このお話は、『内緒…』『本日貸切にて…』『チャレンジ』に絡んだお話です。

惚れ直すとき(前編)




 ティファは、目の前に広げられた高価な服に固まっていた。
 それは、先日雑誌の取材を受けたそのお礼と称して、雑誌の総企画者、ハイト・ワーンが持参した新作の衣装。
 クラウド、ティファ、デンゼル、マリンの四人分がテーブルに広げられている。
 元々がファッション雑誌の企画担当者と言う事もあり、それらの服は非常に魅力的だった。

 クラウドには、黒を基調として、ところどころに金糸でアクセントをつけた実にシックでシンプルなロングコート。
 そのコートは袖口が少々広めにデザインされており、現在クラウドが好んで着ている普段着と少し似ていた。
 そしてそのコートにコーディネートされたダークグレーのカットソーは、襟首のところがタートルになっており、シルバーのアクセサリーをピンにして黒皮のチョーカーが緩やかに襟元を飾っている。
 そして、黒のパンツも光沢のある生地が使用され、光の加減でダークグレーにも見える。
 ご丁寧に、パンツに合うように用意されたベルトは、バックルがシルバー素材で、クラウドの肩口を飾っているウルフをモチーフとしていた。


『いつの間にここまでチェックしてたのかしら……』


 ティファは、そのデザインの細かさから、ハイトのファッションに対する目にひたすら感心するばかりだ。

 ティファのはクラウドの色とは打って変わって、ワインレッドを基調としたこれまた豪華なノースリーブのドレス。
 胸元は開いているものの、首から肩口、そして胸元にかけてショールがワンピースと繋がっているデザインになっている為、いやらしく見えない。
 それどころか、逆にそのデザインが非常に清楚な感じを醸し出している。
 ウエスト部分からは、大きなフリルが斜めに一本入っており、スカートの裾まで続いている。
 そして、そのスカートの裾はというと、大き目な山形カットが施されており、歩くたびに、足元をフワフワと漂って綺麗に飾ってくれるだろう。
 なにより、ティファが驚いたのは、実際に着てみないと分からないが、恐らくティファの身体にピッタリと合いそうだという事。
 そして、ドレスに合うようコーディネートされたこれまたワインレッドの手袋は、手首の部分がレース編みになっており、非常に可愛らしい…。


『何で、こんなに私の体にピッタリ合うような服をデザイン出来るわけ……?』


 デンゼルには、クラウドと同じくコートとカットソー、それにパンツの三点セット。
 クラウドと違うのは、カットソーの襟首部分には何も飾りがないが、左の肩から首にかけて、三本のチョーカーの様なベルトがシルバーアクセサリーと共に縫い付けられている。
 そして、コートは袖口が広がっていない普通のデザインのロングコート。
 パンツはクラウドと同じデザインだ。
 ベルトはバックルのある物ではなくて、チェーン型の片側の腰に垂らすタイプになっていた。


『何でデンゼルがクラウドに憧れてて、何でも真似をしたがってる…って知ってるの…?』


 最後にマリンの服だが…。
 白に近いような淡いピンクのワンピース。
 それも、フリルとプリーツがふんだんに使われ、歩いたり風にそよがれるたび、そのスカートが可愛らしく舞うだろうと簡単に想像出来てしまう。
 まるで、花に誘われる蝶のようだ…。
 そして、そのワンピースに合うように、同色のレースのリボンに、星を模ったシルバーアクセサリーが沢山付いたブレスレット。


『何で……マリンのサイズまで分かっちゃうわけ……?』


「どうですか?これ、来年の新作なんですよ!」
 実に嬉しそうに紹介するハイトに、ティファは「…とっても素敵です」と引き攣りながら笑って見せた。
 そのティファの表情に、ハイトは途端に顔を曇らせる。
「あの…お気に召しませんでしたか?」
 シュンとなる企画担当者に、ティファは慌てて首を振った。
「い、いいえ!そうじゃなくて!!こんなに高価なもの……それもこんなに沢山、頂けません…」
 困りきった顔をするティファに、ハイトは笑顔を取り戻すと、
「いいんですよ。これは先程も言いましたがこの前の雑誌のお礼ですから!勝手に表紙に起用させて頂いて、逆に責められても仕方ないですのに…」
「そんな…、責めるだなんて…」

 表紙に載せられたことよりも、クラウドとのキスシーンを載せられた事の方を謝って欲しい……と、内心で呟きながらも、それを口に出来ないティファだった。

「それで、これらの服なんですが、是非、皆さんに着て頂きたいんです!」
「は、はぁ…。でも……」

 こんなに豪華なドレス類を着る機会が果たしてあるだろうか……?

 ティファの言わんとしている事を察したハイトは、ここでニッコリと『営業スマイル』を浮かべた。
「それでですね…。実はお願いがありまして…」
 その一言で、ティファは目の前に広げられた豪華な服を全て返却したくなった。

 絶対に何かある!!
 絶対、絶対に!!何かを企んでるんだこの人は!!!

 警戒するティファに、ハイトはどこまでも愛想よく笑みを浮かべてにじり寄った。

「この前の雑誌の表紙のティファさんが非常に好評でして。それと、デリバリーサービスをしているクラウドさんに、お店を手伝っている子供達の生き生きとした姿が、大評判なんですよ」
「…は、はぁ……」
「そこで、お願いがあるんです!」
「………聞きたくない気がするんですが……」
「いえいえ、是非とも聞いて下さい!」
 ハイトの気迫に後ずさるティファに、総企画担当者は尚もにじり寄った。

 端から見たら、嫌がる女性を無理に口説こうとしている破廉恥なオヤジなのだが、内容はそんな色っぽさからははるかにかけ離れている。

「どうか、この衣装を着てご家族の写真を撮らせて下さい!」

 勢い良く頭を下げるハイトに、ティファは『やっぱり…』と天を仰いだ。


 前回の雑誌の話だけでも本当はイヤだったのだ。
 しかし、子供達の『野次馬根性で店に来ても、その人達が頑張ろうって思えるなら、それで良いんじゃない?』との一言で、雑誌の取材に応じることにした。
 だがしかし!
 そのお陰で危惧していたことが現実になったのだ。
 雑誌を見た人々が、『ジェノバ戦役の英雄』見たさに店に押し寄せてきたのだ。
 それはそれは、はるか遠くの大陸からわざわざやって来る人もいれば、エッジに住んでいながらもセブンスヘブンの存在を知らなかった人達まで、実に幅広い人々がやって来ている。
 それは現在進行形なものだから、連日連夜、大盛況…というよりもパンク状態だった。
 その為、常連客達が店に入れない事も珍しくなく、店の外には長蛇の列が出来る為、道路を塞いでしまって一時、混乱するというハプニングまであった。
 それからは、整理券を準備して渡すという仕組みに変えた為、今ではそのこまでの混乱はないものの、この慌ただしい生活がいつまで続くかと思うと正直うんざりしてしまう。
 それでも、野次馬根性で来た客達の中には、子供達の言う通り、生きる力を貰いました!という感謝の手紙が何通か寄せられるという嬉しい出来事もあった。

 その事もあり、雑誌に載った事は決してマイナスばかりではないのだが、今回のハイトの依頼はどう考えてもマイナスしか思い浮かばない。

 こんなモデルまがいの事をしたら、間違いなく今度こそ見世物になるではないか!

「お断りします!タダでさえ、この前の雑誌から忙しくて大変なのに、モデルみたいな真似事したら、それこそもっと大変な事になっちゃいますよ!」

 困ったような顔で言うティファに、ハイトは勿論簡単に引き下がらなかった。

「この衣装を見て、どう思われましたか?」
「え……?」
 話の流れを急に変えられ、ティファはおどおどとハイトを見た。
 目の前で満面の笑みの彼にたじろぎながらも、「す、素敵だと思いました…」と思わず正直な言葉を口にする。
「この衣装を着た子供達を見てみたいとは思いませんか?」
「………思います」
 渋々答えたティファに、ハイトは急にしょんぼりとした顔をした。
 その表情の変化にティファは何故か、自分が悪い事をしている様な気分になる。
「クラウドさんに、この衣装は……似合わないでしょうか……?」
 ガックリと肩を落としながら自信をなくしたように言うハイトに、思わず「いえ!絶対に良く似合うと思います!!」と言い切った。
 その瞬間、ティファは自分がはめられた事を知った。
 それまでしょんぼりとしていたハイトが、再び満面の笑みを取り戻したのだ。
 しかも、『してやったり』という表現が相応しいオーラまで滲ませて…。

「ね!?そう思うでしょう!?子供達とクラウドさんがこの衣装を着た姿、見てみたいと思うでしょう!?」
「…………」


 やられた…!!


 心の中で既に敗北を感じている。
 しかし、ここでこのまま「ではお受けします」と言うわけには断じていけない!!
 ティファは考えに考えた結果…。

「ハイトさんのお気持ちは良く分かりましたが、それでも私達はあまり目立つ事はしたくないんです。それに、この話は私の一存では決めかねます。ですから…」
「ええ!勿論、ご家族の皆さんで話し合って下さい!」
 何故か喜色満面の顔であっさりとティファの提案を呑んだハイトに、ティファは苦笑するしかなかった。

「では、これらの衣装は置いていきますので、皆さんで見て、着て、それから検討して下さいネ。また明後日にお返事を聞きに参ります。あ…明後日は早すぎますか?」
 心配そうな顔で訊ねるハイトに、ティファは少し考えてから「大丈夫です」と答えた。
 クラウドは、今日は開店くらいに帰宅する予定なのだ。
 だから、今夜はお客さん達には悪いが、早めに閉店して家族会議をすればいい。

「そうですか!ありがとうございます!!」

 深々と頭を下げ、帰って行ったハイトの後姿を見送りつつ、ティファは溜め息を吐いた。
 しかし、心のどこかではホッとしていたのだ。
 家族会議を開けば、恐らく皆反対するだろう。
 そうしたら、ハイトにきちん断ることが出来る。
 自分だけの意見ではないのだから、少々強引な彼も引かざるを得ないだろう…。

 ティファは店内に戻ると、テーブルに広げられていた衣装を一つ一つシワにならないように丁寧にたたみ、袋へ戻していった。
 そして、時計を見て青くなると、大急ぎで開店準備に取り掛かったのだった。


 子供達が帰宅したのは、開店準備を始めて十分ほど経ってから。
「「ただいまー!!」」
 大慌てで帰ってきた子供達に思わず笑みをこぼすと、「おかえりなさい」と恒例のおでこにキスを贈り、手を洗いに走って行った子供達を笑みを浮かべて見送った。

 店内にそれぞれエプロンを着けて戻って来た子供達に向かって、今夜は早めに店を閉める事を伝えると、意外と子供達はすんなりとそれを受入れた。
「そうだよな。あの雑誌が出てから何かいつも以上に大変だったもんな」
「うんうん!一日くらい、ゆっくりする日があっても良いよね」
「それに、クラウドも早く帰るしさ!」
「家族揃って夕飯が食べられるね!」

 嬉しそうに話している子供達に、ティファは苦笑しつつ、
『どうやって説明しようかしら……』
 と、今更ながらに悩むのだった。



 やがて、開店時刻が迫り、ここ最近の慌ただしさが店内を駆け巡った。
 クラウドはまだ帰宅していない。
 開店前から並んでいるお客さん達に整理券を配るのは子供達。整理券を配りながら今夜は早めに閉店する事を一人一人に伝えて頭を下げている。
 中には、不満そうな顔をする新顔もいたが、大半は「そうか、そうだよなぁ。最近特に大変だったからな」「たまには骨休めしないとセブンスヘブンの皆が倒れちゃうよなぁ」、と理解を示してくれた。

 そして、開店準備がすっかり整い、セブンスヘブンはオープンしたのだった。



「ティファ〜、『お袋の味セット』『温かセット』『スタミナセット』『レディースセット』の四点追加〜!」
「は〜い!あ、デンゼル、ごめんね、これをあのテーブルに持って行って」
「う、うん、ちょっと待って」
「ティファちゃ〜ん、こっちにもメニュー頂戴!」
「は〜い、少々お待ち下さい」

 オープンと同時に流れ込むようにやって来た客達の相次ぐ注文に、セブンスヘブンは完全にパンク状態だった。
 とてもじゃないが、女店主と看板息子、看板娘の三人でやりくりできる状態ではない。
 しかし、不平・不満も言わず、三人はいつもの笑顔でそれらを何とかこなそうと必至に働いた。
 そして、オープンから一時間程した頃、セブンスヘブンの戦力が帰ってきた。
 慌ただしく店内に駆け込んだクラウドに、三人は心から待ちわびた顔を向け、
「「「おかえりなさい!!」」」
 と声だけかけた。
 いつもなら、子供達が駆け寄るのだが、とてもじゃないがそんな余裕など微塵もない。
 クラウドは店内の様子に一瞬固まると、足早に居住区へと消えていき、やがて生乾きの頭のまま水色のエプロンを身につけて店内に舞い戻ってきた。
 とりあえず、配達の仕事で付いた埃を洗い流したのだろうが、いくらなんでも生乾きの頭はまずい。
 ポタポタと雫を垂らしている髪を見て、ティファは苦笑した。
「クラウド、髪はしっかり乾かしてきて。でないと、料理に雫が落ちちゃうじゃない」
「あ……そうか」
 バツが悪そうな顔をしながら、慌てて居住区に戻って行ったクラウドの姿に、店内から笑い声が上がる。

「ねぇねぇ、見た?」
「見た見た!」
「何か、とってもカッコ良かったよね〜!!」
「うんうん!!何か、雑誌で見るよりもうんとカッコ良かった〜!!」
「それに、髪から雫が垂れてる姿がとってもセクシーだったじゃない!?」
「「「うん!素敵〜〜!!!」」」

 カウンターの中で慌ただしく料理を作っているティファの耳にも、雑誌でクラウドを見たであろう女性達の黄色い声がしっかりと届いた。


『絶対にモデルなんかしないんだから……!!』


 少しの嫉妬心と共に、決意を新たにするティファなのだった…。





 あとがき

 ついに書いちゃいましたよ……モデルの話し!!
 だって…カッコイイクラティと可愛いデンマリを見たいんですもん。
 私の拙い文章力と乏しい知識では、衣装のデザインはこんなもんです…(汗)。

 さぁ、後編はどうなるんでしょうね(笑)。
 では、後編は少々お待ちくださいませm(__)m