…!?

 胸中で悲哀の叫びを上げながら、ティファはようやく白旗を揚げた。
 青年が押しかけてきてから実に1時間もの時が流れていた…。


 *


「ティファさんにボクのアイディアを着てもらいたいんです」

 いそいそとその青年がスケッチブックを店内のテーブルに広げたのはその翌日。
 頭を下げまくっていた日の夕方は、開店直前だったので彼の『アイディア』を目に出来るだけの時間がなかった。
 ティファ的には、店の後にでもチラッと見せてもらい、即行で断る…という展開がありがたかったのだが、子供達が許さなかった。

「俺、見てみたい!」
「私も!!」

 営業中に先に就寝してしまう子供達が声をそろえてそう言ったため、ティファの目論見はこうして泡となって消えてしまった。

(ま、いっか。お店が終わってからだと深夜になるし、そうなったらクラウドも帰ってきちゃってるだろうから見られちゃうし…)

 最後の悪あがきが上手くいかなかったせめてもの慰めとして、ティファはそう自分に言い聞かせた。
 そうして、鬱々と一晩過ごしたティファの元へ、青年は約束した時間である10時きっちりにセブンスヘブンのドアをくぐった。
 時間にきっちりしている人間はキライじゃない。
 むしろ好ましい。
 その好ましい青年を二度に渡ってお断りをしなくてはいけないとなると、ますますティファは気が滅入った…。

 ティファの内心を知ってか知らずか…。
「「 うわ〜〜っ!! 」」
 デンゼルとマリンは、広げられたスケッチブックに感嘆の声を上げた。
 釣られて覗き見、ティファも目を丸くする。
 そこにあったのは、実に美しいドレスの数々。
 楚々とした装いから実にゴージャスなものまで、非常に豊富なアイディアの数々。
 青年は、ムッツリしていたティファが目を丸くして釘付けになっている姿に嬉しそうに相好を崩した。

「このページとこのページのドレスはモデルが見つかってるんです。でも、このマーメイドラインのドレスだけはどうしても見つからなくて…」
 パラリ、とページをめくった青年は、子供達とティファがますます目を丸くして惹きつけられたのを見てくすぐったそうに笑った。

 マーメイドライン。
 その名の通り、人魚姫を髣髴とさせるラインのドレス。
 裾が魚の尾ひれのようにフレアー、プリーツ、ギャザーなどでデザインされることで広がりを持たせた美しいシルエットのドレスだ。
 純白のそれは、見ているだけでドキドキとしてくるほど乙女心を鷲づかみにする。

 そう。

 ティファたちが見ているのは『ウエディングドレス』のスケッチだった。
 そして、ティファが頑なに拒んでいる理由も『ウエディングドレス』だから、というもの…。
 しかし、それでもやっぱり女性ながら誰でも憧れてしまうモノがノートいっぱいに溢れているとなると、頑なに拒んでいたティファの気持ちも…。

「いいなぁ、私もいつかこんなドレス、着てみたいなぁ…」

 まだ幼いマリンですら夢見心地でうっとりするほどのデザイン。

「すげぇ、俺、兄ちゃんのこと、マジで尊敬する!」

 普段、こういう『女性的なこと』に関しては、硬派ぶってそっぽを向いてしまうデンゼルまでもが唸るほどの代物。
 このドレスを着る年代の女性であるティファにとってはもう垂涎ものだ。

「ですからどうかティファさん、お願いします!初企画を成功させるためにボクに力を下さい!」

 スケッチブックをテーブルに置いたまま、青年は一歩下がると昨日よりもうんと頭を深く下げた。
 ティファの気持ちが激しく揺れた。

(だから見たくなかったの!!)

 内心でそう叫ぶ。
 昨日、青年が名刺を差し出したときからティファは『絶対に見るもんか!』と思っていた。
 見たら最後、絶対に絶対に生で見たくなる、触りたくなる、着たくなる!と分かっていたのだから。
 そして、その心配は案の定と言うか、現実のものとなりつつある。

(ううん!絶対に着ないわ!絶対、ぜ〜〜ったいに着ないんだから!!)

 自分に言い聞かせるようにぶんぶんっ!と頭を振る。
 振りながらも、つい目はスケッチを追ってしまう。
 シンプルな飾りしかないドレスなのに、どうして他の華やかなドレスよりも魅力的に感じるのだろう…?

「本当だね、このドレスだとティファみたいにプロポーションが良いモデルさんでないとドレスに負けちゃうね」
「他のドレスはレースたっぷりだからごまかせるけど、このドレスはちょっとなあ、難しいよな」

 グラグラと揺れているティファに、子供達が無自覚に追い討ちをかける。

「なぁティファ。1回、着るだけ着てみたら?ダメだったら断ったら良いわけだし」
「そうだよ、着てみてから決めても良いと思うな」

(あぁ、デンゼル、マリン!お願いだからこれ以上私を追い詰めないで!!)

 激しい葛藤を知らない子供達の無邪気な提案が、今のティファには地獄へ誘う小悪魔のささやきにしか聞こえない。

「なぁ、なんでそんなにイヤがるんだよ?」
「うん、ティファなんで?」

 子供達の無垢な問い。
 ティファは冷や汗が背中を流れるのを感じながら、苦し紛れの言い訳を口にした。

「だ、だって……、未婚の女性が白いウエディングドレスを着たら結婚が遅くなるって言うし…」

 迷信めいたことなど今まで口にしたことのないティファの台詞に、子供達があんぐりと口を開ける。
 見え透いた『言い訳』に呆れ返っている子供達の視線が痛い。
 その時、頭を下げていた青年が勢い良く顔を上げた。


「大丈夫です、もしもそうなったらボクが一生かけて責任をとりますから!!」


 ギョッと仰け反ったティファと、ビックリして仰ぎ見たデンゼル、マリンが言葉をなくす。
 真っ赤になって、でもとても真剣で一生懸命な瞳でティファを見つめ、青年がもう一言、と口を開いたが、第三者の声が割り込んだ。


「大丈夫だ、間に合っている」


 不機嫌な声。
 再度ビックリしてティファたちが振り返ると、店の奥に続くドアにもたれるようにして金髪・碧眼の男が不機嫌そうに立っていた。

「クラウド!?」

 上がった驚きの声はティファだけ。
 デンゼルとマリンは、
「あ〜、やっと帰ってきた」
「遅いよ、クラウド〜」
 言葉は不満そうだが、声音は嬉しそう。
 デンゼルとマリンの声は勿論ちゃんと聞こえていたが、ここにいるはずのない彼に視線を奪われたまま離せないティファは、ゆっくりと近づいてくるクラウドに一気に鼓動を早めた。
 顔に熱が集中していくのが分かる。

「ティファの婚期が遅くなったら責任は俺が取る。だから、気にせずあんたはあんたの仕事をしろ」

 グイッ、とやや乱暴に肩を抱かれ、ティファはガチガチに固まったまま青年を見た。
 突然のクラウドの登場にデザイナーの青年は可哀相なくらい、引き攣った顔をして冷や汗を流していた…。


 *


「なんで黙ってたかなぁ…」
「……悪かった」

 時は少し流れて昼食後。
 子供達は食事の後さっさと遊びに行き、いまだ機嫌の直らないティファにクラウドはさきほどの勢いはどこへやら、ひたすらなだめて謝って、愛しい彼女の笑顔を取り戻さんと苦心している。
 …上手くいかないのだが…。

「デンゼルとマリンが昨夜のうちに教えてくれてたんだ。ハイトの知り合いの仕事をティファが断ってるって。人の良いティファがここまでイヤがるのは珍しいけど、それでもやっぱりデザイナーが可哀相だからちょっと見てやって欲しいってな」
「それで、クラウドが見て、『これくらいなら手伝ってやっても』って思ったら私のこと、説得するつもりだったんでしょ?」

 唇を尖らせてプンッ!と横を向いたティファに、図星を指されてぐうの音も出ない。

「大体、なんで?今日はクラウド、お仕事お休みじゃないでしょ?」
「いや…、実は昨夜のうちにキャンセルが入ってて…、デンゼルがその連絡を受けたんだけど…」

 しどろもどろ、言い訳をするとティファは不機嫌そのもののため息を吐き出した。

「なによ、まったくみんな揃って…」

 ぶつぶつ呟くティファに、クラウドは弱り果てながらも首をひねった。
 ここまでイヤがる理由が分からない。
 だから、
「なんでそんなにイヤがるんだ?」
 恐る恐る聞いてみて、無言で睨みつけられて首をすくめた。
 気まずい沈黙。
 クラウドは、ティファに今日の仕事がお休みになったことを告げなかったことを悔いた。
 確かに、家出からこっち仕事量は加減しているので家族と過ごせる時間はうんと増えた。
 だが、家族揃って1日過ごせるのはやはり少ない。
 朝、わざわざ出勤のフリをして家を出て、マリンにあらかじめもらっていた買い物メモを手に市場を廻って帰宅して…、などと姑息な方法を取ってしまったのはティファに悪かった…。
 反省してももう遅い…。


「だって…」


 ぐるぐる自己嫌悪の渦に巻き込まれていると、躊躇い勝ちなティファの声。
 ハッと顔を上げるとそっぽを向いたままの彼女。
 その頬は赤く染まっている。



「だって、ウエディングドレスを着るならやっぱりその…、ちゃんと『プロポーズ』されて…、そのお返事をして、一緒に喜びながらお店に行って、ドキドキしながら選んで、ワクワクしながら袖を通したいって思ったんだもん…」



 消え入りそうなその台詞。
 一気に胸いっぱいに広がった甘酸っぱい感情に素直に従うと、クラウドはティファを思い切り抱きしめた。


 後日。
 エッジで初版ブライダル雑誌が発売された。
 表紙には、マーメイドラインのウエディングドレスを着た女性。
 その花嫁の顔には蝶の仮面。
 豊かなバスト、引き締まったウエスト、そして艶やかなアゲハ蝶の仮面のモデルに結婚適齢期のカップルは目を奪われた。
 ブライダル雑誌にドレスに関する問い合わせが殺到したことは言うまでもない。
 さらには、
「このモデル…、なんだかどっかで見たことあるような気がするんだよなぁ」
「うん、私もなんかどっかで見たことある気がするの…」
 セブンスヘブンの常連客たちが街角で首をひねりひねり、歩いている姿がちらほら見られたりして…。

 そして…。


「シド、どう思う?やっぱり、ティファにはこっちのドレスも捨てがたいと思わないか?」
「俺様に聞くな、このアンポンタン!!」


 仕事と称し、ロケット村に立ち寄ったクラウドが真剣な面持ちで相談を持ちかけ、シエラ号の艦長に頭をはたかれたのは、雑誌が発売されたその日のことだったとかなんとか…。



 あとがき

 なんとも不完全燃焼と言う気がしないでもないですが、とりあえずここで終了。
 だって、またバカみたいに長くなりそうなんだもん…(^^;)

 モデル話しはほんっとうに久しぶり過ぎて、もうドキドキでした(笑)
 その割りに、モデルで苦戦しているティファがこれっぽっちもいませんけど…(汗)

 舞々様、素敵過ぎるリクエスト、ほんとうにありがとうございました!!(素敵リク内容はこちらです〜♪)