ティファは困っていた…。
 とてつもなく困っていた…。
 それは……。


a lost child 1



「彼女!一人でこんな所いないでさ〜、俺達と一緒に遊ぼうぜ!!」
「こんなに綺麗なお姉さんがどうしてこんな所に一人でいるわけ!?」
「あ、分かった!友達と待ち合わせでしょう!?ズバリその通りだろ!?」
「なら、その友達と一緒に俺達と遊ぼうぜ!」
「お姉さんの友達ならもう、大歓迎だし〜!!」

 気がつけば、一緒にいたはずのクラウドと子供達、それにバレットとユフィにナナキにシド、更にはシエラとはぐれてしまったのだ…。

『何で……こうなってるの……』

 傍にいるはずの人達は誰一人として見当たらず、自分を取り囲んでいるのはいかにも軽薄そうで、頭の中身も軽そうな若者達が四人…。
 しかも……ハッキリ言って失礼だが、ティファの好みとは正反対の風貌をしていた。
 まぁ…ティファの好みのレベルが高過ぎるというのも原因の一つではあるのだが…。

 それにしても、何故自分一人だけがこんな目に合うのだろう…。
 ティファは目の前にニヤニヤとしまりのない顔をしている若者達にげんなりしながらこれまでを振り返った。



 その日。
 いつもの如く、お元気娘が突然セブンスヘブンのドアを勢い良く開け、満面の笑みでやって来た。
 足元には、これまたいつもの如く、疲れ切ったナナキがグッタリとした顔をし、青息吐息状態だ。
 そして、今回はその後ろにバレットとシド、そして初めてセブンスヘブンを訪れる事になったシエラがいた。
 どの顔も、困惑と疲労で彩られている。
 異様に元気イッパイなユフィとその後ろの面々に、暫く呆然としていたクラウドとティファだったが、最初に口を開いたのは…。


「………で?」


 何とも不機嫌極まりないかつてのリーダー。
 開口一番のクラウドの言葉に、ユフィは実に正直な反応を示した。
「『で?』じゃないでしょ!久しぶりに会った仲間に対して『で?』ってなにさ、それ〜!!」
「朝から喚くな。近所迷惑を考えろ…」
 言っても無駄だと思いつつも、ついつい正論を述べたくなる。
 何しろ、現時刻朝の六時ジャストなのだ。
 普段のクラウドなら、もうそろそろ起きるべきか…それとももう少しだけこの温もりを味わっても許されるか……とベッドの中で悩んでいる時間。
 それを、突然やってきたこの小さな台風のお陰ですっかり、はっきりと目が覚めてしまった。
 おまけに、今日に限ってクラウドは仕事が久々のオフの日。
 家族皆が待ちに待った、久々のオフの日なのだ。
 本当なら、今日は子供達とティファを伴い、エッジのバザーを覗く予定にしていた。
 まぁ、その計画はクラウドとティファが昨夜、眠りに入る直前に唐突に決められた予定だったので、子供達はまだ知らない。

 イヤイヤ、そんな事はどうでも良いのだ。
 問題は、目の前にいる面々。
 その中でも一際問題なのが、一番『元気です!!』と全身で主張している…『超』が付く問題児。


「「はぁ〜〜……」」


 クラウドとティファは、思わず同時に盛大な溜め息を吐いた。

 途端に起こるブーイング。
「あーー!!何さ〜〜!!クラウドだけじゃなくティファまでそんな迷惑そうな顔してさ!!人が折角遠路はるばる会いに来てあげたって言うのに〜〜!!!」
「頼んでない…」
 クラウドの冷静な突込みに対して、猛然と抗議の声を上げるユフィを無視し、ティファはとりあえずユフィの後ろで疲れ切った顔をしている仲間達に店の中に入ってゆっくりするよう促した。

「毎度のことながら…止められなくてすまねえなぁ」
「良いのよ、それよりも……」
「おはようございます。すみません、私まで今回ご一緒させて頂く事になっちゃって…」
 申し訳なさそうに頭を下げる眼鏡をかけた知的美人。
 ティファは、シエラに温かな笑みを浮かべると、
「とんでもないです。いつもシドには本当にお世話になってますし、たまにはシエラさんも交えて楽しみたいと思っていましたから」
 と労いの言葉をかけた。


「あ〜〜!!父ちゃん!!!」
「おおお…マリン〜〜〜!!!!」
 ユフィの大声で眠い目をこすりながら降りてきた子供達が、目の前の光景にバッチリ目を覚まし、マリンが久方ぶりに会う義父の姿に顔を輝かせた。

 それはそれは、美しい父子の再会シーン……と言いたいところだが、端から見てると大男が可愛らしい女の子を抱き締め殺そうとしている様に見えてしまうのは何故だろう……。

「…また来たんだね…」
 欠伸をしながら発したデンゼルの冷静な言葉に、ユフィがその両頬摘み上げる。
「この〜〜…。誰かさんの影響ですっかり可愛くない性格になっちゃって〜〜!」
「いひゃいいひゃい!(痛い痛い!)」
「ユフィ…止めろ」
 溜め息を吐きながらデンゼルの頬からユフィの手を離させるクラウドに、サッとその後ろに逃げる息子。
 ティファは、何となく微苦笑を湛えると、床ですっかり伸びてしまっているナナキに声をかけた。
「おはよう、ナナキ。相変わらず大変ね」
「…おはよう、ティファ…」
 グッタリとしながら、頭だけ何とか持ち上げてすぐ前足に突っ伏す仲間に、苦笑いが浮かぶ。

「で?今度は何時にナナキの所にユフィは来たの?」
 そっと小声で訊ねると、ナナキは突っ伏したまま力なく言った。
「おいら、今、世界を旅してる途中なんだ…」
「え……そうなの?」
「うん…。それで、今頃は本当ならアイシクルエリアにいるはずだったんだよ」
「……………」
「それなのに、苦労して貨物船に紛れ込んでアイシクルエリアに到着したと思ったら、シエラ号が船着場で待ち受けててさ〜…」
「…………」
「そのまま強制連行だよ…」
「…………」
「あんなに破天荒なのに、流石、ウータイの忍だよねぇ…。何でおいらのいる所が分かったんだろう…」
「……お疲れ様……」

 赤い獣の仲間に心からの同情を口にし、ティファは取り合えずグルリと店内を見渡した。

 そして…。
「ん、んん〜!」
「ん?なに、ティファ?」
 まだギャーギャー騒いでいるユフィを中心に、店内全員を自分へ注目させる。
 そして一つ息を吐き出し、若干お疲れ気味な声を出した。



「取り合えず……私達、着替えさせてもらって良いかしら…?」

 突然のユフィの襲撃のせいで、ストライフファミリーは皆、寝巻き姿のままだったのだった。





「それで、今回はどうしたの?」
 手早く人数分の朝食を作り終え、一名を除く疲弊しきった面々にとって温かくて有り難い食卓を囲んでから数十分後。
 漸く人心地着いたと思われる仲間達を見て本題を切り出す。
「あ〜、ふぉれね。ひふは、ホールホホーハーのヒヘッホが…」
「…ユフィ…何言ってるか分からないから黙って食ってろ。それで、悪いけどシド、説明頼む」
 クラウドの言葉にムッとなりながらも、目の前に並ぶティファの手料理の方がクラウドに文句を言うよりも魅力的だったらしい。
 ユフィにしては珍しく、そのまま料理を頬張るという選択肢を選んだ。
「ああ、実はな、ゴールドソーサーのチケットがあっただろ?ホレ、あの旅の最中に買った『ゴールドチケット』。アレを使って、皆で遊びに行こうって言い出しやがってなぁ……」
「…………」
「何でも、期間限定で『アイスショー』とやらをやってるらしくてな。それを皆で見に行こう!ってんだよなぁ、これが…」
 溜め息混じりに説明するシドに、それまで黙って朝食に夢中になっていた子供達が目を輝かせた。

「「『アイスショー』!?!?」」

 声を揃えて身を乗り出す。
 そして、そっくりそのまま同じ動作でクラウドとティファへ視線を移した。
 ちょっと上目遣いのその視線…。
 子供達の滅多に見られない『お願い攻撃』…。

 ニヤニヤ笑うユフィにどこか腹が立つクラウドも、今日の予定を呆気なく放棄させられる羽目になってしまって心なしか残念なティファも、子供達のこの目に勝てるはずがない。
 クラウドとティファは、まんまとユフィの計画に乗せられる羽目になったのだった…。

 それからは大変だった。
 何しろクラウドの仕事がオフなのは今日一日だけ。
 明日からは仕事がみっちり詰まっているのだ。

「…はい、…ええ。本当に申し訳ありません。……ええ、明後日には必ず…はい。では、失礼します」

 受話器を片手に、心なしか時折頭を下げながら一軒一軒依頼主宅に電話を入れるクラウドとティファの姿に、シドとシエラは心から同情していた。
 ティファの煎れてくれた珈琲を時折口に運びながら、小声で囁き合う。
「何とも迷惑な奴だよなぁ…」
「でも…あのエネルギーは羨ましいですね」
「ケッ!巻き込まれるこっちはいい迷惑だっつ〜の!」
「フフ、でも、シドも何だかんだ言いながらいつも付き合ってますよね」
「下手に断ってみろ、後が怖いんだよ」
「まぁ。そんな事言いながら、本当は嬉しいんでしょう?」
「な!お前な…!!」
「だって、ユフィさんがこうして行動してくれるからこそ、お互いに交流を持てるんですから」
「う……そ、それは…まぁ…否定しねぇがよ…」

 言葉に詰まった夫に、クスクス笑みをこぼしながらそっと視線をずらす。
 そこには、デンゼルと何やらムキになって言い争っているお元気娘の姿。
 言い争っている割には、ユフィもデンゼルも声のトーンを落としているのは、恐らく配達の断りの電話をしているクラウドとティファを思いやっての事だろう。

 本当に、破天荒なくせに意外と細やかな心遣いが出来るお元気娘を、シエラは微笑ましく見つめるのだった。


 配達の依頼を、何とか調節に調節を重ねて明後日まで延長する事に成功したのは、依頼主達と交渉を始めて実に二時間が経過していた。
 その頃には、すっかりクラウドとティファは疲れきっており、逆にそれまでゆっくりさせてもらっていたナナキとシド、そしてシエラは幾分か疲労を回復していたのだった。

 バレットは、マリンと再会した直後から一気に気分が高揚し、今ではユフィ並みな元気振りを見せている。
 大きな口を開けて豪快に笑う大男に、マリンは終始嬉しそうにその太い膝の上でご満悦だった。


「何とか調節出来たぞ」
「おりょ!任務完了?」
 ニッと笑いながら自分達を見るお元気娘に、渋面でコックリと頷く。
「いよ〜し!じゃあ早速出発出発!!」

 張り切って先頭を切ろうとするユフィに向かって、クラウドは盛大な溜め息を吐いた。
「お前な…少しくらい落ち着け」
「ユフィ…私達、全然準備してないんだから…」
 苦笑するティファに、ユフィは「あ、そっか。じゃ、サクサクッと準備してきてよ」と、実に軽く返し、クラウドの機嫌を再び損ねる羽目になったのだった。



 そんなこんなで、一行がシエラ号に乗り込んだのはそれから二十分後。

 何回かシエラ号に乗った事のある子供達だが、飛空挺からの景色は何度見ても見飽きる事がない。
 眼下に広がる白い雲。
 そして、点々と見える街々の光景、それを圧倒的に上回る木々の緑と海の青。
 それらの光景に子供達は顔を輝かせて食い入るように見つめている。
 風を全身で受けながら、その光景に魅入られている子供達の姿に、クラウドとティファは今朝からのドタバタで溜まった疲れが消えていくのを感じた。


 本当に…お元気娘には敵わない…。


 二人共口には出さないが、ユフィの強引さに助けられている部分が沢山ある事をちゃんと実感している。
 こうして、目の前で嬉しそうな顔を見せてくれる子供達がその証拠だ。
 勿論、言葉にしてユフィにそんな事を伝えれば、調子に乗ってエライ事になるのが目に見えているので、心の中で感謝するに止めているのだが…。

 そして、その心の中で感謝するに止めている恩人はと言うと…。

「うえぇぇ……」

「「…………」」

 現在乗り物酔いと格闘中。
 クラウドも若干酔いを感じてはいるが、今の所何とか己を保っていられる程度にしか感じていない。
「大丈夫…ユフィ…?」
 苦笑しながら甲板にへたり込んでいるユフィの背中を撫でるティファに、少々涙目になりながらニヘラ〜と力なく笑って見せる。
「だ、大丈夫だよ……多分……おえ…」
「………大丈夫じゃないわね」
 やれやれ…。
 肩を竦めながら、優しくユフィの髪を撫でるティファに、ユフィも素直に身を寄せて甘える。
 その光景に、クラウドは自然と顔が綻んだ。
 何だかんだ強がりを言いながらも、こうして甘える仲間に…そしてその仲間を優しく気遣う彼女に、心か温かくなる。

「あ〜……クラウドはまだ余裕なんだ……何だか癪だなぁ…」
「そんな憎まれ口を叩けるならお前だって余裕だろ?」
「む〜〜…本当に憎たらしいチョコボ頭だね!……うぇ…」
「ほら、あんまり今から力を使ってると、ゴールドソーサーに着いても乗り物酔いで暫く動けないわよ」
 宥めるティファに、「そんなことないもん……地面に着いたら治るもん…」と強がりを言いつつ、ティファにもたれた格好のまま、眉を寄せて目を閉じる。
 そんなウータイの忍にクラウドとティファは笑いをかみ殺した…。



 やがて…。
 一行を乗せたシエラ号はコレル村の入り口に停泊したのだった。




 あとがき

 久しぶりに長編作品を書きたくなりました。
 今回はその序盤中の序盤ですね。
 これからどうなるのか……私にも分かりません(こら!)
 では皆様、どうか最後までお付き合いくださいませm(__)m