ああ…誰か…助けて…。
 この狂った感情から、私を連れ出して…救い出して…!!



Crazy




 彼が一人の女性にのみ心を捧げているって事、ちゃんと分かってたわ。
 寡黙でクール。
 知的でどこか野生的。
 決してこちらの枠に嵌らない。
 それでいて、何故か母性本能をくすぐらせる彼の紺碧の瞳…。
 私がこの感情に気付いたのは、彼があの男へ向ける痛ましい眼差しを目の当たりにした瞬間。
 その時に、彼への想いに気付いたの…。
 それ以来、私にとっては彼が唯一の男性。
 きっと、私がこんな気持ちを抱えているだなんて、他の誰も知らないわ。
 勿論、彼が気付くなんてありえない。


 だって、彼は私の事を心から軽蔑しているもの…。


 私と彼の出会いは、世の中の人に聞いてみると百%、『最悪』と答えるはず…。

 私の仕事は、堂々と胸を張れる類のものじゃない。
 多くの馬鹿な男を相手に、一時の快楽を与える仕事…。
 こんな世の中だもの…、綺麗ごとだけじゃ生きていけないのよ。
 それに…、この仕事を私は結構気に入っている。
 だって、かなりの高収入。
 生きていく為には金が要るでしょ?
 面白おかしく生きるためには、もっともっと、金が要るのよ。
 一度しかない人生なんだから、面白おかしく、優雅に生きたいじゃない。
 それに、私に完全に心を奪われた男達のあの表情は、私の自尊心を満たしてくれる。
 私の心を射止めんと、争うようにして贈られる品々は、私の心を射止める為にそこらへんの店では絶対に手に入らないような、高価な物ばかり。
 それらの宝石、装飾品、はたまた住む家に車は、極貧の生活を余儀なく強いられていた子供時代を忘れさせてくれる。
 だから、私はこれで良いの。

『年取った時、誰も相手にしなくなるわよ!』

 私の人気を妬んで同業の女が負け犬の遠吠えをほざく事も多々ある。
 馬鹿ね。
 そうなる前に、どこかの金持ちの正妻の座を手に入れてるわよ。
 実際、沢山の金持ちの男が私に求婚してきている。
 でも、今はそんな気はサラサラ無いの。
 だって、たった一人の男に愛を誓うだなんて…気色悪くて絶対無理。
 私は、自由に愛して愛されたいの。
 誰にも束縛されたくないのよ。

 そう…思ってたのに…。



 ピンポーン。
 チャイムが鳴り、誰かの訪問を告げる。
 丁度その時は、何番目かの愛人が部屋に来ていた時だったので、本当は出たくなかったんだけど、確か別の愛人が『今度贈り物をするよ』って言ってたことを思い出した。
 もしかしたら、その品が届いたのかもしれない。
 溜め息を吐きながら、不機嫌そうな顔をする愛人を部屋に残し、私は玄関に向かった。
「はい、どなた?」
「ストライフ・デリバリーサービスです。お届け物です」
 予想通りの返答に、私はドアを開けた。
 その瞬間。
 目の前に立っていた金髪の青年に、私は目を瞠った…。

 無愛想な表情なのに、どこか野生的な空気を醸し出している紺碧の瞳…。
 何より、端整な顔立ちは男なのに本当に綺麗で…。

 ちょっとボーっとしていたみたい。
 いつの間にか私の後ろにやって来ていた愛人が、「お前、いつまで待たせるんだよ」と、苛立たしそうな声で、私の代わりに配達屋から荷物をひったくった。
 彼はその時、無表情な顔を僅かに顰めた。
 その時は、愛人が彼に対して失礼な態度を取ったからだと思ったんだけど…。

「じゃあ、ここにサインをお願いします」
 差し出された受け取り証明書にサインをすると、私はもう一度彼の綺麗な顔を見上げた。
 でも、彼はもう私の方を見ようともせず、視線を逸らせたまま「ありがとうござしました」と、軽く頭を下げ、そのままくるりと踵を返してしまった。

 もう少し愛想良くしてもいいんじゃない?

 私は憮然としながら去っていく彼の後姿を見送った。
 だって、ハッキリ言って私はそこらへんの女とは比べ物にならないくらい、容姿が良いのよ。
 色気だって並みじゃないわね。
 だからこそ、何人も愛人がいるわけだし…。
 それなのに、あの配達屋の彼は、全く私に興味を持たなかった…。
 正直……気に入らないわ。
 この私を、そこらへんの女を見るような目でしか見なかったあの男が…。
「おい。もう良いだろ!?いつまで焦らすんだよ」
 イライラした声に、私は溜め息をつくと配達屋の男への不快感を振り払った…。


 それを始まりとして、彼は頻繁に私に届け物をするようになった。
 差出人は数人いたけど、その大半は冴えない男。
 真面目が取り柄で、ちょっとこの世界情勢の中で生きていくには頭が足らないんじゃないか、と思わせるような…そんな奴。
 その男の口癖は、
「いつまでもこんな生活していちゃダメだ。確かに、僕はあなたの愛人の方々みたいに収入は良くないかもしれないけど、それでも二人で生きていくには充分の稼ぎはある。だから、どうか足を洗って、僕と一緒になって欲しい」

 冗談じゃないわ。
 何で、この私がこんな冴えない男と一緒にならなくちゃいけないわけ?
 心の中でそう思いながらも、仕事だからね。
 ちゃんと会ってあげてたし、相手もしてあげたわ。
 でも、それだけよ。
 彼に対して愛情なんかこれっぽっちも感じなかった…。
 それに…。
 その頃から、私の心には一人の男が住み始めていたのよ。
 そう、配達屋のあの無愛想な男。
 冴えない男に唯一感謝する事と言えば、さして高価でもなんでもない贈り物ではなく、その贈り物の配達を、その彼に依頼する事…ただそれだけね。
 配達屋の彼は、数人の男の贈り物も届ける事があったけど、その贈り主達はストライフ・デリバリー以外の配達業者にも頼む事があったから、ストライフ・デリバリーだけで贈ってくるのは冴えない男だけだった。
 だから、私はこの冴えない男が私から離れないよう…そして、この仕事からも手を引かずに済む様に、一種の駆け引きをしながら付き合った。


 その均衡が崩れたのは、それから数ヶ月経ったある日の夕暮れ…。


 いつもの様に玄関のチャイムが鳴り、私はドアを開けた。
 立っていたのは、予想通り、冴えない男。
 予想通りって言うのは、この時間の予約客だったから。
 私はいつもの様に、色目をふんだんに使って彼を部屋に招き入れた。
 でも、彼はいつもと違っていた。
 何かを必死に耐えているような…追い詰められたような…そんなヤバイ目をしている。
 こんな目を、私は小さい頃に見たことがあるから分かる。

 この男…、私の事を殺す気なんだ…!!

 いつまで経っても自分に振り向かない事に業を煮やして、無理心中を図るつもりなんだわ!
 そう直感した時、男が涙を流しながらズボンのポケットからナイフを取り出した。

「あなたは……あなたはどうして僕の想いに真正面から向き合ってくれないんですか!?」

「あなたの愛人達はあなたが老いた時、必ずあなたを捨てるでしょう…、それなのにあなたはあんな中身のない男達に……」

「僕は…老いたあなたも愛していけると誓える!何度もそう言ったのに、それなのに…!!」


 その時初めて、この男にこれまで感じていた事の無いものを感じた。
 それは…恐怖。

 冗談じゃないわ!
 どうして私がこんなつまらない男と心中しなくちゃいけないのよ!!
 死にたきゃ独りで死になさいよ!!

 男が泣き喚くなんて、ハッキリ言って見苦しい事この上ないんだけど、笑い飛ばす余裕なんかこれっぽっちもなかった私は、強張る体を必死に動かし、ナイフを振り上げる男目掛けて片っ端から手に触れる物を投げ続けた。
 それらのほとんどが、愛人達からの贈り物…。
 男は、自分以外の愛人達からの贈り物を顔や体で受けながら、それでも怯む事無く私に切りかかってきた。
 部屋の真ん中に置いてあるテーブルを挟んで対峙する。
 お互い、肩で息をしながら、互いの動きに目を光らせる。
 男の目は、完全に正気を失っていた。
 いつも見せる穏やかな光が、微塵も見えない。
 その代わりに、暗く澱んだその眼光に、背筋を冷たいものが流れ落ちる。
 このままだと、確実に殺されてしまう…。
 何を言っても無駄だと、その澱んだ目が語っている。
 きっと、私の声なんか全然耳に入らない…。
 ううん。この世の音は、今の目の前で狂気に駆られた男には入らないわ。

 危地を脱しようとあれこれ考えている私の目の前で、何と男はテーブルに飛び乗るとそのまま私目掛けて突進してきた。

 ちょ、ちょっと、反則じゃないのそれ!!

 チラリとそんな事を思っている間に、あっという間に私は男に床に叩きつけられてしまった。

 激しい痛みが後頭部と背中を襲う。
 くらくらしながら目を開けると、涙でグショグショの男が私の上に跨ぎ乗って、大きくナイフを振りかぶっていた。


 あ〜あ。
 こんな所で死んじゃうのか…。
 ま、こんな生活してたんだから、いつかはこうなるかもしれないって思ってたけど。
 私の人生…、なんてつまらなかったのかしら…。
 ……沢山の高価な品々に囲まれて暮らした日々が、今ではとても空しいものだと思える。
 だって…何もないんだもの。
 胸によぎる…温かなものが…なぁんにも…。
 死ぬ瞬間って、色々な思い出が走馬灯のように駆け巡るって世間じゃよく言われてるけど、今の私によぎるのは……。
 つまらない男達の顔。
 つまらない贈り物の数々。
 私の両親の冷たい目。

 ああ…。温かなものなんか…何もない…。

 唯一、私の心を乱したあの配達屋の男…。
 彼にもう一回くらい、会いたかったな…。


 ナイフがまさに私目掛けて振り下ろされる。
 その時。
 目の前では、金色に輝く髪を持つ男が、狂人と化した男をあっさりとねじ伏せてしまった。
 本当にそれは一瞬の出来事…。
 まさか、もう一回会いたいと思っていたその男に命を助けられるだなんて…。

 不覚にも、胸が高鳴った。

 彼が、世で言う『運命の人』なんじゃないか…。
 そう思ってしまった…。



 泣き喚いていたその男は、警察に連行される頃にはすっかり大人しくなっていた。
 その彼を、配達屋の男は痛ましそうな顔をしてじっと見つめていた。
 彼のその横顔に、不覚にも再び胸が高鳴る。
 配達の仕事でやって来るときに見せる彼の目とは、明らかに違うその温もりすら感じさせるその眼差しに、私はどうやっても彼を手に入れたくなった。


 パトカーのサイレンが遠ざかり、野次馬達が消え去った後で、彼と私は簡単な事情聴取を受けた。
 原因はハッキリ分かってたし、私もこんな商売だから、警察もあっさりと引き上げてしまった。

「それじゃ、これが今回の配達。ここにサインを」
 そう言って、彼は突然自分の仕事に気持ちを切り替えると、サインし終わった私に対して、
「ありがとうございました」
 と、実に事務的な口調でいつものように軽く頭を下げ、さっさと立ち去ろうとするじゃない!
 普通、殺されかけた女に対して、そんな風に素っ気無くする?
 それに、私は自分の気持ちに気付いたの。
 絶対に彼を手に入れたい…、初めてそう思ったのよ!
 このまま帰す事なんか出来ない!!

「ちょ、ちょっと待って!!」
 慌てて声をかけると、数歩進んで漸く振り返る。
 その顔は、心から私の事を軽蔑していた…。
 その事実に、胸が痛む。
 でも、そんな素振りは微塵も見せないようにいつもの笑みを浮かべると、
「ありがとう、助けてくれて…」
 と、ひとまず感謝の言葉を口にした。
「いや…別に」
 何とも素っ気無い一言に、再び心が揺らぎそうになる。
 その気持ちをごまかすように、さっきの男の話題を持ちかけた。
 そうでもしないと、サッサと帰ってしまいそうだったから…。
「全く、身の程知らずにも程があるわよね…。あの男、自分だけが私の事を一生愛せる…って豪語してたのよ。それなのに、結局殺そうとするんだから、笑っちゃうわよね」
 私のこの言葉に、初めて彼は私を『軽蔑』以外の表情で見た。

 それは…『怒り』

 でも、彼は何も言う事無く私の言葉を聞かなかったかのように再び踵を返してしまった。


 待って…。
 お願い、待って!!


「ねぇ、良かったら私の部屋に寄って行かない?命の恩人だからタダで良いわよ」
「大丈夫よ。私、子供が産めない身体なの…。だから、そんな心配無用よ。それに、彼女にわざわざ告げ口する気も無いしね」

 彼を引き止めたくて矢継ぎ早に巻くし立てる。
 すると、彼は再び私を振り向き、そしてたった一言口にした。

「悪いけど、アンタには興味ないね」


 興味…ない…?
 今まで、そんな風に言われた事なんか…一度もない私に向かって…!?


「何よ!カッコつけてんじゃないわよ!」
 思わずカッとなってそう怒鳴ってしまった。
 そうなるともう、自分でも言葉を止められない。
「男なんて、女はそんな風にしか見てないんでしょ!?今更綺麗ぶってんじゃないわよ!!」

 肩で息をする私に、彼は憐れみに満ちた眼差しを向けた。
「アンタ、本当に可哀想だな」

 そう言い捨てると、今度こそ彼は私の前から去って行った。
 残された私は、ペタンと座り込んだまま、気付いた時には頬を幾筋も涙が伝っていた…。


 それから、彼が私の所へ荷物を届けることはない。
 恐らく、彼の方から断っているのだろう…。
 冗談じゃないわ。
 このまま一生会わない…会えないだなんて…!!

 私が彼の住んでいるというエッジに向かったのは、事件から三週間後。
 セブンスヘブンという店に住んでいるという事を調べるのは割と簡単だった。
 エッジでも評判だというその店の前に着いたのは、丁度夕方。
 街の建物も、街行く人も、西日に紅く彩られている。
 店の前にやって来た私は、三週間ぶりに会えるという喜びで、胸が震えていた。
 こんなの、らしくないって分かってる。
 たった一人の男にここまで心揺さぶられるだなんて、私の人生では一度もなかった。

 震える胸を手で押さえ、私は店に向けて歩き出した。
 しかし、遠くから聞えてきたバイクの音に、思わず振り返って慌てて路地に隠れる。
 紛れもなく、彼のバイクだ。
 聞き間違うはずないエンジン音は、配達を終える度に耳に残っているものと同じ。
 只違うのは、今まで聞いていたそれは、段々遠ざかっていたのに、今は段々近づいてくる。

 もうすぐ会える。
 あの人は…ここまで来た私を見てどんな顔をするだろう…。
 また…軽蔑した目で私を見るのだろうか。
 でも、もしも、私が足を洗ったなら…足を洗う事を彼に誓ったなら、彼は私の事を受入れてくれるだろうか?
 フッ。本当にらしくない。
 ここまで男に対して弱気になるなんて。
 それに、こんな風に胸をときめかせて物陰に隠れるだなんて…まるで、そこらへんにいる乙女心を持った女じゃない…。

 そんな事を考える私の目の前では、突然店のドアが開き、男の子と女の子が飛び出してきた。
 二人共、目をキラキラさせながら、一点を見つめている。
 そして、嬉しそうに笑顔を見せると、失速したバイクに駆け寄った。
 まだ停車しきっていないバイクが子供達に当たらないよう、難なく操作した男は、紛れもなく配達屋の彼。
 会いたい…ただそれだけの思いでここまで私を突き動かした唯一の男。
 その彼が、今まで私が見たこともない様な柔らかな笑みを浮かべ、愛しそうに子供達を抱き上げている。
 恐らく、彼の実子ではないだろう。
 彼の実子にしては大きすぎるし、何より顔立ちが彼とは全く似ていない。
 この不安定な世界情勢では、養子を迎えるなんて事は全く珍しくない。
 子供達も、恐らく彼の養子か親戚・友人の子供達だろう。
 それにしても、一体どうだろうか、私に向けていたあの冷たい眼差しとの差は。
 全く熱を感じさせなかった彼が、今、私の目の前で子供達を抱き上げているその彼と同一人物とは考えられない。
 あまりの違いに呆然とする私の目の前では、更に信じられない事が起きた。

「お帰りなさい、クラウド」

 温かな声と共に、スラリとした美人が店の戸口に現れた。
 容姿に自信のあるこの私が、一瞬見惚れてしまうほどの綺麗な女性。
 その女性が戸口に現れたのを見た彼は、子供達をそっと下ろすと、甘やかな眼差しをその女性に注ぎ、心から寛いだ(くつろいだ)顔をした。

「ただいま、ティファ」

 その声の、何と温かで…愛情に満ちた事か…。

 私の中で、何かが大きく壊れていく。
 とても大切な…何かが…跡形もなく…粉々になる…。

 足が震える。
 頭が真っ白になる。
 何も考えられない。
 一体私はここへ何しに来たのだったっけ…?

 抜け殻のようになった私を完全に砕いたのは…。


 彼が彼女へそっとキスを贈ったその瞬間。


 顔を真っ赤にさせながら、「もう、こんなところでしないでよ…」と言いながらも、とても幸せそうに微笑を浮かべる彼女を、彼はほんのりと頬を染めながら「すまない…つい」と頬を掻いている。
 そんな二人を、子供達が「ティファもクラウドも、何だかいつまで経っても新婚さんだよねぇ」「いい加減、慣れたら良いのにさ〜」とからかっているのが遠くから聞える。




 あれからどうやって帰ったのか分からない。
 分かるのは、もう以前の私とは違うという事。
 たった一人の男に心奪われた私は、それまで欲しいままに手にしていたこの業界のNO1という地位をあっさりと失ってしまった。
 それまで私に愛の言葉を囁いていた愛人達は、掌を返したように去って行った。
 私に残ったものは…何もなかった。

 どこで間違えたのだろう…。
 何がいけなかったのだろう…。
 そもそも…私はこれまでの人生で何か…確かなものを手にした事があったのだろうか?
 彼のように…そして、彼に愛されている彼女のように…、子供達のように…私は確かな何かを手にした事が一度でもあったのだろうか…?

 いや、一度もなかった。
 実の両親に疎まれ、この業界に売られた私には、何もなかった。
 あるのは、身体一つだけ。
 これだけで生きてきたのだから…何も…何もない…。


『あなたは……あなたはどうして僕の想いに真正面から向き合ってくれないんですか!?』
 何日もふさぎ込んでいた私に、突然甦ったあの時の冴えない男の言葉。

『あなたの愛人達はあなたが老いた時、必ずあなたを捨てるでしょう…、それなのにあなたはあんな中身のない男達に……』
 確かにそうだったわ。
 あの男の言う通り、ちょっとダメになったこの私を、あの男共はあっさりと捨ててしまった。

『僕は…老いたあなたも愛していけると誓える!何度もそう言ったのに、それなのに…!!』
 本当に…?
 本当に、こんなどうしようもない私の事を、あの冴えない男は愛してくれていたのだろうか…。
 たった一人の男に心奪われ、全てを失うようなそんなどうしようもないあばずれのこの私を…。

 でも…。
 今なら、あの男が私を殺そうとした気持ちが分かる。
 あの男は…彼は、私に対して真っ直ぐだったのだわ。
 彼の真摯な想いに見向きもしなかったこの私に、どうしようもなく……恋焦がれてくれたのだ。
 だから……狂ってしまった…。
 今なら分かる。
 私も…彼を想って狂っているのだから…。
 どうしようもなく…狂っているのだから…。


 いつか…この狂った感情が熱を冷ますことが出来たなら…。
 その時は、会いに行ってみようか…。
 こんなどうしようもない女を、真摯に想ってくれたあの男に。
 もしその時、あの時と同じ様に殺そうとされても、もう拒まないわ。
 だって…。
 それに相応しいだけの仕打ちをしたのだから。
 この私を殺せる権利を持つのは、あの冴えない彼だけ。
 そして…。
 きっと、この今のどうしようもない私を助けてくれる唯一の人も……きっと……。


 身勝手な事を考える私は、やっぱりどうしようもない馬鹿な女。
 でも……。
 もう少しだけ、生きてみたいの。
 もう少しだけ、生きて、そして真っ当に……陽の当たる所を歩いてみたい…そう思うの。
 そうしたら、もう一度、会いに行ける。


 生まれて初めて、恋焦がれた人に…。




 あとがき

 はい、何だかエラく暗〜いお話になりましたね(汗)。
 今までにも書いてますが、マナフィッシュの中でのACの世界は、とっても荒んでます。
 その荒んだ世界が、DCに至るまでに少しずつ良くなる方向に進んでいるという…。
 でも、結局、DCでの騒動があって、その快方に向けていた世界情勢がまたまた悪くなってしまって、その中で人々は頑張って生きていこうと闘うのです。

 そんな中で生きるセブンスヘブンの住人達が日々接する人々は、大抵明るく前向きにな人が多いのではないかと思ってますが、中には泥沼にはまり込んで抜け出せず、苦しんでいる人だって勿論いると思います。
 今回は、そんな人のお話を書きたくなりました。

 以前UPした幸福の裏話ですので、もしまだお読みでない方がおられましたらどうぞご覧になって下さい。
 ではでは、長々と書いちゃいましたが、ここまでおつき合い下さりありがとうございました。